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ちょっとしたこと 野口式自動水やり器 2017/06/24 9:05 pm

私は花が好きです。でも庭はなく、やたら出張があります。鉢花を何度も枯らしてきました。

ところが昨年、大発明をしました。靴紐を鉢の土のなか上下方
向にあらかじめ仕込む方法。

片端は鉢穴に出し、紐の上から土を入れ、花を植える。鉢の上にもう一方の紐端を出して、ペットッボトルの水に浸ける。

毛管現象で紐に水が染み、土を潤し鉢底まで。2週間の留守もOK、お試しを!
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続きはは後ほど。

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ゆとりある記 蛍もとめて 2017/06/19 1:51 pm

紀の川市鞆渕へ蛍を見に行きました。小さな山里の、清流から自然に蛍が湧いています。

街路灯もない闇の中、蛍求めて足元おぼつかなく歩きました。星空が、黒々と山の輪郭を描きだし、カエルの声がやけに大きく響きます。

栗の花や草の匂いも強く香ります。そんななか、フッと飛ぶ蛍の明るさの尊いこと。

蛍を求めて歩くうち、都会で忘れていたことをたくさん発見できました。
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市役所のある場所から車で40分くらいで鞆渕(ともぶち)。ここの黒豆は、市内でも引っ張りだこの品質。そんなに採れないため、外には出ない逸品です。

黒豆は知っていましたが、蛍も。というわけで、連れて行っていただきました。そうとう山の中に入った感じでしたが、中学校・小学校があり、この時期は蛍を見に来た人の駐車場になっています。

車を出るとひんやり肌寒い、やはり山に登っているのですね。商店街や賑わいなどはない、こじんまりした集落に手作りの看板が立っていました。

この辺りから既に暗いので、知人に携帯で看板を照らしてもらいます。手づくり看板にほのぼのと語られれば、蛍を捕るような気にはなりません。

さらにまた手作り看板。ここを流れる鶴姫川の3つの蛍スポットが、いま蛍がどんな状態なのかわかるようになっています。

「ぼちぼち」「まあまあ」「どっさり」マークの数で状態が分かる仕組み。観光地ではないので、マップが配られたりアナウンスがあるわけでもありません。

この看板・印を頼りに、夜の集落に静かにお邪魔する感じです。

歩き出すとじきに「まあまあ」のスポット。小さな橋の上になりました。三脚を据えて写真を撮ろうとする人、スマホで追いかける人、歓声をあげる人、といっても10人くらいでしょうか。

私のiPadでは到底ダメで、早くも写真に収めるのはあきらめました。

知人が「目に焼き付けてくださいね」と宣います。なるほど、常々、すぐに写真に撮ろうとしすぎますよね。撮れないことが幸いし、丁寧に蛍を観察できました。


川はほんの小さな流れ、橋といっても一間ほど。流れに沿って道が続き、両側には山が迫ります。

少しの平地に家が数軒ずつ。ずっと昔から変わらないような山里なのでしょう。とはいえ、もう真っ暗で、推測の範囲ではあるのですが。

その流れの草むらから、ぽわりぽわりと蛍たち。ゆっくり瞬きながら、飛んでいます。「まあまあ」の量が、なんとなくい感じ。

きれいです。

そこに、橋の近くのお家から、おばあちゃんが息子さんと現れました。93歳、「さっきまで寝ていたけど、息子に起こされて見に来た」のだそうです。

息子さんいわく「ばあさんは蛍より、人を観にくるんだよな」

なるほど、めったに他所の人が来ない里ですから、蛍が湧くとやってくる、人の方がおばあちゃんには珍しく、うれしいのでしょう。

おばあちゃんはニコニコしながら、私たちを見物し「どこから?初めて?また明日おいで」などと話してくれます。

「もう少しすると、あの山へ蛍は帰る」とおばあちゃんが教えてくれた黒い杉木立、蛍のねぐらなのでしょうか。

蛍がねぐらに帰る前に、もう少し奥の蛍スポットまでと、闇の道をゆるゆる登ります。強い栗の花の匂いがしました。椎の木かもしれません、この時期特有の山の香りですね。

水の音の方からは、甘い水の匂いがしてきます。こっちの水は甘いぞ、って本当にあるのかも。

歩くほどに暗くなり、前を行く知人のワイシャツの白色についていくばかり。すると水辺の方から「は〜い、こっちだよ〜」とばかりに、一匹の蛍が飛んで、道を照らしてくれます。

もちろん一匹くらいで道は見えないのですが、そんな気になる強い灯りです。

小さな田んぼが現れました。星空が作り出す、山の黒いギザギザの稜線が、そのまま田植え後の水面に映ります。黒い鏡に黒い山が映り込む美しさ。

ああ、その上をまたふわ〜っと蛍が飛んでいく。私は今、なんて素敵な場所に居るのだろう!身体のなかの悪いものが、抜けていくような思いです。

ガッツ♪ガッツ♪ガッツ♪ガッツ♪ そんな私をしかりつけるように、大きな声でカエルが鳴きます。確かに、こんな闇の中に居ると、何とも情けなく力のない自分がしっかり見えてきます。いつも、偉そうにしているのに。

それと同時に、妙に落ち着いて腹が座ったようになるのは闇に包まれて、怖いを通り越した安心感でしょうか。

昔、夢中で読んだ梶井基次郎の『闇の絵巻』という短編を思い出しました。





この地に住むお知り合いのおうちに寄りました。「よう、よう、来てくれた〜!」急に明るくにぎやかになります。

土日はけっこう人が来るので、地元の方はこういうジャンパーを着て“ホタルボランティア”として、車を誘導するそうです。

ジャンパーの蛍の絵は印刷ではありません、これも手描きです。





川が近いので湿気があがらないように床が高い家。来客は土間で。蛍の時期でもストーブと炬燵は離せないとか。

温かいコーヒーをいただいて少しおしゃべりしていると、柱時計がボーンと鳴りました。

ここの奥様が煮てくださった鞆渕の黒豆は、今年のお正月、我が家のお節料理の華でした。

あんまりきれいなので写真を撮ったものです。こんないい山里で、こんないい人たちに育てられ、水音と柱時計の音を聞きながら沸々と煮えた黒豆です。美味しいはずですね。

考えるに、黒豆は鞆渕の冬蛍なのかもしれません。

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スローライフ運動 高知のもてなし 2017/06/12 2:54 pm

「ふるさと創生ニッポンおかみさん会全国フォーラムin高知」にコーディネーター役でうかがいました。

参加者330人。会場一体で真面目に話し合った後の、懇親会が印象的でした。もてなす側の高知の女性たちが踊る、食べる、飲む。他所ではご当地の女性は控えがちですが、高知は、自らも楽しみ分かち合う土地柄。

そもそも皿鉢料理は、女性がゆっくり宴会するためのものと聞き納得です。
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こういう催しです。昨年の南三陸町での開催に続き、このフォーラムでのコーディネートは2回目になります。








高知の街を一人でぶらつこうかと思いましたら、商店街のおかみさんがご案内してくださいました。

ここは名高い?「ひろめ市場」。昼から、いえ朝から飲める環境です。入っているお店の多様なこと、安いこと。

小ぶりのギョーザでビールを飲んでいるおじさまに「美味しそうですね」と声をかけると、自分で作ったかのごとく「うん、うまいよ〜」と言いながら、自分の隣に座れと誘います。

いささかまだ早い時間。でも、誰でもすぐ一緒になってしまうところだということがよく分かりました。


アーケードの整った商店街を歩きます。地方に多いシャッター商店街ではありません。

空き店舗がない!ちゃんとお店をやっている。毎日ここを歩ける市民は幸せですね。

シャッター街がわが故郷の顔なら、若い子は一時も早く逃げ出すでしょう。


一軒のお店に入りました。ちょっとおしゃべりできるスペースにアジサイが活けてある。

いい商店街の条件である、「花や緑に気を付けている」にピタリ。同じく「休めるベンチがある」もこのアーケードはOKでした。





チャレンジショップに入ると、ヨサコイの衣装の一部、頭飾りを製作中。

年間を通して、なにかしらヨサコイに向けてわくわくと時が動いている街なのですね。






「はりまや橋」、手前の赤いのが観光用、向うの石の大きな橋が戦後にできた古いもの。

通りかかった観光客に、おかみさん達は橋の説明をして、写真を撮ってあげています。

普段からこういう光景があるのでしょう。



高知名産のサンゴ屋さんには、フォーラム歓迎の貼り紙がありました。

お店のおかみさんのご主人が、高知が空襲で焼けた話、サンゴをどのように加工するかなど、お話してくれます。

一人旅で来ても、高知なら寂しくありませんね。人がほっといてはくれませんから!

おかみさん達と打ち合わせも兼ねて、フォーラム前の晩餐です。

カツオ三種盛をはじめ、地元のお魚が次々と。それらに触れると、書ききれないので最初に運ばれたキビナゴの写真だけにしましょう。

そしてお酒はやはり日本酒です。女性4人で、お銚子が何本空いたか・・・。皆さん強い、強い。

そして夜が明け、フォーラム当日です。

私は壇上でしたので写真がありませんが、尾崎正直・高知県知事の「地産外商」のお話が、しっかり残りました。

会場からも限りなく意見があるのですが、ああ、時間が足りなかったですね〜。

でも、それなりに何とかまとまったかと思います。

そして、冒頭に書いた懇親会。これが皿鉢料理です。

大きなお皿に、オードブルからデザートのスイーツまでがのっている。こんなお皿が何種類も。

主催の高知おかみさん会の皆さんは、2回も試食してメニューを決めたとか。

高知では宴会を「お客」と呼びますが、確かにお客が始まったら、フルコースなどがちまちまと運ばれたのでは、席を立って交流ができない。皿鉢はお客向きなのです。

そして、こうしておけば、女性が何度も台所に立たなくて済む。昔から高知では女性も「お客」できたわけです。

だから懇親会は名刺交換のラッシュ。そして高知のおかみさん達も飲む、飲む。

と思っているとダンスが始まりました。SMAPのメドレーをなんと平均年齢69歳という高知のおかみさん達が踊ります。

「ぎりぎりダンサーズ」というグループ。もちろん男性もおいでで、毎週水曜に商店街のお好み焼き屋さんの上で練習しているとのこと。

「覚えるのももうぎりぎり、体力もぎりぎり、息切れがして」と名前の由来が泣けます。

とはいえ、軽やかなステップと身のこなしに、びっくり。「わ〜〜〜、おかみさん達カッコいい〜〜〜」と叫び続けた私でした。

もちろんヨサコイタイムもあって、鳴子を皆が鳴らしました。この懇親会、よくよく考えると、踊るおかみさん達、鳴子を振ってヨサコイステージに立つ知事、素敵な歌声披露の市長、お猪口を持ち続ける女性たち、皆がほんとに楽しんでいる。しかも地元がです。

遠くからの方々を仕方なく接待しているなんて感じは全くない。「私たち楽しいの〜、混ぜてあげるよ。飲んでいきな〜」というラテン系のノリです。

高知県は「高知家」というコンセプトを打ち出し、皆が家族という考えで県政を進めていますが、この日は私たち外来者も、すっかり家族・親戚になってしまったのでした。

翌朝は、高知城がむこうに見える大通りの市に行きました。日曜市が大きいのですが、この日はこじんまりの木曜市。

それでも、全国からのおかみさん達買う気満々です。







果物が安い。












山菜やコンニャクも。ちりめんも、テンプラも。冷やし飴もところてんも。売っているのも買うのも女性たち。

「こういう市を利用すれば、そんなに生活費がかからない」と伺うと、もう、高知に引っ越ししたくなります。



県東部安芸へ向かいました。途中から「ごめん・なはり鉄道」です。


高知おかみさん会の計らいで、車両をひとつ増やしていただき外のデッキから景色を眺めます。






前日はずっと室内だったので、この解放感はたまりません。

久しぶりの深呼吸です。水平線当たりの黒っぽい海こそ、黒潮。この海を眺めて、龍馬はじめ、多くの偉人が大きな夢を描いたのです。

高知のもてなしは、女性を中心とした、カラッと明るいものでした。自らの胸襟を開くことで、外からの人の心も解放させる。これぞ高知ぜよ、ですね。

お土産に市で買い込んだ、ジャコ。これらを少しずつ食べるたびに、黒潮の海を思い出し、高知のおかみさんのような骨太の女を目指したいと思います。


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ちょっとしたこと 「和」という墓 2017/06/05 1:19 pm

父親の23回忌でした。久しぶりの墓参り、姉夫婦とその子ども・孫、わが夫婦、94歳でまだまだ元気な母親が集いました。

なぜ父はお墓に「和」と一文字刻んだのか?母から説明がありました。

「結婚してもしなくても、どんな姓を名乗っても皆が仲良く入れるように」とのことでした。

「私の後に皆さんどうぞ」と笑う母。はいはい、喜んでつかわしていただきます。
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うちの父は9人兄弟、男女混じった9人のなか男の4番目のため志郎の名でした。家は医者、両親は忙しく幼いころから一番上のお姉さんの嫁ぎ先に弟・吾郎さんと預けられます。

そこはお坊さんであり哲学者の家、雑巾がけなどをしながらも人間としての基本を仕込まれたのかもしれません。母のように慕うこのお姉さん、私にとっては叔母の話、世話になった叔父の話はよく出てきました。

父のおじいさんに当たる人が福沢諭吉と交友があったとかで、父は慶應義塾一筋、慶應ボーイと自分を呼んでいました。雨の中の学徒出陣の行進の録画がテレビなどで流れると「お父さんはあのあたりにいて先輩を見送ったよ」と話していました。

慶應義塾大学の機械工学を出た割には英語に長けて、やがて海外輸出の多い機械のセールスエンジニアになります。

千葉市検見川町の米屋であり市会議員を長くしていた家の次女・母と結婚。苗字は父側の野口を名乗りましたが、母の実家に入る形での結婚でした。

それから当時の省線に乗って、新大久保の会社まで通い続けるサラリーマン生活でした。

高度成長期の営業マンは飲むのと麻雀接待が主です。毎晩どうやって帰って来たのやら。子どもながらに、深夜お酒の匂いをさせて戻り、倒れ伏してゴーゴーと嵐のようなイビキで眠る父に、身体は大丈夫かと心配したものです。私がお酒が強いのと、イビキがひどいのは父譲りです。

父から大きな声で怒られたことはありません。「智子はいつも笑っていなさい」といつも言っていました。ふと見ると、父が私を見ていることがよくありました。「何見てるの?」と聞くと「智子が面白いから」と答えます。

そんな父が大好きだったのは高校ぐらいまで。だんだんあまりにも穏やかな父が、つまらなくなり怒りを覚えるようになります。反抗期ですね。

そんな跳ね返りの私に父が言ったこと。「着物で一人で酒の飲める女になりなさい。昼からお酒が飲めるのは蕎麦屋だからね。ザルを頼んで、海苔のついてるところで一合。残りの蕎麦で一合。それくらいにした方がいい」と教えられました。

そして高校卒業後、学生運動にかぶれた私は家出をします。

父と再び会ったのは数年後でした。私の居場所を探しあて訪ねてきたときに、言った言葉は「苦労したね」。この時も怒りませんでした。

今思えば、平和で温かで笑顔のある、そんな極く平凡な家庭をつくることに、父はずっとあこがれていたんじゃないかなあ。

父の日曜日の夜、くつろいだ印象深い光景です。まだ私が小学生の頃のことです。家の小さな畑で自分が作った枝豆を食べながら父がビールを飲む、ナイターやボクシングをテレビで見ながら飲む。膝の上には私が座っている。

父が座卓の上の枝豆を取るたびに私の口にも入る。ビールを注ごうと手を伸ばすと、父の顔が近づき私のほほに髭がザラリとさわる。

そのうち缶ピースをプシュッと開けて、甘い香りの煙をくゆらせる。「ほら」と見せるのは、ポッ、ポッ、とほっぺをたたきながら作る煙の輪っかでした。

父と仲直りし、もともと喧嘩もしていないのですが、旅行に行ったり私が住んでた静岡に父が泊りに来たり、そんな晩年がありました。

あるときポツリと言いました。「お父さんは、智子を守れなかったんだよ」

今でもその意味が釈然としません。温室のような家庭の中に、「和」の中に、入れておきたかったのか?「でも、出て行った私は、とても幸せなのですからそれでいいじゃない」というようなあいまいな返事を言ったような気がします。父はもっと深いことを言いたかったのかもしれません。

母と相談しながらお墓をさっさと造ったようです。それは冒頭の「和」という字だけのお墓でした。墓地で見渡すと、○○家の墓としないところがいくつかありました。

そういう時代なのでしょう。そして父の場合は、自分が求めた和やかな永遠の家庭をお墓にも、だったのかと思います。



23回忌は母の誕生日も兼ねて。皆でイタリア料理です。父は皆がそろった姿を見ながら大喜びだったはずです。代わりに私が、シャンパンを一本飲みました。

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ゆとりある記 「大しめなわ創作館」 2017/05/29 2:30 pm

島根県飯南町(いいなん)でここを見学しました。長さ13.5メートル、重さ4.5トン、出雲大社の大しめ縄もここで造られているそうです。

全国の神社からはもちろん、海外からの注文も。ドバイのお金持ちからは、私邸の日本庭園東屋用に大社サイズのオーダーがあったそうです。

もくもくと藁作業に取り組む土地の高齢者の技術が世界に羽ばたく。しめ縄パワーを感じました。
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飯南町は島根県出雲から南へ下った、広島県の境にあります。山深いところ、冬には豪雪に見舞われ、スキー場もあります。

それだけに、出雲市内から車で進むと、空気は澄んで、神々しいほどに美しい山の景色となりました。

ここに、「大しめなわ創作館」ができたのは、平成26年のこと。今や町の重要な観光ポイントでもあります。





昨年出雲大社の大しめ縄は眺めたものですが(写真)、そうですか!あのしめ縄はここで造られていたのですね。

出雲大社のしめ縄は、数年おきにかけ替えられる。昔は観光客が、お金を挟み込むいたずらが多かったそうです。いまはそれは少なくなったものの、風で飛ばされた砂が相当入り込む、また、鳥たちが巣を作る材用として藁を抜いていくなど、で長持ちはしないようです。



館内で説明を受けました。大しめ縄には、「赤穂餅」というもち米のわらが使われるそうで、普通のわらに比べると、異様に背が高い。155センチの私の背丈ほどある。

この稲は実を付ければ名の通り赤いのですが、穂をつける前に刈り取り、青い色が残るようにすぐ乾燥させるのだそうです。

このしめ縄用の米を撒くところから始めるので、しめ縄はそうそうすぐにはできません。出雲大社の大しめ縄には1.5ヘクタールの田んぼの稲わらが必要だそうです。



これをまっすぐなものだけに整えて、まずはすのこのように編む。それをいくつも繋げていって、大きなものにする。中に普通のわらを芯としてして入れて巻き込む。その長いものを2本造り、人力でよじる。

書けば簡単ですが、造るのには容易でない。何人の手が、何日かけて造ることやら。そのよるときなどは、写真を見る限り40人くらいの人が背丈ほどの太さの縄と格闘しています。



たかが縄なれど、これは神の世界と我々俗世界を分ける結界。その起源は1300年以上も昔にさかのぼるそうです。

神話の世界では、天照大神が天岩戸から出た際に、二度と天岩戸に隠れないようにと、しめ縄で戸を塞いだのが起源といわれているとか。



しめ縄から下がる房のようなのは「〆の子」、しめ縄が雲とすると、これは雨、下がる紙垂は雷という意味があるそうです。五穀豊穣を願ってなのでしょう。

100円ショップで売られるプラスチック製のしめ縄もどきが出回っている中で、さて、そもそもしめ縄とはと考える機会を得ました。

飯南町に出雲大社の分院があったことから、昭和30年から出雲大社の大しめ縄を造っている。今は、平成30年7月に大しめ縄をかけ替えの予定が入っているそうです。



大しめ縄を奉納した場所のマップがありました。ほぼ全国、そしてハワイまで。聞けば、神社だけでもない。焼酎のメーカーから新社屋につけるために。

そして、冒頭のドバイからの個人的な注文も。ある意味、出雲大社が見本で、「あれが欲しい」となったらここに注文が入ってくる。そうそう商売敵?もいないでしょうから、町の産業にもなり得ますね。



しめ縄体験はもちろん、ミニしめ縄も売られていましたが、なんとかこの技術を伝承しながら、産業起こしまで行けないか?と思います。

高齢者の守る尊いしめ縄技術をてっぺんに、すそ野はもっといろいろライトにできそうな気がしてきました。既に、しめ縄型のフランスパンがあるみたいです。

ならば、しめ縄ドーナツも、クッキーも、パスタも、ペンネも、ソフトクリームもできますね。アクセサリー、バレッタ、バック、クッション、枕、etc、ああ、止まりません。

神様に怒られない範囲で、しめ縄グッズ作りをしたくなりました。

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ちょっとしたこと 虫に想う 2017/05/21 9:43 pm

名著『どくとるマンボウ昆虫記』を読んでいます。北 杜夫さんの虫に対する観察眼とその文学的表現に、虫への愛情を感じます。

都会の女性は虫嫌い、マンションに虫を寄せ付けない。それでいて無農薬野菜や美しい自然を求めがち。

緑豊かな田舎は虫だらけ、夏にはガラス戸びっしり虫が集まります。ナチュラルに暮らしたいけど虫はイヤなんて、虫はいったいどうすればいいのでしょう。
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虫の話題なら尽きません。

観光地のある旅館で、「部屋にトンボがいて、怖くて眠れないから捕ってくれ」とお客様からのクレーム。子どもならともかく、大人の男性。番頭さんが窓を開けると、バタバタ羽ばたいていたトンボはサッと出て行ったとのこと。

IT系の仕事についている若い男性、部屋には造花を飾る。「本当の花や観葉植物は、虫がきそうで気持ちが悪い」とのこと。

高層マンションで育った子どもたちが通う武道の道場で、その子たちの世話を私がしていた時のこと。きゃ〜〜と逃げ回る子どもたち。「先生、つかまえて」「虫がいて稽古できない」これ、たかが蚊一匹の話です。

無農薬野菜をウリに料理を出す田舎のレストランで、一匹のハエ。近くの牧場から飛んできたのでしょう。「嫌ね、不潔ね」と女性客。じゃあ、無農薬野菜など食べるな!



自然一杯のなかで暮らしていれば、好き嫌いなど言えない。だから、これほどまでに嫌うのは都会人です。いつからこんなに虫嫌いになってしまったのでしょう?

確かに私だって、ムカデが天井からポタンと落ちてくる、大きな蛾が粉をバタバタ落としながら電気の周りを飛ぶ、蜂が部屋に入ってくる、など好むわけではありません。

かつて泊まった民宿で、布団に入っていたカメムシ50匹くらいをガムテープでつかまえた夜もありました。この時は「このカメムシの人生は・・なんて」考える余裕もなく、殺戮を繰り返したものです。

でも、普段はそうそう虫を嫌いませんし、我慢もできるつもりです。



湿り気のある草原は、よく見ると土かと思えば全体がうごめくように虫がいます。土を少しいじれば、軍手はちいさな虫だらけ。名前も知らない動くものが、圧倒的に私を囲います。

そんな中に、虫嫌いの若い女性や子どもが入ったら、パニックして気絶するのではないでしょうか?

きれいな緑、そこは虫だらけなんです。虫だけでない、トカゲも、カエルも、ネズミも、狸も、アナグマも、キツネもたくさんの鳥もいる。もちろん、鹿も、猪も、クマも。

書ききれないとんでもない種類のおびただしい生き物の中に、ほんの一時お邪魔している人間なのに、偉そうにしているから、蚊一匹で悲鳴を上げるようになる。



田舎と都会と行ったり来たりの暮らしをしていると、都会人のそんな傲慢さが露骨に見えて、腹立たしく、ひ弱さににあきれ、怒るわけです。

このブログで怒ったところでどうしようもないのですが、虫嫌いの都会人、あなたたちおかしいですよ、とだけはどうしても言っておきたい。

もしもあなたが、姿を現しただけで悲鳴をあげられ、嫌われ、殺されそうになったら。いったいどうしますか?虫にも言い分はあるでしょう。



今いる、和歌山県紀の川市の家で、ツバメが雛を育てています。黄色い口を開ける雛めがけて、1分おきくらいに親ツバメが餌を運びます。

ピンボケですが、一羽の親が巣にとまり、もう一羽が羽ばたいた瞬間です。親ツバメに捕らえられ、雛の口に運ばれる虫たちは、いきなり殺虫剤をかけられる虫よりは幸せなのでは、なんて考えてしまします。

北 杜夫さんのフンコロガシの解説などを読んでいると、一度この虫にお会いしたくなります。うやうやしくご挨拶などしたくなるわけでした。

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ゆとりある記 ファーマーズ・マーケット 2017/05/15 1:27 pm

各地にありますが、私が行くのは近くの東京・青山。農産物を買うだけでなく、ここには皆がいろいろな「こと」を求めて来ます。

安心安全は当たり前、試食や農家との会話はもちろん、もっと求めているのは生活提案でしょう。

だから「え?知らなかった」「なるほど」と声が上がる店では高くても品物が売れています。

逆に、安くても“品物だけ”のところは魅力がない。厳しいですね。
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まあ、いつも混んでいます。












ただ品物を見るだけでなく、「ふ〜〜ん」とか「ねえねえ、ちょっと見て。クラッシックを聞いて育ったバラだって」なんて留まるので、滞在時間はやたら長くなります。








布のバケツでジャガイモ栽培は見たことあるけど、ほほう、盆栽もですか〜。










千日紅のリース、色の選択がいいですね。夏の花を今までこうして持たせる方が大変でしょう。










胡麻ってこうして絞るんだ〜。胡麻話に耳を傾けます。











トマトを食べないで、花の代わりにいいガラス皿に活けようかしら。











友達の披露宴の帰りに寄りたくなる“農産物市”なわけです。











ルバーブなどは当たり前のもの。












ジャムやお菓子以外の、ルバーブの使い方を教えてもらいたい。











摘み草屋さん。量り売りの缶がいい。田舎では嫌われるセイタカアワダチソウも入浴用に提案していました。









今時のファーマーはスタイリッシュです。











私的に、今回の一番!はこれ。夏みかんの皮からエッセンシャルオイルを採り、クリームや洗剤にしている農家さん。

その蒸留装置を動かして見せてくれている。皮の入った水がぐるぐる回り、そこから蒸発したオイルが冷やされて、装置の先っぽでぽたりぽたりと落ちる。

見ていて飽きないし、皮をここまで使ってくれる、その心意気がうれしくなります。夏みかんも喜んでいることでしょう。




手にも、唇にも、こういう「バーム」を使う、お掃除はこの精油入りの洗剤を使う、そんな暮らしに近寄りたい。そう思ってしまいます。

だから、小さなものですが合計1900円を支払います。そして私、今朝から周囲に見せて自慢しております。

これからこれを使うたびに、自然に寄り添う暮らしを確認することになるでしょう。

そういう時間もこの“もの”には含まれているのです。物が満ちてる今、特に都会では、買い物はすっかり“買いごと”になっているのですね。

特に農の世界には、それが求められている、と思います。

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ゆとりある記 ロケットストーブ 2017/05/07 9:45 pm

小型のドラム缶「ペール缶」を2つ繋ぎ、なかに煙突を通し、パーライトを煙突の周りに詰める。煙突の下で薪を燃すゴーッとロケットのような音を立てて燃え上がり、煙突の上で調理ができる。燃焼効率が良く煙はほとんどない。

アウトドアや、災害時に活躍するロケットストーブを紀の川市細野渓流キャンプ場で作りました。少しの薪ですごい火力です。

みんなでストーブを作る工程も楽しかったですが、森の中で食べるストーブ料理が美味でした。
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紀の川市の南の端っこ、山のなか、このキャンプ場は清流が美しく、蛍が飛び交うことで知られています。









皆が集う広場横の水場には、クレソンが茂りメダカが泳ぎます。こんな場所に身を運ぶだけでも、すがすがしい。そこで5月6日、連休の終わりにストーブ作りの催しがあったわけです。







使うのはこの「ペール缶」というもの。エンジンオイルなどが入っていたものが、ガソリンスタンドでいただけることもあるとか。

なるほど、今日のはその廃物利用のようでまずは中の油をふき取ることからです。





皆さんは金切バサミというのをご存知でしょうか?私は初めて扱うので、力の入れ方がわからない。金切り声をあげたくなりながら、ようやく缶をぐるりと切っていきます。

結構子供たちがうまい。う〜ん、えらい。











この缶の中を煙突が通るようにする。それには、丸く穴を切り取らねばなりません。

だんだんコツを覚えると、缶を切るのがおもしろい。切りすぎたり、曲がったりするのだけれど、まあまあそれが面白い。みんな笑ってごまかしてしまうのです。



ほら、こんな風に煙突が入る。

切り口は鋭いので、扱いに気を付けて・・。









ご夫婦で作業。こんなこと初めてですよね〜。










あっちでもこっちでも、ペール缶と煙突と格闘している。家族が、夫婦が、友達が。

なんだかこのこと自体が珍しい光景です。






ようやく形になったら、さかさまにして煙突の周りにぎっしりと、断熱材となるパーライトを詰め込む。

マスクをして用心深く。そして底を止め、ひっくり返せば完成です。













細かく言えば、持ち運び用の取っ手をつけたり、五徳のようなものをつけたりなど、作業はまだあるのですが、ご覧くださいこの威力。

ほんの少しの薪に火をつければ、勝手に空気を吸い込んで、勢い良く燃え、煙さえ燃えてしまいます。

冬ならストーブとしてのパワー絶大でしょう。








しかし今は春、ストーブよりも調理用です。

いきなり餃子作りが始まりました。果物産地です、ならばスイーツ感覚の「フルーツ餃子」はちみつ・チーズ入り。

僕の作ったストーブで、これを焼くんだよ〜。











イノシシ肉も焼けました〜。ジビエがぴったりのストーブです。

森の中で食べる猪肉ステーキ、思わず私、ビールを買いに走りましたね。

もちろん定番のキャンプ料理、焼きそばなどもサッとできる。火力が強いので、炒め物に向いています。男子たちが料理したがる環境。










そもそも「ロケットストーブ」って何?と主催者に伺うと、あの名著『里山資本主義』を渡されました。

このストーブは1980年代のアメリカで開発されたもので、もっと大掛かりなものだったとか。それを広島県庄原市の方々が手軽なものに改良し普及したのだそうです。

これを使えば里山はそのまま燃料の山となる、枯れ枝を毎日集めて煮炊きに使えば経済的。しかも荒れていた、山の手入れもできる。「エコストーブ」として、どんどん広まっていったのだそうです。







この本をかつて読んだときには、さらっと頭の中を通っていた情報でしたが、この度実際に作り、その威力を目の当たりにして、この装置は凄いとストンと腑に落ちました。

各家でこのストーブを持てば、キャンプなどでわざわざ炭を起こさなくてもいい。第一、高価なキャンプ用品を買わずとも、こうして自分で作れる。

作ったストーブ料理をいただきながら話も弾む。後片付けもらくちん。煙でいぶされることもない。そしていざというときは、いよいよ大活躍となるはずです。


今回、5組の参加者がストーブを作りました。終わるころにはみんなが友達になっていました。

多少の苦労をしてストーブを作った時間が、人間関係もつくり、あたためてくれたのです。

子ども達には忘れられないゴールデンウィークになったことでしょう。

そしてこのストーブを使うたびに、みんながいろいろなことに気づき、考えることになるでしょう。電気がなくてはダメ、ガスがなくてはダメ、ではなく、素人でもできる、少しの薪でも炊ける、自然とともに生きられる、を体験したのですから。

この催しを企画し、みんながスルスルと作業できるように道具の準備からマニュアル作りまでされた、主催者・スタッフに感謝します。

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ゆとりある記 ブラリ神楽坂 2017/05/01 11:59 am

地方の方には「それ、どこ?」という場所でしょうが、都内の方には「ああ、あそこ」という場所。新宿区・早稲田通りの一部、約500メートルほどの緩い坂。

大正時代の花街の風情が残り、石畳の路地などで知られます。

今風のお店が急に増えて情緒は減少しましたが、その新旧のせめぎあい、住空間と観光の同居が不思議な雰囲気をつくり、カメラを向けたくなります。散歩してきました。

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私が住んでいる四谷から近いので、家人とブラブラよく出かけますが、GWのせいか昨日は混んでいました。

お堀端のレストランは、もはや大行列。





飯田橋駅のある外堀通りから坂を上がって行くと、大久保通り。だいたそこまでが坂下、坂上といって神楽坂と呼ばれるあたりですが、最近は延長しさらに上ったあたりを奥神楽坂と呼んでいるそうです。

奥神楽坂から、下の方をのぞくとこんな感じ。歩行者天国の時間は散歩にもってこいです。


まあ、ここで神楽坂をガイドする気はありませんが、その昔近くの神社から神楽がよく聞こえていたからこの名があるとか、由来には諸説あるそうです。

今は、食事坂、買い物坂、散歩坂でしょうか。気の利いた店が、あっちにもこっちにも。「こんなに店があって、よくやっって行けるね〜」なんて言いながら歩くわけです。

花街の雰囲気のある路地にあるイタリア料理屋さん。いつかここで食べることがあるのか?と思うくらい、いつも混んでいます。

その並びにはビスケットやさん。風景は和風の佇まいなのに・・。





かといって、何処までもおしゃれかと思うと、生活感ムンムンなのが神楽坂の路地の魅力。

京都ほどおすましでなく、飛騨高山ほど自然と一体でもない、金沢のように重くもない。

「ちょっと情緒あります」という程度の路地ですから、実は地方のそれには完全に負けているのです。が、そこは東京、お手軽にみんな楽しんでいるのでしょう。

お洒落と野暮と、古さと今と、情緒とえげつなさと。いろんなものがこんがらかっているから、なんだかおもしろいんです。





古い木造アパートの一部屋がショップだったり、突然、飲み屋さんだったり。

以前あった店がもうなかったり、とんでもない店が一坪くらいで開店していたり。

人間ていろいろ考えて、おもしろいなあと思います。


やたらおしゃれしたお嬢さんたちが歩いていたり、地元のおばあちゃんが揚げ物を買っていたり。

チーズを各種試食できる店があったり、昔からの瀬戸物屋さんがあったり。





路地の階段を親子連れが楽しそうに歩いていたり、フランス語のカップルがガイドブック見ながら迷子になっていたり。

まあ、こちらも夫婦でカメラをぶら下げながら、行ったり来たりしているわけですが・・。












こういう街はこれからどうなるのでしょうか?みんなが飽きたら、また元のような古い路地の街になるのでしょうか?

地元では、昔の雰囲気や景観を守る団体が活動していたりしますが、儲かるとなったらなんでもアリ!の今の風潮が、この街を食い尽くしてしまわないでしょうか。



奥神楽坂エリアに、家人お気に入りの本屋さんがあります。

本屋なのですが、カフェです。カフェから入ると、なかが白木の本棚で、香りの本や、日本文化の本や、写真関係の本や、店主のセレクト眼が伝わるいい括りで並んでいます。小さなギャラリースペースも。

私は田舎暮らしも好きですが、本屋と喫茶店には不自由します。こういう店で次々と面白い本を立ち読みし、コーヒーを飲む。そんな時間は、東京に戻ってきたときに存分に補充したい。そんなことができる店でした。

神楽坂を歩く人たちは、私たち夫婦も含めほとんどが地方出身でしょう。何を求めて繰り出してくるのか?食べるのか、歩くのか、語るのか。

そんなことを夫婦で論評しながら、きっとまた地方から戻ったら訪れることでしょう。

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ちょっとしたこと ワークショップのコツ 2017/04/24 1:32 pm

先日の「さんか・さろん」でワークショップの話をしました。地域づくりの場で、住民意見を引き出すためのコツについて。

いきなり高度なワークショップメニューをされる専門家もありますが、私は逆。

「カタカナを使わない」「ポストイットを使わない」「飲食しながら」などを大事にします。

さっきまで畑を耕していた高齢者が、さっとできる方法にこだわり続けています。
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NPOスローライフ・ジャパン、スローライフ学会の毎月の勉強会「さんか・さろん」での話は、「市民の意見を引き出し実行まで繋げる“ワークショップ”のいろは」というタイトルで話ました。(写真は「さろん」の様子。2017年4月18日)

まずワークショップ(以下WS)とは何か?そして私がいつもしているWSは、いろいろ種類がある中でも「地域を活性化へむけて計画立案のためではなく、実践・人づくりのため。現実おこしのもの」であることを説明。

そして、WSで進めた事例として、奈良県十津川村谷瀬集落「ゆっくり散歩道」の話。もう一つは和歌山県紀の川市「フルーツ・ツーリズム」について紹介しました。

そして、いつもどこでもやる私のやり方をご紹介し、(ここでは割愛)最後にWSの進行や内容よりも、実は大事にしているコツ、ツボの話に至りました。

この辺のことは前にもブログにしたとは思いますが、今回の「さろん」に参加したかったができなかったという方が何人かあり、また、再後半の話、このコツ・ツボのあたりの話題が好評でしたのであえてもう一度書いておきます。ワークショップの「い・ろ・は」として話したことです。

私はよくコンサルタントの方々が好んでおやりになる手法「SWOT分析」“外部環境や内部環境を強み (Strengths)、弱み (Weaknesses)、機会 (Opportunities)、脅威 (Threats) の4つのカテゴリーで要因分析する”なんてことより、こういう小さなことが一番大事かと思う者です。

なぜなら、「SWOT分析」などができる人は、都会のパソコン使いのお兄さん・お姉さんか、学生・学者くらい。こういうやり方は地方の現実には全く用をなさないからです。

お決まりのこういうやり方をどこかの地域に持ち込んで、「さあ、地域おこししましょう。意見をだして地域を分析しましょう」なんてコンサルタントがいたら、大馬鹿野郎!と怒鳴りたいところです。(実は多いのですヽ(`Д´)ノプンプン)

ま、そんなことは置いておいて。コツ・ツボの話に進みましょう。(写真は先日の紀の川市でのワークショップの様子です。2017年4月231)



















〆造訃貊蠅傍い鯢佞韻
たいてい、女性同士、同じ職場同士、夫婦、など、いつも一緒にいる人が一緒に座りがちです。これを解きます。なるべく知らない同士が隣り合わせになる。知り合えるし、自分一人での参加という個の状態にもなれる。もちろん、上座下座などありえません。

▲タカナを使わない
ワークショップという言葉すら、そもそもカタカナ。なので、「寄合」といったり、「わいわい会議」とよんだり。

その席上で、コンセプト、モチベーション、プライオリティー、なんて言葉などもってのほか!

主人公が誰なのかその人たちに言葉を合わせないと。それなのに、かっこつけてコンサルタントぶっている人ほどカタカナを使いたがるのです。



















ポストイットを使わない
WSというと、書いてペタッと貼れる付箋、ポストイットは便利で欠かせない。が、ポストイットがないと、話し合いができないとなると困ります。

第一、食料品店もない田舎の集落で、地元の人だけでWSをやるなら、どこでポストイットを買うの?ですね。

それに、小さめの付箋にボールペンでちまちま書いたものは見にくい。おじいちゃん、おばあちゃんには、大きな紙で太い大きな字でのカードワークでないと。だから私はA4の紙を4等分して使います。

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耳の遠い人、膝の痛い人、目の悪い人、人前で発言したことのない人、風邪をひいている人、子連れの人、パソコンが全く駄目な人、集まる人はそれぞれ何かしらのハンディがあるものです。

そこを気を付けながら進めないと、エラソーなひとやツヨソーな人だけの地域おこしになってしまいます。

ザ間を動かす
話し合いでも、何かするにも、順番に発言となると最後の人が飽きてしまう。または、場がよどむ。皆の首が、あっちにこっちに動くような空間使いをしないと。

以前、ふと見たらオブザーバー席のような事務局席で、他の仕事をしている役場の人が居て唖然としました。

それからは、そこにいる人皆が同じく席に着き、見えない空間がないようにしています。




















Π食しながら
飲まず食わずでいいアイディアが出るわけがない。というのはこれまで何度もいっています。せめて飴と飲み物位はほしいところ。

呼びかけ側が完全に用意しなくとも、飲食しながらというやり方にすると、漬物や手作りお菓子が登場したりするものです。

У鐃潅呂茲
五感が心地よいか?温度や明るさ、色使い、座り心地、匂い、マイクの音量、などは後回しになりがちですが大事。

作業するのにテーブルが狭かったり、仲良く話したいのに立派過ぎる大きな会議室だったりも居心地が悪い。人という生ものを扱うことを忘れずに。赤ちゃんも参加の時などは、寝かせる場もほしいですね。

必ず全員が話す
自分が話した場は、自分の場になります。人の話を聞くだけでは他人ごとです。

「皆さんがおっしゃった通りで、他に意見はないのですが」と前置きする人に限って、新しい意見を言うものです。そのためにも、全員が意見を言えるように時間配分を。

人の発言時間を取ってしまうシャベクリマンは、途中で止めます。

お客様にしない
受付で「いらっしゃいませ」といったら、その時参加者はお客様になります。こんにちは、こんばんはでいいじゃないですか。

飲み物などを持って行ってあげるなんてとんでもない。自分で注ぐのは当たり前。注意しないと同じ参加者の女性が、飲み物を紙コップに注いで配っているなんてことが・・・こういう時はキッパリ注意ですね。

大笑いする
まあ、無理に笑わせることはないですが、なんとなく笑いがちりばめられていると、大笑いの瞬間が起きやすいです。

そのためには、私がピエロになってもいいわけです。「今日の会合どうだった?」と聞かれたときに「おかしかったよ〜」なんて答えるWSにしたいものです。



と、今回のブログは「さんか・さろん」の後半の再現。写真がないと寂しいので、つい最近の紀の川市「フルーツ・ツーリズム」のぷるぷるワークショップのしつらえの写真を入れてみました。

WSを進行する側の立場にある方、ご参考に。


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写真でみるゆとりある記

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連絡先

野口 智子 のぐち ともこ
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局
ゆとり研究所

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TEL 03-5312-4141 FAX 03-5312-4554
E-Mail slowlifej@nifty.com


略歴

<野口智子(のぐちともこ)>
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局長
千葉市生まれ。東京でコピーライター、プランナーを経験。1977年静岡県に移り企画・編集プロダクション設立。
1992年ゆとり研究所を開きコンサルタント業務を開始。
ライフスタイルの提案、「一店逸品運動」による商店街の活性化、時間消費型観光おこし、人材育成などの分野で活動。
2000年からスローライフ運動を開始、2003年スローライフ・ジャパンを設立、現在、事務局長・副理事長。
2006年から活動拠点と自宅を東京へ。現在はスローツーリズムの提案、商品開発、地域観光の育成、都市と田舎の交流、移住・定住プロジェクト、“食”をテーマにしたまちおこし、などに力を入れている。住民参加の独自の楽しいワークショップが得意。
現在、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域再生マネージャー(ふるさと財団)、国土審議会半島振興部会委員。