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一店逸品運動
おばちゃんストリート
2010/07/25 9:15 am


愛知県瀬戸市・末広町商店街に、一店逸品運動のアドバイスに通っています。ここでは今年春先から「おばちゃんストリート」と名乗り、「おばちゃん逸品」をクローズアップしています。
逸品といっても大げさなものではありません。「お茶、50グラムからはかります」なんて、昔からあたりまえにやってきたこと、でも大型店はしないことを目立たせました。おばちゃんたちが喜んでいます。
1年前、一店逸品運動をやろうと集まったのは、商店街のおかみさんたちでした。何か運動のコンセプトをと考えたとき、この商店街は中高年の女性のお客様が多いことに気づきました。

もちろん自分たちも同じ立場。それなら主人公は‘おばちゃん’だ。ということになりました。‘おばちゃんが待っている、おばちゃん逸品が揃っている、おばちゃんのための商店街’そんな‘おばちゃんストリート’といいはじめました。

ここまで決まっても、急におばちゃん向けの新しい逸品などは開発できません。でも、何も新しく考えなくとも、今既に結構自慢できるもの・ことがあるんじゃない?ということになりました。

冒頭に紹介したお茶屋さんのように、「一人暮らしのおばちゃんはお茶をちょっとだけ買いたいのだから、うちでは50グラムからはかりますよ。それって当たり前だと思ってやってきたけど・・・」というようなことがここにはたくさんあるのでした。

「キュウリ・玉ネギ1個から買えます」「のり巻きの細巻き1本から買えます」「お刺身その場で、3切れでも、ほしいだけ切ります」「夏のサンダル汗で痛んだ中敷交換します」
「学生服、成長に合わせて袖だしします」「眉毛10分で整えます」「写経のセットあります」「枕用の蕎麦ガラあります」「かわいい祝儀袋一杯あります」「サイズ5Lまであります」「90歳のおばあちゃんが作った腕カバーです」などなど。
一つ一つはたいしたことではないのですが、どれも‘節約しながらも、前向きに生きたい’志向の、今のおばちゃんたちの心をグッとつかむものばかりです。

それらを手描きのマップにしたら、お客様のおばちゃんたちが喜びました。トイレやベンチの場所もわかります。入ったことのない店の特色もわかりました。
マップは、電気屋さんと喫茶店の若めのおばちゃんが絵や文字を担当しました。他のお店のおばちゃんは走り回って情報を集め、校正しました。全く手描きでコピーするだけのマップなので、直しは簡単。もう3回もリニューアルしています。
マップに載せたのと同じ内容を、各店がポップに書き出しました。おばちゃんキャラクターが笑っている、共通ポップ用紙にお店のおばちゃんが自力で描きます。
各店の工夫と個性が光り、それぞれながめて回るとおもしろいです。ポップがずらっと並んだだけで、何だか商店街がにぎにぎしくなりました。マップとあわせて、ポップももう3回も作っています。
ご主人と一緒にポップ描きを楽しむおばちゃん、息子のお嫁さんがこんなに上手に描いてくれたと自慢するおばちゃん。それを見て、また立ち話するお客様のおばちゃんたち。

何にもお金をかけていない、素人作品のマップとポップで、お店のおばちゃんもお客様のおばちゃんも、何だか楽しくなっています。

さて、この夏からは、‘おばちゃん新逸品’など、開発してみましょうか?マップの裏は寄せ書きの‘おばちゃん瓦版’にしましょう。瀬戸市・末広町商店街、ますます、楽しくなるおばちゃんストリートです。
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ちょっとしたこと
店の音
2010/07/19 1:30 pm
先日昼食に盛り蕎麦を頼み、待っていました。白木を活かしたいいお店、人のよさそうな夫婦が必死でランチタイムのお客をこなしています。
でも、やたら聞こえるのはタイマーのピピピピという音。蕎麦のゆで時間の管理に使っているのでしょうが、気になります。おいしいお蕎麦も音にせかされて食べる感じ。
店舗診断なども仕事としている私としては、つい苦い一言を申し上げました。
「お蕎麦はとってもおいしかったです。タイマーの音を気をつけるといいですね」
「と、いいますと」
「ずっと、鳴っているのが気になって・・・」
「聞こえますか?」
というやりとり。覗くと厨房の釜の横には、特大のタイマーがすえられています。
茹でる係りで一人がつききりになればタイマーはいらないのでしょうが、ご主人はそばも茹でれば天ぷらも揚げればで釜についていられません。
ま、‘タイマーの音が意外に大きく、お客側には気になるものだった’ということに気づいた、そこからまたご夫婦で考えればと思います。
食事は五感でするもの、自分の店でどんな音が流れているのか、お客側になって一度体験するといいでしょう。
※写真のお蕎麦は、本件とは関係ありません、あしからず。
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ゆとりある記
都会の行事
2010/07/11 4:52 pm

東京では季節行事など見向きもしない?そうでもありません。先日の七夕、地下鉄の改札に設けられた笹。用意された短冊に通勤客が次々と願いを書き、あっという間に短冊が鈴なりとなりました。

なが〜いエスカレーターを2本乗り継いで降りた地下に、こんな七夕飾りがあること自体が笑ってしまうのですが、短冊に向かう人々は真剣です。
「都庁に絶対受かりますように」「おじいちゃんが退院して家で暮らせるように」「絶対結婚、絶対健康」「平和が一番、お願いします」などなど。

「五穀豊穣なんて駄目だよね」「もっとプライベートなこと書くんじゃない?」こんな若者の会話も。普段無表情に通勤する人たちの中には、それぞれこんなささやかな願いが詰まっていたのでした。

一方、六本木ヒルズ近く、朝日神社でのほうずき市。タクシーで乗りつけ、ポンと1万円札を出してお盆飾りに買い込む人。10本ずつ買って、ご近所に配るというおばあちゃん。かわいい〜!を連発の女性たち。小さな神社に人が訪れます。

聞けば、宮崎県日之影町の方々がわざわざほうずきと共にやってきて開催している市とか。今年で6年目。高層ビルと真っ赤なほうずきが、ミスマッチながら結構似合います。近くのブティックには、インテリアとして吊るされていました。
少し前に、四ツ谷駅前で見た地元のお祭りの行列風景もご覧ください。山車やら馬やらの行列が行くのですが、道路の横断も大変です。



でも、子供が行列に参加となると、都会ママたちは繰り出します。「お天気でよかったわね〜、帰りにランチしましょ〜」など、おしゃべりしながら・・。
もちろん、いずれも田舎の行事のように、時間を割いてみんなで用意してというしろ物ではありません。参加型のプチ行事ではありますが、な〜んとなく都会の季節行事ほほえましくも健在なのです。
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ちょっとしたこと
WSの飲食
2010/07/04 4:57 pm
ワークショップに、飲み物・食べ物は欠かせません。と、私は思うのですが、いまだに「真面目にまちづくりを考える場で、飲み食いなんて不謹慎だ」というムードがあります。
でも喉はカラカラおなかはぺこぺこで、ウンウンうなって考えたっていいアイディアは出ません。返ってまちづくりを考えることは‘しんどい’という印象だけが残ります。
飲食に一工夫しましょう。例えば、飲み物・食べ物に地域性を出すことです。20年近く前、私は静岡県掛川市の地域づくりを生涯学習として取り組む人づくり塾「とはなにか学舎」のコーディネーターをやっていました。
何でも、○○とは何か?と考える塾ですから、ワークショップに用意する飲み物・食べ物からも「お茶とは何か?お菓子とは何か?」を学んでもらえるようにしました。
地元のお菓子屋さんの名物を毎回食べて、そのうんちくを知るだけでも地域資源の発見になります。正しい煎茶の淹れ方も知ります。
受講生出身のお世話係りが、会場に毎回飲食コーナーをつくりました。お菓子の説明書きが人数分用意され、店の詳しい地図も貼り出され、係りからお菓子の解説発表も。
飲み食いしながらだと、知らない人同士が「おいしいですね」などと打ち解けて話せます。お茶・お菓子コーナーには、いつも自然に人だかりができてサロンのようにもなりました。
気をつけなくてはいけないのは、事務局がただ配給してしまうこと。効率的ですが、これは駄目です。参加者が自分で取りに行き、人の分も手渡ししたりして、「このお菓子知ってるわ〜、あのね」なんて身体や口を動かすきっかけにならないと、飲食が学びや繋がり育成の装置になりません。
こういうことを繰り返していくと、そのうち参加者が手作りのお饅頭や、自慢の漬物、季節の野菜などを持ってくるようになります。調理室があるところだと「みんなが来る前に、スイトン煮ておいた」なんてことも起こります。
たかが飲食ですが、飲まず食わずで絞り出すまちづくりより、飲んで食べて湧き出すまちづくりの方が素敵です。お茶とお菓子だけでも、実は大きな展開をつくれるものです。
もちろん私的には、ビールと焼き鳥の方がいいに決まっていますが・・。
写真は、東京・港区、麻布地区総合支所「あざぶ達人倶楽部・中級講座」での、地元老舗のワッフルとお茶。
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ゆとりある記
もんじゃストリート
2010/06/27 5:23 pm

東京・月島「もんじゃストリート」に行ってきました。‘もんじゃ’とは、ご存知のように小麦粉を薄く溶き、鉄板で焼きながらソース味で食べるお好み焼きの親戚のようなもの。
各地にありますが、駄菓子屋さんで子どもたちが食べていたおやつである歴史は共通でしょう。
月島はもともと東京湾の埋立地、そこの下町の庶民の味としてあった‘もんじゃ’に火がついて、ここ数年‘もんじゃと下町情緒のまち’で知られています。
駅を降りると下町情緒というわりには、目立つ高層マンション。その足元に、昔からの商店街が多少リニューアルして、‘もんじゃ屋’さんが集まったのか、急に出店したのか、とにかくズラリです。
正確には「西仲通り商店街」ここに約60軒もの‘もんじゃ’の店があるので「もんじゃストリート」の名があります。
右も左も‘もんじゃ屋’さん。視察の団体のようなおじさんたちが歩いていたり、マップ片手にどこに入ろうか悩んでいる若いカップルがいたり、おばさんグループも。修学旅行も受け入れているそうです。

もんじゃを食べる独特の小さなヘラは‘ハガシ’と呼ばれていて、お土産用にも売られていました。テフロン加工のフライパンで使う用の木製のハガシも。

‘もんじゃ’はハガシで鉄板に具材を押し付けて焦がして食べるのですが、同じ味のおせんべいもお土産用にありました。
さて、月島に行っても他の用で行ったので、‘もんじゃ’を食べるわけではありません。そのそも‘もんじゃ’を私はあまり好みません。ハガシでチマチマ食べるのが、どうも性ににあわないのかも。
となると、この「もんじゃストリート」は何なのか?と考えてしまいました。右も左も‘もんじゃ屋’さん、ソースの匂いと客引きの若者の姿。
往復ゆっくり歩いて、それなりに「こういう商店街の活性化手法もアリなのだろうな・・」とは思うのですが、この先もずっとこれでいいのだろうか?とも思います。
住んでいる人が、そうそう毎日‘もんじゃ’を食べるわけでもないでしょう。高層マンションに住む人たちは、このまちと接触があるのでしょうか。
ストリートの左右に展開する細い路地には昔からの小さな古いアパートが。この路地で植木鉢にアジサイを咲かせているおばあちゃんは、商店街が‘もんじゃ’の店ばかりで、日々の暮らしに不便しているのでは?
まちを、観光飲食テーマパーク化して、来訪者は増えたかも知れないけれど、今のこのまちの姿を住民はずっと愛し続けることができるのでしょうか。「活性化なんて、こんなもんじゃ」といわれればそれまでなのですが。
「もんじゃストリート」の真ん中に、大正時代にできて今なお健在の交番がありました。私には、この交番が一番印象に残りました。
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ちょっとしたこと
WSの席次
2010/06/20 9:59 pm
まちづくりの住民参加を、しつらえるのが私の仕事です。あちこちに出かけ、そこの市民の方々とああでもないこうでもないと話し合う毎日です。
ワークショップ(WS)での最初の、座り方には気を使います。問われれば‘好きなように’座ってもらうのですが、どこでもたいてい「どっちが上座?」なんてこだわりが今だにあります。
何かの役職にあるおじさんが、いわゆる上座に当たり前に「ドッコラショ〜」などと座ります。やがて、若者や女性たちが下座といわれるあたりに「ヒッソリ」座ります。
下座の方々がテーブルに着かなかったり、座布団を使わなかったりするところもあります。同じ仲間で固まって、または女性だけで固まって、というのも多いです。
このように‘お好きなように’座ってもらうと、その土地のレベルが分かるものです。まちの姿がそこにあります。長老・役職が上座、女性・若者が下座、いつもの仲間で群れている、では、まちづくりは始まりません。
そこでまず席替えです。ルールは、‘話したことのない人の横に座りましょう’‘男女が混じりましょう’。たったこれだけでも、皆、棒立ちという場合もあります。
こういうとき、よせばいいのにその会合の役所担当者が「あなたと、あなた、あまり知らないんじゃない?」と席を仕切って決めることなどもあります。
で、私は「ははあ、ここの市民と役所はこんな関係でいるんだ」と、これまたレベルが分かるわけです。
勇気のある?役職おじさんが、若い女性の横に座り「そうかね、あんた、あのうちの若嫁さんかね。顔は知ってたけんど」なんて話が始まったらしめたものです。このおじさんと若嫁さんは、明日、まちで会ったら立ち話ができるでしょう。
座る場所ひとつでも、人のつながりや、話の展開の可能性が開けるものです。座席表と名札まで用意された固定の席次での会議では、みずみずしいアイディアや新しい行動は起きません。
自分の居場所を選択できる環境と、決められる市民が居て、初めて‘まちづくり市民会議’などが始まるわけです。
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ゆとりある記
スカイツリー
2010/06/13 1:02 pm
着々と成長し、その背丈を伸ばしている「東京スカイツリー」。その足元ではさまざまな人間模様があります。
ただ単にノッポのものができているだけなのに、妙に興奮したり騒いだりの‘黒船が来た’状態。かくいう私も、浅草でほんの30分の時間ができたので、どこだどこだと繰り出したのであります。

地下鉄の出口の地図でスカイツリーを探しても、途中で地図は切れて表示はありません。地上に上がって見つけた地図にもなし。
もはや人気のスポットなのに、公の地図にまだ表記はなし。出来上がってからでないと、地図に載せないということでしょうか。不便している人は多いだろうなあ。
この道をまっすぐ行ったあたりかな、キョロキョロ。通りがかりの男性に場所を聞くと、「見上げてごらん、わかるよ」とのこと・・・。

おお!首を水平に振っていたので見つからなかったのです。首を上に向ければ、ニョキ、ありました。スカイツリーはどこからも見える状態で、突っ立っていました。
近くまで行く時間はないので戻ろうとすると、横断歩道が青になったにもかかわらず、外国人旅行者のカップルが夢中で撮影です。もちろんスカイツリーを。

ザワザワと小学生集団もやってきました。ボランティアガイドさんが、向こうにそびえるスカイツリーについて解説です。まるで自分が建てているかのように自慢げです。子どもたちも、浅草寺よりスカイツリーの方が魅力なのでしょう。

浅草名物の人力車のお兄ちゃんが、呼び止めてくれます。「奥さん、スカイツリーまで行きますよ。行くだけならこの値段、往復なら・・」と説明するパンフレットには、まだスカイツリーが載ってはいないのですが。


お店の宣伝看板には早くも「スカイツリーを眺めながら」とか「スカイツリーを目の前に」などといったことばが並んでいます。東武鉄道のエスカレーター横も、スカイツリーのポスターがビッシリです。
電車に乗ると、おばさんグループがザワザワ。「どっちだろうね」とカメラ片手に、車窓からスカイツリー撮影に挑もうとしています。
が、しかし、電車が走るにつれ、スカイツリーは見えなくなり、つまり線路が真下を通るためのっぽな全身は見えず、足元の工事現場状態をカメラに収めることになります。

でも、おばさんたちは「わ〜、すごいすごい」と、窓に貼りついてシャッターを押し「いいよね、ま、いいわよね。こういうスカイツリーは今しか撮れないんだからね」「うん、いいお土産で来た」とはしゃいでいました。
こんなことで右往左往する、人間ってかわいいなあ、と思いながら、同じくおばさんの私が撮った写真です。
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ゆとりある記
日本一の会津高田梅
2010/06/07 5:04 pm

スーパーに梅と焼酎が並ぶ季節。福島県会津美里町・高田特産の梅は日本一。何が一番か?桃かと思うほどのその大きさです。

しかも種が小さくて、果肉が硬いのが特色。当然、果肉をもっぱら食べる、甘しょっぱいカリカリ梅に漬けることになります。


カリカリの硬い果肉を割る、梅割りという道具もあるほど。梅干ではなく、どこのおうちでもカリカリ。砂糖と塩だけで漬ける梅漬け、家によって本当にカリカリだったり、少し柔らかめだったり。いずれにしてもお茶うけに必ず登場します。

私も何度かうかがって、地元のおばあちゃんに教わりながら梅を収穫し、漬けるまでをしました。でも実は、こちらは梅といえば梅酒です。日本一のデカ梅で梅酒作りをさせていただきました。


地元で仕込んだ前年の梅酒の梅をいただきましたが、かじれども種は見えず・・・。果肉はすごいです。

会津高田には「梅とお茶で一服してから野良仕事を始めないとケガをする」という言い伝えがあるそうです。梅とお茶は身体にいいのはもちろんのこと、朝の仕事の始まりや、昼間の一服などを大切にしないと、いい仕事はできないということでしょう。
暮らしの中で、梅とお茶でOFFの時間を作ること。この習慣こそが高田梅の‘日本一’だと思います。もちろん、梅酒が出来上がるまでの待ち遠しい時間も・・・。
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一店逸品運動
はまたまご
2010/05/31 11:44 am

栃木県足利市の文房具屋さん・浜田さんが迷っていました。燻製作りにはまりおいしい燻製卵ができた。保健所などの許可も取った。が、「うちは文房具屋だ、燻タマなど売っていいのだろうか?」
そこで私の答え。「好きなことやれば〜。浜田さんの‘はまたまご’って名で売っちぇえば〜」無責任に言い放ったアドバイス通り、燻タマはデビュー。売れています。そして‘はまちいず’までも。



写真が浜田さんのお店「濱田屋・プラザハマダ」さんで売られている「はまたまご」2個入り210円。山椒の葉の塩漬けと並ぶのが新発売のチーズです。足利の「一店逸品カタログ」にも、本業の文具・CD・雑貨の紹介ではなく、この燻製卵の記事が紹介されました。

先日、足利の中心商店街にあるお店に寄りました。以前よりずっとファンシーショップ色の強まった店内は、なにやら森のようです。足利の‘森ガール’が集う場所?


レジカウンター周りのディスプレイは、プラスチック製のワカメのような?ヒジキのような?ものを繋げて、大木の木陰風。浜田さんのアイディアだそうです。壁の『星の王子様」の絵や英文も浜田さんの手によるもの。
眼鏡の方が浜田陽一さん、店内の柱にも「ベニヤをかぶせて樹にしちゃいました」と説明。さすが、画家でもある店主であります。

「せっかく寄っていただいたんだから、屋上も見てください」と案内されて6階のビルの屋上にでると、おお!そこは庭園でした。‘ボリジ’などという初めて見るハーブが咲いていて、バラやらブルーベリーやらイチゴも。


その一角が燻製工房になっています。ここで夜な夜な燻製を作るのだそうです。「これからね、蜂も飼おうと思って・・・」おお、なんと!浜田さんの豊かな脱線は、留まるところを知りません。
しかし、彼のこの動きを、単なる脱線とかお遊びなどと言えるでしょうか?地方の商店街で「こんな商売つまらない、こんな土地じゃダメだ」なんてウジウジしているよりも、ずっと爽快です。
「○○でなくてはダメ」じゃなくて、「○○でもいい」って、商売・人生の方が楽しいし、可能性も開きます。
正当な老舗で動かず変わらず、というやり方もあるでしょう。一方、浜田さんのようにさまざまな枝を伸ばして、冒険するやり方もあるでしょう。どっち着かずが一番悪い。いずれにしても濱田屋さん、楽しみであります。
足利一店逸品の会のブログ↓
http://ashikaga-ippin.cocolog-nifty.com:80/blog/
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一店逸品運動
ながいきストリート
2010/05/24 6:13 pm
新潟県加茂市、駅から延びる1キロちょっとの道には8つの商店街があります。全体が「ながいきストリート」というニックネームです。

アーケードの柱に、駅からの歩数を測った「百歩標」と小さな「鏡」をたくさんつけました。「椅子」もたくさん置きました。高齢のお客様に、歩いて、きれいになって、座っておしゃべりしてほしい、という願いです。10年経って、この商店街は健在。ながいき、しています。

ながいきがテーマの商店街では、ながいきをテーマにした逸品を紹介するカタログを発行、ながいき新逸品も開発し、公募したながいき川柳を商店街に貼りだすなどの「逸品フェア」を通算21回やってきました。
先日「ながいきフェア10周年記念パーティー」が行われ、記念講演にうかがいました。以下、この日配られた資料からの抜粋。かっこ内は私の感想です。
【平成10年頃の中心商店街は・・各街区のイベントも一過性で・・何かテーマが欲しいと思っていた頃、静岡市呉服町で「一店逸品運動」を成功させたゆとり研究所の野口智子所長と出会う】(そうそう、当時静岡にいた私は、加茂なんて地名全然知りませんでした)
【野口所長いわく・・「加茂のまちを歩いてみた。この細長い一本の商店街にはいろんな面白いものや、おいしいもの、それにやさしさがいっぱいある。皆さんはなれっこになっているから気づかないだろうが、これ等を皆で磨きをかけていきませんか」経営活性化セミナーで】
(人情を感じる小さなことがあふれていて、往復歩くと疲れないでホッとする、いい街だと素直に感じましたっけ

【平成11年 ネーミング「ながいきストリート」とキーワード「美」「健康」「学び」「出会い」が決定。「加茂市商店街は、美しく、健康に、学び、出会いながら、ながいきをするための商店街です。」】
(決まった時、皆さんの決意を感じましたね)※左は2000年の看板、右は2010年の看板


【夏の暑い中、汗をふきふき皆動いた。ばらばらの街区が一体化し、ながいきストリートの仕掛け(百歩標、鏡、ベンチ、ミュージアムなど)づくり・・・カタログの作成・新逸品づくにかけめぐり会議も20回を越えた。】
(みんな、本当に燃えましたよね)
【平成11年10月第1回フェアを見事にスタート!参加店109店、11新逸品デビュー】
(新逸品をみんなで考えたっけ!お年寄り向けに考えた納豆のカツは今も健在ですね)※左が2000年の頃の納豆カツ、右が2010年の店頭。


加茂に行った最初の頃、「若者が集まるにぎやかな街にしたい」と皆さんが希望したことに対し、「今、目の前に居る高齢者のお客様を大切にすべき」と強く私が言ったことだけは今も覚えています。

大型店や大都市と同じ土俵で戦うのではなく、スローライフの物差しで、商店街をていねいに仕立てなおしていくべき、と思ったのです。
その後、数年、加茂市に通いましたが、後は皆さんが「ながいきストリート」を育ててきました。感無量です。久しぶりにうかがっても、相変わらずのシャッター通りですが、それでも皆何とか元気、大したものです。



このブログを書こうとしたら、昔の写真が出てきました。2000年9月のもの。ながいきストリートがスタートして1年目、まだ初々しい当時の逸品運動の様子です。今年の写真も添えてみました。※上2枚、右は2000年の逸品研究会の様子。
「ながいきストリート」の皆さん、細くながく行きましょう!これからもよろしくね。
※左が2010年の私。右が2000年の私。きゃ〜、まだ洋服を着ている頃です。もちろん若い方の写真を大きく使わなくては・・。

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