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お仕事 山っ子クラブ 2018/11/12 3:33 pm

奈良県十津川村で、新しい動きが始まりました。子どもたちを、もっと自然のなかで育てようという取り組みです。

周りは全部緑の村ですが、急峻な山は杉、わずかな平地には住宅、子どもがよりつける斜面や森が無いのです。おまけに移動は車。

豊かな自然を身近な自然にするには、知恵や技術が必要なわけです。

まずは村内で子連れで行ける場を洗い出そう、そんな集まりができました。
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広い面積を誇る村ですが、そのほとんどは険しい山。平地はほとんどありません。熊野古道を歩くハイカーにはいいかもしれませんが、ここで暮らすには覚悟がいります。







山に入ればいまや珍しいナツメの実なども見つかりますが、こういう幸に出会えるのは、山を良く知っている高齢者。

若い人にはどこにどんな木があるかわからない、それにこれが食べられるなんてことも知りません。





山に生まれ山で暮らしているからといって、都会と同じようにテレビは見る、ゲームをする、そのうち川で泳ぐなんてこともしなくなる。塾通いが始まる。親も子も、スマホ生活。

何時しか山はあれども、遠い存在になったのです。






杉ばかりが植わった急斜面が川に迫っている地形、とにかく平地がありません。家を建てるのが精いっぱい。田んぼや畑も小さいし斜面になる。

だから山の中の保育園には庭がわずかしかない。サツマイモなどは、土の無い都会と同じビニール袋栽培になります。


いくつかの保育園が一緒に村の「21世紀の森」に行きました。ドングリを拾ったり、松ぼっくりを集めたり。

ここが車で1時間の距離ではなく、保育園や住まいのすぐそこにあればいいのに。楽しい森は標高の高い、くねくね道の先になります。

そう毎日は行けないのです。








水は美味しいし、空気は澄んでいるし、村に移り住んでアトピーが良くなったとか、ぜんそくが治ったなんて話を聞きます。温泉はかけ流しでどんどん湧いています。

平地がない、身近に公園がない、子どもが遊べる森がない、山に入れない、店がない、とないないばかり言っていないで、いいこと探しをしましょう。

住むと決めたのだから、住めば都なのだから。いえいえ、なんてったて、住んでいる人があったか、情が濃いのです。子どもたちには、都会よりもこの村の暮らしを、環境を与えてあげたい。

そう思う大人が、だんだん増えている時代です。


先日の土曜日、「高森のいえ」の広場に十津川材を使った遊具が運ばれました。

「高森のいえ」は高齢者が暮らす場所、皆が集えるような構造になっています。ここに行くのも車で走らなくてはならないのですが、訪れてみるとお年寄りだけでなく子どもにとってもいいところでした。

しかも、今日は滑り台もあります!

集会室の会議机に、そこら辺の草が飾られました。花は花屋で買うしかない東京などとは違う豊かさです。

トウモロコシは「十津川ナンバ」と呼ばれる、在来種。その粉を使った、マフィンがこの日のおやつです。





お母さんやお父さんが、話し合いに集まりました。もっと自然を活用した子育てができないものか?と。

いろいろな意見が出ます。「昔は椎の実を生で食べた。今もあるはず」「川で泳いだ。一度うまったけれど、また川底を掘れば遊べるはず」「泥遊びをさせたい」「広い広い村なんだ、ってことが分かる景色を見せてあげたい」「山の花をおばあちゃんと採ってきて活けるだけでも、自然とのふれあいになる」「アマゴつかみをできるところがある」「地域の人が整備した小さな広場がある」「子連れで降りられる河原がある」

話しているうちに、「ない」が「ある」に変わってきました。

地元のおばあちゃんが作った「釜炒り茶」が美味しい。マフィンにあう。「こういうお茶の作り方も知りたい」「紫蘇茶、おいしい。これも作れそう」「自分が何も知らないので、もっと山の暮らしを知って子どもにも伝えたい」「サンマ寿司も作ったみたい」「めはり寿司も作りたい」

要は、山の暮らしの豊かさを探し、身につけ、子どもにもさせたい、ということで盛り上がります。


ここで緊急動議!

なんとなく私を始め事務局サイドはこの動きを「森っ子プロジェクト」なんて、呼んでいたのですが、、、、。

「この村に森はないんです。山なんです。だから“山っ子”にしましょう」集まっていたみんなが「そうだそうだ、森じゃなくて山だ」ということになり、私も、そうだそうだね、と「森」を撤回したのです。

「山っ子プロジェクト」の「山っ子クラブ」です。これから何をしましょうか?

まずはみんなの山っ子情報を集めたマップを作ろう。ワイワイ何かを食べよう。皆でキャンプしよう。河原で遊ぼう。やりたいことが沸き上がってきました。

1年後くらいには、「ザクロ採って来たよ〜」なんて山っ子たちが現れ、都会から家族が山っ子になりに村を訪ね、“山っ子ブランド”の木製品などを買って帰る。そんなふうに、なるかな?したいな〜!

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ゆとりある記 おきりこみ 2018/11/04 5:17 pm

久しぶりに、群馬県富岡市を訪れました。市役所庁舎や商工会議所が新しくなっていました。富岡製糸場のイメージに合った、おしゃれなデザインです。

こういう歴史のある街に来たら、古くからの郷土料理を味わいたい。「おきりこみ」をいただきました。

小麦産地ならではの手打ち幅広生麺と、野菜の煮込みです。どんなにハードが新しくなっても、この味はきっと変わらないでしょう。

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会議の予定に私の予定が合わないまま、ずっと欠席で、2年ぶりくらいに富岡市の会議に出ました。

その簡に、あら〜〜〜新庁舎が。

隈研吾さんらしい、木をたくさん使った建物。富岡製糸場のレンガ造りの横にあってもぴたりとするようなデザイン。なんといっても建物前の芝生が心をのびやかにしてくれます。



製糸場で働いていた工女をモチーフにしたゆるキャラ「お富ちゃん」も石像で!









昔は製糸で栄えた土地です。まちのあちこちに当時をしのばせる立派な蔵などがありますが、それを活かしたというこの建物。

富岡市商工会議所です。江戸時代の老舗へ入っていく感じ。












内部もなかなか素敵。こんなテーブルを使って、まちづくりのワークショップなどやれば、良いアイディアが出そうです。








さてそんな新しい建物とは対照的な昔からの商店街、そこの「おきりこみ」の幟の店に入りました。

もともとはお寿司屋さんだそうです。

「おっきりこみ」なのか「おきりこみ」なのか、いつもこの「っ」についてが話題になりますが、どうも正解はないようです。

群馬県は小麦の産地、その小麦で幅広の麺をうち、季節の野菜と煮込んだのが「おきりこみ」。

打ち粉と一緒に煮込むので、汁がとろりとする。味噌味か醤油味かはその店か、家の好み。

少し秋も深まった富岡に来たのだから、熱々の「おきりこみ」をなんとしても食べたい!と駄々をこね、友達と一緒にこの日やっているお店に連れてきていただいたのでした。



座敷にドーンとあるのは、「おきりこみ」のストックです。一度煮たものを、食べるときに煮直して食べる、これを「たてっかえし」というそうです。できたてよりも味が染みている。

ここのおかみさんは、前日に粉をまとめておいて、朝、麺棒で伸ばし切る。煮干しの出しをとり、この大鍋で煮るのだそうです。

「手打ちを出しているのはうちくらいだよ」と自信ありげ。小さい頃から打って来たから、何十年かの大ベテランだそうです。


1人ずつの鉄鍋に、「たてっかえし」をいれ、熱々にして「鍋に触っちゃダメ、やけどするよ」と出してくれました。

これに一味唐辛子をかけて食べるのですから、温まりますね。

多少塩辛いものの、これが上州空っ風の地の味でしょう。




おかみさんが話します。

「いま40歳になる息子が小さい時に、おきりこみを出したらこんなもん食えるか、といったことがあって。頭にきて、車にのせて河原に置いてきた(笑)。そんなことがあったねえ」

郷土の味というのはその家々の、いろいろな思い出も染み込んでいるものなんですね。

石臼が普及した江戸時代中頃から、この料理があるそうです。米の貴重な時代、おなか一杯になる粉食は嬉しかったでしょう。

また、上州はかかあ天下の地で、女性が強くたくましく働いていた中で、短時間で作れるものでもあったようです。

街はいろいろ変わっても、こうした食文化や味の記憶は何かしら残り、受け継がれていくことを願うばかりです。

帰り道、もとは繭の倉庫だったという建物が地場産品の店になっていました。

早速、お土産に「おきりこみ」を買いました。おかみさんのように芋がらなどは入れられませんが、それらしきものを作ってみましょう。




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ゆとりある記 オリーブオイル搾り 2018/10/29 2:27 pm

オリーブの実を摘み取り、洗い、選別し、搾るという一連の作業を、雲仙市で体験しました。

枝からぶら下がり光る、揺れる、イヤリングのような実をとるのは楽しい作業です。おしゃべりしながら集めた実は緑色やワイン色、宝石のよう。

これを機械にかけるとやがてタラりタラり。100キロの実で、5キロのオイルがとれるそうです。強烈なバージンオイルの味は衝撃でした。
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オリーブです。

ね、まるでアクセサリーのようにきれいですよね。

このまま摘み取らないで枝ごと活けたら、素敵なカフェやブティックにぴったり。







今回お誘いくださった、稲田信忠さん。本業はイナダ創研という、生産省力化機械製作の会社の経営者。

図面を引かずに相談を解決する機械を作ってしまう、“発明王”の名を持つ人です。

この厳つい感じ(失礼!)の人が、オリーブ栽培に目覚め、お茶や化粧品まで手掛けようとしておいでなのだから面白い!

耕作放棄地にオリーブを植える運動を起こし、ナチュラルファーミングという会社も起業されました。

オリーブの収穫なんてめったにない体験。私だけではもったいないので、お知り合いに声をかけました。

人間は収穫欲求があるのでしょうか、どんどん採り始めます。

「これをこのまま口に入れて、食べられればうれしいわね〜」




「野口さんでも採れるところを残しておきましたよ」と稲田さんが気づかってくださって、私たちが収穫したのは道路に近いところ。

もちろん無肥料・無農薬です。

「脚立に乗るの何年ぶりだろう?楽しい〜〜〜!」



「簡単に採れるのね〜、葉っぱもきれい」

「実をかじるとビックリする味よ。でもその実を手にこすりつけると、油がスッと肌に入ってくの」

「へえ〜。顔に塗ろうかな〜」

作業をしながらの、こんな会話がのどかで楽しいのです。


首から下げていた袋からポロポロとオリーブを空けると、なんだか気分は地中海。

これだけで体験観光メニューになりますね。







たっぷりの水で洗い、浮いた実ははねて、さらに柄や、しぼんでいる実、カメムシが刺した後のある実、大きな傷のあるものなどをひとつずつチェックして避けていきます。

少々面倒ではありますが、これをやった後の手はすべすべになるというごほうびが。




機械に投入。

イタリア製の搾油機です。稲田さんがこれを作ってしまうのも時間の問題でしょう。








さあ、オリーブの実が砕かれ潰され始めました。

一気に周囲が青青しいような、少しツンとするような、独特の匂いで満ちてきます。







機械にお任せの間に、工場横で即席オリーブパーティー。

以前に搾ったオイルと岩塩を、特産のジャガイモを練り込んだパンにつけてパクリ。

オリーブの塩漬けの入った、コロッケをパクリ。

「これはワインを飲まなくちゃね〜」と何度もいうのは私。

家庭用のこの塩漬けはいわゆる浅漬け、塩分が少しでパクパク食べられました。


稲田さんのところでは実やオイルに限らず、葉にも注目。オリーブの葉のリーフティーとパウダーティーを作っています。

強い苦みがあるのですが、それを解決する発明が上手くいったとのこと。これから本格的に商品化されるそうです。

パウダー茶は、先日、地元の洋菓子屋さんが、新作のお菓子に既に使われました。抹茶ブームの後は、オリーブ粉茶のブームが来るのかもしれません。

オリーブの樹の盆栽もあるのだとか、これには驚きました。


そうこうしているうちに、タラりタラりと、そのうちチョロチョロと、オイルが出てきました。

小さなプラ容器でほんの少し飲んでみます。








「おいしい〜〜〜〜」という声は上がりません。

何でもおいしがる私の、この複雑な顔。

辛い、えぐい、酸っぱい、青青しい。人を寄せ付けないパンチのある味です。でも、これこそがポリフェノールの味。バージンオイルなのでした。

雲仙は小豆島などのオリーブ栽培に比べたら、まだまだ始まったばかりで産地ともいえない段階です。

でも確実に国産オリーブの需要はある。この数年でどこの家でも当たり前に、オリーブオイルを使うようになっているのですから。

そしてさらには、「少し高くてもいいから、無農薬の国内産のオイルを使いたい」と思っている人は、今や少なからずいます。

その人たちに向けて、オリーブを植える、植える。畑を荒らしているよりはいい。

そして実だけでなく、栄養や薬効もある葉も加工して摂取できるようにする。いずれ機械も日本で作る。

和オリーブの世界はこれからなのです。

雲仙は観光地です。温泉国際観光地ならではのオリーブの発展があるでしょう。

旅館やホテルで、雲仙オリーブオイルを使ったお料理を楽しめます。和食としてのオリーブオイルの活用が期待できます。

温泉蒸しした和野菜に、地元のオリーブオイルなんて、贅沢ですね。お刺身にお醤油とオリーブオイルも合います。

この地ならではのカタクチイワシの塩辛とオリーブオイルは相性抜群です。

温泉療法の後に、オリーブオイルでお肌のお手入れもできるでしょう。

今回のオリーブ体験がプログラム化すれば、自分で収穫し搾ったオイルをおみやげにもできます。


いろいろな実りの妄想がキラキラと広がる、雲仙オリーブに期待しましょう。


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お仕事 ワインライフ 2018/10/22 1:47 pm

ブドウ収穫の時期を迎えた北海道池田町を訪ねました。たわわに実る黒い小粒のブドウは名産の十勝ワインになります。

このブドウに魅せられて、会社務めを辞め、家まで建ててブドウ作りを始めた男性に会いました。自分のブドウでワインを。それを楽しみにする第二の人生です。

急がないでゆっくり、実りと熟成を待つ生き方。そこには良い友も集まります。これぞワインライフですね。
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池田町といえば自治体ワイン造りの草分け。「ワイン城」が有名です。

観光バスに乗ってワインを買って帰るのもいいですが、リピーターにはこんな景色を眺めてほしい。

見渡す限りのブドウ畑、地元では当たり前でしょうが、これこそ観光資源。ここからワインが始まるんだ、と実感できます。

たわわに実るとはこのことでしょう。「山幸」というワイン用の品種が収穫真っ盛りでした。










よく見るブドウ棚とは違います。垣根のような作り方、下の方にブドウはなります。手際よさに見とれました。

もちろん畑は持ち主が居るので普通は勝手には入れませんが、実ったブドウと収穫風景はかつての築地市場見学同様、産業観光の一場面。この「山幸」ワインをどうしても買いたくなってしまいますね。



この日の夜は当然のように、ワインでお食事でした。ここでは書けないほどの、銘ワインをいただきました。

そして、別の意味で貴重なこの写真のワインも。

ワインに魅せられて、ブドウ栽培に魅せられて、半移住し、家も建てられた男性のそのお家「クマゲラ亭」のラベルが貼られた「山幸」です。

そのご本人、Hさんと、Hさんを引き寄せるように結果的には池田町に根付かせてしまったYさん、その出会いとつながりのエピソードはドラマチックでした。

大人の男たちの友情というか、絆というか。聞くほどに、人生って面白い、とワインが進みました。

翌朝、Hさんの「クマゲラ亭」を訪ねました。外壁は木を燃やして真黒にした加工、昔の海辺の倉などにあった方法です。

屋根は赤。このため、身体が黒く頭が赤い「クマゲラ」という鳥の名がつけられたとか。私など、まだ実物をみたことがないのですが・・。



Hさんは、何かを栽培したくて、それも実がなるものを作りたくて、ワイン用のブドウにたどり着いたのだそうです。

最初は挿し木にする枝がほしかった。ワイン城を訪ねるうちに、Yさんと仲良くなり、何度も訪ねてはワインを飲みかわしながらワインの魅力に惹かれていきます。

やり手の居ないブドウ畑があることを知り、Yさんの紹介でブドウ栽培を始めました。当初は自宅のある関西から、月に2回飛行機で通ってきての農業だったとか。

そのうち、会社員を辞めてしまい、この家も建てました。なかに入ると、暖炉やロケットストーブ、ブドウ搾り機、バケツ一杯のブドウ、窓辺に並べたブドウと、実に「農的」な暮らしです。

ブドウジュースをご馳走になりました。糖度22度、ほんの一口で元気になり、目の疲れが直りそうな濃さ甘さです。

昨年の干しブドウもいただきました。生では気になるブドウの種が、干しブドウになるとそれほど気にならない。むしろ、カリカリと噛む食感が美味しさを引き出します。

これとバターやチーズで、ブランデーやワインを飲みたいものです。「ぜひ商品化してほしい」とリクエストしました。


Hさんの畑に行きました。彼は垣根造りにはせず、支柱を立てた独特の作り方にチャレンジしています。

支柱にもオリジナルの工夫があります。そういうことのひとつひとつ、考えることが楽しくてしょうがないようです。

実を口に入れながら、収穫時期を考えておいででした。収穫には彼の友だちが、泊りがけで援農?に来るのだそうです。またまたワインパーティーですね。

わたしはワインになるまで待っていられない、このまま生でどんどん食べたくなっちゃいます。

それに普段、見たことのないこのワイン用のブドウの姿が、かわいくて、美しくて。

ブドウの葉や枝も、秋の象徴のようで愛おしい。ご無理を言っていただいてきました。(この写真はHさん撮影)




Hさんのようなワインライフもあれば、これは私のワインライフ。生け花ではなく、活けブドウです。

残念ながら、帯広、羽田と運ぶうちに、葉のほとんどは取れてしまいました。

でもこのツルがいい。冬には葉を落としたツルをたくさんいただいて、カゴなど編みたいと夢は膨らみます。Hさんの畑を手伝って、ツルをいただくなんてことできないかな〜。

もしかしたら観光客だって、ブドウのツルでリースはもちろんのこと、カゴやオブジェを作りたいはず。

ワインライフは飲むだけじゃないのです。

ブドウと葉を、私の事務所のテーブルに飾りました。来客の目を引きます。

食べ物ではなく、活け物ですね。久しぶりにデッサンして絵などを描きたくなってしまいます。

そういえば古い西洋画に描かれたブドウはこんな感じだったのでは・・・。

花を活けるより、こんなふうにブドウを活けこんだテーブルで、ワインを飲みながら食事をしたい。これもワインライフでしょう。

Hさんのおうちを訪ねた時に「あ、ハクチョウだ」とHさんは空を仰ぎました。こんな大空とブドウに囲まれたのびやかな暮らしの選択、素敵だなあと思います。

池田町には、ブドウが年数を重ね育ち、もう収穫できるのに栽培をやる人が居ない畑がまだあるそうです。

このブログをご覧になって、栽培というワインライフをしたくなった方、私にご一報くださいネ。

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ゆとりある記 お手振り「SL大樹」 2018/10/15 2:39 pm

日光市の下今市駅から鬼怒川温泉まで走っている「SL大樹(たいじゅ)」に乗りました。

ほんの35分間の蒸気機関車体験ですが、驚いたのは沿線の方々が手を振ってくれること。家のベランダから、イモ畑から、ふと見ると手を振っています。

ついこちらもニコニコと振り返します。往復乗ると、何人もの人と友達になった気分。

淋しくなったらお手振りを求めて、また乗りましょう。
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東武鬼怒川線に50年ぶりにSLが走ったのは昨年の夏。下今市の駅舎もぐっとレトロに、新しく古くなりました。









SLについての魅力は、撮り鉄、乗り鉄、SLマニアの方にお任せするとして。ここのSLは首都圏からすぐに、サッと乗れるというのがひとつの際立った特色と私は思います。

片道35分ならば、日帰りで往復2回なんて乗り方が可能なのですから。





東武鉄道の偉かったのは、SLを単なる観光資源だけにせず、まちづくりのきっかけにしようとしたこと。

「SL大樹にみんなで手を振ろうプロジェクト」や花植え、絵画募集、ネットワーク組織の立ち上げなどを行い、沿線住民の地域づくり運動を展開しています。



カメラを向ければ、関係者がサッとポーズを取ってくれる。

駅員さんもSLアテンダントさんも、素敵な笑顔ですね。







誰もが写真を撮りたい撮られたい時代ですから、SLなどはとても良いモチーフなのでしょう。










運行初日などに、地域の人たちがずらっと並んで手を振るということは多々あります。

でも、ここではずーっと一年以上も、誰かが手を振っている。

SLを撮りに来ている人が、カメラそっちのけで手を振っている。




ふと見ると、景色の中に手を振っている人がいる。

右にも、左にもです。









手を振られれば、こちらもつい嬉しくて振り返すから、ああ、写真が間に合いませーん。










あの親子は、何時からあそこで待っていてくれたのか?

今日の夕飯の時に、このお手振りの話をするのでしょうね。また振りに行こうね、なんて話すのでしょうか。







山手線のようにしょっちゅう走っているわけではないので、調べて待って手を振る。傘を振り回したりしている。

あのエネルギーは何なのだろう?こちらにも力が伝わってきます。元気になります。

わーい!と声が出ます。



イモ畑の端のおじさんは、どんな気持ちであそこに1人、ちょっぴり恥ずかしそうに立っているのだろう。

旗までもって、振ってくれる。

心がジーンと熱くなります。きっと客車の窓からもたくさんの人が手を振っている、その笑顔がおじさんにも届いているはずです。


ベランダでワンちゃんを抱いて、その小さな足を振っている女性も。

なかにはSLの絵を描いた大きな看板みたいのを持って、飛びはねている家族もいます。

これまた、こちらが大きく手を振っているうちに写真が撮れず・・。



踏切で止まっている車、手前から2番目の車の窓で手が振られてます。

遠く離れていても、向こうとこちらが繋がっている感じ。糸電話で声まで聞こえてきそう。








病院の前には、車いすのおばあちゃんが。お手振りをするために外まで出てきていました。SLへのお手振りは、ワクワク感もあるし健康に役立っているのでは。

なんだか、泣けました。





こんなに普段、手を振られてことなどありません。

理屈じゃない、ただただ笑顔が手を振ってくれる、そうするとこちらも笑顔で手を振る。

窓越しに、損得抜きの人間関係ができている。「人間て、いいなあ〜」と思えてきます。



都会暮らしは過酷です。他人を無視しないと生きていけないこともある。

いえ、家族でも、夫婦でも。笑顔で手を振るなんてこと、だんだんなくなってきています。

そもそも今回の旅行で、家族のだれかが手を振って見送ってくれたかしら?

このSLに乗って、たくさんの手のひらをみて、心が温まった人が多いのではないでしょうか。

そして、「SLが走っている、すごいなあ自慢だな」と胸を張るそんな地元家族も多いことでしょう。

この「SL大樹」に乗ると、アテンダントさんが昔のSL写真のハガキにスタンプを押してくださいます。

都会のマンションに、これを飾っておきましょう。そして「なんだか1人っぽっちで、心が寒いなあ〜」という気持ちになったら、「SL大樹」に乗ることを思い出しましょう。

大樹に身を預ければほっとして、たくさんの手のひらが心を温めてくれます。

温泉にも浸かれば、身体も温まって帰れますね。


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ちょっとしたこと おばちゃんの味 2018/10/08 10:32 am

どこの土地でも女性たちが、素朴ながらも工夫をした食べ物を作り、地域の顔を作っています。

雲仙こぶ高菜漬け入りの巻き寿司と饅頭、地元野菜果物入りのドレッシング、アイディア豆腐蒲鉾、ジャガ団子汁、雲仙市でいただいた味はどれもが頑張る中年女性、おばちゃんの手によるものでした。

この味がいまや、旅の時間の重要な彩りとなっています。
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「山の駅 べジドリーム」の小林芳子さん。最初、東京でお会いした時は、従業員の方かと思っていましたが、なんと社長さんでした。

「周りがみんな畑で、果物・野菜がとってもいいのができるの。これをもっと食べてほしい、打ち出したいとドレッシングを作ったんです」




とのことで、ここのドレッシングは無添加、無着色。イチゴ、ミカン、パクチー、ビーツなど、いろいろな種類があります。

野菜にかけるだけでなく、お肉や魚にもたっぷりかけたくなる。数種類をかけて、その色や味を楽しみたくなります。ここのメイン商品です。



カフェの窓から見えるのは、畑。その先に海。

農作業している人、学校帰りの子どもたち、ギューンと伸びる野菜たち、そんな農の日常を眺めながらヘルシーな食事ができる。目からも健康になるロケーションです。

写真を撮ろうとしたら小林さん、「帽子かぶるわ!」。なるほど、真っ赤な帽子が決まっていました。


「雲仙こぶ高菜漬け」を作っている馬場節枝さん。以前からお世話になっていますが、久しぶりの訪問。

「朝、4時に起きていろいろやって、いまなの」と。さっき起きた私などより、数倍ももはや働いている!

しかも、卵で巻いた太巻き寿司と、ふわふわ蒸かし饅頭も作っていてくださいました。

早速いただくと、どちらにもきちんと「こぶ高菜漬け」が入り、その存在を主張しています。

こぶ高菜は雲仙の伝統野菜、その漬物はイタリアのスローフード協会が認めた、希少な味です。







ただ、漬物だけではなかなか食べる機会がないので、様々にこうして漬物の出番を作っているのでしょう。

「絶対に、なくしちゃならない味だから、頑張るの」と馬場さん。こぶのある珍しい高菜「こぶ高菜」は、力こぶのこぶなのでした。



「あい娘酒造」の山崎智佐子さん。まるで“鶴瓶の家族に乾杯”のようにブラッと現れた、私の相手を笑顔でしてくださいます。

「お酒?いただきますよ、主人と。ハイ、毎晩。もちろん一番安いのを飲んでますよ〜〜」と大笑い。





水のいい雲仙です。造り酒屋さんは昔はたくさんあったとか。今はほんの数軒ですが、こうして地酒の蔵とお店がきちんとある、というのは幸せな土地ですね。

永遠の娘さんのような奥様と、自分のつくったお酒を晩酌なんて、ご主人もお幸せです。




帰ろうとして足元のガーデニング?に気付きました。昔の徳利が、雨上がりに瑞々しく美しく並んでいます。

この店先で、キューッと一杯飲みたくなりました。






「みゆき蒲鉾本舗」の久山つや子さん。この人がいるだけで、その場がピチピチと活きが良くなり、元気オーラをいただけるお日様みたいな方。

今回も、お店で「あら〜〜〜〜♪せんせ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」と飛びついてくれます。




50年前から製法の変わらない大きな四角い「天ぷら」、ソウルフードですね。

こういうのをちぎってかじりながら、日本酒なんて美味しいに決まっています。

このお店で有名なのは「とうふ蒲鉾」上品な滑らかな味はワインにあいますね。


「食べてみて、食べてみて、これも、こっちも食べてみて」と次々に。ここに映っていない新作もずいぶんいただきました。

「今度、こういうの作ってみてくださいよ」と私がひとこと提案すると「うん、うん、やる、やってみる、いいね、うん♪」と、もう走って試作しそうな勢い。即やる!!蒲鉾パワーでしょうか。


「小浜ビジネスホテル」の女将さんと、お嫁さん。ああ、しまった、お名前を聞き忘れた。すみません。

地方の海辺の小さなビジネスホテルです。でもしっかり天然温泉がかけ流しです。湯の花の巨大な塊が温泉の流れる口になっている、まるで古木のようでした。ああ、この写真も撮り忘れた。



女将さんと前日にちょっと会話した時、特産のジャガイモの話になりました。

食べ方のことを聞いたいたら「ジャガイモの団子汁美味しいですよ」とのこと。もちろん「え?それ食べたい」とリクエストして、朝ごはんにご登場となりました。

普通の朝ごはんですが、この汁が「雲仙ジャガだぞー」と胸を張っています。

箸で割るとほっくらと、口に含むとジャガの香り、そして、あら、意外にお餅のようにねっとりと。

「私よりうちのお嫁さんが作るの上手いんですよ」と女将さん。「ジャガをすりおろして、ザルでこすと、水分とその下にはでんぷんの白い粉がたまるので、水は捨てて、そのでんぷんとザルのジャガとを混ぜて団子にするんです」とお嫁さん。

そんな手のかかることをしてくれたんだ・・・。「特別じゃないんです、連泊のお客さんにはよく出すんです。喜ばれますよ」と女将さん。

ほっとする味でした。

どうでしょう?いずれも味を支える女性たちです、女性による地域の味です。もしこのおばちゃんたちに会わずに、この味に触れずに、ただ景色を見て、旅館料理だけを食べて帰ったら、観光地はどこものっぺらぼうでしょう。

こういう人たち、こういう味を大事にできる土地が、この時代生き残っていくと思います。

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ゆとりある記 練馬の「農」 2018/10/01 2:27 pm

東京23区の中で最も農地の多い練馬区、減少する都市農業をさまざまな工夫で支えています。

援農する“農サポーター”を育てる「農の学校」。農業者が開
校する農の塾「農業体験園」。果物狩りできる「果樹あるファーム」も各種。もちろん「区民農園」や農産物販売の「ねりマルシェ」の開催も。

農が身近にあることの幸せを、皆で大事にしていきたいものです。
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環状八号線からすぐの高松地区を歩きました。車がたくさん行き来している道路から、少し入るとこんな風景がありました。

そこらじゅうが畑や田んぼ、森、という土地の方には、この写真を見て、そんなに貴重か?と思われるかもしれません。

畑には住宅が迫っていますし、大規模農業というような畑でもありません。

でも向こうにはかつて農家がたくさんあったころの屋敷林が少し見える。土が見える。育つ苗が見える。

もしこの近くに住んでいる会社員なら、通勤の朝、マンションを出て歩きながらも、土を耕す人の姿をみたり、ブロッコリーの収穫の様子を見たりする。挨拶もするかもしれない。

土の匂いや、季節の変化を感じる。ヒバリの姿も見るかもしれない。もうそれだけで、この畑は価値あるものなのではないでしょうか。畑からは“癒し”という農産物を受け取っていることになります。

私の住んでいる新宿区四谷には、こんな風景はありません。野菜に出会うのはスーパーの売り場だけ。

土を見るのは街路樹の足元か、小さな公園位なのですから。

練馬区には農地や農家が多いとはいえ、ぐんぐん減っています。人口がいまだに集まっている東京で、減り続けているのは農家と緑でしょう。

「歳をとって、いつまでも安い値段にしかならない野菜を作っているより、もう引退したい」という農家さんがほとんどです。

ならばサポーターを派遣しましょう、というのが練馬区の考え方。高松の「農の学校」では、希望する区民が農家さんや専門家から知識や技術を学ぶことができます。

卒業すれば、相性のいい農家さんのお手伝いに行くことになる。平成27年にできて55人が卒業、31人が農のサポーターとして動いているそうです。

都市部の高齢者で、それまでサラリーマンなどしてきた人、特に男性は、退職後しばらくは好きなことをしても結局はテレビ人間になりがちです。そしてぶくぶく太り、病気になるだけ。

それなら感謝されて作物をつくる応援をする役割を担う方が、建設的です。そういう場があれば学びたいという方、これからますます増えることでしょう。

学んでいるうちに友達もできる、いい空気も吸える、筋肉も着く。農だけでなく、ここは第二の人生学校なのではないでしょうか。

これも、農地と農家さんがあるからできることです。

練馬の農家さんはいいアイディアを考えました。農業は続けたい、いろいろな事情から続けなくてはならないのではあるけれど、マンパワー的に無理。

ならば、農作業を教えてあげる、畑を塾にしよう、というわけです。教えるだけでなく、ちゃんと結構広いエリアで作物を作ってもらう。それを利用者が買い取ったという考え方で、授業料?使用料?体験料?的なものを年に数万円いただく。

これならば農業を続けられる。畑も守れる。自分の身体もしんどくない、というわけです。

畑が農の塾のようになっていると農園が17カ所もあるとのこと。これは他の都市も見習いたいですね。

一般的な区民農園もあります。小さな畑にいろいろ植えている姉妹に出会いました。

「イチゴ作ってみようと思って〜。ホームセンターで苗を買いました」苗ひとつだけ植えて、イチゴは実るのでしょうか?収穫はあるのでしょうか?

「深く植える?浅く植える?どっちだろう?」おぼつかない農作業ですが、もうこの人たちは“くつろぎの時間”“実りへの想像”という上質の時間を得ているのです。

デュズニーランドに行くのとは違う、リフレッシュタイム。こういう時間を自分に用意できるなんて、おしゃれですね〜。

畑の横に「マルシェ」スペースもありました。あちこちで年に30回位農産物のマルシェが立つ。

練馬区民でなくても楽しみ、だからマルシェには年間4万人も集まるのだそうです。

そうなると、畑は、農産物は、観光資源・交流資源となるわけです。キャベツは単にビタミンや繊維を私たちにもたらす物ではなく、「ねりマルシェに行ってみよう」という人寄せパンダにもなるのです。

ブルーベリー農園の多い練馬は「果樹あるファーム」という果物狩り、摘み取りができる農園にも人が集まります。

道ばたにはこんな直売所もあります。

覗いていると、向かいのおうちからお爺さんが現れました。ついいろいろおしゃべりをします。ネギを買います、ナスを買います。ああ、生姜もおいしそう。

もしこれが小さな子どもとお母さんなら、お爺さんは「そこの畑から採ったナスだよ」と教えてくれるでしょう。

子どもはナスの花が黄色いこと、ぶら下がってなることを知ります。お母さんは、抜きたてのネギには泥がついていることを知ります。

興味がわけば、区民農園や農業体験園を借りて農作業もするでしょう。自分が育てた野菜は残しません、捨てません。一度経験すれば、すべての農産物を見つめる目が変わるでしょう。

こうした経験のない子どもや若い親はどうなるのか?生き物のわからない、生き物を扱えない、生き物に優しくできない、そんな人間になるはずです。

都心のマンションに暮らし、育ち、という子どもたちは、親がよほど努力しない限り、自然・緑・生き物・野菜・農作業などを知らずに育ちます。

お受験にパスして高学歴になったとして、歪んだ物差ししか持たない人間ができてしまうでしょう。

だからこそ、練馬は偉いし、素敵だと思うわけです。

すぐそこで採れた野菜が手に入る、食べられる、とうことがどんなに素晴らしいことか。

歩ている時にあった焼肉屋さんは、近くの農家さんの経営。メニューより先に練馬の野菜の讃歌が書かれていました。

こういうお店があることは、この地の誇りですね。

練馬の「農」は、“癒し”“上質なリフレッシュ時間”“生涯学習”“いきがい”“元気な身体”“人の繋がり”“健全な子ども”“緑”“季節の伝達”“賑わい”“地域の誇り”という農産物を創り出します。

さらに、災害時には避難場所になり、畑の野菜は食べることもできます。近々、「世界都市農業サミット」も計画中と聞きました。

練馬、えらいぞ!

そう思いながら、私、いま「練馬大根」についての小学生用のガイドブックを読んでおります。

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ゆとりある記 ピザ窯造り交流 2018/09/24 4:42 pm

私は、和歌山県紀の川市と長崎県雲仙市とお付き合いがあります。このたび、両市の方が交流する機会がありました。

ドラム缶でピザ窯を造る技術のある紀の川市民が「これがあると、地域おこしに役立つから」と、わざわざ雲仙を訪ねたのです。

雲仙市民も受けて立ち、ジャガイモ農家をスタッフ隊長にワークショップに40人も集合。みんなで造った窯で焼いたピザは美味でした。
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「紀の川市の人がピザ窯を造ろうかって言ってるけどどうする?」なんて私が話をしたのは今年の7月ごろだったと思います。

そう言われても見たことも聞いたこともない「え、ドラム缶で?」というところから、話は始めなくてはなりません。




何か組織があって、そこが受け入れるとか、役所の仕事としてオーダーするとか、そういう話じゃありません。

「そりゃ、あれば便利だろうけど」「ドラム缶はどうするの」
何時、何処で、誰が、誰に向けて、どうやるのか。決めるにも話し合うにも心もとないところからのスタートでした。


たまたま私と知り合ったということで「やれば〜?」といわれてしまった雲仙市千々石のジャガイモ農家青年も、迷惑な話です。

そもそも彼は自分の仕掛けたイベントをこの夏に抱えていたわけで、ドラム缶もピザも考えられない状態でした。




「行くなら、フェリーの切符もとるよ。ドラム缶は現地で手に入るかな〜?」来てくださる紀の川市の方からは、もう行程表くらい作らないと、と私が迫られます。

「どうするの、やるの?やらないの?それだけ決めて」なんて今度は私が雲仙に迫ります。





「やりますよ!」「うん?やるのね、じゃあやろう!」とまずそこが決まってこの企画は走り出しました。

雲仙で、たまたま知った人の何人かに声をかけます。「一緒に考えませんか?やりませんか?」

そして、4人の市民がファミレスに集まりました。市民の立場で加わった雲仙市役所の職員さんも。

紀の川市の人と一緒に連絡を取り合うファイスブックメッセージグループをつくったり、ラインで繋がったり。

それからは必要な道具から、集客人数、体験料の割り出しまで。まあ、いろいろ打ち合わせがはるか離れた2つの市をまたいで頻繁に行われました。



やるということが決まり、本人たち同士で話が進みだしたら、私のような接着剤の役はあまり口出ししない方がいいです。

言い出せば限りなく何か言い出してしまう。

そうして迎えた9月23日です。雨でないだけで半分成功したようなもの。



私は島原外港に前泊し、紀の川市からの一行を出迎える役でした。そして、千々石までご案内です。

ピザの材料は揃ってるのかな?受付は誰がするんだろう?そもそも人が来るのかしら?




いろんなドキドキはあったのですが、現地に着くと女性スタッフがまずはカレーで腹ごしらえ中。

その様子を見て急に安心しました。紀の川の方々には、チャンポンの昼食が用意されていました。道具などを出したり設営しているうちに、あらあら〜〜?次々と人が集まってきます。



「こんにちは〜」「あら来てくれたの」「久しぶり〜」「どんなのかと思って覗きにね」なんて声が飛び交います。

子ども連れが多いのがうれしい。ドラム缶をみて子どもたちは興味津々です。

これだけの人を集めるのに、どんなに大変だったか。雲仙の人たちはすごいなあ。



ジャガイモ農家の隊長が開会のあいさつをし、紀の川市から来た3人も挨拶。作る手順などの説明が始まります。

まずはドラム缶を輪切りにして、雲仙の文字をアルファベットで切って。





ジグゾーとかサンダーとか、荒っぽい道具が音を立てはじめます。誰もが何かしら作業をしましょう。

そう、だから、スカート姿でも高齢者でも、鉄を切ったり、ねじを回したり、金切りバサミを使ったり、です。

鉄工女子のような方も現れたりして、作業はぐんぐん進みます。


一方、別のチームはロケットストーブづくりも。これまた家族で煙突を固定したり、ねじを締めたり。

ほんの少しの枝を燃すだけでゴーッと音を立てて燃えるので、着火役に抜てきされたの女の子はこわごわと、でもうれしそうでした。





家庭のパン焼き器のなかの釜を動員して、ピザ生地は作られます。

トマトソースはとことんお手製です。トッピングの野菜は10分前に採って来たもの。これを焼くのですから美味しいに決まっています。





出来あがった窯に薪をくべると、あっという間に窯の温度が上がりました。

これがドラム缶ピザ窯の特色、すぐに熱くなって、ばらして運べる。だから屋外の市民イベントなどにぴったり。

この窯があるだけで、何かやってみようという気になるのです。



参加者を特におもてなししない、とにかく何かしらやってもらう。すると皆が仲間になっていきます。

先にやった人が教えてあげたり、人の動きを補佐してあげたり。

催し自体、プロが企画していませんから、ふわふわと不安定。それをそこにいる人みんなが何かしら気づいて、支えて、よくしている感じが伝わります。


ロケットストーブの方ではお湯を沸かし、パスタを茹でました。雲仙のアンチョビを使ったソースを絡めます。

ニンニクとオリーブオイル、ワインが飲みたくなりますね。これも役割が決まっているわけでもない、そこにいた人がなんとなくやっている。




知らない人同士が一緒に、何かをやる。段取りは悪いし、ゆるゆるしているし。

私などついつい、大声をあげて仕切っってしまったりなのですが、そのゆるさの方が大きくおおらかで、ヒスを起こす方が恥ずかしくなりました。

こういう人の繋がり方、いいなあ〜。




誰か一人が100%満足して、他の人がそれに従うよりも、この指とまれで集まった人たちが、30%ずつぐらい思いを叶える。

そして他の人の思いを知ったり、30%でも結構嬉しいということを知る、そんな時代なのではないか、なんて考えもし、、ました。

ついきちんと進行しようとするのは、私の悪い癖です。こんなにみんながニコニコして、初めての人たちが家族みたいになれたなんて大成功ですもの。

ドラム缶ピザ窯造りは、地域を救う!なんて言っても大げさではないですね。

紀の川市と雲仙市の市民の皆さん、これからも親戚づきあいしましょう。

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お仕事 種どり農家 2018/09/17 1:26 pm

農家以外の人は“野菜農家は種をとり、また来年それを蒔く”と思っている方が多いのではないでしょうか。

でも、いまの時代、種をとる農家は珍しく、市場に出る野菜の多くは一代限りで種もできないと聞きます。

そんな時代に挑戦するかのように、種をとり在来種の野菜を有機栽培している若いご夫婦に会いました。雲仙市の「竹田かたつむり農園」、スローながらも頑張っています。
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以前のブログで「野菜パワー」のタイトルでこの農園の野菜のことを書きました。

まるで野菜の活き造りのようにピチピチと盛られた、鮮やかな野菜たち。この野菜の鉄板焼きの美味しかったこと!

http://noguchi-tomoko.com/modules/yutoriaruki/details.php?blog_id=477


この時既に、カボチャを3種類いただいています。スーパーで買うカボチャはたいてい4つ切りになったホクホクの西洋カボチャ。

いまの都会の子どもたちは、これとハローウィンで使う巨大なカボチャくらいしか知らないのでは?

でも日本には、もともと地域に根ざしたいろいろなカボチャがあったのでした。

しかし輸送に耐えて、日持ちが良く、今の食文化になじみやすく、作りやすい、失敗のない、同じ形のものがきちんとできる品種が推奨され、農家はそのカボチャばかり作るようになってきたわけです。

できたカボチャを売ってしまえばそれでよし。また来年は苗を買えばいい。種などとらないし、そもそも多量に作られている野菜類は、一年作り収穫すればお役御免。その時、その年だけいいものができる品種に作られていますが、立派な種は残さないのです。

鉄板焼きの時にご一緒はしていたのですが、あらためて農家さんを訪ねました。

「竹田かたつむり農園」の竹田竜太さん。もとは学校の先生、駅伝を走るアスリートでもあった方です。





名刺の肩書には「種どり農家」とあります。

そしてかわいらしいカタツムリの絵をあしらったロゴマーク。「まあ、ゆっくりやろうや」というメッセージがじんわりと伝わってきます。






農薬や化学肥料を一切使わず、種がとれる「在来種・固定種」の野菜を中心に、年間を通して約50品目の野菜を育てているという竹田さんの畑。

これだけの草に負けないで、元気ななすが。普通収穫が終わったら、株は引き抜き捨てられるのでしょう。でもここではまだこれから、種をとるのですから。


「ああ、まだいいのが生ってくれてたなあ」と竹田さん。

ここの青なすは、鉄板焼きでとろける美味しさでしたっけ。








野菜の一生=種から種まで、と付き合いたい。そんな農園ですから、この種が宝物。

こうして眺めると、実に綺麗です。








竹田かたつむり農園のパンフレットにある初夏の畑の様子の絵。「黒田五寸人参」「長崎赤カブ」「雲仙こぶ高菜」「万願寺シシトウ」「青ナス」「小菊カボチャ」「九条太ネギ」「平家キュウリ」「雲仙赤紫大根」などが描かれています。

う〜ん、どれも食べてみたい。もう、大量生産された、何処でも同じ、いつもの野菜じゃ嫌ですもの!

おやおや、竹田さんが草原、いや、畑をスタスタと走っていきます。

どうやらウリが植わっているようです。

「これ、ここら辺だけで作られている特殊なウリで、漬物にすると歯ごたえがあってうまいんです」と竹田さん。

近くのおばあちゃんが種を持っていたとか。今年、種をとれば、来年はもっと皆さんにお分けできることでしょう。

竹田さんの野菜の美味しさを聞きつけて、この日もお菓子素材を探している方が訪問されていました。

市内や長崎のレストラン、旅館などで、定期的にここの野菜を使うところがだんだん増えているとのこと。でもまだまだ数年の取り組みですから、売りさばきが難しい。

雲仙はジャガイモの産地です。ほっといてもあちこちからジャガイモがもらえる土地、だからいくら無農薬とはいえ、少し高い値段が付くと売れない。

「地元で一番使ってほしいのですが、地元になかなか理解されない」のがもどかしいわけです。「ジャガは芽が出てきちゃって〜」(笑)

でもどうでしょう?100グラムなどで計算すると、安売りスーパーと比べてしまいますが、「種とり体験料金」(野菜付)なら一人2000円位とれる。

「いろいろジャガの食べ比べ教室」だったら同じく1500円はとれる。「無農薬ジャガ5種セット」(ジャガ料理名人伝授のレシピ付き)なら合計2キロで1500円になるかも。

この思想のある“畑”を食育の教室ととらえて、物プラス提案や知識や体験を売りましょう。そのうち、みんなが大きな野菜家族になって種から人の輪も育つはずです。

「大変ですね」と私が言うと、「いやいや、まだまだ、これからですよ」と竹田さん。

渉外係の奥様の激励が、明るさのエンジンになっているようでした。

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お仕事 あつまっぺクラブ 2018/09/09 5:33 pm

那須塩原市の金沢・宇都野地区で、地域おこしのワークショップが本格的に動き始めました。

地域の課題や目指す姿を全員が書き出して、各チームで意見をまとめます。そして、これから実践もしていくこの集りに皆で名前も決めました。

7つの候補のなかから、最後は目をつむって手を挙げて。こうして皆が名付け親になると、いよいよ活動に魂が入ってきますね。
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7月以来の那須塩原市です。秋ですね〜、リンゴの収穫時期を迎えていました。









「津軽は青くても甘いから食べてごらん。皮ごとかじるのが一番うまいよ」と農家さん。

先日の台風でリンゴも被害があったようですが、笑顔です。







仰せの通りかじりますと、パリッと新鮮で、ほんとに甘い。久しぶりにリンゴの丸かじりをしました。

その土地に来て、最初に会う人、最初に口に入れるもので、土地の印象が決まります。

この日はにこやかで、甘酸っぱい香りのスタートとなりました。



リンゴ丸々一個の後に、すぐ昼食。名物のお蕎麦。

地元の人が行くお店なので盛りがいい。普通の大盛りサイズが普通盛りです。でも美味しいお蕎麦なのでどんどん入ります。ジモティー支持のお店はさすがですね。

あえて写真は載せませんが、ここのメニューに驚きます。蕎麦屋なのに、フライ定食からカレー、もつ煮込みまである!つまり地元民が居酒屋さんとしても利用している蕎麦屋さん。

お蕎麦大盛りも普通盛りと同額、ご飯のおかわりは自由。さらに、豆からちゃんと挽く淹れたて珈琲もセルフで無料。

こんなお店が身近にあったらどんなに幸せでしょう。

そして、早い夕飯となりました。地元の方のお宅でご馳走になります。

これが美味しかった!

作者は「しその実」と呼ぶ、野菜類の塩もみ。キュウリ、ナス、ミョウガ、生姜、そしてたっぷりのしその実を、塩でサッと揉んで、少し重しをしたもの。

スーパーには売っていませんね。これが白ご飯にあう。他のおかずはすべて持ち帰りにさせていただきました。

さて、食べているだけでなく仕事もしなくてはいけない。会場の「旧金沢小学校」です。

7月に皆で大豆の種を蒔き、うまく育っているか心配だったのですが、見事に大きくなっていました。暗い中でも元気な葉の様子が分かります。

夜7時。かつてこの小学校を使っていた人たち、金沢と宇都野地区の人たちが集まってきました。

この地域は、東京にほどほど近く、自然豊か、新幹線駅があり、温泉もある、牛乳の産地、野菜果物も豊富。蕎麦を食べに、野菜を買いに、アウトレットもあって、都会から人がやってきます。

何の問題もない、幸せな土地のように見えますが、それでも高齢化は進み、交通弱者は困り、若者の仕事が少ない、などなど田舎の悩みはどこも共通ですね。

この旧小学校を活かして、何か地域おこしができないか?それを地元の方とご一緒に進めるのが私の役割です。

昔、この教室に学んだ人、自分の子どもが学んだ人が、閉校した小学校に再び集まり、真剣な顔をして、深く考え、何かしらを書く。

客観的に、面白いシーンです。

小学校時代と違うのは、教科書がなく、学ぶこと、考えることにも正解がない。何でも教えてくれる先生もいない。皆で方向を見出し、少しずつ前に進むだけです。

普段ぼんやりとは考えていても、「地域の目指す姿」を書きましょう!などと言われて、すらすら書けるものではありません。う〜〜〜んとうなってしまいますね。

それでもだんだん言葉になってきます。地域の目標が整理されてきました。

人とのつながりを大切に、自然や伝統文化を受け継いで、高齢者と子どもが元気な、若い人が定住できる、外からも人が遊びに来てくれる、そんなところにしていきたい。

皆の思いはほぼ同じです。

では、その目標に向けて何をしていくのか具体案を考えるのが宿題。次回はアイディアを山盛に出して、「すぐ」やること、「少し先」にやること、「いつか」やることに分けていきましょう。

そして、今年度中に、お試しの実験を皆で何かやりましょう。いつまでも腕組みして、考えているばかりじゃしょうがない!


それにしても、この集りを何と呼ぶ?名前をつけようということになりました。

自分たちの活動に「名」をつけることは、その活動の性格や方向が見えてくるということです。

固い、まじめな役所用語みたいな名前で、これからどんどん人を誘える?来る気になる?

なんてことを話しながら、ひとり2つずつネーミング案を出しました。そして最後は、決戦投票です。

目をつむって手を挙げる、その数を事務局が数える。これが、けっこう真剣な時間です。

結局「あつまっぺクラブ」に決定となりました。決めたチーム、案を出した女性は誇らしげ。

方言が入っているところがいいですよね。「実際にはあ“づ”まっぺ、だね」と、皆が笑います。

子どもに名前がついたようなもの、さあ、これから皆で活動を育てていきましょう。

私、いい感じの土地で、いいワークショップになった時は、調子に乗って買い物をする癖があります。最終の新幹線で大根を丸々抱え、この大荷物で地下鉄にも乗るんだ・・・と反省しきりでした。

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写真でみるゆとりある記

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連絡先

野口 智子 のぐち ともこ
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局
ゆとり研究所

TEL 090-7433−1741
E-Mail yutori@noguchi-tomoko.com

NPOスローライフ・ジャパン
〒160-0002 東京都新宿区四谷坂町9−4 リカビル301
TEL 03-5312-4141 FAX 03-5312-4554
E-Mail slowlifej@nifty.com


略歴

<野口智子(のぐちともこ)>
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局長
千葉市生まれ。東京でコピーライター、プランナーを経験。1977年静岡県に移り企画・編集プロダクション設立。
1992年ゆとり研究所を開きコンサルタント業務を開始。
ライフスタイルの提案、「一店逸品運動」による商店街の活性化、時間消費型観光おこし、人材育成などの分野で活動。
2000年からスローライフ運動を開始、2003年スローライフ・ジャパンを設立、現在、事務局長・副理事長。
2006年から活動拠点と自宅を東京へ。現在はスローツーリズムの提案、商品開発、地域観光の育成、都市と田舎の交流、移住・定住プロジェクト、“食”をテーマにしたまちおこし、などに力を入れている。住民参加の独自の楽しいワークショップが得意。
現在、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域再生マネージャー(ふるさと財団)、国土審議会半島振興部会委員。