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 二ツ井、二冊のさよなら2014/05/12 1:47 pm

秋田県・二ツ井は合併して能代市となったまちです。先日ここの二冊の小冊子を知りました。

一冊は8年前の合併時に発行の全国誌『月刊地図中心』のさよ
なら二ツ井特集。

もう一冊は今年春、二ツ井ふくし会発行の『あんしんノート』。死に備えて、自分がさよならするときの希望を書き留めておくいわゆるエンディングノートです。

いずれも秀逸で、読んで泣けて、書いて泣けて・・・。


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これがその二冊。左が財団法人日本地図センター発行の“「地図が好き」マガジン『月刊 地図中心』”。平成18年3月10日発行で480円。一見、地図マニアの雑誌のようだけれど、地図を入口に、暮らし・文化・歴史・風俗・様々な人間の姿を救い上げている興味深い内容です。

表紙の地図は明治14年9月、明治天皇東北巡行の際に宮内省が地元に求めた道案内書だそうです。天皇はじめ430名もの随行者、関係者に配られたものとか。今でいう、イラストマップのようなものですね。

このとき明治天皇は二ツ井の美しい景色に感動し、御輿から下りて蛇行する米代川や山々を眺めたそうです。その時天皇は、帰りを待つ皇后からの手紙をここで受け取ったのだそうです。手紙には天皇を待ち、想う和歌が書かれていました。そこから、天皇はこの地に「きみまち阪」という名を付けたのだそうです。

農業と林業の町だった二ツ井は、400年以上前から秋田杉を筏で運び出していました。それが明治40年に林用軌道が敷かれ、その後、蒸気機関車も走り、大量に輸送され林業・木材業は栄えます。関東大震災、戦後の復興と木材景気に町は沸きました。















そして、昭和30年代からはトラック輸送になりますが、その後はだんだん東洋一の木都の勢いは衰え、安い輸入材に押されていきます。日本が速く、大きく、強く、とファストライフを追いかけて、秋田杉が成長する時間など待てなくなった。

家に立派な秋田杉などつかわなくていい、という価値観になってしまったわけです。そしてついには、ちいさな町が大きくなれば何とかなるかと、合併を選びました。

と、駆け足で歴史を振り返ると簡単ですが、産業の衰退後も、この町は何とか活路をと様々な知恵を出しています。私の参加するNPOスローライフ・ジャパンの丸岡一直理事(現・二ツ井ふくし会理事長)は、平成5年に町長となり、以来、環境のまちづくりに取り組みます。この本が出る直前には環境大臣から「環境・共生・参加まちづくり表彰」も受けています。

先に紹介の「きみまち阪」にちなんで、平成6年から10回も「きみまち恋文全国コンテスト」も開催しました。このコンテストについては、丸岡町長が駆け回って実現していった様子が、冊子から伝わります。

町民が皆、面白がって参加して「大往生」という映画のロケ地としても、事業をやり遂げました。都会の放置自転車をもらってきて、自転車のまちにもしました。秋田杉をふんだんに使った役場、木造の体育館。

この冊子を見ていると、よくぞこれだけのことをやったなあ、と感心する奮闘ぶりです。それでも、ここまでしても、小さな町は消えていく。それは政略結婚に仕方なくうなずく心境に近いのではと思います。

今、合併した多くの村・町で、合併の良さを聞くことは稀です。そのほとんどが「合併なんかしなけりゃよかった」と語ります。

この地図の雑誌が、「きみまち二ツ井さよなら!」特集を組んだのはきっと二ツ井を例に、合併しなくてはならない多くの村・町の気持ちを代弁したかったのでしょう。

合併は地図が変わること。地図はいつの時代も、その時生きている人の暮らし・価値観を表現しているのだと思いました。

その、名物町長だった丸岡さんが、この春につくりあげたのがもう一冊、冒頭の写真右側が「あんしんノート」です。「自分らしい最後を迎えるために」と副題がついています。

スローライフ・ジャパンの事務局を手伝ってくれている、お仲間の丸山薫さんが「このエンディングノートはすばらしい」と絶賛し、丸岡さんにリクエスト、送ってくださいました。













私はこれまでエンディングノートというのは、財産分与の仕方や遺言を書くもので、私には関係ない何て思い込んでいましたが、これを見ると全く違いました。

自分が最後、この世にさよならするときはどうありたいか?自分のことを振り返り、いざというときには?延命治療についてはどうしたいか?家族にはなにを伝えたいか?などなど記入していきます。

とても優しい導き方で、事例なども挙げて解説しながら、自然に知識もついて判断できるように、ノートは構成されています。

今の時代、あまり人の生生しい生き死にを体験する機会がありません。だから自分のことまでも乾いた目で見つめ、仕事とお金と時間に追われるくらいで、ばたばたしているだけです。

ぷつんと私が、生き物として途絶える時はどうありたいか?など、今回初めて考えたわけです。

身近な人たちの亡くなり方を、一人一人思い出したどってみました。家で亡くなったあの人。病院で亡くなった、あの人この人。治療を拒否したあの人、この人。意識が急に亡くなってそのままだったあの人。連絡を受けて駆けつけた時には冷たかったあの人。などなど。

それなりに考えて書いたつもりですが、このノートの素晴らしいのは「気持ちが変わった時には、何度でも書き直すことができます」と、何度も、何か所にも書かれていることです。

このメッセージこそが安心なんですね。正解はない、今、考えた最善は、また変わるかも、それでいいじゃない、とやさしくノートは包んでくれます。

時々このノートを見て、書き直しをしていれば、素敵な“さよなら”ができるように思えてきました。

残された人生でやっておきたいこと、つまり、先が見えてきたときに、やっておきたいことは?の質問です。ああ、ここで私はワンワン泣いてしまいました。

行きたいところは、今のこの狭いマンション暮らしです。
会いたいのは、冗談のきついわが相棒です。
食べたい・飲みたいのは、彼の淹れる朝のおいしいコーヒーです。

ううぇ〜〜〜〜〜〜〜ん。

これを夫には言えませんが、安心ノートで、実は、今がどんなに幸せなのかを気づかせてもらいました。

二ツ井の二冊、ありがとう。

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野口 智子 のぐち ともこ
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局
ゆとり研究所

TEL 090-7433−1741
E-Mail yutori@noguchi-tomoko.com

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TEL 03-5312-4141 FAX 03-5312-4554
E-Mail slowlifej@nifty.com


略歴

<野口智子(のぐちともこ)>
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局長
千葉市生まれ。東京でコピーライター、プランナーを経験。1977年静岡県に移り企画・編集プロダクション設立。
1992年ゆとり研究所を開きコンサルタント業務を開始。
ライフスタイルの提案、「一店逸品運動」による商店街の活性化、時間消費型観光おこし、人材育成などの分野で活動。
2000年からスローライフ運動を開始、2003年スローライフ・ジャパンを設立、現在、事務局長・副理事長。
2006年から活動拠点と自宅を東京へ。現在はスローツーリズムの提案、商品開発、地域観光の育成、都市と田舎の交流、移住・定住プロジェクト、“食”をテーマにしたまちおこし、などに力を入れている。住民参加の独自の楽しいワークショップが得意。
現在、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域再生マネージャー(ふるさと財団)、国土審議会半島振興部会委員。