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新美ちゃん2016/03/28 11:54 am


大学生と地域が連携し、各地で地域おこしの動きが起きています。これは大学と地域双方に大変プラスになります。そんな好例を見ました。

奈良女子大学大学院生として十津川村谷瀬に通っていた“新美ちゃん”、彼女の笑顔は集落を元気にし、むらの自然と人々の情けは彼女を大人に育てました。

むらおこしに目覚めた彼女は、この春「地域おこし協力隊」という社会人になります。
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新美ちゃんに初めて会ったのは2年前くらいでしょうか?私が、奈良県十津川村谷瀬集落のむらおこしに通い始めて2年経ち、村の生活道を「ゆっくり散歩道」と名付けて、外の人に歩いてもらおう!とした頃でした。

40人ほどが暮らす集落は、このままだと消えてしまう。日本一を誇る「谷瀬の吊り橋」はあるのですが、その奥の集落に観光客は来ない。ならば散策道をのばして、歩いてもらい、集落が気に入ったら移住もしてもらおう。と、むらの人が大決心をしたのです。


吊り橋から伸びる道を「ゆっくり散歩道」として、テープカットをしみんなで手作り展望台まで歩いた日、新美ちゃんは彼女の通う奈良女子大学ゼミ教官とともに、歩くお客様として参加しました。(写真の役場の方の服の後ろにチラリと見えます)

小雨で冷えた体を、味噌汁と「めはり寿司」で癒し、集落の皆の雰囲気に触れて帰っていきました。

その後、毎月の「寄合」に顔を出すようになりました。ゼミの先生が十津川村に関わっていて、谷瀬にもお邪魔にならない範囲でうかがいたいという希望。集落も私もぜひぜひ、とうけ入れたのです。

じきに集落の人となじみました。彼女の人柄でしょう。それと何よりも関わる姿勢だったと思います。大学が地域に入る場合、この“お邪魔にならない範囲”というのが大事です。

そのわきまえがないと、ただ若さや女子力をアピールするだけで、地元のおじさんおばさんを煙に巻き、キャーキャー騒いで偉そうにして帰る、ということが多いものです。




新美ちゃんの場合、担当の先生がしっかりと地域との付き合い方をわきまえている方でした。土地の人を心より尊敬し、お役に立てれば一緒に手伝わせてください、という姿勢を貫いた。

だから集落の“寄合”でも、主人公はあくまでもむらの人、大学側は偉そうにしない、という形で話し合いや、むらおこしの活動が進みました。




こういう、いい先生・学生さんに出会えた地域はラッキーです。それに、そもそも谷瀬には心より尊敬できる、“知的で立派な田舎の人”が慎み深く暮らしていました。昔から日本一の吊り橋を、自分たちのお金で掛けてしまう団結力のある集落です。

散歩道の整備も、展望台作りも、寄合でやるとなったらみんなでやってしまう。その行動力には、私も常に頭が下がったものです。

その後すぐ、奈良県立大学も加わり、谷瀬は相当にぎやかになりました。

私の役割は、皆さんの話し合いや活動を上手く進行する、まあ、コーディネータ―のような立場です。県や村から仕事としてご依頼を受けて、谷瀬に通ってきました。

私だって、若くはありませんから、口ばかりで力も技術もないわけで・・・。いいプランが出ても、マンパワーが足りない。
そこに、話の分かる、わきまえのある学生さんが明るく楽しく手伝いに来てくれるのですから、ありがたいありがたい。

新美ちゃんたちは散歩道のあちこちに、可愛いプチ看板を手作りで作ってくれました。

道の途中、トイレを借りられる公会堂まで「ここから○○分」と表示しようとしていた彼女たちに、「ひとによって何分か違うし、よりゆっくりしてほしい散歩道だから、時間より『ここから○○歩』『ここから○○メートル』って書こう」と私から提案しました。

ある日、新美ちゃんが友達と「116,117、118」と、公会堂まで歩いて歩数を数えています。正直な子だなあ、と思いました。

秋にはむらのお祭りにあわせて、その餅投げを体験しながら散歩道をあるく「ゆっくり体験」という交流事業の試行もしました。一般のお客様を迎える前に、学生さんでお試しです。集落の人と今後に向けて意見を出し合いました。


外の人が歩き始めると、もっと何かで歓迎したくなります。昔、水車小屋のあったところに水車を造るはなしが持ち上がりました。昔の小屋を壊すと、中から古い農具や漁具が。


普通は燃やしてしまうのですが、こういう物を新美ちゃんたちは喜ぶ。「え〜〜?これなんですか?」フラフープみたいな輪っかは川で魚をとる大きなタモです。「これをいつか飾ろう!インテリアにもいいね」こういうのが学生さんの発想ですね。



学生さんたちは当初民宿に泊まって通っていました。大学としては費用が大変です。むらには空き家があります。それをいわゆる「ゲストハウス」に、村が用意してくれました。集落の人たちが、余った布団や鍋釜を持ち寄って、学生が泊まれるようにしてくれると、新美ちゃんたちが通う回数がぐっと増えました。

集落の手伝いだけでなく、調査や提案など、学生らしい動きが加速しました。新美ちゃんが通って1年後、去年の春には初めて外の人を招いての「ゆっくり体験」を本格的にしました。30人を越す人が集落にやってきました。

「ゆっくり散歩道」を歩いたり、「めはり寿司」を作ったり、「餅投げ」をしたり。学生さんは集落の人のようにスタッフにまわりました。以前は、餅投げの餅を拾っていた新美ちゃんが、この日は一番後ろで写真を撮る係、成長しましたね。








この年の秋には、もう一つの空き家を散歩道の休憩所にしようと、みんなで掃除し、実験オープンしました。名前は「こやすば」(小休場)といいます。庭にはススキが茂る古民家の、根っこを掘り出して、コウモリの糞だらけの内部を掃除して。新美ちゃんたち学生さんの活躍は素晴らしいものでした。



そして、「こやすば」オープンの前日。名産の「ゆうべし」の試食用に、新美ちゃんたちは竹を切り、器にしました。まあ、なんでもやりますね〜。







11月には秋の「ゆっくり体験」を今度は、名産の松茸をのせたピザを作るメニューとしました。1年前には、試行で参加者だった秋の体験、この日、新美ちゃんはピザソースを作る下準備です。








実はこうしている間、学生さんたちは休耕田を耕し田んぼにして、米を作っていました。そして酒を造ろうというのが集落の人とのもくろみでした。私は横で応援しているだけでしたが、この春、見事にお酒ができました。銘酒「谷瀬」の誕生です。

今年度最後の寄合の日、集落の方が「杉玉」を作って、公会堂に飾りました。搾りたてを皆で飲むにふさわしい演出です。ここで、新美ちゃんは自分の論文を発表しました。ただただ谷瀬に遊びに来ているように見えていた彼女ですが、ちゃんと調査・研究活動をしていたのですね。




タイトルには「地域のつながりを活かした中山間地域の子育て・子育ち環境に関する研究ー奈良県吉野郡十津川村を事例としてー」とありました。

人口減少に悩む地域にとって、子育て環境は重要です。若い移住希望者もそこで地域を選びます。さらに、彼女の研究は、育つ側、「子育ち環境」にも視点を当てたものでした。育つ子供たちにとって、どうなのだろう?若者として、高校生等にも調査をしていました。今までにないアプローチです。


谷瀬の人たちも調査に協力したので、発表を真剣に聞きました。本当は、2時間くらいかけて聞き、話し合いたかった内容でした。この論文をつくり、彼女は大学院を卒業。学生として谷瀬に通うのもこれで最後となります。


翌日、谷瀬の人が16人も集まって、吊り橋の下で新美ちゃんを送るBBQを開いてくれました。記念のプレゼントや、みんなからの寄せ書きもありました。

「自分の田舎のような谷瀬に、これからも通います」と宣言した新美ちゃん、自分が田んぼから関わったお米でできたお酒で乾杯。なんと幸せな送別会でしょう!

大学・学生さんが地域に入って、上手くいかない場合は、学生が地域の人を指導しようとする、つまり難しいカタカナ言葉で話す、パソコン技術を振り回す、都会はこんなに進んでいると自慢する、なんてケースです。

谷瀬では、大学側も集落側も素晴らしかった。だから、集落の人たちも、新しい冒険をやる気になったし、学生さんも育ったのでしょう。

新美ちゃんを例に書きましたが、谷瀬に通った二つの大学のそれぞれの先生と学生さんは、立派でした。そして、谷瀬の自然や暮らし、素朴な人々の情に包まれてすくすくと野太い人間に育った気がします。

新美ちゃんの論文にある「子育て・子育ち」環境として、十津川村谷瀬が人間を育てる大きなゆりかごに思えました。

「大学院まで出て、大企業に就職しないの?安定したところに勤めないの?」という声が、新美ちゃんにも聞こえるでしょう。でも、「地域おこし協力隊」になるという選択は、今、一番進んでいる、賢い選択です。

入る土地は十津川村でなくとも、谷瀬卒業の力は、何処に行っても通用します。悩んだり、くたびれたら、また吊り橋を渡って「ただいま〜」って顔を出してね。


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連絡先

野口 智子 のぐち ともこ
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局
ゆとり研究所

TEL 090-7433−1741
E-Mail yutori@noguchi-tomoko.com

NPOスローライフ・ジャパン
〒160-0002 東京都新宿区四谷坂町9−4 リカビル301
TEL 03-5312-4141 FAX 03-5312-4554
E-Mail slowlifej@nifty.com


略歴

<野口智子(のぐちともこ)>
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局長
千葉市生まれ。東京でコピーライター、プランナーを経験。1977年静岡県に移り企画・編集プロダクション設立。
1992年ゆとり研究所を開きコンサルタント業務を開始。
ライフスタイルの提案、「一店逸品運動」による商店街の活性化、時間消費型観光おこし、人材育成などの分野で活動。
2000年からスローライフ運動を開始、2003年スローライフ・ジャパンを設立、現在、事務局長・副理事長。
2006年から活動拠点と自宅を東京へ。現在はスローツーリズムの提案、商品開発、地域観光の育成、都市と田舎の交流、移住・定住プロジェクト、“食”をテーマにしたまちおこし、などに力を入れている。住民参加の独自の楽しいワークショップが得意。
現在、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域再生マネージャー(ふるさと財団)、国土審議会半島振興部会委員。