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吊り橋ウエディング2017/04/17 11:23 am

2013年から私が通っている奈良県十津川村谷瀬、自慢の「日本一の吊り橋」でこのほど結婚式が行われました。集落に移住したカップルの吊り橋ウエディングです。

「このままではむらが消える、吊り橋から集落に人を呼び込み歩いてもらい、気に入ったら住んでもらおう」と、むら消滅の危機感から皆で整備してきた「ゆっくり散歩道」を新郎新婦が歩きます。

谷瀬集落の願いが叶った春となりました。
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谷瀬の吊り橋に続く「ゆっくり散歩道」のことは、もう何度もこのブログで書いていますのでお馴染みとは思います。

数回の寄合(ワークショップ)を重ね、むらにもっと外の人に入ってきてもらおうと、そう決意したのが2013年の春のことでした。




そしてその後、できる範囲で集落の人は整備をすすめました。
むらのただの農道が「ゆっくり散歩道」として変身したのは2014年4月6日のことです。

テープカットと同時に、これまで閉ざしていた集落はオープンになったのでした。


一応、昔のブログを付けておきます。↓
http://noguchi-tomoko.com/modules/yutoriaruki/details.php?blog_id=255&date=201404



整備といっても球根を植えたり、立て看板を作ったりした程度。これまでのむらの道と姿は変わりません。

でも「ゆっくり散歩道」なんて呼ぶと、むらの人の気分が違います。テープカット後、みんなで普段の道をゆっくりと歩いてみる。そうすると谷瀬はけっこういいところだ、と違う視点でみえてきます。



その後の集落の人たちの動きがすごかった。もともと紙や文字を見て難しいことを話し合うより、身体を動かすことが得意の皆さんです。

散歩道の途中にある森山神社に説明看板がない。よし立てよう。説明文が決まったら(写真はその文案を検討しているところ)、あっという間に手作りの立派な看板が立ちました。



「ゆっくり散歩道」がオープンと同じ時期に、奈良女子大の先生・生徒さんが研究のために応援に入ってきてくれました。

それまで地味だった道標が、学生さんの手によりかわいい道標になります。






散歩道のゴールの高台からは「谷瀬の吊り橋」が見えます。それなら展望台にしようと、集落の人たちはバサバサと木を伐って展望できるようにしました。

ここまでの道も邪魔な木はなくし、丸太で階段もつけ、橋の古い板でベンチまで造りました。

「ゆっくり散歩道」を歩く「ゆっくり体験」を催し、むら名物の高菜漬けでご飯をくるんだ「めはり寿司」づくり体験もやりました。

奈良県立大学の皆さんもこの動きに加わって、谷瀬は急ににぎやかになっていきます。


2013年の時点で、昔あった水車をまた造りたい、とう話は出ていましたがこれも造ってしまいます。

集落に大工さんが居て、図面を取り寄せながら、かなり苦労しながらも造りあげてしまいました。






もともと技術はあり、動けるのだけれど、何をやればいいのかそれがキッパリ見えていなかったのでしょう。

「ゆっくり散歩道」という幹が通って、そこにいろいろな枝が出て、様々な実りが出てきたのです。

道に面した空き家は、「こやすば」という名の休憩所になりました。学生さんの若い力と集落の人たちの技術で、崩れかかった民家がよみがえりました。


そして、ただの田舎道をたくさんの人がブラリブラリと歩くようになったのです。











この頃には、今回の新郎“タロウ”さんは、しっかりと集落の一員になっていました。写真左。

2014年にタロウさんは生駒市から谷瀬に住み始め、展望台ができたころにはご両親もどんなところかと訪ねておいででした。

集落名産の「ゆうべし」作りにも、食に興味のあるタロウさんの姿がありました。

一見、髪が長く、ファッションも独得なので、ヒッピー風の人かなあ、と思ったのですが、彼の言動は“体育会系”のような筋の通ったさわやかさがありました。




タロウさんは、谷瀬からかなり離れたそれでも村内の神社に週数日通う仕事をしています。なかなか厳しい仕事です。そんな彼が谷瀬で米を作りたいと言い始めました。

なんとか彼が谷瀬で暮らしていけるように、みんなが気遣います。荒れ果てたやり手のいない休耕田を放っているより、耕して水田にした方がいいに決まっています。

「頑張れ、道具も田んぼも使っていいよ!」「どうせなら酒米を植えて、お酒まで造るか!」と勢いづきます。

そこへ学生さんも「米づくりしたい」と相乗りし、いくつもの田んぼで酒米が育ちました。



皆で作った酒米でお酒を仕込む、となると地元の酒屋さんも「なるべく手伝ってごらん、見に来てごらん」ということになります。

集落の人も、学生さんもこぞって参加しました。

昨年春「純米酒 谷瀬」ができあがった頃には、タロウさんは酒造りのリーダー。寄合でも大きな存在となりました。

そしてふと気づくと、今回の花嫁“リョウコ”さんも、寄合に顔をだし、谷瀬の一員になっていったのです。


先日の4月7日、吊り橋結婚式の日。私はうかがえませんでしたが、雨と思っていたら谷瀬ではこの時晴れたのだそうです。

この吊り橋結婚式の様子は、奈良県南部東部振興課のご厚意で写真を使わせていただいております。

吊り橋の向こうから新婦リョウコさんと親族が、谷瀬の集落総代に先導されて歩いてくる。

それを、谷瀬側からタロウさんがご両親と傘をさして迎えに行く。吊り橋の真ん中で、指輪交換。なんとも美しい光景です。

やがて一塊になった一行は笛の音とともに、吊り橋を渡り切り谷瀬に入ったのでした。


2014年4月6日、「ゆっくり散歩道」がオープンしたその同じ場所で、二人の頭に集落の方々が作った野の花の混じったライスシャワーが撒かれます。

軽トラに温室様の幌が着いたこれも地元住民手づくりのパレードカーで、「ゆっくり散歩道」を二人が動き出します。

カラカラと鳴る空き缶が、「ゆっくり散歩道」のうれしい笑い声のようだったでしょう。


普段観光客がのんびり登る、杉並木の中の階段。その先に集落のお宮さんがあります。

ここを白無垢の花嫁さんが登るなんて、数年前誰が考えたでしょうか?





少し前、副総代がおっしゃっていたこと。

「夏、夜明け前にふと田んぼを見ると、二人が田にはいつくばって草を取っていた。その姿を見て、この二人は大丈夫だと思った」

お二人に、そして谷瀬に幸あれです。



吊り橋ウエディングの報告も兼ねての、先日4月10日の寄合です。そこにはタロウさん・リョウコさんに加えて、新しい住民となったご夫婦の姿がありました。家具職人の方です。

一方、平均年齢をぐっと下げる新人も登場。寄合ではすやすや眠ったり、オムツを替えたり。

そして次なる新住民の方が、同じく赤ちゃんとともに移られることが予定されているとか。

谷瀬におめでたいことが続きます。


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野口 智子 のぐち ともこ
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略歴

<野口智子(のぐちともこ)>
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局長
千葉市生まれ。東京でコピーライター、プランナーを経験。1977年静岡県に移り企画・編集プロダクション設立。
1992年ゆとり研究所を開きコンサルタント業務を開始。
ライフスタイルの提案、「一店逸品運動」による商店街の活性化、時間消費型観光おこし、人材育成などの分野で活動。
2000年からスローライフ運動を開始、2003年スローライフ・ジャパンを設立、現在、事務局長・副理事長。
2006年から活動拠点と自宅を東京へ。現在はスローツーリズムの提案、商品開発、地域観光の育成、都市と田舎の交流、移住・定住プロジェクト、“食”をテーマにしたまちおこし、などに力を入れている。住民参加の独自の楽しいワークショップが得意。
現在、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域再生マネージャー(ふるさと財団)、国土審議会半島振興部会委員。