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篠山時間を振り返り2019/03/18 4:26 pm

よそ者と土地の人との交流では、いろいろなことが起きます。良いことだけでなく、嫌な場面や失礼なことも。

篠山の観光施設でおかしいな?と思うことがありました。

一方、訪れた我々側は静かな町並みを奔放に歩き、宿を大勢で覗き込んだり。私などは「早く早く」と大声を上げたり。

お互いの無礼に目を向けないと、本当の磨き合いにならないと私は思います。ただ今、反省しきり・・・。

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※今回は写真は無し、長いのでお時間あるときにどうぞ。

さて、交流にはお作法があります。

お金を払ったんだからわがままする。旅の恥はかき捨てでいい。お金をいただいたんだからかしずく。お金さえいただけば、後ろでアッカンベーをする。これが、今までの観光の世界でした。よそ者と土地の人は、お金を間に関係が作られていたのです。

それが交流時代となると、お金は間に入るものの、そのお金が最終目的ではなく、お互いが何かを得るように時間を分かち合うことになる。ともにいい場をつくろうと気遣い合うということになる。

でもそれは理想であってなかなかそういうわけにはいきません。お作法が身に着くまで経験の積み重ねなのです。

今回、スローライフ・フォーラムで40人近くが視察に回り始めた時のまず最初の昼ご飯のことでした。お店に着くと、なかに入れてくれない。理由は「まだ用意ができていません」とのこと。待合の部屋もないので、皆が入り口や階段に立ちっぱなしとなりました。

団体用の部屋をのぞけば、ほぼ料理は並んでいます。あと小鉢とお味噌汁くらいでしょうか。それなら、まずは座らしてもらいたい。

「全部そろってなくても座るだけ、いいですか」
「いえ、用意ができてからお客様を入れろと言われていますから」従業員の女性は頑なです。

お店の厨房の方に回り、「責任者の方は?」と聞き、「料理が揃ってからじゃないとダメと言われ、皆、外で待っているのですが」と訴えました。

店長?らしき人は「ええ?何で」と言いながらやってきて、私たちお客の前で「なんで入れないんだ?」「だって、用意できてからっって言ったじゃないですか」と口論。結局「どうぞどうぞ」と店長は私たちを案内し座ることができました。

女性店員さんは「出来立てを食べてほしかったんです」と私に言いますが、食事のメインの黒豆コロッケは冷たく冷えています。そんなスタートでした。

その時何が大事なのか、判断できる人が育っていないと、世の中上手くはいきません。メニューの説明もないので、せっかくの黒豆や山の芋を使った昼食が味気ないものになりました。

でもこれには伏線があります。団体で席を確保するには、ある程度の値段の豪華な定食を頼まなくてはならない。それを私が値切って1200円のものにしていただいた。高い定食にすれば、1人パートさんを頼めたのかもしれない。

女性店員さんも一人でパニックだったのです。そこに東京弁の私にガミガミ言われて、膨れっ面にもなりますよね。

続いて、観光施設のアプローチの坂道ででした。「足元注意」という看板が立っています。何故注意なのかわかりませんが、その危険なところを覆うように分厚いベニヤ板が乗せられています。

そのべニヤが反り返っていてこれ自体が実に危ない。ベニヤにつまづいて転びそうになる。少なくとも3人つまづくのを私は見ました。

本当なら私は気づいたのですから“気づいたもの責任”として、施設の人に言いに行くか、べニアをどかすかなどすべきだったはずです。それを「危ないな〜」なんてつぶやいて、眺めていました。

どなたか男性が「裏返した方がいいのでは」とつぶやく。そうこうしているうちに、1人の男性が見かねてベニヤを裏返す。それをみんな見て、ある意味ほっとしたのですが、それでもまたつまづく。

つまりベニヤをポンと乗せただけではもともとダメなのです。それで何とかなると踏んでいる施設がおかしい。何度もつまづく人が出ているうちに、チケット売りの女性がようやく何か変だと気付きました。ベニヤに近づくところまでは見ましたが、どうしたのやら。

誰もが自分の持ち場だけ守ればいいと思います。私のように「危ないな〜」と眺めることはできます。でも、一歩踏み出すことでいい場づくりはできるのですが・・・。

なんて反省する前に、お客様が必ず歩くアプローチをそんな状態で平気でいることが??ですね。

さて、篠山の悪口を書いたようになりましたが、実はこちら、よそ者グループもひどかった。

篠山には城下町全体をホテルにという考え方で古民家を改修した「NIPPONIA」という名のホテルが何棟もあります。一般社団法人ノオトというところが、10年くらい前から進めるプロジェクト。ホテルに限らず、街を歩ていると「ここもノオトさんが入ってお店にしつつあります」という解説を何度も聞きました。

この動きは有名ですから、チラリとでもホテルのなかを覗きたい。レストランなら窓の隙間から様子を眺めたい、料理の匂いも嗅ぎたい。と、私たちよそ者は思います。そうなると、しっとりしたいいムードの「NIPPONIA」ののれんをあげて、いくつもの頭がのぞくことになりました。

ちょうど到着のお客様があったのに、この群がったよそ者は気づかない。そもそもそんなふうにならないようにノオトさんでは視察についてきちんと有料のメニューを用意されている。

これは我々の旅の恥はかき捨て行為、かき捨てられた地元はたまりません。ほんとにごめんなさい。

よそ者はわがままです。私のことです。フォーラム会場に、「普通の花など飾らずに、地元らしい何か飾りを」と役所にリクエストしていました。それはいいことではありますが、担当者の仕事が増えます。そういうなら私が自分で探して飾ればいい、のです。

なのに、やさしい役所の方が、どこかで木製のイノシシを借りてきてくださいました。これが数頭並んだだけで、牡丹鍋が名物の篠山らしくなります。

そうなると、私は周りにササの山など作りたくなる。「杉の枝や、ササの枝などあるといいなあ〜」。つぶやいたところで、私が山に入って採って来るわけでもない。ジワジワと望むのですからたちが悪いです。

一度諦めたのにも関わらず、その希望は周りに染みだしていました。チラリと子耳に挟んだ善意の地元の方がササを用意してくれる、「と言っていた」と聞くと、「ああ、もういいのに」と思いながらも「ありがたいな」とも。

そして結局数本のササが既に開場した会館に届いたのでした。木製のイノシシにふわっと置くだけで雰囲気が出ます。ここまでしてくれて・・・と嬉しいような、申しわけないような。これもまたごめんなさい、なのでした。

学識経験者とか呼ばれる人たちは、実によく語ります。語ると興奮して、止まらなくなります。声も大きくなります。地元の方々の話し合いの傍聴でつい大きな声で話し、しまいにうるさいと怒られた。怒られた方は「休憩時間かと思っていた」のですが・・・こんなこともありました。

そして、話し合い、交流すると言っていながら、ついつい説教がましく話をしてしまう。東京目線を振りまわす。ふと気づくとそんな私が居たりしたものです。

篠山は素敵なところ、文化的なところと強い思い込みがありました。町屋が美術館に変わる!「まちなみアートフェスティバル」など資料を見ただけでも素晴らしいと思います。一度、ちゃんと来なくてはと思います。

そんなところなので、冒頭のちょっとしたソフトの不備がこたえるのです。「篠山でこんなことがあるなんて・・・」と思ってしまうわけです。

ただの観光客なら、熱心に見学しないし、語り合うこともないでしょう、でもこれからは興味のかたまりのような我々のような人たちが地元の人と語りたくてやってくる。きっとトラブルも増えます。

双方に、お作法ができあがっていかなくてはなりません。今回の失敗は、よそ者、地元、共にうかがえば、ここに書ききれないほどあることでしょう。

無礼ごとも含めて、これからも交流を勧めましょう。臆病に本音を出さないでいたら、今までの観光と同じです。悪いところも出し合いながら、指摘しながら、磨き合いましょう。

よそ者として失礼しました。そして、これからもよろしく。

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連絡先

野口 智子 のぐち ともこ
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局
ゆとり研究所

TEL 090-7433−1741
E-Mail yutori@noguchi-tomoko.com

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略歴

<野口智子(のぐちともこ)>
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局長
千葉市生まれ。東京でコピーライター、プランナーを経験。1977年静岡県に移り企画・編集プロダクション設立。
1992年ゆとり研究所を開きコンサルタント業務を開始。
ライフスタイルの提案、「一店逸品運動」による商店街の活性化、時間消費型観光おこし、人材育成などの分野で活動。
2000年からスローライフ運動を開始、2003年スローライフ・ジャパンを設立、現在、事務局長・副理事長。
2006年から活動拠点と自宅を東京へ。現在はスローツーリズムの提案、商品開発、地域観光の育成、都市と田舎の交流、移住・定住プロジェクト、“食”をテーマにしたまちおこし、などに力を入れている。住民参加の独自の楽しいワークショップが得意。
現在、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域再生マネージャー(ふるさと財団)、国土審議会半島振興部会委員。