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明治のリゾートを今に2019/08/12 12:16 pm

明治時代の初期から、日本の観光地には外国人が訪れるようになりました。雲仙温泉も同様、椅子式のカゴに乗って避暑にやって来たそうです。

森の木陰にテントを張ってのパーティ―、池での優雅な舟遊びなど、外国人のリゾート文化はいち早く雲仙に伝わったのです。

そんなお洒落な賑わいを再び作ろうと、若者たちが始めた「雲仙三角フェス」、今年で3回目となりました。
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長崎県雲仙市、標高700メートルにある雲仙温泉。ここの「雲仙お山の情報館・別館」には、明治時代、外国人が乗って来たという椅子に担ぎ棒を取り付けた「チェアカゴ」が展示されています。

陸路、あるいは船で、小浜辺りまでやってきて、最後の雲仙温泉までの上りはこの椅子に座って外国人女性などは避暑に来たのでしょう。

今でも夏の朝は、半そでではひんやりする雲仙温泉です。それでいて、「地獄」と呼ばれるあたりから、高温の温泉があり余るほど湧いている。夏をゆっくり過ごすにはぴったりだったはずです。

展示されている写真には、天幕を張って、その下で飲食を楽しむ外国人客が写っています。

ワインと瓶ビールを飲みながら、子どもたちも加わって食事が始まる?ところでしょうか。

外国人客が増えて、洋式のホテルもでき、だんだん道路も整備されていきました。明治44年には、「特に夏期英語の堪能な巡査を配置し外国人避暑客の便宜を図るようになった」と展示にはあります。

その後、ゴルフ場、プール、テニスコート、娯楽館などができてピアノやチェスなどもそろえられたそうです。


いつの時代の観光案内地図でしょうか?日本語と英語です。

よく見ると、人は外国人が描かれ、乗馬やテニス、ゴルフ、ハイキングなどを楽しんでいます。

この案内を見る限り、雲仙温泉をちょと見て、または1泊して、次の名所旧跡に移動、という周遊観光が行われていたとは思えません。

雲仙温泉に来たならば、滞在し、ゆっくりといい時間を過ごしている。そんな外国人観光客の姿が見えてきます。

そんなリゾート地だった雲仙温泉が、いつしか観光地になってしまった。名所を見て旅館に泊まってご馳走を食べればそれでいい、さっさと帰る。高度成長期の日本はそんな観光地を全国に育てたのです。

「明治時代のこの写真のように、自然のなかでゆっくりする、そんな雲仙温泉を取り戻したい」温泉場の若い人たちが立ち上がり、繋がり、クラウドファンディングなどでお金も集め、ボランティアで最初のフェスは行われました。

山の日にちなんで、山を表す△がつきます。「雲仙△(サンカク)フェス」、正しくはアルファベットで表記されます。

第3回目のこの日、車を降りてシャトルバスに乗ったとたん、たくさんの小さな子ども達と一緒になりました。

そう、このフェスは、音楽を楽しむだけでなく、森の中で子どもが遊べる仕掛けもあるのでした。木登り、けん玉、弾力のあるベルトを綱渡りするスラックライン等々。



おやおや、森の中に可愛いぼんぼり?照明?近づくと紙皿を繋いでできている!

すごい発明、目からウロコ。いったいいくつ、いったい誰が、いつ、どのくらいの時間をかけて作ったのでしょう。





この矢印もチャーミング!場所によってどちらにでも使えるように工夫されている。しかも矢印がくねくねで、「GO—−!」でなく、「ゆるく行ってね〜」と呼びかけている感じ。

付けられた木にセミの抜け殻が。いまやミンミンとこの森で鳴いてフェスを盛り上げているのですね。


昔の外国人客が、テントの下で和服ではしゃいでいる写真。この時代はリゾートといっても、お金持ちの人が遊び、地元がそれに対応し、かしずいてもてなしていました。

「チェアカゴ」を担いだ人に、森でゆっくりする時間はなかったはずです。

でもこの△フェスでは、準備から既に、地元の人も手伝う人も楽しんで、大変だけど活き活きとある意味リゾートをしているのです。紙皿ぼんぼりや矢印からそれが伝わってきます。

現代の本物リゾートは、いい時間を地元も来訪者も一緒に作り上げていくことにあると気づかされました。

△フェスのテント?旅館の古いシーツかな?その下では参加できるワークショップがいろいろ。

森の風を感じ、セミの声といい音楽を聴きながら、普段したことのない体験ができます。






小浜の「アイアカネ工房」さんのテントでは、手ぬぐいの藍染ができました。ビー玉をくるんで絞りにしたり。

参加者は、藍の力に驚いたはずです。藍が食べられることも初めて知ったかも。





クイズもあります。

「ジオパーク」なんて言うと難しいのですが、大昔の大地の動きで、今の具体な何に繋がっているかが分かるというもの。

愉快に学ぶのと同時に、知らない人が仲良くなっていきました。




森の中でコンサート。驚くほど音響がいい、上質です。

好きなところで好きなことをしながら、みんなが聞いています。

木陰っていいなあ〜、と久しぶりに感じました。





外国人客は何を食べたのでしょう?

私は地元のジャガイモが入った蒲鉾「ジャガボコ」と、まるゆでジャガのフライ。








そしてオフィシャルショップで買った自家製レモネード。










外国人観光客が遊ぶ「白雲の池」、今回のフェスの中心の池です。

今も昔も、日本人も外国人も、水を見たら気持ちよく、水面を渡る風は心地よいものでしょう。






この日も子どもたちが水で遊んでいました。

この子たち、初めての「白雲の池」畔での水遊びなのでは。








大人たちも池あそび。

普段は鴨だけが泳いでいる池ですが、この日は何人もの人がスイ〜〜〜〜〜スイ〜〜〜〜。雲仙温泉、白雲の池周りから、“ゆっくり時間”が湧き上がっているようでした。

明治の時代とは違う、さらに本物のリゾートを体験した思いです。観光産業としてのリゾートでなく、人間ルネッサンスとしてのリゾート。長期ではないにしても、中身の濃いみんなで作るリゾートでした。

今回私は、2日間のうちの1日、しかも日中だけの参加だったので、夜のフェスの様子を知りません。この森じゅうに吊るされた紙皿ぼんぼりに灯がついたとき、キャンプファイアーが燃えた時、どんなに綺麗だったか。

ま、また訪れましょう。それがリゾートなのですから。

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野口 智子 のぐち ともこ
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局
ゆとり研究所

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略歴

<野口智子(のぐちともこ)>
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局長
千葉市生まれ。東京でコピーライター、プランナーを経験。1977年静岡県に移り企画・編集プロダクション設立。
1992年ゆとり研究所を開きコンサルタント業務を開始。
ライフスタイルの提案、「一店逸品運動」による商店街の活性化、時間消費型観光おこし、人材育成などの分野で活動。
2000年からスローライフ運動を開始、2003年スローライフ・ジャパンを設立、現在、事務局長・副理事長。
2006年から活動拠点と自宅を東京へ。現在はスローツーリズムの提案、商品開発、地域観光の育成、都市と田舎の交流、移住・定住プロジェクト、“食”をテーマにしたまちおこし、などに力を入れている。住民参加の独自の楽しいワークショップが得意。
現在、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域再生マネージャー(ふるさと財団)、国土審議会半島振興部会委員。