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久々の女友達、長崎で2019/12/16 2:02 pm

由利さんは、私が昔編集長だったSNSブログサイトで人気の書き手でした。雲仙市で地域拠点を作り、今は長崎。防災・エコをテーマに活動中です。

伸子さんは、私が栃木県那須町に通ったときの、現地有力メンバー。この秋、長崎に移住し古い家を改装中。

このお2人と私が長崎で会いました。久しぶり、初めまして。あいさつの後は即友達に。これから3人で何か始められそうです。

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長崎の街は久しぶりでした。車中から「わ、文明堂!!」などと興奮して写真を撮ってしまいます。古く、堂々としていた県庁は取り壊されて跡形もなく、モダンな新庁舎が海側に建っていました。

ここでオーガニックマルシェがあるというので、ちょうど雲仙にいた私は出かけたのでした。

待ち合わせていた由利さん、会うのは何年ぶりでしょう。5年、6年、いやもっともっとですね。彼女が仙台から雲仙市千々石の風景に惚れて移り住み、立派な古い家を「竹添ハウス」(持ち主の名にちなんで)と呼んで、交流拠点とし始めた頃に、夫と泊めてもらったものです。

10年以上そこで頑張っていた彼女は、いろいろあって雲仙市を離れ、終の棲家を長崎の街なかに据えたのでした。

うかがったマンションは広いすっきりしたワンルーム。持ち物はとことん減らして暮らす由利さん流の生き方が形になっています。ここで彼女は夫と「くらし方研究室」という看板を掲げ、一級建築士の彼はその仕事を、由利さんはくらし方のアドバイザーとして地元テレビ番組出演から執筆・講演などしています。

職住一緒のシンプルな暮らし、長崎の街の景色とともに、甘酒とリンゴをごちそうになります。エコクッキングや防災への提案など、彼女の番組を見せていただきました。基本、今あるものをとことん使いぬいて、お金をかけず知恵を出す暮らしです。

「麺棒がないからできないではなくて、ラップの芯を代わりにしてパイ生地を伸ばす」とか、「災害時はビニール袋にてんぷら粉・卵・水・ツナ缶を入れてよく揉んで袋ごと茹でれば主食ができる」とか。ユーモア満載の番組で、もともっと見たくなります。

最初に出会ったときから彼女は“大人の知的な遊び場”が必要と言っていました。今の暮らしにもそれが満ちています。彼女の着ていた防災ベストには、最低限必要な被災時必需品が各ポケットに入っています。

「笛、マスク、ビニール袋、小銭・・・・・」とザクザク出てきます。「これを特別なところにしまわないで、いつも着てれば安心」防災ウェアはもはや彼女のユニフォームなのでした。

由利さんの家からすぐのところに川があり、橋があり、その先には有名な眼鏡橋。そして長崎で一番古い今も息づく商店街が。仙台を出発し、東京、仙台、雲仙、そしてこの長崎に。自分の流れ方と流れ先を自在に選び、すべてを栄養にして今、彼女はここに居ました。






同じ日、由利さんに紹介したのは、伸子さん。栃木県から長崎にやって来たばかりです。夫の実家が熊本だったのですが、そこには行かずにとにかく九州内で居場所を探そうとウロウロしたそうです。正真正銘の移住者です。結局、長崎市内の築60年の昭和の家を選びました。引っ越したもののまだまだ改装中だそうです。

彼女とも久しぶりです。那須町に私が通い始めたのは10年以上前。温泉があり別荘地があり、酪農や野菜作りが盛ん、観光地でもある那須町。町じゅうをレストランに見立てて“食”でまちおこしをしようと「なすとらん倶楽部」というものを作りました。志のあるいろいろな人が集まり、今も活動が続いています。

忘れられないのが「おいしい那須暦」というカレンダーづくり。その時期に那須町でどんな農作業があるのか、どんな花が咲くのか、どんなものを食べるのかをみんなで書き出し、365枚の絵にして仕上げた手作り暦。

子供や高齢者まで絵を描いて、家庭や学校で吊るされると、自分の絵が出てくる日を楽しみに各人が待ったものです。この暦を作る作業そのものが、まちおこしのいいプログラムとなりました。

冬場の美味しい野菜を使って、「な・す〜ぷ」という共通の名で各店でスープを出そうという仕掛けも考えました。お店ごとに工夫があり面白いスープがいろいろできました。これは「な・スイーツ」「那須弁」と発展していきます。

伸子さんはもともと地元タウン誌を編集していた人、パートナーはデザイナー、だから彼女の存在は様々にこの動きのパワーとなりました。シンポジウムの構成台本から、記者会見の仕切りまで、伸子さんに任せていれば安心だったのです。彼女は地元温泉場の観光協会事務局長もやって、那須を卒業していきます。

実は、由利さん・伸子さんを引き会わす前日、伸子さんは私がかかわっている「雲仙人お出かけサロン」に参加されました。久しぶりの再会記念に日本で一番海に近い駅「大三東駅」で記念写真を撮りました。見た目はおばちゃん2人ですが、心はうきうき高校生なのでした。

大三東駅には「幸せの黄色いハンカチ」にメッセ―ジを書いて飾るところがあります。長崎で新たなステージを迎える伸子さんに幸あれと、黄色い布がなびいていました。

由利さんの活動は、一冊の本になるほどの内容です。それは今こそ世の中に必要な情報であり提案です。絶対本にすべし!と私は勧めました。それを伸子さんが編集したら素敵だな〜なんて思います。

一方、伸子さんがこれから人が交流する場などを考えるとしたら、由利さんの経験は生きるでしょう。長崎の先輩として、街の活用法も由利さんから学べます。

2人が掛け算で刺激しあえば何かが生まれそう、そこに私もからみたいものです。

いろいろなもの、ことを背負って50代、60代の女たちは生きています。重くて潰れそうなこともあったでしょう、パートナーとなんとか乗り越えてきたことも多いでしょう。私も含め、夫婦だけの3カップル。なんとなく似ています。

最も3人共通なのは、とりあえず笑っちゃえ、というタイプの女であること。それがまた今回確認できました。

まだまだいろいろあるでしょうけど、由利さん、伸子さん、ぼちぼちやって行きましょうぞ。

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連絡先

野口 智子 のぐち ともこ
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局
ゆとり研究所

TEL 090-7433−1741
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略歴

<野口智子(のぐちともこ)>
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局長
千葉市生まれ。東京でコピーライター、プランナーを経験。1977年静岡県に移り企画・編集プロダクション設立。
1992年ゆとり研究所を開きコンサルタント業務を開始。
ライフスタイルの提案、「一店逸品運動」による商店街の活性化、時間消費型観光おこし、人材育成などの分野で活動。
2000年からスローライフ運動を開始、2003年スローライフ・ジャパンを設立、現在、事務局長・副理事長。
2006年から活動拠点と自宅を東京へ。現在はスローツーリズムの提案、商品開発、地域観光の育成、都市と田舎の交流、移住・定住プロジェクト、“食”をテーマにしたまちおこし、などに力を入れている。住民参加の独自の楽しいワークショップが得意。
現在、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域再生マネージャー(ふるさと財団)、国土審議会半島振興部会委員。