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蒲鉾物語2020/03/02 2:33 pm

蒲鉾屋さんの女将さんのお話を、うかがう機会がありました。島国の日本は小魚に恵まれ、古くから練り製品があったようです。平安時代には、既に蒲鉾という文字が文献に残るとか。

その蒲鉾の消費が落ち込んでいる、若い人は練り製品よりハンバーグ、おまけに材料の小魚が獲れない。課題は山ほどです。

でも元気な女将さん「蒲鉾は身体にいい!」という言葉に納得しました。
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いま通っている雲仙市に「みゆき蒲鉾本舗」(国見町多比良)というお店があります。

思い起こせば私の関わるNPOが、雲仙市で「雲仙の地方創生を語り合う」というフォーラムをした2015年、懇親会「夜なべ談義」でここの女将さん・久山つや子さんにお会いしています。

「地元では蒲鉾を“かんぼこ”と呼びます。栄養一杯なのでどうぞ召し上がって」と山ほどのかんぼこを差し入れてくださいました。笑顔の素敵な方だなあと思いました。

その後、東京日本橋・長崎県のアンテナショップでまたお会いしました。訪れる都民を圧倒する勢いで島原半島名物の「豆腐蒲鉾」の試食を勧めていました。

「野口さん、持ってって、持ってって」と、私が買い物した以上のお土産をいただきました。

そういう方です。


雲仙市に通うようになって、私はお店にも立ち寄ることが多くなりました。そのたびに「コーヒーにもあうのよ、蒲鉾は」と出してくれる。「これ揚げたて、美味しいよ」と出してくれる。

私が特別でなく、久山さんは知り合いの人皆にそんな感じです。そしてお店から帰るときは、自ら外に出て、道行く車を止めて誘導し、こちらの車が見えなくなるまで手を振ってくれる。

近くのある旅館のばあちゃんは、「あの女将さんはね、うちに用があってくるときも必ず蒲鉾を握ってくるからね」とほめたたえます。他のお店と一緒に出先で販売するときも、他の店のものまで売ってしまう。お客さんをその笑顔で離しません。

そんな久山さんに、先日は店先でお話をしていただきました。いつものまちおこしの勉強会「雲仙人サロン」です。少人数ではありましたが中身の濃いアットホームなサロンとなりました。

蒲鉾は1115年、平安時代の文献に出てくるそうです。当時のものは竹に魚のすり身をつけたもの。その形が蒲(ガマ)に似ていた、武器の鉾にも似ていたことからこの名があるとか。その後、室町時代になって板付きの蒲鉾が登場したそうです。島国の日本では練り製品の歴史は長いのです。歴史のから久山さんの話は始まりました。

「平清盛のテレビでこんなセリフがあったの。“今日はしけで魚が獲れないから、お殿様に蒲鉾を献上しよう”嬉しかった〜。900年以上の歴史あるものを、今、私が作っているんだと思ってね」と久山さんは語ります。

長崎県は蒲鉾屋さんが154社ある一番多い県、消費量も一番。島原半島名物の豆腐蒲鉾は100年の歴史があるのすごいでしょう。昔はもっともっと蒲鉾屋さんがあったのよ」なるほど、天ぷら、ちくわ、蒲鉾、豆腐蒲鉾などは、雲仙市の人々にはごくごく身近な物、あるのが当たり前なのですがこの食文化は世界に誇るものなのです。



 歴史は気を抜くと途絶えてしまうかもしれません、久山さんは時代にあうように、また飽きないように多様な商品を開発してきました。余っていたイカを材料にしたもの、チーズ入り、ピリ辛味、柚子胡椒入り、お節句に合わせての桃の形、鯉の形の蒲鉾等々。詰め合わせも個人個人の注文に応じる努力をされています。

「お父さんにねこういうの作ってというと、はいよってすぐ作ってくれて。いい人だった」と亡くなったご主人と二人三脚で、工夫を続けて歩んできた話も。そして「ただ商品を売るだけじゃなくて、それを通して人に出会えるからいいの、蒲鉾屋で良かった〜」久山さんは根っからの人好き、蒲鉾好きなのです。

かつてまちおこしのために長い長いちくわを作るイベントをやったところ、それを聞きつけて北海道網走市から挑戦状が届きました。網走はすり身の発祥地、ここでもまちおこしで長いちくわを作っていた。

これをきっかけに、両市の交流が始まり、既に12年になります。地域の顔となる産物を守り続けると同時に、地域間交流も民間レベルで進めています。「野口さん、今度東京の新橋で飲もうね、おいで」とお声がかかった集まり、一体なんでしょうと伺うと、雲仙市、網走市の方々の交流に都内その他の方も混ざっての飲み会でした。

網走の甘い味の天ぷら(さつま揚げ)と、久山さんの太いちくわがおつまみに回ってきました。両方の味が口の中で混じって本当の交流です。行政主体の交流でなく、“想い”だけで繋がっている人たちの気持ちのいい宴会でした。

さて、久山さんはサロンに来た人に「イワシの団子汁」とご飯、もちろん蒲鉾をたくさん用意してくださいました。「こうやって食べると大家族みたいね、美味しいね」ほんとその通りです。美味しい美味しい。

そして練り製品の栄養価についてもご教示が。上質のタンパク質、たくさんのカルシウムと鉄分、低脂肪。血液サラサラ、動脈硬化予防の成分も。私は練り製品の塩分が気になっていましたが、ハムやウインナよりも低塩分。調理に気をつければいいし、スープに入れれば出汁が出て、味付けにもなる。カレーのお肉代わり、野菜炒めにも。活用法はどんどん出てきます。

身体にいいことはわかるけど魚を毎日食べるのには大変ですが、練り製品は楽に食べられる。何で今までもっと食べなかったのかと反省しました。「毎日蒲鉾食べているから、私の身体はどこも悪くないの(笑)」久山さんのようにパワフルになりたければ練り製品だ、と納得します。

ただ長崎県は食べる習慣はありますが、蒲鉾の登場はお正月だけ、ちくわの登場はおでんの時だけ、なんて人も多いでしょう。練り製品より肉製品の方が子どもたちや若者には支持が高いことは確かです。そうすると皆が脂肪のとりすぎになって行く。何でもっと練り製品に注目しないのかと淋しさがあります。さらに「魚がだんだん獲れなくなってそれが悩みなの。豆腐蒲鉾の大豆も本当は地元で作ってほしいの」と久山さんは悩みを打ち明けます。

島原半島の片隅で、蒲鉾、ちくわで踏ん張る女将さん、日本の食文化や健康を彼女だけに任せるわけにはいきません。私は今日から蒲鉾大使になろうと心に決めました。

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野口 智子 のぐち ともこ
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局
ゆとり研究所

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略歴

<野口智子(のぐちともこ)>
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局長
千葉市生まれ。東京でコピーライター、プランナーを経験。1977年静岡県に移り企画・編集プロダクション設立。
1992年ゆとり研究所を開きコンサルタント業務を開始。
ライフスタイルの提案、「一店逸品運動」による商店街の活性化、時間消費型観光おこし、人材育成などの分野で活動。
2000年からスローライフ運動を開始、2003年スローライフ・ジャパンを設立、現在、事務局長・副理事長。
2006年から活動拠点と自宅を東京へ。現在はスローツーリズムの提案、商品開発、地域観光の育成、都市と田舎の交流、移住・定住プロジェクト、“食”をテーマにしたまちおこし、などに力を入れている。住民参加の独自の楽しいワークショップが得意。
現在、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域再生マネージャー(ふるさと財団)、国土審議会半島振興部会委員。