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ゆとりある記 越谷でロケットストーブ 2019/11/18 11:56 am

ペール缶や一斗缶をつなぎ、なかに煙突を通して作るロケットストーブ。

少量の薪でも気流でロケットのように、勢いよく燃え上がり、災害時やキャンプの時に役立ちます。何より手づくりできる。

以前もご紹介しましたが、先日、埼玉県越谷市で作る機会があり、あらためてその威力に感心しました。

このストーブ、お米を炊いたり豚汁を作るだけでなく、人と人や、地域の関係も温めてくれます。
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11月13日(水)埼玉県越谷市にお住いのスローライフ学会会員・小松崎いずみさん、中島プレス工業(有)主催の「ロケットストーブ作り体験」に参加してきました。

講師はこのお二人。JDSA日本災害救援活動士協会の神徳政幸さん(右)と、玉田拡之さん(左)。神徳さんはなんと和歌山県紀の川市からいらしてくださいました。


会場はお隣がお墓の自治会館の駐車場。まずは自己紹介です。

集まったのは地域の防災に貢献している女性たち、小松崎さんの会社の方々、東京からは持続可能なエネルギーに取り組む企業の方も参加。私と夫のように、賑やかし係もいます。




最初の試練は金切りバサミ。金切り声をあげるのは得意な女性たちですが、こういうことは初めて。

花バサミとも勝手が違う。「あら〜〜、全然進まないよ〜〜」こういう時に講師がやってしまえば簡単なのですが、笑いながら見守ります。いつかできるのですから。




ペール缶のぐるりを切り離すのですが、金属用のこぎりのようなサンダーで切ればすぐ。でもすぐできちゃつまらない。数人一組で、ああでもないこうでもないと切るからいいのです。

その合間に記念写真も。右の女性が小松崎さんです。




風のある結構寒い朝だったのですが、「暑くなっちゃたよ〜〜あたし」と上着を脱ぐ女性も。

だんだん本気モードになってきます。







煙突が入るところは、放射線状に切り込みを入れていく。ほらほら、もうずいぶん慣れてきました。

「農家もやってるからね、外の仕事は慣れてるから」なるほどパソコン相手の日常を送る私とは、越谷女性、力の入れ方が違います。





「ペール缶をつないで、煙突を入れるとこういう形になるわけで・・・・」ようやく出来上がりの感じが見えてきました。

青いジャンバーの専務さん「社長がロケットストーブって騒いでて、何のことやらわからなかったのが、ようやくわかったよ」




ペール缶同士はインパクトドライバーという、銃のような道具でネジを止めていきます。

ウイ〜〜〜〜ンと音を立てながら、ネジが入ると気持ちいい。スカッとして、癖になりそうです。






生まれて初めてのインパクトドライバー扱い。恐る恐るやるとネジは飛んで行ってしまう。

「ま、こういうのは慣れやから」と神徳先生。







煙突が入ったら、断熱と煙突固定のためのパーライトを詰めます。二袋位、相当入るものです。

「こぼさないで〜。はいカメラ目線ね!」神徳講師は必ず周りを笑わせてくれる人。災害時、どんな状況下でも笑いさえ忘れなかったら、何とかなる、と思うと、こういう方は大事です。私もこういう人になりたいなあ〜。


細い小さな木っ端を入れて火を付けました。落ち着くまでは煙が出ます。

女性たちが鍋の底に水溶きしたクレンザーをたっぷり塗ります。このひと手間が大事。このおまじないをしておくと、どんなに煤のついた真黒鍋もタワシでこすればサッときれいになる。越谷女性から暮らしの知恵を教わりました。


墓参りの水をくむところで、お米を炊く用意。ビニールに一合のお米と一合の水を入れて、このまま鍋のお湯に入れて炊きます。









越谷は野菜の産地。立派な長ネギ、椎茸、小松菜。これで豚汁を作りましょう。

たくさんあるネギにベーコンを巻いて、焼けば美味しいよ〜。だんだんキャンプの雰囲気になってきました。





3台の出来立てロケットストーブがフル活動。薪はほんの少しでゴーッと火が立ち上るので、お湯はグラグラです。

頼もしい感じ。これならお風呂に入れなくても、川の水を沸かして身体を拭くくらいのお湯はすぐに作れますね。




この間に、一斗缶で作るロケットストーブも作ります。これは実に簡単。サクサクッとできました。










味見の時だけ登場の方もいます。越谷女性軍の手作りお味噌がまた美味しいこと。

野菜の味と味噌の味で、出汁などいらないくらい。







蒸しパン粉を水と一緒にビニールの中で湯煎して、おやつも出来上がりました。










9時から始めて、12時にはランチ。調理ストーブを作るところからなのですから大したもんです。

一度でもこういうことをやっておくと自信が着きますね。お湯を沸かせば湯煎でお米も炊ける、ケーキも作れる。綺麗な水が無ければ、缶コーヒーでも缶入りトマトジュースでもお米は炊けます。湯煎に使う水は汚くとも、缶入り、ペットボトル入りの水分でご飯は作れます。

一家に一台、ロケットストーブがあれば、電気やガスが止まった時も心強いでしょう。ロケットストーブの考え方は、まさにスローエネルギー。自分に必要なエネルギーは自らの力で、と強く考えさせられました。

朝は知らない同士だった皆さんが、終わるころにはお仲間に。一緒に何かを作る作業は人を近づけますね。身体も心もホカホカした越谷でした。

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ゆとりある記 静岡でお茶を思う 2019/11/11 12:07 pm

静岡市で開かれた「世界お茶まつり」を覗いてきました。“世界”というだけあって「世界の路上茶体験」「国際シンポジウム」「汽車土瓶と茶の木人形の展示」など、内容は本格的です。

ペットボトルのお茶が当たり前になり、家族で「お茶にしようか」と急須でお茶を淹れる機会が無くなっています。

お茶は単なる飲みものでなく、いい時間を作ってくれるものとあらためて思いました。
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春と秋とお茶まつりがあり、「世界」と付くのは数年に一回だそうです。ちょうどよいときに静岡に用があり、立ち寄ることができました。








東静岡駅にあるグランシップという施設、以前、静岡に住んでいた者としてはなつかしい。

建物の外も中もお茶一色の催し。もっと時間に余裕をもって来るべきでした。






いきなり茶の樹の販売。

これを買って帰れば、我が家の窓辺でも茶摘みができるのでしょうか?フライパンで炒る、釜炒り茶なら作れそう。







なつかしい手もみの技。熱い「ほいろ」の上で、しわの深い手が動きます。それぞれの揉む動作に名前があって、役割があります。

今の時代に、まだこういう伝統が残っているのが嬉しい。針のように細くまで揉み上げたお茶は高級品です。つまんで食べれば、ポリポリと美味しいもの。



世界の路上茶体験コーナーで「ウズベキスタン」のお茶を体験。

茶葉は緑、これをティーポットに入れて、お砂糖を少し、お湯を注いで、さらにレモンを半分搾ってから、ポトンと入れてしまう。ま、レモンティーですね。

取っ手のない、湯のみのような茶器でいただきました。


展示物を見ると、これは楽しいお茶のサッカーボール?お茶の花とお茶の葉がパッチワークのようになっている。

サッカー王国静岡ですから、こんなボールが本当にあってもいいくらい。可愛いデザインで、ほしくなります。




世界各地のお茶、発酵茶や碁石茶や。お茶を飲む場の設えがあったり。茶席がいろいろあったり。何冊もの本を読むくらいの濃い情報です。

なかでも気に入ったのは「茶の木人形」。お茶の木を彫りあげた茶娘。根付に使われたとかで、小さい。なんともかわいいのです。江戸から明治にかけて作られたとか。知りませんでした!

頭のなかにお茶のことがいろいろ詰まった状態で友達の事務所(そふと研究室)に行くと、茶箱とふるいが積んであります。

これは展示物ではありません。もうやめてしまうお茶屋さんから引き取って来たとか。ここはお茶をテーマにしたツアーを企画しているので、こんなこともあるのでしょう。

ほおっておけばゴミになってしまう貴重なお茶文化です。茶箱は買いたい人があるでしょう。ふるいはドライフラワーと一緒に壁に掛ければインテリアになります。

友達が仕事を片付けている間、お茶について考えました。少し聞くことができたシンポジウムで話されていたこと。

お茶離れが進んでいるけれども、ペットボトルのお茶でかろうじてお茶が飲まれている。これからプラスチックごみが問題になって、ペットボトルが消えていくと、お茶は生き残れるのか?

かつてお茶のペットボトルが売り出されたときに、静岡では「ただで飲めるお茶をお金を払って買うのか」なんて話題がありました。

静岡ではどこも茶畑で、お茶は「ある」ものでした。食堂に行けば美味しいお茶が当たり前に出てきていたのですから、そう思うのも無理はありません。

それがいつの間にやら、会議のお茶は全国的にペットボトルになり、家でも大きなペットボトルのお茶が使われるようになり、急須の出番がなくなりました。茶葉を買う人が少なくなっています。

日常茶を茶葉を使って急須でだす人は減って、葉でだすのならこだわりのあるブランド茶とか、有機農法茶とか、玉露とか、特別なものを求めるのではないでしょうか。特別な時にそれを淹れる。ペットボトルか高級茶か、2極化しているように思います。

でも、それも寂しい気がします。「おーいお茶にするか〜」なんて言葉が日常の中になくなって、リーフは高級品だけになるとは。

最近は「お茶する?」という呼びかけは、カフェに行ってタピオカなどをすする行為となる始末。

お茶のみ友達、お茶の間、お茶漬け、お茶うけ、茶柱なんて世界はペットボトルでは創れない。お茶を飲まなくなった私たちは、一緒に大事なものやことをなくしてしまったのかもしれません。

せめて夫婦で、家族で、仕事場で「お茶にしましょう」と呼び掛けて、お茶を葉で淹れたいものです。細い葉がお湯を含んで広がって、時間とともに香りたち、うまみと甘みと渋みのある緑の液が出来上がり、それを均等に何度も少しずつ注いでつぎわけて、憩いの時間を分かち合う。

そんな生活習慣を取り戻せば、少しはこの日本が良くなるのではと思うのです。

と、まずは自分に淹れたお茶。少々出がらし、急須はネットのあるガラス。ま、これでもいい、、、から始めます。

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お仕事 龍神村で 2019/11/04 1:40 pm

和歌山県の「地域の魅力再発見研修会」で講師をしてきました。自治体職員や住民の方々が集まって、楽しいワークショップとなりました。

研修前に訪ねたのが田辺市龍神村、美人づくりの湯で知られますが、それだけではなかった!

NPOが耕作放棄地にソバを作り、蕎麦屋を経営。もと中学校校舎で巨大シイタケの生産。特産の木を活かした高級家具づくり、など。

私が研修を受けた次第です。
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龍神村にはずいぶん前に、ちらりと寄ったことがある程度。でも、日本三大美人の湯とか、美肌の湯という触れ込みは忘れずにいるものです。

合併して巨大になった田辺市の一部ではありますが、龍神村という名は残っていることが嬉しい。最近は、市より、村という名の響きの方が部外者はそそられるものですから。

お昼はお蕎麦とうかがっていましたが、そのお蕎麦屋さん「和わく」はもと保育所の建物をお店にしたものでした。

何を食べようか迷っていると「龍神マッシュの天ぷらはすごいですよ」の声が。「うん?なにそれ?とにかくそれだ」と頼んだのが「キノコ天蕎麦」。

「龍神マッシュ」とはこの地のシイタケで、肉厚のそれが揚げられてきました。ガブリ、ジューシー。お蕎麦の方もキノコだらけ、コリコリした地元のキクラゲが美味しい。

ここは「ええとこねっと龍神村」というNPO法人の経営。お店の窓の外にはそば畑が広がります。お会いした3人の男性は、とつとつと活動の経緯をお話されます。

最初の頃はただ集まって飲んでいるばかりだったのが、ちゃんと何かやらないと、と、休耕田にソバを植え、そしてお店にまでなったとか。

各種の事業展開をされていますが、なかでも今燃えているのは「公共交通空白地自家用有償運送」について。つまり、足のない人たちのために、NPOが車を出しますよ、という仕組みを始めようとしているのでした。

地元の方と、Iターンの方が一緒にやっているNPO、立派だなあと感心しました。名刺にある「地域を耕す」というコピーが心をつかみます。

さて、お隣の元中学校校舎へと移動しました。ここが「龍神マッシュ」の生産拠点です。

廊下を賑やかに走っていらしたのがここの責任者、伊藤委代子さん。全くの素人だったのがあちこち勉強に行き、ここでシイタケ栽培を始めました。

ハウスの中の棚に菌床を置き、龍神の名水で育つシイタケは、直径8〜10センチという大きさで出荷されます。

高齢者や女性が働ける仕事、ハウス栽培なら獣害もありません。もと職員室で袋詰め作業が行われ、伊藤さんのお孫さんになる若い女性が、子連れで働いておいででした。

「龍神マッシュって名は娘が考えてくれたの」、家族や女性たちが仲良く働く場で育ったキノコは、それだけで美味しく育つように思えます。

巨大な龍神マッシュをフライにしてはさんだ「シイタケバーガー」もあるそうです。食べてみたいなあ・・。

私?あんまりキノコが可愛くて食べられないのよ」と元気に笑う伊藤さんのお肌はスベスベ。

シイタケの力なのか、温泉力なのか、水と空気のせいか、うらやましい。






さっきお蕎麦を食べた時に座った椅子も、スベスベで気持ち良かった。その椅子がある「道の駅龍游/ジー・ワークス」に行きました。

ジー・ワークスという名で、龍神の木材を使って、柔らかいカーブの椅子、テーブル、木馬などを作っている松本 泉さんと記念写真です。



「龍神にはアトリエと住まいが一緒になったスペースがあって、何人ものアーチストが住んでいます」とのこと。店内の素敵な藍染めも目を引きます。

道の駅というと、食べ物ばかりを売っていますが、龍神ちょっと違います。

生活提案を感じるおしゃれなものが並び、ずっと見ていたくなります。このお店ごと都会に持っていきたいくらいですが、龍神にあるからいいのでしょうね。


先ほどのNPOの理事のお1人は横浜から移住されたシェフ。龍神に来た頃は中学生だった息子さん・竹内雅美さんは今や結婚し、お父様の開発した「南高梅ドレッシング」を継いでいます。

直売店味工房「梅樹庵(めいじゅあん)」、この小さなお店では、そのドレッシングのほか柚子ケーキや梅シロップ、ジャム、などなどを販売。茶房梅樹庵もあり、冬場はジビエ料理が楽しめるとか。次回はこれを狙いましょう。

今、龍神村では「龍の里づくり委員会」が立ち上がり、地域資源と人材を活かしたまちづくりを始めているそうです。

村の若者中心に集まった40人を超えるメンバーから、27の事業・プロジェクトが発案され、2023年を目標に実現しようという意気込みです。

竹内雅美さんはその企画部会長、要となる人です。がんばれ〜〜〜!

田辺市龍神行政局にはチェーンソーアートの龍が施された看板がかかります。これからこういう看板を増やしていくとか。

村のほとんどが森林で、龍神材は有名なのですからそれを活用し自慢する看板がかかって当然ですね。木はこんなに素敵、こんなに素晴らしいと看板から伝えられますもの。

私もこの看板と同じものを注文したくなりました。







ここはもと役場、ロビーには龍はもちろんのこと、クマ、ゴリラ、キリンなどいろいろな動物が並びます。

そう、この村にはチェーンソーアートの名人もお住まいなのでした。






こんな風に龍神村を回ってみると、龍がぶるるんと動き出している息吹を感じます。

何となく「良いお湯が沸く、静まった山深い湯治場」のようなつもりでいたら大間違い。

龍は眠っていません!何匹もが連なって、知恵を出して、力強くうねり始めています。

研修でお会いした、龍神に住む役者さんも、パステルアーティストの方も、それぞれに意欲的で個性的、キラキラしていました。

役所の方から龍という字を4つ書く文字を教わりました。「てち」と読むそうです。すごいとか、大きいとかの意味だそうです。

調べると64画で一番画数の多い漢字、多言、しゃべり続けるという意味もあるそうです。

まさに、「龍の里づくり委員会」は、すごく・大きく・しゃべり続けましょう!これからが楽しみです。

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ゆとりある記 阿寒湖 「カムイルミナ」 2019/10/27 2:09 pm

北海道阿寒湖温泉、夜間、森に映し出されるデジタルアートのアトラクション「カムイルミナ」を観てきました。闇の中1.2キロを、光る杖を頼りに歩きます。

自然を敬うことを忘れた人間たちが、神・カムイから飢饉という罰を受け、許しを請うまでのお話。

国立公園でこういうショーをやるとカムイの怒りに触れそうですが、それ以上に強いメッセージ、感動を得ました。
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阿寒湖温泉とのお付き合いは、釧路市と合併する前から。20年近くになるのでしょうか?

どんな観光地にしていくのかの計画を作る会合に参加したり、まちづくりのワークショップをやったり、女性のグループを作って様々な試みをしたり。

今回は「NPO法人阿寒観光協会まちづくり推進機構 グランドデザイン懇談会」という会議に参加しました。そして、会議以前、前日に、今年始まった「カムイルミナ」を観るというのが大事な役割でした。

湖近くに「ボッケ」と呼ばれる、温泉が泥の中からボコッボコッと湧き出しているところがあります。その近くまで行くと、地面が多少熱く、生きている地球を感じる場所です。

そこへ続く散歩道は気持ちが良く、これまでに何度も歩いたものです。

辺りが暗くなるまえに、プロジェクションマッピングなどが仕込まれた森は、どんなふうになっているのか、見に行きました。


おやおや?すぐにこんな機械が見つかりました。苔のような感じのもので覆ってはいるのですが、あら捜しをしようとしている私にはすぐ見つかってしまいます。

セリフや音楽や、映像、光、等々が展開されるのですから、そりゃあいろいろな物が仕込まれているわけです。



初めて散歩する人は気づかずに歩いてしまうでしょうが、ふとのぞき込むとこんなライトが。

しかももう夕暮れで、これから始まるショーに向けてのリハーサルをしているらしい。だから自然のままのお散歩は、無理な時間帯に入っていたのでした。




ボッケの沼にももはやレーザー光線?の青い色が揺らめきます。音もなっています。

ショーのまえにわざわざ見に来る私もたちが悪いのですが、「16時半からはアトラクションに向けてリハーサル中です。多少光や音でご迷惑おかけしますがお許しください」なんて立て看板が、ところどころにあればいいのに。

今期はもうすぐ終了なので、この辺は来年の課題でしょう。

そうこうするうちに日が暮れて、お夕飯もしっかりいただいて、ワインも飲んでほろ酔いで、いよいよ「カムイルミナ」の観賞となりました。









地元のお嬢さんが、諸注意などをしてくれます。持って歩く特殊な杖は「リズムスティック」といって、下の方はピカリと光って足元を照らし、上の方からは音が出るという優れもの。

説明をするお嬢さんは、なんとなく誇らしげ。日本で初めて国立公園で行われているこのアトラクションはやはり自慢でしょう。

ただ温泉に入って帰る観光地なら、こういうお嬢さんがおしゃれに働くチャンスも少なかったはずです。芸術性の高い観賞にたえうるものがあることが、これからの観光地には大事なのですから。


このゲートから歩きはじめます。

なんとなくヨーロッパのおとぎ話に出てくるような雰囲気、デザイン。杖を突きながら歩く私たちは森の探検家のようです。







早速フクロウが現れました。フクロウが語ります。カムイの世界にカケスを使いにやって、人間界のことを許してもらわねば。

本来、自然をいただけば、人間は感謝しその命に敬意を払い、必要な量だけをいただいてきたのでした。

それが採りすぎ、感謝もしなくなった。カムイは怒られたのです。この物語はアイヌの伝説にあるものです。


森で鹿に矢を放っても、鹿は受け止めてくれなくなった。それだけでなく、カムイの世界に消えて行ってしまった。

童話のようなのどかな世界ではありません。映っているものは美しいのですが、「人間たちよ〜〜〜!」と私たちはフクロウから厳しくお説教をされているような気になってきます。

「すみません」とつい思います。数日前には各地が洪水になったばかり、これは私たちの愚かなライフスタイルに起因していますもの。カケスを応援するために、急がなくちゃと進みます。


緑の大きな球体がありました。阿寒湖の自然を象徴するマリモです。

マリモはどうやら私たちの味方をしてくれるようです。「ドンド ドン ドン ド ドン」と独特のリズムで音が響きます。

「人間たちよ マリモのリズムを刻め」フクロウからの指令です。カケスを応援するリズムは、マリモのリズム。

マリモが少しずつ時間をかけて大きくなっていく、そのリズムに私たちはもっと耳を傾けなくてはならない。急に大きくなるなんてできないことを、私たちは知るべきだったのです。

ボッケの沼は血の海のような怖い世界になっていました。神の声が聞こえます。

「人間たちの生き方を改めるように願う。動物たちはカムイの世界に避難してきている。

人間たちは飢えに苦しむだろうが、感謝の気持ちを持たないものへ自分たちの命は捧げられないと。礼節を失った人間による不条理に耐えられない」

ボッケからの湯気と硫黄の匂いが、その言葉を包みます。厳しい突き付けは、国連の気候行動サミットでスピーチしたスエーデンのグレタさんを思い出させます。


人間たち、私たちは、一所懸命に「マリモのリズム」を杖で刻みます。

大勢が杖をドンドンしている様子は、皆でお経を唱えているような雰囲気にも思えます。

そうこうしていると・・・。


最後のシーンとなりました。カケスと私たちの願いが通じ、森の動物たち、魚も戻ってくるのでした。

フクロウは言います。

「動物たちが戻って来た。やったぞ!皆の助けが無ければなしえなかった。

今宵学んだことを忘れてはならんぞ。そして周りの人々に伝えるんじゃ。

次は神々もそう簡単にはお許しにならんだぬだろう。ありがとう。本当にありがとう」

とてもほろ酔いでご機嫌にキレイキレイと観る内容ではありません。重い反省の気持ちを抱えて宿に戻ることになります。こういうメッセージを真正面から伝える観光地は、勇気があると思いました。

そりゃ、少しの自然破壊はあるかもしれませんが、身を切ってまでも、いま阿寒湖の人たちが自然との共生を伝えたいのだ、と理解しましょう。

数か月間、森の中にライトやスピーカーを仕込む位、ゴルフ場を造ることに比べたら可愛いものです。阿寒湖温泉に来て、温泉に入ってお酒を浴びるほど飲んで、湖さえ眺めないで帰る観光客はまだまだいるでしょう。

でも、この「カムイルミナ」を観た若いカップルや家族連れは、何かを持ち帰り、暮らし方を少しずつ変えていくのではないでしょうか?そういう提案のある土地に阿寒湖はなろうとしているのでしょう。

メッセージを出すのなら、阿寒湖温泉も観光地としてカムイに怒られないように真剣に取り組まなくてはならないでしょう。世界の人がやってくる阿寒湖です、ウソはつけません。

杖から聞こえていた「フーンコ フンコ フーンコ フンコ♪」という声は、アイヌの女性がフクロウの鳴き声を唄ったものだそうです。これはマリモのリズムと同じです。

この夜、目をつむっても、この唄とリズムが私の身体を巡るのでした。

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お仕事 何をする? 2019/10/19 5:18 pm

雲仙市で進めている「雲仙人(くもせんにん)プロジェクト」、そろそろ来年度は何をするか?考える時期。

皆で「やりたいこと」「できそうなこと」を素朴に書き出しました。「雲仙人ランチを皆で考えよう」「雲仙名物人図鑑を作
ろう」「温泉を究めよう」「ビックアーチストを呼ぶ」等々。

案は様々ですが志は同じ“雲仙市を良くしよう”です。さあ、これから詰めていきましょう。
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昨年は、市内のキーマンを私が訪ね歩き、どんな人がどんなふうに雲仙市を盛り上げようとしているのか?とくと聞く。ということを続けました。

すると、この人たちの活動をきちんと聞くだけでとても勉強になる、聞いたあとにいろいろなアイディアも湧いてくる。ということが分かりました。

やはり強い思いで何かしらをしている人は、プランや技術を磨きながら、本当に地域と取り組んでいます。その人の魅力こそ、これからの重要な地域資源だと思いました。


なので、この方々を雲仙に住む仙人、「雲仙人(くもせんにん)」と呼び「人」を柱に、地域活性化を考える「雲仙人プロジェクト」をやることになりました。

まずは、ひとりの人の活動についてしっかり聞く、「雲仙人サロン」を。始めたのは、今年の冬のことです。

休耕田にオリーブを植えて、高齢者や障害のある方でも収穫できるオリーブの葉で、オリーブ茶を作り始めた方のお話。

移住して旅館で働いた後に自らゲストハウスを開業、温前場の若者で実行委員会をつくりクラウドファンディングで資金を作って、「フェス」をやった方の話。

聞く側に吸収力があれば、いずれも「モノづくり」「コトおこし」の参考になります。

その後、春から毎月サロンは開かれてきました。何かのイベントに何人かと一緒に行くと体験が共有できるから、と「お出かけサロン」をしたり、みなでワイワイとアイディアを出す「わいわいサロン」も。

4月は小浜の温泉場でデザインされた店・食べ物・小物を訪ね巡る催し「小浜デザインマーケット」に参加する、お出かけサロン。
5月は「まるゆで野菜」を真空パックにして商品化する一方、誰でもがぶらりと寄れる「集い処“えんがわ”」運営している方の話。

6月は雲仙温泉名物“湯せんぺい”を使った新しいお菓子や、食事の場で食べる食べ方などを考えている方のお話。
7月は千々石というところの公園で市民が開催した「MINI FES in Chijiwa」に「雲仙人ブース」を出して参加。あわせて、フェスの視察も。
8月は7月のフェスを企画したジャガイモ農家の方から“フェス”づくりのお話。同じく8月にはお出かけサロンとして雲仙温泉での「UNZEN SANKAKU FES」を視察。

9月は種とり農家・竹田かたつむり農園奮闘記として、伝統野菜作りに取り組む農家夫婦のお話。同じくお出かけサロンとして「島原大半島祭」を視察。そして「わいわいサロン」としてこれからやりたいことのアイディア出し。
10月は「島原大半島祭」をやった若者から“祭り”の作り方のお話。
11月には看板商品・手作りドレッシングができるまでとして、カフェ・直売所をやりながら商品開発してきた方のお話の予定です。そして「わいわいサロン」で次年度やることの絞り込みを。

まあ、けっこう詰め込んで、はしってきました。

そんな中から9月のサロンで出てきた来年度のプランでした。2回のワークショップを予定しているので、さらにアイディアが出てその中から、人気投票を参考に“雲仙人プロジェクト”がやるべきものを決め込んでいくようになります。

先日までに出たアイディアは70、さらに加わって80ほどに。なかでも「すぐやりたい」ということを「行政にご提案」するのではなく、実際に小さなことでも皆の力でやってみよう、それを栄養にして次につなげようというのが大事と思っています。



さあ、どうなりますやら。

「雲仙人ランチ」は市内何箇所かで、雲仙市内の産物を使ったランチの提供をするという案。何か皆で統一ルールを作ってみるといいかも。

例えば、産物の「こぶ高菜」と「ジャガイモ」を必ず使うとか。それぞれのお店の腕の見せどころ、食べ歩きもできますね。あらためて産物の確認や、料理の開発にもなるはずです。

「雲仙名物人図鑑」はそれこそ、人の紹介カタログ。ワークショップの中では、似顔絵で紹介しようという話もありました。

人の紹介だけでなく、その人を訪ねて、その人のやっていることに混ぜてもらうとか、体験ができるというところまで発展すると面白いですね。人を訪ねるツーリズムになります。

郷土料理が得意な人を訪ね、作り方を体験して覚える。伝統野菜の農家を手伝い、その味を体験する。染めのできる方を訪ね、手ぬぐいを染めるとか。

「温泉を究める」は華道や茶道のように温泉道なんて作って、黒帯を目指す?カリキュラムをつくれるかなあ〜。

ほかに、「子供食堂」「子供の農業体験などで民泊」「雲仙全体のロゴ、パッケージの統一」「雲仙の樹ヤマボウシのシリーズ商品化」「おいしい雲仙食べ歩き」「スイーツ祭り」「福山雅治ライブin島原半島」「雲仙市カレンダー」「月見の会」等々。

と、ここまでくると夢は広がるのですが、お金をかけず、今のマンパワーで、皆が楽しめる範囲でできる実験を、しかも雲仙市全体にかかわること、に、ギュッと固めていきましょう。

次のワークショップは11月22日です。皆さんご参加を。

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ちょっとしたこと 良いことの知らせ方 2019/10/14 1:31 pm

消費者活動、食品ロス問題、フードドライブ、三世代交流、防災、高齢者の場づくり、など。

大事な活動をしている女性たちが150人ほど集まる場で、発表をうかがいました。皆さんボランティアで頑張っています。

気になったのは伝え方、パワーポイントはもちろん、写真と文章の資料も大変、Facebookをしている人もわずか。この方々が発信力も身につけたら、と強く思いました。
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会合の名は「生活学校・生活会議運動 中部・近畿ブロック研究集会」です。

今回のブログは個人情報もあるので、写真は少なくしました。開催地は和歌山市内。

会場のホテルで、美しい杉のお箸で食事をいただいていると、各地から続々と女性たちが集まってきました。

主催は、公益法人あしたの日本を創る協会、全国生活学校連絡協議会、和歌山県生活学校連絡協議会。

普段、地域おこしの世界にいる私ですら、「生活学校??」と聞かれれば、すらすらと的確に説明ができません。




調べると“女性を中心に、身近な暮らしの中の問題を、学び、調べ、企業や行政と話し合い、ほかのグループとも協力し合いながら、実践活動のなかで解決し、生活や地域や社会のあり方を変えていく活動”とあり、1956年から始まっていま1100の生活学校があるそうです。

生活会議というものも一緒でしたが、ここではこんがらかるので説明を省きます。

そのブロック研究集会の助言者として、私はうかがったのでした。皆さんの活動報告をうかがっていると助言どころか、いたく感心するばかり。

「出前寸劇」で詐欺にあわないようにと啓発活動。大根一本を無駄にしない料理法の研究。中学生に地域の一員になってもらう「子どもと共に行う防災訓練」。親子孫が楽しく過ごせる「ふれあい広場三世代交流」。商店街にちょっと休める場や「高齢者おしゃべりサロン」を作る活動。などなど。

皆さん、お金をかけずに工夫して、良い活動を続けておいででした。

発表をうかがううちに考えました。こういう暮らしに密着した「良いこと起こし」が、こういう女性たちによって行われている。それは、誰から見ても大事なことで、応援したい取組ばかり。

でも、なぜもっともっと世に発信されないのか?!


いわゆるマスコミは、もっと華やかな、またはセンセーショナルな、事件性のあることばかりを追います。縁の下の力持ち的な良いことの動きは、たまに地方紙で小さく報道される程度。

本当は、こうした活動が日々発信されて、そこでどんなに人々が楽しく、人間性あふれる時間を過ごし、地域のつながりができるかが伝えられていいのに。

そう思うと、もったいない、残念、とばかり考えます。

しかし、現場の女性たちを見ていると、発信技術が身についてない。話すこと、紙にして的確にまとめ伝えること、写真や文章で分かりやすく訴えること、パワーポイントや動画でアピールすること。

こういうことまでは、なかなかできないものです。それは、炊き出し料理を作る、子どもやお年寄りとおしゃべりするのとは違う技術です。

ここが欠け落ちているように思いました。その辺のことは、今まで、行政の人がやってくれたり、私たち苦手、で済んできたかもしれません。でも、今や、よいしょとそういうことにもチャレンジしないと、良いことが伝わらない、良いことを広められない時代です。

ドローンも使い、活動をコンパクトな動画にまとめたところがありました。パワーポイントで報告したところもありました。お互いがこういう伝え方を教えあうことも大事でしょう。

予算が無くても、スマホでなんでも写真を撮っておく、動画で撮っておけばなおさらいいでしょう。まとめたりセンスフルにすることは、学生さんや若いメンバーに任せたり、行政に手伝ってもらったりで。

要は、自分たちのやっている「良いこと」を、常に知らせようとする態勢で居ることが大事です。

私もおばちゃんですが、何とかブログを書いたり、目をこすりながらFacebookをやっています。そうすると、だんだん伝え方が身についてくる。

伝えようと、発信すると、仲間が増える。活動が高齢化し後継者に困る、という悩みも消えていく。と思うのですが。

今回、私は「食を通して地域の様々な環境創りを考える」という話をしましたが、「食」は大事ということをまずは伝えるために、キャラメルを配りました。

長い研修でくたびれていた女性たちが、笑顔になり、隣同士で話をするきっかけになりました。あわせて開催地が桃の産地ということも知っていただきました。

知らせる、伝える、はどんな方法でもできる。まずは活動と同じエネルギーをかけて、発信することだと思います。

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ゆとりある記 ベンガラの里で 2019/10/05 2:38 pm

岡山県高梁市「吹屋ふるさと村」。銅山とベンガラの生産で栄えた街並みや、ベンガラ製造を学べる「ベンガラ館」などがある産業観光施設です。

これまで京都でベンガラ格子のある料亭などを見る機会はありましたが、ベンガラそのもの知る機会は初めてでした。

この真っ赤な顔料は、山深い集落に富をもたらしましたが、働く現場はなかなか大変だったようです。
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そもそもベンガラとは何か?をひもどくと、天然には赤鉄鉱として存在するそうです。旧石器時代の洞窟などの赤い絵がこれによるものだとか。

インドのベンガル地方で産出したことから、「ベンガラ」と呼ばれるようになったそうです。日本でも天然の物が古墳の石室の絵に使われ、神社仏閣の建物に塗料として使われてきました。

耐久性に優れていたからです。また赤い色が魔除けや再生の意味を持っていたともいわれます。

そのベンガラを、人工的に造ったのが岡山県中西部、高梁市の山間、吹屋の地でした。






もともと銅山でしたがその副産物である硫化鉄を使ってローハというベンガラの材料にし、これを焼いて酸化させて赤いベンガラを造ることに成功しました。

明治維新後は様々な制限がなくなって、民家の装飾にも使われだします。建築に使われる以外には、有田焼の赤絵などに使われ、ベンガラは日本中で求められます。

1700年代の初期から、吹屋は日本唯一のベンガラ産地として繁栄し続けます。標高550mというこの山村に、昭和の時代までたくさんの人が働き、多くの荷物、お金が動いたのでした。

当時を忍ばせる豪邸が並び、石州瓦の屋根が連なります。国の重要伝統的建造物群保存地区、いま、吹屋は観光スポットになっているのでした。

昭和40年代まで使われていたという工場が再現されて見学できるようになっていました。

どこもかしこもベンガラ色です。








なかなか工程は複雑で、簡単ではないのですが、手前右のローハというものが、やがて奥の赤みを帯びたものに変わっていくのでした。








ローハという材料を、「ほうろく」に朴の葉を敷いた上に盛り、それを窯の中に200枚位積み上げます。松の薪を燃やし、数日700度を超す温度を与えると、赤い色があらわれるのだそうです。







ベンガラとは「弁柄」と書きます。何とも綺麗な、鮮やかで、重みと温かみのある赤です。










窯の次の工程では、ベンガラを水で洗い、不純物を取り除き、水車の力で回す石うすで細かく挽くというもの。

そして、さらには酸を抜くために、何度も水をくぐらした後、天日で乾かし、さらに粒子を整えて、型に詰めて出来上がり。簡単に言えばこういう手順となります。




ベンガラは、一斤いくらという形で取り引きされたようです。工場から商家に移されたベンガラは、完成品として整えられ、蔵に保存されました。







柿右衛門の赤絵も、このベンガラなくしてはありえなかったのでしょう。










かつては黒くすすけていた民家も、明治以降はベンガラで赤くおめかしができるようになった。

色を使える自由さが、西日本の民家を鮮やかにしてきたのでしょう。







観光客はベンガラ染め体験などができます。

都会暮らしには珍しい、古来の色を持ち帰ることができます。








私は、こんなスカーフのプレゼントをいただきました。

赤い色と、グレーとが、ベンガラと山の土、窯の煙などを連想させ、使うたびにこの地を思い出すことでしょう。






情緒を感じる吹屋の町並で、観光をしながら楽しむのはいいのですが、ふと思います。

こうした産業の影には、必ず苦労した人々がいることです。ベンガラを造る工程図に必ず出てくるのが、女性の労働者。

ある人が語りました。「みんな上から下まで真っ赤になってね。それに身体もこわしてね〜」

硫酸が含まれる、煙や水、それにまみれて女性たちが造った美しい赤い色。

そんなことにも思いを馳せる、私たちでいたいものです。

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ちょっとしたこと 北千住に学ぶ再利用法 2019/09/30 11:34 am

足立区北千住、江戸時代は宿場町、いまや5路線が乗り入れるターミナル駅のある街です。マンションが立つ足元には古い建物が残り、便利で懐かしさもある穴場的なところです。

古い家を活かしたカフェ、昔の魚屋さんの氷冷蔵庫を使う街の案内所、古い店の壁に描かれたアート、ケーキの耳ばかりを安
く売る店など。

一度役目を終えたものの、活かし方を学べる街でした。
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北千住をぶらりしたのは8月のこと、暑い日のことでした。

駅前の大きなマンションの間に入り込むと、古い雰囲気が残る商店街が伸びています。







歩いていくと、江戸時代からの絵馬屋さんもありました。

なかの土間、座売りの造りに、昔の様子が想像できます。








もとは、家でしょうか?店だったのでしょうか?

知らなかったら通りすぎてしまうようなこっそり感でカフェがありました。







裸電球の下で、それぞれにゆっくりしているお客さん。

なんと、2階もあるのでした。









テーブルに備えられた本立てには古本が。それもなかなかに、センスのいいものが揃っています。

丁寧にいれられたコーヒーを飲みながら読み進むうちに、時間がトロトロと流れていきます。






昔のアンプやスピーカー、黒板、落書き。

この日咲いたのでしょう、朝顔が花開いた役目を終えて、ホッとしているように見えます。

こういうまちに、けっこう若いカップルや女子たちが訪れています。

この古民家カフェは、次々とお客様が。満席と聞いてあきらめていきます。

北千住ワールド、古くて新しいのでしょう。





街の駅という案内所もありました。

もとは魚屋さんだそうです。










ご案内のボランティアさんの横は冷蔵庫。

もちろん氷は入っていません。今は、販売品やパンフレットの在庫や、服もしまうクローゼット代わりになっていました。






トイレも冷蔵庫と繋がっている!

ビックリハウスみたい。










黒ぐろしたトタンの店。いつか何かに使われそう。

近くには木の壁に大きな猫のイラストも描かれています。








壁のヒビの修復が、面白い模様になっている家。

この壁を使って、あみだくじができそうです。なんだか古いものなんでも使えるように思えてきました。

そして極めつけがこれ。お菓子屋さんですが、アウトレット専門店。ケーキの切れ端が多量に安く売られています。

クリームたっぷり、ロールケーキの耳も。どら焼きの皮だけも。ここは開店前に行列ができるのだそうです。

次回は、写真など撮らず、まっしぐらにここに来ましょう。

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ゆとりある記 珈琲サロニカ 2019/09/23 9:48 am

岡山県新見市のこの喫茶店、微細に挽いた珈琲豆を濾過せずにお湯で煮てとろりとしたものを飲む、ギリシャ珈琲なるものを出してくれます。そのお点前の面白いこと。

さらに「店主へ話しかけると話が止まらなくなります。ご用心」などの“お願い”がメニューに記載。なので、つい、話しかけてしまいます。

でも、倉敷にあった初代サロ二カからのお話は、うかがう価値ある物語でした。

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新見市街地から少し奥まったところ「隠れ家的な店があるのよ」と、この日訪ねた大先輩が連れて行ってくださいました。

どんなお店だろう?とついていくと純和風のおうちに隣接して、これもまた和の雰囲気の小さなお店がありました。




「珈琲サロニカ」、ステンドグラスの灯りが落ち着く店内です。

「このお店に来たら、これを飲んで!というメニューがあればそれを」と失礼な頼み方をすると、お店の奥様が「ギリシャ珈琲というのはいかがでしょう?」と。


迷わずそれを頼みました。


「ミルで最細挽きにした後、さらに、手動で真鍮製のグラインダーを使って極細にします」とメニューを読めばわかるのに。

カウンターの中で何か不思議な所作が始まった!と私は駆け寄ります。そのグラインダーで、ぐりぐりとご主人が粉をさらに細かくされています。お濃茶を練るよな手つき、まさにお点前のよう。


その後、可愛い片手鍋に珈琲粉、ビーカーで測られた水、砂糖、レモンの皮が入り熱せられます。

沸騰寸前で火からおろすをくり返し、最後に茶こしでこすと出来上がり。






小さなカップの底に、当然粉はたっぷり溜まるのですが、その上澄みをそろりといただく。

濃い。珈琲の香りと味が顔中に満ちて、耳から噴き出すみたい。

ママレードがひとさじ、ご機嫌を取るかのように添えられていて、濃い珈琲味を途中で和らげてくれます。


ご主人がグラインダーを見せてくださいました。

重いです。

「だから、粉をするのに力はいりません」とのこと。こんな道具があるんですね。





おしゃべりしながら、じわりじわりとすすっているうちに、最後の粉だけになりました。

これをまた首をそり返して、最後の一滴も口に入れたい、となります。






この「ギリシャ珈琲」を出すようになったいわれを話してくださいました。

ご主人は中学校の先生をされていましたが、そもそも先生になれなかったら喫茶店をしたいと思っていたそうです。

お仲間が集まる喫茶店が倉敷にあってそれが「サロ二カ」、このギリシャ珈琲を出されていたそうです。事情があり倉敷のお店はなくなりましたが、定年し、お店を始めるここのご主人が、その名と味を受け継いだというわけです。

珈琲についても学び、試行錯誤を繰り返し、倉敷の「サロニカ」の方にも試飲して頂きOKとなったとのこと。それほどの重さを持ってつくられるギリシャ珈琲だったのです。

ステンドグラスのランプやドアのカウベルなども、倉敷から受け継いだとのことでした。

「珈琲好きにゆっくりしていただきたい」というこのお店には、“ゆっくり”の仕掛けが満ちています。

どうしてもゆっくりしたくなってしまう椅子とテーブルは、業務用ではなく普通のおうちのリビングなどに使うもの。だからくつろげます。

テーブルの上には万華鏡や、いたずら小箱。そして季節の花、この日は吾亦紅など。

そしてメニューにある「お願い文」これが愉快です。「ケーキ、お菓子、おやつ等に類するものは自由にお持ち込みいただいて結構です。もちろんお持ち込み料は無料です。ただし、店主へのお気遣いから、店主にご用意されることのないよう、よろしくお願いします。中性脂肪が若干高めとなっております」



さらに続きます「店主への話しかけは、必要最小限にとどめられることをお勧めします。安易に話しかけますと、話が止まらなくなる恐れがございますので、ご用心ください。それでも話しかけてみたいという好奇心と勇気をお持ちの方には、昔話・笑い話・怖い話・くだらない話・手品等、そこそこ取り揃えております。無料です」



こんな「お願い文」を読んだら、誰もがクスリと笑い、話しかけたくなっちゃいますよね。

珈琲にもいろいろあります。100円でコンビニで買いサッと飲む珈琲。混んでいてテーブル越しに会話の声も聞こえないなか、あわただしく飲む珈琲。外に行列ができていたりすると、東京では、お金だけおいてとっとと帰れと、という雰囲気まで。なかなか珈琲と“ゆっくり”はセットで体験できません。

ご主人と奥様がニコニコしながらおっしゃいます。「お客様の回転や、利益率を考えるお店では、それが大事なわけで。それはそれでいいと思います。うちは私たち自身が“ゆっくり”したいんです。だからこういう店なんです。」

「サロニカ」とは、ギリシャの港町の名だそうです。ストレス一杯の世間の荒波にもまれて疲れたら、新見のこの店にしばし錨をおろし、ギリシャ珈琲の味とともに、ここで“ゆっくり”を補充して、また旅だちましょう。

大先輩が私をここに連れてきてくださったのは、そういうことだったのかもしれません。2時間も話し込んだころ、「昆布茶もどうぞ」と、備前焼の器が運ばれてきました。

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ゆとりある記 オープンガーデン 2019/09/16 1:23 pm

各地でオープンガーデンが盛んです。個人のお庭を一般に開放する活動。42軒が参加の長野県須坂市で、小林友子さん宅に伺いました。

秋で花は少ないものの、庭のあちこちにベンチや水の流れがあり、来客がゆっくりできるようになっています。特産のフルーツを使ったお茶も。

「私はとにかく人が好きなの」と小林さん。庭だけでなくオープンハート活動なのだと思いました。
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JR長野駅から長野電鉄で20分ほどで須坂駅。駅前には花壇があり、ここが花でまちづくりを進めていることを主張しています。









中でも目を引くのは「信州須坂オープンガーデン」の活動。市民と行政とが協働ですすめ、今年で15年目だそうです。

参加しているお庭はパンフレットにエリアごとに整理され、マップも詳細でこれなら個人でこのパンフレットを頼りに回れるなあ〜と思いました。



今回は一軒のお宅を見せていただくだけ、ゆっくり来るのはまた今度です。

うかがったのは一見純和風のお宅。ところがお庭は洋風なのでした。






うさちゃんの置物と「ウェルカム}の看板が。

ごめんくださいと入ると、このお庭の主、小林さんが「いらっしゃ〜い」と現れました。







細やかな説明が始まります。「ここのレンガも私がやったの。もとはこの庭は純和風だったんだから〜」

ビックリです!バラを中心としたイングリッシュガーデン風なのに。







「子育てが終わってね、一段落で何かしたくなったの。それまで庭なんて興味がなかったのに、たまたま本屋さんでガーデニングの本を見つけて。それから急に燃えちゃって」

庭石を配し、池があり、芝生の広がる日本庭園をどんどん変えていったのだそうです。



道に面しているので外を行く人も楽しめるように、バラはからまり、リンゴも実っています。










小林さんがいなくてもわかるように、植物にはほとんどすべて名札があります。

しかも庭を邪魔しない、グリーン。








バラをからませる垣根は、建築資材を活用したもの。

あれもこれも手づくり、見ているだけで庭造りのノウハウが分かります。







チョロチョロ音をさせて水が流れる装置が合ったり、まろやかに流れる水を眺める装置があったり。

ご主人も定年退職後、奥様のガーデニング熱に巻き込まれていったそうです。






ふと見るとテーブルと椅子がある、だから落ち着いて庭を楽しめます。










「お茶どうぞ〜」と小林さんの声。

フルーツのまち須坂のリンゴやブドウが、たっぷり入ったお茶です。きけば果物に熱湯をかけて一晩おくとか。果物の甘さと風味がでた独特の飲み物。

美味しくて3杯もいただきました。




「日本全国から来てくれるんです。年間?数えたことないけどバスで来る方もあるから2000人位かなあ」

そのいらした方々を写真に収め、コメントをつけてファイルにするのがご主人の役目。ファイルはここあるのはごく一部、膨大になります。



そんなに人が来て、普通ならプライバシーがないとなりますが、「私、人に会うのが好きなのよ〜」。海外の方もみえるそうです。やたらな観光施設よりずっと集客力のあるお庭ですね。

やることがあって、人に会い続けているお二人の若々しいこと。






我が庭と抱え込まないで、外の人を常に意識する、さらに我が町をいいところと思って帰って、また来てほしい・・・と語るこういった市民が育つこの仕掛けは、全国に広がるといいと思います。

庭を開けば心も開く、そしてまちも開けていくということです。


帰りがけに「ブドウをつまんで行ってよ」とご主人。いつまでも甘酸っぱいさわやかな味が残りました。

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連絡先

野口 智子 のぐち ともこ
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局
ゆとり研究所

TEL 090-7433−1741
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〒160-0002 東京都新宿区四谷坂町9−4 リカビル301
TEL 03-5312-4141 FAX 03-5312-4554
E-Mail slowlifej@nifty.com


略歴

<野口智子(のぐちともこ)>
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局長
千葉市生まれ。東京でコピーライター、プランナーを経験。1977年静岡県に移り企画・編集プロダクション設立。
1992年ゆとり研究所を開きコンサルタント業務を開始。
ライフスタイルの提案、「一店逸品運動」による商店街の活性化、時間消費型観光おこし、人材育成などの分野で活動。
2000年からスローライフ運動を開始、2003年スローライフ・ジャパンを設立、現在、事務局長・副理事長。
2006年から活動拠点と自宅を東京へ。現在はスローツーリズムの提案、商品開発、地域観光の育成、都市と田舎の交流、移住・定住プロジェクト、“食”をテーマにしたまちおこし、などに力を入れている。住民参加の独自の楽しいワークショップが得意。
現在、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域再生マネージャー(ふるさと財団)、国土審議会半島振興部会委員。