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ゆとりある記 高校生頑張る 2017/07/31 3:38 pm

各地で高校生が、地域おこしに頑張る姿を見かけます。私が滞在する紀の川市粉河、ここの築100年の「山崎邸」という文化財住宅をのぞくと、粉河高校のグループが夏のイベントに取り組んでいました。

地元特産のフルーツピザを焼いたり、スイカと桃のスムージーを売ったり。館内各部屋に紀の川市クイズを仕込んだり。炎天下で経験したこの日のことは、郷土愛と自信につながることでしょう。
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山崎邸は1917(大正6年)に棟上げされた近代和風建築。綿織物で成功した山崎家の建物でした。いまは、地域おこし拠点として使われ、普段は「創 ハジメカフェ 」という名の古民家カフェになっています。






この催しは〜紀の川市のフルーツを使ったフルーツの祭典〜「KOKO夏まつり」という催し。名前は大きく出ましたね!実際はかわいらしい、催しです。

粉河高校の「KOKO塾」という名の、地域おこしなどに熱心な高校生・大学生・教員で構成されるグループが企画運営。(一社)紀の川フルーツ・ツーリズムも応援しています。

地元「粉河祭り」に、自らの手で賑わいおこしを、という思いだったのでしょう。





フルーツ一杯のピザ。一切れ100円。果物の甘酸っぱさと、チーズの味がいい感じです。










子どもたちのお小遣いで買える値段。おままごとではなく、ちゃんと高校生のお姉さん、お兄さんから食券で買う楽しさ。あちこちに子ども連れが遊びに来ていました。








売るメニューを高校生たちは試作を重ねたようです。その中でも、これは私の味覚と心を鷲づかみしました。

桃は紀の川市の夏の顔、そして実はスイカもたくさん作られています。





このスイカと桃の合わせ技には感動しました。とかく甘ったるくなるスムージーですが、さらりとさわやかに出来上がっています。

なにより色がチャーミング!これ紀の川市の名物になりますよ〜。






100年もの歴史のある建物でいただく、高校生発案のフルーツピザとスムージー。

しっとりとした畳の部屋で味わう、なかなか他にない雰囲気です。

同行の小学生の女の子が思わず言いました。「このスムージー、ママに持って行ってあげたい」



食べ物だけではありません。広いお屋敷のあちこちにクイズが貼ってあります。

このクイズをするために、お屋敷を隅々巡ることになります。







「たま駅長の居る貴志川線を走るフルーツの名の電車は?」
「イチゴ電車!」子どもたちは即答。













クイズが当たればくじ引きが。

高校生のお兄さんたちが採点し、かつ盛り上げてくれます。「ヨーヨー釣りが当たりました〜」








豪邸のお庭に、こんな風鈴も。












庭園にビニールプール。お姉さんたちのアドバイスのもと、チビちゃんが風船ヨーヨー釣りです。










しかし、暑い!お客さんは楽しんで帰りますが、企画した高校生たちは居なくてはならない。撤収までが地域おこし。

企画した時は涼しい教室で考えていたかも。この暑さは計算していたでしょうか?

でもそこはやはり若さですね。声を出したり笑ったり、暑いなりに楽しんで・・。

歴史ある古い豪邸に、若い新しい風の吹いた日。なんだか山崎邸が喜んでいるようでした。

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ゆとりある記 蛍もとめて 2017/06/19 1:51 pm

紀の川市鞆渕へ蛍を見に行きました。小さな山里の、清流から自然に蛍が湧いています。

街路灯もない闇の中、蛍求めて足元おぼつかなく歩きました。星空が、黒々と山の輪郭を描きだし、カエルの声がやけに大きく響きます。

栗の花や草の匂いも強く香ります。そんななか、フッと飛ぶ蛍の明るさの尊いこと。

蛍を求めて歩くうち、都会で忘れていたことをたくさん発見できました。
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市役所のある場所から車で40分くらいで鞆渕(ともぶち)。ここの黒豆は、市内でも引っ張りだこの品質。そんなに採れないため、外には出ない逸品です。

黒豆は知っていましたが、蛍も。というわけで、連れて行っていただきました。そうとう山の中に入った感じでしたが、中学校・小学校があり、この時期は蛍を見に来た人の駐車場になっています。

車を出るとひんやり肌寒い、やはり山に登っているのですね。商店街や賑わいなどはない、こじんまりした集落に手作りの看板が立っていました。

この辺りから既に暗いので、知人に携帯で看板を照らしてもらいます。手づくり看板にほのぼのと語られれば、蛍を捕るような気にはなりません。

さらにまた手作り看板。ここを流れる鶴姫川の3つの蛍スポットが、いま蛍がどんな状態なのかわかるようになっています。

「ぼちぼち」「まあまあ」「どっさり」マークの数で状態が分かる仕組み。観光地ではないので、マップが配られたりアナウンスがあるわけでもありません。

この看板・印を頼りに、夜の集落に静かにお邪魔する感じです。

歩き出すとじきに「まあまあ」のスポット。小さな橋の上になりました。三脚を据えて写真を撮ろうとする人、スマホで追いかける人、歓声をあげる人、といっても10人くらいでしょうか。

私のiPadでは到底ダメで、早くも写真に収めるのはあきらめました。

知人が「目に焼き付けてくださいね」と宣います。なるほど、常々、すぐに写真に撮ろうとしすぎますよね。撮れないことが幸いし、丁寧に蛍を観察できました。


川はほんの小さな流れ、橋といっても一間ほど。流れに沿って道が続き、両側には山が迫ります。

少しの平地に家が数軒ずつ。ずっと昔から変わらないような山里なのでしょう。とはいえ、もう真っ暗で、推測の範囲ではあるのですが。

その流れの草むらから、ぽわりぽわりと蛍たち。ゆっくり瞬きながら、飛んでいます。「まあまあ」の量が、なんとなくい感じ。

きれいです。

そこに、橋の近くのお家から、おばあちゃんが息子さんと現れました。93歳、「さっきまで寝ていたけど、息子に起こされて見に来た」のだそうです。

息子さんいわく「ばあさんは蛍より、人を観にくるんだよな」

なるほど、めったに他所の人が来ない里ですから、蛍が湧くとやってくる、人の方がおばあちゃんには珍しく、うれしいのでしょう。

おばあちゃんはニコニコしながら、私たちを見物し「どこから?初めて?また明日おいで」などと話してくれます。

「もう少しすると、あの山へ蛍は帰る」とおばあちゃんが教えてくれた黒い杉木立、蛍のねぐらなのでしょうか。

蛍がねぐらに帰る前に、もう少し奥の蛍スポットまでと、闇の道をゆるゆる登ります。強い栗の花の匂いがしました。椎の木かもしれません、この時期特有の山の香りですね。

水の音の方からは、甘い水の匂いがしてきます。こっちの水は甘いぞ、って本当にあるのかも。

歩くほどに暗くなり、前を行く知人のワイシャツの白色についていくばかり。すると水辺の方から「は〜い、こっちだよ〜」とばかりに、一匹の蛍が飛んで、道を照らしてくれます。

もちろん一匹くらいで道は見えないのですが、そんな気になる強い灯りです。

小さな田んぼが現れました。星空が作り出す、山の黒いギザギザの稜線が、そのまま田植え後の水面に映ります。黒い鏡に黒い山が映り込む美しさ。

ああ、その上をまたふわ〜っと蛍が飛んでいく。私は今、なんて素敵な場所に居るのだろう!身体のなかの悪いものが、抜けていくような思いです。

ガッツ♪ガッツ♪ガッツ♪ガッツ♪ そんな私をしかりつけるように、大きな声でカエルが鳴きます。確かに、こんな闇の中に居ると、何とも情けなく力のない自分がしっかり見えてきます。いつも、偉そうにしているのに。

それと同時に、妙に落ち着いて腹が座ったようになるのは闇に包まれて、怖いを通り越した安心感でしょうか。

昔、夢中で読んだ梶井基次郎の『闇の絵巻』という短編を思い出しました。





この地に住むお知り合いのおうちに寄りました。「よう、よう、来てくれた〜!」急に明るくにぎやかになります。

土日はけっこう人が来るので、地元の方はこういうジャンパーを着て“ホタルボランティア”として、車を誘導するそうです。

ジャンパーの蛍の絵は印刷ではありません、これも手描きです。





川が近いので湿気があがらないように床が高い家。来客は土間で。蛍の時期でもストーブと炬燵は離せないとか。

温かいコーヒーをいただいて少しおしゃべりしていると、柱時計がボーンと鳴りました。

ここの奥様が煮てくださった鞆渕の黒豆は、今年のお正月、我が家のお節料理の華でした。

あんまりきれいなので写真を撮ったものです。こんないい山里で、こんないい人たちに育てられ、水音と柱時計の音を聞きながら沸々と煮えた黒豆です。美味しいはずですね。

考えるに、黒豆は鞆渕の冬蛍なのかもしれません。

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ゆとりある記 「大しめなわ創作館」 2017/05/29 2:30 pm

島根県飯南町(いいなん)でここを見学しました。長さ13.5メートル、重さ4.5トン、出雲大社の大しめ縄もここで造られているそうです。

全国の神社からはもちろん、海外からの注文も。ドバイのお金持ちからは、私邸の日本庭園東屋用に大社サイズのオーダーがあったそうです。

もくもくと藁作業に取り組む土地の高齢者の技術が世界に羽ばたく。しめ縄パワーを感じました。
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飯南町は島根県出雲から南へ下った、広島県の境にあります。山深いところ、冬には豪雪に見舞われ、スキー場もあります。

それだけに、出雲市内から車で進むと、空気は澄んで、神々しいほどに美しい山の景色となりました。

ここに、「大しめなわ創作館」ができたのは、平成26年のこと。今や町の重要な観光ポイントでもあります。





昨年出雲大社の大しめ縄は眺めたものですが(写真)、そうですか!あのしめ縄はここで造られていたのですね。

出雲大社のしめ縄は、数年おきにかけ替えられる。昔は観光客が、お金を挟み込むいたずらが多かったそうです。いまはそれは少なくなったものの、風で飛ばされた砂が相当入り込む、また、鳥たちが巣を作る材用として藁を抜いていくなど、で長持ちはしないようです。



館内で説明を受けました。大しめ縄には、「赤穂餅」というもち米のわらが使われるそうで、普通のわらに比べると、異様に背が高い。155センチの私の背丈ほどある。

この稲は実を付ければ名の通り赤いのですが、穂をつける前に刈り取り、青い色が残るようにすぐ乾燥させるのだそうです。

このしめ縄用の米を撒くところから始めるので、しめ縄はそうそうすぐにはできません。出雲大社の大しめ縄には1.5ヘクタールの田んぼの稲わらが必要だそうです。



これをまっすぐなものだけに整えて、まずはすのこのように編む。それをいくつも繋げていって、大きなものにする。中に普通のわらを芯としてして入れて巻き込む。その長いものを2本造り、人力でよじる。

書けば簡単ですが、造るのには容易でない。何人の手が、何日かけて造ることやら。そのよるときなどは、写真を見る限り40人くらいの人が背丈ほどの太さの縄と格闘しています。



たかが縄なれど、これは神の世界と我々俗世界を分ける結界。その起源は1300年以上も昔にさかのぼるそうです。

神話の世界では、天照大神が天岩戸から出た際に、二度と天岩戸に隠れないようにと、しめ縄で戸を塞いだのが起源といわれているとか。



しめ縄から下がる房のようなのは「〆の子」、しめ縄が雲とすると、これは雨、下がる紙垂は雷という意味があるそうです。五穀豊穣を願ってなのでしょう。

100円ショップで売られるプラスチック製のしめ縄もどきが出回っている中で、さて、そもそもしめ縄とはと考える機会を得ました。

飯南町に出雲大社の分院があったことから、昭和30年から出雲大社の大しめ縄を造っている。今は、平成30年7月に大しめ縄をかけ替えの予定が入っているそうです。



大しめ縄を奉納した場所のマップがありました。ほぼ全国、そしてハワイまで。聞けば、神社だけでもない。焼酎のメーカーから新社屋につけるために。

そして、冒頭のドバイからの個人的な注文も。ある意味、出雲大社が見本で、「あれが欲しい」となったらここに注文が入ってくる。そうそう商売敵?もいないでしょうから、町の産業にもなり得ますね。



しめ縄体験はもちろん、ミニしめ縄も売られていましたが、なんとかこの技術を伝承しながら、産業起こしまで行けないか?と思います。

高齢者の守る尊いしめ縄技術をてっぺんに、すそ野はもっといろいろライトにできそうな気がしてきました。既に、しめ縄型のフランスパンがあるみたいです。

ならば、しめ縄ドーナツも、クッキーも、パスタも、ペンネも、ソフトクリームもできますね。アクセサリー、バレッタ、バック、クッション、枕、etc、ああ、止まりません。

神様に怒られない範囲で、しめ縄グッズ作りをしたくなりました。

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ゆとりある記 ファーマーズ・マーケット 2017/05/15 1:27 pm

各地にありますが、私が行くのは近くの東京・青山。農産物を買うだけでなく、ここには皆がいろいろな「こと」を求めて来ます。

安心安全は当たり前、試食や農家との会話はもちろん、もっと求めているのは生活提案でしょう。

だから「え?知らなかった」「なるほど」と声が上がる店では高くても品物が売れています。

逆に、安くても“品物だけ”のところは魅力がない。厳しいですね。
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まあ、いつも混んでいます。












ただ品物を見るだけでなく、「ふ〜〜ん」とか「ねえねえ、ちょっと見て。クラッシックを聞いて育ったバラだって」なんて留まるので、滞在時間はやたら長くなります。








布のバケツでジャガイモ栽培は見たことあるけど、ほほう、盆栽もですか〜。










千日紅のリース、色の選択がいいですね。夏の花を今までこうして持たせる方が大変でしょう。










胡麻ってこうして絞るんだ〜。胡麻話に耳を傾けます。











トマトを食べないで、花の代わりにいいガラス皿に活けようかしら。











友達の披露宴の帰りに寄りたくなる“農産物市”なわけです。











ルバーブなどは当たり前のもの。












ジャムやお菓子以外の、ルバーブの使い方を教えてもらいたい。











摘み草屋さん。量り売りの缶がいい。田舎では嫌われるセイタカアワダチソウも入浴用に提案していました。









今時のファーマーはスタイリッシュです。











私的に、今回の一番!はこれ。夏みかんの皮からエッセンシャルオイルを採り、クリームや洗剤にしている農家さん。

その蒸留装置を動かして見せてくれている。皮の入った水がぐるぐる回り、そこから蒸発したオイルが冷やされて、装置の先っぽでぽたりぽたりと落ちる。

見ていて飽きないし、皮をここまで使ってくれる、その心意気がうれしくなります。夏みかんも喜んでいることでしょう。




手にも、唇にも、こういう「バーム」を使う、お掃除はこの精油入りの洗剤を使う、そんな暮らしに近寄りたい。そう思ってしまいます。

だから、小さなものですが合計1900円を支払います。そして私、今朝から周囲に見せて自慢しております。

これからこれを使うたびに、自然に寄り添う暮らしを確認することになるでしょう。

そういう時間もこの“もの”には含まれているのです。物が満ちてる今、特に都会では、買い物はすっかり“買いごと”になっているのですね。

特に農の世界には、それが求められている、と思います。

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ゆとりある記 ロケットストーブ 2017/05/07 9:45 pm

小型のドラム缶「ペール缶」を2つ繋ぎ、なかに煙突を通し、パーライトを煙突の周りに詰める。煙突の下で薪を燃すゴーッとロケットのような音を立てて燃え上がり、煙突の上で調理ができる。燃焼効率が良く煙はほとんどない。

アウトドアや、災害時に活躍するロケットストーブを紀の川市細野渓流キャンプ場で作りました。少しの薪ですごい火力です。

みんなでストーブを作る工程も楽しかったですが、森の中で食べるストーブ料理が美味でした。
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紀の川市の南の端っこ、山のなか、このキャンプ場は清流が美しく、蛍が飛び交うことで知られています。









皆が集う広場横の水場には、クレソンが茂りメダカが泳ぎます。こんな場所に身を運ぶだけでも、すがすがしい。そこで5月6日、連休の終わりにストーブ作りの催しがあったわけです。







使うのはこの「ペール缶」というもの。エンジンオイルなどが入っていたものが、ガソリンスタンドでいただけることもあるとか。

なるほど、今日のはその廃物利用のようでまずは中の油をふき取ることからです。





皆さんは金切バサミというのをご存知でしょうか?私は初めて扱うので、力の入れ方がわからない。金切り声をあげたくなりながら、ようやく缶をぐるりと切っていきます。

結構子供たちがうまい。う〜ん、えらい。











この缶の中を煙突が通るようにする。それには、丸く穴を切り取らねばなりません。

だんだんコツを覚えると、缶を切るのがおもしろい。切りすぎたり、曲がったりするのだけれど、まあまあそれが面白い。みんな笑ってごまかしてしまうのです。



ほら、こんな風に煙突が入る。

切り口は鋭いので、扱いに気を付けて・・。









ご夫婦で作業。こんなこと初めてですよね〜。










あっちでもこっちでも、ペール缶と煙突と格闘している。家族が、夫婦が、友達が。

なんだかこのこと自体が珍しい光景です。






ようやく形になったら、さかさまにして煙突の周りにぎっしりと、断熱材となるパーライトを詰め込む。

マスクをして用心深く。そして底を止め、ひっくり返せば完成です。













細かく言えば、持ち運び用の取っ手をつけたり、五徳のようなものをつけたりなど、作業はまだあるのですが、ご覧くださいこの威力。

ほんの少しの薪に火をつければ、勝手に空気を吸い込んで、勢い良く燃え、煙さえ燃えてしまいます。

冬ならストーブとしてのパワー絶大でしょう。








しかし今は春、ストーブよりも調理用です。

いきなり餃子作りが始まりました。果物産地です、ならばスイーツ感覚の「フルーツ餃子」はちみつ・チーズ入り。

僕の作ったストーブで、これを焼くんだよ〜。











イノシシ肉も焼けました〜。ジビエがぴったりのストーブです。

森の中で食べる猪肉ステーキ、思わず私、ビールを買いに走りましたね。

もちろん定番のキャンプ料理、焼きそばなどもサッとできる。火力が強いので、炒め物に向いています。男子たちが料理したがる環境。










そもそも「ロケットストーブ」って何?と主催者に伺うと、あの名著『里山資本主義』を渡されました。

このストーブは1980年代のアメリカで開発されたもので、もっと大掛かりなものだったとか。それを広島県庄原市の方々が手軽なものに改良し普及したのだそうです。

これを使えば里山はそのまま燃料の山となる、枯れ枝を毎日集めて煮炊きに使えば経済的。しかも荒れていた、山の手入れもできる。「エコストーブ」として、どんどん広まっていったのだそうです。







この本をかつて読んだときには、さらっと頭の中を通っていた情報でしたが、この度実際に作り、その威力を目の当たりにして、この装置は凄いとストンと腑に落ちました。

各家でこのストーブを持てば、キャンプなどでわざわざ炭を起こさなくてもいい。第一、高価なキャンプ用品を買わずとも、こうして自分で作れる。

作ったストーブ料理をいただきながら話も弾む。後片付けもらくちん。煙でいぶされることもない。そしていざというときは、いよいよ大活躍となるはずです。


今回、5組の参加者がストーブを作りました。終わるころにはみんなが友達になっていました。

多少の苦労をしてストーブを作った時間が、人間関係もつくり、あたためてくれたのです。

子ども達には忘れられないゴールデンウィークになったことでしょう。

そしてこのストーブを使うたびに、みんながいろいろなことに気づき、考えることになるでしょう。電気がなくてはダメ、ガスがなくてはダメ、ではなく、素人でもできる、少しの薪でも炊ける、自然とともに生きられる、を体験したのですから。

この催しを企画し、みんながスルスルと作業できるように道具の準備からマニュアル作りまでされた、主催者・スタッフに感謝します。

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ゆとりある記 ブラリ神楽坂 2017/05/01 11:59 am

地方の方には「それ、どこ?」という場所でしょうが、都内の方には「ああ、あそこ」という場所。新宿区・早稲田通りの一部、約500メートルほどの緩い坂。

大正時代の花街の風情が残り、石畳の路地などで知られます。

今風のお店が急に増えて情緒は減少しましたが、その新旧のせめぎあい、住空間と観光の同居が不思議な雰囲気をつくり、カメラを向けたくなります。散歩してきました。

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私が住んでいる四谷から近いので、家人とブラブラよく出かけますが、GWのせいか昨日は混んでいました。

お堀端のレストランは、もはや大行列。





飯田橋駅のある外堀通りから坂を上がって行くと、大久保通り。だいたそこまでが坂下、坂上といって神楽坂と呼ばれるあたりですが、最近は延長しさらに上ったあたりを奥神楽坂と呼んでいるそうです。

奥神楽坂から、下の方をのぞくとこんな感じ。歩行者天国の時間は散歩にもってこいです。


まあ、ここで神楽坂をガイドする気はありませんが、その昔近くの神社から神楽がよく聞こえていたからこの名があるとか、由来には諸説あるそうです。

今は、食事坂、買い物坂、散歩坂でしょうか。気の利いた店が、あっちにもこっちにも。「こんなに店があって、よくやっって行けるね〜」なんて言いながら歩くわけです。

花街の雰囲気のある路地にあるイタリア料理屋さん。いつかここで食べることがあるのか?と思うくらい、いつも混んでいます。

その並びにはビスケットやさん。風景は和風の佇まいなのに・・。





かといって、何処までもおしゃれかと思うと、生活感ムンムンなのが神楽坂の路地の魅力。

京都ほどおすましでなく、飛騨高山ほど自然と一体でもない、金沢のように重くもない。

「ちょっと情緒あります」という程度の路地ですから、実は地方のそれには完全に負けているのです。が、そこは東京、お手軽にみんな楽しんでいるのでしょう。

お洒落と野暮と、古さと今と、情緒とえげつなさと。いろんなものがこんがらかっているから、なんだかおもしろいんです。





古い木造アパートの一部屋がショップだったり、突然、飲み屋さんだったり。

以前あった店がもうなかったり、とんでもない店が一坪くらいで開店していたり。

人間ていろいろ考えて、おもしろいなあと思います。


やたらおしゃれしたお嬢さんたちが歩いていたり、地元のおばあちゃんが揚げ物を買っていたり。

チーズを各種試食できる店があったり、昔からの瀬戸物屋さんがあったり。





路地の階段を親子連れが楽しそうに歩いていたり、フランス語のカップルがガイドブック見ながら迷子になっていたり。

まあ、こちらも夫婦でカメラをぶら下げながら、行ったり来たりしているわけですが・・。












こういう街はこれからどうなるのでしょうか?みんなが飽きたら、また元のような古い路地の街になるのでしょうか?

地元では、昔の雰囲気や景観を守る団体が活動していたりしますが、儲かるとなったらなんでもアリ!の今の風潮が、この街を食い尽くしてしまわないでしょうか。



奥神楽坂エリアに、家人お気に入りの本屋さんがあります。

本屋なのですが、カフェです。カフェから入ると、なかが白木の本棚で、香りの本や、日本文化の本や、写真関係の本や、店主のセレクト眼が伝わるいい括りで並んでいます。小さなギャラリースペースも。

私は田舎暮らしも好きですが、本屋と喫茶店には不自由します。こういう店で次々と面白い本を立ち読みし、コーヒーを飲む。そんな時間は、東京に戻ってきたときに存分に補充したい。そんなことができる店でした。

神楽坂を歩く人たちは、私たち夫婦も含めほとんどが地方出身でしょう。何を求めて繰り出してくるのか?食べるのか、歩くのか、語るのか。

そんなことを夫婦で論評しながら、きっとまた地方から戻ったら訪れることでしょう。

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ゆとりある記 無駄なこと 2017/03/27 11:00 am

果物で笛を作る、というワークショップに参加しました。リンゴ、イチゴに穴をあけて吹いてみる。ハッサクやキウイフルーツはどうか?

ふ〜〜っ、ふ〜っ、どう吹いても鳴りません。そのうち貧血を起こしそうになり、悔しいので食べちゃえということになる。

いい大人が集まって、そんなことやって何の役に立つの?と声が聞こえそうですが、その無駄な大笑いの時間が楽しかったのです。

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紀の川市で開催中の「ぷる博」でのひとコマです。大人と子どもが集まって、大真面目に笛作り。

先生は自称“笛タロー”さん。まずはお手並み拝見で、ニンジンを鳴らしてみます。

「ボーッ♪」と音が鳴り、拍手。




続いてブロッコリー。

これは音程も変わり、笛らしい音。精巧にできています。笛タローさんは、この日のためにお風呂に持ち込んで練習して来たそうです。

指でも手でも、歯でも音は鳴らせます。と、笛の基本のお話も。


小さな空き瓶を吹いてみましょう。

おお!口の向きで「ヒュルー♪」と鳴ります。

急にうれしくなってきます。このウイスキーのミニボトルを何本も用意するために、笛タロ―さんはそうとう酔っぱらったはずです。




吹き方の口を覚えたら、リンゴに穴をあけて吹いてみる。

穴開けすぎ〜〜!









「ふー、ふー、ふー」これは息の音。

「ふー、ふー、ふー」な、ならない。ああ、苦しい。








ストローの力を借りて、イチゴ笛。

ストローだけだと「プイ〜〜♪」と鳴ったのに。な、ならない。









キイフルーツにもストローを。

な、ならない。







子どもたちは、もはや食べ始めました。

笛タローさん「なかなか難しいんですよね〜」なんて微笑み、余裕です。





ハッサクはどうするのか?と思ったら、ストローと紙コップの力を借りて、先ず鳴るものを作る。

その音を、ハッサクの蓋で調節する、という工夫。なかなか不思議な音が出ます。

最後は、笛タローさんのサックスにあわせて、自分が鳴らせる何かを持って、「幸せなら笛ならそう♪」と演奏?しました。

大真面目の笛タローさん。その研究熱心と、様々なフルーツや鳴り物を運び込んでの場づくり、笑わせ上手な話術、鳴る鳴らないは別として、プロですね〜。

汗だくの活躍に、心打たれました。

まったく役に立たないようで、フルーツ笛は面白い。みんなでこんなにも真剣にくだらないことをやっていることに、気持ち晴れやかに大笑いしてしまいました。

こういう無駄時間が、いまの世の中一番重要なのですね。笛タローさん、ありがとう。

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ゆとりある記 ハッサクの力 2017/03/13 10:50 am

ハッサクのほろ苦さが、花粉症の症状を緩和させる等で再注目なのだそうです。

そのハッサクでポン酢を作りました、鰹節をたっぷり使って意外に簡単。1年持つそうです。

マーマレードは樹上で完熟したものを使ったために甘味が濃い、新鮮、これもおいしくできました。

剥くのが面倒などと言わずに、その果物の魅力を引き出すことが大事なのですね。日本一の産地、紀の川市での体験です。
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紀の川市にハッサクが導入されたのは昭和40年ごろだそうです。水田転作の作物として作られ、今や大産地となりました。
(この辺の知識は、あとでご紹介のマーマレード作りの際にいただいたプリントからの抜粋です)

だから、今開催中の「紀の川フルーツ体験!ぷるぷる博覧会『ぷる博』」でも、いろいろな工夫でハッサクは使われています。

ぷる博についてはこちらから↓
http://fruits.oyoyaku.com/app/page/info/20170110puruhaku_panf



なんといっても色にパンチがある。花を活けこむよりも、目に飛び込んでくる。

ハッサクを糸で繋ぎ、山を作り、そこで記念写真を撮るなんてことも、色がきれいだからできる。

お立ち台に立つと、ハッサクの強い香りで清々しくなったのでした。



おなじみのフルーツカレーでも、トッピングに。色がきれいなうえ、その甘酸っぱさがカレーに合います。









そこで今回は「ぷる博」の65ある催しの24番、「日本一の生産量を誇る紀の川市のハッサクでポン酢を作ろう!」に参加しました。

まずはハッサクを4等分。皮を外し、ザクザクと切ります。これをミキサーにかける。





ザルでこします。まあ、おいしそうなジュースがたっぷりとれました。










お醤油に山ほどの鰹節を入れ、だしを取りしぼ仕上げます。











ここにジュースやお酢やみりんを投入。











沸いてきたら丁寧にアクを取って出来上がり。











ボトルに詰めて、ラベルを貼ったら出来上がり。意外に男の人に受ける作業。

匂いだけで、もはやこのポン酢で鍋を食べながら、一杯やりたくなりますね。





引き上げた鰹節は無駄にしません。なんと、レンジでチンして振りかけに。

これがまたお酒のつまみにもってこい。ゴクリ。







体験できるのは紀の川市井田の「こかわや」さんというお弁当屋さん。加工品もお造りです。

ここの中石好美さんが、ゆっくりやさしく指導してくださって、レシピもいただけます。

これが分かれば我が家でも作れますね。

ハッサクのジュースにさらにお酢が入るので、1年位は常温で大丈夫とか。味がだんだん落ち着くのだそうです。



続いてのハッサク体験は催し29番の「いぶし銀の男達と語ろう。完熟ハッサクとマーマレードで」という催し。

紀の川市平野の「井岡農場」へ行きました。農場というのは目印がありません。迷う迷う・・・・といってもじきに分かったのですが。

京奈和自動車道がどんどん伸びて、紀の川へ周辺からササッと遊びに来れる環境になりつつあります。その足元にハッサク畑がありました。


この畑は樹齢50年のハッサクだそうです。そろそろ寿命だとかで、横に若木が植わっています。

樹も人も代替わりなのでしょう。








ここの若きハッサク王子?井岡 勝さんは25歳。大学で電気電子工学を学んだ後、ハッサク農家になることを決意。意気揚々と農業に取り組んでいます。

ハッサク以外にも、柿、玉ネギ、米、いろいろやっています。
「畑で食べるとうまいですよ。よく食べますよ」と自身、ハッサクをもぐもぐ。水替わりなんですね。


井岡さんが剪定ばさみでサッと切れ目をつけて、クッとひねるとハッサクが4つに割れます。こうして食べるのが一番食べやすいとか。

樹からの採りたてをガブリ。みずみずしい、甘い。これが樹上完熟ハッサクの魅力です。





普通、ハッサクは12月頃に収穫し、酸味が抜けるのを待って出荷します。樹につけていて霜に合うと表面が汚くなり、嫌われます。

また、樹になったまま熟すとポロリと落ちるので、青いぽっちがなくなる。そうすると消費者が嫌う。





いろいろな理由で、我々はハッサクの本当においしい状態を知らなかったともいえるでしょう。この樹からポロリととれるほどに熟したハッサクの美味しかったこと!!!!

さわったら採れるくらいのハッサクです。農園に行って自分で採って初めて食べられる味。皆が、美味しさで笑顔になりました。


その樹上完熟を使ってマーマレードなのですから、美味しいに決まっています。

いま採って来たばかり。数カ月前に採ったものではないので、はじけるほどのみずみずしさです。

これをひたすら剥く。





みずみずしい皮をサクサク刻む。心地いい切れ味です。普通、苦みをとるために湯こぼしなど何度かしますが、新鮮だからでしょうか?3回ほど水を替えて、モミ洗いで十分。

それにこの苦みこそが、身体にいいという見解もあります。




身をジュースにして、皮とあわせて、サッと煮ながらお砂糖を加えて、短時間で完成です。まるでフルーツサラダのような感じで、クラッカーにたっぷり盛り上げてパクリ。

チョコレートにものせてパクリ。ヨーグルトにもいれてパクリ。





ハッサクの味をストレートに引き出す小細工なしのマーマレードは、なるほどワイルドで練れた男たちの味です。

いぶし銀?のおじ様たちが、笑顔で世話をしてくださって、いい雰囲気でした。

ハッサクは、飾りになり、栄養価に富み、薬効?もあり、様々な使い道がある。使わない、食べないなんてもったいない、とつくづく思います。

私たちがハッサクの価値を知って、それを引き出す技術があれば、ハッサク世直しができる、そのくらい私、惚れました。

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ゆとりある記 「国栖奏」 2017/02/13 12:10 pm

奈良県吉野町南国栖に伝わる「国栖奏(くずそう)」という祭事に参加してきました。

吉野川岸壁に建つ小さな拝殿、わずかな敷地に人が集まり外側からは神事も舞も見えません。

でも、1600年前に発する歌舞だと知ると、雪の中に響く鈴の音が何とも荘厳に思えます。

にわかづくりの観光イベントなどとは無縁に、淡々とこの祭事を伝承している地域、人々に、神々しさを感じました。
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吉野町のホームページには「「国栖奏は、毎年旧正月十四日に、吉野町南国栖の天武天皇を祭る浄見原神社で古式ゆかしく行われます。早朝から精進潔斎をした筋目といわれる家筋の男性、舞翁二人、笛翁四人、鼓翁一人、歌翁五人が神官に導 かれて舞殿に登場し〜略〜」とあります。今年は、2月10日13時から行われたのでした。


雪模様、知人の運転に身を任せ、たどり着いた南国栖・浄見原神社。本当に小さな建物が崖の途中にかろうじてちょこんと建っています。

少し遅れ気味だったので、人の群れに囲まれて、拝殿の様子は見えません。傘やカッパが視界を遮ります。

それでも聞こえる、「国栖の翁〜〜〜♪」という謡や、時々見え隠れする、クリーム色の装束、男性のゆったりとした手の動き、そして鈴の音。

だんだん、心が静まってきます。


ここにいる人たちは、地元の方々?民俗学などを学ぶ人?それとも歴史散策の方々?

いろいろな人たちが、足場の悪い中をびっしょり濡れながら鈴の音を聞いています。

「永遠」という掛け声のようなものが聞こえました。「永遠」と聞こえたのですが、次には「えんえい」と聞こえます。

どうやら「えんえい」が正しい。どんな意味なのでしょう?「三月、えんえい」「四月、えんえい」こうして一年を巡った後は、個人名が読み上げられて同じく「○○○○、えんえい」と繰り返されていきます。

「遠栄」永遠に栄えるという意味なのだろうか???と思っていると、雪の空から光が差しました。

“神っている、そんな場に私、いま立っている!”ここにきて自分が浄化されたようです。


祭事は1時間ほどで終わり、装束の男性は、お供え物や楽器を恭しく掲げ、足元の悪い階段をそろりそろりと降りていきます。

観光イベントではありませんから、メガホン持った人が解説するわけではないし、お客様席があるわけでもない、誘導もない。

見せていただけるだけでありがたいのですから、わかってもわからなくとも、良しとする。この空間に居られたことがうれしいと思えてきます。


人が崖の下に降りて行った後の拝殿、舞殿といった方がいのでしょうか、円座が並びます。

ここで毎年、ずっと同じことが続いているのですね。見物の人が居ようと居まいと、寒かろうと、雨だろうと。

同じことが粛々と。



町が立てた看板にはこんな説明が。
「〜略〜『古事記』『日本書紀』の応神天皇(今から1600年前)の条に、天皇が吉野の宮(宮滝)に来られた時、国栖の人々が来て一夜酒をつくり、歌舞を見せたのが、今に伝わる国栖奏の始まりされています。〜略〜さらに今から1300年ほど昔〜略〜大海人皇子(天武天皇)が挙兵したとき、国栖の人は皇子に味方し略慰めのために一夜酒や腹赤魚(うぐい)を供して歌舞を奏しました。〜略〜」

そしてもう一つの看板には「謡曲 国栖」の説明が。


お供え物には、根芹、ウグイ、栗、一夜酒、赤ガエル(これは陶器製)などが並びます。










これも遥か昔から、同じものをお供えしてきたのでしょう。かつては本当のカエルをお供えしたのでしょうか?









参加者には、地元の方々が用意したお餅が振る舞われました。ありがたい丸餅です。










テントを張って、寒さの中をぜんざいを用意されていたご婦人たち。「ぜんざいが終わってしまって、すみません」と、お餅だけ振る舞ってくださいます。

「こうして漬物を挟んで食べても美味しいよ」地元のお米で搗いたお餅は噛むほどに美味しく、その心づかいに温まりました。



誰かが作った雪だるま、「国栖奏いかがでした?」と見送ってくれます。

若い女の子二人の後ろ姿がありました。地元の子でしょうか?平日だし、大学生でしょうか?

雪道を何か楽しそうに話しながら歩いていきます。

彼女たちの中に「国栖奏」はどのように残ったのでしょう?そしてこの国栖という土地が、どんな存在となったのでしょう?

神々しい時間を共にして、それは忘れられない思い出になったはずです。

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ゆとりある記 「三奇楼」の時間 2017/01/09 1:54 pm

古い建物を改修し、地域おこし拠点やゲストハウスにする動きが盛んです。

奈良県吉野町の三奇楼もそのひとつ。料亭旅館だった建物が感じのいい宿泊施設になっています。

旅館ではないので基本、自分で自分の世話をする。地元の店で買い物し食事を作ったり、布団を敷いたり、片づけたり。

暮らすように泊まる2泊3日は、半住民になったようないい時間でした。
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「三奇楼(さんきろう)」があるのは上市というまち。

この上市が妙に古くて絵になるところだということは、前のブログで書きました。


これです↓
http://noguchi-tomoko.com/modules/yutoriaruki/details.php?blog_id=394



京都から近鉄特急で橿原神宮前まで行き、吉野方面に乗り換えて「大和上市」という駅で下車。

駅から古い街並みをぶらぶら15分も歩けば、三奇楼です。

真っ白い蔵と、アーチ形の門が目印。



昔の絵葉書を見ると、明治のころのこの建物は4階建てだったそうです。

吉野川に面していて、伊勢街道を行く旅人の宿、筏師たちの宿として栄えたとか。

鵜飼見物や宴会や、いろいろに使われていたのでしょう。林業が栄えていたので、まち自体がにぎわっていたのでした。

その後、個人宅として使われていましたが、たまたま雨漏り修理に入った地元の工務店がこの建物に惚れ、買い取ったのだそうです。

そして工務店オーナーが関わる「上市まちづくりの会リターンズ」の企画・運営によりさまざまな改修が進みました。


重い門を押すと、そこには昔の空気が流れています。

梅の木につぼみが膨らみ、玄関にはお正月飾り。ガラガラと引き戸を開けて声をかけると、「は〜い」とここの管理人娘“わたらいちゃん”(と私は呼んでいます)の声がしました。

彼女はもとは吉野町の地域おこし協力隊、今はここに住み込みで“女将”?をしながら、かわいいイラストや文章を書く仕事もしています。


玄関にはあったかな履き心地の良いスリッパ。

「お邪魔します」というより「ただいま〜」の感じ。








共用の台所にはおくどさんが。

でもこのかまどは使いません。快適なキッチンがきちんとあります。

冷蔵庫には調味料類がいっぱい。これは使っていいし、中央のテーブルにあるコーヒーやお茶、ミカンまでご自由に、というシステムです。


古いものを大事にしながらも、快適に泊まれるように工夫してある。

このスイッチもいいでしょう〜?

昔の電気が今まで保存されていて、通電したのではないかと思ってしまいます。



トイレの流し。

この細かいタイルが並ぶ曲線のライン、これもまたいいでしょう〜?

この洗面台ごと、もらいたいくらいの美しさです。





今回泊まった2階のお部屋、8畳半。床の間があって、掛け軸があって、こんな書も飾られ、向こうの部屋には懐かしい衣文かけが。

昔の家なので、そりゃあ寒いのですが、ファンヒーターでじきに温かくなりました。



部屋の横は広い廊下、その向こうにはウッドデッキ。夏なら即ここに出てビールですね。

かつてこの建物にあったデッキを、改修の際に復活したそうです。工務店さんの指導のもと、学生さんたちが手伝って。

わあ〜、その時手伝いたかったな〜。


台所の食器棚です。わかります?模様ガラスが。

このガラスのはまった調度品を使える嬉しさ。

ここから湯呑を出して、番茶を淹れる嬉しさ。




ダイニングです。ここでご飯を食べるもよし、パソコン仕事をするもよし。

大きな木のテーブルと、木の床の上のラグ。明るすぎない照明。

今回は、私の仕事の打ち合わせにも使わせていただきました。



お風呂です。こういうところは新しい、すこぶるよろしい。

浴室の壁は吉野ヒノキ、脱衣場は吉野杉。ほんわりと木の香が湯気と混じって森林浴気分です。

今回同行の夫は、自分でお湯をはり、入り、ご機嫌に温まって「木のお風呂っていいな〜」。


「あら、よくお風呂に入れたわね?」と私。
「だって、あそこに書いてあるもの」と夫。

そうなんです、あちこちに“わたらいちゃん”のメモがあり、宿泊者は迷わず、行動できるようになっています。



ダイニングのかわいい本棚。考現学の本やら、図鑑やら。

夫は、つげ義春の本を見つけて、「懐かしいな〜、久しぶりだ〜」

1階の、フカフカソファに沈み込んで読み始めました。




朝です。さすがに冷えます。

ウッドデッキに霜が降りています。川の水が気温より温かいのでしょう、もうもうと湯気が上がっています。その湯気が霧のようになびいています。

「霜、撮ろう!」と叫んで、寒いデッキに出ました。木のベンチに霜のクッション?

レトロなガラスの灰皿から、虹のような光が。きれいなきれいな三奇楼の朝でした。



お日様は廊下を温めてくれています。

ここでずっとトロリとしていましょうか。なんて思っていると「朝ごはんできたよ」と夫の声。

とはいえ、近くの店で昨日買ってきた果物とサンドイッチなのですが。

熱々のコーヒーがおいしいこと。


久しぶりの広い畳、そこにさす日差し。

こんな光景、昔見たっけ、、。

あれ、フォンヒーターが?
「“わたらいちゃ〜〜ん”灯油終わった〜〜〜」

「は〜〜〜〜い」


誰かにペコペコしてもらいたい人、シャキシャキとサービスしてほしい人、ピカピカの現代風がいい人、はここは向きません。

使い込んだものや、木の肌触りや、川の流れや、ガタピシの音などが好きな人にはたまりません。

多少不便でも、うろうろしても、それを楽しめる人には聖地です。

路地を歩き、出会った人とお辞儀をしあい、人のうちの洗濯物や花を眺め、そんなことをしながらここをねじろにする滞在。

繁忙期を避けてのお泊りをお勧めします。



三奇楼の時間をゆる〜く、ほっこりさせてくれる管理人娘さん“わたらいちゃん”。

この人の人柄で、三奇楼も上市のまちも、とっても得していますね。

三奇楼です。↓
http://sankirou.com/

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NPOスローライフ・ジャパン
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略歴

<野口智子(のぐちともこ)>
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局長
千葉市生まれ。東京でコピーライター、プランナーを経験。1977年静岡県に移り企画・編集プロダクション設立。
1992年ゆとり研究所を開きコンサルタント業務を開始。
ライフスタイルの提案、「一店逸品運動」による商店街の活性化、時間消費型観光おこし、人材育成などの分野で活動。
2000年からスローライフ運動を開始、2003年スローライフ・ジャパンを設立、現在、事務局長・副理事長。
2006年から活動拠点と自宅を東京へ。現在はスローツーリズムの提案、商品開発、地域観光の育成、都市と田舎の交流、移住・定住プロジェクト、“食”をテーマにしたまちおこし、などに力を入れている。住民参加の独自の楽しいワークショップが得意。
現在、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域再生マネージャー(ふるさと財団)、国土審議会半島振興部会委員。