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ゆとりある記 井上孝治写真展で 2018/05/07 11:55 am

東京・国分寺駅前、古い家をギャラリーにした会場。畳の部屋での展示が昭和20年代後半頃の日常スナップ、モノクロ作品にピタリでした。

褌で川遊びする少年たち。“氷柱”をこっそり舐める男の子。七輪を扇ぐおかっぱ頭の少女。着物に白い割烹着で笑う女性。街頭テレビに夢中のおじさん達。放し飼いの犬。

何だか今よりこの頃の方が、みんな活き活きしていたように思えました。
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「おうちギャラリー ビブリオ」という会場、本当に築半世紀という普通のおうちです。

ブロック塀から既に展示スペースのよう。







写真をアップで紹介するわけにもいかないので、このブロック塀に貼られたポスターでご覧ください。

右が氷柱を舐める子。坊主頭には白い“ハタケ”ができています。

右から二つ目は、線路をおっかなびっくり覗いて、電車が来るかとみている子。こんな格好で私ものぞきましたっけ。

次が駄菓子屋前で。買った飴に髪の毛がついちゃった女の子。これも経験あります。

道路の真ん中にポツンと座り、遠くを見る犬。車の一台も、人の一人もいない道。リードの無い後ろ姿には風格があります。


この写真展は黒岩比佐子著『音のない記憶 ろうあの写真家 井上孝治』復刻記念の催し。

井上さんは3歳の時に事故で聴覚を失ったそうです。カメラを持ったのは10代の頃。以来、自分のメッセージを写真に託してきたのでしょう。

フランスのアルル国際写真フェスティバルに招待されるほどの評価を得ながら、その招待状を枕もとに息を引き取ったのが1993年のこと。

この本は、99年にルポライター黒岩によって文藝春秋から出版され、その後、角川学芸出版から文庫本になり、そしてこの度またコミー蠅ら復刻されたそうです。

この度私は会場で買い求め、ようやく読み始めていますが井上さんの写真はもとより、その生き方が実に瑞々しい。

彼のもともとの性格なのでしょう、重く暗くと思いがちな障害を抱えた人生は、スカッとさわやかで素敵なのです。そう、つい思う私の方がおかしいのでしょう。

写真をやっている夫は、はるか昔から井上さんを知っていて、最初写真を見た時は、「なんて独特な作風なのか?!」と思っていたそうです。

その後、耳が不自由と聞いて、「何か納得した」と話していました。

彼は言葉では伝えられないような情感を音楽家が作曲したり唄うように。力強いメッセージを舞踏家が踊るように。写真というもう一つの言葉を使ったのでしょう。

ま、そういうことはともかく、とにかくこの頃の庶民の様子がいいのです。

撮っているのは彼が住んでいた福岡。日本のどこもこんなだったのでしょう、道路はぬかるみ、子どもはハナタレ、家はおんぼろ、自転車やリヤカーが交通手段。

銘仙の縦じまの着物を着た奥さんを後ろに、前には坊やを乗せて、黒い重そうな自転車をこいでいくお父さん。

今はこんな姿はないでしょうが、なんだか3人が運命共同体のようで、小さな幸せがギーギーと音を立てて動いていくように見えます。

ギャラリーに置かれた古いステレオからこれまた古いジャズが流れ、いい感じ。


写真集を見るほどの点数はなかったですが、この昔の普通の人たちの写真は、今年の連休の私へのごほうびになりました。

スマホやパソコンばかり眺めて居る現代人より、ずっと素敵な過去がある。

その大切なことを井上さんの写真は教えてくれたようです。

べた焼きを見られるような配慮もあって、井上さんが他にも何を見て、何を伝えようとしているかが分かります。

総ての普通のことに優しい、それを大事にすくい上げている視点が素晴らしい。

畳の上で、丸いちゃぶ台を囲んで座っていると、写真に写っている七輪と、白い割烹着姿が現実になり、メザシと肉じゃがが運ばれてきそうでした。

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ゆとりある記 新宿御苑の効能 2018/04/30 12:12 pm

「新宿御苑」、この都心の貴重な緑の苑には、自然に飢えた人々がむさぼるようにやってきます。

子どもは大声をあげて走る、夫婦は手を繋いでゆっくり散歩、若者が花を観察。

普段できないことをして、皆の表情がとても良いのが印象的です。

自然に癒される、子どもが子どもになれる、夫婦が夫婦になれる、生涯学習できる、外国人も多く国際交流もできる。200円の効能は大です。
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ホームページにから抜粋すると―ー。新宿御苑は広さ58.3ヘクタール、周囲3.5km。園内は、イギリス風景式庭園、フランス式整形庭園、日本庭園がたくみに組み合わせられています。

日本における近代西洋庭園の名園といわれ、特色あふれる様式の庭園が楽しめます。約1万本の木々が茂り、四季折々の自然が楽しめる都会のオアシスです。

新宿御苑の歴史は、天正18年(1590)に譜代大名であった内藤氏が徳川家康よりこの地を拝領したときに始まります。

明治5年(1872)には、日本の近代農業振興を目的とする内藤新宿試験場が設置され、その後、宮内庁所管の新宿植物御苑となり、明治39年には日本初の皇室庭園である新宿御苑が誕生しました。―ーーとあります。



だから最近ちょいちょいと造った公園とはわけが違う、歴史を感じるし、第一品がある。

わざわざ遠方からここまでやってくる人も多いのに、我が家からは目と鼻の先。歩いて5〜6分で着いてしまいます。

自分の庭がないので、「御苑」をうちの庭として使う。お弁当を作って行って食べて、芝生で日光浴したり。お花見したり。ウォーキングをしたり。本当によくいきます。

いろいろな庭があるので変化がある、季節ごとの花がある、だから飽きることがありません。他の人も多かれ少なかれ、都会暮らしで足りない何かをここで補填しているのでしょう。



昨日は夫が講師をしている現代写真研究所、ゼミの撮影会。「ヒューマンウォッチング」がテーマだったので、いつもにまして御苑に集う人の様子を観察しました。

桜の時期は、やたら外国人観光客が多かったのが、今や緑の時期となると団体客が少なく、大騒ぎの人が居なくてほっとします。

緑の日にちなんでのちょっとしたイベントがあるくらい。皆が芝生でくつろいでいました。



一番キラキラと輝くようにはしゃいでいるのは子どもたちです。普段、都会のマンション暮らしでは、走り回れない。これは狭いし、階下へ音迷惑になるから。大声を出せない。これも同じく、狭いから家族がみんなうるさがるし、ご近所に響く。

声を上げず、走らない子になっている。針金を巻かれた盆栽のような子どもたちが、新宿御苑では解き放たれる。

走っても騒いでも、空と緑が許してくれる。親も一緒に走ってくれる。子どもが子どもになれるのでした。



樹々に囲まれた散歩道では、中年の夫婦が何か話しながらゆっくり歩んで。いつしかふんわり手を繋いだり、腕を組んだり。

時間に追われる日々のなかではできないしぐさが自然にできる。歩きながらいろんな話もする。

ちょっとした肌のぬくもりと、心のぬくもりに触れている。家でのお父さん・お母さんの役目から解放されているのでした。

意外に、若い人が植物に感心を持っていたりする。もちろんインスタ映えする花や緑を求めてはいるのでしょうが、小さな芽や、葉の葉脈や、花弁や、幹や枝や、、、。写真を撮ったり、ジッと見つめていたり。

樹についての解説文をカップルで声を上げて読んでいたり。一日でかなり学ぶはずです。御苑で植物に開眼したら、一生楽しめる趣味を持つことになりますね。



団体はさすがに減っていましたが、もともと外国人が好む御苑です。こちらと視線があえば微笑むし、片言で植物や天気の話をしてみたり。

外国ファミリーの憩う姿にこちらも見入ったり。数人いるエキサイティングな外国人観光客に笑ってしまったり。

もしも御苑がなかったら、今の私の住まいはつまらないただの狭い空間です。緑豊かな田舎に暮らす人からは、????でしょうが、それほどに都会の暮らしは生身にきつい。緑の懐に身体を預けないと持たないのです。



ストレスフルになったなら、「新宿御苑に3日通い、芝生でお昼寝、お散歩一周、ベンチで一人読書」なんて処方箋をお医者さんが出してあげればいい。ドリンク剤や睡眠薬を飲むよりもずっと安上がりに身体・心が元気になれます。

都会の他の公園も、みな同じような役割を果たしていることでしょう。でも新宿御苑は新宿の大雑踏の中に突然ある聖地です。だから尊い。

災害時には避難先になっていますが、実は普段から都市生活からの避難先なのでした。

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ゆとりある記 “巻きうどん”劇場 2018/03/19 2:14 pm

なんともドラマチックな劇場型?うどんを見つけました。「巻きうどん」です。

板状に伸ばしたうどんの生地を、ロールケーキのように巻いてある。これを巻かれた丸い状態のまま好きな幅に切って、茹でて食べる。

その仕組みに驚き、輪切りにして笑い、巻きをほどいて嬉しく、茹でて香りたち、食べてモチモチ。「わ〜〜!」と、何度声を上げたでしょう。栃木県那須塩原市で発見です。
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私が見つけたのは那須塩原市の「道の駅 アグリパル塩原」。なんじゃこりゃ?って感じでした。

ご案内の方が当たり前のように「切って茹でるんですよ〜」とゆるく説明してくれます。もうこの時点でワクワクしてきました。

お昼にはここでおソバと、クロロフィルの含まれた古代米のモチ米「緑米」入りのお餅を食べたのですが、その時に、「今は蕎麦蕎麦というけど、昔はうどんばかりだったなあ」と話をうかがったばかり。


蕎麦どころでもありますが、実はこの辺は小麦の産地、地粉で家でうどんを当たり前に打っていたのだそうです。

手間がかかるので、それを簡単にしたのが「巻きうどん」。食べたいだけを切ってゆでる、そのほうが痛みもない、という知恵なのでしょう。




調べると、隣の大田原市にもありますし、埼玉県下にもある。さらに四国の讃岐にもあるという情報が入りました。

まあ、うどん文化のところでは、きっとこれは便利で昔からあるのでしょう。




私は道の駅で買ったのですが、それを造っている「秋山製麺」 https://akiyamaseimen.jimdo.com/
に寄ることができました。それにしても安すぎる〜〜。

小さなお店で、若い店主さんが笑顔で迎えてくれます。「もっとこの珍しい巻きうどんを、前面に出した看板にすれば」などと、大人たちがいろいろ言うのを青年はニコニコと柔らかく受け止めます。


赤ちゃんが生まれたばかりとか、お祝いのお返しには坊やの顔の写真がついたうどんが用意されていました。昔からの味を、若夫婦がこれからも伝えてくれるのでしょう。

お店では、地小麦、地蕎麦を挽いて、売っています。手作りのいろいろなカゴ類も売っています。ゆっくり寄りたいお店ですね。いろいろな粉も買いたかった〜〜。



一見、まるで竹輪のような「巻きうどん」に驚く私。地元の方々はいろいろアドバイスをくださいます。

「釜茹でで、小麦の味を楽しんでね」「茹でて、ネギを少し、塩味はちゃんとあるからほんの香付けで醤油を数滴で食べて」「煮込まない方が私は好き」「生卵をまぶして食べてもいいよ」

もともと、「ほうとう」とか、「ひっつみ」とか、「耳うどん」とか、「お切込み」とか、小麦粉モチモチのものが大好きな私です。今すぐここで茹でて食べたい!という思いでした。



そういう割には、自宅でご飯を食べるチャンスがなく、冷蔵庫で5日間が過ぎ、賞味期限ぎりぎりにようやく食べることができました。

もっと早く食べていれば、生地が離れやすかったのでしょう。置いておいた時間が長く、輪切りにすると羊かんのような切り身になります。この切る感触がいい、グ〜グ〜と、小麦感満載。



切って切り身を見て、このまま塊かな、ダメかな、と思ったら、ちゃんと離れる!

ゼンマイのように丸まったうどん生地は、そっと触ると上手にほぐれ、一本ずつのうどん状にになったのでした。横で夫は一安心、「この羊かんみたいなままで茹でて食べるのかと思ったよ〜」




グラグラのお湯に放つと、おおお!小麦の香りが家に満ちます。「巻きうどん」に命が入ったようです。

10分くらい茹でて、サッと水で締めてから食べました。というか、もう茹でながら何本もすすっていましたが。




アドバイス通り、お醤油数滴とネギ。これは粋ですね。食事というより、日本酒のあて。











続いて生卵かけ、これはうどんの塩味がマイルドになる。カルボナーラ風です。











夫は、鯛の出しのお澄ましをかけた、熱々のかけうどんが気に入ったようです。












私は冒険。パクチーをちらし、ニンニクをひとかけ、そこにオリーブオイルをたっぷり。これは「マキウドーン・ノ・イタリアーノ」って味。気に入った!!パーティーで出したら、ワインとあいますね。

いずれにしても、歯ごたえと小麦の味、香りがたまらない。第一、白くない自然の色がいい、でしょ。

面白いと美味しいが掛け算でやって来たみたい。これだけのために、また那須塩原に行きたくなります。

うどん好きのあの人にも、この人にもあげよう。お土産で渡して、あそこのうちの子どもたちを楽しませてやろう。と、もうクルクル頭が回ります。

私より一足先に食べたうどん好きのお宅では、甘辛味の肉豆腐の最後に入れて、煮込みうどん風にしたとか。「実に旨かった、ありがとう」とお礼をいただきました。

全国各地のお菓子や名物を食べているお宅で、このワイルドな「巻きうどん」が、まるでミニイベントのような「巻きうどん」が、俄然、存在感を示したわけです。

そうか、今度は煮込もう。そして、秋山製麺のお兄さんに「オリーブオイルがぴったり」とおすすめしよう、と思った興奮の夜でした。

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ゆとりある記 いざ鎌倉へ 2017/12/25 12:18 pm

何か一大事の時は鎌倉へ馳せ参じる、という言葉がありますが、何もないのに鎌倉へ出かけてみました。

仕事柄、普段から無目的には出かけない性分になっています。見たいところも食べたいものもなく、夫に誘われるがままに。

ちょうどお天気がよく、写真を撮ったり歩いたり。ただただ、のんきに。

そこで気づきました、自分が目的がないと動かなくなっていることが一大事、だったと。
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普通は、「どこか行こうか?」と言われれば、「なんで?」とその理由を聞きます。

「別に」と言われれば、「私やることあるから」と、予定していた仕事にかかる。

別に大した用がないなら、出かけることはありません。

それが今回は、「うん、行こう」となったのでした。「そんじゃ、鎌倉行こう」「うん」です。

理由は無くて、行くことになりました。

目的も、行く理由もないので、下調べもありません。段取りや予定も経てません。

なんだか、ズルズルと「いざ、鎌倉へ」と向かうだけです。

北鎌倉で電車を降りて、すぐ近くのお寺へぶらり。

いつもなら調べぬいて順路を決めて境内を歩くのですが、どんなお寺か?もどうでもいい。立て看板など読みません。

あら、綺麗、と思える影や仏像の写真など撮って・・・。

普段はカメラを持つと、取材しようとしたり、何か作品にならないかと思ったり。

外国人を見れば、インバウンドについて考えたり。彼らが何を見ているか観察したり、どんな話をしているか耳をすましたり。

本日はそんなことはしません。日向ぼっこや、ゆっくり歩きばかりです。



何時にどこに行かなくちゃ、がないので、気づいたら一つのお寺に長々居ます。

へへ〜、と思ったら写真を撮ったり、ずっと眺めていたり。

あれ〜行きに見た時と、帰りに見た時と影が違う。ふ〜ん。





あ、紅葉がまだあった。

紅いタタミイワシみたいだ。

フフフ〜。






温かそうに作業している人。

生垣をなおしている植木屋さん?

几帳面に青竹を切っています。

ずーっと見ていたくなっちゃいます。





鎌倉野菜のスープを食べました。これも夫のセレクト。

色とりどりの、野菜がたっぷり、器の下で揺れるロウソクの炎で温まります。

ニンジンが甘い、カブが香る、紫芋がホクホク。ひとつひとつに味がある、食感も違う。

最後のスープには、野菜たちの味がこっくりと濃く。

こうして、ただただ歩いて、最後にコーヒーを飲んで戻ってきました。

目的行動が日常で、段取りが大好きで、それを仕事にしている。そうなるとその通りにならないと気が済まない私です。

遥か昔、予定をばっちりたてて行った金沢で、大雨が降って来たのに、どうしても行きたい、行くことにしていた水あめ屋さんに、行くと主張し、夫と大喧嘩になったことがあります。

基本は今も変わってはいないのですが、今回、急ぎの仕事を横に置いて、出かける気になったのは、私が丸くなったのでしょうか。身体が求めていたのでしょうか。


「で、鎌倉に何をしに行ったの?」と聞かれれば「何もしなかった」と答えるでしょう。

「で、どうだった?」と聞かれれば、「一大発見をした」と答えます。「無目的はいい」、のでした。


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ゆとりある記 アルテピアッツァ美唄 2017/12/04 11:45 am

アルテピアッツァはイタリア語で芸術広場の意味、北海道美唄市の彫刻美術館です。

廃校となった小学校を活用し、美唄出身の彫刻家・安田 侃(かん)氏の作品約40点を常設展示しています。

雪のなかにそびえる巨大彫刻、古い校舎に置かれた真っ白なツルリとした大理石の作品。

その形や感触が、眠っていた私の美意識を呼び覚ましたようで、帰る頃には「美」に敏感になっていました。
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かつて炭鉱町として栄えた美唄には、約10万人もの人が暮らしたことがあるそうです。

1950年に開校した栄小学校は最盛期には1200人の児童が学んだとか、閉山とともにやがて1981年には閉校しました。

その校舎と体育館がギャラリーになっています。


どうやってこの大きな作品を運んだんだろう?という大作が、芝生のあちこちに、森の中に立っています。

今回は雪が深くて、森の奥に入るのは諦めました。






私のような年代には懐かしい限りの校舎です。

こういう教室で、木の机椅子で学びました。雑巾がけもしたっけ。

古い木の床と、大理石作品がピタリと似合います。





触ってみると、ピタリと手が吸い付くような滑らかさ。石でしょうか?

石なのに、温かい。そう感じるのはなぜ?








午後の陽がさすと、作品に新しい表情が出ます。

影が伸びて、動いて、何か語っているみたい。

いいえ、何か唄っているみたい。






もとの体育館にも作品が。

なんとなく、まだゴムのボールや、体操マットの匂いが残っているような空間。

いくつかの作品がお互いに力を発し、そこにいる人までを作品にしてしまう。

そんなふうに見えてきました。


これは?

作品ではありません。校舎の階段の手すりです。

青銅の作品のようです。







お借りした長靴に付いた雪。

これまた美しい。

少し解けると、表情が変わる。

ずっと眺めていたくなる。






葉っぱもきれい。

こんな一枚が、こんな面白い形だったんだ。

雪の上で、清らかになっていくようです。

私も雪の上で、寒ざらしになったみたいに、心のアクが抜けていきます。




わあ〜、君もアートだね。

きれいだよ。

生きてるね。






体験工房に入ると、石を削るノミがずらり。

これで私も何か作りたくなりました。








大理石を削って、磨いて、丸く丸くしている女性がいました。

聞けば、東京からわざわざもう数回通っているとか。

駅前のビジネスホテルに泊まって、有給休暇を使って1週間。自分自身に向き合っているようです。





私たちがドタバタと視察している間も、女性一人で屋外展示をていねいに鑑賞している人が居ます。

ふと見ると寄せ書きに、「心の充電中」の言葉が。

さっきの方が書いたのでしょうか?いえいえ少し前のようです。

同じような人たちが、静かにじんわりと訪れるそんな公園なんですね。

地元の方にうかがうと、「わがまちの自慢はアルテ」と皆さんがおっしゃいます。

一方、「敷居が高くって」「好きに遊べない」「市の税金がかかるばかり」などの意見も。

「地元住民は民度が低いから芸術なんてわからないから」とも。

いろんな声が聞こえます。

そりゃ私も、ここにある「幼稚園」はぜひ存続させてほしいし、入場料をとってもっと自立すべき、地域とともになれる施設に、市民が「美」にもっと敏感になろう、などなど言いたいことはありますが。

ふと見ると、空は青く、雪は白く。

何をつべこべ言うのやら、、、、と。

空と雪と同じ顔をして、作品は在ったのでした。

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ゆとりある記 美唄鶏物語 2017/11/27 2:20 am

北海道美唄市(びばい)に行ってきました。「焼き鳥」と「とりめし」が名物です。

明治に入植した開拓団は、大正時代稲作が本格的になっても貧しかった。そのため農民に雄雌の鶏を貸し出して雛を増やし、収入と栄養にする仕組みが考えられた。

以来、ここのご馳走は鶏、しかも皮やモツまで残さず使う食べ方です。

地元の人が大事にしてきた味は、そんな物語をうかがうとなおさら美味しく感じるのでした。
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札幌駅でこんな差し入れをいただきました。炒めることなくビニールの袋から直にそのまま食べる「やきそば」。

え?焼いてないけど・・・。

美唄のソウルフード。今は学生の小腹を満たしているものの、かつては炭鉱で働く労働者が汚れた手のままかぶりついていたのだそうです。

ソース味が付いていて、アクセントになる紅ショウガも付いている。この辺りから、美唄の食は凄そうだ、と胸騒ぎがしたのでした。


それにしてもきれいな美唄の雪景色です。米どころです、雪がなければ田んぼが延々と広がっているのでしょう。

開墾し、米作りをしても、小作民は貧しかった。収入源のために鶏が配られた。冒頭に書いたレンタル鶏の仕組みです。

そして人々は、何か特別な時はその鶏をつぶして食べた。もったいないから、皮もモツもすべてを食べた。それがここの「とりめし」「やきとり」の発祥だそうです。

まず伺った「とりめし」屋さん。昔は「とりめし」を各家で炊いたそうですが、今はこういうお店に食べに行くことが多いとか。このお店では、塩ラーメンとセットで食べることを勧められました。

確かに美味しい。醤油味のご飯のなかに鶏がゴロンとしていて、甘味は?たっぷり入っている玉ネギです。

それぞれのお店に工夫があるとか。開拓農民のご馳走が今や名物に、土地の自慢の味になったいる。なかなか家庭では出せない味ですね。


お店に入ってからずっと聞こえ続けている「トントントン♪」という音。なんだろう?調理場をのぞくとすらりとした若者が、大量の玉ネギを刻んでいました。

おばあちゃんがニコニコしながら教えてくれます。「札幌に4年行ってたけど、戻ってきてくれたの」

お孫さんです、後継ぎです。うれしいでしょうね。「トントントン♪」派手なTシャツの後ろ姿のたくましいこと。ここの玉ネギたっぷりの「とりめし」は安泰です。


夜、懇親会となりました。またもや鶏です。本格的です。

「やきとり」はモツのものと精肉のものと、塩コショウ味、玉ネギと刺してある。

「やきとり」と言いながら「焼きとん」のところもありますが、ここは本当に鶏一筋。モツが美味しかった〜〜。


キラキラ輝くお刺身も鶏。魚の出る幕はありません。ネギと一味唐辛子で食べる、お酒にあいます。










鶏鍋のあとは、再び「とりめし」のおにぎりでした。











はるか向こうに防風林の立つ平原。風が吹き荒れれば、生き物はじっと耐えて晴天を待つしかない。

そんな時、何か特別なことがあって、食べた「とりめし」「やきとり」はどんなに身体と心を温め、満たしてくれたことでしょう。

そんな鶏に対する崇拝心が、DNAとしてここの人たちには引き継がれているのか、皆が皆「とりめし」「やきとり」を自慢し続けます。


ある女性グループは伝統の「とりめし」を作って20年、「気づいたら20歳も歳をとっちゃって」と笑います。

お弁当やおにぎりをあちこちで売るほか、お釜ごとの宅配もやっているとか。作り方を教えてもらいたいと申し出れば「あんまり簡単で、何も難しくない。教えることがないの」とまた笑います。

彼女たちが作った「とりめし」を美唄を離れる日、スーパーで買って電車に乗りました。

常温で持ち歩けば凍るほどの寒さです。その「とりめし」を混んだ特急の中で、クタクタの身体で食べる。温かいお茶など無く、ただの水でいただく。

なのに、なのに、何でしょう?この美味しさは?

前の座席に座ったお仲間が、振り向いてまで言います。「美味しいね〜」お米でしょうか、鶏でしょうか、調味料の黄金比率でしょうか?美唄の人の鶏への愛情、地域へのこだわり、それが一番の隠し味なのでしょうね。

東京に、あの「とりめし」の釜ごと取り寄せたい!
いえいえ、口を美唄に運びましょう。

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ゆとりある記 頑張る女性たち 2017/11/13 12:37 am

2001年から続く、北海道阿寒湖温泉の「まりも倶楽部」。2006年からの、東京八王子市の「エンツリー」。いずれも女性たちの地域おこしグループです。

久しぶりにお会いすると、かつての活動に続く地元のマップ作りをしていたり、講座づくりから場づくり、そしてセンターの運営管理をしていたり。

しぶとくちゃんと続いていることに驚きます。しなやかに笑いながらがコツのようです。
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阿寒湖温泉のまちづくりの会議。久しぶりに行くと、計画も資金も大変大きなプロジェクトが動いていました。

話題は大きなことに流れがちですが、その中で「まりも倶楽部」の女性が、みんなで作ったマップについて説明してくれました。










タイトルは「ようこそ阿寒湖1年生」。今、観光地では、そこの土地の人でなくとも、ホテルなどで働き観光客のお世話をするスタッフが増えています。

短期の仕事でも、そこの土地のことを詳しく知っていなくてはならない。でも内実は、仕事に追われるばかりで、自ら地元を楽しんだことがない。そのうちまたどこかに行ってしまう。

阿寒湖温泉にいる間に、ぜひここのファンになってもらいたい、そして自信をもってお客様にご案内してほしい。

そんな思いで彼女たちが作ったマップです。多言語でのバリエーションも。


「昔の活動が、今、また活かされています」と語る、女性たち。

そう、かつて、彼女たちは地元をていねいに歩き四季折々のマップを手描きしたり、各ホテルの温泉に入ったり、商店街に花を植えたり、名物料理を作ったり、カルチャー講座をしたり・・・・。いろいろな活動をしてきたのです。

そんな蓄積があるので、「せっかく阿寒湖で働くことになったなら、休みの日に部屋に閉じこもってないで街に出てきてほしいんです。地元のおばちゃんが教えてあげるって感じで作りました」

地域おこし協力隊の女性とのコラボで、マップは発行され。観光客にも人気とのこと。




ホテルの部屋に入ると、「まりも家族コイン」が。阿寒湖に来た人はみな家族ですという考え方。コインを持って街に出ると、何かのおもてなしがあるという仕組み。

これにも「まりも倶楽部」の女性たちの意見がずいぶん入っています。

どんなに凄いハード整備をしても、そこに心が通っていなくては。どんなに豪華なホテルでも、その土地に暮らす人が心豊かに暮らしていなければ。ハードと上っ面だけでは、観光客は本当に癒されない。私はそう思います。

女性たちの心のこもった小さな活動が続いている限り、この地のファンは増え続けるでしょう。

「まりも倶楽部」の数人と、なつかしくおしゃべりに華を咲かせました。ピザを食べ、イモ羊かんを食べ、コーヒーを飲み、日本茶も飲み、ダべリングは延々続きます。

自分の活けた花の写真をスマホで見せてくれる、自分が撮ったリスの写真を見せてくれる。「綺麗でしょう〜」「可愛いでしょう〜」

「これからやりたいのはね〜」「どんどんやりたいのよ」「若い人も一緒にできることあるし」と、話は止まりません。私もワクワクしてきました。



阿寒湖から戻って翌日にうかがったのは、八王子の「NPO法人エンツリー」の10周年パーティー。見覚えのある顔が並びます。

公の講座で出会った女性たちが自分たちでグループを作り、自分たちが受けたい講座を自ら企画。

そんなことからNPOが立ち上がっていきました。「本気のライター講座」「はじめてのイベントのづくり」「学びの先へ」などなど。彼女たちに声をかけられて、私が関わった講座のチラシが飾られています。


講座だけにとどまらず、彼女たちは場を持ちました。このパーティー会場になっている80屬両譴蓮駅前、スーパーの上、飲食可能なレンタルスペースです。

コミュニティスペース「クオレ・堀之内」。ヨガ、パソコン教室、ピアノ、整理収納、色鉛筆画など、予約でいっぱい。とるのが大変な人気です。


そしていまや八王子だけでなくお隣府中の市民活動センター「プラッツ」(商業施設の5・6階、280人のホールも併設)の指定管理者にも。

非営利組織でないと借りられない施設が多い中、ここは営利利用もOK。

彼女たちはいまや自分たちが使いたい場をつくり、運営しているというわけです。

メンバーの一人にうかがうと「ちゃんとお給料は出ていますよ」と。それは長く続ける基本ですよね。

パーティーに来ていたいろいろなNPOの方々、その先にはまたいろいろな人が居ます。「クオレ」を借りているグループのその先にも人が居ます。

10周年のパンフには「10年と少し前、八王子の片隅で小さな種が地面にコロンと落ちました」とあります。

種は縁で繋がり、立派な樹になりました。まさにその名の通り「エンツリー」です。

少し歳をとって、でも笑顔が変わらない「エンツリー」の3人。「頑張る女性たち」とこのブログのタイトルにしましたが、この笑顔を見ていると、そんなにカチカチに頑張らないことが続ける秘訣なのかも、と思えてきました。また会いましょうね。

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ゆとりある記 1時間の森歩き 2017/11/06 2:32 pm

北海道阿寒湖温泉の森を、ほんの1時間散策しました。

冬枯れの森は見通しが良く、積雪がまだなので熊笹の緑も鑑賞できます。

湧水の流れには水芭蕉の株があり、硫黄の匂いの先には熱い温泉ガスの湧く“ボッケ”という名の泥沼が。王様みたいにそびえる大木に会い、絨毯のような枯葉の道をぶらりぶらり。

仕事に追われる日々、こんな世界があるのを忘れていました。森の力で、1時間で、元気を取り戻しました。
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久しぶりの阿寒湖温泉、観光振興の会議に出るためにうかがったのですが、いろいろな方と顔を合わせ、膨大な課題に知恵を出す時間は、楽しくもあり、苦しくもありです。







相変わらず、美味しいお料理が舌をもてなしてくださるのですが、それだけではなかなか頭の疲れは取れません。









すると、阿寒湖の森を保護管理しておいでの「前田一歩園財団」の方が、森へ誘ってくださいました。

他の学者先生方とご一緒に、普通は入れないところを解説いただきながら。

長靴をお借りして入ったのは、「光の森」というエリア。なるほど、たくさんの樹々が茂っていますが、地面まで光が届くいい森です。

先生方は解説を聞きながらどんどん歩かれますが、私はこういうのが気になる。

夏には背丈ほどの高さに茂っている大きなフキ。その葉が枯れて、眠るようにクタリと地面に貼り付いている。

何だかずっと見てたい、夏の姿を想像したくなる眠り姿です。


一面に繁る熊笹。パンダがこの笹を食べるかは?ですが、どこかでむしゃむしゃと食べているのでは、という気になります。

何だか美味しそう!







チョロチョロ流れるのは湧水です。もうじきたっぷり雪が降れば、この水芭蕉の株はじっと耐え忍ぶのでしょう。

湧水の温度が守ってくれるのかもしれません。






いつも音に囲まれていると、森の静けさに驚きます。

お連れの方々の話し声が遠のくと、聞こえるのはカサり、コソリ、私が落ち葉を踏み分けて歩く音ばかり。







あれ?硫黄の匂いがする。なんだか嗅覚も敏感になったようです。

匂いをたどっていくと、小さな泥沼のようなものが。







足元に気を付けて湯気の上がるところを覗くと、ボコッ、ボコッと、お湯とガスが湧いている。“ボッケ”です。

森の遥か下には火山のマグマがうごめいている。だから、昨夜の温泉に入れたんだ・・・とあらためて納得しました。





一直線に並んで立つ樹は、“倒木更新”という現象。

倒れた樹に種が落ち、その朽ちる樹を栄養に育っていった証。何十年もかけて、こんなことが静々と行われているんですね。






よーく見ると、倒れた樹の上に青い苔が生え、そこから新しい樹の芽が出ていました。

何かの実も落ちています。やがてこの種も芽を出すのでしょう。







ひときわ大きな樹がありました。王様のような風格です。桂だそうです。

樹齢何年なのでしょう。木肌はバリバリに割れ剥がれ、傷だらけのようにも見えますが、王が鎧を身にまとっているようにも見えます。

さっきまでの議論や会議が、やけに小さなものに思えてきました。

この樹々と同じ空気を深呼吸させていただいて、それをお土産にこれで東京に帰りましょう。

「1時間の森歩き」という処方箋、忙し病の私には特効薬でした。

※おまけに載せちゃいます。「エゾリス君」の写真。阿寒湖温泉でお土産物屋さんをやっている友人・恵美ちゃんがお散歩中に撮ったものです。


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ゆとりある記 ロケットストーブ料理 2017/10/23 1:35 pm

オイル缶を2つ繋ぎ、なかに煙突を通したロケットストーブは、少しの薪で強い火力が得られるため、アウトドアや災害時の備えに人気です。

紀の川市でこのほどストーブオーナーが集まって、料理を作りパーティーをする催しがありました。

オーナーの個性で作る料理は様々でしたが、同じものを持っているという連帯感で心は一つ。良い集いでした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・http://noguchi-tomoko.com/modules/yutoriaruki/details.php?blog_id=413&date=201705
ロケットストーブがどんなものなのかは、↑こちらの5月のブログからご覧ください。作ることそのものがなかなか楽しい作業なのです。

そして、ガスや電気がなくとも、煮炊きできるという自信と安心、そして面白さを同時に手に入れることになります。


紀の川市の細野渓流キャンプ場、遠目には大勢がバーベキューなどしているように見えますが、なになにこの日はストーブオーナーが集まってパーティーなのでした。








火はこのように、焚口に松ぼっくりや細い枝を入れて点火します。写真はバーナーですが、マッチ一本で大丈夫です。









この火力が分かりますか?焚口の数本の細い薪が燃える、その熱をゴー―ッと吸い上げるように、炎が上ります。お風呂も沸かせる?強い火!








火力があるので炒め物にピッタリ。











おやきなんて素朴なものを作った家族も。











ひよこ豆のトマト煮込みスープもあっという間です。











ほうとうを打ってきた方。4時に起きて、中力粉を足で踏んで。お湯をたっぷり沸かして釜揚げに、プリンプリンの腰のある麺。









凝り性の若者が作った料理。なんて名なのか、とにかく本格的においしい。










注目は災害時の茹で料理。ビニール袋にお米と缶コーヒーで少々苦いコーヒー味のご飯ができる。ジュースでも炊ける。









ビニール袋で茹でれば、ホットケーキミックスとドライフルーツでこんなスイーツも。

被災時にはこんな熱々のスイーツがいいですね。アイディアだなあ〜。






いわゆる一斗缶で作ったタイプもあります。飯盒でマツタケご飯炊いてます。










建築士さんは知り合いの建具屋さんからもらったという木っ端を燃料に。「建具屋さんが使う木はよ〜く乾いてるからすぐ火が付く」のだそうです。

「こっちの柿も知り合いからもらったの。みんな持って行ってね〜」さすが、果物産地紀の川市です。




書道の先生は、生徒の書きはぐりの半紙が焚き付け。











おなじみのドラム缶窯ももちろん登場。タンドリーチキンを焼いたり、一番上で、マコモタケをホイル焼きしたり。









丸太に穴をあけて、小規模ロケットストーブのようにに燃やすタイプの装置もあります。










火を囲んでいると、なんだか仲良くなっちゃう。











大きな家族で食べている、そんなパーティーだから楽しい。

最後にはギター演奏も飛び出して、いろんな人がつながる温かな時間は流れていくのでした。

次はいつかな〜?今度、何作ろうかな〜。またね!





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ゆとりある記 黒豆枝豆の収穫 2017/10/16 2:06 pm

和歌山県紀の川市鞆渕は黒豆産地です。暮れになると引っ張りだこになる人気の黒豆です。

昨年この黒豆の煮豆の写真を撮ったところ好評でした。ならばその黒豆のオーナーになろうと2区画申込み、このたび枝豆収穫となりました。

本当の収穫は12月ですが、枝豆の黒豆もそれはそれは美味しいものでした。ただ、豆が大きければ、株も大きい。雨の中の収穫は悪戦苦闘となったのでした。
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以前、蛍を見に行ったことのある鞆渕です。古民家を素敵に直した「カフェともぶち」というお店もでき、こうしたオーナー制度や交流事業もあり、パワーアップしている感があります。







雨がしっかり降っているというのに、たくさんの人が集まっていました。枝豆収穫だけでなく、サツマイモの収穫や、ちぢみホウレンソウの植え付けなども。

この地区にしたら、一大イベントです。






畑に着くと「がんこ農家」の幟。いかにも肉厚のしっかりした黒豆ができている、という自信が感じられます。

それにしても茂っている豆の葉の大きいこと!






先に来たグループが運ぼうとしている、その枝豆の株の大きさに驚きました。

大人の肩までの丈がある。だから持ちあげられない。巨大な株を、男性でさえズルズルと引きずっていくしかありません。

軽く考えていたこちらは、反省しました。

台所バサミを持って行ったのですが、たちうちできません。株の一番下は“樹”の状態。

係のおじさまの大きな植木バサミの威力で、切りだしていただきました。






一緒に行った枝豆女子は、食べる以前にまずはこんな大仕事があるとは思わなかったはずです。

片手に2株ずつ、4株運ぶ、引きずるだけで泣いています。







選果場でしょうか?この広い屋根付きの施設があったから、よかった!

ずぶぬれになりながらも、運び抜いた黒豆枝豆を参加者がてんでに“選果”?しています。

とてもそのまま車でなど運べません。葉を落とし、いらない枝を切り、整えて。ほとんどの人は、豆のさやだけにして持ち帰ります。

黒豆がそもそも大株なのでしょうか?鞆渕の黒豆が他より秀でて大株なのでしょうか?

とにかく今まで私が知っていた枝豆の状態とは、けた外れに違います。細い枝に数粒豆が付き、枝豆としてお料理やさんで出てくる華奢な物とは大違い。

株の一番下は何しろ直径3センチくらいもあるのですから。

ハサミで整えますが、手を突き刺すほどに豆のさやが元気、がんこ黒豆です。

ハサミを持つ手の横に見えるのが主幹、ゴボウのような太さですね。







小学生の女の子が、早くも枝豆サンタクロースのように担いで帰ろうとしています。

家族4人での人海戦術、何年も通っているようで手慣れたもの。「今夜は枝豆パーティー!」だそうです。






この黒豆の枝豆は特別に大きく立派で、高級かつ美味しいものですが、普通の枝豆も皆の口に入るまでは、株を抜き、葉や枝をとり、豆だけ外す手作業があるのでしょう。

一度これを経験すれば、飲み屋さんで頼む冷凍枝豆ですら愛おしくなってきます。





きゃ〜きゃ〜騒ぐ、観光気分の黒豆オーナーたちの横では、ベルトコンベアが動き、黙々と黒豆枝豆の出荷作業です。

あ、さやが一つ一つ流れている。誰かが、一つ一つに切っていると思うと、ありがとうと感謝したくなりました。




ずっしりと重い黒豆枝豆を下げて、雨の上がった道を帰ります。次回は、いよいよ黒豆として使う豆を本格的に収穫し、干す作業とか。

今年のお正月は、私の黒豆の煮豆が輝くことにになるでしょう。

疲れた身体に、この枝豆で飲むお酒の美味しいこと。黒豆ですから皮は紫色がかっているのですが、なかからは緑の身が出てきます。

ころりと大粒。二粒くらいで、お酒がぐびっと飲める。深い風味と、こくのある旨み、甘み。

ああ〜、来年もオーナーになろう・・・っと。


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写真でみるゆとりある記

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連絡先

野口 智子 のぐち ともこ
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局
ゆとり研究所

TEL 090-7433−1741
E-Mail yutori@noguchi-tomoko.com

NPOスローライフ・ジャパン
〒160-0002 東京都新宿区四谷坂町9−4 リカビル301
TEL 03-5312-4141 FAX 03-5312-4554
E-Mail slowlifej@nifty.com


略歴

<野口智子(のぐちともこ)>
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局長
千葉市生まれ。東京でコピーライター、プランナーを経験。1977年静岡県に移り企画・編集プロダクション設立。
1992年ゆとり研究所を開きコンサルタント業務を開始。
ライフスタイルの提案、「一店逸品運動」による商店街の活性化、時間消費型観光おこし、人材育成などの分野で活動。
2000年からスローライフ運動を開始、2003年スローライフ・ジャパンを設立、現在、事務局長・副理事長。
2006年から活動拠点と自宅を東京へ。現在はスローツーリズムの提案、商品開発、地域観光の育成、都市と田舎の交流、移住・定住プロジェクト、“食”をテーマにしたまちおこし、などに力を入れている。住民参加の独自の楽しいワークショップが得意。
現在、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域再生マネージャー(ふるさと財団)、国土審議会半島振興部会委員。