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ゆとりある記 アルテピアッツァ美唄 2017/12/04 11:45 am

アルテピアッツァはイタリア語で芸術広場の意味、北海道美唄市の彫刻美術館です。

廃校となった小学校を活用し、美唄出身の彫刻家・安田 侃(かん)氏の作品約40点を常設展示しています。

雪のなかにそびえる巨大彫刻、古い校舎に置かれた真っ白なツルリとした大理石の作品。

その形や感触が、眠っていた私の美意識を呼び覚ましたようで、帰る頃には「美」に敏感になっていました。
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かつて炭鉱町として栄えた美唄には、約10万人もの人が暮らしたことがあるそうです。

1950年に開校した栄小学校は最盛期には1200人の児童が学んだとか、閉山とともにやがて1981年には閉校しました。

その校舎と体育館がギャラリーになっています。


どうやってこの大きな作品を運んだんだろう?という大作が、芝生のあちこちに、森の中に立っています。

今回は雪が深くて、森の奥に入るのは諦めました。






私のような年代には懐かしい限りの校舎です。

こういう教室で、木の机椅子で学びました。雑巾がけもしたっけ。

古い木の床と、大理石作品がピタリと似合います。





触ってみると、ピタリと手が吸い付くような滑らかさ。石でしょうか?

石なのに、温かい。そう感じるのはなぜ?








午後の陽がさすと、作品に新しい表情が出ます。

影が伸びて、動いて、何か語っているみたい。

いいえ、何か唄っているみたい。






もとの体育館にも作品が。

なんとなく、まだゴムのボールや、体操マットの匂いが残っているような空間。

いくつかの作品がお互いに力を発し、そこにいる人までを作品にしてしまう。

そんなふうに見えてきました。


これは?

作品ではありません。校舎の階段の手すりです。

青銅の作品のようです。







お借りした長靴に付いた雪。

これまた美しい。

少し解けると、表情が変わる。

ずっと眺めていたくなる。






葉っぱもきれい。

こんな一枚が、こんな面白い形だったんだ。

雪の上で、清らかになっていくようです。

私も雪の上で、寒ざらしになったみたいに、心のアクが抜けていきます。




わあ〜、君もアートだね。

きれいだよ。

生きてるね。






体験工房に入ると、石を削るノミがずらり。

これで私も何か作りたくなりました。








大理石を削って、磨いて、丸く丸くしている女性がいました。

聞けば、東京からわざわざもう数回通っているとか。

駅前のビジネスホテルに泊まって、有給休暇を使って1週間。自分自身に向き合っているようです。





私たちがドタバタと視察している間も、女性一人で屋外展示をていねいに鑑賞している人が居ます。

ふと見ると寄せ書きに、「心の充電中」の言葉が。

さっきの方が書いたのでしょうか?いえいえ少し前のようです。

同じような人たちが、静かにじんわりと訪れるそんな公園なんですね。

地元の方にうかがうと、「わがまちの自慢はアルテ」と皆さんがおっしゃいます。

一方、「敷居が高くって」「好きに遊べない」「市の税金がかかるばかり」などの意見も。

「地元住民は民度が低いから芸術なんてわからないから」とも。

いろんな声が聞こえます。

そりゃ私も、ここにある「幼稚園」はぜひ存続させてほしいし、入場料をとってもっと自立すべき、地域とともになれる施設に、市民が「美」にもっと敏感になろう、などなど言いたいことはありますが。

ふと見ると、空は青く、雪は白く。

何をつべこべ言うのやら、、、、と。

空と雪と同じ顔をして、作品は在ったのでした。

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ゆとりある記 美唄鶏物語 2017/11/27 2:20 am

北海道美唄市(びばい)に行ってきました。「焼き鳥」と「とりめし」が名物です。

明治に入植した開拓団は、大正時代稲作が本格的になっても貧しかった。そのため農民に雄雌の鶏を貸し出して雛を増やし、収入と栄養にする仕組みが考えられた。

以来、ここのご馳走は鶏、しかも皮やモツまで残さず使う食べ方です。

地元の人が大事にしてきた味は、そんな物語をうかがうとなおさら美味しく感じるのでした。
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札幌駅でこんな差し入れをいただきました。炒めることなくビニールの袋から直にそのまま食べる「やきそば」。

え?焼いてないけど・・・。

美唄のソウルフード。今は学生の小腹を満たしているものの、かつては炭鉱で働く労働者が汚れた手のままかぶりついていたのだそうです。

ソース味が付いていて、アクセントになる紅ショウガも付いている。この辺りから、美唄の食は凄そうだ、と胸騒ぎがしたのでした。


それにしてもきれいな美唄の雪景色です。米どころです、雪がなければ田んぼが延々と広がっているのでしょう。

開墾し、米作りをしても、小作民は貧しかった。収入源のために鶏が配られた。冒頭に書いたレンタル鶏の仕組みです。

そして人々は、何か特別な時はその鶏をつぶして食べた。もったいないから、皮もモツもすべてを食べた。それがここの「とりめし」「やきとり」の発祥だそうです。

まず伺った「とりめし」屋さん。昔は「とりめし」を各家で炊いたそうですが、今はこういうお店に食べに行くことが多いとか。このお店では、塩ラーメンとセットで食べることを勧められました。

確かに美味しい。醤油味のご飯のなかに鶏がゴロンとしていて、甘味は?たっぷり入っている玉ネギです。

それぞれのお店に工夫があるとか。開拓農民のご馳走が今や名物に、土地の自慢の味になったいる。なかなか家庭では出せない味ですね。


お店に入ってからずっと聞こえ続けている「トントントン♪」という音。なんだろう?調理場をのぞくとすらりとした若者が、大量の玉ネギを刻んでいました。

おばあちゃんがニコニコしながら教えてくれます。「札幌に4年行ってたけど、戻ってきてくれたの」

お孫さんです、後継ぎです。うれしいでしょうね。「トントントン♪」派手なTシャツの後ろ姿のたくましいこと。ここの玉ネギたっぷりの「とりめし」は安泰です。


夜、懇親会となりました。またもや鶏です。本格的です。

「やきとり」はモツのものと精肉のものと、塩コショウ味、玉ネギと刺してある。

「やきとり」と言いながら「焼きとん」のところもありますが、ここは本当に鶏一筋。モツが美味しかった〜〜。


キラキラ輝くお刺身も鶏。魚の出る幕はありません。ネギと一味唐辛子で食べる、お酒にあいます。










鶏鍋のあとは、再び「とりめし」のおにぎりでした。











はるか向こうに防風林の立つ平原。風が吹き荒れれば、生き物はじっと耐えて晴天を待つしかない。

そんな時、何か特別なことがあって、食べた「とりめし」「やきとり」はどんなに身体と心を温め、満たしてくれたことでしょう。

そんな鶏に対する崇拝心が、DNAとしてここの人たちには引き継がれているのか、皆が皆「とりめし」「やきとり」を自慢し続けます。


ある女性グループは伝統の「とりめし」を作って20年、「気づいたら20歳も歳をとっちゃって」と笑います。

お弁当やおにぎりをあちこちで売るほか、お釜ごとの宅配もやっているとか。作り方を教えてもらいたいと申し出れば「あんまり簡単で、何も難しくない。教えることがないの」とまた笑います。

彼女たちが作った「とりめし」を美唄を離れる日、スーパーで買って電車に乗りました。

常温で持ち歩けば凍るほどの寒さです。その「とりめし」を混んだ特急の中で、クタクタの身体で食べる。温かいお茶など無く、ただの水でいただく。

なのに、なのに、何でしょう?この美味しさは?

前の座席に座ったお仲間が、振り向いてまで言います。「美味しいね〜」お米でしょうか、鶏でしょうか、調味料の黄金比率でしょうか?美唄の人の鶏への愛情、地域へのこだわり、それが一番の隠し味なのでしょうね。

東京に、あの「とりめし」の釜ごと取り寄せたい!
いえいえ、口を美唄に運びましょう。

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ゆとりある記 頑張る女性たち 2017/11/13 12:37 am

2001年から続く、北海道阿寒湖温泉の「まりも倶楽部」。2006年からの、東京八王子市の「エンツリー」。いずれも女性たちの地域おこしグループです。

久しぶりにお会いすると、かつての活動に続く地元のマップ作りをしていたり、講座づくりから場づくり、そしてセンターの運営管理をしていたり。

しぶとくちゃんと続いていることに驚きます。しなやかに笑いながらがコツのようです。
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阿寒湖温泉のまちづくりの会議。久しぶりに行くと、計画も資金も大変大きなプロジェクトが動いていました。

話題は大きなことに流れがちですが、その中で「まりも倶楽部」の女性が、みんなで作ったマップについて説明してくれました。










タイトルは「ようこそ阿寒湖1年生」。今、観光地では、そこの土地の人でなくとも、ホテルなどで働き観光客のお世話をするスタッフが増えています。

短期の仕事でも、そこの土地のことを詳しく知っていなくてはならない。でも内実は、仕事に追われるばかりで、自ら地元を楽しんだことがない。そのうちまたどこかに行ってしまう。

阿寒湖温泉にいる間に、ぜひここのファンになってもらいたい、そして自信をもってお客様にご案内してほしい。

そんな思いで彼女たちが作ったマップです。多言語でのバリエーションも。


「昔の活動が、今、また活かされています」と語る、女性たち。

そう、かつて、彼女たちは地元をていねいに歩き四季折々のマップを手描きしたり、各ホテルの温泉に入ったり、商店街に花を植えたり、名物料理を作ったり、カルチャー講座をしたり・・・・。いろいろな活動をしてきたのです。

そんな蓄積があるので、「せっかく阿寒湖で働くことになったなら、休みの日に部屋に閉じこもってないで街に出てきてほしいんです。地元のおばちゃんが教えてあげるって感じで作りました」

地域おこし協力隊の女性とのコラボで、マップは発行され。観光客にも人気とのこと。




ホテルの部屋に入ると、「まりも家族コイン」が。阿寒湖に来た人はみな家族ですという考え方。コインを持って街に出ると、何かのおもてなしがあるという仕組み。

これにも「まりも倶楽部」の女性たちの意見がずいぶん入っています。

どんなに凄いハード整備をしても、そこに心が通っていなくては。どんなに豪華なホテルでも、その土地に暮らす人が心豊かに暮らしていなければ。ハードと上っ面だけでは、観光客は本当に癒されない。私はそう思います。

女性たちの心のこもった小さな活動が続いている限り、この地のファンは増え続けるでしょう。

「まりも倶楽部」の数人と、なつかしくおしゃべりに華を咲かせました。ピザを食べ、イモ羊かんを食べ、コーヒーを飲み、日本茶も飲み、ダべリングは延々続きます。

自分の活けた花の写真をスマホで見せてくれる、自分が撮ったリスの写真を見せてくれる。「綺麗でしょう〜」「可愛いでしょう〜」

「これからやりたいのはね〜」「どんどんやりたいのよ」「若い人も一緒にできることあるし」と、話は止まりません。私もワクワクしてきました。



阿寒湖から戻って翌日にうかがったのは、八王子の「NPO法人エンツリー」の10周年パーティー。見覚えのある顔が並びます。

公の講座で出会った女性たちが自分たちでグループを作り、自分たちが受けたい講座を自ら企画。

そんなことからNPOが立ち上がっていきました。「本気のライター講座」「はじめてのイベントのづくり」「学びの先へ」などなど。彼女たちに声をかけられて、私が関わった講座のチラシが飾られています。


講座だけにとどまらず、彼女たちは場を持ちました。このパーティー会場になっている80屬両譴蓮駅前、スーパーの上、飲食可能なレンタルスペースです。

コミュニティスペース「クオレ・堀之内」。ヨガ、パソコン教室、ピアノ、整理収納、色鉛筆画など、予約でいっぱい。とるのが大変な人気です。


そしていまや八王子だけでなくお隣府中の市民活動センター「プラッツ」(商業施設の5・6階、280人のホールも併設)の指定管理者にも。

非営利組織でないと借りられない施設が多い中、ここは営利利用もOK。

彼女たちはいまや自分たちが使いたい場をつくり、運営しているというわけです。

メンバーの一人にうかがうと「ちゃんとお給料は出ていますよ」と。それは長く続ける基本ですよね。

パーティーに来ていたいろいろなNPOの方々、その先にはまたいろいろな人が居ます。「クオレ」を借りているグループのその先にも人が居ます。

10周年のパンフには「10年と少し前、八王子の片隅で小さな種が地面にコロンと落ちました」とあります。

種は縁で繋がり、立派な樹になりました。まさにその名の通り「エンツリー」です。

少し歳をとって、でも笑顔が変わらない「エンツリー」の3人。「頑張る女性たち」とこのブログのタイトルにしましたが、この笑顔を見ていると、そんなにカチカチに頑張らないことが続ける秘訣なのかも、と思えてきました。また会いましょうね。

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ゆとりある記 1時間の森歩き 2017/11/06 2:32 pm

北海道阿寒湖温泉の森を、ほんの1時間散策しました。

冬枯れの森は見通しが良く、積雪がまだなので熊笹の緑も鑑賞できます。

湧水の流れには水芭蕉の株があり、硫黄の匂いの先には熱い温泉ガスの湧く“ボッケ”という名の泥沼が。王様みたいにそびえる大木に会い、絨毯のような枯葉の道をぶらりぶらり。

仕事に追われる日々、こんな世界があるのを忘れていました。森の力で、1時間で、元気を取り戻しました。
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久しぶりの阿寒湖温泉、観光振興の会議に出るためにうかがったのですが、いろいろな方と顔を合わせ、膨大な課題に知恵を出す時間は、楽しくもあり、苦しくもありです。







相変わらず、美味しいお料理が舌をもてなしてくださるのですが、それだけではなかなか頭の疲れは取れません。









すると、阿寒湖の森を保護管理しておいでの「前田一歩園財団」の方が、森へ誘ってくださいました。

他の学者先生方とご一緒に、普通は入れないところを解説いただきながら。

長靴をお借りして入ったのは、「光の森」というエリア。なるほど、たくさんの樹々が茂っていますが、地面まで光が届くいい森です。

先生方は解説を聞きながらどんどん歩かれますが、私はこういうのが気になる。

夏には背丈ほどの高さに茂っている大きなフキ。その葉が枯れて、眠るようにクタリと地面に貼り付いている。

何だかずっと見てたい、夏の姿を想像したくなる眠り姿です。


一面に繁る熊笹。パンダがこの笹を食べるかは?ですが、どこかでむしゃむしゃと食べているのでは、という気になります。

何だか美味しそう!







チョロチョロ流れるのは湧水です。もうじきたっぷり雪が降れば、この水芭蕉の株はじっと耐え忍ぶのでしょう。

湧水の温度が守ってくれるのかもしれません。






いつも音に囲まれていると、森の静けさに驚きます。

お連れの方々の話し声が遠のくと、聞こえるのはカサり、コソリ、私が落ち葉を踏み分けて歩く音ばかり。







あれ?硫黄の匂いがする。なんだか嗅覚も敏感になったようです。

匂いをたどっていくと、小さな泥沼のようなものが。







足元に気を付けて湯気の上がるところを覗くと、ボコッ、ボコッと、お湯とガスが湧いている。“ボッケ”です。

森の遥か下には火山のマグマがうごめいている。だから、昨夜の温泉に入れたんだ・・・とあらためて納得しました。





一直線に並んで立つ樹は、“倒木更新”という現象。

倒れた樹に種が落ち、その朽ちる樹を栄養に育っていった証。何十年もかけて、こんなことが静々と行われているんですね。






よーく見ると、倒れた樹の上に青い苔が生え、そこから新しい樹の芽が出ていました。

何かの実も落ちています。やがてこの種も芽を出すのでしょう。







ひときわ大きな樹がありました。王様のような風格です。桂だそうです。

樹齢何年なのでしょう。木肌はバリバリに割れ剥がれ、傷だらけのようにも見えますが、王が鎧を身にまとっているようにも見えます。

さっきまでの議論や会議が、やけに小さなものに思えてきました。

この樹々と同じ空気を深呼吸させていただいて、それをお土産にこれで東京に帰りましょう。

「1時間の森歩き」という処方箋、忙し病の私には特効薬でした。

※おまけに載せちゃいます。「エゾリス君」の写真。阿寒湖温泉でお土産物屋さんをやっている友人・恵美ちゃんがお散歩中に撮ったものです。


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ゆとりある記 ロケットストーブ料理 2017/10/23 1:35 pm

オイル缶を2つ繋ぎ、なかに煙突を通したロケットストーブは、少しの薪で強い火力が得られるため、アウトドアや災害時の備えに人気です。

紀の川市でこのほどストーブオーナーが集まって、料理を作りパーティーをする催しがありました。

オーナーの個性で作る料理は様々でしたが、同じものを持っているという連帯感で心は一つ。良い集いでした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・http://noguchi-tomoko.com/modules/yutoriaruki/details.php?blog_id=413&date=201705
ロケットストーブがどんなものなのかは、↑こちらの5月のブログからご覧ください。作ることそのものがなかなか楽しい作業なのです。

そして、ガスや電気がなくとも、煮炊きできるという自信と安心、そして面白さを同時に手に入れることになります。


紀の川市の細野渓流キャンプ場、遠目には大勢がバーベキューなどしているように見えますが、なになにこの日はストーブオーナーが集まってパーティーなのでした。








火はこのように、焚口に松ぼっくりや細い枝を入れて点火します。写真はバーナーですが、マッチ一本で大丈夫です。









この火力が分かりますか?焚口の数本の細い薪が燃える、その熱をゴー―ッと吸い上げるように、炎が上ります。お風呂も沸かせる?強い火!








火力があるので炒め物にピッタリ。











おやきなんて素朴なものを作った家族も。











ひよこ豆のトマト煮込みスープもあっという間です。











ほうとうを打ってきた方。4時に起きて、中力粉を足で踏んで。お湯をたっぷり沸かして釜揚げに、プリンプリンの腰のある麺。









凝り性の若者が作った料理。なんて名なのか、とにかく本格的においしい。










注目は災害時の茹で料理。ビニール袋にお米と缶コーヒーで少々苦いコーヒー味のご飯ができる。ジュースでも炊ける。









ビニール袋で茹でれば、ホットケーキミックスとドライフルーツでこんなスイーツも。

被災時にはこんな熱々のスイーツがいいですね。アイディアだなあ〜。






いわゆる一斗缶で作ったタイプもあります。飯盒でマツタケご飯炊いてます。










建築士さんは知り合いの建具屋さんからもらったという木っ端を燃料に。「建具屋さんが使う木はよ〜く乾いてるからすぐ火が付く」のだそうです。

「こっちの柿も知り合いからもらったの。みんな持って行ってね〜」さすが、果物産地紀の川市です。




書道の先生は、生徒の書きはぐりの半紙が焚き付け。











おなじみのドラム缶窯ももちろん登場。タンドリーチキンを焼いたり、一番上で、マコモタケをホイル焼きしたり。









丸太に穴をあけて、小規模ロケットストーブのようにに燃やすタイプの装置もあります。










火を囲んでいると、なんだか仲良くなっちゃう。











大きな家族で食べている、そんなパーティーだから楽しい。

最後にはギター演奏も飛び出して、いろんな人がつながる温かな時間は流れていくのでした。

次はいつかな〜?今度、何作ろうかな〜。またね!





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ゆとりある記 黒豆枝豆の収穫 2017/10/16 2:06 pm

和歌山県紀の川市鞆渕は黒豆産地です。暮れになると引っ張りだこになる人気の黒豆です。

昨年この黒豆の煮豆の写真を撮ったところ好評でした。ならばその黒豆のオーナーになろうと2区画申込み、このたび枝豆収穫となりました。

本当の収穫は12月ですが、枝豆の黒豆もそれはそれは美味しいものでした。ただ、豆が大きければ、株も大きい。雨の中の収穫は悪戦苦闘となったのでした。
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以前、蛍を見に行ったことのある鞆渕です。古民家を素敵に直した「カフェともぶち」というお店もでき、こうしたオーナー制度や交流事業もあり、パワーアップしている感があります。







雨がしっかり降っているというのに、たくさんの人が集まっていました。枝豆収穫だけでなく、サツマイモの収穫や、ちぢみホウレンソウの植え付けなども。

この地区にしたら、一大イベントです。






畑に着くと「がんこ農家」の幟。いかにも肉厚のしっかりした黒豆ができている、という自信が感じられます。

それにしても茂っている豆の葉の大きいこと!






先に来たグループが運ぼうとしている、その枝豆の株の大きさに驚きました。

大人の肩までの丈がある。だから持ちあげられない。巨大な株を、男性でさえズルズルと引きずっていくしかありません。

軽く考えていたこちらは、反省しました。

台所バサミを持って行ったのですが、たちうちできません。株の一番下は“樹”の状態。

係のおじさまの大きな植木バサミの威力で、切りだしていただきました。






一緒に行った枝豆女子は、食べる以前にまずはこんな大仕事があるとは思わなかったはずです。

片手に2株ずつ、4株運ぶ、引きずるだけで泣いています。







選果場でしょうか?この広い屋根付きの施設があったから、よかった!

ずぶぬれになりながらも、運び抜いた黒豆枝豆を参加者がてんでに“選果”?しています。

とてもそのまま車でなど運べません。葉を落とし、いらない枝を切り、整えて。ほとんどの人は、豆のさやだけにして持ち帰ります。

黒豆がそもそも大株なのでしょうか?鞆渕の黒豆が他より秀でて大株なのでしょうか?

とにかく今まで私が知っていた枝豆の状態とは、けた外れに違います。細い枝に数粒豆が付き、枝豆としてお料理やさんで出てくる華奢な物とは大違い。

株の一番下は何しろ直径3センチくらいもあるのですから。

ハサミで整えますが、手を突き刺すほどに豆のさやが元気、がんこ黒豆です。

ハサミを持つ手の横に見えるのが主幹、ゴボウのような太さですね。







小学生の女の子が、早くも枝豆サンタクロースのように担いで帰ろうとしています。

家族4人での人海戦術、何年も通っているようで手慣れたもの。「今夜は枝豆パーティー!」だそうです。






この黒豆の枝豆は特別に大きく立派で、高級かつ美味しいものですが、普通の枝豆も皆の口に入るまでは、株を抜き、葉や枝をとり、豆だけ外す手作業があるのでしょう。

一度これを経験すれば、飲み屋さんで頼む冷凍枝豆ですら愛おしくなってきます。





きゃ〜きゃ〜騒ぐ、観光気分の黒豆オーナーたちの横では、ベルトコンベアが動き、黙々と黒豆枝豆の出荷作業です。

あ、さやが一つ一つ流れている。誰かが、一つ一つに切っていると思うと、ありがとうと感謝したくなりました。




ずっしりと重い黒豆枝豆を下げて、雨の上がった道を帰ります。次回は、いよいよ黒豆として使う豆を本格的に収穫し、干す作業とか。

今年のお正月は、私の黒豆の煮豆が輝くことにになるでしょう。

疲れた身体に、この枝豆で飲むお酒の美味しいこと。黒豆ですから皮は紫色がかっているのですが、なかからは緑の身が出てきます。

ころりと大粒。二粒くらいで、お酒がぐびっと飲める。深い風味と、こくのある旨み、甘み。

ああ〜、来年もオーナーになろう・・・っと。


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ゆとりある記 案山子 2017/10/02 2:43 pm

案山子というと、ユーモラスでもあり、多少もの悲しさも感じる印象でした。それが最近、案山子はめっぽう明るい観光資源になっています。

奈良県明日香村に先日うかがうと、70体の案山子の人気投票イベントが。観光客が棚田に行列で撮影会です。こうした話題は、各地に増えています。

そのうち子どもたちは、案山子の本来の役割などわからなくなっていくのでしょうね。
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文部省唱歌の「案山子 かかし」の歌詞を思い出すと、「山田のなかの一本足の案山子〜♪」です。そもそも「山田」というのが分かるでしょうか?身近にそんな田んぼがあるでしょうか?

ここ稲渕地区には立派な棚田がありますが、案山子はバラエティに富んでいました。


案山子をめがけての観光客が続々とです。

案山子で人口が増えて、さらに来訪者で増える。案山子効果ですね。しかもコンテストなんて、訪れた方も楽しいです。







彼岸花が咲く田んぼに案山子。何もすごい観光資源がなくとも、これだけで十分人がやってきます。









ここの案山子はもう20年以上やっているとのこと、知っている人は知っている。

彼岸花もちゃんと花がみえるように、花が出てくる前に地元の方々が草刈りをしているのだそうです。






ここの案山子の特色は、個人や団体で作り、参加できること。いろいろなアイディア案山子が人目を引きます。









こんな案山子、素敵ですね。

さだまさしさんの「案山子」という曲でも、案山子はとっても寂しそうなのですが、もう、こうなると案山子はスター、アイドルになってきます。






わあ〜これは!飛鳥時代のコスチュームです。案山子の域を超えている。










アメリカからの視察団が作った中のひとつ。おなかの大きい案山子さん。

妊産婦案山子なんて初めて見ました。皆さんがおなかをさすっていきます。







棚田のオーナー制度に参加したいる人は、必ず案山子作りをするとか。

説明のコメントが泣かせます。







時代とともに、いろいろな物の役割が変わっていきます。

昔は、カラスやスズメを追い払い、田んぼに寄せ付けないように立っていた案山子は、今や「おいでおいでと笑顔」。

そういう意味では、いい時代になったのかもしれません。


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ゆとりある記 新しく見る 2017/08/28 12:17 pm

岡山県新見市へ行ってきました。古い町並みや建物、路地が残るいい街です。

昔の食器、料亭の造りなどを解説していただきながら見学すると、そのデザインや機能、昔の人の遊び心などに驚きます。

今の時代こういうことが必要なのでは?古さの中に新しい暮らし方を発見できた思いでした。

“新見”とは、新しい見方ができるところ、新しさを見出せるところ、ということなのですね。

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新見は江戸・元禄時代につくられた町。今は人口3万人。ピオーネや千屋牛でも知られています。また、石灰の産地でも。

出かける前に送られてきたのは「にいみ世間遺産まち歩き」のマップ。

“世間遺産”?と首をひねりながら見ると、2軒の家に挟まれた小さな倉庫「サンドイッチハウス」とか、屋根の上に植木鉢がずらりと並んだ印鑑屋さんの「空中庭園」、本やラケットのモチーフで作られた「手すり看板」、「手描きのなまこ壁」なんて、とにかくクスッと笑いたくなる身近な遺産が網羅されています。


要は、古いものなどを面白い、いいなあ、という視点で見る土地なのだと理解しました。

昔の中心街・御殿町に行くと、いよいよ景色は昔のまちミュージアム風になります。






なかに入ると、室内に水路が流れている。冷気が通ります。

今、こんな工夫のある家を建てたら、どんなに素敵でしょう。水音と、共に暮らせる。これこそ潤いのある暮らしです。





昭和30年くらいまで料亭だったという「松葉」に案内されました。










わあ、、この路地がたまらない。都会のレストランひしめくファッションビルの入り口には、こんな風情はありません。










入口の飾りガラス。お客様や芸妓さんなど、キラキラ輝きながら迎えてきたのでしょう。

職人さんの丁寧な仕事でどこまでも整えられていて、わが身を技で包まれていく印象です。






足元の曇りガラスに松の柄。粋ですね。

こういうことが分かる、大人たちの世界だったわけです。今どきのおじさん達に、この粋が分かるのでしょうか?ただ酔っぱらて、このガラスを割りそうですね。




使われていた食器。氷の水を切れるようになっている刺身皿。

こんな機能的でいい感じの食器が、ずらりと残っています。








可愛い徳利。こういうのでお酌をし、盃洗を使い、返杯を。ああ、そういうちゃんとした宴会をしてみたい。

「まず、生〜!」と叫び。その後、ギンギンに冷えた焼酎サワー。枝豆の皮を飛ばしながら、大騒ぎ。しかも一皿300円のつまみの店を探して、男女がきっちり割りカンで。

ドライな暮らしもいいですが、我々はもう少ししっとりしなくてはいけませんね。

箸置きも、お猪口もたくさん展示されていて、これらを使って大人の宴をしたくなります。

というか、そういう時間の過ごし方のお稽古をしなくては・・・なのです。

百円均一の食器を使い、量販店の家具に囲まれ、発泡酒を飲み、ゲームをしながらゴロゴロしている。そんな暮らしが、はたして進んだ文化・文明なのでしょうか。


究極はこれ、「携帯燗風呂」。銅製の携帯お燗装置。左に小さな火種を入れて、右にはお酒を。

左右を繋ぐ部分から左側は二重構造になっていて、注ぐときにはお燗ができているという仕組み。

これを持って花見や野遊びに。そして俳句でもひとつ。そして誰かが都都逸などうなりだす。それぞれが芸を持っていて、座を盛り上げる。広げたゴザの上で、卵焼きや蒲鉾など食べながら

今の、やたら真黒に焦げた肉をほおばる屋外のバーベキューなるものと、質が違います。


昔の道具たちは、「あなたたちはこういう豊かさを捨ててしまったでしょう!」という言葉を突き付けます。

「これからも、そんな暮らしをしてていいのですか。みんなが下を向いてスマホばかり見ていて、それで未来は築けるのですか?」と問いかけます。

昔戻りが正解とは言いませんが、そこに発見する知らない文化、ある意味新しいと受け止められる価値観を、私たちは素直に受け止めるべきでしょう




昼食に「タカキビ」のお餅が入ったけんちん汁をいただきました。珍しい赤紫の色、風味ある穏やかな旨みです。

古いけれども新しい、それを発見した新見。このキビ粉でニョッキ風の料理を作りましょうか。

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ゆとりある記 高校生頑張る 2017/07/31 3:38 pm

各地で高校生が、地域おこしに頑張る姿を見かけます。私が滞在する紀の川市粉河、ここの築100年の「山崎邸」という文化財住宅をのぞくと、粉河高校のグループが夏のイベントに取り組んでいました。

地元特産のフルーツピザを焼いたり、スイカと桃のスムージーを売ったり。館内各部屋に紀の川市クイズを仕込んだり。炎天下で経験したこの日のことは、郷土愛と自信につながることでしょう。
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山崎邸は1917(大正6年)に棟上げされた近代和風建築。綿織物で成功した山崎家の建物でした。いまは、地域おこし拠点として使われ、普段は「創 ハジメカフェ 」という名の古民家カフェになっています。






この催しは〜紀の川市のフルーツを使ったフルーツの祭典〜「KOKO夏まつり」という催し。名前は大きく出ましたね!実際はかわいらしい、催しです。

粉河高校の「KOKO塾」という名の、地域おこしなどに熱心な高校生・大学生・教員で構成されるグループが企画運営。(一社)紀の川フルーツ・ツーリズムも応援しています。

地元「粉河祭り」に、自らの手で賑わいおこしを、という思いだったのでしょう。





フルーツ一杯のピザ。一切れ100円。果物の甘酸っぱさと、チーズの味がいい感じです。










子どもたちのお小遣いで買える値段。おままごとではなく、ちゃんと高校生のお姉さん、お兄さんから食券で買う楽しさ。あちこちに子ども連れが遊びに来ていました。








売るメニューを高校生たちは試作を重ねたようです。その中でも、これは私の味覚と心を鷲づかみしました。

桃は紀の川市の夏の顔、そして実はスイカもたくさん作られています。





このスイカと桃の合わせ技には感動しました。とかく甘ったるくなるスムージーですが、さらりとさわやかに出来上がっています。

なにより色がチャーミング!これ紀の川市の名物になりますよ〜。






100年もの歴史のある建物でいただく、高校生発案のフルーツピザとスムージー。

しっとりとした畳の部屋で味わう、なかなか他にない雰囲気です。

同行の小学生の女の子が思わず言いました。「このスムージー、ママに持って行ってあげたい」



食べ物だけではありません。広いお屋敷のあちこちにクイズが貼ってあります。

このクイズをするために、お屋敷を隅々巡ることになります。







「たま駅長の居る貴志川線を走るフルーツの名の電車は?」
「イチゴ電車!」子どもたちは即答。













クイズが当たればくじ引きが。

高校生のお兄さんたちが採点し、かつ盛り上げてくれます。「ヨーヨー釣りが当たりました〜」








豪邸のお庭に、こんな風鈴も。












庭園にビニールプール。お姉さんたちのアドバイスのもと、チビちゃんが風船ヨーヨー釣りです。










しかし、暑い!お客さんは楽しんで帰りますが、企画した高校生たちは居なくてはならない。撤収までが地域おこし。

企画した時は涼しい教室で考えていたかも。この暑さは計算していたでしょうか?

でもそこはやはり若さですね。声を出したり笑ったり、暑いなりに楽しんで・・。

歴史ある古い豪邸に、若い新しい風の吹いた日。なんだか山崎邸が喜んでいるようでした。

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ゆとりある記 蛍もとめて 2017/06/19 1:51 pm

紀の川市鞆渕へ蛍を見に行きました。小さな山里の、清流から自然に蛍が湧いています。

街路灯もない闇の中、蛍求めて足元おぼつかなく歩きました。星空が、黒々と山の輪郭を描きだし、カエルの声がやけに大きく響きます。

栗の花や草の匂いも強く香ります。そんななか、フッと飛ぶ蛍の明るさの尊いこと。

蛍を求めて歩くうち、都会で忘れていたことをたくさん発見できました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



市役所のある場所から車で40分くらいで鞆渕(ともぶち)。ここの黒豆は、市内でも引っ張りだこの品質。そんなに採れないため、外には出ない逸品です。

黒豆は知っていましたが、蛍も。というわけで、連れて行っていただきました。そうとう山の中に入った感じでしたが、中学校・小学校があり、この時期は蛍を見に来た人の駐車場になっています。

車を出るとひんやり肌寒い、やはり山に登っているのですね。商店街や賑わいなどはない、こじんまりした集落に手作りの看板が立っていました。

この辺りから既に暗いので、知人に携帯で看板を照らしてもらいます。手づくり看板にほのぼのと語られれば、蛍を捕るような気にはなりません。

さらにまた手作り看板。ここを流れる鶴姫川の3つの蛍スポットが、いま蛍がどんな状態なのかわかるようになっています。

「ぼちぼち」「まあまあ」「どっさり」マークの数で状態が分かる仕組み。観光地ではないので、マップが配られたりアナウンスがあるわけでもありません。

この看板・印を頼りに、夜の集落に静かにお邪魔する感じです。

歩き出すとじきに「まあまあ」のスポット。小さな橋の上になりました。三脚を据えて写真を撮ろうとする人、スマホで追いかける人、歓声をあげる人、といっても10人くらいでしょうか。

私のiPadでは到底ダメで、早くも写真に収めるのはあきらめました。

知人が「目に焼き付けてくださいね」と宣います。なるほど、常々、すぐに写真に撮ろうとしすぎますよね。撮れないことが幸いし、丁寧に蛍を観察できました。


川はほんの小さな流れ、橋といっても一間ほど。流れに沿って道が続き、両側には山が迫ります。

少しの平地に家が数軒ずつ。ずっと昔から変わらないような山里なのでしょう。とはいえ、もう真っ暗で、推測の範囲ではあるのですが。

その流れの草むらから、ぽわりぽわりと蛍たち。ゆっくり瞬きながら、飛んでいます。「まあまあ」の量が、なんとなくい感じ。

きれいです。

そこに、橋の近くのお家から、おばあちゃんが息子さんと現れました。93歳、「さっきまで寝ていたけど、息子に起こされて見に来た」のだそうです。

息子さんいわく「ばあさんは蛍より、人を観にくるんだよな」

なるほど、めったに他所の人が来ない里ですから、蛍が湧くとやってくる、人の方がおばあちゃんには珍しく、うれしいのでしょう。

おばあちゃんはニコニコしながら、私たちを見物し「どこから?初めて?また明日おいで」などと話してくれます。

「もう少しすると、あの山へ蛍は帰る」とおばあちゃんが教えてくれた黒い杉木立、蛍のねぐらなのでしょうか。

蛍がねぐらに帰る前に、もう少し奥の蛍スポットまでと、闇の道をゆるゆる登ります。強い栗の花の匂いがしました。椎の木かもしれません、この時期特有の山の香りですね。

水の音の方からは、甘い水の匂いがしてきます。こっちの水は甘いぞ、って本当にあるのかも。

歩くほどに暗くなり、前を行く知人のワイシャツの白色についていくばかり。すると水辺の方から「は〜い、こっちだよ〜」とばかりに、一匹の蛍が飛んで、道を照らしてくれます。

もちろん一匹くらいで道は見えないのですが、そんな気になる強い灯りです。

小さな田んぼが現れました。星空が作り出す、山の黒いギザギザの稜線が、そのまま田植え後の水面に映ります。黒い鏡に黒い山が映り込む美しさ。

ああ、その上をまたふわ〜っと蛍が飛んでいく。私は今、なんて素敵な場所に居るのだろう!身体のなかの悪いものが、抜けていくような思いです。

ガッツ♪ガッツ♪ガッツ♪ガッツ♪ そんな私をしかりつけるように、大きな声でカエルが鳴きます。確かに、こんな闇の中に居ると、何とも情けなく力のない自分がしっかり見えてきます。いつも、偉そうにしているのに。

それと同時に、妙に落ち着いて腹が座ったようになるのは闇に包まれて、怖いを通り越した安心感でしょうか。

昔、夢中で読んだ梶井基次郎の『闇の絵巻』という短編を思い出しました。





この地に住むお知り合いのおうちに寄りました。「よう、よう、来てくれた〜!」急に明るくにぎやかになります。

土日はけっこう人が来るので、地元の方はこういうジャンパーを着て“ホタルボランティア”として、車を誘導するそうです。

ジャンパーの蛍の絵は印刷ではありません、これも手描きです。





川が近いので湿気があがらないように床が高い家。来客は土間で。蛍の時期でもストーブと炬燵は離せないとか。

温かいコーヒーをいただいて少しおしゃべりしていると、柱時計がボーンと鳴りました。

ここの奥様が煮てくださった鞆渕の黒豆は、今年のお正月、我が家のお節料理の華でした。

あんまりきれいなので写真を撮ったものです。こんないい山里で、こんないい人たちに育てられ、水音と柱時計の音を聞きながら沸々と煮えた黒豆です。美味しいはずですね。

考えるに、黒豆は鞆渕の冬蛍なのかもしれません。

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写真でみるゆとりある記

鳥羽市神島で
川上村「朝日館」
橿原市耳成駅近くで
出雲市平田町で木綿街道と一式飾り

連絡先

野口 智子 のぐち ともこ
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局
ゆとり研究所

TEL 090-7433−1741
E-Mail yutori@noguchi-tomoko.com

NPOスローライフ・ジャパン
〒160-0002 東京都新宿区四谷坂町9−4 リカビル301
TEL 03-5312-4141 FAX 03-5312-4554
E-Mail slowlifej@nifty.com


略歴

<野口智子(のぐちともこ)>
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局長
千葉市生まれ。東京でコピーライター、プランナーを経験。1977年静岡県に移り企画・編集プロダクション設立。
1992年ゆとり研究所を開きコンサルタント業務を開始。
ライフスタイルの提案、「一店逸品運動」による商店街の活性化、時間消費型観光おこし、人材育成などの分野で活動。
2000年からスローライフ運動を開始、2003年スローライフ・ジャパンを設立、現在、事務局長・副理事長。
2006年から活動拠点と自宅を東京へ。現在はスローツーリズムの提案、商品開発、地域観光の育成、都市と田舎の交流、移住・定住プロジェクト、“食”をテーマにしたまちおこし、などに力を入れている。住民参加の独自の楽しいワークショップが得意。
現在、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域再生マネージャー(ふるさと財団)、国土審議会半島振興部会委員。