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ゆとりある記 千々石休み15「心に咲く花」 2008/10/03 9:28 pm




















さて、夏の終わりに行った千々石話をポツラポツラ書いているうちに、もはやすっかり秋も深まってしまいました。夫は千々石で撮った写真も入れ込んで、9月25日から銀座のキャノンギャラリーで写真展を開催。

そして、一昨日、次の開催地仙台へ、千々石の、あの墓の写真、棚田の写真、地蔵祭りやゴーヤの写真、みんな荷造りされて出発しました。いってらっしゃ〜い、千々石を宣伝してね〜。

千々石休みの醍醐味は、自分をもてなす力を取り戻すことにあると思います。都会暮らしでは、わが身わが心を取り持ち癒すのは、金銭を代償に行われることがほとんどです。カフェで一杯、映画やエステ、いずれも「お金を払うから私を楽しませてちょうだい!」というのが底辺にあります。しかもそれは、企業化されています。



そのつもりで千々石に行っても、何も楽しくありません。ディズニーランドのように、ミッキーマウスが寄ってきて笑わしてくれたり、乗りものが宙返りしてスカッさせてもくれません。田舎の普通の暮らしが、ただあるだけです。



でも、「訪ねる」から、「居る」に気持ちが変わった頃には、そこらに咲く花や、マンホールのふたや、海の夕日、なんでもないことごとがディズニーランドの装置よりずっと素晴らしく思えてきます。これが千々石力なのでしょう。



パンを焼こうとしたのに膨らまずにスイトン状のものになっても、それはそれでおもしろい。棚田のお米を湧き水で炊いてうまくいったら、それはそれはおもしろい。小さなことを大きく喜ぶ技を、この土地は教えてくれるようです。



いよいよ帰る日の朝、掃除が終わると夫は「竹添ハウス」の庭に種を蒔きました。あの棚田の横にたくさん咲いていた百日草の種を、暇な私がビニール一杯採ってきたのです。

種まき中の夫の姿は、まるで一人で踊っているように見えます。あんな蒔き方では、おそらく来年の春、一本の百日草も生えては来ないでしょう。

でも、これで東京に帰っても、私たちに千々石の時間は浸み込み、自分の力で楽しくなる技はスクスク育っていくはずです。のびやかに咲き続けるために、栄養が足りなくなったらまたくればいい、行けばいい。狭い日本だもの、10時間の移動なんてたいしたことありません。おわり。


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ゆとりある記 千々石休み14「竹添三種神器」 2008/10/01 10:06 pm





















今回の長崎県雲仙市千々石(ちぢわ)、「竹添ハウス」滞在で心から評価した、竹添え3種の神器があります。
ひと〜つ。ローディーさん、松本由利さんのパートナー。この写真では左から二人目、とってもいい笑顔の人。この方の近くにいると、なんだか通常受ける大人の男といる緊張感というのを感じません。むしろ、すごく知性のある癒し系の大型動物といるような、安心感があります。(こ、これはほめことばですぞ)

で、単身お住まいの福岡から週末に戻り、何かしら「竹添ハウス」の土木・建築工事に従事し、また日曜夕方には旅立たれます。ローディーがくるたびに、敷居がはまったり、建具がついたり、古い壁が取り壊されたり、床が張られたり。今度はピザ用の石窯も造るとのこと。もともと一級建築士で優秀な賞もお取りの方、それでもこうした現場の細かい作業がことのほか上手でお好きです。この方あってこそ、ボロンボロンだったこの屋敷が快適に泊まれるようになったわけです。由利さんいわく「渡り職人みたい・・」



ふた〜つ。エスプレッソコーヒー、正確にはエスプレッソマシーンということになるか。朝起きて、昼寝のあとに、一杯飲んでからのミーティングに、とにかくこのコーヒーがここのアクセントになっています。棚田を眺めながら、香り高いコーヒーが飲めるのは贅沢でしょう!

コーヒーに慣れていると、いわゆる田舎で不自由するのが喫茶店です。で、今回も千々石に着いたとたん小さいインスタントコーヒー瓶を買ったのですが、もちろん出番ないまま帰りの荷物となりました。そのまま我が家の非常持ち出し品入り。いざ、というとき、私たち夫婦は千々石で買ったコーヒーを飲むことになります。



みっつ〜。竹蔵、竹ちゃん、たけ〜、などと呼ばれるオスのちび猫。私たちはどちらかというと、イヌ派。ネコなど、普段かまうことはありません。それがこのネコにはまいりました。テレビもパソコンもない「竹添ハウス」で、本を見るのに飽きたなら、この子をかまえばいい。

というより、遊ぼう遊ぼうと手を出してきます。特に夫は竹さまに気に入っていただけたようで、遠くから突進してきて足に駆け上がられてリ、ひざで爪を研がれたり。「こいつ〜」などと怒鳴りながらも、夜中にトイレに行くときは「竹ちゃん、一緒にいこう」などと甘えていました。慣れないところで知らない人たちが集うときも、こういうなごみツールがあると、場が持つものです。ね、竹ちゃ〜ん。

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ゆとりある記 千々石休み13「棚田です」 2008/09/28 8:17 pm



棚田へ行こう!と夕方近くに出かけました。「ちぢわもん」という名の、地元の農産物や加工品を売っている店に寄ると、ここに来ていたおじさんが「案内してやる」と車に乗り込みました。由利さんはちょっと道を聞いただけなのですが、おじさんは棚田が自慢でしょうがないようで、棚田語りをしながら道案内です。

「千々石の人は、浜の石を一つずつ運んで積み上げて、これだけの棚田を造ったんだからね・・・」「この細長い田は120メートルあるよ」「ほら、この辺りから見てごらん、すごいよ〜」おじさんが自慢するのも十分納得できる風景です。

一通り説明を受けた後、車には帰っていただき夫と私で棚田時間を過ごしました。この棚田を前には声も出ません、ただ惚れ惚れするだけです。お米を作るための装置なのではありますが、計算し尽した庭園のようでもあります。



足元には緑の波に飲み込まれそうな集落、向こうにはきらめく海。日が動くとその緑の田が、少しずつ色を変えていきます。金色に輝きながら動き回るのはおびただしい数のトンボ、写真でちゃんと撮れたでしょうか。墓場での撮影と同様、夫はここから動きません。

で、私はまた“のんびり”をします。棚田の脇の農道にゴロン!夕方でもう涼しいのですが、コンクリに残る熱が背中の汗を乾かします。坂に寝転がって見る棚田、チョロチョロと耳元に水路の音。時々、海のほうから風が吹き、稲の1本1本をお辞儀させながら私のところに届きます。なんてきれい、なんてきもちいい。この風に吹かれるために、私たちは東京からやってきたのでしょう。








棚田から降りて、帰る田んぼ道。バックを振りながら歩く私の影が稲に伸びます。はるか向こうにはこの前ドライブした山、そして雲。またくるからね、来させてね〜と呼びかけました。

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ゆとりある記 千々石休み12「地蔵まつり」 2008/09/22 10:27 pm



朝起きると「竹添えハウス」の玄関にカニがいます。ここんところ毎晩続く夜の大雨に、避難してうちに入ってきたのでしょうか?カニがいいます。「ねえ、今日は何するのカニ〜」「うん、何するカニ〜」

朝ごはんを食べると、やっぱり本日もまたフラフラとお散歩にでました。豆腐屋のおばさんがなにやら外に出て、首をかしげています。見ているのはお地蔵さん。ブドウやご飯を飾って、にぎにぎしいです。

「今年はね、このくらいにしたの。朝支度したの、みんなあとで一杯だから」私たちが知ってて当然のように説明してくれるのですが、内容が特殊なことだし、地元のことばだし、う〜ん、わからん!



もう一ヶ所のお地蔵さんは、赤と青の幟で飾られています。もう少し行くと、青いよだれかけの地蔵。海のほうに行くと、おお、今度はお地蔵さんが3人?3体も家の縁側に並んでいます。ここでもおばさんが興奮気味に語るのですが、わ、わからん!

しかし、私と夫と理解できた部分を寄せ合うと、どうもこういうことらしい。今日は年に一度の「地蔵まつり」で、地蔵を常々管理しているうちは地蔵を洗い、家の中に運び、ねんごろにもてなすのだそうです。地蔵は清水の流れる要所要所にあって、川を守っています。地区の人総出で掃除もするらしい。固定されている地蔵は、その場で飾り立てられるとのことです。



夕方になると、地域の子供たちが地蔵さんにおまいりに来て、子供にはお菓子を配るそうです。昔は子供が多かったけれど、今はお参りに来る子もチラホラ。お賽銭を届ける親も減った、とのこと。

ここのおばさんは、子供用の甚平をほどいて作ったよだれかけが自慢「花火の柄がいいでしょう」。聞けば、ここの息子さんは今「地蔵さんの頭に金色の輪を描いてあげるため、マジックを買いにいっている」とのこと。「嫁さんは、地蔵さんに供えるごちそうを買いにいっている」とのこと。

もはやお酒やスイカはあるのですが、もっとのせるのでしょう。また、おそらく黒と赤のマジックはあったのでしょう、地蔵さんの顔にはくっきりと描いた目鼻口があります。そのうち息子さんもお帰り。地蔵の顔をほめると、「子供の頃から、絵はいつもいい点数とってたね」とのこと。

この地区の地蔵は、海に面した河口が常の場所。「ここまで運ぶのに私が大変だから、『地蔵さん軽くなってください』って頼むと軽くなってくれる」と、おばさん。持たせてもらうと、頼むのがわかるくらい確かに重かったです。



あっちこっちの地区でこんなことが行われているようで、お地蔵さんの祠はどこも留守。ちゃっかり座敷に何人かで並んでいて、米やら、餅やら、塩やら供えられています。お地蔵さんが寄り合ってお酒に囲まれている一方で、あちこちの集会所では祭りの準備のなおらい。昼から、大騒ぎの酒盛りが始まっているのでした。

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ゆとりある記 千々石休み11「ドライブへ」 2008/09/21 4:43 pm



熱血ヤシマ君と、由利さん、ローディー、みーちゃん、私、夫と、この日はドライブです。千々石の斜面はすべて棚田、山にどんどん入り上っていくと棚田眺望台のようなのがあって緑の段々が見下ろせます。

よそ者にはただ「わ〜きれい!」だけのことばになってしまいます。この棚田を作り維持してきた人々の苦労と年月など、簡単に語れませんしわかるはずもありません。ありがたく拝ませていただくのが精一杯です。



ヤシマ君が解説してくれます、「水をね、こうしてトタンで温めるわけ」。なるほど、水はザクザク湧くのですがそれは稲の生育には冷たすぎ。で、わざわざ田んぼの周りにトタンを立てて、太陽熱を水に伝えるわけです。手を入れると、確かに直接の水よりトタン近くは温かい。例えばこんな工夫苦労の積み重ねで、ようやくお米がとれるというわけです。

もっともっと山に入り、ヤマメを食べようということになりました。豊富な水でヤマメを養殖し、食べさせてくれるところがあります。ヤマメのお刺身、塩焼き、唐揚げ、おにぎり、流しソーメンなどが揃っています。雨模様でかなり涼しい日、横は清流でしぶきがかかるくらい。かんかん照りの暑い日に来たらどんなに良かろうという場所です。



でも、おにぎりは棚田米でウマイ!ヤマメもウマイ!クルクル円形の水路を回る流しそうめんもウマイ!この装置は、確かかつて鹿児島県指宿市のこの装置発祥地というところで見たものです。水がおいしいので、ソーメンのツユがいらないくらい。

ここのヤマメの唐揚げと、ヤシマ君がなんとなくその“熱血漢的お顔”において、似ているなあと思いながら涼しすぎるおいしい昼食を終えました。





さて、今回私たちは千々石夏休みに際し、松本由利さんに「くれぐれも案内無用」と頼みました。気まぐれな夫婦です、墓場で気に入ったら2時間もいる。もしご案内の方がいたら、ご迷惑だし、こちらも気を使うし。ということだったのですが、やはりこういうところには車で連れてきていただいて、ご案内いただくしかありません。この日、私たちは結局ヤシマ君の熱心ご案内コースに身を預け、充実した時を過ごしたのでした。頑固に断らず、身を任すこと大事です。ヤシマ君ありがとう、一方、蜂に刺された由利さんかわいそう。

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ゆとりある記 千々石休み10「かわいい小浜」 2008/09/19 9:57 pm

千々石にいるなら、お隣の温泉「小浜(おばま)」へ行かなくては。嵐になりそうな気配はあったのですが、出かけました。行きは由利さんが、通称「緑のトンネル」をくぐりながら車で送ってくれました。もともと小浜へは電車が通っていたそうで、その線路あとが道になり、線路を囲んでいた緑がトンネルのようになっているのです。





千々石が健全なのんびり聖地であるならば、小浜は不良ぶってる田舎者プチ温泉街です。洗練や繁華街という世界はない、ひなびた小熱海のよう。まずは温泉やぐらの下の足湯に入りました。百円です。私の足の向こうに見えるは、ヤシマクンが届けてくれたシソジュースを、凍らせて持ってきたもの。汗をかきかき飲むと、おいしいおいしい。



資料館があっていろいろ重要なものものや、小浜温泉を開発した人の偉業についてとか展示されているのですが、妙に気になったのが湯浴み裸婦像。後ろに展示されている内掛けと、マッチして。昔の由美かおる?のような、ドキッとする笑えるミニグラマーです。





小浜も湧き水のまち、そして温泉も湧くまち。子供たちの描いたマップや解説がまたかわいい!きれい過ぎる案内版より、こういうのがいいなあ。そしてこの日一番の、かわいいはこれ。ゴミバケツを置いてあるそのカバーのような小屋の扉止め。タコとイワシは飾りではなく、ちゃんと機能しているのでした。



小浜は今、チャンポンで町おこしの動きもあります。もともと日本そば屋でも、喫茶でも、当たり前にチャンポンを出していたのですが、それをもっとクローズアップしようとチャンポンマップもできました。この日食べたのは「蛇の目」というお寿司屋さんのチャンポン。一口サイズの稲荷も頼んだら、もう、まんぷくぷく。暴風雨となった中、ご機嫌で帰ってきました。

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ゆとりある記 千々石休み9「見晴らし墓」 2008/09/18 10:04 pm

夕方散歩中、夫が「おい、あんなとこに墓があるよ」と指差します。バス通りの海側、棚田の上。「行ってみよう!」なのですがどこから行くのかわかりません。バスから降りたおばちゃんに聞くと、「私のうちはあっちだから」と連れて行ってくれようとします。でも両手に大荷物、この分だとお墓まで行ってくれそうでわるいので、「あ、行き方わかりました」とわかったふりをしました。で、なおも上り口を捜します。




直線で進むうちに、製材所に来ました。ここから見上げると、墓にはまっすぐです。「畑の中を行けばいけないこともないけど、車でぐるっと回ったほうが」とおじさんが心配してくれます。もう夫は、畑のふちを歩き始めました。道なきところを墓へ、墓へ。背中を、製材所のおじさんが見つめているのが分かります。(製材所からのこの写真は、たまたまこの冬に撮っていたスナップです)

マムシに出くわすこともなく、やっとこ墓場に着きました。山の上、見晴らし満点の墓地です。こんなに高いところまで来ても、水路があり、どこからかの水が流れています。普通なら眺望満点のホテルや、別荘が建ちそうな場所。しかも一番高いところの墓、てっぺんまで行くと驚きました、墓石のほとんどは海に向いています。



その様子はリゾートに来た人たちが、夕日の沈む海を群れだって眺めているようです。海風が涼しい、だ〜れもいない。でもなんだかとってもにぎやかな、怖さのない明るい墓地。




すこしくぐもった夕日が、わりあいのんびり落ちていきます。あらまあ、つるつるした墓石のおでこにピカッ!夕日か映っています。日の丸のハチマキをしたようでもあり、インドの女性のおでこの赤い飾りのようでもあり。冬場は墓石のおでこは夕日の移動とともに、順番に温かくなるのでしょう。夫は、明るさがいい感じになるまでジッとカメラを構えて待っていました。


写真を撮り終えて、ぼちぼち帰ろうと坂を下って行くと、製材所のおじさんが夕飯前のウォーキングのようです。「2時間もずっと居たんだ、この2人・・・」とは言いませんでしたが、ただただ笑っておいででした。

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ゆとりある記 千々石休み8「極上の昼寝」 2008/09/14 9:07 pm



散歩から戻って、昨晩の馬場さん差し入れの料理の残りを食べて、お昼寝です。実は、こういう畳の部屋で昼寝をするのが夢でした。ガラス戸をあけ放って、入ってくる風とセミの声が子守唄。マットレスに転がったとたん、とろけるように眠ります。

2時間ぐらい寝たのでしょうか、庭の向こうの道を何か笑いながら歩く子供の声がします。夫はまだバク睡中。起き上がって外の田んぼの緑を見ていたら「そうだスイカだ」と思いつきました。昨日誰かが用意してくれた、小ぶりのスイカが冷えているのです。縁側に用意しました。



シャクリ!とカブリついて、種を庭に「フッ、フッ」。縁側でぶらぶらさせている私の足の甲に種がのったりして、それをまた足を振って落としたり。昼寝のあとの“おめざ”のスイカ。子供の頃のままの、この一連のコースをしたかったのです。

廊下の板の上に、スイカの汁がぼとぼと落ちる。ほきたした種にすぐ、蟻んこがたかる。その蟻んこに向けてまた種を飛ばす。ああおもしろい、ああ懐かしい。起きてきた夫も「フッ、フッ」。

昼寝とスイカで元気復活です。「まだおやつはいるね」「うん」、サンダルをつっかけて出かけたのがトコロテン屋さん。正確にいえばトコロテンとラムネ屋。湧き水のある横の小屋のような店が、夏場だけ店になります。



湧き水でこしらえたトコロテンを、湧き水で冷やします。作業場を見れば昔ながらの道具、天草を煮て、ハンドルを回す搾り機でこして、木の枠に流しています。おいしくないわけがありません。

辛子でなくもちろん柚子コショウ、暴れるほどコシのあるトコロテンにはちゃんと海草の味があります。夫の飲むラムネのビー玉が、いい音を立てました。

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ゆとりある記 千々石休み7「水と一緒」 2008/09/13 8:57 pm

千々石のまちをぶらぶらしていると、いつも水と一緒です
。道沿いに流れる細い水路には、もったいないくらい水が
流れています。ところどころには水の湧いているところも
あって、近所の人が使っています。




その湧き水を使いやすいようにパイプから出していると水場も。、都会では「水出しっぱなし、だれ〜?!」とおこられるでしょう。出っ放しですから、そもそも蛇口の栓などもないのです。ガブガブ飲んだ夫は「うま〜い!」のひとこと。

ぶらりと歩き続け港まで行き、由利さんにもらったお菓子でおやつ。ここはジャガイモの産地でもあり、そのジャガイモを使ったパイのようなお菓子の試作品。まちのお菓子やさんが作り始めているのです。




大きなオンコの木の下で、切り株によっかかってパクリ、ちょっと甘いですが、ジャガイモの風味がします。目の前の海が青い青い。飲み物はもちろんペットボトルに入れた湧き水。「こりゃ最高の喫茶店だね」とつい2人で納得。

おや、近くの水路で坊やが釣りに夢中。「何釣ってるの?」「ドンコ」「食べるの?」「釣るだけ」この坊やの様子を家の前の橋の上で、家族が眺めています。




おじいさん、おかあさん、おねえさん、近所の人?な〜んにもしないで眺めてるだけ、そしてぽっつらしゃべるだけ。きっと冷たい水の流れるその上がちょうど涼しいのでしょう。東南アジアのような雰囲気です。

巻き込まれるようにこっちの歩調もゆっくりになります。湧き水を飲んで、水路をたどって。絶え間なくしている水音が、なんとも贅沢です。

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ゆとりある記 千々石休み6「お散歩学び」 2008/09/09 9:40 pm

私は3〜4回目、夫は初めての千々石です。その名の通り1000×1000どころではない、とにかく石がごろごろしていた土地なのでしょう。遠くにそびえる棚田の段々も、集落の家々の囲いもゴツンゴツンした石ころでできています。




遅い午前中のお散歩、どこに行くわけでもなくうろつき始めました。途中まで由利さんがつき合ってくれます。花だらけのうち、几帳面に鉢植えを手入れしているうち、ソロバン玉のように駐車場に玉ねぎをぶら下げたうち、こういう家の様子を眺めていると暮らしに混ぜていただいているようでうれしいです。

黄色いかわいい花はゴーヤ、おじさんが小さなゴーヤ棚を手入れ中。「かわいい花ですね」と写真を撮ると、おじさんワサワサッと棚をいじり、「はい」と一言添えて4本もゴーヤをくださいました。そのゴーヤが、別のうちでは輪切りにして干してあります。




干しゴーヤは何にするのでしょう。「きれいだ〜」なんて喜んでいると、千々石をこよなく愛する由利さんが「ねえ、いいでしょう〜。このまちいいでしょう〜」ととことん自慢げです。

角の畑で働くおばあちゃん、立ち話が始まりました。よそ者はすぐわかります。東京から来たとわかると、東京北区にいるおばあちゃんの孫の話をひとしきり。東京に帰ったら会ってくれ、ぐらいの勢いで詳しく教えてくださるのですが、まあ、そうもいかず・・・。




おばあちゃんの向こうに繁るのはゴマです。この緑色の膨らんでいるところに実が入っているのだそうで、熟れすぎないうちにとって乾かして中身を出すのだそうです。

畑でのちょっとした生涯学習、ずっと聞いていたくなるのですが何しろ暑い!冷房に慣れた東京者にはジリジリ。すごいなあこの炎天下でクワをふるってしゃべり続ける、う〜ん、千々石のおばあちゃんは元気だわ。

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連絡先

野口 智子 のぐち ともこ
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局
ゆとり研究所

TEL 090-7433−1741
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〒160-0002 東京都新宿区四谷坂町9−4 リカビル301
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略歴

<野口智子(のぐちともこ)>
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局長
千葉市生まれ。東京でコピーライター、プランナーを経験。1977年静岡県に移り企画・編集プロダクション設立。
1992年ゆとり研究所を開きコンサルタント業務を開始。
ライフスタイルの提案、「一店逸品運動」による商店街の活性化、時間消費型観光おこし、人材育成などの分野で活動。
2000年からスローライフ運動を開始、2003年スローライフ・ジャパンを設立、現在、事務局長・副理事長。
2006年から活動拠点と自宅を東京へ。現在はスローツーリズムの提案、商品開発、地域観光の育成、都市と田舎の交流、移住・定住プロジェクト、“食”をテーマにしたまちおこし、などに力を入れている。住民参加の独自の楽しいワークショップが得意。
現在、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域再生マネージャー(ふるさと財団)、国土審議会半島振興部会委員。