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ゆとりある記 「国栖奏」 2017/02/13 12:10 pm

奈良県吉野町南国栖に伝わる「国栖奏(くずそう)」という祭事に参加してきました。

吉野川岸壁に建つ小さな拝殿、わずかな敷地に人が集まり外側からは神事も舞も見えません。

でも、1600年前に発する歌舞だと知ると、雪の中に響く鈴の音が何とも荘厳に思えます。

にわかづくりの観光イベントなどとは無縁に、淡々とこの祭事を伝承している地域、人々に、神々しさを感じました。
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吉野町のホームページには「「国栖奏は、毎年旧正月十四日に、吉野町南国栖の天武天皇を祭る浄見原神社で古式ゆかしく行われます。早朝から精進潔斎をした筋目といわれる家筋の男性、舞翁二人、笛翁四人、鼓翁一人、歌翁五人が神官に導 かれて舞殿に登場し〜略〜」とあります。今年は、2月10日13時から行われたのでした。


雪模様、知人の運転に身を任せ、たどり着いた南国栖・浄見原神社。本当に小さな建物が崖の途中にかろうじてちょこんと建っています。

少し遅れ気味だったので、人の群れに囲まれて、拝殿の様子は見えません。傘やカッパが視界を遮ります。

それでも聞こえる、「国栖の翁〜〜〜♪」という謡や、時々見え隠れする、クリーム色の装束、男性のゆったりとした手の動き、そして鈴の音。

だんだん、心が静まってきます。


ここにいる人たちは、地元の方々?民俗学などを学ぶ人?それとも歴史散策の方々?

いろいろな人たちが、足場の悪い中をびっしょり濡れながら鈴の音を聞いています。

「永遠」という掛け声のようなものが聞こえました。「永遠」と聞こえたのですが、次には「えんえい」と聞こえます。

どうやら「えんえい」が正しい。どんな意味なのでしょう?「三月、えんえい」「四月、えんえい」こうして一年を巡った後は、個人名が読み上げられて同じく「○○○○、えんえい」と繰り返されていきます。

「遠栄」永遠に栄えるという意味なのだろうか???と思っていると、雪の空から光が差しました。

“神っている、そんな場に私、いま立っている!”ここにきて自分が浄化されたようです。


祭事は1時間ほどで終わり、装束の男性は、お供え物や楽器を恭しく掲げ、足元の悪い階段をそろりそろりと降りていきます。

観光イベントではありませんから、メガホン持った人が解説するわけではないし、お客様席があるわけでもない、誘導もない。

見せていただけるだけでありがたいのですから、わかってもわからなくとも、良しとする。この空間に居られたことがうれしいと思えてきます。


人が崖の下に降りて行った後の拝殿、舞殿といった方がいのでしょうか、円座が並びます。

ここで毎年、ずっと同じことが続いているのですね。見物の人が居ようと居まいと、寒かろうと、雨だろうと。

同じことが粛々と。



町が立てた看板にはこんな説明が。
「〜略〜『古事記』『日本書紀』の応神天皇(今から1600年前)の条に、天皇が吉野の宮(宮滝)に来られた時、国栖の人々が来て一夜酒をつくり、歌舞を見せたのが、今に伝わる国栖奏の始まりされています。〜略〜さらに今から1300年ほど昔〜略〜大海人皇子(天武天皇)が挙兵したとき、国栖の人は皇子に味方し略慰めのために一夜酒や腹赤魚(うぐい)を供して歌舞を奏しました。〜略〜」

そしてもう一つの看板には「謡曲 国栖」の説明が。


お供え物には、根芹、ウグイ、栗、一夜酒、赤ガエル(これは陶器製)などが並びます。










これも遥か昔から、同じものをお供えしてきたのでしょう。かつては本当のカエルをお供えしたのでしょうか?









参加者には、地元の方々が用意したお餅が振る舞われました。ありがたい丸餅です。










テントを張って、寒さの中をぜんざいを用意されていたご婦人たち。「ぜんざいが終わってしまって、すみません」と、お餅だけ振る舞ってくださいます。

「こうして漬物を挟んで食べても美味しいよ」地元のお米で搗いたお餅は噛むほどに美味しく、その心づかいに温まりました。



誰かが作った雪だるま、「国栖奏いかがでした?」と見送ってくれます。

若い女の子二人の後ろ姿がありました。地元の子でしょうか?平日だし、大学生でしょうか?

雪道を何か楽しそうに話しながら歩いていきます。

彼女たちの中に「国栖奏」はどのように残ったのでしょう?そしてこの国栖という土地が、どんな存在となったのでしょう?

神々しい時間を共にして、それは忘れられない思い出になったはずです。

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ゆとりある記 「三奇楼」の時間 2017/01/09 1:54 pm

古い建物を改修し、地域おこし拠点やゲストハウスにする動きが盛んです。

奈良県吉野町の三奇楼もそのひとつ。料亭旅館だった建物が感じのいい宿泊施設になっています。

旅館ではないので基本、自分で自分の世話をする。地元の店で買い物し食事を作ったり、布団を敷いたり、片づけたり。

暮らすように泊まる2泊3日は、半住民になったようないい時間でした。
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「三奇楼(さんきろう)」があるのは上市というまち。

この上市が妙に古くて絵になるところだということは、前のブログで書きました。


これです↓
http://noguchi-tomoko.com/modules/yutoriaruki/details.php?blog_id=394



京都から近鉄特急で橿原神宮前まで行き、吉野方面に乗り換えて「大和上市」という駅で下車。

駅から古い街並みをぶらぶら15分も歩けば、三奇楼です。

真っ白い蔵と、アーチ形の門が目印。



昔の絵葉書を見ると、明治のころのこの建物は4階建てだったそうです。

吉野川に面していて、伊勢街道を行く旅人の宿、筏師たちの宿として栄えたとか。

鵜飼見物や宴会や、いろいろに使われていたのでしょう。林業が栄えていたので、まち自体がにぎわっていたのでした。

その後、個人宅として使われていましたが、たまたま雨漏り修理に入った地元の工務店がこの建物に惚れ、買い取ったのだそうです。

そして工務店オーナーが関わる「上市まちづくりの会リターンズ」の企画・運営によりさまざまな改修が進みました。


重い門を押すと、そこには昔の空気が流れています。

梅の木につぼみが膨らみ、玄関にはお正月飾り。ガラガラと引き戸を開けて声をかけると、「は〜い」とここの管理人娘“わたらいちゃん”(と私は呼んでいます)の声がしました。

彼女はもとは吉野町の地域おこし協力隊、今はここに住み込みで“女将”?をしながら、かわいいイラストや文章を書く仕事もしています。


玄関にはあったかな履き心地の良いスリッパ。

「お邪魔します」というより「ただいま〜」の感じ。








共用の台所にはおくどさんが。

でもこのかまどは使いません。快適なキッチンがきちんとあります。

冷蔵庫には調味料類がいっぱい。これは使っていいし、中央のテーブルにあるコーヒーやお茶、ミカンまでご自由に、というシステムです。


古いものを大事にしながらも、快適に泊まれるように工夫してある。

このスイッチもいいでしょう〜?

昔の電気が今まで保存されていて、通電したのではないかと思ってしまいます。



トイレの流し。

この細かいタイルが並ぶ曲線のライン、これもまたいいでしょう〜?

この洗面台ごと、もらいたいくらいの美しさです。





今回泊まった2階のお部屋、8畳半。床の間があって、掛け軸があって、こんな書も飾られ、向こうの部屋には懐かしい衣文かけが。

昔の家なので、そりゃあ寒いのですが、ファンヒーターでじきに温かくなりました。



部屋の横は広い廊下、その向こうにはウッドデッキ。夏なら即ここに出てビールですね。

かつてこの建物にあったデッキを、改修の際に復活したそうです。工務店さんの指導のもと、学生さんたちが手伝って。

わあ〜、その時手伝いたかったな〜。


台所の食器棚です。わかります?模様ガラスが。

このガラスのはまった調度品を使える嬉しさ。

ここから湯呑を出して、番茶を淹れる嬉しさ。




ダイニングです。ここでご飯を食べるもよし、パソコン仕事をするもよし。

大きな木のテーブルと、木の床の上のラグ。明るすぎない照明。

今回は、私の仕事の打ち合わせにも使わせていただきました。



お風呂です。こういうところは新しい、すこぶるよろしい。

浴室の壁は吉野ヒノキ、脱衣場は吉野杉。ほんわりと木の香が湯気と混じって森林浴気分です。

今回同行の夫は、自分でお湯をはり、入り、ご機嫌に温まって「木のお風呂っていいな〜」。


「あら、よくお風呂に入れたわね?」と私。
「だって、あそこに書いてあるもの」と夫。

そうなんです、あちこちに“わたらいちゃん”のメモがあり、宿泊者は迷わず、行動できるようになっています。



ダイニングのかわいい本棚。考現学の本やら、図鑑やら。

夫は、つげ義春の本を見つけて、「懐かしいな〜、久しぶりだ〜」

1階の、フカフカソファに沈み込んで読み始めました。




朝です。さすがに冷えます。

ウッドデッキに霜が降りています。川の水が気温より温かいのでしょう、もうもうと湯気が上がっています。その湯気が霧のようになびいています。

「霜、撮ろう!」と叫んで、寒いデッキに出ました。木のベンチに霜のクッション?

レトロなガラスの灰皿から、虹のような光が。きれいなきれいな三奇楼の朝でした。



お日様は廊下を温めてくれています。

ここでずっとトロリとしていましょうか。なんて思っていると「朝ごはんできたよ」と夫の声。

とはいえ、近くの店で昨日買ってきた果物とサンドイッチなのですが。

熱々のコーヒーがおいしいこと。


久しぶりの広い畳、そこにさす日差し。

こんな光景、昔見たっけ、、。

あれ、フォンヒーターが?
「“わたらいちゃ〜〜ん”灯油終わった〜〜〜」

「は〜〜〜〜い」


誰かにペコペコしてもらいたい人、シャキシャキとサービスしてほしい人、ピカピカの現代風がいい人、はここは向きません。

使い込んだものや、木の肌触りや、川の流れや、ガタピシの音などが好きな人にはたまりません。

多少不便でも、うろうろしても、それを楽しめる人には聖地です。

路地を歩き、出会った人とお辞儀をしあい、人のうちの洗濯物や花を眺め、そんなことをしながらここをねじろにする滞在。

繁忙期を避けてのお泊りをお勧めします。



三奇楼の時間をゆる〜く、ほっこりさせてくれる管理人娘さん“わたらいちゃん”。

この人の人柄で、三奇楼も上市のまちも、とっても得していますね。

三奇楼です。↓
http://sankirou.com/

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ゆとりある記 上市パチリ 2016/12/18 10:16 pm

奈良県吉野町上市は、思わず写真を撮りたくなるまちです。

「特化した産業が衰退したまちは、フォトジェニックだ」とは、写真を撮る家人の言葉。

なるほどかつて吉野材の集散地だった上市は、静かに独特の雰囲気が漂っています。

昔の街道、繁栄を伝える古い建物や石垣がひっそりとどっしりと。

ほんの短い滞在で、どれだけシャッターを押したか。古さは新しい魅力になりそうです。
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林業は今も行われています。

吉野川の向こうには製材所が。










国道から一本中に入ると、この静けさ。

昔は、たくさんの人であふれていたとのこと。








川に並行してある道を繋ぐ細い路地に、表情がある。

あ、干し柿。









洗濯物が、なんだかいいなあ〜。












これが伊勢街道。












私の大好きな花、皇帝ダリア。

石垣が立派です。










こっちは白菜石垣。












花壇石垣も。












教科書販売所???












この階段入口はとうせんぼ。

どこに続いているんだろう?










植木がもこもこしてて、かわいい〜。











ちいさなまちに、造り酒屋さんが2軒もある。











路地の小さな祠に、ちゃんと花が活けてある。

ちゃんと暮らしている人が居る証拠。








路地で自転車のおばちゃんに会いました。

「ちょっとサイクリングして、豆とってきたの」








やっていないお店。

でも招き猫は、世間を招いている。









ここはやっているお店、駅前の食堂。

映画のワンシーンのようです。









昔からの食堂の包装紙。

今回はカレーを食べたけれど、次回はここ巻き寿司にしよう。








ずっととどまって、朝、昼、晩。

春夏秋冬の写真を撮りたくなった上市でした。

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ゆとりある記 フルーツピクニックランチ 2016/11/19 7:41 am

和歌山県紀の川市の「フルーツのまちおこし」が、盛り上がっています。

今はちょうどキウイフルーツの収穫期。そのキウイについて学んだ後、昨年開催のフルーツ料理コンテストで1位だった「塩キウイチキン」はじめ、市内の有名フルーツ料理をつまみ食いする趣向。

あいにくの雨天ではありましたが、それを吹き飛ばす食欲?フルーツパワーに、元気をいただきました。
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催しのチラシには「フルーツグルメマップのお店から料理を集めたフルーツピクニックランチ♪inキウイ畑」とあります。

つまりは、キウイ畑を会場においしいものを食べようというわけだったのですが、雨模様のためにランチは室内で。

それでも充分ピクニック気分になれました。




集合場所近くには、かわいいスタッフがお出迎え。もうここで、気持ちが急に緩みます。

ただ畑を歩くわけではありません、いろいろ解説があります。








これは桃畑。白い花のように見えるのは、桃の実にかぶせられていた袋。もうずいぶん前に収穫は終わっていますが、袋は残す。

冬に枝を剪定した時に、この袋がついていると燃えやすいのだそうです。地元に住んでいても「そんなこと、知らなかった〜!」の声が上がります。



紀の川市は果物の産地。散策していると、向こうはキウイ、こちらはデコポンなんて風景が広がります。

色づき始めた柑橘の美しいこと。








普段は入れない畑の中へ、なんだか畑じゅうが果物教室みたい。











イチジク畑、あ、まだなってる。














柿畑。ここはもう実はおしまい。













玉ねぎの苗だそうです。教えてもらわなければわからないですね。

この辺は「コメタマ」と言って、米と玉ねぎと同じ畑で二毛作するんだそうです。







さあ、本日のメイン会場のキウイ畑です。ここで、キウイフルーツとは何か?を学びます。

かつてミカンを作っていた農家さんが、ミカンの次の作物としてキウイを作るようになったとか。

和歌山県は全国でも有数のキウイフルーツの産地、なかでも紀の川市は一番の産地なのだそうです。




そして参加者20人総出で、収穫お手伝い。キウイはハサミを使わず、簡単に採れます。

何かを収穫する、というのはこんなに楽しいことか!とびっくり。







ずっしりと重いキウイ。新鮮なものは、周りの毛もしっかり生えています。

スーパーに並ぶのとは違う存在感です。










農園の人気者ヤギさんも、キウイの葉っぱが大好。

今回は収穫でしたが、今度はぜひ、花の時期の摘花とか、できることを手伝いたいなあ〜。











ただ食べるより、少しでも育てる手伝いをすると、キウイをもっと愛せるはずです。

便秘にいい、ビタミンCがすごい、カリウムが多いので体内の塩分を出してくれる。などなど、汗をかきながらいっぱい学びました。

みんなすっかりキウイ仲間です。




さて、近くのセンターに移ると、紀の川市のゆるキャラ「ぷるぷる娘」の一人、「キウプル」がお出迎え。

大人でもはぐはぐしますね〜。








採りたてのキウイの試食がありました。かたい、酸っぱい、渋い。わあ〜やっぱり追熟が必要。











そして、10日後のものと、樹上完熟とを試食。こんなこと自分ではできませんね。完熟のおいしさにみなとろけました。











キウイジャムの作り方講座があったり。そしていよいよランチです。

フルーツ・ツーリズム研究会「料理チーム」が昨年作った市内でフルーツ料理を出すお店ののった「フルーツ・グルメマップ」そこからの6店舗から、この日はお料理が届きました。


そのお店ごとの説明が丁寧にあります。今日は行けなくとも、いつか必ず全部回ろう、と決意です。



昨年の「フルーツ料理コンテスト」で優勝の「塩キウイチキン」も作り方の講座があり、さらに食べます。柔らかくてビックリ!キウイの技ですね。一晩おくと、こうなるそうです。








今や、紀の川市の名物となった「フルーツ寿司」もちゃんと一人前。













シフォンケーキには、一人ずつ違う絵のかわいい旗が。












和菓子にも、キウイが使われています。











美味しい!を繰り返しているうちに、フルーツカッティングの先生が、その簡単なコツをまた教えてくれます。

これは先生が、ササッと作ったフルーツカッティングケーキ?










ちょうど参加者の中にお誕生日の方があり、プレゼントとなりました。

ひとつの果物をしっかり学び、収穫のお手伝いもし、
さらに美味しいもののつまみ食い。

スタッフの方々は大変だったことでしょう。でも参加した側は、大満足。3,000円は安い!

果物産地の、料理に詳しい、美味しい物好きの方々だから企画できる催し、次なる企画を待ってま〜す。ごちそうさまでした。

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ゆとりある記 安曇野スタイル 2016/11/06 7:25 pm

長野県安曇野で開催された、「安曇野スタイル2016」という催しに行ってきました。

クラフト作家のアトリエ、カフェ、ペンション、美術館などが、様々な体験や、作品展示の場になっています。

95会場、113組が参加、住民主体の手づくり運営で開催、12回目だそうです。

秋の自然に抱かれて、クッキーやハーブを買ったり、陶芸作家さんと話したり。すべてがおしゃれな時間でした。
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今回は安曇野に詳しい仕事仲間に声をかけれいただき、実に楽チンについていくだけ。それだけにリラックスできて、安曇野は好印象だったのでしょう。



安曇野エリアは広いのですが、到着した時は既に太陽は傾き始めていました。「陽があるうちになんとか」と、彼女がレンタカーを飛ばした先は「北アルプス展望美術館」。ここでは期間中、地元クラフト作家の作品展です。

私はクラフトより、こんな秋色が気になってパチリ。



パンフレットには、この催しへ参加しているところがエリアごとに紹介されています。早回りして、数多く観る手もありますが、ぜんぜん急ぐ気になりません。








安曇野時間というのがあるのでしょうか?素晴らしい風景の中で、ゆったりしている人たちをみると、もう、ここだけでいいや、なんて気にもなりました。








石窯のあるパン屋さん。天然酵母で作っているそうで、この日はリンゴ酵母を使用。昨年まではこの催しに参加していたのですが、今年は不参加。

催しにへの参加費がもったいないなどという理由でなく、もっとパン作りに集中したいとのこと。それだけこの催しは、集客があり、人が巡るのでしょう。


フランス料理の小さな宿に泊まった翌日は、「ろっぢ安曇野遊人」へ。本格的なカナディアンログハウス、泊まれます。

ここのお庭と室内に、陶芸、木のおもちゃ、アレルギー対応菓子のお店などが出展。大きなテーブルでは自由にお絵描きも。




ロッジに関係ない、普段は来ないような人も、ロッジまわりをぶらぶら。館内は展示ギャラリーです。泊まり客でなくとも、ロッジのオーナーさんとついついおしゃべりが弾みます。







テントが張ってあって、中で木のおもちゃが作れるワークショップも。中でおままごと気分になるだけでも、いいなあ〜。









「遊人」裏手の、漢方薬・ハーブのお店で、喉に良いハーブを購入。小袋で可愛い。










買い物などすると、引換券がいただけてご接待が受けられます。











私は「薔薇マドレーヌ」をいただきました。薔薇ジャムが生地に練り込んであります。









ランチは「あづみの コミューンチロル」で「魔女カレー」。このお店の前には銘水が湧いています。だからカレーも水も、ぐんぐんお代わりしたい美味しさ。

ここの代表の女性が、2004年にそもそもこの「安曇野スタイル」という催しを始めたとのこと。

今は中心メンバーからは外れているそうですが、こういうやり方を発案したことに頭が下がります。

実行委員会方式で、行政の手を借りずに、住民主体で、、、はあっぱれと思いました。




いろいろ観たり、買ったり、食べたり、しゃべったりの安曇野でしたが、ふと見るといつも周りに山がある。山に抱かれている思いです。








穂高駅前の「ひつじ屋」さんにレンタカーを返して、の一服。ここは喫茶でもあり、創作帽子の展示もありました。チャイが身体を温めてくれます。








ひとつひとつは小さいけれど、どれもが素敵だったり提案がある。それを繋げて一体感を持たせるというのが「安曇野スタイル」なのでしょう。

今年オープンした立ち寄り湯「しゃくなげの湯」にもこんなスタイルが。

毎日面白いアイディアで、来場者にポイントが貯まる工夫です。「ニット帽で来場の方へ2ポイント」「新婚夫婦2ポイント」などなど、笑えました。

リンゴの展示?は「国営アルプスあづみの公園」で見つけたものです。

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ゆとりある記 山田町で食べたもの 2016/10/29 8:52 pm

岩手県山田町に通っています。白石集落の活性化のお手伝いですが、行くたびにおいしいものに出会います。

カキのソテーリンゴソースかけ、プリプリのホタテ貝、味のしみた煮しめ、あっさり味のラーメン、クルミと黒砂糖がたっぷり入った素朴なお団子。

どれも山田はすごいよ〜と叫びたいおいしさなのですが、飛び切りは地域おこしのお仲間と輪になって食べた手作りのお弁当でしょう。

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素晴らしいカキが採れる山田です。産地に来たら生をと思いますが、地元の方は生より焼いたり揚げたりを好むそうです。

あああ、海の味。一つで満足です。






ソテーが出ました。この店のオリジナル、甘く味付けしたリンゴを裏ごしして、ソースとして掛けてあります。

バターの塩味と甘いリンゴ、濃厚なカキの味が絶妙。





食べるまでは至らなかったですが、ここの海産物店ではイカを持ち込むと、ノシてくれるみたいです。

生ではなく、よく干したイカを持ち込むようですが、ノックアウトするのではなく、柔らかく薄いノシイカにしてくれるようです。通っているうちにいつか、試したい・・。




山田の人、というよりこのあたりの人は“だんご”という呼び名で、いろいろなおやつを食べます。

野菜の直売所に行けば、その手作り“だんご”のずらりと並ぶコーナーがありました。

お餅、小麦の餡入りだんごや、米粉の大福のようなもの、小麦の皮で餃子のような形を作り中にクルミや黒砂糖・ゴマの入ったもの、青い豆をつぶして米粉と混ぜて固めたもの、などなど。

ケーキ屋さんやお菓子屋さんがある暮らしに慣れていると、??なのですが、こういう土地では自ら作る。しかも永年食べていて口に合ったものを、ということでしょう。

とにかく、みんな、“だんご”を、作るのも食べるのも好きなんです。



会合にも小麦の“だんご”と、米粉の“だんご”が持ち込まれます。中に手作りの小豆餡がたっぷり入って、ゆで上げてある。手間がかかっています。

都市部の女性がクッキーやシフォンケーキを焼く感じで、ささっと作ってしまうのでしょう。




醤油味の“だんご”もあります。











「ひゅうず」という名の“だんご”。まるで餃子ですよね。上にゴマがかかっているのもある。










食べるのが難しい、普通にかぶりつくと中のとろけた黒砂糖がたれてしまう。

でも、でも、もっちもちの小麦と、ゴマと黒砂糖の味、そしてクルミの味、食感がたまりません。






そしてラーメン。漁師さんたちが朝ごはん代わりに食べるラーメンだそうです。

シンプル!お店のメニューはこれだけ。








鰹節味のラーメンです。お味噌汁とごはん、お茶漬け、などと通ずる超さっぱり味。

起き抜けにも食べられる、毎日でも食べられるさらっとした味。このラーメンのために山田まで来たいくらい。うなりました!






集落の方々との懇親会の時です。松茸ご飯とホタテのお刺身が出ました。

もちろんいつもこんなごちそうではないのですが、私を歓迎してくださったのでしょう。

口のなかで、香り高い松茸と、甘いホタテの味が混じって山田の海と山が合体したおいしさ。そこの海で採れた貝、そこの山で採れた松茸です。

東京の高級料亭でも、この味は出ないでしょう。鮮度が違うし量が違う。やはりおいしいものは、その土地まで口を運ぶしかありません。



昼間の体験催しの際のごちそう煮しめも絶品でした。前日夜中に、白石のお母さんたちが煮て、一晩味をしませたものです。

手間と時間がかかっている分、おいしい。このおいしさには、お母さんたちの労力と睡眠時間がつぎ込まれているのです。頭が下がるおいしさです。

まちのファストフードとは対極にあるものでした。




なんだか山田町に食べに通っているようですが、山田の幸を食べることでこの地域と身体で繋がったような実感です。

先日、集落の方々とピクニックをしました。と言っても、地元を歩いてお弁当を食べたのですが。

これがまた、おいしかった。

甘い味のお赤飯、ヤーコンのきんぴら、松茸ご飯、だし巻き卵、などなど。一番のびっくりは、松茸の漬物でした。旨さの塊が塩漬けになている。

おいしいおいしい、と食べていると。地元の人たちも、おいしいおいしい、と。

「久しぶりにこんなにゆっくり、みんなとお弁当して。よかった。おいしかった」ということでした。

みんな毎日忙しすぎるんですね。そんな笑顔が輪になって食べた皆さん手作りのお弁当。これが秀逸だったことは確かです。


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ゆとりある記 足利のこだわり 2016/10/16 5:27 pm

久しぶりに、栃木県足利市に行きました。滋養野菜「アマランサス」にこだわっている和食屋さんでは、アマランサスのうどん、マドレーヌ、パンが出来上がっていました。

CDショップなのに、燻製卵など売り出していたお店では、オリジナルの「音符カステラ」を販売。カフェコーナーも新設。

こだわりを持って、どんどん変化していくお店に頼もしさを感じました。
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「あしかが一店逸品の会」が誕生して、もう7〜8年になるでしょうか?立ち上げの時にはずいぶん私も通い、一緒に逸品を探し、逸品を育てたものです。

当初からはお店の軒数が減ったものの、今も会は続き、こうしたマップも健在でした。





マップの右手前の「和風レストラン加茂川」へ行きました。看板に「アマランサスにこだわる店」と堂々と描いています。

この堂々とが、何とも清々しい。

アマランサスは実は雑穀としてご飯などに炊き込み、葉は健康野菜として食べられるもの。

あまり八百屋さんには出回らないものですが、健康食品店や自然派ショップではずいぶん見かけるようになりました。

このお店ではずいぶん前から、アマランサスに注目しています。



名物のソースカツ丼や、ボリュウム満点の和定食もありますが、このアマランサスうどんは秀逸でしょう。

翡翠のような色、いかにも体によさそうな輝きです。

おかみさんのお話。「介護疲れの時に、アマランサスの種をまきました。その芽が出て、育っていくことがうれしくて。子どものように思えたんです」

つまり、ここのアマランサスは自家農園で育てられている、自慢のもの。勢いよく伸びるアマランサスに、おかみさんも育てながら元気をもらってきたのでしょう。



カルシウムと鉄分に富んだこのアマランサスで、お客様も元気になってほしい。

ということで、アマランサスドレッシングが生まれました。そして、生のうどん。このたびは、粉末にすることにも成功し乾麺もできていました。

新製品が次々と誕生していきます。


「粉にするまで10年かかりましたよ」とご主人。アマランサス以外も、畑でたくさんの野菜や花を作っている方です。



アマランサスマドレーヌもありました。












粉ができたので、パンにも練り込んで。見事な緑が美味しそうなアマランサスのパンです。

こだわるならとことんこだわる、やってみる、他にないものを信じて作る。ウケねらいや、儲けのためでなく、まずはお客様に健康を届けたいから。

アマランサスが好き!その一途さが、この店を支えています。


もう一軒うかがったのが「ハマダ」というお店。

以前は、CDショップ、ファンシーグッズのお店だったのですが・・・。燻製卵「はまたまご」を作り、続いて燻製チーズ「はまちいず」を作り。

お店にカフェを作り、テイクアウトできる店構えにも変化していました。

何屋さんなのでしょう???と不思議に思うことが、なんとも魅力的。ズバリ突き止められないから、惹かれるわけです。



なかでも驚きの看板商品は、「音符カステラ」なるもの。

人形焼きのような、鈴カステラのような、縁日で売っている丸いカステラのような。

店主・浜田さんの発明です。

買って帰れば、必ず見た人が「わ〜〜、かわいい〜」というでしょう。そして口に入れればなんだか、リズムが生まれ、のどかなメロディーを口ずさみたくなる。



「この金型からすべて特注で造ったんです。形が複雑なんで焼き加減が難しい」とおっしゃいます。

そりゃそうです、おそらくこんなカステラ世界にここだけでしょう。







米粉の麺・フォーを使ったユニークなラーメンや、マンゴーかき氷、まるで黒ビールのような泡立ったコーヒーなど、「食」への冒険が体験できるお店です。

それでいてちゃんと美味しい、また食べたくなる。定番のフレンチトーストなど、どうしてもいつか私は食べた〜〜い。

お土産にいただいた「音符カステラ」を家人に見せると、「こういうの考えるの偉いなあ〜」としみじみ。

そう、「加茂川」さんにしても、「ハマダ」さんにしても、“何屋”なんて概念は捨てて、自分の信念にまっしぐら。しかもおおいに楽しんでいる。

これで何とか儲けてやろう、みたいな、歯を食いしばって、といった悲壮感がない。だから、こちらも、客側もゆるく混ぜてもらえる。

そんなこだわり方が足利スタイルなんだろうな、と思いました。

一店逸品運動で、魂の入った人たちは強い。大丈夫、大丈夫。また行きますね〜。

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ゆとりある記 植えて温まる 2016/09/22 3:39 pm

イチゴの苗を植えて、そのあと足湯で温まる、という催しに参加してきました。

イチゴ狩りなら春に各地で行われますが、植え付けは珍しい。しかも足湯付きというのは日本初ではないでしょうか。

もちろん12月には摘み取って食べる、という体験もセットになっています。

「私のイチゴ、これからどんな風に育つのかな?」と思いながら温まると、心もほっこりしてきました。紀の川市で。
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この日、9月18日、実は台風が近づいて天気が不安定、いっときはとんでもない雨も。

開催自体が心配だったのに、まあ、家族連れがくる、くる。

イチゴの実る時期には賑わうハウスですが、この時期に人が行列とは、なかなか珍しい風景です。



ハウスに着くとまずはうんちく話がありました。

有機物と無機物の違いは何か?から始まり、現代は江戸時代にくらべて、微生物の数が半分くらいに減っているとのこと。

人口が増えて、その胃に食物を供給するために、農薬をかけることになったためです。

この農園では、安心安全で美味しいイチゴをめざして、独自のバイオテクノロジー栽培をしている、とのお話がありました。

土も苗も元気、そのため、とんでもなく高い糖度のイチゴができるそうです。楽しみ〜〜〜。

いきなり植え付けでなく、こういうお話が冒頭にあると体験に深みがでてきますね。



この日植えたのは「まり姫」。「章姫」と「さちのか」の配合でできた品種。紀州の手毬にちなんでこの名があるそうです。

植え方はいたって簡単。畝に穴の空いたビニールが被せてあり、そこに苗をポットから抜いて土ごと押し込みます。

深植えは禁物、苗の根元からまた芽が出るので注意。また、ランナーが畝の中側に向くようにとのことでした。

各人に畝がいただけまして、そこに苗をギュギュの作業。子供たちの早いこと!

こちらは、そのうち腰が痛くなるし、暑くなったり。結構いい運動で、他の方にヘルプもお願いしながら植え終えました。

たかだかこの程度で農家さんて大変だ、と思ってしまいます。



イチゴの一苗を自分で植えて、持ち帰るお土産も。留守がちの我が家で育つでしょうか?この場合は化成肥料を。

植え終わったら足湯タイム。

すっかり汗をかいたので、子供たちは足湯で裸になりたい!とお母さん困らせます。

ぬるくてなんともいい気持ち、そのうちポカポカし出して。

この足湯はイチゴ園の方の手作り。バイオを染ませた炭がゴロンゴロン入っていて、このおかげで水が汚れないそうです。

しかも、このお湯にはイチゴの実の酵素が入っている、なんだかとっても体に良さそう。



また、イチゴが実った頃、同じメンバーが集まって今度は自分の畝の食べ放題です。

私のイチゴが、どんな風に実るかな?甘くなるかな?収穫は12月23日、摘んだイチゴでクリスマスケーキ作ろうかな?

なんて考えながら足湯に入ると、ワクワクしてきました。

植えて、収穫して、食べて、さらに足湯で温まって、イチゴ体験友達もできて・・・これで2000円なんて、フルーツのまち紀の川市といえども安すぎる〜〜〜。

「貴志川観光いちご狩り園」さん、ありがとうございます。

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ゆとりある記 和紙を知る 2016/09/19 11:15 am

奈良県吉野町国栖、吉野和紙の里で「福西和紙本舗」を訪ねました。

ここで漉く“宇陀紙”と呼ばれる表具用の薄い和紙は、世界の博物館で美術品の修復作業に欠かせないものだそうです。

楮の栽培から始まり、紙を漉き、出荷するまでの総てが手作業。普段、私たちが使い捨てている紙とは、全く次元の違うものです。

ほかにもいろいろな材料や色の和紙がどっさり。驚きの連続でした。

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私は、大変気軽に紙すき体験などやってみよう、と訪ねたのでした。

福西正行さん(55歳)はここの六代目、いただいたパンフレットには「表具用手漉和紙製作」選定保存技術保持者、奈良県伝統工芸士、森の名手・名人とあります。

国栖の名士でもある福西さんが、まさか私の小さな体験に付き合ってくださるとは思いませんでした。



「賞状みたいな大きな紙にする?葉書にする?」と聞かれ、迷わず葉書を選びました。

既に大きな入れ物に楮の繊維がふわふわと混ざったとろとろの液体があり、8枚の葉書サイズが一度に漉ける木枠が用意されています。

福西さんが木枠のむこうを持ち、私がこちら側を持ち、ざぶっといれて、軽く揺すればOK。(写真は同行の方の手です)



上から色を付けたり、桜型の切り紙をのせたり。もう一度上から、紙の素をかけてよしずをめくり、漉いたものをはがすと、あとは水を切って乾かすだけ。何だかとても簡単でした。

ここでは、こうして小学生でも紙漉きができるように道具から考えているそうです。

地元の子どもたちは卒業証書を自分で漉くという幸福も味わえるわけです。

こうした努力が「日本に和紙あり」という誇りを、一人でも多くの人に伝えることになるのでしょう。



窓から自然光が入る場所で、お母さんと、奥様が作業中。まるでお寿司に使うかんぴょうのように見えたのが楮でした。

紙は漉くだけでない、まずは材料の楮を育てるところから始まり、工程は46もあるそうです。





剃刀を持って窓辺でやっていたのは、「塵切り」という作業。

楮に少しでも汚れがあったり、傷のついたところがあると、白い紙になりません。

漂白をしない、古来からのやり方を守る、となると、ただただ念入りに「塵切り」をする。重要な作業なわけです。




少し小高いところにある福西さんの家、昔は車の入る道がなく、楮を水に晒すために細い階段と坂道を川まで通ったとか。

「今はずいぶん楽になって」と、奥様の初美さん(49歳)が話してくれました。






奥様が紙をしまってある別棟に案内くださいます。和紙と一言でくくれない、様々な紙がどっさり。

杉の皮が混ぜてある荒々しい表情のもの(写真)、塵切りしたときにでた楮の切れ端で漉いたもの、楮の皮の入ったもの。






色のついたものは、草木染。黄色は合歓の葉で、緑はヨモギの葉で、薄桃色は桜の皮で、紫は榊の実で色を付けて漉いているのだとか。

灯りをつけると紙が痛むから、薄暗い紙庫。ここで、いろいろな紙が静かに息づいているように思えます。




世界各地から注文のある「宇陀紙」を見せていただきました。薄い薄い、紙です。こんなに薄く漉いて、さらに天日で干すなんて!!

紙の大きさは決まっているので、「20枚で230グラムのものを」などと注文が入るそうです。

「この年になって英語を勉強すると思わなかった」と初美さん。各地からの英文の注文を読み解かねばならないのでしょうね。

奈良県の山里の小さな小さな集落に生きる技が、世界各地と繋がっている。そう考えただけでなんだかワクワクしました。

「宇陀紙」には近くの川上村から採れる、白土も材料に使われています。だから虫が付かないのだそうです。

この土は手に入るのですが、今、大変なのは「ネリ」と呼ばれるとろみのようなものを作る材料「ノリウツギ」が、なかなか手に入らないこと。

よく和紙にはトロロアオイから作る糊を使うといわれますが、福西さんは「俺はトロロアオイは使わないから!」ときっぱり。

1300年の伝統の技には、材料そのものも譲れないこだわりがあるのでしょう。

「夏はいい紙はしない。彼岸明けから空気が変わり、朝晩が冷えたらやり始める」と福西さん。

暑い間は、「宇陀紙」を出荷するときに使う包装用の和紙などを漉くのだそうです。

紙を板に干すのは初美さんの仕事、重い重い干し板を庭に広げ干すときは、回りが真っ白に。その様子を今度は見たいものです。

あら?お客様がみえました。合歓で染めた紙を買いに来られました。高級割り箸をこの和紙でくるむのだそうです。なんて素敵なしつらえでしょう。

私たちは、日本の魂のような、こうした原点を守り続ける人たちを、技を、土地を、もっともっと知らなくてはいけません。

和紙を知るということは、人と自然のかかわりを知ることなのですから。

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ゆとりある記 一本杖スキー 2016/09/09 11:54 am



飯山の寺町通り、小道に咲き乱れる萩の花を愛でながらふと訪ねた「妙専寺」。

普通、お寺の境内に仏像がつきものでますが、ここには一本杖を持った軍服姿でスキーをはく男性の像が。

明治45年、長野県で初めてスキーをしたのがこのお寺の住職で、滑ったのがお寺の前の坂道だそうです。

スキーの盛んな飯山ですが、何にも始まりがあるわけで、意外なところで心打たれたのでした。

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秋の花に包まれるような小道を、「確かに信州の小京都だなあ」などと思いながら歩きました。

それぞれに個性的なお寺が11寺もある、それも充分歩ける範囲のエリアに。ここを四季折々訪ねるのもいいでしょう。

と、入ったお寺が「浄土真宗 妙専寺」でした。後から思えば、スキーのお話は伺っていたのですが、それをあまり意識していなかったので、境内に立つ軍服姿の銅像に驚いたのです。



石柱には、明治45年1月23日発祥とあります。長野県のスキーがここから出発したわけです。

日本にスキーが伝わったのは明治44年。オーストリアのレルヒ少佐という方が、新潟県高田市(現上越市)の高田第13師団の陸軍研究員14名にスキーを教えたことに始まるそうです。

そしてその翌45年、再び講習があり、このお寺の第17代住職、市川達譲が参加しました。

彼は、住職であり、また飯山の中学校の体育の先生でした。かなりハードな練習をして、滑れるようになり、スキーを買って飯山に戻ります。


当時のスキーは一本杖スキーといって、一本の杖を船を漕ぐように右に左に突き分けて滑ったそうです。スキーウエアやスキー靴もない時代に、軍服で一本杖で。

当時、スキーはレジャーどころか、軍用の訓練だったそうです。

私が見て驚いた、軍服姿で竹竿を持ったお姿は、そういうことだったのです。

市川達譲氏の像の横に、説明文がありました。そこには彼が、当時のことを後に回想した文章が載っています。

「毎日、午前9時から午後4時まで、雪が降っても風が吹いても、昼食のための1時間の休憩以外は、雪の斜面に滑る転ぶ尻餅をつく、全く雪達磨となっての訓練は、随分猛烈でしたので、――」

厳しい訓練に、シャツ一枚で汗だくだく、落伍者も多かったようですが、彼は訓練をやり通し、飯山に戻ります。

「学校のスキー一台、自分の一台を購入してきました。帰宅の翌朝、1月23日、スキーを履きて家を出ましたが、家族の者珍しがって見送る前を、得意然として大門を滑走し、町へ出て城山へ登り、中学校側の傾斜地を利用して滑走しました。」

これが、飯山、そして長野県での初めてのシュプールということなわけです。

今でこそ、スキーはレジャー、リフトや、お洒落なロッジやスノーボードはあたりまえ。雪を楽しむ時代です。この初のシュプール後、一気にスキーは一般に普及していったわけです。



寺から今の商店街の方を見ると、石段の先に緩い坂道が伸びています。市川さんはここを滑ったに違いありません。

そして「雪を征服したうれしき記念」という言葉ものこしています。

豪雪地帯の雪との闘いは、当時想像を超えるものだったでしょう。だからこそ、滑った、という嬉しさは、心から湧きだす深い意味を持つものだったのでしょう。


銅像の市川さんのお顔は、厳しく怖くもみえます。が、実は心から喜んでいたはずです。

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ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局
ゆとり研究所

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NPOスローライフ・ジャパン
〒160-0002 東京都新宿区四谷坂町9−4 リカビル301
TEL 03-5312-4141 FAX 03-5312-4554
E-Mail slowlifej@nifty.com


略歴

<野口智子(のぐちともこ)>
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局長
千葉市生まれ。東京でコピーライター、プランナーを経験。1977年静岡県に移り企画・編集プロダクション設立。
1992年ゆとり研究所を開きコンサルタント業務を開始。
ライフスタイルの提案、「一店逸品運動」による商店街の活性化、時間消費型観光おこし、人材育成などの分野で活動。
2000年からスローライフ運動を開始、2003年スローライフ・ジャパンを設立、現在、事務局長・副理事長。
2006年から活動拠点と自宅を東京へ。現在はスローツーリズムの提案、商品開発、地域観光の育成、都市と田舎の交流、移住・定住プロジェクト、“食”をテーマにしたまちおこし、などに力を入れている。住民参加の独自の楽しいワークショップが得意。
現在、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域再生マネージャー(ふるさと財団)、国土審議会半島振興部会委員。