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お仕事 昔の写真展 2018/07/16 11:50 am

久しぶりに十津川村谷瀬へ行くと「谷瀬昔のくらし写真展」が開催中でした。

奈良女子大生と谷瀬住民による手作り展示。眺めながら村人の話がつきません。

90歳のおじいちゃんの若い頃の写真を見て「イケメンだったね〜」、今はヒゲを蓄えてた集落総代の赤ちゃんの頃の写真では「可愛い、ヒゲがない!」なんて声が。

“みんなの昔”が主役になれる写真展は、よそ者にも楽しい場でした。
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4ヶ月ぶりの谷瀬です。今年も「純米酒 谷瀬」になる、酒米がすくすく青々と伸びています。

谷瀬の吊り橋を渡って「ゆっくり散歩道」を歩いていくと、やがてあるのが「こやすば」。

古民家を皆で使えるようにした休憩所です。




ここでは春までは「暮らしの写真展」として、村おこしの様子や、名産品づくりの作業など、谷瀬の今の暮らしを伝える写真展をしていました。

その昔バージョンです。2月頃から奈良女子大学室崎研究室の学生さんが、集落の皆さんに呼びかけて昔の写真を集めてきました。

「ないよ」と言っていた住民が、意外に「あった」と反応。アルバム一冊出てくると、それは宝の山のように、いろいろな情報が埋もれているのでした。

集落の人は、ひたすらあちこちをゴソゴソ探す係です。アルバムがあったら一緒に写真を選び、学生さんがスキャンしてデータにし、プリントしてボードに貼ります。



ちょっと素敵なギャラリー風でしょう?

この撮影時は、「こやすば」の戸が閉まっている状態だったので暗めですが、土日のオープン時は、もっと明るいです。

しかし、時々まだコウモリ君が登場するのですが・・・(笑)。





古民家の黒い板戸と白い障子は、そのままシックな展示スペース。特に、こういうモノクロームの写真に合いますね。










ひときわ目を引くこの写真は、谷瀬名物の吊り橋が昭和29年にかかった時の、渡り初めの様子だそうです。

紋付袴に山高帽姿、何度も流されて苦労してきた、その橋が、皆の力で架かり開通した。その待ちわびていた気持ちが、佇まいから伝わってきます。

今ではもっと立派な吊り橋になっています。この頃の吊り橋は、大風の日はよくねじれた!のだそうです。

一方この写真?これはいったい何を運んでいるのでしょうか?婚礼か何かあって、その荷物をリヤカーで運んでいるのか。

それともいつもの農作業のひとコマなのでしょうか。そんなときにわざわざ写真を撮るのかなあ〜とも思うし。やはり何か特別なものを運んでいるのでしょうね。



集落の人々は、何をしているか?よりも「ああ、○○姉だ」「これ、△▽兄だろう、きっと」なんて、人物の特定に夢中です。

一番右が、いまや最高齢?のお爺ちゃんのはず。素敵です、もちろん今もですが。






電話の交換、という仕事もあったわけですね。











お嫁さん、一世一代の晴れ姿です。

こういう花嫁姿で、吊り橋を渡って谷瀬へお嫁入したのでしょう。今と違い、情報がない時代です。他と比べるなどということもなく、親や親せきの決めた縁談で。

ただただ、嬉しくて恥ずかしくて。いい笑顔ですね。

地元の方々、相変わらず「これ、□□婆じゃないかね」「ああ、そうだそうだ」「ほお〜」という調子。

花嫁姿のご本人は、今は集落においでにならないようですが、こうして写真を飾られるなんて、喜んでくれるはずです。



昭和20年〜30年代くらいは、子どもはみなおさがりを着て、鼻を垂らして、下駄で走り回っていました。

小さな子は、お母さんや上の兄弟にいつもおんぶされていましたっけ。そう、黒い襟のついた“おぶいばんてん”にくるまれると温かでした。

おぶわれているのが、今の谷瀬集落の総代さんです。



吊り橋を渡ってお嫁入し、やがて子どもができて、家を建てる。

当時の家は、新建材など使わない、地元十津川の木を使ってでしょう。自分の山の木を伐って、ということだったはずです。

建前は嬉しい、餅をまいて、幸せを祈る、振る舞う。


写真を見ていると、この小さな集落に暮らし、身体を酷使しながらみんなでささやかながらも幸せをつかんできた、創って来た、そんな皆さんの生きざまが伝わってきます。

集落の人と、学生さんと、飾る場所があれば、こういう試みはどこででもできますね。

誰かの立派な写真を鑑賞するのではなく、自分たちの歩んできた日常が主題になり、自分たちが主役になれる写真展。

写真を前にほとんどおしゃべりは噂話や冗談のですが、それでも住む人たちも、よそ者も混ざって、人のつながりを編むことができます。

ぜひ皆さん、ぶらりとお立ちよりください。そしてぜひ、皆さまの地域でもこんな催しをしてみてください。奈良女子大さんありがとう。


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お仕事 それぞれの宿で 2018/07/02 1:34 pm

その土地のことを知るには、いろいろな宿に泊まることが大事と思っています。

いま通い始めている雲仙市でも、3泊するなら3種類の宿に泊まります。

今回ある宿では、大女将さんのまかない食事にご一緒し厨房で楽しいおしゃべりをしました。

スポーツ合宿専門の宿では、アスリート並みの食事量にびっくり。地元のはじける宴会に遭遇した夜も。

それぞれに土地の事情を吸収できました。
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雲仙市に毎月通い始めています。今回は、雲仙市国見町を回りました。いろいろな活動や人を訪ねていますが、宿は私セレクトです。

1日目は多比良地区にある「割烹旅館観月荘」という宿。「タイラガネ」(ガネとはカニのこと)呼ばれるカニで有名な海辺のまちです。



2階の部屋でしたが、1人で食事はどうも淋しい。1階に降りてひょいと覗くと、あれ?室内に池がある。大きな鯉が泳いでいます。

厨房で老夫婦がお食事中、「綺麗な鯉ですね」というと「金魚なの」と大女将さん。2人の仲睦まじい姿に、「ここで私も食べたいな〜」なんていうと「どうぞ」と大女将さんがさらりと許してくれました。

ふと見ると、「酒」と書かれたお燗用のヤカン、「のり」と書いた缶、「いりごま」と書いた容器などが並びます。

「みんなお父さんが書いちゃうの」と大女将さん。お爺ちゃんはどうもマジックで表記癖があるようです。



娘さんの若女将さんも加わりました。「このお造りのヒラメはそこの浜でとれたんですよ」「ウリの漬物も沢庵もみんなここで漬けるの。この町は野菜も採れるし」

そこに、嫁いだ娘さんが立ち寄りました。お好み焼きの差し入れです。

ビール1本ですっかりご機嫌の私は「これからはこういう家庭的な宿を求めて外国の方も来ますよ」なんて演説です。

「ええ?こんなとこまで来ますかねえ。雲仙温泉なら来るだろうけど」「来る来る!だから簡単な英語を覚えましょうよ」など、女たちのおしゃべりは果てしなく。



メバルの煮物の美味しかったこと。煮汁をかけたご飯がまた最高でした。

若女将さんはまちづくりに熱心です。この辺りのお店や宿は自慢の逸品を黒い看板に書き出しています。ここは「三角いなり」、そして「おはぎ」も名物。

お爺ちゃんが昔は和菓子屋さんだったことから、当時の銅鍋を使って今も餡を煮るとか。



本当は予約制ですが、翌朝のご飯に若女将さんがわざわざ作ってくださいました。

ゴマのたっぷり入った大きな三角いなりをずしりと食べたあと、さらにおはぎがまた美味しい。海辺でこんな味に出会うとは・・。




2泊目は「遊学の館」。巨大なグランドと大きなお風呂を持つ、スポーツ合宿の宿です。そんなところに個人客が、しかも女性1人でなんて?と思ったらOKでした。

部屋の中のトイレも洗面所も立派。お風呂にはサウナもあり、廊下の横には洗濯機、乾燥機、共同で使う冷蔵庫も。

ここに個人や家族で泊まれることを知ったら、もっともっと賑わうでしょう。とはいえ、夏はもう合宿で満室状態、雲仙市内でもかなり稼働率のいい宿なのです。

夕飯の量が凄かった。刺身、煮魚、エビフライ、餃子、蒸し鶏、エビチリ、豚の陶板焼き、ざるそば。とても食べきれません。

「サッカーの子たちはこのくらいペロリです。ご飯もジャーが空になるし」と調理の方。地元の物を少量食べたい私のような高齢者?!は、今度は夕飯は外で済ませましょう。



それにしてもスポーツ少年たちをいつも相手にしているせいか、従業員の方々の笑顔がさわやかです。応対がいちいち清々しい。最近の普通のお宿に学んでほしい感じの良さでした。

ここはお風呂だけもOK。地元の方々がけっこうお風呂利用にやってきていました。外来者受けの施設をジモティーが上手に利用する、賢いですね。しかもお行儀のいい入り方。

私のようなよそ者が居ると、邪魔にならないようにして家族で入っています。そして洗い場から出るときは、シャワーで自分回りの床をざっと流している。見習わなくちゃと思った仕草でした。



3泊目は「旅館 松栄」。予約の時から女将さんが「この日は宴会が入っているので、うるさいかもしれませんが」とおっしゃいます。

「いえいえこちらも他のところで実は宴会をして、そのあとうかがうので夕飯はなしで、しかも到着遅いです」と条件がピタリ!

いい加減遅く、こちらも酔っぱらって到着するとまだ宴会は続いていました。どうやら地元の農業関係の若者のようです。

私は宴会が大好きなので、盛り上がったりはじけたりは大歓迎。ロビーで女将さんは気にしますが、実はこちらがその輪に飛び込みたいくらい。

そこにスタスタと若者が階段を降りてきました。トイレかな、お水かな?と見ると、ストーン、と音まではしませんでしたがズボンが落ちた〜〜〜!大丈夫、パンツは履いていました。

こちらは大笑いなのですが、女将さんが子どもをあやすように「あら、ダメよ。ズボンあげてよ〜」と世話をしています。

どこに行くのも車社会の田舎の地、普段は外ではなかなか飲めません。皆とたまに飲むのなら、こうして思い切り飲みたいのでしょう。

黒々と日に焼けて、ご機嫌の若者はいい顔をしていました。こういう宿が身近にあること、幸せですね。



お風呂に入っているうちに宴会は引けました。そこで私のお目当ての「野菜ぷりん」です。

実はこの宿は、例の看板に「野菜ぷりん」と書いてある宿。雲仙市の豊富な野菜をたっぷり使って手づくりプリンを手がけています。

一番ベーシックな雲仙名産の「じゃがいもぷりん」をいただきました。夜中のぷりん、ほっこりとしたジャガイモの風味をそのままに、魔法にかかったような甘さが私をとろけさせます。

このノリで、翌朝もう一つ「ゴーヤぷりん」もいただきました。





女将さんは他のお菓子にも挑戦中、料理にも熱心で朝から可愛いジャガグラタンも。玄関にはジャガイモの新種が「女将さん、試しに使って」と届いていました。






雲仙市内に有名で巨大な温泉観光旅館もありますが、3か所3様のこういう宿もまたいいものです。お宿のおかげで土地の素顔に触れ、ますます雲仙が好きになったのでした。

※ちなみにカニの写真は朝の散歩のお友達、タイラガネではありません。

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お仕事 湯せんぺい 2018/06/18 4:52 pm

明治初め旧島原藩主松平公が、作らせたといわれる「湯せんぺい」。

雲仙土産で知られますが、先日、その手焼き作業を見学しました。

熱々の重い鉄の型に、小麦粉などを溶いたものを流し、挟み、ジュワーと音をさせて余分なタネを出し、ゆっくり焼く。

手元を見ていると飽きません。この「湯せんぺい」の耳を
活用して若主人が発案した、チョコバーやグラノーラもあってビックリでした。
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昔は20軒くらいあった「湯せんぺい」屋さん、今は9軒だそうです。その中で、手焼きにこだわっている雲仙温泉の「遠江屋本舗」を訪ねました。

雨の日、店に入ると甘く香ばしい匂いがします。お店の中でお客様にみえるように、 ここの若主人・加藤隆太さんが湯せんぺいを焼いていました。


3キロあるという焼き型を、扱いながら話してくれます。材料は小麦粉・卵・砂糖・温泉水。1階では手焼きを見せているものの、作るのに限度があるので、2階では4枚目ずつ焼く機械焼きをしているとのこと。






手焼きが左のパッケージ(昔の外国人向け雲仙案内)、右が機械焼きのパッケージ、いずれもレトロで可愛いです。









10年前に他の仕事をやめて、この店を継ぐために戻って来た加藤さんは3年前に結婚、笑顔が素敵です。(動画では撮ったのですが、写真に収めなかったので、パソコンの動画から複写の笑顔です)

夏は暑い仕事です、とにかく焼くわけで。

でも、その「湯せんぺい」をソフトクリームにウエハスのようにつけて食べるのが観光客に人気とか。今回は食べなかったので、次回は必ずと思いました。

焼いたらチョキチョキと鋏を使い、耳を切り落とします。その手焼きの耳が美味しい。(左)家人が言うには、「甘いスルメみたい」と。焼きたては柔らかいのですが、すぐに硬くなり、歯ごたえのある耳になる。

パンの耳が歯ごたえあるのと同じでしょうか。我が家ではこの手焼きの耳が大評判です。


2階の機械焼きでできるサクサクした、「湯せんぺい」と同じ食感の耳は、サクサクとした噛み心地を楽しむもの。2通りの耳をぜひ味わってもらいたいです。

加藤さんはアイデアマン、この多量にできる耳をを使って、ドライフルーツと組み合わせたグラノーラを作っていました。ミルクやヨーグルトと合いますね。

さらに、チョコバーも。キンカン味とミクスドライフルーツの味。チョコと湯せんぺい耳入りです。これが美味しい!作者はこれを山歩きのおともにとか、雲仙観光のおともに、と考えたようですが、私はお酒のおともにです。

ワインにあう!!本当にあう!!噛むほどにいろんな味が口の中で広がる、よくぞ作ってくれましたというものです。

サクサク食感のこういうおせんべいは宝塚温泉や有馬温泉で買ったことがあります。

でも、グラノーラやチョコバーはないでしょう。もっと遡れば、加藤さん、湯せんぺいを葉巻のように巻いたものや、クリームを挟んでゴーフルみたいにしたものも作っている。さすが若さですね。

雲仙名産のジャガイモを使ったお菓子も豊富。さらに偉いのは、ここのお店の物だけでなく、島原半島のこれぞという物もお店で売っている、セレクトショップのようなお店作りをしている。この辺りに、未来を感じたわけです。

「ところで何で、せん『べ』いじゃなくて、せん『ぺ』いなの?」と詰め寄ると、メールが届きました。

“「湯せんぺい」の「ぺ」について・・諸説御座います。当地長崎県には、中華街がございます。中華街で買い求められるお菓子の中に、「月餅」(げっぺい)というお菓子がありますよね。湯せんぺい 湯煎「餅」同じ「餅」という漢字を使いますので、中華街をもつ長崎ならではの「なまり」なのではないかと思われます。”

とのこと。真面目に答えてくださいました。

「ぺ」でも「べ」でもいいから、この味、このお店続けてね。そして次なる新製品待ってま〜す。

ある地域に入って、こういうお店、こういう人に会うと、その地域がぐっと好きになります、その地域の可能性を感じます。

いい人いるなあ〜雲仙市。

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お仕事 「ワイン城」の宝 2018/06/04 12:41 pm

北海道池田町の「ワイン城」。自治体ワイン造りの先駆、「城」は北海道観光の重要な立ち寄り先として君臨してきました。

しかしハードもソフトも改修時期です。今回特別に、専門的な解説を受けながら見学できました。

寒冷地のブドウ栽培、地下の古いワインセラー、ブランデー造りなどなど。

物はどこでも買える時代、この「学び」こそが城の宝と、実感しました。
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私はワイン好きでこだわりのワインを日々飲む、というわけではありません。

やたらワインの講釈をする方が多いですが、私はその全く逆でしょう。

だからか、これまで「ワイン城」?観光施設でしょ。くらいでそれ以上の興味は持ちませんでした。

今回うかがったのはお天気の日。「城」は山の中ではなく、JR池田の駅からすぐ、ホームから見えるすぐそこにそびえていました。

線路沿いを歩いていくと、なんだか映画の重要なシーンに出てきそうな線路を渡る歩道橋がありました。

フィルムコミッションの方がこれを見つけたなら大発信するだろうと思える、インスタ映えするサビ感が貴重。

あんまりかっこいいいピカピカの世界では人は緊張するものですが、なんだか味があって心が緩みます。

さっきまでのファストライフと別れて、スローライフに渡る結界のように思えました。

ちょうど子どもたちが楽しそうに渡ってきて、こんにちは〜!と挨拶です。

スローな世界に入ったからか、緑を渡る風や、足元の花に目が行きます。

大型観光バスでドンと着いた「ワイン城」と、こうしてゆっくり歩いて入るのと、印象はずいぶん違うでしょうね。

建物がお城のようなのでこの名がありますが正式には「池田町ブドウ・ブドウ酒研究所」。城は地下2階、地上4階、1974年の建設。耐震改修と合わせて今、リニューアルを始めています。

もともと観光施設というよりは、研究所であり、目的は町の農業振興にあったわけで、ここのワインは「十勝ワイン」の名で出荷されています。

ワインにうとい私でも「十勝ワイン」の名は知っていました。
ホームページにはこうあります。

〜〜『昭和20年代後半、十勝地方は次々と自然災害に見舞われました。・・・十勝沖地震・・・2年連続の冷害による凶作となりました。この苦境からどう脱却するのかという中から、「ブドウ栽培」と「ワイン製造」への道が生まれたのです。
当時の町長(丸谷金保氏)の発案で、「秋には山野には山ブドウがたわわに実る。冬の厳しい池田でもブドウ栽培が出来るはず。農業所得のアップにつながり、町内に多い未利用の傾斜地も活用できる。」・・・ゼロからのブドウ栽培といった壮大な挑戦が始まりました。昭和38年には果実酒類試験製造免許を取得し、国内では最初の自治体経営によるワイン醸造を手がけ始めました。』〜〜〜

始まりは、北の地で生き残るための必死の策だったのですね。だから今も「ワイン城」は町営。研究所であり、工場であり、観光施設であり、まちおこしのシンボルということになります。

今回は安井美裕所長さんがご案内くださいました。

大変に知識豊富な方で、穏やかに歴史の話、ワインづくりの話、丸々本一冊分くらいのことを解説くださいました。

各地で観光ガイドのお話を聞きますが、ウケねらいやうわべの話が多く残念なときもあります。

今回の技術肌の所長のお話をうかがう時間は、まさにプレミアムなひとときでした。

「ブドウ・ブドウ酒研究所」略して「ブブ研」の品格と、誠実さがにじみ出てくるようなお人柄です。

最初に見せていただいたのがブドウ畑。「ブブ研」の歴史はまさに品種改良の歴史、寒さの中で育つブドウを作ることだったそうです。

この畑のブドウは、幹がかなり下の方に横たわって見える。これは寒い時期は培土して土の中で冬を過ごすからだそうです。

土を盛り、幹に布団をかけたようにして、春になったらその土をまた取り除く。大変な手間のかかる作業をしているのでした。

一方こちらは、培土しなくても大丈夫な品種。ここまで来るのにどのくらいの改良作業が行われたのか・・。

ここのブドウの基本は山ブドウ。寒さに強い山ブドウと醸造用品種の交配により、耐寒性ある品種にしていったとのことです。

冷涼な北国でつくられるブドウは酸味が強くなる。それを活かして、十勝ワインはこれまで一貫して辛口路線を堅持してきたとのことでした。

苗をどこかから買って植えるわけではありません、「ブブ研」ですから苗から作ります。

一見、美味しそうな野菜にみえるのがブドウの苗。これは寒さに強い「山幸」。この名前でワインも売られています。

この苗そのものを売ってくれないかしら?東京の我が家では、うまく実らないかもしれませんが、窓辺に「ワイン城」のブドウが観葉植物代わりにあるだけでなんだか嬉しい。

「山幸」を飲みながら、「山幸」の緑を楽しむなんて素敵です。

一般観光客が入れないエリアに、「ブブ研」の出発当時の看板が掲げられ、小さな建物がありました。

畑作業を終えた方が農具を洗っています。ワインが美味しい、まずい、安い、高い、などと消費側は簡単に言いますが、日々、こういう方々の汗がブドウを育て、私たちの食卓と健康を作ってくださっているのですね。


その昔の研究所の地下に、ワイン貯蔵庫がありました。

もちろんもっと大きな貯蔵庫は別にあるのですが、ここは超特別なビンテージもののワインセラーです。

急な階段で、一見、忍者屋敷の隠れ穴のようです。



ひんやりした地下はフサフサ?に育った、カビの世界。ここで特別なワインは眠っていました。

このカビに、え?と驚きますが、もちろん飲めるし、むしろワイン好きにはたとえひとなめでも味わいたいところでしょう。

古ければいいというものでもない、その年の気候、その前の年の気候などでブドウの、ワインの出来が違う。ひとつひとつを解説していただきました。

ブランデーの樽が眠る倉庫。ここも一般は入れないエリア。樽が少し動いているように見えるのは、地震によるそうです。

一滴、手の平に垂らしていただきました。両手でこすると、もうこれは純度の高いアルコール。

あのブドウ畑から、ここまで来るのに何年かかり、どれほどの手間がかかっているのでしょう。

ワインの貯蔵樽です。紫色にウエスト辺りが色づいています。

樽はワインを吸い少しずつ蒸発させます。その分空気がたまる。なので、週に2回、ワインを一杯に継ぎ足し、蓋をすれば溢れる。そのこぼれたワインだそうです。きれいです。こんな着物や帯がほしくなる!



「ワイン城」のオフィスエリアで、品評会に出すワインを決めるテイスティングが行われていました。

ワインのテイスティングなんて聞くと、おしゃれでカッコいい世界のように思えますが、雰囲気は実直です。





「ワイン城」は世の中の移り変わりの中で、一歩一歩「ブブ研」として歩んできたのでしょう。

そんな真面目な、本物のところだからこそ、これからは少し笑顔やコミュニケーションや、発信にチャレンジしませんか。

町の中学生がブドウ収穫を手伝い、そのブドウで作ったワインは成人式にプレゼントされるということも聞きました。

もっともっと、城を開放して、町民が参加できる仕組みを考えてもいいでしょう。

十勝ワインに親しんでもらうための、オリジナル資格制度「十勝ワインバイザー」をつくり、早くからワインファンを育てているとのこと。皆でワイン談義できるFacebookページをつくってもいいですね。

今回をきっかけに、何だか私も試験を受けたくなってきました。


屋上からは、広々とした景色とすぐそこの池田駅がみえます。

今までは車と観光バス主体だった観光客も、今後は電車でスローにやってくる人が増えるはずです。電車ならワインもたっぷり飲めますね。

そして、この城の後ろに広がるスローライフな丘、森を散策し、民間のロッジに泊まってもいいでしょう。あちこち巡らない、「ワイン城」でワインのある暮らしを学ぶワイン合宿もいいですね。

所長の質の高い講義などを頂点に、ワインについて、池田のチャレンジについても知る。

さらに、日本の普段のおかずやご飯に合う、ドイツやフランスにもない“和いん”の世界にも触れる。肉じゃがに合うワインは?なんて知りたいですもの。

町民の方々からワイン料理を習ったり。ブドウのツルでリース作りをしたりもしましょう。

ワインはスローフードの代表なのですから、ここで皆がスローライフを身につけて帰る、そんなお城の在り方もあるはずです。

物を買うより、知識や体験にお金を払う人が増えているのですから。


帰りがけに帯広の屋台で「山幸」をいただきました。所長のプレミアム解説をうかがったあとなので、一杯をいただくことに重みを感じます。

山ブドウ由来の味、酸味が、十勝を飲んでいる気分にさせてくれます。

同じテーブルに着いた他のお客様が、イタリアによく行くそうで「イタリアに比べると十勝ワインはもっと研究してほしい」などと話されていました。

横で私は思いました。「十勝は十勝、山ブドウは山ブドウ、イタリアと同じじゃつまらないでしょ、“和いん”なんだから!」と。

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お仕事 行灯づくり 2018/04/08 10:29 pm

自分で行灯(あんどん)を作ることがあろうとは、思ってもみませんでした。

それが紀の川市の催し「ぷる博」のひとつのプログラムで実現しました。

桧の木枠と、和紙、そこからこぼれる光が柔らかく、暖かく。のどかな春にぴったりです。

そして数人でおしゃべりしながら物を作る、夢中で不慣れなことに挑戦する時間もまたいい。

指導してくださったご夫婦に感謝します。

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おなじみの果物産地、和歌山県紀の川市の「第二回紀の川フルーツ体験!ぷるぷる博覧会 “ぷる博2”」。

市民が企画するフルーツにちなんだ小さな催し52種類のうちのひとつ、「プロの建築士が指導する本格的なオリジナル行灯づくり」に参加しました。

というか、本当の日程には予定が合わず、同じくやりたくてもできなかった人と、特別にお願いしてです。

この日は桜が満開の夜でした。「夕方から行灯づくりをした後に、夜桜も見たいね」「最初が峰のライトアップしている時間内に山まで行けると思う」

あれもこれもと欲張って、「行灯をサクサクと作ろう」なんていいながらの参加でした。

建築設計がお仕事の脇田守夫さんは、周囲からは「ジャムおじさん」と呼ばれているジャム作りの名人。

甘辛味のなんでも美味しく料理できるタレ作りの名人、「タレおじさん」でもあります。

それがこの度は「行灯おじさん」に。

設計事務所兼ご自宅を体験会場に、この日は3人に教えてくださいました。

目の前に建具屋さんがあって、木っ端が余っているのだそうです。建具に使う木は狂いがないようにかなり乾かしている。

だからよく燃える。昔は燃していたのですが、最近は燃すのも難しい時代。

もらいたいと申し出ると、どうぞどうぞといただけたとのこと。

それを材料にしているので、用意された木片は美しくカンナがかけられ、桧の香りがする、軽い。

これを、十字に組み、その後ボンドで枠を作り、貼り付けていくという作業でした。

木で作る枠が直角になるように固定するための、ベニヤと木で作られた固定装置が個人ごとに用意されています。

それで押さえながら作った木枠のボンドが接着するまでは、太いゴムバンドが活躍。

ここまで用意されていると、気軽に「サッと作って、桜へ行こう」なんて思っていたのが申し訳ない。

というより、なんだかとっても、普段はしないこういう作業が面白くなりました。

そこに、さらに障子張り用のノリを歯ブラシでせっせと塗って、紙を貼ります。










これが職人気分にしてくれます。乾いている木はノリをどんどん吸い込むので気が抜けない。










でも脇田さんの指導通りに黙々と作業していくと、だんだん行灯らしくなってきました。










底になる板に、足もつける。足の高さがあるのでコードの太さが邪魔にならない。細かな気配りです。









どの場面でも活躍するのがドライヤーです。乾くのをスピードアップするために、奥様の規子さんがぶんぶん乾かしてくださいます。









ソケットとコードを取り付けると、なんだか、できてきましたよ。











フルーツがテーマの催しですから、果物をプリントした和紙をさらに中に重ねると、果物柄の行灯になります。

灯りをつけると「かわいい〜〜〜」「できた〜〜〜〜」。

このまま、ずっとここに居て、だらだら呑気にしていたくなります。



「桜のライトアップに間に合ったね」と脇田夫妻。一緒に急いでくださったのです。すまない気持ちを抱きながら「ありがとう、行ってきまーす」

普段と違う頭を使った感じでした。木の感触や、ボンドのにおいや、和紙を貼るドキドキ感。

友だちと一緒に何かを作る楽しさ。すっかり心がシンプルになっています。昼間の疲れが吹き飛んでいます。


脇田さんが誰でも作れるようにと、段どってくださった。下ごしらえが完璧だったので、だから私でも作れた。

そんな、ナンチャッテ行灯づくりなのですが、それでも何かを作れた、達成感がありました。

心を清めてから見たからでしょうか、山の頂の桜の美しいこと。

行灯が暖かに灯るように、桜も暖かそうにライトアップされていました。

地元の方が、桜を植えて、育てて、大きくなったのでライトアップして、訪れる人をもてなしてくれています。

一度にではない、少しずつ設備を整えて、ライトをひとつひとつと足して、コードを伸ばして、みんなのために。

行灯の灯りと桜のライトアップがだぶります。

コツコツと作ることが美しさに繋がる。ライトアップ装置を整備してくださった地元の方々に、普段よりずっと感謝する気持ちになったのでした。

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お仕事 ワークショップ38回 2018/03/26 1:32 pm

2014年から続いた、和歌山県紀の川市でのワークショップが終わりました。果物産地でフルーツをテーマに交流を起こし、紀の川市ファンを増やすための動き。

市役所担当によると、38回で約190名、延べ約1200人の参加だそうです。

最終回に、写真で振り返りました。市民が初回に出したアイディアを、この4年半で市民の手で着実に実現してきたことがわかります。ご苦労様!
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最初の頃に配った、ワークショップの進め方の紙です。(写真)まずは皆が何をやりたいかを思いっきり書き出します。

そして、次の回でそのアイディアを整理し、「すぐやること」「少し先にやること」「いつかやること」に分けた。こんなことから始まりました。



フルーツをテーマに交流を起こし、ファンを増やす「フルーツ・ツーリズム」を始めよう!という目的は最初からはっきりしていました。なのでまずは私がその話を40分くらいしています。

「世の中はファストライフからスローライフに変わりつつある。産物の果物をただ売るだけでなく、文化として捉えよう。物からコトへ。フルーツ観光も単なるもぎ取りではなく、フルーツによる生活提案がなくては。まちじゅうが下を向いてただ果物を生産している、巨大な果物工場ではダメだ」なんて話をしたと思います。(写真は初回の次第と最終回の次第)



昨年から担当についた市役所の新人さんが、38回を振り返る写真を整理してくれました。(写真)今回、振り返りをして、初回の頃のアイディア眺めると、出たアイディアは確実に実現されています。






「フルーツ川柳公募」(これはその後進化してフルーツカルタとなり、巨大カルタを体育館で取り合う催しが2回行われています)、「フルーツカレンダー」(小学生からフルーツの絵を公募し、365日すべて違う手描きの絵で埋めるカレンダー。今年で3年目の発行)、「ふるうつ茶会」(フルーツのお菓子で催すリラックス茶会。桃野点や宵野点、市役所ロビーでの茶会も)。

そして「フルーツ料理の開発」(コンテストをしたり、飲食店がフルーツを使ってメニューを工夫したり。フルーツ寿司、フルーツパスタ、キウイすき焼き、などなど)、「フルーツ商品開発」(フレッシュフルーツかき氷、桃守り、桃ハンドクリーム)、(写真はハンドクリーム)「フルーツ博覧会」(「ぷる博」の名でフルーツにちなんだ小さな催しを市域各地でたくさん開催。今年で2回目)。



書ききれませんが、みんなよくやってきたなあ〜とつくづく思います。(写真は最終回に配った市からの挨拶文と「ぷる博2」のパンフ)








最終回のワークショップのために電車に乗ると、今、ちょうど開催中の「紀の川フルーツ体験!ぷるぷる博覧会 ぷる博2」の中吊りが。(写真)

街じゅうで、今回は52種類の体験催しが開催されている。それを、一昨年できた一般社団法人フルーツ・ツーリズムが仕切っている。私はお客として参加すればいい。「ぷる博5、10、15」と続くのでしょうか。


最終回ワークショップ前にランチに出かけると、まず清見オレンジの生絞りがでて、お料理のサツマイモも清見果汁煮、ドレッシングも果汁入り。

母娘でやっているかわいいカフェで、普通にこういう料理が出てきました。最初にこのまちに来た、5年前にはなかったな〜。



最終回会場には38回分のワークショップ資料が並んでいました。私は現場は回しても資料などは作らない怠け者ですから、市担当者が苦労して作って来たものです。

初回からずっとこのワークショップをお世話してくれた担当者がその資料を撮影中(写真)。普通の行政の仕事とは違う初めての試みばかりなので、大変だったと思います。

どんな風に苦労だったのか?これは解説していかないとわかりにくいかもしれません。実は、市民発案の企画を市民が実践!といいながら、最初の頃は、とことん行政が上手にお世話をしていました。

とにかく「まちづくりは楽しい」と思ってもらうために、前にでないように、でもうまくカバーして、市民がやったと思えるような形に支えていたのです。

だから、市民の方々は「こんな会議のやり方もあったんだ」とか「子連れでもまちおこしに参加できる」「面白いことやれた」なんて手応えを持ったはずです。

しかし、成功体験を持った後は、自走してもらわねばならない。ワクワクしたワークショップは、だんだん辛い、合同会議のようになっていきました。

やることを企画メモにする、テーマごとのチームが予算を持ち、それを収支計画を経てて使い、必ず利益も出す。夢を追っていれば良かったワークショップは、現実味を帯びてきます。

でも、ここで踏ん張らないと、いつまでも行政が市民をお客様のようにチヤホヤし、市民も持続可能な活動を作れない。事務局作業は誰かがやらねばならない。でも行政はやらないように舵を切る。つまり、市担当者も私も、意地悪な嫌な人になったのでした。

何でもハイハイとやってあげる方がどんなに容易いか。企画書を書いてあげる、収支計画もたててあげる、役割分担も作ってあげる、タイムスケジュールも、広報も、記録も、報告書も、、。

やってしまうことは容易いのですが、後から困るのは市民です。「市役所がやってよ」と頼んでくる市民と行政は戦わねばならない。ワークショップ参加者はずいぶん嫌な思いをしたと思います。そしてイエスマンにならない市職員・地域おこし協力隊はしんどかったと思います。


ワークショップではマイクなんかで話したくないのに、必ずマイクが回わってくる、何か言わなくちゃならない。「質問なんかありません」といえば「では感想を」と私がたたみかける。

でもこれは訓練で、誰かの発表に対し、感想や質問をかぶせることで、発表内容をより良いものに研いでいくという作業です。わざと厳しい質問をしてあげるのは仲間への愛情表現なのです。

普通の主婦の方が、当たり前にマイクで話せるようになるまで時間がかかりました。(写真は最終回での発表、みなマイク発表は当たり前になって)


最終回にあわせてか、参加者の若者が「フルーツ・ツーリズム」の活動を論文にまとめてくれました。客観的に文字にしていただくと、ああ、そういうことをしてきたんだなあ〜と思えます。


最後に、私が紀の川市に通うことになったそのきっかけを作った今の部長さんから熱いメッセージがありました。この方は、途中、ご自分の部署が変わっても、一市民としてワークショップに通い続けてきた方です。

『この事業は「紀の川市の観光ファンを拡大する」ことが一番の目的であることは間違いないことですが、この事業を通じて、多くの市民の方を発掘することができました。いまでは、市民と市民との交流ができ市内のあちこちで化学反応が起きています。最近、紀の川市では長期総合計画策定のための市民アンケートを取っています。「“紀の川市はフルーツのまち”というイメージがありますか」の問いに、「そう思う」が前年度は43.6%、今年度は47.1%。「どちらかといえばそう思う」が前年度は37.6%、今年度は40.4% 。合計でいいますと81.2%が87.5%になった、実に一年間で6.3%も上がったことになります。これを分析するとこの一年間での伸びは、やはり、青果を売っていることだけでなく、フルーツを通じての文化・歴史・体験等の数多くの取り組みが、市民の「フルーツのまち」としての認識を高めたといえるのではないでしょうか。まさしく、フルーツ・ツーリズムの活動が、フルーツ・ツーリズムに携わっていただいた方の「紀の川市が好き、愛している」という気持ちが、この数値をもたらしたといっても過言ではないと断言します。』


東京と地方とを比較して、長い間、「わがまちは何もない、自慢できない、東京がいい」という物差しが根強いものでした。

それが「○○のまち」と言える言葉が持てたことは、座標軸を変えたことになります。

まちづくりの動きの評価をなかなか数字で示すことができないものですが、これは私にとってうれしい数字となりました。

「紀の川市フルーツのまちづくり」のファーストステージが終わり、続いてセカンドステージへ。

新年度は、まちづくりができる人を育てる「人材育成塾」が始まります。

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お仕事 「ぷる博2」 2018/02/26 1:53 pm

これは「第二回紀の川フルーツ体験!ぷるぷる博覧会」の愛称です。昨年に続き、フルーツがテーマの市民企画催しが52種類もそろいました。3月4日から。

“イチゴ電車に乗って猫の駅長に会い、イチゴ狩りをしてイチゴ大福づくり”“ロケットストーブを作りフルーツピザをほおばる”“和服で名刹「粉河寺」を散策しフルーツ寿司を”など。満員御礼も続出、個性的な催しが一杯です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ぷる博2 オフィシャルご案内サイト」はこれです。
http://www.kinokawa-fruits.jp/puruhaku/

52種類の催しを詳しく見ることができます。今年のパンフレットは、ハンドバックに入るA5サイズなので、可愛いくてなかなか好評。

この「ぷる博」2回目ともなると、主催の(一社)紀の川フルーツ・ツーリズムも余裕?とはなりませんが、初めての時よりもなんとなく切迫感はなく、やれる範囲でやりましょうという雰囲気です。

そう、爪先立って無理してもつまらないですものね。
さて、そんな中で私的にちょっと気になる催しをご紹介しましょう。

パンフレットを複写して載せているので、見にくかったら上記のURLでご確認くださいね。


38番の「いちご×(電車・収穫・大福)ニタマ駅長にも会える、いちごづくし旅」

これ、わかる人にしかわからないかもですね。紀の川市には和歌山電鐵が走っていて、この列車が猫や梅干しなどのテーマのある車両。遠方からわざわざ乗りに来る人もあります。

さらに、人気なのは貴志駅にいる猫の駅長。先代がタマ駅長で、今は二代目なので「ニタマ」と呼ばれています。

そのイチゴ電車に乗って、、なのです。貴志川町はイチゴの産地、イチゴ狩りはもちろん、イチゴ大福作りもある、ここに私はひかれてしまいました。

昔、静岡に住んでいる頃、イチゴ狩りはイヤって程やりました。でもそれはドライブとセットで必ずや渋滞になり、それがつらかったのを思い出します。電車なら安心、しかもイチゴ電車なんて!

「貴志川観光いちご狩り園」の方々がどれほど丁寧にイチゴ作りをしているのか知っているだけに、このメニューはよくぞ考えてくれたと思いました。

39番「椿や桜・桃が咲き誇る風景の中であら川の桃ジャムづくり」

「あら川の桃」といえばブランド桃です。その桃でジャムを作る幸せ!以前この体験をしたときに、本当にたくさんの桃を使う贅沢に酔いしれました。

そして、煮ている間の桃の香りにビックリ。やはり桃は果物の女王だと思ってしまいます。ザクザクと刻んだ桃がたっぷりと入った瓶を持ち帰る、東京ではこんなジャムは高価過ぎて手が出ないはずです。

ほんのりピンク色の桃ジャムは桜の季節のプレゼントにしようっと。

この催しの紹介コピーにもあるように、「桃りゃんせ夢工房」近くにはたくさんの椿があります。ジャムづくリだけでなく、花見物も兼ねて家族と行くといいですね。

40番「ロケットストーブをDIY。できたてストーブでピザ焼き。」

私のこのブログでも何度かご紹介しているロケットストーブ、ご存知ない方はぜひご参加を。オイル缶を二つ繋いで、なかに煙突を通す簡単な仕組み。ほんの少しの燃料で、ロケットのようにゴーッと音を立てて燃えます。

ストーブというと暖をとるためと思うかもしれませんが、これは調理向き。お湯などすぐ沸きますし、火力が必要な焼きそばなどお勧めです。

料理はともかくとして、このストーブそのものを作る作業が楽しい。この催しを主催の方は、ロケットストーブの強烈な信者のような方で、“布教活動”?に熱心。作るためのすべての道具、部品など用意してくれるので、子どもと女性だけでも多少の苦労だけで出来上がります。

そして初めて火を起こしたときの楽しさ、面白さ。やはり、人間は火を起こすことに何か本能的な喜びを感じるんだなあと思ってしまいます。

キャンプなどに向いていますが、本当は災害時の強い味方。ガスや電気が止まっても、調理できます。今回また作ろうかな〜。


45番「気持ちはもう桃農家?『美味しい桃にな〜れ』の摘蕾体験。」

摘蕾とはテキライと読みます。つまりいらない蕾をとること。同じく、摘花も摘果もある。紀の川市に通うようになり、当初驚いたのは、この作業でした。ポロポロポロポロ、蕾を落とす。なんだかもったいないし、かわいそう、と思ったものでした。

でもこれをやらないと美味しい桃にならない。理屈は分かるのですが、、、、、。せめて花を満開に咲かせて、それからじゃだめですか?と思ってしまいます。

農家さんだって、そりゃあ、花ぐらい咲かせてあげたい気持ちはやまやまでしょう。でも美味しい実を実らせるためには、なのです。それはとりもなおさず私たち、消費者の望みに応えるためなのですから、いたしかたない。

なので、それならばお手伝いくらいしましょう。桃の樹のこと、桃農家のこと、桃のことを知って、ありがたく夏には桃をいただきましょうというわけです。

果物産地だからこそできるプログラム。ここのジェラードは行列ができるほどの味、フルーツがいっぱい使われています。摘蕾からジェラードまで、桃がたどり着く道のりを体感したいものです。

47番「パソコンで作るフルーツクラフト 思い通りに作れるかな?」

フルーツがテーマの「ぷる博」にパソコン教室が参加するとこうなる!ということ。
できあがるフルーツクラフトが何とも可愛いのです。

パソコンなしの生活なんてもはやできなくなっていますが、実はしょうがないからパソコンを使っているだけで、パソコンを楽しんだことなどない私です。

いまだにわからないことだらけで、パソコンは肩コリと目の疲れのもととしか思えない。それなのに、この催しは何だか楽しそうな感じ。

子どもの初めてのパソコン練習にぴったりとありますが、パソコン嫌いのおばちゃんが、パソコン好きになるためにお勧めなのかもしれません。

この日はせいぜい、仕事を忘れて、パソコン遊びをしましょう。

貴志川の平池の近くとか。池のほとりのウォーキングや、カモの群れや、黒鳥の泳ぐ姿を眺めるなんてゆったりした時間も、自分で付け加えたいところです。

28番「バスケット・ピンポンでゆる〜く汗を流し、折り紙もして、果物も。」

最後は私主催の催し。和歌山発のバスケットのついたミニピンポン台で遊ぶ「バスケットピンポン」通称「バスピン」。

これをゆる〜く楽しみましょうという催し。そもそも私ができません、正確なルールもわからない。なのに楽しいのは、このスポーツ?の魅力なのでしょう。

子どもも高齢者もなんとなくピンポンらしきものができる。バスケットにボールがポンと入れば点数があがる。

家庭に一台置きたくなります。どうぞぶらりとお立ち寄りください。縁側みたいな感じで一緒に果物食べて、折り紙などもしましょう。

こんな風に、いろいろな立場の人が、それぞれにフルーツにひっかけて考えたプチ催しばかりです。ここでは少ししかご紹介できませんでしたが、何処の土地でもなにかテーマが見つかればこういう仕掛けはできるはずです。

参考事例としてはおすすめ。どうぞ遊びにおこしください。

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お仕事 まちづくりスキル 2017/12/18 12:57 pm

まちづくりに目覚め、動き出した市民に必要なのは、今まで縁のなかった知識や技術です。

例えば農家のおばちゃんがイベントをやろうとしたら、企画書を書かなくてはならない。サラリーマンが子ども向けに露店を出そうとしたら許可申請や食品の扱い方を学ばねば。

というわけで、連続講座を始めています。Facebook、企画書、食品衛生、個人情報保護・・・私自身が勉強しております。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「戦略的Facebookの使い方 SNSをもっと安全に使おう」という
講座をやるぞー!、ということについては以前ブログに書きました。

市役所の詳しい方を先生にお願いして、古民家カフェでくつろぎながらの講座です。

で、実際にやってみて、もっともっとうまく使えるということが分かりました。

とはいっても、即、バリバリに使えるというわけでもないのですが。

お知らせなどは、投稿をトップに固定しよう。これを知らない人が多かった。イベントの記事の上げ方がそもそもわからない??

若い方はインスタの方がいいらしい。そうなると中高年がFB?しかも長々書いても、上5行くらいしか見ないとか。ではご挨拶などほどほどに、早く本題を書いた方がいいということになる。

ただ見る人が多いよりも、何か反応する人が多い記事の方が大切。エンゲージメント率というらしい、あ、ここを見ればわかるんだ。




お馴染みの紀の川市での取り組み「フルーツのまちづくり講座」と題してあるので、美しくカットした果物を食べながら、です。

こういう写真も、いつものように撮らないで、人が入ったかッとを撮る、子どもに撮ってもらう、動画であげる、などの工夫のツボを教えていただきました。

テレビの画像を写真に撮り無断でアップするのは違法。これはよくやりますね〜。自分たちの活動が報道されたりするとうれしくて画面を撮って、FBにあげちゃう。

子どもたちの写真を上げるときは注意して。顔に星などつける程度ではダメです。などなど、注意することも山ほど。

友達だけに公開しているつもりでも、どんどん流れていくと思った方がいい。それがネットの世界というわけです。便利で無料には必ず危険もあるということですね。

続いてフルーツのまちづくり講座 その2「企画書の書き方」講義+ワークショップです。

この回もお仲間のなかから講師をお願いして、まずは基本のお話。企画書は,錣りやすく客観的にコンパクトにが原則。

手段、つまり「どうしたいか」ばかりが先にあり、「何のために」が書かれていない企画書は企画意図が届かない。

ふむふむなるほど、その通りですね。つい独りよがりで長々と書いてしまう。することばかりを緻密に書いて、いつしか何のためにそれをやるのかわからなくなってしまう。

そんなことをうかがってからワークショップとなりました。

あらかじめ参加者から“フルーツのまちづくり”アイディアを出してもらい、そのなかから3つの企画を事務局が選びました。

そして、そのアイディアをどんな企画書にするのかの条件も付けて、3チームに分かれて取り組みました。

「ミカンチーム」課題:「福祉系のフルーツカフェをやりたい」クラウドファンディングでお金を集めるために企画書を書こう。

「イチゴチーム」課題:「和歌山線などにフルーツの試食販売隊を」交通機関に理解を促し、協力をいただくために企画書を書こう。

「キウイチーム」課題:「フルーツ芸術祭をやろう」そのための場とアート作品などを市内から募集するために企画書を書こう。

ねらいは面白かったのですが、時間切れ。企画書を書くより前に、「ああしたいこうしたい」の話の方が盛り上がり、笑い合い、です。

企画書が書けるようになるには、これはまあ、あと講座を何回かやらなくてはダメでしょう。

そして「食品衛生基本のキの字」の講座です。保健所の方に講師をお願いしました。

まずは、食品の営業をするのにどういった手続きが必要か?のお話。

皆、今やっていること、これからやりたいことが違うので、自分がどんな許可を取るべきなのか、届け出なのかが想像できました。

続いて食中毒について。皆、身を乗り出してうかがいます。ノロウィルスなどにやられた時の下痢便は、トイレットペーパー10枚を重ねても手に付いていると聞いてぞっとします。

微生物を原因とする食中毒予防の3原則は「つけない(清潔)」「増やさない(迅速・温度管理)」「やっつける(加熱)」だそうです。これは普段の暮らしからして必要なこと。

特に大切なのが手洗い。ということで有志4人が実験しました。これは小学校などでよくやられるものです。特殊な液をつけてから手を洗うと、洗い残しが分かるというもの。

ビックリです。青白く浮き出たのが洗い残し、こんなにたくさん!洗っているようで、洗っていない、特に手首が注意と教わりました。

そしていよいよ実際に参加者がやっていることの写真を映しながら、アドバイスをいただきます。

事例1:竹を割って流しそうめんは?営業というより、竹で水鉄砲などを作る子ども向けの体験催しのおまけでやったこと。竹で子どもたちは器や箸も作って。竹はアルコール消毒も。そうめんと一緒に桃やブルーベリー、スイカも流しました。

「これはグレーゾーン。暑い日の屋外で、体験ではあっても生のフルーツを使ってというのは?そうめんもリスクが高い」とのこと。

まとめて茹でたそうめんは雑菌が増えやすい、生竹のなかを流すと消毒しきれない菌もある、炎天下の外、生のフルーツ。いろいろな危険が重なり合っていた催しだった、ということが分かりました。スタッフが少ないなかやっていましたし、確かに丁寧な対応はできていなかったかも。

事例2:外で、生のフルーツジュースやフルーツピザを売りました。暑い日で、フレッシュな桃をたっぷり使ったジュースが美味しかったし、よく売れました。

「これは×。屋外でとにかく生のフルーツは危険。土にも空気にも雑菌が一杯。ピザはしっかり過熱して、フルーツが生にならないように。生のトッピングも危険」

わあ〜、外だからこそ、夏だからこそ、フレッシュフルーツものが美味しいのに〜〜。と思うのですが、それだけに危ないわけです。ちゃんとしたお店が、お店で作ったジュースをお店の室内で出すなら問題ないとのこと。

こうして、次々に事例ごとのアドバイスをいただきました。

市民が思いつきで、やる気に満ちて行動するからこそ、見えないこともある。せっかく頑張ってやっても、もしも食中毒など起きたら、まちづくりではなく危険づくりになっちゃいますものね。

素人だから走れるけれど、素人だから怖い失敗もあることをしっかり知ることができました。

まちづくり講座というと、今はたいてい、アイディアを出して、楽しく実践となるケースが多いものですが、段階ごとにこうした“知っておくべきこと”“身につけてくべきこと”のスキル講座も必要でしょう。次回は「個人情報保護を知る」講座です。

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お仕事 桃づくし 2017/07/23 10:42 pm

この時期の紀の川市は桃一色です。桃を買いに来るお客様で桃渋滞が起きる。桃直売所には開店前から行列ができる。

ならば市民主催の催しも桃一色にと、「桃づくし体験」が行われました。

低農薬農園の桃をもぎ取り、桃農家のお話を伺い、桃の剥き方を教わり、桃100パーセントの氷蜜を使ったかき氷作りを体験し、桃バーガーをほおばる。

こんな贅沢、産地ならではですね。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


果物産地、紀の川市。桃山町には「あら川の桃」というブランド桃があります。農家さんは、今の時期毎日4時間睡眠がとれればいい方、という過酷なスケジュールで動いています。

年に一度の実りの時期ですもの、しょうがないですよね。




手前の桃畑の向こうには緩やかな山、その上にはカンカンに晴れた夏空。

近くを紀の川がゆったりと流れています。







桃ロードと呼ばれる道路のあちこちに、農家直営の売店が。少し眠そうな農家さんが、次々と桃を箱に入れています。並べた先から争うように数箱単位で買われていく。

安い!自家用ならB級品で十分ですね。東京に持って行って行商したくなってしまいます。



さてこの日の催しは「まるごと『あら川の桃』づくし体験」。家族連れの中に私も混じります。

畑に行くと、重そうに桃が実っていました。







途中で、作業中の農家さんから少しお話をうかがいます。

「こういう桃は、なかが割れてる。こういう桃がいい」「でもそれを見るには売っている桃をひっくり返してみなくちゃだめですね。さわることになる」などなど、質問山ほど。





桃を採るには両手で持って、腰を下ろししゃがむようにして引くと上手に採れる。

生まれて初めての桃収穫です!!







採れたよ〜。ずっしり。












桃を抱えて歩く桃畑、低農薬の畑には草が生え、虫も一杯。子どもたちはもっと遊びたくてなごりおしい。

さて次は・・・。







◆先頭の幟を持っている方が、この企画をした「紀州百匠隊」。
https://www.facebook.com/kishu100show/?fref=ts



桃をむきます。エイッと上から下に包丁を入れると、種までパカッと割れる。果物ナイフで種をほじりだすと、果肉は半球状にたっぷり。こうしてから皮をむくと、果肉の無駄はほとんど出ません。

「たしかに桃の缶詰ってこうなっているね〜」と目からウロコの剥き方でした。



桃のかき氷も体験です。南紀州の名水「古座川源流の水」を時間をかけて凍らせた氷。

これを昔ながらの手回しかき氷機でシュッシュッシュッシュッ。力を入れないと回りません、力を入れ過ぎてもダメ。





これに「あら川の桃」100%の手作り桃ソースを2段に分けてかけて、さらにアイスクリームものせちゃう。

なんと贅沢な、なんと美味しい。暑さが上品な甘味で飛んでいきます。





「あら川の桃バーガー」も別メニューで食べられます。

美熊野牛のミンチで作ったハンバーグと、少し甘い味のついた桃がメイン。されど、これだけのものがはさまれます。桃とお肉がぴったりなのでした。




◆この企画のもうひとりの企画者が「野かふぇ おりや」。
https://www.facebook.com/nocafe.oriya/
桃のかき氷、桃バーガーが普段から食べられます。営業日に注意。


帰りにのぞいたある農家さんの直売所。桃とヨーグルトのスムージーも売っています。

最近の農家はいろいろ頑張っているのですね。








翌日は選果場の売店で「桃かき氷」を販売の(一社)フルーツ・ツーリズムのお手伝い。

地域の農家さんたちの小さな売店、桃を売るだけでなくかき氷が初めて販売となりました。





水を一滴も加えていない、桃のソースをかけた氷。桃を買いに来たお客様が、「それでは、一杯」と召し上がっていきます。










今回は、市民グループと、和歌山大学の学生さんとで氷屋さんにチャレンジ。

農家と地域おこし市民と学生とのつながりができました。暑い中頑張った人たちで、次なる展開がまた生まれていくことでしょう。








桃はいいなあ〜。おいしいものはいいな〜。皆が幸せな顔になる。

紀の川市の桃、8月中旬までが旬です。








フルーツ・ツーリズムについてはこちらです。
https://www.facebook.com/purupuruclub.kinokawa/


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お仕事 吊り橋ウエディング 2017/04/17 11:23 am

2013年から私が通っている奈良県十津川村谷瀬、自慢の「日本一の吊り橋」でこのほど結婚式が行われました。集落に移住したカップルの吊り橋ウエディングです。

「このままではむらが消える、吊り橋から集落に人を呼び込み歩いてもらい、気に入ったら住んでもらおう」と、むら消滅の危機感から皆で整備してきた「ゆっくり散歩道」を新郎新婦が歩きます。

谷瀬集落の願いが叶った春となりました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



谷瀬の吊り橋に続く「ゆっくり散歩道」のことは、もう何度もこのブログで書いていますのでお馴染みとは思います。

数回の寄合(ワークショップ)を重ね、むらにもっと外の人に入ってきてもらおうと、そう決意したのが2013年の春のことでした。




そしてその後、できる範囲で集落の人は整備をすすめました。
むらのただの農道が「ゆっくり散歩道」として変身したのは2014年4月6日のことです。

テープカットと同時に、これまで閉ざしていた集落はオープンになったのでした。


一応、昔のブログを付けておきます。↓
http://noguchi-tomoko.com/modules/yutoriaruki/details.php?blog_id=255&date=201404



整備といっても球根を植えたり、立て看板を作ったりした程度。これまでのむらの道と姿は変わりません。

でも「ゆっくり散歩道」なんて呼ぶと、むらの人の気分が違います。テープカット後、みんなで普段の道をゆっくりと歩いてみる。そうすると谷瀬はけっこういいところだ、と違う視点でみえてきます。



その後の集落の人たちの動きがすごかった。もともと紙や文字を見て難しいことを話し合うより、身体を動かすことが得意の皆さんです。

散歩道の途中にある森山神社に説明看板がない。よし立てよう。説明文が決まったら(写真はその文案を検討しているところ)、あっという間に手作りの立派な看板が立ちました。



「ゆっくり散歩道」がオープンと同じ時期に、奈良女子大の先生・生徒さんが研究のために応援に入ってきてくれました。

それまで地味だった道標が、学生さんの手によりかわいい道標になります。






散歩道のゴールの高台からは「谷瀬の吊り橋」が見えます。それなら展望台にしようと、集落の人たちはバサバサと木を伐って展望できるようにしました。

ここまでの道も邪魔な木はなくし、丸太で階段もつけ、橋の古い板でベンチまで造りました。

「ゆっくり散歩道」を歩く「ゆっくり体験」を催し、むら名物の高菜漬けでご飯をくるんだ「めはり寿司」づくり体験もやりました。

奈良県立大学の皆さんもこの動きに加わって、谷瀬は急ににぎやかになっていきます。


2013年の時点で、昔あった水車をまた造りたい、とう話は出ていましたがこれも造ってしまいます。

集落に大工さんが居て、図面を取り寄せながら、かなり苦労しながらも造りあげてしまいました。






もともと技術はあり、動けるのだけれど、何をやればいいのかそれがキッパリ見えていなかったのでしょう。

「ゆっくり散歩道」という幹が通って、そこにいろいろな枝が出て、様々な実りが出てきたのです。

道に面した空き家は、「こやすば」という名の休憩所になりました。学生さんの若い力と集落の人たちの技術で、崩れかかった民家がよみがえりました。


そして、ただの田舎道をたくさんの人がブラリブラリと歩くようになったのです。











この頃には、今回の新郎“タロウ”さんは、しっかりと集落の一員になっていました。写真左。

2014年にタロウさんは生駒市から谷瀬に住み始め、展望台ができたころにはご両親もどんなところかと訪ねておいででした。

集落名産の「ゆうべし」作りにも、食に興味のあるタロウさんの姿がありました。

一見、髪が長く、ファッションも独得なので、ヒッピー風の人かなあ、と思ったのですが、彼の言動は“体育会系”のような筋の通ったさわやかさがありました。




タロウさんは、谷瀬からかなり離れたそれでも村内の神社に週数日通う仕事をしています。なかなか厳しい仕事です。そんな彼が谷瀬で米を作りたいと言い始めました。

なんとか彼が谷瀬で暮らしていけるように、みんなが気遣います。荒れ果てたやり手のいない休耕田を放っているより、耕して水田にした方がいいに決まっています。

「頑張れ、道具も田んぼも使っていいよ!」「どうせなら酒米を植えて、お酒まで造るか!」と勢いづきます。

そこへ学生さんも「米づくりしたい」と相乗りし、いくつもの田んぼで酒米が育ちました。



皆で作った酒米でお酒を仕込む、となると地元の酒屋さんも「なるべく手伝ってごらん、見に来てごらん」ということになります。

集落の人も、学生さんもこぞって参加しました。

昨年春「純米酒 谷瀬」ができあがった頃には、タロウさんは酒造りのリーダー。寄合でも大きな存在となりました。

そしてふと気づくと、今回の花嫁“リョウコ”さんも、寄合に顔をだし、谷瀬の一員になっていったのです。


先日の4月7日、吊り橋結婚式の日。私はうかがえませんでしたが、雨と思っていたら谷瀬ではこの時晴れたのだそうです。

この吊り橋結婚式の様子は、奈良県南部東部振興課のご厚意で写真を使わせていただいております。

吊り橋の向こうから新婦リョウコさんと親族が、谷瀬の集落総代に先導されて歩いてくる。

それを、谷瀬側からタロウさんがご両親と傘をさして迎えに行く。吊り橋の真ん中で、指輪交換。なんとも美しい光景です。

やがて一塊になった一行は笛の音とともに、吊り橋を渡り切り谷瀬に入ったのでした。


2014年4月6日、「ゆっくり散歩道」がオープンしたその同じ場所で、二人の頭に集落の方々が作った野の花の混じったライスシャワーが撒かれます。

軽トラに温室様の幌が着いたこれも地元住民手づくりのパレードカーで、「ゆっくり散歩道」を二人が動き出します。

カラカラと鳴る空き缶が、「ゆっくり散歩道」のうれしい笑い声のようだったでしょう。


普段観光客がのんびり登る、杉並木の中の階段。その先に集落のお宮さんがあります。

ここを白無垢の花嫁さんが登るなんて、数年前誰が考えたでしょうか?





少し前、副総代がおっしゃっていたこと。

「夏、夜明け前にふと田んぼを見ると、二人が田にはいつくばって草を取っていた。その姿を見て、この二人は大丈夫だと思った」

お二人に、そして谷瀬に幸あれです。



吊り橋ウエディングの報告も兼ねての、先日4月10日の寄合です。そこにはタロウさん・リョウコさんに加えて、新しい住民となったご夫婦の姿がありました。家具職人の方です。

一方、平均年齢をぐっと下げる新人も登場。寄合ではすやすや眠ったり、オムツを替えたり。

そして次なる新住民の方が、同じく赤ちゃんとともに移られることが予定されているとか。

谷瀬におめでたいことが続きます。


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弘前・相馬アイスクリーム
紀の川市で
トイレ考
岐阜県恵那市岩村町で

連絡先

野口 智子 のぐち ともこ
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局
ゆとり研究所

TEL 090-7433−1741
E-Mail yutori@noguchi-tomoko.com

NPOスローライフ・ジャパン
〒160-0002 東京都新宿区四谷坂町9−4 リカビル301
TEL 03-5312-4141 FAX 03-5312-4554
E-Mail slowlifej@nifty.com


略歴

<野口智子(のぐちともこ)>
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局長
千葉市生まれ。東京でコピーライター、プランナーを経験。1977年静岡県に移り企画・編集プロダクション設立。
1992年ゆとり研究所を開きコンサルタント業務を開始。
ライフスタイルの提案、「一店逸品運動」による商店街の活性化、時間消費型観光おこし、人材育成などの分野で活動。
2000年からスローライフ運動を開始、2003年スローライフ・ジャパンを設立、現在、事務局長・副理事長。
2006年から活動拠点と自宅を東京へ。現在はスローツーリズムの提案、商品開発、地域観光の育成、都市と田舎の交流、移住・定住プロジェクト、“食”をテーマにしたまちおこし、などに力を入れている。住民参加の独自の楽しいワークショップが得意。
現在、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域再生マネージャー(ふるさと財団)、国土審議会半島振興部会委員。