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お仕事 龍神村で 2019/11/04 1:40 pm

和歌山県の「地域の魅力再発見研修会」で講師をしてきました。自治体職員や住民の方々が集まって、楽しいワークショップとなりました。

研修前に訪ねたのが田辺市龍神村、美人づくりの湯で知られますが、それだけではなかった!

NPOが耕作放棄地にソバを作り、蕎麦屋を経営。もと中学校校舎で巨大シイタケの生産。特産の木を活かした高級家具づくり、など。

私が研修を受けた次第です。
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龍神村にはずいぶん前に、ちらりと寄ったことがある程度。でも、日本三大美人の湯とか、美肌の湯という触れ込みは忘れずにいるものです。

合併して巨大になった田辺市の一部ではありますが、龍神村という名は残っていることが嬉しい。最近は、市より、村という名の響きの方が部外者はそそられるものですから。

お昼はお蕎麦とうかがっていましたが、そのお蕎麦屋さん「和わく」はもと保育所の建物をお店にしたものでした。

何を食べようか迷っていると「龍神マッシュの天ぷらはすごいですよ」の声が。「うん?なにそれ?とにかくそれだ」と頼んだのが「キノコ天蕎麦」。

「龍神マッシュ」とはこの地のシイタケで、肉厚のそれが揚げられてきました。ガブリ、ジューシー。お蕎麦の方もキノコだらけ、コリコリした地元のキクラゲが美味しい。

ここは「ええとこねっと龍神村」というNPO法人の経営。お店の窓の外にはそば畑が広がります。お会いした3人の男性は、とつとつと活動の経緯をお話されます。

最初の頃はただ集まって飲んでいるばかりだったのが、ちゃんと何かやらないと、と、休耕田にソバを植え、そしてお店にまでなったとか。

各種の事業展開をされていますが、なかでも今燃えているのは「公共交通空白地自家用有償運送」について。つまり、足のない人たちのために、NPOが車を出しますよ、という仕組みを始めようとしているのでした。

地元の方と、Iターンの方が一緒にやっているNPO、立派だなあと感心しました。名刺にある「地域を耕す」というコピーが心をつかみます。

さて、お隣の元中学校校舎へと移動しました。ここが「龍神マッシュ」の生産拠点です。

廊下を賑やかに走っていらしたのがここの責任者、伊藤委代子さん。全くの素人だったのがあちこち勉強に行き、ここでシイタケ栽培を始めました。

ハウスの中の棚に菌床を置き、龍神の名水で育つシイタケは、直径8〜10センチという大きさで出荷されます。

高齢者や女性が働ける仕事、ハウス栽培なら獣害もありません。もと職員室で袋詰め作業が行われ、伊藤さんのお孫さんになる若い女性が、子連れで働いておいででした。

「龍神マッシュって名は娘が考えてくれたの」、家族や女性たちが仲良く働く場で育ったキノコは、それだけで美味しく育つように思えます。

巨大な龍神マッシュをフライにしてはさんだ「シイタケバーガー」もあるそうです。食べてみたいなあ・・。

私?あんまりキノコが可愛くて食べられないのよ」と元気に笑う伊藤さんのお肌はスベスベ。

シイタケの力なのか、温泉力なのか、水と空気のせいか、うらやましい。






さっきお蕎麦を食べた時に座った椅子も、スベスベで気持ち良かった。その椅子がある「道の駅龍游/ジー・ワークス」に行きました。

ジー・ワークスという名で、龍神の木材を使って、柔らかいカーブの椅子、テーブル、木馬などを作っている松本 泉さんと記念写真です。



「龍神にはアトリエと住まいが一緒になったスペースがあって、何人ものアーチストが住んでいます」とのこと。店内の素敵な藍染めも目を引きます。

道の駅というと、食べ物ばかりを売っていますが、龍神ちょっと違います。

生活提案を感じるおしゃれなものが並び、ずっと見ていたくなります。このお店ごと都会に持っていきたいくらいですが、龍神にあるからいいのでしょうね。


先ほどのNPOの理事のお1人は横浜から移住されたシェフ。龍神に来た頃は中学生だった息子さん・竹内雅美さんは今や結婚し、お父様の開発した「南高梅ドレッシング」を継いでいます。

直売店味工房「梅樹庵(めいじゅあん)」、この小さなお店では、そのドレッシングのほか柚子ケーキや梅シロップ、ジャム、などなどを販売。茶房梅樹庵もあり、冬場はジビエ料理が楽しめるとか。次回はこれを狙いましょう。

今、龍神村では「龍の里づくり委員会」が立ち上がり、地域資源と人材を活かしたまちづくりを始めているそうです。

村の若者中心に集まった40人を超えるメンバーから、27の事業・プロジェクトが発案され、2023年を目標に実現しようという意気込みです。

竹内雅美さんはその企画部会長、要となる人です。がんばれ〜〜〜!

田辺市龍神行政局にはチェーンソーアートの龍が施された看板がかかります。これからこういう看板を増やしていくとか。

村のほとんどが森林で、龍神材は有名なのですからそれを活用し自慢する看板がかかって当然ですね。木はこんなに素敵、こんなに素晴らしいと看板から伝えられますもの。

私もこの看板と同じものを注文したくなりました。







ここはもと役場、ロビーには龍はもちろんのこと、クマ、ゴリラ、キリンなどいろいろな動物が並びます。

そう、この村にはチェーンソーアートの名人もお住まいなのでした。






こんな風に龍神村を回ってみると、龍がぶるるんと動き出している息吹を感じます。

何となく「良いお湯が沸く、静まった山深い湯治場」のようなつもりでいたら大間違い。

龍は眠っていません!何匹もが連なって、知恵を出して、力強くうねり始めています。

研修でお会いした、龍神に住む役者さんも、パステルアーティストの方も、それぞれに意欲的で個性的、キラキラしていました。

役所の方から龍という字を4つ書く文字を教わりました。「てち」と読むそうです。すごいとか、大きいとかの意味だそうです。

調べると64画で一番画数の多い漢字、多言、しゃべり続けるという意味もあるそうです。

まさに、「龍の里づくり委員会」は、すごく・大きく・しゃべり続けましょう!これからが楽しみです。

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お仕事 何をする? 2019/10/19 5:18 pm

雲仙市で進めている「雲仙人(くもせんにん)プロジェクト」、そろそろ来年度は何をするか?考える時期。

皆で「やりたいこと」「できそうなこと」を素朴に書き出しました。「雲仙人ランチを皆で考えよう」「雲仙名物人図鑑を作
ろう」「温泉を究めよう」「ビックアーチストを呼ぶ」等々。

案は様々ですが志は同じ“雲仙市を良くしよう”です。さあ、これから詰めていきましょう。
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昨年は、市内のキーマンを私が訪ね歩き、どんな人がどんなふうに雲仙市を盛り上げようとしているのか?とくと聞く。ということを続けました。

すると、この人たちの活動をきちんと聞くだけでとても勉強になる、聞いたあとにいろいろなアイディアも湧いてくる。ということが分かりました。

やはり強い思いで何かしらをしている人は、プランや技術を磨きながら、本当に地域と取り組んでいます。その人の魅力こそ、これからの重要な地域資源だと思いました。


なので、この方々を雲仙に住む仙人、「雲仙人(くもせんにん)」と呼び「人」を柱に、地域活性化を考える「雲仙人プロジェクト」をやることになりました。

まずは、ひとりの人の活動についてしっかり聞く、「雲仙人サロン」を。始めたのは、今年の冬のことです。

休耕田にオリーブを植えて、高齢者や障害のある方でも収穫できるオリーブの葉で、オリーブ茶を作り始めた方のお話。

移住して旅館で働いた後に自らゲストハウスを開業、温前場の若者で実行委員会をつくりクラウドファンディングで資金を作って、「フェス」をやった方の話。

聞く側に吸収力があれば、いずれも「モノづくり」「コトおこし」の参考になります。

その後、春から毎月サロンは開かれてきました。何かのイベントに何人かと一緒に行くと体験が共有できるから、と「お出かけサロン」をしたり、みなでワイワイとアイディアを出す「わいわいサロン」も。

4月は小浜の温泉場でデザインされた店・食べ物・小物を訪ね巡る催し「小浜デザインマーケット」に参加する、お出かけサロン。
5月は「まるゆで野菜」を真空パックにして商品化する一方、誰でもがぶらりと寄れる「集い処“えんがわ”」運営している方の話。

6月は雲仙温泉名物“湯せんぺい”を使った新しいお菓子や、食事の場で食べる食べ方などを考えている方のお話。
7月は千々石というところの公園で市民が開催した「MINI FES in Chijiwa」に「雲仙人ブース」を出して参加。あわせて、フェスの視察も。
8月は7月のフェスを企画したジャガイモ農家の方から“フェス”づくりのお話。同じく8月にはお出かけサロンとして雲仙温泉での「UNZEN SANKAKU FES」を視察。

9月は種とり農家・竹田かたつむり農園奮闘記として、伝統野菜作りに取り組む農家夫婦のお話。同じくお出かけサロンとして「島原大半島祭」を視察。そして「わいわいサロン」としてこれからやりたいことのアイディア出し。
10月は「島原大半島祭」をやった若者から“祭り”の作り方のお話。
11月には看板商品・手作りドレッシングができるまでとして、カフェ・直売所をやりながら商品開発してきた方のお話の予定です。そして「わいわいサロン」で次年度やることの絞り込みを。

まあ、けっこう詰め込んで、はしってきました。

そんな中から9月のサロンで出てきた来年度のプランでした。2回のワークショップを予定しているので、さらにアイディアが出てその中から、人気投票を参考に“雲仙人プロジェクト”がやるべきものを決め込んでいくようになります。

先日までに出たアイディアは70、さらに加わって80ほどに。なかでも「すぐやりたい」ということを「行政にご提案」するのではなく、実際に小さなことでも皆の力でやってみよう、それを栄養にして次につなげようというのが大事と思っています。



さあ、どうなりますやら。

「雲仙人ランチ」は市内何箇所かで、雲仙市内の産物を使ったランチの提供をするという案。何か皆で統一ルールを作ってみるといいかも。

例えば、産物の「こぶ高菜」と「ジャガイモ」を必ず使うとか。それぞれのお店の腕の見せどころ、食べ歩きもできますね。あらためて産物の確認や、料理の開発にもなるはずです。

「雲仙名物人図鑑」はそれこそ、人の紹介カタログ。ワークショップの中では、似顔絵で紹介しようという話もありました。

人の紹介だけでなく、その人を訪ねて、その人のやっていることに混ぜてもらうとか、体験ができるというところまで発展すると面白いですね。人を訪ねるツーリズムになります。

郷土料理が得意な人を訪ね、作り方を体験して覚える。伝統野菜の農家を手伝い、その味を体験する。染めのできる方を訪ね、手ぬぐいを染めるとか。

「温泉を究める」は華道や茶道のように温泉道なんて作って、黒帯を目指す?カリキュラムをつくれるかなあ〜。

ほかに、「子供食堂」「子供の農業体験などで民泊」「雲仙全体のロゴ、パッケージの統一」「雲仙の樹ヤマボウシのシリーズ商品化」「おいしい雲仙食べ歩き」「スイーツ祭り」「福山雅治ライブin島原半島」「雲仙市カレンダー」「月見の会」等々。

と、ここまでくると夢は広がるのですが、お金をかけず、今のマンパワーで、皆が楽しめる範囲でできる実験を、しかも雲仙市全体にかかわること、に、ギュッと固めていきましょう。

次のワークショップは11月22日です。皆さんご参加を。

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お仕事 かたつむりの哲学 2019/09/09 9:43 am

「竹田かたつむり農園」、雲仙市国見町と島原市有明町に畑を持つ農園。大量生産、大量流通に適したように、品種改良された野菜でなく、その土地在来の固定種の野菜を種から育て、種を採り、という種どり農家です。

「ゆっくりと確実に持続性のある農業をしたい。カタツムリの渦は循環を表しています。」と農園のロゴマークを説明する竹田竜太さん、真理さんのお話を聞きました。

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「竹田かたつむり農園」のことは以前にもご紹介したことがあります。でもまた今回お話をうかがってどうしても書きたくなったのでした。
こちらが以前のブログです。
http://noguchi-tomoko.com/modules/yutoriaruki/details.php?blog_id=483&date=201809



今回は、雲仙市で進行中の「雲仙人(くもせんにん)プロジェクト」の中で、雲仙市で頑張る人の話を聞くサロンでした。

竹田さんは雲仙市国見町と島原市有明町に、合計田んぼ六反と畑六反を抱える農家です。「60品目以上の野菜を、約9割は種どりで作っています」とのこと。サロンのテーブルには、竹田さんの採ったいろいろな野菜の種が瓶に入って並びました。野菜の種など、スーパーにも売っていて珍しくないと思いがちですが、売られているもののほとんどはF1という一代で終わってしまうもの。効率的に作物を作るために、今の農業は種もできない野菜を作るようになってしまったのだそうです。


そもそもなぜ竹田さん夫妻は種どり農家になったのか?もともと竜太さんの実家は国見町で40年来イチゴやメロンを減農薬で作る農家。竜太さんは教師をしていましたが、父親が元気なうちに、と帰り、家業を手伝います。「なんとなく親父のやっている農作業になじめなくて、合わなかったですね。モヤモヤしながら手伝っていました」

同じく教師だった真理さんと結婚し、新婚旅行の時、たまたま宿にあった雑誌に雲仙市吾妻町の種どり農家・岩崎政利さんのことが載っていました。「食い入るように読みましたね。地元にこんな素晴らしい人がいたのかと驚きました」早速、竜太さんは岩崎さんを訪ね、「食べてその美味しさに感動しました。そして岩崎さんの種にまつわる哲学やロマン、ストーリーにも感動して、こういうことが持続可能な農業なんだと思いました」と衝撃を受けます。


真理さんの応援もあり、竜太さんは新規就農制度を利用し、研修を経て独立、いま3年目になります。竹田さんの畑は水道、潅水施設のない畑。そこで農薬・除草剤を使わずに有機栽培で作物を作るという厳しい農業です。

「だから自然を味方にしないとできませんね。種をまくタイミングなどは、月の満ち欠けを見ながらです。引力で水分が上下するのでそれを利用する。定植もそうです。僕が野菜を信じてやっているので大丈夫、真夏に10日間雨が降らなくても定植します。種を大切に農業やっていると、少々の環境変化も野菜は平気、強いと分かってきました」




普通の農家と違うのは、生産から販売も自分でやっていること。「パンフレットのデザインや野菜の食べ方の説明、SNSを使って日々の発信など、そういうことをすべて妻が広報としてやってくれているので助かります」と竜太さん。

そのSNSで「明日は野菜の販売日!」と告知しながら、真理さんは毎週近くのレストラン横の駐車場で販売をしています。(毎週火曜日12時30分から15時、島原市湊新地町450−1 洋食と喫茶「コスタ(升金の蔵)」横駐車場で)常連さんは増え、セット野菜の宅配や、夏場のレストランへの宅配なども定着してきたものの、まだまだ経営は厳しいとのこと。


「でも経営よりも大切なのは将来、100年先も続けられる農業を目指すことなんで、教育活動に力を入れています」お二人とも教員だったことが幸いし、そのネットワークで野菜を育てる指導を子どもたちにしてほしい、と依頼があるそうです。近くの保育園と契約して種から蒔いて種まで取るという活動。年長さんが種を採ったら、その種を翌年の年長さんが蒔くという具合です。夏は平家キュウリ、冬は三浦大根とコブ高菜。「小さい頃から本物野菜を食べて、覚えてもらい、味覚を育てたいんです」

高校や養護学校、長崎大学との交流も。ジャガ堀体験、稲刈り体験なども。伝統野菜、種どり農家のことをそもそも皆が知らないので、理解には時間がかかります。「それにジャガ堀でも、今掘れるというときと、天気と、お客様と、3つの都合が合うのが難しいんです」と真理さん。


「日本は戦後負けてアメリカナイズされて、人口的に作ったF1種が世の中の野菜や稲となりました。東北でも東京でも大根はすべて青首大根なんて嫌じゃないですか」と竜太さん。種を守ることは地域の伝統文化も守ることになる、と語ります。

で、どのように種を採るのか説明がありました。例えば、大村の「黒田五寸ニンジン」。長崎の出島にオランダから400年前に入って来て、以前はニンジンといえばこれだったのが、割れやすい、日持ちしないということで日本中がF1の物ばかりになりました。「黒田五寸ニンジンは、糖度も高く風味があり、一番美味しいと思うのですが。うちで12月からは販売しますから食べて見てください」


ニンジンはセリ科なので綺麗な花が咲く、写真を見せていただき皆からため息が出ます。「うちのニンジンの花にはミツバチやいろんな虫がたくさん来ますよ」花の後にできたさやも見せてくれました。梅雨時にハサミを入れて、2カ月乾かしたものです。振ると種が落ちる。その種には細かい毛が生えていて、そこ産毛が水分を吸って発芽するものの、種まき機では邪魔になる。なので手で揉んで毛を落とす。

「これを師匠の岩崎さんは種を“あやす”といいます。この種嗅いでみてください」とニンジンの種の入った瓶が回りました。さわやかな強い香りがします。ニンジンの種を、初めて見ました、嗅ぎました。


しかし、全部から種を採るわけではありません。これが大変なところ。一度ニンジンを収穫するために抜いてみて、その中から種を採るべきものを選び、その選抜された一度抜いたニンジンを別の場所に植え直して、そこで花を咲かせ、種を採るのだそうです。他の物と交配しないように石垣のあたりに植えるのだそうです。

形のいいのを選ぶのかというとそれもまた違う。「人間と同じです。エリートばかりじゃダメなんです。スマートなのもの、がっしりしたもの、いろいろな物を選抜して種を採らないとやがて絶えてしまう」なるほど、これが種どり農家の思想なのでしょう。収穫以外に、種を採るための畑がまた必要なので、広くないとできないのだそうです。


雲仙を代表する固定種のコブ高菜は、戦後中国から持ってきた種、コブができるのが特徴で持ってきた方が「雲仙コブ高菜」と名付けたそうです。それが、やはり収量の多い他の高菜に負けて消えて行ったのを、岩崎さんが種を探し出して復活させたそうです。絶えないようにプロジェクトチームを作って栽培し、漬物にし、皆で取り組んでいるそのことをイタリアのスローフード協会で発表したところ賞をいただいたのでした。

「雲仙コブ高菜は漬物だけじゃなくて、むしろ生食に向いています。焼いてもいいし、スープにしても美味しい。コブのところが特に美味しくて天ぷらにいい。種は辛いのでマスタードになります。とにかく生命力が強いんです」現在、少しこの漬物の活動の勢いがなくなっているのが心配、という声が参加者からありました。「高菜という名だったので漬物にしがちですが、雲仙菜なんて名前だったらもっと全く別の展開でこの野菜は広がったと思いますね」と真理さん。


なるほど、高菜は漬物にするという思い込みを一度外して考えれば、昔からの野菜も新しい出番があるはずです。「うちはこれからも大事に作っていきますよ」と竜太さんは自信をもって言います。食べる側が漬物以外の使い方で、栄養野菜として柔軟な発想で使っていけばいいんですね。

試食にいただいた“「福島カボチャ」をオーブンでただ焼いただけ”の美味しいこと。実に甘い!「このカボチャ、大きさがちょうどいいんですよ。家族の人数が減っているので小さめで」と真理さん。「万願寺しし唐」もスイカも甘酒も、美味しくいただきました。とにかく味が濃い。

竜太さんが先日東京に行って種どり野菜をプレゼンテーションした時に、専門家から「主役は野菜、あまり調理せずに素材の味をそのまま活かして食べたほうがいい」というお墨付きもいただいたそうです。


今後は?の質問に、「いまは2人なので、将来は何人かでシステム化して、たくさんの方にセット野菜を提供し、安定した暮らしをしたいです。今も日曜は休みにしていますが、若い農家の目標にならなくちゃと思います」と竜太さん。

「皆さんに種どり野菜のすばらしさを、感じて、体験して、買って、広めてもらいたいです。野菜の値段を考えるとそれだけでは経営的に無理。国見で古い土間が残っている家があるので、そこを拠点に観光農園というわけではないですが、畑をめぐってもらい、そこでストーリーを話しながら団体さんを案内して、作業体験もしたり、野菜料理を学んだり、そんな場を考えています」と真理さん。


お2人の農園を支えるにはどうしたら?との参加者の質問に「うちの野菜を定期的に買っていただき、料理して食べてほしい。今、皆が料理をしなくなったから、もう一度丁寧に、こころをこめて料理してほしい。それが健康な日本社会を創ると思う」とのことでした。

クール便で個配は送料が高くつくので、5セット分を1つでまとめて頼む方法があるそうです。これなら5家庭で分ければ送料が安くなるので安心。そのチラシと、野菜を皆がいただき、買い物して帰ったサロンでした。

近い将来、種どり野菜ツーリズムとして、全国から竹田さんの野菜を食べに、人が来るようになるはずです。種のストーリーを聞き、味覚をを育て、100年先も続く農業をかたつむりのようにゆっくり一緒に作っていきたいものです。
Facebookはこちら↓
https://www.facebook.com/takedakatatsumurinouen/

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お仕事 むらフェス・夏まつり 2019/08/26 1:34 pm

那須塩原市の旧金沢小学校で、古い校舎を使って地域づくりを進める動きが始まっています。このほど夏まつりを手作りで開催しました。

地元野菜たっぷりの「ば〜ばカレー」や古い手回しかき氷機での氷の販売、アコーディオンが得意の方の演奏で歌声喫茶、縄文時代の土器・矢じりコレクションの展示、軽トラックを櫓に盆踊り、など。

いずれも元気なシルバーが大活躍でした。
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8月25日(日)閉校している旧金沢小学校が朝からなんだか賑やかです。










校舎の中の教室には、「142年間ありがとう」の文字が残っているのに。










草の茂っていて校庭は、朝、地域の方の労働奉仕で綺麗にされ、竹が組まれて「盆踊り会場」の看板が立ちました。





















この冬「むらフェス」と称して、ここで一回目の催しをした「あつまっぺクラブ」。↓
http://noguchi-tomoko.com/modules/yutoriaruki/details.php?blog_id=501&date=201901

この日は2回目のフェスです。ここまで来るのに、何度もこの校舎内でミーティングしてきました。

スタート前の打ち合わせです。これから始まるのですが、何日も続いた用意で皆さん少しお疲れモード。

「あれ、プリントが足んない?」「ま、いいや」「わかるわかる」

そのプリントには役割分担が「ひいちゃん」「よしおちゃん」「たかお先生」など、普段、みんなが呼んでいる名前が書かれています。思わず笑ってしまいました。





さあ、お客さんが来始めます。焼きそばなどが湯気をあげ始めると、おばちゃんたちはスイッチが入ります。









地元野菜がいっぱい入った「ばあばカレー」も出来上がり。「ババアじゃないよ、ばあばだよ」と念を押されて。









教室にはいろいろな展示もあります。手芸、写真、絵画、俳句。今回、私が惹かれたのは、この地から出土した土器や矢じり、石器。

縄文時代すでにここには人が住み、この矢じりで獣を獲って暮らしていたのです。ついさっき作ったような矢じりに、心が躍りました。




懐かしのアコーディオンの音色で唄う教室も。これがスローないい音なのです。久しぶりに大声で唱歌を歌いました。









新住民が多い地区の方々が売る「ぶっかけうどん」や、近くの那須拓陽高校の生徒さんが育てた大豆・おから入りのケーキを食べていると、楽団の演奏も始まります。

おじちゃんたちは芸達者です。






体育館への渡り廊下では、米ぬかにEM菌を混ぜて肥料を作るワークショップも。

糠の手ざわりに子供たち大喜びです。







古い古いかき氷機を、誰かがどこかから見つけてきました。私が小さい頃は皆こんな手動のものでした。

「どうだ、歳はとってもちゃんと働けるだろう〜」と声が聞こえそうです。





さっきまで焼きそばを作ったり、ジュースを売っていたおばちゃんたちは、浴衣に着替える時間はありません。なのでフラダンスのいでたちで盆踊りへ向かいます。









塩原音頭が流れました。「踊れないよ〜、忘れちゃった」と言っている端から、なんとなく手足が動き踊れるようになります。思い出していきます。

久しぶりに輪になって踊る時間。これで終わりとなったら、アンコールとなりました。

お金をかけた大規模な夏のイベントが多い中、ここの夏まつりはささやかな、あちこち笑える失敗だらけの超安上がりの手作りイベントです。

それでも、こんなにシルバーたちがはしゃいで動いている姿を見ていると、何処よりも大きなイベント効果があったような気がしました。

ワークショップで出したアイディアを実現した宇都野・金沢地区の皆さん、ド元気なシルバーとともにプランを考え実現していった若いお母さん・お父さん、子供たち、皆さんもお疲れ様でした。

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お仕事 花とは何かを教えられ 2019/08/18 4:37 pm

群馬県中之条町は花と湯のまち、「中之条ガーデンズ」を始め様々な庭園があり、「四万温泉」ほか温泉も豊富です。

さて外から来て、ガーデンで花を愛でる目を即席に養うと、町内の“目を引く魅力的なもの”は、皆“花”“華”?と思えてきます。

地粉で打ったうどん、漬物、アイスクリームも頑張る人も。まちをキラキラ彩る大きなもの、小さなことが花なら、まちは花束なのですね。
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中之条ガーデンズにうかがったのは7月22日、まだ雨が続いている時期でした。

12万屬旅大な園地のなかに様々な庭があるので、ガーデンズなのだそうです。

昨年リニューアルしたばかり、雨でも花好きの私はワクワクです。



著名なガーデンデザイナーによるという、バラの園が次々と続きます。映り込むのは、紅いバラの花かと思うと金魚だったり。

鋭角に切り取られた遠くの緑が、ただそれだけで美しいと感じられます。





中心にあるのが、渦巻き型の高床式花壇。花壇というと赤やピンク、黄色のどこにでもあるような花苗が植わっているのに慣れている者には、一見地味にもみえます。

でもこれがおしゃれで品のある都会人好み?のものなのかも、あえて野草の花壇のような雰囲気です。渋い色や、地味な花も、花なんだと気づきます。


一方こちらはガーデンズのなかの町民花壇。急に植わっているものが変わります。おなじみの花や植え方、さっきまでは少し爪先立っておしゃれぶっていた花壇だったのが、庶民的に。

いろいろな人やグループが、テーマを決めて植えて管理している。肩の力がふっと抜けました。



タイトルは“ふるさとの絆”「花あり、温泉あり、歴史あり、なかんじょう」と。地元では、中之条をこう呼ぶのでしょうか?

“里山の季節の移ろい”のタイトルの花壇、「美しい里山の再生を図りたい」との願いが書かれています。

“花のワルツ”の花壇「やさしい音楽が聞こえてくるようなお庭に」と。どんな人が考えた花壇でしょう。人柄が伝わってきます。

一つ一つ見るのが楽しみです。考えた人、植えた人、それぞれに会ったような気持ちになりました。

私は町民ではないのですが、ここに花壇を持ちたくなりました。通い花壇はできないかなあ〜。

花壇や花もいろいろだ、と思うと、景色のなかの芋畑も花壇にみえてきます。

花はなくとも、葉が綺麗。澄んだ空気の中の景色はそのまま“花”です。

そうか、心惹かれる魅力的なもの、ことは皆“花”と思おう。“華”と書いた方がいいのかもですが。


となると、お昼にいただいた、畑の中の一軒家風のお店の地粉の手打ちうどんも“花”。

「この辺りでは、腰の強いうどんではなく、ふわっとした柔らかめのうどんが好まれる」と近くの方が解説してくれます。

昔はどこのうちでもうどんを打ったのだそうです。


竹の籠に摘み取ったブルーベリーも“花”。











地元の高校生が育てたキュウリで、漬けたお漬物も“花”。











色とりどりのアイディアアイスクリームも“花”。











味噌屋さんで売る、塩こうじジェラードや味噌ジェラードも“花”、それを考えて頑張って売るご夫婦も“花”。









赤松を削った厚手の経木で作った「メンパ」も“花”。











歩道の照明オブジェの足元に、育った苔の緑も“花”。











古い味のある看板も“花”。












地元の人たちが花を飾って手入れをしているこの駅の壁も“花”。















駅にたくさんつるされた風鈴も“花”。そこに書かれた地元小学生のメッセージも“花”。

・・・・・・・・・というわけです。






どんな小さなことでも魅力的な“花”と気づけば、それを束ねれば花束になります。

そもそも花そのものも、小さな花弁がいくつも集まって花になっている。その地域の“花”に気付くことができれば、まさにどこでも“花のまち”になれるはずです。

「気遣いができるような大人になりたい」と小学生が書いた風鈴の短冊。これを私は「いろいろな“花”を見つけられる大人になりたい」と読み替えました。


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お仕事 明治のリゾートを今に 2019/08/12 12:16 pm

明治時代の初期から、日本の観光地には外国人が訪れるようになりました。雲仙温泉も同様、椅子式のカゴに乗って避暑にやって来たそうです。

森の木陰にテントを張ってのパーティ―、池での優雅な舟遊びなど、外国人のリゾート文化はいち早く雲仙に伝わったのです。

そんなお洒落な賑わいを再び作ろうと、若者たちが始めた「雲仙三角フェス」、今年で3回目となりました。
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長崎県雲仙市、標高700メートルにある雲仙温泉。ここの「雲仙お山の情報館・別館」には、明治時代、外国人が乗って来たという椅子に担ぎ棒を取り付けた「チェアカゴ」が展示されています。

陸路、あるいは船で、小浜辺りまでやってきて、最後の雲仙温泉までの上りはこの椅子に座って外国人女性などは避暑に来たのでしょう。

今でも夏の朝は、半そでではひんやりする雲仙温泉です。それでいて、「地獄」と呼ばれるあたりから、高温の温泉があり余るほど湧いている。夏をゆっくり過ごすにはぴったりだったはずです。

展示されている写真には、天幕を張って、その下で飲食を楽しむ外国人客が写っています。

ワインと瓶ビールを飲みながら、子どもたちも加わって食事が始まる?ところでしょうか。

外国人客が増えて、洋式のホテルもでき、だんだん道路も整備されていきました。明治44年には、「特に夏期英語の堪能な巡査を配置し外国人避暑客の便宜を図るようになった」と展示にはあります。

その後、ゴルフ場、プール、テニスコート、娯楽館などができてピアノやチェスなどもそろえられたそうです。


いつの時代の観光案内地図でしょうか?日本語と英語です。

よく見ると、人は外国人が描かれ、乗馬やテニス、ゴルフ、ハイキングなどを楽しんでいます。

この案内を見る限り、雲仙温泉をちょと見て、または1泊して、次の名所旧跡に移動、という周遊観光が行われていたとは思えません。

雲仙温泉に来たならば、滞在し、ゆっくりといい時間を過ごしている。そんな外国人観光客の姿が見えてきます。

そんなリゾート地だった雲仙温泉が、いつしか観光地になってしまった。名所を見て旅館に泊まってご馳走を食べればそれでいい、さっさと帰る。高度成長期の日本はそんな観光地を全国に育てたのです。

「明治時代のこの写真のように、自然のなかでゆっくりする、そんな雲仙温泉を取り戻したい」温泉場の若い人たちが立ち上がり、繋がり、クラウドファンディングなどでお金も集め、ボランティアで最初のフェスは行われました。

山の日にちなんで、山を表す△がつきます。「雲仙△(サンカク)フェス」、正しくはアルファベットで表記されます。

第3回目のこの日、車を降りてシャトルバスに乗ったとたん、たくさんの小さな子ども達と一緒になりました。

そう、このフェスは、音楽を楽しむだけでなく、森の中で子どもが遊べる仕掛けもあるのでした。木登り、けん玉、弾力のあるベルトを綱渡りするスラックライン等々。



おやおや、森の中に可愛いぼんぼり?照明?近づくと紙皿を繋いでできている!

すごい発明、目からウロコ。いったいいくつ、いったい誰が、いつ、どのくらいの時間をかけて作ったのでしょう。





この矢印もチャーミング!場所によってどちらにでも使えるように工夫されている。しかも矢印がくねくねで、「GO—−!」でなく、「ゆるく行ってね〜」と呼びかけている感じ。

付けられた木にセミの抜け殻が。いまやミンミンとこの森で鳴いてフェスを盛り上げているのですね。


昔の外国人客が、テントの下で和服ではしゃいでいる写真。この時代はリゾートといっても、お金持ちの人が遊び、地元がそれに対応し、かしずいてもてなしていました。

「チェアカゴ」を担いだ人に、森でゆっくりする時間はなかったはずです。

でもこの△フェスでは、準備から既に、地元の人も手伝う人も楽しんで、大変だけど活き活きとある意味リゾートをしているのです。紙皿ぼんぼりや矢印からそれが伝わってきます。

現代の本物リゾートは、いい時間を地元も来訪者も一緒に作り上げていくことにあると気づかされました。

△フェスのテント?旅館の古いシーツかな?その下では参加できるワークショップがいろいろ。

森の風を感じ、セミの声といい音楽を聴きながら、普段したことのない体験ができます。






小浜の「アイアカネ工房」さんのテントでは、手ぬぐいの藍染ができました。ビー玉をくるんで絞りにしたり。

参加者は、藍の力に驚いたはずです。藍が食べられることも初めて知ったかも。





クイズもあります。

「ジオパーク」なんて言うと難しいのですが、大昔の大地の動きで、今の具体な何に繋がっているかが分かるというもの。

愉快に学ぶのと同時に、知らない人が仲良くなっていきました。




森の中でコンサート。驚くほど音響がいい、上質です。

好きなところで好きなことをしながら、みんなが聞いています。

木陰っていいなあ〜、と久しぶりに感じました。





外国人客は何を食べたのでしょう?

私は地元のジャガイモが入った蒲鉾「ジャガボコ」と、まるゆでジャガのフライ。








そしてオフィシャルショップで買った自家製レモネード。










外国人観光客が遊ぶ「白雲の池」、今回のフェスの中心の池です。

今も昔も、日本人も外国人も、水を見たら気持ちよく、水面を渡る風は心地よいものでしょう。






この日も子どもたちが水で遊んでいました。

この子たち、初めての「白雲の池」畔での水遊びなのでは。








大人たちも池あそび。

普段は鴨だけが泳いでいる池ですが、この日は何人もの人がスイ〜〜〜〜〜スイ〜〜〜〜。雲仙温泉、白雲の池周りから、“ゆっくり時間”が湧き上がっているようでした。

明治の時代とは違う、さらに本物のリゾートを体験した思いです。観光産業としてのリゾートでなく、人間ルネッサンスとしてのリゾート。長期ではないにしても、中身の濃いみんなで作るリゾートでした。

今回私は、2日間のうちの1日、しかも日中だけの参加だったので、夜のフェスの様子を知りません。この森じゅうに吊るされた紙皿ぼんぼりに灯がついたとき、キャンプファイアーが燃えた時、どんなに綺麗だったか。

ま、また訪れましょう。それがリゾートなのですから。

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お仕事 中之条町の素敵人 2019/08/05 11:12 am

群馬県中之条町。素敵な人達に会いしました。脱サラして、リンゴ農家になったけれども自分のペースで働く人。イモ畑から干し芋まで、一貫してこだわって作る人。

役場職員から転身し蕎麦屋になり、アイディア蕎麦フルコースを出す若者。特産の花豆で味噌を作り、味噌ジャムにしたり、味噌入りパンを焼く女性たち。

悠然と歩むいい人に会うと、こちらも元気になります。
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中之条町で最初に訪ねたのは観光リンゴ園・金井農園さん。リンゴの樹には青いかわいい実がたくさんついています。









「リンゴは親父の代から40年やってる。自分はサラリーマンだったけど、なんとなくね〜」とリンゴ農家になったとのこと。

なんとなくと言いながら、金井さんのリンゴはステビア栽培という特別な作り方。味には定評があり、毎年、リンゴ狩りにみえるお客様が多いとか。



青い小さなリンゴをポンポンとっては摘果中。このリンゴが実にかわいい!

「これいただけないですか?」と私がせがむと、「うちじゃ捨ててるやつだよ。食べられないよ」と笑います。





でも、あとで箱に詰めて持ってきてくださいました。ちゃんと葉っぱもつけて、センスがいいこと。

「こんな風に飾る専門のリンゴとして売ればいいのに」と勧めると「忙しくなっちゃうことはしたくないから、ははは」

つい、なんでも売れば、と思ってしまう私はがつがつしているのでしょう。

この町にはいくつか温泉がありますが、中でも4万の病を治すといわれる「四万温泉」に泊まりました。

映画『千と千尋の神隠し』のモデルの一つといわれる古い趣のある宿や、清流の音を聞きながらぶらぶら歩けるレトロな道もあります。



路地を入ったところの「小松屋」さんというお蕎麦屋さんで夕飯でした。

わあ〜、そば寿司です。このほかに揚げ蕎麦、蕎麦がき、そば豆腐など次々と蕎麦料理が出てきます。





旅館の食事もいいですが、私的には温泉街のこういうお店で一杯やるのが大好き。

宿の中だけにいるなんてつまらないですものね。こういうお店で蕎麦を食べ、お湯だけ入って帰るのいいでしょう。





会話の中で、ここの若いご主人はもと役場の職員だったことがわかりました。

はにかむご主人ではありますが、これだけの蕎麦料理を出しているのですからもう立派な蕎麦職人さんです。


そもそもこのお店は江戸時代から続くとか、六代目がんばれ!

翌日お会いしたのは「田村農園」さん。「いもっ娘」という干し芋を作っている方です。

干し芋づくりは冬ですから「今見るなら畑しかない」と畑で待ち合わせでした。

採れたてトウモロコシを茹でてきてくださって、ごちそうになりました。


田村さんはサツマイモの栽培から加工まで、一貫してやっています。

「芋の葉が、シルクスイートはきれいな丸みのあるスペード型。タマユタカは切れ込みがある。わかる?」と教えてくれます。





そもそもサツマイモにいろいろ種類があることすら知らない都会人は、私をはじめ「ぽか〜ん!」です。

「芋によって干しても全然味が違うから。食べてみて」ともうひとつベニハルカも加えて、3種類の味比べとなりました。

なるほど、甘み、風味、食感が比べると違います。

田村さん的には、昔のばあちゃんの味にこだわって、タマユタカを押したいとか。「ただ甘いだけでなくって、かみしめてると風味や旨味が出てくる」とか。

私的には田村さんの「干し芋一本売り」「プチサイズ」など、少量の売り方に大賛成。




食物繊維がたっぷりとれる、ヘルシーなスイーツ。バックやオフェスのデスクに忍ばせておいて食べたいものです。

通勤時にカロリーメイト同様、朝ご飯として。受験勉強時の、夜食として。よく噛むから目も覚める。少量個別包装だから食べやすい。

芋畑で干し芋を食べながら、味わい深い学びの時間でした。

ここのランチも感激でした、「天然酵母ぱん&カフェ エルム」さん。

中之条町の新鮮野菜と、自慢のパンがたっぷりいただけます。自然豊かな土地にやってきて、素朴な郷土料理もよいですが、少しおしゃれなランチもいただきたい。ぴったりのお店でした。




上原さん、衣さんの友達二人でやっているお店です。入ったとたんに私も友達になれそうな、ナチュラルな雰囲気。

家族に食べさせたいパンを、というコンセプトで、安心できるものを納得いくように作られている。





お二人のこだわりは特産の花豆を使った味噌。それをパン生地に塩の代わりに練りこんである。さらに、そのお味噌にミネラル豊富な洗双糖で甘みをつけて、花豆の味噌ジャムにしてパンに使う。アイスクリームにも添える。

ひとくちいただきましたが、この味噌ジャムだけを買って帰りたいおいしさでした。


花豆味噌入りのパンには、かわいい花豆印がついています。ポリフェノールや鉄分が採れる花豆が、さらに味噌という発酵食品になってパンを上質な逸品に引き上げています。

ああ、買って来ればよかった・・・。




おいしいものとおいしい人に会った中之条町。こういう人に会いに行くことがこれからの交流でしょう。

中之条町は花の町。花は植物の花だけではありません。人を引き付ける晴れやかなもの、「花」は、青リンゴも、蕎麦料理も、干し芋も、花豆味噌入りパンも「花」。そしてそれにこだわる人たちこそが「花」なのでしょう。

化粧箱に青りんごを詰めてくださった、中之条町の心意気はしっかりと私、受け取りました。

このたび夫が写真展を開催していたので、受付にウェルカムリンゴとして飾れせていただいております。


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お仕事 雲仙人PR 2019/07/29 2:47 pm

雲仙市で、逸品開発やまちおこしイベントをする人たちが繋がって、雲仙人(くもせんにん)プロジェクトというものが始まっています。

人のネットワークを地域の力に、という動き。今回、メンバーの一人が主催した屋外催しで、テントを張り活動をPRしました。

子どもたち用にと、雲の絵を描くコーナーを作ったところ大好評。たくさんの雲がテントに貼られました。

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7月28日(日)、雲仙市千々石の空はそれはそれは青い、素敵な夏空でした。催しのフラッグが嬉しそうにたなびく上山公園です。









夏空に雲が飛びます。その下の小さなステージに次々とバンドが駆け上がり、たくさんのテントで手作り品や美味しいものが並ぶイベントです。








ここに我ら「雲仙人・くもせんにん」もテントを張り出したのでした。いったい何の店だろう?何を売るわけでもなく、活動を伝えたい?なんて・・・。





できたばかりのロゴで、前日に大慌てで作ったフラッグ。皆さんがかわいいとほめてくれました。その間を飛行機雲がスーッと伸びていきます。








一番見てほしいのがこれ。頑張る人たち「雲仙人・くもせんにん」の紹介です。

例えばこんな・・・。

Aさん:千々石の酪農家が黒毛和牛100%「レアハンバーグ」のお店をこの春開店です。
Bさん:木をふんだんに使った宿、神代の昔の写真も展示。ランチ「神代めし」が評判です。
Cさん:在来種の野菜の種を取って育てています。無農薬、本物の野菜の味が分かります。
Dさん:「雲仙野菜ぷりん」が看板商品。ジャガイモやカボチャなど野菜の味が生きています。
Eさん:長崎県産材料で醤油を製造中。若手農家さんとコラボしたネギソースは好評でした。
Fさん:看板商品は地元の野菜を使った無添加のドレッシング。畑を見ながらのランチも。

「あ、この人知ってる」とか「へえ、こういう人いるんだ」とか、ブースをのぞいた人はそれぞれに反応します。本人がそこにいた場合は、そのままおしゃべりが始まる。いい感じになりました。ここまでは大人の世界、予定通りの展開でした。


せっかく子どもがたくさんいるのだから、子どもが参加できることをやろう!と思い立ち、始めたのが「雲のお絵かきコーナー」。

これが、意外や意外、子どもはもちろん大人にもうけてしまったのです。






雲というお題だけで、次々と名作が、それこそ雲が湧き出すように描かれていきます。










ええ?いいんですか?なんて大人がワクワク雲を描く。張り出す。












手つなぎ雲ちゃん。










虹を描いた子も多かったです。雲仙は虹が当たり前に見えるのでしょう。












タヒチアンダンスを踊った母娘で雲描き。












これはまた手のこんだ作品。











この子は、要はマジックで遊んでいたわけですね〜。でも雲に見える見える。









この姉妹は本当に楽しんでいましたね、雲描きを。











雲にもいろんな表情があるんだ〜。










在来種のカボチャも雲に見えてきちゃう。カボチャ風の雲も登場しました。












前日、お父さんと兄弟と11時くらいまでかけて雲描きして、持ってきてくれた作品群も。

「雲仙人・くもせんにん」テントの中は雲だらけになりました。この勢いだったら、雲千枚になっちゃいそう。


地域おこしなんて理屈でかまえないで、こういうゆるい、いいい時間から何かを始めるのがいいなあ〜〜〜、と思いながら雲絵の写真を撮り続ける野口でした。

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お仕事 ワインだけでない池田町 2019/07/14 6:07 pm

自治体ワインの先駆、北海道池田町。町の顔「ワイン城」は今、リニューアル工事中。

その間に、町民有志でこれからのまちづくりや観光についてアイディアを出そうとワークショップをしています。

すると、ワイン以外の町の顔がいろいろでてきました。夕日や並木道、丘、森、羊。身近なところにたくさんいいところ、いい物がある.

町民お勧めの、スローライフポイント発見です。
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池田町へは昨年から通っていますが、今年度は北海道大学の先生方がまとめる観光計画のお手伝い、私はワークショップ係として出向いています。

とはいえ、私は笑ったり、へ〜ほんと〜?なんてにぎやかしをしているくらいで、集まった町民の方々が実に冴えているのに驚いています。

主婦、農家、アーチスト、移住者、タクシー会社、レストラン、喫茶店、議員、いろんな人が集まってきました。

なので池田町のスローライフポイントといっても、多様な答えが出ます。「汽車までステーキ弁当を出前してくれるお店がある」「あそこの味噌ラーメンのシャキシャキもやしの山は凄い」なんて美味しい情報から、地元民が日常的に体験している素晴らしい景色まで。

出てきたアイテムを、北大の先生が整理してくれました。なかでも皆さんが「これこそ」「こここそ」と選んだ物の中から、まだ私が足を運んでいなかったところに行ってみました。

利別川の河川敷から堤防を挟んで町側に、木々が茂ります。とはいっても、どの樹も大木古木ではなく、成長中という感じ。森でいえば、中学生くらいの印象です。

「百年の森」といって、百年後には立派な森になるだろうと、ことある度にここには桜や柏や松や紅葉や、いろいろな樹々が植えられているのだそうです。

公園でもない、原生林でもない、「森にな〜れ!」と育まれている緑です。

でも、もう立派な木陰ができていて、草も刈られているのでピクニックにいい感じ。いつも私の住まいの近く、「新宿御苑」の芝生を大人数で取りあっている東京人の身には、なんとも贅沢な緑陰でした。

「ワイン城に続く並木道」白樺並木の道もあるのですが、これは何の木でしょう?わからないけど素敵です。

両側に高くそびえ、天井の高い緑のトンネルのようです。こんなところをウエディングドレスを着て静々と歩いたら、印象深いシーンが撮れるなあ〜。誰かに勧めたいな〜なんて考えます。

ここを日々のお散歩、ウォーキングに歩いている池田町の方々がうらやましい。

真ん中あたりにロマンチックなベンチでもあれば、ずっと居たくなるでしょう。真夏にお勧めですね。緑の風の道、なんて名前をつけましょうか。

ワークショップでは「星」とか「ブドウ畑」「堰堤」なども出てきました。そして意見が多かったのは「夕日」です。

「ワイン城の上から見る十勝平野と夕日」もすごいですが、「池田高校の前の坂道から見る夕日」も素晴らしいとのこと。行ってみました、が、夕日時ではありません。


ゆるい下りの坂道が長く続き、やがてまたゆるく上がって行く、この真正面に夕日が落ちるとならば、想像すると絶景のはず。見てみたくなります。「夕日時間予報」を出して、待ち構えてみていたい。ここにも夕日待ちのベンチがほしくなりました。

この道を通学する高校生は坂道で足が鍛えられると同時に、夕日で豊かな情操も育つことでしょう。


「まきばの家展望台」ここからの展望も、町民お勧めでした。確かに素晴らしいです。

もう少し待っていればドラマチックな夕日を眺められたのですが、羊に会えただけで良しとしましょう。もしこの展望が首都圏近くの観光地にあったら、ここだけで観光バスが押し寄せるほどの見晴らしです。

でもここでは、観光客らしい人には誰にも会いませんでした。これがまた池田町の贅沢なところなのでしょう。

「羊」「羊毛製品」などもワークショップであがっていましたが、羊も手作り品もそろっているのが「スピナーズファーム タナカ 」というお店。

実は私はこのお店で大興奮!羊毛のとりこになったのです。なので、ここのことは改めてちゃんと書きたいと思います。

羊毛を使った手作り体験や買い物もできる、羊もいる、他の土地ではなかなかありませんね。池田高校の近くです。

池田の観光は「ワイン城」に任せてきたような町ですが、なになにワイン城に行かなくても、ワインを飲まなくても、こんなに池田町は素敵です。

実はそれに町民も気付いていたのだけれど、大声では主張しなかったのかもしれません。

農業や酪農が基幹産業のまちで、こうして草を干している様子や、小麦とビートが作り出す素敵な畑の色合いなどをしっかりと見てもらう、解説してあげれば、都市部から来た人たちは畑を歩くだけでも十分満足するでしょう。

私などビートを見て立派なホウレンソウだなあ〜と思っていたくらいですから、町民・スローライフガイドさんが同行してくださったらもっともっと池田の発見ができると思います。

加えて「百年の森」でワインピクニックとか、「緑の風の道」での深呼吸ウォーキングとか。「夕日坂で夕日に願いをかなえてもらう」ストーリーを作ってもいいし、「まきばの家展望台」にブランコなどできたら、もう、最高!と思います。

ワイン城がリニューアルするまでに、町の観光の有り様もリニューアルできそうですね。リードするのは町民の皆さんです。

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お仕事 「湯せんぺい」に学ぶ 2019/07/01 1:04 pm

丸いサクサクとした食感の「湯せんぺい」は、小浜・雲仙温泉の土産物。

その昔ながらのお菓子に、かつて外国人がリゾートにたくさん来ていたころのイメージをのせて、少し高級でお洒落なものに変化させる。

そんな試みをしている「遠江屋」の加藤隆太さんにお話をうかがいました。

雲仙市でまちづくりに頑張る人たちの繋がり、「雲仙人(くもせんにん)サロン」の第5回目です。
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雲仙市国見町神代にある明治時代の建物「今村邸」、ここで開かれたサロンは“湯せんぺい”一色でした。

加藤さんは雲仙温泉にある“湯せんぺい”屋さん、「遠江(とおとうみ)屋」さんの3代目。小浜で明治時代にできた“湯せんぺい”、べではなく、ぺです。小麦粉、卵、砂糖、重曹、温泉を材料に薄く焼いたお菓子、

遠江屋さんでは機械焼きもありますが、店頭でお客様に見せながら一枚ずつ手焼きすることにこだわっているのが特色です。(↓写真は店頭での手焼きの様子)

加藤さんは雲仙生まれ雲仙育ち、島原高校を出て東京の大学を出て、食品会社に9年務めて、29歳で雲仙温泉に戻ってきました。

当時の雲仙温泉はお客様が減り、「どん底だった」そうです。「衝撃だったのは、『何しに帰って来た』といわれたこと。ヤル気を持って帰ってきた者にそういうことを平気で言うんだなと、イラっとしました」と加藤さん。

しばらくは、雲仙温泉街の若手で作る会、雲仙青年観光会でイベントや観光PRの活動をします。「『元気さ、若さ、お洒落さ』をにこだわってやりました。その時の活動が今の自分の基礎になっていると思います。雲仙に居なかった期間のこと、もっと昔のことも知りました。イベントをやる中で、コンセプトやネーミング、お客様の動きなどを学び、雲仙の良さを考える機会になりました」

イベントで知合った仲間と「長崎ランタンフェスティバル」に出店することになります。商店街のファザード整備の期間、お店も整備することになり“焼き台”を持ってフェスティバルに参加しました。

「お年寄りは懐かしがってくれました。でも、若い層の人たちは“湯せんぺい”を知らない、子どもたちも。これはいかんと思いました」(←写真は店頭での手焼き)

その後、その場所を仲間と借りて、2年間、毎週オープンテラスカフェをやることになります。仲間のお菓子屋さんは毎週新作を持ってくる。売れる。しかし自分は新作ができない。

「“湯せんぺい”一本では勝負ができないなということが分かった。でも“湯せんぺい”しかない自分だった」そんな中で、加藤さんいわくの“加藤隆太式商品開発”が芽生えていきます。

「自分はお菓子屋さんになりたいのか」と疑問が出たそうです。そもそも昔は旅館をやっていた、その後「観光百貨」というお土産屋さんをしていた。「そうか、うちは土産物屋だったんだ」では、土産とは何だ?観光とは何だ?と加藤さんは自問自答していきます。

「しっかり考えました。この時役だったのが以前のイベントでした。雲仙のいいところをどうやって伝えるのかをイベントで考えてきたので。“地域のいいものをプロとしてお客さまに魅力的に伝える”のが観光業者の仕事、観光土産屋と気づきました」

「雲仙に来たくとも来れない人に、雲仙のことを紹介するために持って帰る物が土産。ならば“湯せんぺい”に、どういうストーリーや雲仙らしさ、伝えたいものやことをのせて持って帰ってもらうか?を考えるようになりました」

「自分は菓子作りの技術も知識もないので、菓子は作れない。ならば“湯せんぺい”に雲仙の良いことをのせよう。そういう商品開発の仕方にしました」

加藤さん的に、他とは違う雲仙の良いところというのは、雲仙が避暑地・リゾートとして外国人に好まれていた時代。明治から昭和にかけて、年間3万人が夏だけで訪れていた頃。

そんな雲仙のアイデンティティを伝えたいと考えたそうです。“湯せんぺい”は和菓子のイメージだったけれど、洋菓子のイメージにしようと。

まず、クリームを挟んで「ゴーフレット」にした。雲仙を代表するクラッシクホテル・雲仙観光ホテルのイメージで最初は作り上げていきます。これが簡単そうで難しかった。仲間のアドバイスも受けて作り上げ、今や7種類のものができました。

「湯せんぺいチョコバー」はドライフルーツとチョコと“湯せんぺい”の耳で作ったもの。これもリゾート客が山歩きをするそのおともにというイメージのもの。

避暑に訪れた外国人は、葉巻も吸ってもいただろう。“湯せんぺい”をクルクル巻いてチョコをつけた「シガーロール」これは3本セット540円、5本セット800円。

普通の機械焼きの“湯せんぺい”が10枚で350円に比べると高いけれど、でも売れていくとのこと。




“湯せんぺい”の耳は製造上の副産物ではなく、貴重な材料になっていきます。サクサクした食感を活かして、フルーツ一杯のグラノーラまでできました。

「関東、関西、福岡の30代の女性に買ってもらいたい」といつも考えているだけあって、確かにどれも女性がお土産にしたくなります。



さらに“湯せんぺい”そのものも、パッケージにこだわりました。偶然見つけた昔の外国人向けの観光パンフレットの絵を使いました。明治時代は上海から船で島原半島にやって来た、その頃、日本郵船が作ったパンフレットの絵を交渉して使用許可を得ていきます。

「まあ、“湯せんぺい”か、といわれたくなかった、カッコいい仕事しているねと言われたかったんです。(笑)いい商品を売ればその土地も売れる。商品を通して雲仙を知ってもらいたい。そこに行かないと買えないものを作りたい」という加藤さんです。

今は島原の牛乳を使ったソフトクリームのコーンを“湯せんぺい”で作ることにも挑戦しています。

そしてこの日の提案は、「食事に“湯せんぺい”があってもいいのでは?!」でした。お菓子としての“湯せんぺい”ではなく、切り分けた“湯せんぺい”にチーズやトマト、キウイなどをのせてオードブル風に、です。

参加者は喜び、どよめき、アイディアが湧きだしました。



「ポテトサラダにもあうのでは」「“湯せんぺい”をカナッペ風に使う提案をパンフレットにしてパッケージの中に入れよう」「“湯せんぺい”のおつまみでするパーティーをやろう」「チーズ系の料理に合う」「サラダのトッピングにしても」「明太子にも合うはず」「お醤油フレーバーやスパイスを使ったら」「塩味のものは焼けないか」「ミニサイズのがあるといい」

とかく新商品を、こんな物がうけているらしいと思い付きで開発するケースが多い中、“湯せんぺい”に雲仙のいいところのイメージをのせていくという加藤流のやり方、誰もが学べる手法と思いました。

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写真でみるゆとりある記

柴又帝釈天草だんご
那須町で
花をめでる
岐阜県恵那市岩村町で

連絡先

野口 智子 のぐち ともこ
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局
ゆとり研究所

TEL 090-7433−1741
E-Mail yutori@noguchi-tomoko.com

NPOスローライフ・ジャパン
〒160-0002 東京都新宿区四谷坂町9−4 リカビル301
TEL 03-5312-4141 FAX 03-5312-4554
E-Mail slowlifej@nifty.com


略歴

<野口智子(のぐちともこ)>
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局長
千葉市生まれ。東京でコピーライター、プランナーを経験。1977年静岡県に移り企画・編集プロダクション設立。
1992年ゆとり研究所を開きコンサルタント業務を開始。
ライフスタイルの提案、「一店逸品運動」による商店街の活性化、時間消費型観光おこし、人材育成などの分野で活動。
2000年からスローライフ運動を開始、2003年スローライフ・ジャパンを設立、現在、事務局長・副理事長。
2006年から活動拠点と自宅を東京へ。現在はスローツーリズムの提案、商品開発、地域観光の育成、都市と田舎の交流、移住・定住プロジェクト、“食”をテーマにしたまちおこし、などに力を入れている。住民参加の独自の楽しいワークショップが得意。
現在、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域再生マネージャー(ふるさと財団)、国土審議会半島振興部会委員。