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お仕事 花とは何かを教えられ 2019/08/18 4:37 pm

群馬県中之条町は花と湯のまち、「中之条ガーデンズ」を始め様々な庭園があり、「四万温泉」ほか温泉も豊富です。

さて外から来て、ガーデンで花を愛でる目を即席に養うと、町内の“目を引く魅力的なもの”は、皆“花”“華”?と思えてきます。

地粉で打ったうどん、漬物、アイスクリームも頑張る人も。まちをキラキラ彩る大きなもの、小さなことが花なら、まちは花束なのですね。
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中之条ガーデンズにうかがったのは7月22日、まだ雨が続いている時期でした。

12万屬旅大な園地のなかに様々な庭があるので、ガーデンズなのだそうです。

昨年リニューアルしたばかり、雨でも花好きの私はワクワクです。



著名なガーデンデザイナーによるという、バラの園が次々と続きます。映り込むのは、紅いバラの花かと思うと金魚だったり。

鋭角に切り取られた遠くの緑が、ただそれだけで美しいと感じられます。





中心にあるのが、渦巻き型の高床式花壇。花壇というと赤やピンク、黄色のどこにでもあるような花苗が植わっているのに慣れている者には、一見地味にもみえます。

でもこれがおしゃれで品のある都会人好み?のものなのかも、あえて野草の花壇のような雰囲気です。渋い色や、地味な花も、花なんだと気づきます。


一方こちらはガーデンズのなかの町民花壇。急に植わっているものが変わります。おなじみの花や植え方、さっきまでは少し爪先立っておしゃれぶっていた花壇だったのが、庶民的に。

いろいろな人やグループが、テーマを決めて植えて管理している。肩の力がふっと抜けました。



タイトルは“ふるさとの絆”「花あり、温泉あり、歴史あり、なかんじょう」と。地元では、中之条をこう呼ぶのでしょうか?

“里山の季節の移ろい”のタイトルの花壇、「美しい里山の再生を図りたい」との願いが書かれています。

“花のワルツ”の花壇「やさしい音楽が聞こえてくるようなお庭に」と。どんな人が考えた花壇でしょう。人柄が伝わってきます。

一つ一つ見るのが楽しみです。考えた人、植えた人、それぞれに会ったような気持ちになりました。

私は町民ではないのですが、ここに花壇を持ちたくなりました。通い花壇はできないかなあ〜。

花壇や花もいろいろだ、と思うと、景色のなかの芋畑も花壇にみえてきます。

花はなくとも、葉が綺麗。澄んだ空気の中の景色はそのまま“花”です。

そうか、心惹かれる魅力的なもの、ことは皆“花”と思おう。“華”と書いた方がいいのかもですが。


となると、お昼にいただいた、畑の中の一軒家風のお店の地粉の手打ちうどんも“花”。

「この辺りでは、腰の強いうどんではなく、ふわっとした柔らかめのうどんが好まれる」と近くの方が解説してくれます。

昔はどこのうちでもうどんを打ったのだそうです。


竹の籠に摘み取ったブルーベリーも“花”。











地元の高校生が育てたキュウリで、漬けたお漬物も“花”。











色とりどりのアイディアアイスクリームも“花”。











味噌屋さんで売る、塩こうじジェラードや味噌ジェラードも“花”、それを考えて頑張って売るご夫婦も“花”。









赤松を削った厚手の経木で作った「メンパ」も“花”。











歩道の照明オブジェの足元に、育った苔の緑も“花”。











古い味のある看板も“花”。












地元の人たちが花を飾って手入れをしているこの駅の壁も“花”。















駅にたくさんつるされた風鈴も“花”。そこに書かれた地元小学生のメッセージも“花”。

・・・・・・・・・というわけです。






どんな小さなことでも魅力的な“花”と気づけば、それを束ねれば花束になります。

そもそも花そのものも、小さな花弁がいくつも集まって花になっている。その地域の“花”に気付くことができれば、まさにどこでも“花のまち”になれるはずです。

「気遣いができるような大人になりたい」と小学生が書いた風鈴の短冊。これを私は「いろいろな“花”を見つけられる大人になりたい」と読み替えました。


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お仕事 明治のリゾートを今に 2019/08/12 12:16 pm

明治時代の初期から、日本の観光地には外国人が訪れるようになりました。雲仙温泉も同様、椅子式のカゴに乗って避暑にやって来たそうです。

森の木陰にテントを張ってのパーティ―、池での優雅な舟遊びなど、外国人のリゾート文化はいち早く雲仙に伝わったのです。

そんなお洒落な賑わいを再び作ろうと、若者たちが始めた「雲仙三角フェス」、今年で3回目となりました。
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長崎県雲仙市、標高700メートルにある雲仙温泉。ここの「雲仙お山の情報館・別館」には、明治時代、外国人が乗って来たという椅子に担ぎ棒を取り付けた「チェアカゴ」が展示されています。

陸路、あるいは船で、小浜辺りまでやってきて、最後の雲仙温泉までの上りはこの椅子に座って外国人女性などは避暑に来たのでしょう。

今でも夏の朝は、半そでではひんやりする雲仙温泉です。それでいて、「地獄」と呼ばれるあたりから、高温の温泉があり余るほど湧いている。夏をゆっくり過ごすにはぴったりだったはずです。

展示されている写真には、天幕を張って、その下で飲食を楽しむ外国人客が写っています。

ワインと瓶ビールを飲みながら、子どもたちも加わって食事が始まる?ところでしょうか。

外国人客が増えて、洋式のホテルもでき、だんだん道路も整備されていきました。明治44年には、「特に夏期英語の堪能な巡査を配置し外国人避暑客の便宜を図るようになった」と展示にはあります。

その後、ゴルフ場、プール、テニスコート、娯楽館などができてピアノやチェスなどもそろえられたそうです。


いつの時代の観光案内地図でしょうか?日本語と英語です。

よく見ると、人は外国人が描かれ、乗馬やテニス、ゴルフ、ハイキングなどを楽しんでいます。

この案内を見る限り、雲仙温泉をちょと見て、または1泊して、次の名所旧跡に移動、という周遊観光が行われていたとは思えません。

雲仙温泉に来たならば、滞在し、ゆっくりといい時間を過ごしている。そんな外国人観光客の姿が見えてきます。

そんなリゾート地だった雲仙温泉が、いつしか観光地になってしまった。名所を見て旅館に泊まってご馳走を食べればそれでいい、さっさと帰る。高度成長期の日本はそんな観光地を全国に育てたのです。

「明治時代のこの写真のように、自然のなかでゆっくりする、そんな雲仙温泉を取り戻したい」温泉場の若い人たちが立ち上がり、繋がり、クラウドファンディングなどでお金も集め、ボランティアで最初のフェスは行われました。

山の日にちなんで、山を表す△がつきます。「雲仙△(サンカク)フェス」、正しくはアルファベットで表記されます。

第3回目のこの日、車を降りてシャトルバスに乗ったとたん、たくさんの小さな子ども達と一緒になりました。

そう、このフェスは、音楽を楽しむだけでなく、森の中で子どもが遊べる仕掛けもあるのでした。木登り、けん玉、弾力のあるベルトを綱渡りするスラックライン等々。



おやおや、森の中に可愛いぼんぼり?照明?近づくと紙皿を繋いでできている!

すごい発明、目からウロコ。いったいいくつ、いったい誰が、いつ、どのくらいの時間をかけて作ったのでしょう。





この矢印もチャーミング!場所によってどちらにでも使えるように工夫されている。しかも矢印がくねくねで、「GO—−!」でなく、「ゆるく行ってね〜」と呼びかけている感じ。

付けられた木にセミの抜け殻が。いまやミンミンとこの森で鳴いてフェスを盛り上げているのですね。


昔の外国人客が、テントの下で和服ではしゃいでいる写真。この時代はリゾートといっても、お金持ちの人が遊び、地元がそれに対応し、かしずいてもてなしていました。

「チェアカゴ」を担いだ人に、森でゆっくりする時間はなかったはずです。

でもこの△フェスでは、準備から既に、地元の人も手伝う人も楽しんで、大変だけど活き活きとある意味リゾートをしているのです。紙皿ぼんぼりや矢印からそれが伝わってきます。

現代の本物リゾートは、いい時間を地元も来訪者も一緒に作り上げていくことにあると気づかされました。

△フェスのテント?旅館の古いシーツかな?その下では参加できるワークショップがいろいろ。

森の風を感じ、セミの声といい音楽を聴きながら、普段したことのない体験ができます。






小浜の「アイアカネ工房」さんのテントでは、手ぬぐいの藍染ができました。ビー玉をくるんで絞りにしたり。

参加者は、藍の力に驚いたはずです。藍が食べられることも初めて知ったかも。





クイズもあります。

「ジオパーク」なんて言うと難しいのですが、大昔の大地の動きで、今の具体な何に繋がっているかが分かるというもの。

愉快に学ぶのと同時に、知らない人が仲良くなっていきました。




森の中でコンサート。驚くほど音響がいい、上質です。

好きなところで好きなことをしながら、みんなが聞いています。

木陰っていいなあ〜、と久しぶりに感じました。





外国人客は何を食べたのでしょう?

私は地元のジャガイモが入った蒲鉾「ジャガボコ」と、まるゆでジャガのフライ。








そしてオフィシャルショップで買った自家製レモネード。










外国人観光客が遊ぶ「白雲の池」、今回のフェスの中心の池です。

今も昔も、日本人も外国人も、水を見たら気持ちよく、水面を渡る風は心地よいものでしょう。






この日も子どもたちが水で遊んでいました。

この子たち、初めての「白雲の池」畔での水遊びなのでは。








大人たちも池あそび。

普段は鴨だけが泳いでいる池ですが、この日は何人もの人がスイ〜〜〜〜〜スイ〜〜〜〜。雲仙温泉、白雲の池周りから、“ゆっくり時間”が湧き上がっているようでした。

明治の時代とは違う、さらに本物のリゾートを体験した思いです。観光産業としてのリゾートでなく、人間ルネッサンスとしてのリゾート。長期ではないにしても、中身の濃いみんなで作るリゾートでした。

今回私は、2日間のうちの1日、しかも日中だけの参加だったので、夜のフェスの様子を知りません。この森じゅうに吊るされた紙皿ぼんぼりに灯がついたとき、キャンプファイアーが燃えた時、どんなに綺麗だったか。

ま、また訪れましょう。それがリゾートなのですから。

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お仕事 中之条町の素敵人 2019/08/05 11:12 am

群馬県中之条町。素敵な人達に会いしました。脱サラして、リンゴ農家になったけれども自分のペースで働く人。イモ畑から干し芋まで、一貫してこだわって作る人。

役場職員から転身し蕎麦屋になり、アイディア蕎麦フルコースを出す若者。特産の花豆で味噌を作り、味噌ジャムにしたり、味噌入りパンを焼く女性たち。

悠然と歩むいい人に会うと、こちらも元気になります。
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中之条町で最初に訪ねたのは観光リンゴ園・金井農園さん。リンゴの樹には青いかわいい実がたくさんついています。









「リンゴは親父の代から40年やってる。自分はサラリーマンだったけど、なんとなくね〜」とリンゴ農家になったとのこと。

なんとなくと言いながら、金井さんのリンゴはステビア栽培という特別な作り方。味には定評があり、毎年、リンゴ狩りにみえるお客様が多いとか。



青い小さなリンゴをポンポンとっては摘果中。このリンゴが実にかわいい!

「これいただけないですか?」と私がせがむと、「うちじゃ捨ててるやつだよ。食べられないよ」と笑います。





でも、あとで箱に詰めて持ってきてくださいました。ちゃんと葉っぱもつけて、センスがいいこと。

「こんな風に飾る専門のリンゴとして売ればいいのに」と勧めると「忙しくなっちゃうことはしたくないから、ははは」

つい、なんでも売れば、と思ってしまう私はがつがつしているのでしょう。

この町にはいくつか温泉がありますが、中でも4万の病を治すといわれる「四万温泉」に泊まりました。

映画『千と千尋の神隠し』のモデルの一つといわれる古い趣のある宿や、清流の音を聞きながらぶらぶら歩けるレトロな道もあります。



路地を入ったところの「小松屋」さんというお蕎麦屋さんで夕飯でした。

わあ〜、そば寿司です。このほかに揚げ蕎麦、蕎麦がき、そば豆腐など次々と蕎麦料理が出てきます。





旅館の食事もいいですが、私的には温泉街のこういうお店で一杯やるのが大好き。

宿の中だけにいるなんてつまらないですものね。こういうお店で蕎麦を食べ、お湯だけ入って帰るのいいでしょう。





会話の中で、ここの若いご主人はもと役場の職員だったことがわかりました。

はにかむご主人ではありますが、これだけの蕎麦料理を出しているのですからもう立派な蕎麦職人さんです。


そもそもこのお店は江戸時代から続くとか、六代目がんばれ!

翌日お会いしたのは「田村農園」さん。「いもっ娘」という干し芋を作っている方です。

干し芋づくりは冬ですから「今見るなら畑しかない」と畑で待ち合わせでした。

採れたてトウモロコシを茹でてきてくださって、ごちそうになりました。


田村さんはサツマイモの栽培から加工まで、一貫してやっています。

「芋の葉が、シルクスイートはきれいな丸みのあるスペード型。タマユタカは切れ込みがある。わかる?」と教えてくれます。





そもそもサツマイモにいろいろ種類があることすら知らない都会人は、私をはじめ「ぽか〜ん!」です。

「芋によって干しても全然味が違うから。食べてみて」ともうひとつベニハルカも加えて、3種類の味比べとなりました。

なるほど、甘み、風味、食感が比べると違います。

田村さん的には、昔のばあちゃんの味にこだわって、タマユタカを押したいとか。「ただ甘いだけでなくって、かみしめてると風味や旨味が出てくる」とか。

私的には田村さんの「干し芋一本売り」「プチサイズ」など、少量の売り方に大賛成。




食物繊維がたっぷりとれる、ヘルシーなスイーツ。バックやオフェスのデスクに忍ばせておいて食べたいものです。

通勤時にカロリーメイト同様、朝ご飯として。受験勉強時の、夜食として。よく噛むから目も覚める。少量個別包装だから食べやすい。

芋畑で干し芋を食べながら、味わい深い学びの時間でした。

ここのランチも感激でした、「天然酵母ぱん&カフェ エルム」さん。

中之条町の新鮮野菜と、自慢のパンがたっぷりいただけます。自然豊かな土地にやってきて、素朴な郷土料理もよいですが、少しおしゃれなランチもいただきたい。ぴったりのお店でした。




上原さん、衣さんの友達二人でやっているお店です。入ったとたんに私も友達になれそうな、ナチュラルな雰囲気。

家族に食べさせたいパンを、というコンセプトで、安心できるものを納得いくように作られている。





お二人のこだわりは特産の花豆を使った味噌。それをパン生地に塩の代わりに練りこんである。さらに、そのお味噌にミネラル豊富な洗双糖で甘みをつけて、花豆の味噌ジャムにしてパンに使う。アイスクリームにも添える。

ひとくちいただきましたが、この味噌ジャムだけを買って帰りたいおいしさでした。


花豆味噌入りのパンには、かわいい花豆印がついています。ポリフェノールや鉄分が採れる花豆が、さらに味噌という発酵食品になってパンを上質な逸品に引き上げています。

ああ、買って来ればよかった・・・。




おいしいものとおいしい人に会った中之条町。こういう人に会いに行くことがこれからの交流でしょう。

中之条町は花の町。花は植物の花だけではありません。人を引き付ける晴れやかなもの、「花」は、青リンゴも、蕎麦料理も、干し芋も、花豆味噌入りパンも「花」。そしてそれにこだわる人たちこそが「花」なのでしょう。

化粧箱に青りんごを詰めてくださった、中之条町の心意気はしっかりと私、受け取りました。

このたび夫が写真展を開催していたので、受付にウェルカムリンゴとして飾れせていただいております。


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お仕事 雲仙人PR 2019/07/29 2:47 pm

雲仙市で、逸品開発やまちおこしイベントをする人たちが繋がって、雲仙人(くもせんにん)プロジェクトというものが始まっています。

人のネットワークを地域の力に、という動き。今回、メンバーの一人が主催した屋外催しで、テントを張り活動をPRしました。

子どもたち用にと、雲の絵を描くコーナーを作ったところ大好評。たくさんの雲がテントに貼られました。

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7月28日(日)、雲仙市千々石の空はそれはそれは青い、素敵な夏空でした。催しのフラッグが嬉しそうにたなびく上山公園です。









夏空に雲が飛びます。その下の小さなステージに次々とバンドが駆け上がり、たくさんのテントで手作り品や美味しいものが並ぶイベントです。








ここに我ら「雲仙人・くもせんにん」もテントを張り出したのでした。いったい何の店だろう?何を売るわけでもなく、活動を伝えたい?なんて・・・。





できたばかりのロゴで、前日に大慌てで作ったフラッグ。皆さんがかわいいとほめてくれました。その間を飛行機雲がスーッと伸びていきます。








一番見てほしいのがこれ。頑張る人たち「雲仙人・くもせんにん」の紹介です。

例えばこんな・・・。

Aさん:千々石の酪農家が黒毛和牛100%「レアハンバーグ」のお店をこの春開店です。
Bさん:木をふんだんに使った宿、神代の昔の写真も展示。ランチ「神代めし」が評判です。
Cさん:在来種の野菜の種を取って育てています。無農薬、本物の野菜の味が分かります。
Dさん:「雲仙野菜ぷりん」が看板商品。ジャガイモやカボチャなど野菜の味が生きています。
Eさん:長崎県産材料で醤油を製造中。若手農家さんとコラボしたネギソースは好評でした。
Fさん:看板商品は地元の野菜を使った無添加のドレッシング。畑を見ながらのランチも。

「あ、この人知ってる」とか「へえ、こういう人いるんだ」とか、ブースをのぞいた人はそれぞれに反応します。本人がそこにいた場合は、そのままおしゃべりが始まる。いい感じになりました。ここまでは大人の世界、予定通りの展開でした。


せっかく子どもがたくさんいるのだから、子どもが参加できることをやろう!と思い立ち、始めたのが「雲のお絵かきコーナー」。

これが、意外や意外、子どもはもちろん大人にもうけてしまったのです。






雲というお題だけで、次々と名作が、それこそ雲が湧き出すように描かれていきます。










ええ?いいんですか?なんて大人がワクワク雲を描く。張り出す。












手つなぎ雲ちゃん。










虹を描いた子も多かったです。雲仙は虹が当たり前に見えるのでしょう。












タヒチアンダンスを踊った母娘で雲描き。












これはまた手のこんだ作品。











この子は、要はマジックで遊んでいたわけですね〜。でも雲に見える見える。









この姉妹は本当に楽しんでいましたね、雲描きを。











雲にもいろんな表情があるんだ〜。










在来種のカボチャも雲に見えてきちゃう。カボチャ風の雲も登場しました。












前日、お父さんと兄弟と11時くらいまでかけて雲描きして、持ってきてくれた作品群も。

「雲仙人・くもせんにん」テントの中は雲だらけになりました。この勢いだったら、雲千枚になっちゃいそう。


地域おこしなんて理屈でかまえないで、こういうゆるい、いいい時間から何かを始めるのがいいなあ〜〜〜、と思いながら雲絵の写真を撮り続ける野口でした。

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お仕事 ワインだけでない池田町 2019/07/14 6:07 pm

自治体ワインの先駆、北海道池田町。町の顔「ワイン城」は今、リニューアル工事中。

その間に、町民有志でこれからのまちづくりや観光についてアイディアを出そうとワークショップをしています。

すると、ワイン以外の町の顔がいろいろでてきました。夕日や並木道、丘、森、羊。身近なところにたくさんいいところ、いい物がある.

町民お勧めの、スローライフポイント発見です。
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池田町へは昨年から通っていますが、今年度は北海道大学の先生方がまとめる観光計画のお手伝い、私はワークショップ係として出向いています。

とはいえ、私は笑ったり、へ〜ほんと〜?なんてにぎやかしをしているくらいで、集まった町民の方々が実に冴えているのに驚いています。

主婦、農家、アーチスト、移住者、タクシー会社、レストラン、喫茶店、議員、いろんな人が集まってきました。

なので池田町のスローライフポイントといっても、多様な答えが出ます。「汽車までステーキ弁当を出前してくれるお店がある」「あそこの味噌ラーメンのシャキシャキもやしの山は凄い」なんて美味しい情報から、地元民が日常的に体験している素晴らしい景色まで。

出てきたアイテムを、北大の先生が整理してくれました。なかでも皆さんが「これこそ」「こここそ」と選んだ物の中から、まだ私が足を運んでいなかったところに行ってみました。

利別川の河川敷から堤防を挟んで町側に、木々が茂ります。とはいっても、どの樹も大木古木ではなく、成長中という感じ。森でいえば、中学生くらいの印象です。

「百年の森」といって、百年後には立派な森になるだろうと、ことある度にここには桜や柏や松や紅葉や、いろいろな樹々が植えられているのだそうです。

公園でもない、原生林でもない、「森にな〜れ!」と育まれている緑です。

でも、もう立派な木陰ができていて、草も刈られているのでピクニックにいい感じ。いつも私の住まいの近く、「新宿御苑」の芝生を大人数で取りあっている東京人の身には、なんとも贅沢な緑陰でした。

「ワイン城に続く並木道」白樺並木の道もあるのですが、これは何の木でしょう?わからないけど素敵です。

両側に高くそびえ、天井の高い緑のトンネルのようです。こんなところをウエディングドレスを着て静々と歩いたら、印象深いシーンが撮れるなあ〜。誰かに勧めたいな〜なんて考えます。

ここを日々のお散歩、ウォーキングに歩いている池田町の方々がうらやましい。

真ん中あたりにロマンチックなベンチでもあれば、ずっと居たくなるでしょう。真夏にお勧めですね。緑の風の道、なんて名前をつけましょうか。

ワークショップでは「星」とか「ブドウ畑」「堰堤」なども出てきました。そして意見が多かったのは「夕日」です。

「ワイン城の上から見る十勝平野と夕日」もすごいですが、「池田高校の前の坂道から見る夕日」も素晴らしいとのこと。行ってみました、が、夕日時ではありません。


ゆるい下りの坂道が長く続き、やがてまたゆるく上がって行く、この真正面に夕日が落ちるとならば、想像すると絶景のはず。見てみたくなります。「夕日時間予報」を出して、待ち構えてみていたい。ここにも夕日待ちのベンチがほしくなりました。

この道を通学する高校生は坂道で足が鍛えられると同時に、夕日で豊かな情操も育つことでしょう。


「まきばの家展望台」ここからの展望も、町民お勧めでした。確かに素晴らしいです。

もう少し待っていればドラマチックな夕日を眺められたのですが、羊に会えただけで良しとしましょう。もしこの展望が首都圏近くの観光地にあったら、ここだけで観光バスが押し寄せるほどの見晴らしです。

でもここでは、観光客らしい人には誰にも会いませんでした。これがまた池田町の贅沢なところなのでしょう。

「羊」「羊毛製品」などもワークショップであがっていましたが、羊も手作り品もそろっているのが「スピナーズファーム タナカ 」というお店。

実は私はこのお店で大興奮!羊毛のとりこになったのです。なので、ここのことは改めてちゃんと書きたいと思います。

羊毛を使った手作り体験や買い物もできる、羊もいる、他の土地ではなかなかありませんね。池田高校の近くです。

池田の観光は「ワイン城」に任せてきたような町ですが、なになにワイン城に行かなくても、ワインを飲まなくても、こんなに池田町は素敵です。

実はそれに町民も気付いていたのだけれど、大声では主張しなかったのかもしれません。

農業や酪農が基幹産業のまちで、こうして草を干している様子や、小麦とビートが作り出す素敵な畑の色合いなどをしっかりと見てもらう、解説してあげれば、都市部から来た人たちは畑を歩くだけでも十分満足するでしょう。

私などビートを見て立派なホウレンソウだなあ〜と思っていたくらいですから、町民・スローライフガイドさんが同行してくださったらもっともっと池田の発見ができると思います。

加えて「百年の森」でワインピクニックとか、「緑の風の道」での深呼吸ウォーキングとか。「夕日坂で夕日に願いをかなえてもらう」ストーリーを作ってもいいし、「まきばの家展望台」にブランコなどできたら、もう、最高!と思います。

ワイン城がリニューアルするまでに、町の観光の有り様もリニューアルできそうですね。リードするのは町民の皆さんです。

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お仕事 「湯せんぺい」に学ぶ 2019/07/01 1:04 pm

丸いサクサクとした食感の「湯せんぺい」は、小浜・雲仙温泉の土産物。

その昔ながらのお菓子に、かつて外国人がリゾートにたくさん来ていたころのイメージをのせて、少し高級でお洒落なものに変化させる。

そんな試みをしている「遠江屋」の加藤隆太さんにお話をうかがいました。

雲仙市でまちづくりに頑張る人たちの繋がり、「雲仙人(くもせんにん)サロン」の第5回目です。
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雲仙市国見町神代にある明治時代の建物「今村邸」、ここで開かれたサロンは“湯せんぺい”一色でした。

加藤さんは雲仙温泉にある“湯せんぺい”屋さん、「遠江(とおとうみ)屋」さんの3代目。小浜で明治時代にできた“湯せんぺい”、べではなく、ぺです。小麦粉、卵、砂糖、重曹、温泉を材料に薄く焼いたお菓子、

遠江屋さんでは機械焼きもありますが、店頭でお客様に見せながら一枚ずつ手焼きすることにこだわっているのが特色です。(↓写真は店頭での手焼きの様子)

加藤さんは雲仙生まれ雲仙育ち、島原高校を出て東京の大学を出て、食品会社に9年務めて、29歳で雲仙温泉に戻ってきました。

当時の雲仙温泉はお客様が減り、「どん底だった」そうです。「衝撃だったのは、『何しに帰って来た』といわれたこと。ヤル気を持って帰ってきた者にそういうことを平気で言うんだなと、イラっとしました」と加藤さん。

しばらくは、雲仙温泉街の若手で作る会、雲仙青年観光会でイベントや観光PRの活動をします。「『元気さ、若さ、お洒落さ』をにこだわってやりました。その時の活動が今の自分の基礎になっていると思います。雲仙に居なかった期間のこと、もっと昔のことも知りました。イベントをやる中で、コンセプトやネーミング、お客様の動きなどを学び、雲仙の良さを考える機会になりました」

イベントで知合った仲間と「長崎ランタンフェスティバル」に出店することになります。商店街のファザード整備の期間、お店も整備することになり“焼き台”を持ってフェスティバルに参加しました。

「お年寄りは懐かしがってくれました。でも、若い層の人たちは“湯せんぺい”を知らない、子どもたちも。これはいかんと思いました」(←写真は店頭での手焼き)

その後、その場所を仲間と借りて、2年間、毎週オープンテラスカフェをやることになります。仲間のお菓子屋さんは毎週新作を持ってくる。売れる。しかし自分は新作ができない。

「“湯せんぺい”一本では勝負ができないなということが分かった。でも“湯せんぺい”しかない自分だった」そんな中で、加藤さんいわくの“加藤隆太式商品開発”が芽生えていきます。

「自分はお菓子屋さんになりたいのか」と疑問が出たそうです。そもそも昔は旅館をやっていた、その後「観光百貨」というお土産屋さんをしていた。「そうか、うちは土産物屋だったんだ」では、土産とは何だ?観光とは何だ?と加藤さんは自問自答していきます。

「しっかり考えました。この時役だったのが以前のイベントでした。雲仙のいいところをどうやって伝えるのかをイベントで考えてきたので。“地域のいいものをプロとしてお客さまに魅力的に伝える”のが観光業者の仕事、観光土産屋と気づきました」

「雲仙に来たくとも来れない人に、雲仙のことを紹介するために持って帰る物が土産。ならば“湯せんぺい”に、どういうストーリーや雲仙らしさ、伝えたいものやことをのせて持って帰ってもらうか?を考えるようになりました」

「自分は菓子作りの技術も知識もないので、菓子は作れない。ならば“湯せんぺい”に雲仙の良いことをのせよう。そういう商品開発の仕方にしました」

加藤さん的に、他とは違う雲仙の良いところというのは、雲仙が避暑地・リゾートとして外国人に好まれていた時代。明治から昭和にかけて、年間3万人が夏だけで訪れていた頃。

そんな雲仙のアイデンティティを伝えたいと考えたそうです。“湯せんぺい”は和菓子のイメージだったけれど、洋菓子のイメージにしようと。

まず、クリームを挟んで「ゴーフレット」にした。雲仙を代表するクラッシクホテル・雲仙観光ホテルのイメージで最初は作り上げていきます。これが簡単そうで難しかった。仲間のアドバイスも受けて作り上げ、今や7種類のものができました。

「湯せんぺいチョコバー」はドライフルーツとチョコと“湯せんぺい”の耳で作ったもの。これもリゾート客が山歩きをするそのおともにというイメージのもの。

避暑に訪れた外国人は、葉巻も吸ってもいただろう。“湯せんぺい”をクルクル巻いてチョコをつけた「シガーロール」これは3本セット540円、5本セット800円。

普通の機械焼きの“湯せんぺい”が10枚で350円に比べると高いけれど、でも売れていくとのこと。




“湯せんぺい”の耳は製造上の副産物ではなく、貴重な材料になっていきます。サクサクした食感を活かして、フルーツ一杯のグラノーラまでできました。

「関東、関西、福岡の30代の女性に買ってもらいたい」といつも考えているだけあって、確かにどれも女性がお土産にしたくなります。



さらに“湯せんぺい”そのものも、パッケージにこだわりました。偶然見つけた昔の外国人向けの観光パンフレットの絵を使いました。明治時代は上海から船で島原半島にやって来た、その頃、日本郵船が作ったパンフレットの絵を交渉して使用許可を得ていきます。

「まあ、“湯せんぺい”か、といわれたくなかった、カッコいい仕事しているねと言われたかったんです。(笑)いい商品を売ればその土地も売れる。商品を通して雲仙を知ってもらいたい。そこに行かないと買えないものを作りたい」という加藤さんです。

今は島原の牛乳を使ったソフトクリームのコーンを“湯せんぺい”で作ることにも挑戦しています。

そしてこの日の提案は、「食事に“湯せんぺい”があってもいいのでは?!」でした。お菓子としての“湯せんぺい”ではなく、切り分けた“湯せんぺい”にチーズやトマト、キウイなどをのせてオードブル風に、です。

参加者は喜び、どよめき、アイディアが湧きだしました。



「ポテトサラダにもあうのでは」「“湯せんぺい”をカナッペ風に使う提案をパンフレットにしてパッケージの中に入れよう」「“湯せんぺい”のおつまみでするパーティーをやろう」「チーズ系の料理に合う」「サラダのトッピングにしても」「明太子にも合うはず」「お醤油フレーバーやスパイスを使ったら」「塩味のものは焼けないか」「ミニサイズのがあるといい」

とかく新商品を、こんな物がうけているらしいと思い付きで開発するケースが多い中、“湯せんぺい”に雲仙のいいところのイメージをのせていくという加藤流のやり方、誰もが学べる手法と思いました。

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お仕事 土地の息吹を感じる店 2019/06/23 3:18 pm

那須塩原市で、いろいろなお店をのぞきました。身体を運ぶとその土地の新しい動きが分かります。

製麺店ではたくさんのカゴが売られ、若奥さんがドライフルーツ作り。

あるお土産屋さんでは、新しい素敵なブランド作りが展開中。元小学校はギャラリーのあるレストランに。

外国帰りのカップルが開いたチョコレート専門店は若いお客様に人気。お土産とお土産話一杯で帰りました。

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「秋山製麺」・・・以前、「巻きうどん」という面白いうどんがあるとご紹介しました。

店頭では、蕎麦と麦と石臼が粉をひいていて、しっかりうどんも蕎麦も売ってはいるのですが、なぜか店内にはカゴが多い。





しかもとてもいい、こだわりのカゴです。輸入品の粗悪品とは違います。

このお店のネットワークで仕入れている「山ぶどう」のカゴ。普通はめちゃくちゃ高いのですが・・。

私が気にいったのが、「寒竹」を使ったカゴ。少しまだ青い色が残っていて、使い込むほどに色が変わってくる。丈夫そうです。

「これも目がきれいでしょう〜」と、大きなザル?を紹介してくれるここの若奥さん。

ザルやカゴ、竹細工などいろいろ説明してくれます。

「奥の加工所で作っているんですよ」というのがドライフルーツ。




那須塩原は市内で様々な果物を作っています。そのフルーツをドライにしたものは、東京で買うよりずっとお安い!

粉屋さん、麺屋さんであって、カゴ屋でもある。ドライフルーツもある。うちは「○○屋」だからということにこだわらない、柔軟な品揃え。なんだか自然体でいいなあと思いました。


「しおばら千二百年物語」・・・塩原温泉の入り口にある目立つ建物です。

名前からして、単なるお土産物屋さん、カフェじゃないよ、ということが分かりますね。






土産物というより、塩原温泉の長い歴史をしっかりと受け止め租借し、現代にどんなメッセージを出すのか。

ちゃんと考えて商品開発や販売をしている、コンセプトショップということでしょう。

だから入った感じが全く違う。



七色のお湯があるのだそうです。それにちなんで、七種類の色と味の「ななゆチーズケーキ」を作っている。「ななゆあんジャム」というのもありました。

店の奥にはカフェがあり、ゆっくりいただけます





温泉を使った焼酎まである。これには驚きましたね。

土地の自然や名所などを上手に取り入れてものづくりをしている、こんなお店に出会うと温泉場のイメージが変わっていきます。






「cafe 北風と太陽」・・・旧戸田小学校をリノベーションしたレストランです。

校庭に車を止めて、学校に入る。廊下も職員室も教室もピアノもある。心が小学生に戻ります。






ギャラリーもあり、ここでは作家さんの作品が飾られ、販売もされています。

普通の都会のギャラリーよりずっとリラックスして作品にむかえるのは、昔の校舎だからでしょうか。






ここがレストランというか食堂?カフェ?のお部屋。

意外に地元の方々で一杯です。この4月にオープンしたばかりまだ間がないので、まずは地元の方が覗きに来ているのかも。みんな楽しそうです。

メインのお料理4種類から選んだら、それにサラダ、スープ、ドリンクなどがセットで着きます。

お料理ができるまで食べているオードブルが凄い!


ショーケースから4種類が選べる。地元の食材を上手に使ったおしゃれなオードブル、これだけでもうランチは充分。見た目にも満足です。




「コッチェ ル・ショコラ」・・・ここは本当にたどり着くのに難しいところ。それでも行く人が行く、いわゆる“わざわざショップ”ですね。

目の前まで行っても、看板が読めないから別荘かな?デザインオフェイスかな?などと考え、チョコレート屋さんとは思えません。




店内には若者が!どうやって調べて、知って、やってくるのでしょう。

チョコレートの販売だけでなく、ドリンクやお菓子のメニューもあるので、カップルが一休みにも向いています。





ここの店主ご夫妻はベルギーで調理の仕事についていたそうです。チョコの本場ですね。

ベトナムのカカオ豆の品質に惚れてこの店を始めたとか。







保存料・乳化剤一切なし。ベトナムへ直接足を運び厳選したカカオ豆を自家焙煎して手作りしているチョコは、カカオの量で味が違います。

酸味があって、今まで食べていたチョコとは全く違う大人の味。純粋なだけにお値段ははりますが、大人へのお土産にピタリ。


・・・・・こうして歩くと、今までの那須塩原とは違うお土産を買ったり、那須塩原の印象が変わるお土産話を仕入れることになります。

お土産とは、単にその土地の農産物とか名物とかいうことに限りません。

そこにいる人が何を考えてるのか、思いついているのか、試みているのか、選んでいるのか、それはとりもなおさず、その土地の産物と言えるでしょう。

「え?那須塩原のお土産がチョコ?」なんてことでいいわけです。そこにたくさんの物語もつくのですから。

変化や息吹を感じることのできる店、そんあお店がある土地は強いです。

ご案内いただいた方に感謝します。

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お仕事 塩原高原カブ 2019/06/02 1:44 pm

那須塩原市の特産「塩原高原カブ」が旬を迎えています。柔らかさとみずみずしい甘さから“トロカブ”の愛称も。

塩原温泉ではこの特産のカブを食べに来てね、と「ウェルかぶキャンペーン」というのもやっています。

昨日、農家さんから直接分けていただきました。生の薄切りを食べると甘い甘い。厚切りをオリーブオイルでサッと焼いたカブステーキも美味。

今夜も主菜はカブです。
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久しぶりに栃木県那須塩原市にうかがいました。廃校になった小学校を核に地域おこしをしようとしている「あつまっぺクラブ」のワークショップです。

久しぶりなので前日は、持ち寄りで一杯会をやりました。するとカブがドーンと届きます。生の大きなカブをサッと洗って8等分して、そのままかじる。

まるで果物の柿を食べているみたいです。もちろん漬物もカブ、サラダもカブ。

カブの盛りの時期真っただ中に、うかがった私でした。

まるかじりのカブの美味しさに騒いでいたら、ならば産地にお連れしましょうと、翌日、塩原方面へ連れて行ってくださいました。

途中寄った塩原温泉には「ウェルカム新緑! ウェルかぶ塩原♪キャンペーン」の幟が立ちます。

温泉場のお宿や食事処がカブ料理でおもてなし、というキャンペーンです。

塩原カブとプレミアムヤシオマスをチーズ味噌で食べる、とか。あんかけとか。カブで作ったスイーツとか。極素朴に酢の物とか。いろいろで、6月一杯やっています。

なんで塩原のカブが美味しいのか?火山灰土壌で昼夜の寒暖の差があり、冷涼な高原地、水がいい。いろいろな理由があるようですが、農家さんがかなり頑張ってブランドカブにしてきたということもあるでしょう。

標高700mくらいの畑です。畑にいる人に「お〜いカブある〜?」とご案内の方が叫ぶと、作業をやめて畑から上がってきてくれました。

モンシロチョウが飛び交う畑は、電柵で囲まれています。何しろ甘く柔らかい「トロカブ」です、鹿などが見逃すはずがありません。

道の駅などで新鮮なものが手には入るのですが、農家さんを訪ねれば間違いがないです。


地元の方々は、塩原高原カブとひとくくりにはしません。「○○さんのカブ」と、気にいった個人のカブにこだわります。

ここは今日の案内の方の一押しの農家さん。「これだけ取っておいてよかったよ」と農家さんが笑います。この時期は取り合いになるわけですね。

案内人の方は迷わず、10株購入されました。私はそれをおすそ分けしていただきます。


ご覧ください、この堂々の存在感。どこまでも白いつやのある肌、パーンと張った充実感。

なるほど、これは煮たり蒸したりする前に、とにかく丸かじりにふさわしい!フルーツカブと呼びましょうか。

これをキャリーバックに3束詰めて、仕事を済ませて深夜の東京に戻ったのでした。

まず今朝は、地元の方々の食べ方である、薄切りをシャクシャク。カブノサラダといえばそうですが、切っただけ。何もつけずにそのままが美味しい。

味噌をつける、マヨネーズをつける、ドレッシングをかける、オリーブオイルと塩、いろいろ皆さんが食べ方を教えてくださいましたが、私は何もかけない方が好き。フルーツっぽく食べました。

そして、夜はステーキです。1センチくらいの輪切りにして、オリーブオイルで両面を焼く。柔らかいのですぐに火が通ります。これにお醤油をほんの少し。

生よりさらにさらに、ぐんと甘味が増します。

どこかの▽▽牛なんてお肉より、こちらの方が貴重。冷凍じゃないし、他にないものだし。

カブをいただいて高原から帰るとき、山に雲がかかりました。「雨がきそうだね」と農家さんがつぶやきます。

高原の雨を浴びて、“トロカブ”はまたぐんと太く丸くなったのでしょうか。

旅館で料理をいただくだけでなく、畑を訪ねて農家さんの話をうかがい、カブ畑の景色を眺め楽しみ、最後には引き抜いてそのままかぶりつくカブの生きづくりを食べたくなりました。

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お仕事 「まるゆで野菜」物語 2019/05/27 2:22 pm

雲仙市で地域おこしに頑張る人が交流する「雲仙人(くもせんにん)サロン」が始まっています。

先日のスピーカーは螢泪襯砲寮湘朕介さん・真由美さん夫妻でした。

以前は農家でしたが、農産物の価格が下がり廃棄しなくてはならない経験を経て、「なんとか自分たちで、農産物の価格を決められないか」と六次化に挑戦。

島原半島の野菜の美味しさを、まるゆでにした商品を作りました。
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「まるゆで野菜」についてまず説明しましょう。その名の通り、野菜を皮ごとまるゆでして真空包装してあり、冷蔵庫で60日持ちます。

例えば、私が仕事から戻り大急ぎでカレーを作ろうとしたら、ジャガイモ、ニンジン、タマネギを洗って皮をむいて、切って、肉と炒めて、煮込んで、となる。

いい加減の時間がかかります。それがここのゆで野菜を使えば、もう野菜は煮えているので15分で作れる。ジャガやニンジンは皮ごとの栄養がとれる。カボチャなども一口大に切ればすぐ煮物になるし、大根も、コトコト煮なくて済む。要は時間がない時に助かるのです。





「サロン」の日、試食を用意してくださいました。トウモロコシなどはそのままパクパク食べられます、甘い甘い。ニンジン、カボチャもそのままで、味が濃いこと。大根は一口大に切って、ちょっとめんつゆをかけておくと、味が染みた煮物に変身していました。

子どものおやつや離乳食にいい。高齢者の一人暮らしにも簡単で美味しいし、野菜そのものが無農薬か低農薬なうえ、茹でただけで保存料など入っていなくて安心、という優れものなのです。

プチトマトやバターナッツカボチャはスープに。里いもは皮付きのまま軽くチンして食べられる。しかもジャガイモ、サツマイモ、スイートコーンは300円、他は200円と実に安い。よくぞこういうものを作ってくれたと思います。

ジャガイモとサツマイモは西田さんが無農薬栽培、他の野菜は島原半島の美味しい野菜を作る若手農業者と契約し、年間同じ値段で取引をしているとのこと。

よくカット野菜や茹で野菜の商品は、品質の悪い野菜をカットすればわからないだろう、ということもありがちなのですが、ここは反対。まず、いい野菜ありきからのスタートなのです。選び抜いた野菜をまるゆでにしてある、だから美味しい。

そこには物語がありました。



西田さんはもともとは会社員、でもストレスが多く身体を壊し、空気のいいところで自然相手にと農業を始めます。ジャガイモとレタスの農家でした。ところが、3年連続でジャガイモが全国的に豊作で、価格が暴落、廃棄するしかないことが続きました。

「平成23年になんかおかしいと思ったんです。綺麗にできたいいジャガイモをトラクターでつぶしていく。ジャガイモは掘られるとすぐ土にかえる、というのが続いていて。絶対これはおかしいと思ったんです。でもどうにもできない。ジャガもレタスも、それでもまた農家は作っていくしかなかったんです。ちょっとでも自分で値段をつけられることがができないのか?と小さな疑問から始まりました」と真由美さん。

まったく生活が立ちいかなくなるほど金銭的に困る中、六次産業化のセミナー開催を知り、二人で出かけます。講演会や研修に出続けて自分たちができることは何なのか、やりたいことは何なのかを見つけていきます。

そして平成24年に身近なジャガイモとサツマイモをまるゆでにして真空パックんすることをきちんと文字にして申請し、六次産業として公から認定を受けることになります。





「専門的な機械もノウハウもなくて、1年位は台所でごそごそやっていました。いろいろなところでプレゼンしてもケチョンケチョンに言われて。無農薬も大事ですが、そもそも農家の苦労や汗を知らずに、安易に野菜を食べている人が多い。農薬を使っているからダメ、無農薬ならいいと簡単に言う前に、もっとその向こうに何か大事なことがあるのではと思います。野菜を全うして、食べてもらいたいと思うわけです」

島原半島ならではの野菜を、とにかくその美味しさを丸ごと届けたい、しかも価格を自分で決めて。それはだんだん形になっていきました。30箇所位をみて、千々石にあった空き家を入手。小さな加工所に整えていきます。平成29年3月には営業を始めました。

「結果的に自宅も倉庫も手放して、日々暮らすのが精いっぱいでした。でも、つらくてもまだ笑えるということがその日その日のお互いのエネルギーになったと思いますね。あきらめた時が本当にできなくなる時です。まい朝ドキドキしながらカーテンを開けることが大事、と思ってやってきました」と真由美さんは笑います。

離乳食として「まるゆで野菜」を買いに来たお母さんたちが待ってもらうことがあったので、加工所に続く座敷の方をだんだんきれいにしていきました。

雨漏りのひどかった天井裏に、娘さんと信介さんが入り、修理をしていきます。今日は漆喰を塗る、ペンキを塗る。それもお金を都合できればなので、1年かかったそうです。沢山の人に助けられて。

「最初はここはお化け屋敷状態でした。ただ素晴らしい夕日がみえるんです。この夕日が決め手になって千々石のここで再出発しようと思ったんです。借金を背負って始めたから覚悟がいりました。でも本当に苦しいけど世界で一番苦しいわけじゃない、と思ってきたんですよ。私には3人の娘が居ますが、結婚するにも、はい行ってらっしゃいとしか言えない、何もできない状況です。でもいい子たちなんです」と信介さん。



「まるゆで野菜」に続いて、整備した和室は、“えんがわ”の名で、地域の交流場として開放しています。300円払ってセルフでコーヒーを入れれば使用料はいらない。昼寝をしても、おしゃべりし続けても、勉強しても。畳なので、いかようにも使えます。

昨年11月頃からオカリナ、ハーモニカ、ピアノ、三味線、ギター、ハープ、コーラスなどいろいろなミニコンサートも開かれています。小学6年生の女の子が自分の絵の個展も開催しました。

真由美さんは「昔のありのままの建物のなかだと、肩の力が抜けて、ありのままの人になれるんでしょうか。ここで皆がリラックスして、それでどんどん友達になっていくんです」と嬉しそう。

「いまこういう状態にあるというのが感謝ですね。沢山の人に世話になって、支えてもらっています。もっとたくさんの人と繋がって自分もその一部になれば、やって行けるかと思う。この“えんがわ”が人と人を繋げる場になればと思います。ここの空気が入れ替わり、風が流れることが私たちの次に繋がると思うんです」と信介さん。

11種類のまるゆで野菜の材料の野菜は、信介さん自ら農家さんに出向き仕入れてくるそうです。シンガポールの高級日本食材店にも、まるゆで野菜は置かれるようになりました。現地の日系の方々に「安心できる野菜が食べたかった」と好評だそうです。

「まるゆで野菜は災害時の食材に役立ちます。今後は常温でもつようなレトルトをつくっていきます。“えんがわ”も泊まれるようにもしていきたいし」とお二人。

サロン参加者からは「もっと値段を高くしてもいい」「都会で売ろう」「どれほどいい野菜かもっと説明しよう」「野菜そのものの甘味が濃いことにびっくり」「海外進出にむけて包装材などへの配慮も今後必要」

“えんかわ”については「この畳の和の空間に入るとホッとすることがうれしい」「肩の力が抜けて初めての人が友達になれる」「各地にこういう場が必要だ」などの感想がでました。それぞれに学びがあったようです。

いい人たちはいいものを作り、いい場も作るんだなあと思いました。
螢泪襯砲呂海舛蕁筺http://farm-nishida.jp/

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お仕事 小浜デザインマーケット 2019/04/29 2:09 pm

雲仙市の温泉場・小浜の街なかを、路地を巡りながら美味しいものを食べたり、手仕事の品を買い求めたり、そんな催しがありました。

久しぶりに仲間と食べ歩きすると、路地の狭さで親密感が増し話が弾みます。

いいデザインのものを見ると、古い建物や花までが、いいデザインに見えてきます。

「あんまりお金もかからなそう」「こういうのは他の土地でもできるね」なんて意見が出ました。
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小浜は山の迫る海辺の温泉地です。したがって、大型ホテル、旅館の並ぶ海よりから少し山側に入れば、細い坂道がウネウネと続いています。








そのあちこちに目立つのは空き家、それはどこも同じでしょう。同じでないのは、そこに若い人が住み、新しい感覚でカフェや手仕事グッズを販売したりし始めていること。







移住してきた人も多い、変わりつつあるところです。その人たちが中心になって行われた「小浜デザインマーケット」。これまでは、ひとつのお店を中心にやってきたそうですが、今回からエリアを広げ、小浜と地名もつけて展開されていました。





とはいえ、まだ拠点としては5軒ほどのお店。ただ、そのひとつのお店に、あれもこれもと、多業種のお店が相乗りして、合計30軒近いお店が参加していることが特色でしょう。







カレー屋さんかと思って訪ねると、農家が野菜を売っていたり、お菓子屋さんがどら焼きを、肉屋さんがコロッケを揚げていたり、という具合。








買ってその場で食べ始める、食べながらお店の人と会話する、珍しいものについては教えてもらうという具合に、なかなか一つのところから皆動きません。

ようやく次のところにゆるゆる移動。





立ち寄ったカフェでは、なんとおでん?のようなものを売っている。「なにこれ?」「え?イタリア、ピエモンテ州の郷土料理?」キンカンとマスタードのソースをつけるの?意外に美味しい」路上で他のお客と立ち話も始まります。






拠点となるお店のいくつもが、古民家を活用しているので、ショップに入るというより、普通のお家にこんにちはという感じ。









食べ物を作る方も、なんとなく素人風の人もあり時間がかかったり、手際が悪かったり。でもその辺はお互いわかってあげるお仲間感覚が満ちていて、あまり文句も出ません。







路地で食べる人、路地で語る人、路地で遊ぶ子どもたち。みんなが多様な時間を過ごしていました。










途中の湧き水を飲んだり、お寺のお庭をのぞいたり、お地蔵さんの写真を撮ったり。










散策後の感想には、いつも見えないものが見えてきた。小浜がいいところと思った。写真を撮りたいところが沢山ある。美味しかった。お金のあるセンスのいい人、若い人だけにターゲットを絞り込んでいるのがわかる。集客がうまい。同じ価値観のお店をよくこれだけ集めた。などなど。




一方、子どものこずかいでは買えない。ザ・ジモトという感じの人は参加していないのが残念。チラシの字が小さくて高齢者には無理。旅館に宿泊の普通の観光客に情報が届いているのか。などなど。

いろんな意見が出ました。万人が納得する正解はありません。まずは、こういうことをやった人、エイヤッと具体的に実現した人たちが偉いのです。

参加して楽しませてもらい、そして学ばせてもらったら、次は自分たちが何をするかですね。「小浜デザインマーケット」ありがとう。

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写真でみるゆとりある記

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連絡先

野口 智子 のぐち ともこ
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局
ゆとり研究所

TEL 090-7433−1741
E-Mail yutori@noguchi-tomoko.com

NPOスローライフ・ジャパン
〒160-0002 東京都新宿区四谷坂町9−4 リカビル301
TEL 03-5312-4141 FAX 03-5312-4554
E-Mail slowlifej@nifty.com


略歴

<野口智子(のぐちともこ)>
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局長
千葉市生まれ。東京でコピーライター、プランナーを経験。1977年静岡県に移り企画・編集プロダクション設立。
1992年ゆとり研究所を開きコンサルタント業務を開始。
ライフスタイルの提案、「一店逸品運動」による商店街の活性化、時間消費型観光おこし、人材育成などの分野で活動。
2000年からスローライフ運動を開始、2003年スローライフ・ジャパンを設立、現在、事務局長・副理事長。
2006年から活動拠点と自宅を東京へ。現在はスローツーリズムの提案、商品開発、地域観光の育成、都市と田舎の交流、移住・定住プロジェクト、“食”をテーマにしたまちおこし、などに力を入れている。住民参加の独自の楽しいワークショップが得意。
現在、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域再生マネージャー(ふるさと財団)、国土審議会半島振興部会委員。