ホーム - お仕事のエントリ

ヘッダーナビゲーション

現在のカテゴリー位置

お仕事 体験催し運営チェック 2017/02/06 2:13 pm

着地型観光と呼ばれる、地域資源を活かした体験プログラムが盛んです。

でも、その現場を仕切るのはたいてい素人の市民。地域愛に燃えて企画しても、結局お客様を迎えるとドタバタになってしまいがち。

企画側とお客様、双方の満足のために、一目でわかる運営チェックを作りました。

ワークショップで何人かの頭で考えると、発見もあり良い出来上がりになりました。紀の川市で。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


現場のコーディネートについては、今までこのブログでずいぶん書いてきています。

どんなに凝った渾身の内容でも、会場が寒かったりすると参加者には「早く終わってほしい催し」になってしまう。どんなに冒頭に一生懸命説明しても、ずっと立ちんぼで聞かされたのでは「最初から疲れた」になってしまう。

まあ、こういうことに気を付けましょうというようなことです。

例えは悪いですが、家でお母さんが気づかってくれるようなこと。悪いというのは、お父さんだって気づかって当然のことだからですが。

最初に、気を付けることをアイテムであげました。これのもとは、紀の川市フルーツ・ツーリズム、「体験チーム」のお一人が本一冊になるくらいの注意アイテム集的なものを作ってくださいました。それを下敷きに、最低限の簡単なものを作ろうというもくろみです。



それを私一人で作って、はい!と見せたのではみんなの中に染み込まない。なのでワークショップにしました。

前日、地域おこし協力隊の女子と、お部屋にこもりおおきな“曼荼羅”風のものを作ります。

カードに書きだした、最低数の気を付けようアイテムを、「衣」「食」「住」「情報」「記録」「運営管理」などのカテゴリーに分けていく。

さらにそれを、事前、当日、事後の時間軸を意識しながら置いていく。まあ、楽しい下ごしらえの作業です。



そして「体験催しコーディート講座」ワークショップ。毎回、何人参加かわからない、来た人数あわせでやっている人づくり塾。

地域づくりできる技術を市民に身につけてもらうための講座です。が、一番身に着けていただきたいのは、実は若手市職員ではあります。

さあ、元の大図が広げられたので、2班に分かれて、足りないアイテムなどを出していきましょう。

いろいろな人が居るので、気づくところが様々。そこがワークショップの面白さです。



体験プログラムといっても今回の場合、個人が数人のスタッフでそれほどたくさんのお客様相手でなく行うケースを頭に置いて考えました。

「下見やリハーサルが大事」と主張されるのは、先の本一冊になるくらいを作られた男性。

彼は、以前、予定していた催しで実っているはずの柿が予定通りに色付かず大慌てした経験を持ちます。自然の物相手ならなおさらリハーサルや下見は大事でしょう。

「道具一式の予備」が大事と加えたのは、アクササリーや造花などのスクール指導の女性。

なるほど、いざ、というときに道具が壊れたり、無くなったり、急に人が増えたりなどしますものね。



「当日スケジュールを紙に書く」を加えたのは、コンニャク作りの名人。この女性は「料理チーム」の方。

あまり詳しい打ち合わせができないまま、スタッフが当日集合だとする。時間の入ったスケジュールのプリントが配られる、貼りだされている、それだけでなんとなく皆動けます。

お客様も、それがあると、今、時間が押しているのか余裕があるのかわかる。みんなで、やることと時間を管理できます。

「駐車場や場所の地図」とおっしゃったのはデザイナーの男性。

確かに、当日「どこかわからないんですが〜」の問合せに電話で説明していると他のことができません。前もって参加者にファックスしていればOKですね。

「始まる前のスタッフの気合い入れ」と加えたのは、20代の市職員。この女性、「気合い」を表す絵として「力こぶ」を描きました。

「和やかな雰囲気作り」ああ、これも大事。折り紙大好きの主婦の方からです。

ついつい進行に夢中になると、どんな雰囲気で体験時間ができあがっているのか客観的に見ることを忘れます。笑顔もなくなります。(私が反省せねば・・・)

「食べ物・飲み物」「荷物置きスペース」「弱者への配慮」「事後のお礼状」などなど、びっしりになっていきました。



実は、こういうことを言い出したらやはり本一冊になってしまうのです。

が、この「体験催し運営チェック曼荼羅」をざっと見るだけでも、ひとつ頭に残ったことがあるだけでも、現場のコーディネートはうまくいくのではと思うのです。

巨大な「曼荼羅」はこの後、たくさん絵が加わって、A4サイズに手書きで縮小され、コピーして完成。

この3月5日から始まる「紀の川フルーツ体験!ぷるぷる博覧会“ぷる博”」の、65の体験催し企画者「仕掛け人」さんに配られることになります。

さあ、気合を入れて、失敗は栄養です。今回で催し仕掛け人として、みんなぐっと成長しましょう!

「ぷる博」についてはこちらから↓
http://fruits.oyoyaku.com/app/page/info/20170110puruhaku_panf



このエントリーの情報

お仕事 パンフレット配送大作戦 2017/01/30 11:31 am

和歌山県紀の川市で3月から始まる「紀の川フルーツ体験!ぷるぷる博覧会」略して「ぷる博」のパンフレットができました。

35000部を行政が配れば簡単なのでしょうが、企画も編集もずっと市民中心に進めてきた催しです。

ここも市民力の見せどころ、寒い倉庫でぜんざいを食べながら50部ずつ梱包し、配送リストから自分が行くところを選んで出動。

大作戦は今、終盤に入りました。(今回のブログの半分の写真はは、紀の川ぷるぷるクラブのフェイスブックからお借りしています)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

これがそのパンフレットです。フルーツをテーマにまちおこしをする紀の川市の「フルーツ・ツーリズム」の話題は何度も書いてきましたが、ここ数年間の活動のいよいよ山場です。

3月5日から4月9日の約一カ月間、紀の川市全域でフルーツにちなんだ体験催しを65個開催します。


桃のジャムを作ろう、フルーツバーガー食べよう、フルーツジェラードでパフェを作ろう、アウトドアクッキングしよう、フルーツ一杯のパンを焼こう、フルーツアクセサリー作ろう、フルーツバルで飲もう、テーブルフォトを学ぼう、フルーツ缶バッチ作ろう、フルーツカルタ大会、ダンボールハウス創ろう、選果場を見学、フルーツトレインに乗ろう、ハッサクオブジェで記念写真撮ろう、etc。

まあ、よくもまあたくさんの、プログラムが集まったものです。


市民が企画し、市民が交渉し、市民が原稿を作り、市民が写真を集め、市民がデザインし、市民が校正し、出来上がったパンフレットです。

みんな愛着があります。






35000部のパンフレットが市役所の倉庫に搬入されるとき、フェイスブックで集合がかかりました。

「矢印の建物に、あったかい恰好して集まれ〜。暖房はないよ〜」










1月19日到着、すごい量!これをみんなで50冊ずつに梱包して、1月中には世の中に出し終えます。

まずは配達された、トラックのお兄さんにもパンフ贈呈。「気に入った催しに、ぜひ来てくださいね」









このエリアのここに何部、そういうリストをあらかじめ作成。それを仕分けていきます。

お母さんと一緒の子どもたちも活躍。








冷え切ったころには、ぜんざいの差し入れが。フルーツ・ツーリズムの活動では、何かしら美味しいものが登場します。









シールになるはずだったあて名書きが、上手く印刷できずに急きょ手書きに変わったり。

2日間かかるはずだった作業が1日で終わり、その連絡が上手くいかないで、2日目の朝、倉庫にやって来た人がいたり。

役所主導の作業でないので、必ずすったもんだがあります。でもこんなことをもう3年もやってくると、みんな慣れてきました。

○○でなきゃダメ、ではなくて、▽▽でもいい、となんでも思えるようになります。

みんな強くなりました。




1月22日には毎月のワークショップ。この日集まったフルーツ・ツーリズムのメンバーは、配送リストから自分が持って行けるところを拾い出し、その分のパンフレットを台車で運び帰りました。

何時、誰が、何処に、何冊持って行くか?リストがだんだん、埋まっていきます。




そして1月24日は「パンフお渡し会」。この「ぷる博」でなにかしらの催しを主催する市民を「仕掛け人」さんと呼びます。

必殺?のようですが、これも「案内人」や「説明者」なんてやわなものでなく、しっかり自主運営してもらいたいからと市民事務局で決めた呼び名です。

仕掛け人さんには、ここでのぼりやポスターと一緒にドッサリとパンフが渡されました。



フルーツ・ツーリズムは昨年暮れに「一般社団法人」になっています。ですから、お金には少々シビアです。

仕掛け人になるには、参加費1万円を支払います。ま、35000部のパンフで宣伝してもらえるのだから、そうそう高くはない。

ツーリズムメンバーも、私も、県庁職員さんも、地域おこし協力隊も、みんな催しをやるからには支払う。こういう習慣が、次回の「ぷる博」に繋がるのですから。


雪で車がつかえない、子どもがもどした、熱が出た、市民事務局はいつも突発的なことがあります。

もちろん市職員も現場には居るのですが、市職員が仕切ってはいけません。

企画運営できる市民が少しずつ育っているのですから、市職員は邪魔しないように黒子になる。

30分前まで司会者が決まらずに、でもどうにか会合がスタートしました。



説明資料や参加者アンケートなどに、まちがいや抜け落ちがボロボロ。でもみんなが笑顔でガンバロウ!の記念写真を撮れたのは、みんなで支え合って創っていこうという気持ちの表れでしょう。

誰かを責めることは自分を責めることになる。失敗を活かして、今後に繋げよう、が基本ですものね。


お渡し会欠席の仕掛け人さんへ、市外のホテルへ、市外の観光施設へ交通機関へ、コンビニへ、スーパーへ、パンフ届け隊は出動していきます。

2人で回れば、長い1日、車の中でいろいろ話し、普段より濃いコミュニケーションができます。単なる配送でなく、その時間を活かさなくては。


雪の日に、朝からいくつも梱包を持って回った主婦の方いわく。「パソコンや難しいことは不得手だけれど、こういうことならできるから・・・」

娘さんと一日配送作業をしたお父さん。「知っているようで、まだ知らないお店や、場所がありますね。配送をしながら新しい出会いがあってうれしいですよ」

頭が下がります。







近くの自治体に話を通して、大口の配送をやってのけた農家さんもいました。

普通なら、市職員が頼みに来るのに、桃農家が興奮して体当たり説明にやって来た!ま、それが紀の川流。先方は驚いたことでしょう。今度はこちらが引き受けなくちゃね。




「お店にぷる博コーナー作りました〜」なんて写真も送られてきます。








私が買い物をしたパン屋さんでは「今回催しには参加できなかったけど、パンフは配るからね」とわざわざ挨拶に。



そして、東京のわがNPOの事務所にも梱包が。皆さんパンフがほしい方、お声かけくださいね。

さあ、これを全国の私の知り合いに配りましょう。

イベントとは、何かが起きること。「ぷる博」開催は3月からですが、実はもう大きなイベントは起きているわけです。

パンフ配送体験催しを皆が体験中なのですから。今までにない新鮮な経験です。お金があって、すべて宅配便にしたのなら、配送での出会いや発見もなかったでしょう。コミュニケーションも進まなかった。

時間はかかって、大変ですが、この作戦で紀の川市民はまたひと回り大きくなったようです。

それにしてもみんなが本気になると強い、婦人会に、ヨガのグループに、太鼓の会に、知り合いの美容院に、いつも持っていて通りすがりの人に、と分けているのですからきめ細かくてどんどん広がっていく。

どこかの観光協会で、立派なパンフレットやポスターが山と積まれ、廃棄になっていくのを見たことがありますが、もうそんな時代じゃないんですね。

35000部があっという間、いまやパンフが足りない?という悩みを抱えつつ。配布リストの「完了」という文字を眺める私でした。


このエントリーの情報

お仕事 田舎体験ハウス玉岡 2017/01/23 12:35 pm

奈良県十津川村谷瀬集落で、むらおこしや移住促進にむけて、村外の人が農作業や、むらの暮らし体験をしたりする拠点です。

といえばかっこいいですが、空き家を少し片づけてそのままの利用なので、都会人にはあまり快適ではありません。

「でもそれが田舎の現実で、それが嫌ならここには住めないから特別に改修しない」というのが集落の人たちの考えです。

潔い、と私は思いました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



私のNPOがむらおこしをお手伝いしている谷瀬の集落です。日本一の吊り橋があり、柚子で作った珍味「ゆうべし」が特産品。

もう何度もこのブログでご紹介していますね。通って4年になろうとしています。

ここのむらおこしは、ただの生活道に「ゆっくり散歩道」と名前を付けて、観光客に歩いてもらおうということから始まりました。

外の人に谷瀬を見てもらい、気に入ってもらえば移住に繋がるのでは、というわけです。

かわいい道標を立てて案内すると、吊り橋まで来た人が集落を歩き出しました。

この看板などは、私の後からこのむらおこしに参加した、大学生が描いています。






つい最近、厳寒の1月21日にも、神戸から来たという若者がブラブラと、歩いていました。

こういう何でもない田舎の風景が魅力的なのでしょう。

春、秋はもちろん、真夏もかなりの人が歩くようになっています。




谷瀬のむらおこしの動きに欠かせないのが、この家。「田舎体験ハウス玉岡」です。

玉岡とは屋号、だから普通は「玉岡」とだけ呼びます。

正面が母屋、左手前が新宅と呼ばれる離れ。いずれも古民家などではない、普通の古い家。母屋は昭和のもの?新宅は平成になってから?と思える造りです。

バスを降りて、吊り橋を渡り、「ゆっくり散歩道」の途中から坂道をぐんぐん上ったところ。バス停から30分くらい歩いた高台です。

お店はありませんから、ここに来るためには食料も背負ってくる。車を使わない私には、けっこうハードルの高い場所です。


「玉岡」に入る前に、山の中を歩いてちょっとご案内。

この道を、懐中電灯を頼りに、夜歩くのは結構スリルがあります。

足の下には沢の音がする・・・。







そして毎回行くのが公会堂。ここで、ほぼ月に一回「寄合」と呼ばれる会合をしているのです。









私は、寄合のコーディネーターですから、要は引き回し役。年間のむらおこし活動が上手く前に進むように、合意形成していく係です。

ここで、昨年末に「田舎体験ハウス玉岡」のことが話されました。

移住者を目的に巨額の改修費をつぎ込んで、空き家をゲストハウスなどにするケースが多い昨今です。話し合って、谷瀬はそういうことはしないでいこう、という結論でした。

もちろんお金がないから、は、大きな理由ですが、冒頭にあるように「綺麗でおしゃれで、都会的な家に改修しても、村の暮らしの現実は違うのだから、最初から谷瀬の今が分かる、そんな体験ハウスであった方がいい」という理由でした。

つまり、それが分かっていて、それでもよくて、またはそれがよくて、ここに移住してくる人でないと、住んだところで続かないだろうというわけです。

なるほどなあ、と思いました。


さあ、「玉岡」です。昔の家ですね。

集落がこの家の管理をするようになったとき、家にあったものものをそうとう捨てたそうです。

そして、その後、この家には新しい役割が芽吹いていきました。





ズラリと並んでいるのは、名札までついた学生さんたちの作業着です。

集落を学びのフィールドとする大学生が、宿泊滞在することが多いのです。

先回来た学生さんたちが、帰りしなに洗濯して干していったのでしょう。

名札を見て、ああ、あのこも来たんだ、居たんだ、なんて考えます。



通ってきているのは、奈良女子大と奈良県立大のふたつのゼミ、その先生と学生さん達。

先生はお二人とも女性、学生さんもほとんど女子というのが特色でしょうか。

一部屋は荷物置き場にしています。



「玉岡」にはノートがあり、いつ誰がどんな作業で入ったかが分かります。

蕎麦を刈り取り粉に引く。畑を耕す。稲刈りをする。お茶摘みをする。花を植える。看板を書き換える。

こうした集落の農作業やむらおこし作業を学生さんが手伝い、または体験したいと集落にリクエストし、「玉岡」に合宿して活動する。

盆踊りにも参加する、餅まきにも裏方をする、空き家を休憩所にするための大掃除をする、寄合にもでる。谷瀬の半住民のように、暮らすように学んでいるわけです。



いつも思うのですが、あんまりきれいなハウスなら、都会と同じで学生さんにとっては変化がない、つまらないところでしょう。

というより、もともと都会の物差しを田舎に持ち込んでもしょうがないのです。

水は簡易水道ですから、「玉岡」に入ったら、まず蛇口をひねる。しばらくは茶色い水、時には砂が混じっていることもある。

田舎の水とは、そういうもの。その代り、塩素臭くない、飛び切り美味しいお水だと知るわけです。


お風呂も普通のお風呂です。この家族風呂で、学生さんが10人くらいとなると、いつまで経っても全員は入れない。

そこで、毎日シャンプーしなくてもいいや、とか、お湯がぬるくてもいいや、とか、シャワーに勢いがなくともいいや、など快適でなくとも暮らせるのだということを身に着つける。

私などは、湯船にすっかりふやけて浮いているムカデを引き上げて、しみじみしたこともあります。

虫と暮らすことが、田舎の暮らしなんですよね。密室でない「玉岡」には、いろんな虫がわんさかやってきます。

ただ、あまりに不便なことは何とかしなくては、ということになる。

学生さんたちはDIYも学びの一環として、ぶわぶわだったトイレの床を張り替え、ボロボロ落ちていた壁も塗り直してしまいました。

集落の大工さんの指導を仰いでの作業。これが、もともと綺麗にリニューアルされていたら、学生さんは技術を身につけられなかったでしょう。

少し前の田舎の人たちは、多少の家の修繕は皆自分でしていたわけですから。

そして、こんなトイレの札までも。

これは、私が泊まった時に、トイレのカギが壊れ、トイレが使えなくなった大事件に発します。









今回、私一人で「玉岡」に泊まってみて、あらためていろいろ考えました。

炬燵に入ってブルブル震えるのも、布団がいつまでも凍ったように冷たいのも、田舎では当たり前。

不便を工夫して乗り越えて、皆が暮らしてきている。快適でないから、不便だから、と困るのは、自分にそれを乗り越える知恵と技がないからなのでしょう。

そう思うと玉岡は田舎体験施設としては上級品、ということになります。


一人で寂しいなら、外の花を活ければいい。

大きな田舎家に一人泊まる寒々しさが、急に華やぎました。








時計の音も友達です。

かつて、採れたという大きな松茸の絵?写真?も、いろんな想像をかき立ててくれます。









そうやって過ごした翌日、きれいな朝がやってきました。

不便で大変で快適でない、そんなところだからこそ見られる美しい朝、そして味わえる空気です。







そう、やっぱり「玉岡」は今のままの方がいい。あまり、きちんと整備しすぎると、育つ感性も育たないし、訪れた人が強くなれない。

そんなふうに思ったわけでした。






このエントリーの情報

お仕事 そばづくり全部体験 2016/12/04 10:14 pm

岩手県山田町白石集落、ここで行われてきた「そばづくり全部体験」全5回が終了しました。

もちろん、最後の体験は自分で“十割そばを打つ”です。伸ばしたそばが破れようと、切ったそばが太かろうと、みんな「美味しい!」と大満足。

種を撒くところからやってきたのですもの、当然ですね。この全部体験の仕組み、何度も通うので集落のファン作りにもなります。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私が関わったのは、9月のそばの刈り取りから。(下の写真)その時のブログはこちらです。
http://noguchi-tomoko.com/modules/yutoriaruki/details.php?blog_id=384
















その後、11月にはそばを石臼で引いて粉にする体験。そしてそのそば粉を使って、パンケーキを焼く体験をしました。

以前刈ったそばは、そばの実だけになり、きれいに整えられています。ここまでにするのがとても大変なのだそうですが、今回は、集落の方々がやってくれました。




石臼を集落の女性たちは、わけなく回しますが、実はすごく重い。水車小屋で交代で回すのですが、粉はなかなかたまりません。

いっそのこと、粒のまま食べてしまおうかと思ってしまいます。







このそば粉を使って、ホットプレートでスイーツ作り、パンケーキです。

男性も、女性も、子どもも。石臼の次は、卵白をボールにとり泡立て器を回します。







流れないように型に入れて、8分間。












さあ、焼きたてに、ブルーベリージャムやカスタードクリームをつけてパクリ。











「甘いものはどうも」「スイーツ作りなんて・・・」と言っていた男性参加者が、意外にほおばって満足気でした。










そして、12月となり、いよいよみんなが待っていたそば打ち体験です。この日会場に集まった人は、スタッフも含め35人。

そばが繋いだ人たちです。何度も会っているので、名前ももう覚えてしまいました。






「この前はパパとてきてたね〜」「そう、パンケーキのとき来れなかったんです」子どもの参加は皆が世話をやきます。話しかけます。

そばの香りが強い。ママと香りを確かめるチビちゃんのしぐさに思わず写真を撮りました。





乾燥していた日なので、あちこちで伸ばしたそばが切れる。その治療に集落のおばちゃんたちが走ります。










でも、なんとなくみんなできていく。ゴールはもうすぐそこ。












シンプルな野菜のかき揚げののっただけのそばですが、腰の強いこと、香りの強いこと、美味しいこと。

私は、そばをこねるのに「もっと力を入れて」と何度も指導されながらも、体重をかければ手首をねん挫しそうで、大汗。出来上がりは最後になってしまいました。

会場中がそば家族になったような楽しさ、皆がニコニコしています。達成感があったんですね。

「全部体験」は何度もそこに通わなくてはならない、米作りもありますが、トウモロコシもできるねという意見も、枝豆もできるね、そう、いろいろな「全部」をやりたくなってきます。

来年は何をやりましょう?水車で粉にできるもの、粉にしたらそれでいろいろ作れるものがいいかな。花を咲かせて花見をする全部体験もあるかも。

とにかくまたやりましょうね。

最後の写真は、そばを5杯食べた若者です。

このエントリーの情報

お仕事 白石集落の蕎麦 2016/10/10 3:24 pm

岩手県山田町、大きな震災被害のあったまち。そばでむらおこしをしている白石集落を訪ねました。

「そばづくり全部体験」という全5回の体験の一つ、そばの刈り取りに参加しました。

汗だくで刈っても、束ねるとわずかばかり、実となるとほんの少しでしょう。そば一人前の粉を取るには大変な道のりです。

白石のそばは、都会の老舗高級そばとは違う世界、さまざま教えてくれるそばでした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


いま、山田へ行くには、盛岡、宮古経由で、バス・車での移動です。鐡道の開通は何時になることやら。

震災後も、最近も、がけ崩れや台風など、これでもかと災害が襲ってくる印象です。

まちに入ると、どこもかもが工事現場。高層の復興住宅や、そびえる堤防、道路、商業施設の工事、公共施設の工事、工事。

まだまだつらい現実があり、多くの皆さんが仮設住宅に暮らしておいでです。



そんななか海側から、山の方にしばらく行ったところにある、白石(しろいし)集落は、震災以前、10年ほど前から休耕田でそばを作っています。

なだらかな稜線、中山間地の里山風景の中に、そば畑?らしきものが広がっていました。

なるほど、花が咲いていればともかく、素人目にはそばがどこにあるのやらなかなか判別できません。


道沿いにあるのが、水車と加工所。白石のむらおこしの活動拠点になっています。

「白石そばづくり全部体験」という催しですから、これまでに、ー錣泙、△修个里花見が行われ、この日の収穫、
そして今後ぅ好ぁ璽弔鼎りソ蹴笋修仄蠡任疎慮海予定されています。

そば打ち体験だけはよくありますが、ここまで全部というのは珍しいですね。



集落のお母さんたちがご挨拶。14〜5人の参加者は、鎌を片手にヤル気満々。











さて、刈り始めました。草取りが間に合わなあったとかで、そばはボウボウに茂った草の中に混じって生えています。

草を抜き、そばを刈り。あ、と気が付けば、そばを踏みつけ。こんがらかりながら、せっかくの実をこそげ落としたりのそば収穫。





そばだけを寄せてみれば、なんとなく実がたくさんあるように見えますが、これを粉にしたとして、何人分になるのか?

もちろんこの日だけでは刈れないくらい、そば畑はあるので結果多くは採れるのでしょうが、普段食べているそば一枚がどれほどの作業の先にあるものなのか!が感じ取れたのでした。


秋の小川がサラサラ流れる横を、そば刈り隊はのどかに次の畑に移動していきます。

作業の間、歩く間に、初めて同士がいろいろおしゃべり。そば友達というか、仲間というか。そんな気持ちが育っていきました。





ふと見ると、私たちそば刈り隊が汗だくで刈ったくらいの畑を、地元のおばあちゃん二人がサクサクと刈りあげています。

しかも美しく。さすがプロの仕事だと思いました。






水車に戻ってのお昼ご飯。おむすびと煮しめと、漬物、天ぷら。おいしいおいしい。

「そばが好きなんでね、とにかく最初から最後までやってみたかった」と中年の男性。

「こっちの暮らしはいいですよ。皆さん親切で。こういうことも楽しめるし」と、ご夫婦で移住したしてきた方。おしゃべりが広がります。次回のスイーツ作りも楽しみになってきました。

そばは一つの手段、そばを通して仲間が出来たり、地元を知ったり、風景を楽しんだり、深呼吸したり、汗をかいたり、昔を知ったり。

高級店のおそばにはない、他の美味しさが大盛りの白石そばなのです。


この体験とは別に、夜、集落での集まりがありました。その時、かわいい温いそばが出ました。

細ーく切られた、上品なおそばとは違う、お母さん風のそばです。

なんだか、ほっこりする味。老舗のおそばは向き合うと多少緊張感が走りますが、ここのはくつろぎのそばとでも言いましょうか。

白石の風土や人柄が、そのままそばには出るのかもしれません。

さあ、このそばを核に、どんなむらおこしを展開していくのか。粉をこねて、形にして、さいごは皆を笑顔にする。

そのそば作りの技を、むらおこしにも活かしましょう。のどかに、そぼくに、ゆったりと、お母さんパワーを繋ぎに。


このエントリーの情報

お仕事 金の繭 2016/10/03 12:53 pm

群馬県富岡市、かつて養蚕の盛んだった地で、現役の養蚕農家を訪ねました。

ストーブの焚かれた部屋で、お蚕さんの赤ちゃんがむしゃむしゃと桑を食べています。

宝ものを拝見するように、黄色い繭の並んだ部屋へ。「ぐんま黄金」という品種。

「金の繭なんて呼ぶよ。ほら、足も黄色い」蚕をつまんで見
せてくださった農家さんは、子どもを自慢しているようでした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



昔は、数千軒あった養蚕農家がいまは数十件、希少な現場です。

観光用の見学施設では、蚕を何匹か見たことがありますが、やはり生産現場となると迫力がありました。

すぐ隣にも桑畑がある昔からの大きな養蚕用の家。

「お蚕さんはね、牛なんかと同じで、何頭って数えるよ」とここの農家のお母さんが話してくださいます。


お蚕といういい方も、頭という数え方も、かつて日本の繁栄と生活を支える大切なものだったなごりでしょう。

その、尊敬を持って呼ぶ態度は、お蚕さんの扱いにも現れます。






赤ちゃん蚕のいる部屋は、保育器に入った赤ちゃんがいるような温度管理された部屋。

床には消毒用の石灰がまかれています。ここに、今日来たばかりのチビちゃんたちがびっしり、桑を食べています。

「少しここは温度が高すぎるね。あれ?まだ、あがってこないね」お母さんが下の方を覗くと、これまた一段下にびっしり。

お蚕さんは上に上がってくる習性があるので、入荷?したお蚕さんが、上の新しい桑の葉の方に上がってくるのを待っているとのことでした。



何万頭というおびただしい数なので、つまんで移動させるわけにもいきません。

「結構、待つ、てこと多いですよ」と、修行に来ている地域おこし協力隊の青年が語ります。お蚕さんに人間が合わせる、が基本なのでしょう。

別の棟に行くと、ここはもう繭になっている部屋です。段ボールでできた小さな仕切の中に、白い繭玉が並びます。

よく見ると、たくさんのお蚕さんがまだしがみつています。自分が繭を作る場所を探しているのでしょう。

この時期になると、お蚕さんは桑を食べなくなり、モコモコ太っていた身体も少し縮み、茶色、飴色のようになってきます。

そして、「ここにする」と決まったら、段ボールの一つのスペースに糸をかけて自分をクルクルと包んでいくわけです。

その糸の長さは1200 メートルとか。つまり、この繭玉からスルスルと一本の1200メートルの糸が取れるのです。

卵からここまで約一カ月、意外に早い。農家的には桑の葉が採れる時期に、何度か繭を出荷できるということになります。



改良を続けてこういうやり方になったのでしょう。この段ボール製の繭の団地のような装置がすごい!

お蚕さんは、上っていく習性があるので、上の方に繭が集中する。

そうなるとその重さで、ぐるりと回転し、軽い方、つまり繭の少ない方が上になり、お蚕さんは上に向かい、空いている部屋にたどり着けるという仕組み。

効率的にたくさんのお蚕さんに、同時期に繭になってもらう装置「回転マブシ」というそうです。

「金色のがいるよ」ともう一棟を案内されました。急な階段を上った部屋には、たくさんの回転マブシが。

見れば、確かに黄色い繭です。お蚕さんを一頭お母さんが見せてくれました。金色のお蚕さんは足も黄色です。




「ほらね、黄色いよ」とお母さんが見せてくれるのですが、お蚕さんが元気に動くので写真が撮れない。

「ほらほら、こらこら」お母さんは、赤ちゃんをあやすように笑います。





珍しい金色の繭からは、輝く金色の糸が取れる。希少なものです。その繭をお母さんが分けてくれました。持っているだけで、幸せになりそうです。

「お蚕さんは手間がかかる」と語る農家さんですが、何十万頭かのお蚕さんをわが子のように愛情を注いでいる思いが説明から伝わります。


石油ストーブはつけっぱなし、そして空気を動かす扇風機も回りっぱなし。大事に大事に、広い広い家の二階を使って。

かつては、人間よりずっと良い環境の中で、お蚕さんを育てたのでしょう。

子どものように育て、その命をいただいて、生きていく。私たちはそういうサイクルの中で、暮らしているのですね。

この生産技術と、お蚕さんの文化が、何とか伝承されること願いました。

化学繊維の大量生産ととは違う、生き物との付き合いの中から繊維をいただくという手間暇が、私たちには貴重なことです。お蚕さんは、いろいろなことを教えてくれます。



帰りに寄ったあるお宅、近代的でおしゃれな家の玄関でお蚕さんが飼われていました。

ここのパパさんと子どもたちが、昨夜もこのお蚕さんが繭を作る様子をずっと見ていたそうです。





どんなことを話したのでしょう、どんな世話をしたのでしょう。富岡市では育てたい人には、こうした養蚕セットを配布しているそうです。

お蚕さんを飼って、繭にして行く時間は、現代の家族にはふんわりとあったかな時を紡ぐはず。私もお蚕さんと暮らしたくなりました。




このエントリーの情報

お仕事 野点と流星群と 2016/08/15 1:20 pm

ペルセウス流星群を観望できるという夜、紀の川市の「平池緑地公園」では、「フルーツ宵のだて」という催しがありました。

フルーツでまちおこしをしている市民たちが考えた茶会です。

真夏の夕暮れ、池のほとりで味わう冷茶と季節の果物。草むらに寝そべって眺めた星空。いずれも東京では体験できない贅沢な時間でした。

流星は見逃しましたが、市民力を確かに見た思いです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

8月12日、夕日を追いかけるように紀の川市貴志川へお出かけ。普通は帰路に着く時刻、宵の野点ですから、これからなのです。









平池は深さ2メートル、ぐるりと回ると1.5キロ。池のなかに古墳が4つもある、ため池です。ま、古墳が先で、あとからため池ができたわけですが。

貴志川流域には古墳が多く、「紀州の飛鳥」とも呼ばれるとか。遥か昔から、人の住みやすい環境だったのでしょう。

貴志川にはプラネタリウムがあり、市民天文サークルの活動が盛ん。流星群がここ数日見られると、観望会とコンサートが企画されていました。

そこに、今回、「フルーツ・ツーリズム研究会」がご一緒させていただき、茶会となったのです。

夕暮れの池のほとりをずいぶんたくさんの人が散歩しています。今夜の催しの人だけではありません、普段からこの池にはご近所の方が集まってくるのです。

暑い日だったのに、水面を渡る風が気持ちいい。身近にこういうところがあると、暮らしが豊かになりますね。



定員50名の茶会に、60名近くが申し込んで満員御礼とか。企画した市民グループ、お手伝いのスタッフ、みんなお客様が多いのでうれしそうです。

ご案内のチラシと、受付でいただいたしおり。

野点とは、という説明。紀の川市のフルーツについて。フルーツを使った茶道「ふるうつ流」について。などなどひと学びできるようになっています。こういう紙一枚で、ずいぶん助かりますね。

池のほとりに置かれたテーブルに座ると、浴衣姿のメンバーがお菓子を運んでくれました。


今宵のお菓子、テーマは“星空とフルーツのコラボ”。

しおりの文面には・・・
【星屑】ぷるんと冷たい水まんじゅうにブルーベリー果実と小豆こしあんを入れました。
【大人の羊羹】フルーツとちょっぴり洋酒入り
【みずみずしい旬のフルーツ】いちじく、巨峰、梨。いずれも紀の川市で採れたフルーツです。・・・・

青竹の器が涼し気、これも市民の方々の手作り。お菓子も手作り!


お琴の演奏などが始まりました。辺りはどんどん暗くなります。聴きたいのですが、暗くなる前にお菓子やフルーツを食べちゃいたい。

色や形が分からなくなる〜〜〜〜〜。闇鍋状態?!でも、美味しい。





お茶が運ばれてきました。?水の中に、緑色が?

これが「ふるうつ流」の特色。仰々しいお手前などせずに、リラックスした茶会に、と、自分のお茶は自分で点てる。






カシャカシャカシャ〜〜、隣で夫が茶筅を回しています。「もういいかな?」「もういいんじゃない?」

暗いからわからない、でも、だから面白い。







役立つのは携帯の灯り、そして周囲のろうそくの灯り。昔はこのくらいの明るさのなかで、十分いろんなことができたのでしょうね。

暗い中では、味覚も嗅覚も敏感になります。巨峰の香りがいつもより強い、いちじくの甘味がお菓子のよう。

そんな美味しさが喉に絡みついているところに、冷たいお抹茶がストンと落ちる。

急にさわやかになり、落ち着く。これが宵野点のだいご味なのでしょう。



茶席を出て、近くの芝生にあおむけになりました。あっちにも、こっちにも、家族やカップルが寝転んでいます。

月夜です。星が一杯です。でも、写真には写りません。




と、何人かが「ああーーー!」と声をあげました。「見た?」「見た!」流れ星です。

そうだ、おしゃべりしていちゃダメ。静かに視野広く待ちかまえよう。

「ああーーー!」左の方から声。私は、ちょうど首を右に向けていました。

「おおーーー!」と夫。「え?」「今、流れたじゃない。見なかった?」「うん」

こんなことが繰り返されて、結局21時半、そろそろお開きとなりました。



星を見るには、おしゃべりで落ち着きのない私は体質が向かないのでしょう。

ガッカリしながら歩きだすと、茶会を運営したグループが今頃ようやく、お握りを食べたり、お茶を飲んだりひと落ち着きしたいます。

炎天下に竹を切りだし器にした人、夜なべしてお菓子を作った人、水屋でお茶碗を洗い続けた人、不安定な芝生の上を慣れない浴衣でお運びし続けた人、自分たちが食べるはずだったお菓子をお客様に譲った人、みんながいい笑顔をしています。

この人たちが紀の川の「星」だ!そう思った夜でした。


このエントリーの情報

お仕事 楽しい仏壇通り 2016/07/10 4:20 pm

長野県飯山市の市街には、仏壇屋さんが並ぶ通りがあります。その山側には寺通り。

仏壇と寺、楽しさとは無縁に思えるのですが、先日はにぎやかなお祭りが行われていました。

木彫・蒔絵の体験、刃物研ぎ、仏壇屋さんのお話しなど。仏壇に関する技術や知識は実におもしろい。流しそうめんや五平餅、笹餅も。

眺めていて、この通りはもっともっと楽しい通りにできる!と確信できました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

飯山でいつごろから仏壇が作られてきたのか、また、なぜなのかははっきり分からないのだそうです。

室町時代から浄土真宗が盛んだったこと、元禄時代の初めに甲府から来た人が素地仏壇を作ったこと、などに出発するようです。

仏壇事業協同組合のHPには、(教信仰の厚い地⊂覯篠政策及び寺社政策8矯猯舛豊富ぜ薪匹蠅忘播な気象条件、などが上がっています。


ともかくも、昔はもっと多かったとはいいますが、新幹線の止まる飯山駅から北へ少しのところに、仏壇屋さんが10件、約300メートルの通りのまわりに、仏壇づくりの職人さんも集まっているのだそうです。

本当は愛宕町雁木通りという名があるのです。人口22,000人の市に、仏壇だけの通りがあることがとにかく面白いではありませんか。

飯山仏壇の高度な技術は昭和50年に国から「伝統的工芸品」の指定を受けて、職人さんたちは今も伝統の技を守り続けけています。


その仏壇通りのお祭り、正式には「奥信濃特産まつり」、もう32回も続いているそうです。せっかくのお祭りに、雨です。それでもちらっと見たいと出かけました。

雪や雨を避ける屋根付きの歩道、雁木がついています。ある意味普通の商店街なのですが、「○○仏壇」のという看板があっちにもこっちにも。

仏壇がずらりと並ぶ店の前に、赤や黄色のお祭り露店が並んでいる。地元の方には当たり前なのでしょうが、面白い光景です。

ある仏壇屋さんで、東京からの知り合いのグループが仏壇のお話を伺っていました。私も混ぜていただきます。数百万円という値段にびっくりするばかりですが、お話を聞いていると納得してきます。

仏壇はたくさんの職人が分業で作っていること。そのたくさんの工程を経て技の総結集で形になっていくこと。

すべてが分解できるので一度作れば、「おせんたく」といって、バラバラにして洗い、塗り直しなどして新品同様になること。

リニューアルできるのです。また、密封性が高く、火事にあって、外が黒焦げでも中は安全だったこともあるとか。なんともスローライフな逸品なのでした


おやおや、雨が収まって、お祭りに人が出てきたようです。

小さな農産物屋さん。「笹もち」を売っています。「笹ずし」は知っていたのですが、お餅は初めて。

あんこが入っているのかと思ったら、普通のお餅だそうで、笹の移り香を楽しむそうです。笹の葉の美しくなるこの時期の地元の方の楽しみでしょう。

仏壇に刃物はつきもの、だからでしょうか研ぎ屋さん。ああ、自宅の包丁を持って来ればよかった。

彫刻体験コーナー。みんな無心に木彫をしています。こういう作業って、頭が空っぽになってストレス解消にいいですよね。











ここは蒔絵体験。贅沢にも金粉をたっぷり使っって、伝統の技を体験できます。













これも仏壇?ではありません。おみこしですよ。

通りの真ん中に用意されたのは、恒例のようですそうめん流しの装置。雨が上がって、いよいよそうめんがゆでられます。

仏壇とお寺に包まれて、何だか人々が安心できる通りです。
















飯山駅前には、巨大なスーパーがあり、その先には仁王門のある広場。この仏壇通りまでは歩くと10分の距離があります。

でも、この10分を遠く感じない仕掛けがあれば、東京からわざわざ出かける、訪ねる物語のある通りになるかもしれません。

スキーをしたり、高原を歩いたり、千曲川を散策したり、それには飯山駅からの次の交通が必要です。

新幹線で来ても、そのあとがお手上げなら、新幹線利用者は増えないでしょう。

駅から歩ける範囲で十分楽しめる街があるならば、車をあてにしなくてもぶらりと何度も飯山詣でができます。

できたばかりの駅なので、きれいではありますが駅前にまだ表情がありません。

飯山駅前で飯山らしい暮らしや文化、人々に出会うことがないならつまらない、車でどこかに行くしかない?ように思えます。

そういう視点では、飯山駅前からほど近いこの仏壇通りは飯山の宝です。




駅からポツンポツンとでも、歩いてたどりたくなるお店が出ているとか、仁王門広場ではフリーマーケットが出ているとか。

いよいよ仏壇通りに入ると技を紹介する体験コーナーが点在していたり、仏壇に関係なくともスローライフを体感できる、昔の暮らしや技を知る企画があったりとか。

そんなことが、年に1回から始まって、季節ごとに、そして毎月と行われればもっともっと楽しくなるし、しょっちゅう訪れたくなるでしょう。

名付けて「飯山スローライフ逸品市」、歩いた一番先の仏壇通りの端には、おとずれた人が誰でも参拝できる“象徴仏壇”があって、お参りすればするほど健康に長生きできる、というストーリーなんて作っても。

このフリーマーケットには、飯山の人も外部の人もお店を出せる。そうすれば観光客相手のお土産市ではなく、飯山の人も楽しめる交流市になる。

今回の楽しいお祭りを当たり前にやってのける商店街なのですから、もう少し広域で、いろいろな人がかかわっての実行委員会を作ればだんだんできると思います。

この秋、11月23日にはスローライフ・フォーラムが行われる飯山市。

それに向けて既に2回、3種類の分科会が開催されています。この「市」のプランは、その中でも語られているもの。やれそうです、やりましょう。ワクワクしてきました。

日本中で、新幹線駅近くに信仰という精神性なことと、技とがまとまってあるところは珍しいです。

寺町と仏壇通り、これを生かして飯山に表情を作りましょう。もっともっと楽しくね!













このエントリーの情報

お仕事 桃力 2016/07/04 3:03 pm

私の通う桃産地・紀の川市では、いま農家が大忙し。でもそんな中で、桃の新しい活用への動きも起きています。

「桃のフルーツソース」は山ほどの果肉を大なべでサッと煮たもの、お祭りでかき氷にたっぷりかける予定。

誕生したて「桃バーガー」は、牛肉と桃がマッチした初めての美味しさ。

古来、長寿の象徴の桃、その力が、市民の発案でパワーアップされているようです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



この時期になると、友達が訪ねてくるときには、こんな大きな桃と現れる、という極楽の状態になる紀の川市です。

地元の方は、「桃を食べるのが追いつかない」などという贅沢な悩みを打ち明けられますが、今のところ私は悩みません。桃歓迎です。

でも、2年前には桃の時期の紀の川市の様子に驚き、こんなブログをあげていたので、だんだん慣れてきていることは確か。どこの何の産地でも、同じでしょうね。


「桃引力」2014年7月のブログです↓
http://noguchi-tomoko.com/modules/yutoriaruki/details.php?blog_id=272&date=201407



さて先日のことです、紀の川市に居ると、その名も桃山町、ブランド桃「あら川の桃」の産地から情報が。

ここの桃農家がやっている「野かふぇ おりや」というプチレストランで「桃バーガー」が誕生したとか。それを試食できるとか。

「桃でハンバーグを挟んであるのかな〜?」なんてトンチンカンなことを思いながらうかがうと、こんな構造図が既にできていました。

季節のフルーツ料理を次々と出してくださるお店です。これからいろいろなフルーツバーガーを出される計画。だからあえて「桃バーガー」とは名乗っていません。

イラストと説明を見ているだけで、もうおなかが空いてきます。


厨房では、母娘二人が顔を寄せ合って、最後の盛り付け中。このお店は、農家のお父さんの作った果物を素材にして、お母さんとお嬢さん二人が切り盛りしていている、理想的な形です。

さあ、どんなバーガーが?と思ったら、でた〜〜〜!びっくりゴージャスなバスケットが登場でした。




ああ、この写真の撮り方では、そのボリュウムが分からないかも?ハンバーガーの真ん中あたりで、白っぽく見えているのが桃です。

バーガーだけでなく、自家製フライドポテト、びわのワインジュレ、酢玉ネギなども。

で、ずしりと重い、いろ〜んなものの入ったバーガーをガブリ。口はこの厚みには開きません。

つい、はしたなく、一か八かでかぶりつくと鼻の中にマヨネーズがピュッと飛び入ったりしてしまうのですが、口の中は桃×ビーフの美味しさ!!!!

もともとステーキにパイナップルなど果物を合わせますよね。その感覚で、少しシロップで甘くした桃と美熊野牛100パーセントのパテがマリアージュしています。

桃も、おすまししてただ出荷されればいいかと思っていたら、まさかバーガーになるとは思っていなかったでしょう。

肉も桃も厚い、多少の食べにくさなどは我慢して、私の顎がもっと広がるトレーニングを積めばいい、と思ったのでした。


いったいこういうアイディアはどこから?と思うのですが、ここの姉妹の姉風に見えるお母さんは絶えずフルーツを使ったお料理を考えている。

「仕事の合間にね、ちょいちょいっと考えてメモするんよ」そのちょいちょいがコレ。感服しました。

それにしても安すぎる。正式の値段はこれから決定とのことでしたが、さあ、おいくらになったのでしょう。

東京なら2000円近くても、納得価格のお料理です。


桃をほってはおかない、バーガーにしてしまう。こういうアイディアが果物産地の明日を創って行くのでしょう。

お母さんがとてもお若く、キラキラしているのは、いつも次のこと、新しいことを考えているから。頭の中はプランで一杯のはずです。見習いたいと思いました。

ここの父母娘さん3人は私がお世話している「フルーツ・ツーリズム研究会」のメンバー。フルーツで紀の川市を盛り上げようと家族で楽しんでおいでです。

一方、もう一カ所うかがったのは、同研究会の中のお料理チームのお一人の加工所。

この日はここで、その料理チームがかき氷用のソースを作るということでした。


うかがうと、トレードマークのピンクのエプロンで皆さん臨戦態勢。桃の香りが道路まで流れ出ています。

いつもママさんと一緒に参加のチビちゃんも、包丁は持たないまでも、桃何キロ、レモン果汁何CCと記録する係で活躍です。




見よ、この桃の量。こんな多量の桃の果肉を見たことありません。果肉をナイフでそいで、レモン汁の入った巨大ボールに漬けていく。色止めですね。

私も多少手伝いましたが、皆さんのスピードにはついていけません。





皆さん、桃戦士のような活躍ぶり。しかもおしゃべりしながら、笑いながら。

「いっつも、もっと科学的にやらにゃあ〜と思っていて、結局目分量になるなあ〜」「だめやなあ〜。甘すぎる?」「こんなもんか〜?」「ああ、ええんちゃう?」「ええやんええやん」

いろいろな複雑なことが、するするっと流れるように決まって、動いていきます。



量が多いから、柄杓で桃をすくって移す。わ〜〜、桃が、桃が〜〜。

いつも小さな一切れを大事に食べる私としては、豪快な桃の大河に身を任せている感じ。






あれよあれよという間に、砂糖が加えられて、サッと火が通って、ミキサーにかけて、フレッシュな桃ソースの出来上がり。

これを冷凍して、7月30日の「粉河祭り」まで保存するのです。

こんな贅沢なソースをかけるかき氷なんて、フルーツ産地だからの特権ですね。ソースなら、日持ちしないデリケートな桃も、使い道が広がります。

でも、手をかけなかったらこの産地特権も使えない。このひと手間、いえたくさんの手間が、フルーツの可能性を押し上げるわけです。

いつか、フルーツソースを売り出して、紀の川市ではどこでも夏は本物フルーツのカキ氷が食べられるとなったら、市外からも食いしん坊さんが来るはずです。

しかもその代表はこの桃になるでしょう。なんといっても桃ですもの。


隣では、桃代表様を追いかけるように、イチゴもイチジクも煮えて、フルーツソースになっていきます。

市民の皆さんの思い付きと、行動力が桃の、果物のパワーをアップしていきます。それは紀の川市のパワーアップに繋がる、そう信じています。

このエントリーの情報

お仕事 ある集落のGW 2016/05/16 9:39 am

古い空き家を掃除して、むらの四季の写真を飾り、パッチワーク小物を売り、鉄道模型を走らせ、お茶摘み体験も実施。

ぶらりと遊びに来てくれる人たちを、自分たちのできることでもてなそうという、十津川村谷瀬集落の取り組みです。

忙しいゴールデンウィークでしたが、こうして交流おこしをしたその先には、いつか集落に新住民が・・・という期待が込められています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


谷瀬は生活道として日本一の吊り橋のあるところ。ここでは「ゆっくり」をテーマにむらおこしを進めています。

ここの活動を、奈良女子大学と奈良県立大学の先生・学生さんが応援に入り、昨年は休耕田を田んぼにし、酒米を作り、近くの酒造会社でお酒にするところまでこぎつけました。

純米酒「谷瀬」として売り出したのが4月のこと、このゴールデンウィークにはもはや一升瓶は売り切れ。吊り橋茶屋でもうれしい悲鳴でした。



茶屋限定で、吊り橋の長さから採った「谷瀬297」という小瓶もあります。奈良女子大の学生さんが何本も買い求めていました。

自分たちがお米作りから汗を流したお酒ですものね。友達に配りたいですよね。

さて、この吊り橋茶屋から先に延びる、集落の小道がここのメインストリート「ゆっくり散歩道」と呼ばれています。

ここにある「こやすば」という休憩所で、このゴールデンウィークにちょっとした催しがありました。



茶屋にも宣伝のポスターが。いままで観光客は橋を渡って買い物して帰るだけでしたが、散歩道が出来て歩くようになりました。

休憩所ができてそこで何か?「パッチワーク展」などやっているらしいとならば、ぶらぶら歩いていきましょうと足を進めることになります。

田舎の集落、ただの普通の風景なのですが、のんびり歩くのはいいものです。手作りの水車がゆっくり回り、その先には手作り展望台もあります。




「ゆっくり散歩道」にはトイレや自販機がありません。それならばと、道沿いにある古民家を皆で掃除し、「こやすば」にしました。

「こやすば」とは、山仕事で一休みする場所の事だそうです。このことは以前にもいろいろ書きましたね。

で、掃除して、トイレには立ち寄れるようにしたのですが、実はその先の活用がまだでした。いろいろ酒造り等で忙しく、しばらく「こやすば」は手付けずだったのです。



こういう場合、誰かが「何時から、何を、誰がやるの?」ときつく迫らないと動きません。そういう役回りは私の出番です。

ほぼ毎月ある寄合で「で、どうするの?」とわめいておりました。

ここでは茶屋も集落の人が交代で入ります。ゴールデンウィークです、茶屋当番はそれだけでクタクタです。

そのうえさらに何をやるか?って〜〜〜!?と嘆かれても、せっかく掃除した空き家をそのままではもったいない。

「何とかGWには、“こやすば”起動!」と言い放ち、寄合を終えて東京に戻るときは、誰もできなかったらたくさんある写真をプリンターで出して貼るだけでもいいなあ、私がやるか〜?なんて考えていました。



ところが、いよいよGW間近になった寄合に行くと・・・。「対岸の集落にパッチワークの先生が居るのでその作品を飾ったり販売を」

「絵葉書を描くワークショップを」「短時間のマッサージを」
「うちの息子が鉄道模型をやっているので、走らせましょう」など、具体的なプランがどんどん出たのです。



「谷瀬の暮らしを伝える写真展は、学生がやりそうです」と奈良女の先生も。

「それなら“こやすば”で今日何をやっているかわかるような掲示板を私が立てよう」

「トイレに行く人の動きを察知して電気がつくようにしよう」

「縁側に上がる台を間に合わせて作ろう」と、物事はドドドッと動きました。






私が谷瀬に行けたのは、5月7日のこと。GWも後半です。その間に写真展がスタートし、掲示板は立ち、鉄道模型は大人気で飲み物などとても売れたそうです。

この日はパッチワーク展。「こやすば」は素敵な展示場になり、カフェのようでもありました。

いつも寄合に来ているむらの女性たちが、かいがいしく商品を並べています。



茶屋で売っている漬物などとは違う手作り手芸品、アート小物は、女性たちには見ているだけでもわくわくするものでしょう。

なによりよかったのは、来訪者にむらの話をいろいろと語る場ができたこと。

いきなり語りましょう、と構えても、観光客は嫌ですし、集落の人も恥ずかしい。



パッチワークを見ながら、ついついむらの暮らしについて聞く。すると、ここに写真があるけれど、と写真を見ながら深い話が自然にわき出す、という風なことが起きていきます。

パラソルの下では、ちょっとした谷瀬の歴史教室が行われていました。

予定にない「苔玉」の展示もテーブルで。そうなると、「今度この苔玉づくりの教室やろうよ」という話が出てきます。



この翌日は、茶畑で茶摘みをし、釜炒り茶にしたてて持ち帰るという「ゆっくり体験」も同時並行で行われました。

無理無理と思ったけれど、なあんだ、できたじゃない!という実感です。

ならば、これからどんどん「こやすば」を使いましょう。「こやすばスクール」で、昔話をとっぷり聞いてもいい。

ぶらりと寄られた地元のお年寄りから「昔はこの間取りのこの辺りで蚕を飼っていたもんだ」なんて話が出ます。この特色ある建物についての解説など、ぜひ聞きたいところです。



地元のおばあちゃんから草鞋作りを教わりたい、という希望が集落の女性からも出てきました。

お酒を造る集落らしく、杉玉作りもできるでしょう。

画家もおいでです。ここで個展もできそうですね。コンサートなども、夏にしましょうか。




パッチワーク展を仕切った「こやすばガールズ」4人組は、なんとも楽しそうでした。家以外の、自由に使える場があることは可能性を手にしたことになります。

人口減少だから、この過疎のむらに移住してきませんか?などと最初から迫るより、のびやかに地元の暮らしを楽しんでいる姿を、よその方に見てもらうことの方が正解でしょう。

女性たちの女学生のような笑顔を見ていて、私がここに住みたくなりました。

このゴールデンウィークで、谷瀬集落はまたもう一つ、前に進んだように思います。

このエントリーの情報

ページナビゲーション

« 1 2 3 (4) 5 6 7 ... 15 »

最新ブログエントリ

篠山時間を振り返り(2019/03/18)
雲部のもてなし(2019/03/11)
湯沢の食(2019/03/04)
黒糖作り(2019/02/25)
湯沢の雪(2019/02/18)
クエを食え(2019/02/11)
味噌家族(2019/02/03)
「むらフェス」開催(2019/01/27)
チェーンソーアート(2019/01/21)
凍み餅(2019/01/14)
ホームへ

最近のブログのコメント

ブログ カレンダー

« « 2019 3月 » »
24 25 26 27 28 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 1 2 3 4 5 6

写真でみるゆとりある記

熊谷市街なかウォーク銅像鑑賞足先
戸越銀座
行灯づくり
紀の川観光交流拠点

連絡先

野口 智子 のぐち ともこ
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局
ゆとり研究所

TEL 090-7433−1741
E-Mail yutori@noguchi-tomoko.com

NPOスローライフ・ジャパン
〒160-0002 東京都新宿区四谷坂町9−4 リカビル301
TEL 03-5312-4141 FAX 03-5312-4554
E-Mail slowlifej@nifty.com


略歴

<野口智子(のぐちともこ)>
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局長
千葉市生まれ。東京でコピーライター、プランナーを経験。1977年静岡県に移り企画・編集プロダクション設立。
1992年ゆとり研究所を開きコンサルタント業務を開始。
ライフスタイルの提案、「一店逸品運動」による商店街の活性化、時間消費型観光おこし、人材育成などの分野で活動。
2000年からスローライフ運動を開始、2003年スローライフ・ジャパンを設立、現在、事務局長・副理事長。
2006年から活動拠点と自宅を東京へ。現在はスローツーリズムの提案、商品開発、地域観光の育成、都市と田舎の交流、移住・定住プロジェクト、“食”をテーマにしたまちおこし、などに力を入れている。住民参加の独自の楽しいワークショップが得意。
現在、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域再生マネージャー(ふるさと財団)、国土審議会半島振興部会委員。