ホーム - ちょっとしたことのエントリ

ヘッダーナビゲーション

現在のカテゴリー位置

ちょっとしたこと Facebook講座を開きます 2017/10/09 12:24 pm

地域おこしの現場では、FacebookはじめSNSが活躍します。市民がお金をかけずに活動を伝え、催しの告知などもできて便利です。

でも、いきなり使うことが多く、ルールやマナーが分からない。教習所を出ずに運転を始めるようで、、失敗が多々。

子どもの顔写真を出してしまったり、テレビ画面を掲載したり。

そこで、お馴染みの紀の川市でも手づくりの講座開催とあいなりました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



FB(Facebook)を、私はさて、何年前から使っているでしょうか?最初はどうやって使うことになったのでしょうか?もう覚えていません。それなのに、いまだにわからないことだらけです。

ですから、「最近始めました。農家の作業を知ってほしくて」「いままで見ているだけだったんだけど、初投稿です」なんて方は、わからないことだらけでしょう。

もちろん、「FBなんてもう古いよ」「いまさら始めなくても」なんて意見もあるでしょう。ま、地域おこしに地域差や時間差はつきもので、その時その人が出会った装置・技術を、うまく自分で役立てていくしかありません。

そういう意味では、ある程度周りに参加している人が多いFBは、使い方を聞けるし、仲間も多いしで、特に中高年には扱いやすいかもしれません。

昔、私が、ブログで投稿するSNSの編集長というのを仕事としてやっていた時は、FBなどの存在は無く、自分たちのやり方が最先端だと思っていたものでした。

最先端は、日々、更新されるので、追いかけることはできません。だからオーソドックスなFBなら、少しはさわれるということで参加する人は多いものです。



「いま頃FB講座?」といわれそうですね。もちろん過去にも開催しています。でも、毎日新しいことが、毎日新しい人の手により書かれていくというのが常の地域おこしFBでは、講座を何度やっても追いつきません。使い慣れたらそれなりに次なる??がわき上がってきます。

つまり、以前は「“いいね”を取り消す方法はあるの?」なんて言っていた人が、次には「イベントの記事を立ち上げて募集をかけたいのですが」ということになる。

一方、パソコンもスマホもダメ。ガラ系で電話だけ、という人も地域おこしの現場には多くいます。私の関わる高齢者の多い過疎地では、集落でFBを扱えるのは4〜5人。

その方々も自分の仕事に忙しく、「週に一回ぐらいは、各人が記事をあげましょうよ」なんて私に迫られてようやくぼちぼちと、というくらいです。

きちんと調べれば身近なところでFB講座、SNS講座などはたくさんあるでしょう。でも、立場やレベル、目的が違い過ぎたりしても、うまく学べません。



ならば、少人数で身近な人に気軽に教えてもらう講座を、手づくり開催しようということになりました。和歌山県紀の川市の「フルーツのまちづくり講座」の中でです。

先生は市役所の中のITに明るい青年。どんなことを知りたいのか、何で困っているのかをあらかじめお伝えして、この10月20日(金)19時から開催です。

FBについて、教えてもらうには、スクリーンがあって、そこに画面を映しながら学んだ方がいいのでは。皆に、自分が普段使っているスマホやパソコンを持ってきてもらわなくては。堅苦しいのは嫌だから、飲み物やフルーツくらいは口に入れながら学びたい。などなど、企画していきます。

が、なんと公の生涯学習センターは飲食不可。飲まず食わずで学ぶという古いタイプの施設でした。使えない、使いたくない場所で開催する気はありません。で、お金はかかりますが、カフェで開催となりました。ホットなチラシも出来上がりました。

チラシを置いたり、催しをそれこそFBで宣伝するのも追いつきませんが、まずは少人数でやってみましょう、という試みです。

「子どもの写真をなぜ載せてはいけないの?」「人の顔が分かる写真はなぜ本人の了解が必要?」「誰かについての悪口は?」「どこかのお店を赤裸々にレポートしたらそれも悪口になるの?」「お店の写真や料理の写真を撮って載せるのは許可が必要?」「シェアするときの決まり事、お作法は?」「公開と、仲間だけで見るのと、どのくらいどう違う?」「友達申請が来たらすべて受け入れる?」「友達は何人位が理想?」「友達リクエストのするときのお作法は?」「自分の撮った写真を勝手に仕事上で使われた人が居て大変そうだった」「突然、破廉恥な写真をわざと載せられてショックだった」「ただお友達になったつもりが選挙運動の一環だったとわかった」「もうこの人と友達でいたくない、と思っても・・・」「コメントにすぐ返信しないと失礼?」?を上げたらきりがありません。

1回の講座ではやはり無理でしょうね。四六時中スマホをいじっている人にはなりたくないけれど、上手に自分おこしと地域おこしをしていきたいものです。(写真は私が関わっているFB画面です)













・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
お近くの方どうぞ。「戦略的 Facebookの使い方」
〜SNSをもっと安全に使おう〜

日時:平成29年10月20日(金)
時間:19:00〜21:00
会場:山崎邸 創-HAJIME-Cafe
(紀の川市粉河853-3)
講師:西川昌克(にしかわ まさかつ)
紀の川市役所にお勤めの優しい弓道紳士
参加費:1,000円(飲み物代別途)
持ち物:携帯端末(携帯電話、ノートパソコンなど)
問い合わせ:紀の川市役所 商工観光課 尾方
電話:0736-77-0843
主催:紀の川市商工観光課、ゆとり研究所

このエントリーの情報

ちょっとしたこと お店をやりたい:その2 2017/09/11 12:04 pm

ひと月前、ここに「お店をやりたい」と書いたところ、いろいろご意見をいただきました。

「お汁粉をだして」「地方の逸品を置いて」「全国の絵本を集めて」「写真ギャラリーも」「田舎でやれば家賃が安い」などなど。

いずれクラウドファンディングでお金を集めたいとは思いますが、その前に皆さんからアイディアを求めます。お金よりまずは企画を。「小さな思いつき」お寄せください。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
8月6日のブログに「お店をやりたい」と書きました。これをご覧ください。
   ↓
http://noguchi-tomoko.com/modules/yutoriaruki/details.php?blog_id=426

こんな骨格もぼんやりと書きました。
1、小さなまちむらの味方
2、提案があるお店
3、地方の行政の人に使ってもらう
4、料理はしない店
5、知っている人だけで
6、地方の個人のよりどころに
7、お試しの場に
8、いただき物で店を作る
9、ちゃんと稼ぎたい
10、ご賛同の方、ご一報ください。

すると、メールをいただいたり、会う人ごとにご意見をいただいたり。なんだか私の夢の話がどんどん現実味をおびてきました。

「お汁粉を」という方は、誰でも気軽におしゃべりできる、車イスでも行けるそんな場所を望んでおいででした。そこにはやはり、カプチーノやらチャイやらではなく、お汁粉などがあってほしいわけです。

なるほどそうですね。いま、都会でも田舎でも、こ洒落たカフェは増えています。ファショナブルな若夫婦や、上品な中年夫婦が和と洋が混ざってような空間を作り上げ、いい音楽など流して、、、。

と世界はみえるのですが、そんなふうに素敵にすると弾き飛ばされてしまう人がいるのが事実です。普段着じゃ入れない店では私も居心地わるいなあ。お汁粉を出すか出さないかは別として、お汁粉ムードは大事にしたいと思いました。

「各地の逸品をそろえて」も、理想ではあります。いま、あちこちのアンテナショップはありますが、情報量が多すぎてセレクトされていない。

だから、各地といっても全国くまなくなどとは張り切らず、ご縁のあったところのものを、気が向いたときにくらいにしましょうか。自然にセレクトされていくのではと思います。この間はあったのに、今はない、でいいかと思います。

「田舎でやれば家賃が安い」確かにそうで、いま事務所のある新宿区で貸店舗を探すと、ため息の出るような家賃になってしまいます。私が今繋がっている地方では、同じ面積が畑付きで10分の1くらいの賃料で借りられます。

となると心は動くのですが、そういう田舎カフェは既にあるわけで、移住しながらやりたい方、または地元の方のチャレンジにおまかせして、私の場合はあえて東京・新宿でと思っています。

家賃のために働くようになるかもですが、なんといっても人が多い。お客様も、スタッフ側も足を運びやすいというものです。それに、都市部の人にこそ伝えたいことがある、田舎と繋ぎたいと思っているので。

「各地の絵本をおいて」は、なるほどと思いました。ブックカフェは増えていますが、絵本まではなかなか置いていないものです。

昔、図書コーナーのある喫茶をやっていましたが、そこでは手に取るくらいで読まない。貸してほしいといううことになる。その手続きも手間がかかる。絵本ならコーヒー一杯飲む時間にさらっと読める、というわけです。地域に根差した絵本は集めれば確かに面白いでしょう。

「ギャラリーにしてほしい」は、私もそう思います。遥か昔、「自分展」をやりたくて、銀座の画廊に飛び込み交渉したことがありました。もちろん“鼻で笑われ”断られたのですが、その時は私は高校2年生、無謀でしたね。

でも、それ以来、何か自分が世間に表現や発表をするにはスペースや媒体が必要だということを思い続けています。しかも、ネット社会になったからこそ、直に人に訴える場が欲しい。

自分の写真展をする、絵を飾る、手芸でもいいでしょう、立体のものもあるでしょう。肩の凝らないギャラリーで、気軽に使える値段だったらと思うわけです。

「あまり広げない方が」はい。ついあれもこれもしたくなりますが、自分の年齢と財力からいえば、広さも立地も決まってきます。やれることは限られます。

でも、喫茶、酒場、小物屋、ギャラリー、など決まった形にはしたくない。小さくても、切り札は多い、とう風にしたい。

ある日は岩手県の海辺から取り寄せた“寒風干し鮭”でお酒を飲む。ある日は、戦争遺産の写真展とその作品についてのミーティング。ある日は、フレッシュフルーツソースのかき氷を楽しむ。小さくても顔は限りなくに。

「500万円はかかる」いえいえ、かけません。というよりかけられません。○○でなくてはダメ、ではなく、××でもいい、の考え方でお金をかけずに知恵を出して。イスも食器もバラバラでいじゃないと思うわけです。

不動産の手続きに一番お金がかかるでしょう、それ以外にお金はかけたくない。借金もしない。手の届く小さなお金で始めたいと思います。ちゃんとしなければいいのです。

「クラウドファンディングでやれば」はい、そのつもりです。が、出来上がったプランに、お金だけ出してというのはどうも嫌です。どんなことやりたい?とみんなで案を出しながら、いつかそこに繋がるように、ぼちぼちとと納得していただき、小さなお金も出していただくというのが理想ですね。

「一口かませて」は、歓迎。お金より、まずは企画、アイディアなのです。そして発案をただリクエストするのではなくて、「私が身体を運んでそれをやるよ」という案が、なおさら大歓迎。

皆、何かお店的なことをしたいと思っている、でも一人で全部はできない。ならば、部分をやればいい。と思うわけです。小さな企画をパッチワークのように繋いでお店にしていく。そんなふうに思います。

どうぞメールをくださいね。

このエントリーの情報

ちょっとしたこと 靖国神社で 2017/08/21 11:25 am

8月15日、写真を撮りに出かけてみました。雨の中、意外に多くの参拝者たちが整列しています。

目立つのは日の丸・旭日旗を掲げた戦闘服集団、黒スーツで強面の“その筋”風の方々、軍服姿の高齢者など。

一方、「零戦」前は記念写真ポイント、安倍総理の漫画絵ポスターを貼る店や「海軍カレー」を出す食堂は大混雑。靖国土産を山と買う人たちも。

この国は何処へ、と考えました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



これまでも靖国神社に行ったことはありますが、8月15日は初めてでした。一度、どんな様子なのかのぞきたかったのです。


手水舎に群がるように人だかり。



一度に参拝すると危ない。ロープでいわゆる入場制限がされています。番がくるまでじっと待つ人たち、ロープが下がると、静かに行進して前に進みます。








目立つのはこういう人たち。よく街で、大きな音で軍艦マーチなどを流し、怒鳴っている人たち?のように見えます。そういう車が確かに、神社を取り巻くように止まっています。






「誠」「大和魂」「目覚めよ日本人」「天皇陛下万歳」そんな言葉を背中にプリントして、激しいメッセージの幟を掲げて。

ファッションなのか、思想なのか。家族そろって戦闘服で参加の人たちもいました。





これは相当古いポスターでしょう、でも大事に飾ってある。指さして笑いながら、売店に入る人もいる。

賑わってます。






氷屋さん。涼しいのであまり売れないかな?

戦闘服に金のブレスレットのお父さんが、子どもと氷をつついていました。






展示されている復元された「ゼロ戦」は、人気スポットです。「かっこいい〜」と若者たち。子どもたちにはびっくりの本物なのです。

何組ものカップルや家族ずれが記念写真。ゼロ戦前の「はい、ピース!」。複雑な思いになってしまいます。



いろいろな人が、いろんな立場、考えで訪れる場所、靖国神社。今回一番気になったのは、このお爺さんでした。

参拝の列に並ぶわけでもなく、日の丸集団に注目するわけでもなく、淡々と境内を巡っています。

海軍の人が植えた桜の樹の説明書きを、丁寧に読んでいる。自分の時間を過ごしている。こういう人とゆっくり語り合えば、いろいろな話ができるでしょう。

靖国土産を大さわぎで並んで買っている群れもあれば、こういう人もいる。そして私のような人もいる。

冒頭に「この国は何処へ」と書きましたが、車輪になるのは私たち、翼になるのは私たち、そして何より操縦するのも私たちであることを忘れてはいけません。

神社を出ると、靖国通りには車が連なっています。日の丸を掲げたいわゆる街宣車や、機動隊の車です。

部活帰りのような中学生の集団が、歩道を歩いてきました。「なに今日?」「何かあるの?」「戦争の日だよ」「ああそうか、誰か有名人来ているのかな〜」

そう会話して去っていきました。

このエントリーの情報

ちょっとしたこと 水鉄砲 2017/08/11 1:18 pm

竹を切り、穴を開ける。細い竹にぼろ布を巻き付け、さらにタコ糸でぐるぐる巻きにする。

この太さが微妙、太ければ竹筒の中に入らない、細ければ水が漏れる。単純だけれども難しい。

いい感じに調整できて、水を入れてヨイショと押すとピューッと水が飛びました〜〜〜!

懐かしく、今や新鮮な水鉄砲作り、夢中になったのは、子どもだけではありませんでした。紀の川市で。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

お馴染みの和歌山県紀の川市、ここの「道の駅青洲の里」の屋外で、紀の川フルーツ・ツーリズムのメンバーが「水鉄砲作り」の催しです。

なぜ、フルーツと竹が関係あるか?の、先ずはお話から。要は果樹園には竹は大敵、どんどん切ってどんどん利用しなくては、ということらしい。

今や水鉄砲などという子どものおもちゃを、作るなんてことなくなりました。さらに、竹を利用してなんてこともです。今日使うのは、真竹、矢竹、孟宗竹。その種類すら見分けられない私たちです。

まずは、真竹の水鉄砲にふさわしい太さのものを、ふさわしい長さに切る。

「水鉄砲作ったことある?」と参加の子どもに聞くと、「ない、買う」との返事。

“ふさわしい”というあたりは、付き添いのお母さんたちもわからないので、主催のおじちゃんたちが指導してくれます。

ノコギリで切る。これもなかなかしたことがない作業。


竹の節に穴を開ける。

節?そう、竹には節がある。それも知ります。

キリ、も知らない。おじちゃんが開けてくれるのをおさえながら、いろいろ知っていきます。

竹の香りがかすかにして、清々しい。



細い矢竹も配られて、これから中に入れるピストン部分を作ります。先端をガムテープで止めて、ぼろ布を巻く。ちょうどよい太さになったら、さらにタコ糸をぎゅっと巻いて止める。

このヨレヨレになった、タオルや手拭のきれっぱし。なんだかとってもなつかしい。昔はどこの家にも大事にこういう布を捨てずにとっといたのですが・・。



ほどけないように巻き付ける、高度な技。私が小さい頃は、こういうことに長けたお兄ちゃんがいたものです。









若いお母さんも初めて仕事ですから、加減が難しい。

布を巻きすぎて、本体に入らなかったり。糸がズルズル解けてきたり。

子どもたちはバッタをつかまえ始めちゃいました。





「できた〜〜〜〜〜!」
親子で作った水鉄砲、けっこううまく飛びます。

まだ扱いが分かりませんから、細い穴から水を吸い込もうとする。「ピストン外して、水を入れた方がいいよ」

コツがわかると、面白い、楽しい。かなり飛びます、すごい勢いです。

ペットボトルの的があったのですが、そんな的は何のその、即当ててしまって、さらに遠くに飛ばす飛ばす。

めちゃくちゃ暑い日だったので、水しぶきにあってもなんのその、すぐ乾く、むしろ涼しい。「今年はこれで、もう海に連れて行かなくていいわ」とお母さん。



さて、孟宗竹は何にする?これまたちょうどいい長さに切って、おわん代わりにします。

長いところをナタで細く割って、これにヤスリをかけて、お箸です。

そう、これで、そうめんも食べたんですよ。





作業の間に参加者どうしが仲良くなって、すっかり大人たちも童心に帰ったのでした。

汗まみれで用意してくださったスタッフの皆さんに感謝。水鉄砲と竹のおわん・箸は、この夏の私の宝物です。

このエントリーの情報

ちょっとしたこと お店をやりたい 2017/08/06 5:42 pm

夢を言葉にすると近づくといいますので、書いてみました。

地域づくりをお手伝いしていて、物と人の交流拠点が欲しいと切に思います。

小さなむらの逸品をちょっと食べたり買えたりできて、各地の面白い動きを都会人が直に知ることができる。県単位のアンテナ店ではなく、いきなり移住促進などともいわない。

ま、スローライフな物と時間のセレクトショップでしょうか。ご意見ください。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
かつて20歳代の頃、「喫茶、手づくり、コミュニケーション」をテーマにしたお店を仲間とやっていました。図書コーナーもあり、コンサートなども。続いてお仲間とやったのは、貸しスペースのある会員制のお酒も飲めるお店。ここでずいぶん様々なミーティング企画をやりました。

そして、静岡に長く住んでいる間も、ついお店をやりたくて、夫と「写真cafe」を。つまり私は、何か隙あらば?お店をしたくてしょうがないのです。まあ、あまり理屈をペーパー上でこね回すより、人の顔を見ながら実際にしゃべる、食べるが好きなんですね。

だから、地域と都会を繋ぐ、このお店についても、10数年考え続けています。会う人会う人に話すのですが未だ実現しないのは、私がやるには私がその店に居なくてはならないから。

あちこちに行く仕事なので、店を毎日開店はできない。でも、あちこち出かけるからそういうところと、東京を繋ぐことができる。ジレンマですね。でも、最近、「野口さんがやるなら手伝うよ」という人が、複数人出現してきました。確かに、お店の性格がはっきりしていれば、私が毎日いなくてもいいわけです。

骨格をメモましょう。

1、小さなまちむらの味方

東京には県単位のアンテナショップだらけです。そんなところに入り込んでも、吹き飛んじゃうほどの小さな、でも、いいむらのいい物ってあります。スローライフ・ジャパンでは「逸村逸品」といういい方で、そんな物をずっと紹介してきました。

私の好きな奈良県十津川村の谷瀬という集落。ここで作られる「ゆうべし」は、甘いお菓子でなくお茶漬けやお酒にあう珍味。とても美味しいのですが、奈良県のアンテナショップなどでは目立ちません。そういう物が手に入る、知ることができる。あくまで私の歩いたところ、知り得た情報ということになりますが。

2、提案があるお店

例えば、前にも紹介しましたが、同じく奈良県の野迫川村のマキ。高野山に近いこの村の産物ですが、東京の仏壇やお墓にはあまり使われません。これを普通の花材としておすすめしたい。

今の時期、35度を超えるマンション室内に活けっぱなしにしても、2週間くらい平気でぴんぴん緑でいる。これは熱帯の東京向きの枝物なのです。冬にはリース材料にも。産地の地元では思いもよらない使い方をして、東京と地域と両方に提案する。そんなことをしていきたいです。

3、地方の行政の人に使ってもらう

出張で地方の役所・役場の方が東京に来て、霞が関回りだけなんて寂しい。このお店を使って、せめて10人でも直接に話ができれば。東京・新橋で飲んで帰るのではなく、違う時間が生まれるはずです。

例えば、雲仙市に「デストロイヤー」という赤紫色のジャガイモがあります。これを食べながら、雲仙市役所の人を囲む会が急きょある、そんなことができるはずです。

4、料理はしない店

お店、カフェ、サロンなんていうと「名物料理はなに?」なんて聞かれますが、料理らしき料理はしません。おいしいお料理はそういうところで召し上がっていただいて、この店では会話を味わいましょう。あるものをただ切るだけ、チンするだけ、くらいかなあ〜。

今日の料理を考えるために、わざわざ仕入れをしたり、ソースを煮たりなんて始めたら料理専門の人が必要です。そんなことにお金を使いたくないし、私の時間も割きたくないのです。

5、知っている人だけで

とんでもない酔っ払いや、くどいトンチンカンなおじさんの相手をする気はないです。だから、一見さんお断り。会員制かな〜?その人の紹介なら入れる、という具合にしたいです。

6、地方の個人のよりどころに

例えば今度、福島県西会津のキノコママこと佐藤さんが銀座松屋地下に来る(8月9日〜15日)、メープルサイダー、メープルサップを売りに。私は会いに行きますが、こんな時は彼女がこの店で、頒布会など開てほしい。

今の福島の話や、原発事故後キノコ栽培が難しくなった話や、縁側カフェをやっている話や、物だけでなく話を直にできる場所として使ってほしいのです。百貨店などに入れない個人が、物を売ったり、説明したり、東京の個人と知りあったりに使ってほしいのです。

7、お試しの場に

例えば今、和歌山県紀の川市、一般社団法人フルーツ・ツーリズムで「桃ハンドクリーム」を企画開発中ですが、こういうときにこの店でマーケティング・リサーチしてほしい。東京のおばさまはどう思うか?お嬢さんは気に入るか?など。

8、いただき物で店を作る

家具を新しく買う、食器を新しく買う、冷蔵庫を買う、プロジェクターを買う、スクリーンを買う、等々、いっさいお金はかけません。というかお金はありません。

「これ、使って〜」に頼って開店したい。結構、あちこちに物は余っているものです。もちろん「わが村の家具を寄付したい」なんてことは大歓迎です。

9、ちゃんと稼ぎたい

生活不安定な自由業の私ですから、趣味の店というわけにはいきません。しっかりと、委託料や場所代、飲食代など、そこそこには取らせていただき、暮らしを立てていくつもりです。

私はちゃんと稼ぎますが、ボランティアで支えてくださるスタッフにはありがたく甘えるつもりです。

10、ここまで読んだ方、ありがとうございます。こんな野口の、そろそろ実現したい夢話、スローライフなお店にご賛同の方、ご一報ください。(笑)

このエントリーの情報

ちょっとしたこと 少しずつの変化 2017/07/10 12:26 pm

久しぶりの十津川村谷瀬、この数カ月どうしていたかな?と歩いてみると、予定の作業がきちんと進んでいました。

道標の補充、展望台ベンチの修理、休憩所に展示の写真補充、花壇の植え替え、そしてお酒造りへ向けての酒米作り。

むらおこしで大事なのは、維持管理や、やれる範囲でも前に進めること。少しずつの変化を確実に続ける、この集落は素晴らしいとあらためて思いました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
谷瀬の場合「寄合」というミーティングを行い、集落の人たちがいろいろなことを決めていきます。私はこの話の引き回し役です。

以前は毎月のように通っていましたが、今年などはポツポツ。コンサルタントは、いつまでも同じ土地に関わらない方がいいわけで、その土地の方々でむらおこしを企画・運営・実行し合意形成も進められるのが一番です。で、このたびは、2カ月半ぶりの訪問でした。

日本一の吊り橋の先に「ゆっくり散歩道」を整備し、「ゆっくり体験」という交流イベントを行い、休耕田に酒米を植え「純米酒 谷瀬」を造り、空き家を散歩道の休憩所にし、最近は移住者や新住民が増えている谷瀬です。

4月に寄合をし、夏までにやってくことを決めて、忙しいゴールデンウィークや田植え時期も過ぎた6月末、さあ、ちゃんとみんなやっていたかな・・・?と宿題をチェックする先生みたいな気持ちで散歩道を歩きました。



まずは散歩道横の花壇。百日草やコスモスがしっかりと根付き、花が開こうとしていました。奈良女子大の学生さんと集落のお花係のおじちゃん、おばちゃん方が、カチカチの土から耕し花壇にしたのです。






分かれ道の道標がわかりにくいので、もっと大きな看板を立てよう!と、決めたことが実行されています。この看板で、GWには迷い人は出なかったでしょう。すこし揺らついていたので、そこら辺の石で私も足元を補強しておきました。





田んぼの青い稲がふさふさと風に揺れています。ちょうどいらしたおじいちゃん「酒米、調子がいいよ」とのこと。彼の背中向うの広い田んぼが、移住された若い方や学生さん等で作っている酒米。今年は田植えを「ゆっくり体験」として、他所の人も参加できる体験催しとしました。




寄合で、「こんくらいの大きな立札じゃないとダメだな」と意見が出ていたように、間違えやすいところにはちゃんと大きな看板ができていました。








この看板の向こう、吊り橋のみえる展望台のベンチが土に埋もれてきたので、これもやり直してありました。









展望台に来た人が、なにかしらを書きつけるノート。こういうのが古いままだとガッカリするのですが、昨日、そしてさっき書いた人もいる、という新鮮さ。もうこのノートは何冊目になるのでしょう。バックナンバーは、吊り橋横の茶屋に置かれています。





展望台から戻ってくると、「コーンコーン♪」と何やら音が。集落に珍しい若い女子が二人で看板を立てています。谷瀬に通ってきてくれている奈良女子大の学生さんが、この日の寄合出席ついでに、看板の補充をしてくれていました。木槌の構え方は頼りないですが、この女子達の働きは凄いものです。



休憩所にした空き家「こやすば」をのぞいたら、なかに展示してある写真もリニューアルできている。移住したご夫婦の4月始めの「吊り橋ウエディング」の写真もちゃんと。よしよし、さすがだなあ。とつぶやく私でした。

むらおこしのミーティングでは、「○○をしよう」だけではダメです。それを本当にするべきなら、「いつまでに」「誰がやる」までを決める、みんなで決める。これが大事です。そうすれば必ず、少しずつでも変化していきます。

Facebook情報によると、私がうかがったこの6月末の寄合でみんながいっていた“「こやすば」の天井の修理”が最近行われたようです。「夏休み前に」「みんなで」やると決めていたことの実行、これまたさすがです。(右下の写真は谷瀬の吊り橋FBからいただきました)

このエントリーの情報

ちょっとしたこと 看板あれこれ 2017/07/03 2:09 pm

いまさっき誰かが描いたような、手作り風の看板や貼り紙が気になります。なんとなく生活感がにじみ出ていて、立派で大きなものより心をとらえます。

「公会堂のトイレここから127歩」「桃、傷があってもおいしいよ」「捨てたらあ缶」「ふすまハリカエ」などなど。

そのコピーとデザインに、ほのぼのしたり吹き出したり。街の潤滑油にもなっているのではと思います。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

奈良県十津川村谷瀬「ゆっくり散歩道」で。誰かが、何歩あるか数えているのですね。










同じく「ゆっくり散歩道」で。今は水田ですが、冬には高菜の畑になるのでしょう。ちょこんと乗ったカエルが説明してくれました。









奈良県五條市で。こういうお店がまだあることがうれしいです。はりかえ、ハリカエ、楽しんで書いているのかな〜。









奈良県吉野町国栖で。集落の百貨店と名乗る、一軒のお店。こういう札があれば、どうしても向かいの店も見たくなります。









和歌山県湯浅町で。さすがに本場らしい風格あるポップ。この地の子どもたちは、「有田みかん」と書初めしているのでは、なんて想像を巡らします。








高知県高知市はりまや橋で。名産のサンゴのお店。本当にこういう朱色のサンゴが並んでいました。簪の絵がかわいい!









岩手県山田町で。「イカのします」とは、するめを持って行くと、薄く柔らかい「のしイカ」にてくれる、ということ。この地では日常的なこと。これを見たときはノックアウトされた思いでした。







和歌山県紀美野町で。注意を呼びかける看板も、こうなると嫌な気がしません。こういう看板を出せるキャンプ施設は、だから人気もあるわけです。








群馬県富岡市で。富岡製糸場が世界遺産になった、となると観光客が押し寄せます。ここの名物は太いうどん風の粉もの「おっきりこみ」。その店の横の物置なのですが、お店の一部かと勘違いした外来者が何度も開けたのでしょうね。





東京都八王子市で。ここも困った挙句なのでしょう。三カ所も貼り紙があります。困っている感じが切々と伝わりますね。

最後は少々汚い話題でごめんなさい。とはいえ、こういう看板・ポップには、その土地の事情や、その店の有り様、人柄などが染み出ています。

こんな写真を山ほど集めた本など出したいな〜、同好の士おいででしょうか?

このエントリーの情報

ちょっとしたこと 野口式自動水やり器 2017/06/24 9:05 pm

私は花が好きです。でも庭はなく、やたら出張があります。鉢花を何度も枯らしてきました。

ところが昨年、大発明をしました。靴紐を鉢の土のなか上下方
向にあらかじめ仕込む方法。

片端は鉢穴に出し、紐の上から土を入れ、花を植える。鉢の上にもう一方の紐端を出して、ペットッボトルの水に浸ける。

毛管現象で紐に水が染み、土を潤し鉢底まで。2週間の留守もOK、お試しを!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


この図を見てくださればお分かりかと思います。











現物となると、少々汚い写真となります。これは、前に植えていたものを捨てて、新たに植えようとしています。

紐は何度も使いまわしできます。100円ショップで売っている、木綿製?の靴紐が一番いいようです。靴紐でなくとも、厚みと長さがあって、水を吸うならOK。紐は2本くらい入れた方が、安心です。






鉢底からはたっぷり出します。鉢底に敷く皿にたまった水が上にも上がって行くように。









紐の上から、鉢底石やら土を入れます。












そして苗を植えると、紐は長く外に出ていますね。家を空けないときは、この紐が少々邪魔ですが、私は、鉢にクルクル巻き付けておきます。








そして出かけるときには、大きなペットボトルにたっぷり水を汲み、紐を浸けこむわけです。












写真は2週間家を空けた後。ペットボトルの水はすっかり鉢に移動して、花は元気。











特許申請しようかしら・・・。出来ませんね(笑)
今回は、緩くて軽いお話でした。

このエントリーの情報

ちょっとしたこと 「和」という墓 2017/06/05 1:19 pm

父親の23回忌でした。久しぶりの墓参り、姉夫婦とその子ども・孫、わが夫婦、94歳でまだまだ元気な母親が集いました。

なぜ父はお墓に「和」と一文字刻んだのか?母から説明がありました。

「結婚してもしなくても、どんな姓を名乗っても皆が仲良く入れるように」とのことでした。

「私の後に皆さんどうぞ」と笑う母。はいはい、喜んでつかわしていただきます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


うちの父は9人兄弟、男女混じった9人のなか男の4番目のため志郎の名でした。家は医者、両親は忙しく幼いころから一番上のお姉さんの嫁ぎ先に弟・吾郎さんと預けられます。

そこはお坊さんであり哲学者の家、雑巾がけなどをしながらも人間としての基本を仕込まれたのかもしれません。母のように慕うこのお姉さん、私にとっては叔母の話、世話になった叔父の話はよく出てきました。

父のおじいさんに当たる人が福沢諭吉と交友があったとかで、父は慶應義塾一筋、慶應ボーイと自分を呼んでいました。雨の中の学徒出陣の行進の録画がテレビなどで流れると「お父さんはあのあたりにいて先輩を見送ったよ」と話していました。

慶應義塾大学の機械工学を出た割には英語に長けて、やがて海外輸出の多い機械のセールスエンジニアになります。

千葉市検見川町の米屋であり市会議員を長くしていた家の次女・母と結婚。苗字は父側の野口を名乗りましたが、母の実家に入る形での結婚でした。

それから当時の省線に乗って、新大久保の会社まで通い続けるサラリーマン生活でした。

高度成長期の営業マンは飲むのと麻雀接待が主です。毎晩どうやって帰って来たのやら。子どもながらに、深夜お酒の匂いをさせて戻り、倒れ伏してゴーゴーと嵐のようなイビキで眠る父に、身体は大丈夫かと心配したものです。私がお酒が強いのと、イビキがひどいのは父譲りです。

父から大きな声で怒られたことはありません。「智子はいつも笑っていなさい」といつも言っていました。ふと見ると、父が私を見ていることがよくありました。「何見てるの?」と聞くと「智子が面白いから」と答えます。

そんな父が大好きだったのは高校ぐらいまで。だんだんあまりにも穏やかな父が、つまらなくなり怒りを覚えるようになります。反抗期ですね。

そんな跳ね返りの私に父が言ったこと。「着物で一人で酒の飲める女になりなさい。昼からお酒が飲めるのは蕎麦屋だからね。ザルを頼んで、海苔のついてるところで一合。残りの蕎麦で一合。それくらいにした方がいい」と教えられました。

そして高校卒業後、学生運動にかぶれた私は家出をします。

父と再び会ったのは数年後でした。私の居場所を探しあて訪ねてきたときに、言った言葉は「苦労したね」。この時も怒りませんでした。

今思えば、平和で温かで笑顔のある、そんな極く平凡な家庭をつくることに、父はずっとあこがれていたんじゃないかなあ。

父の日曜日の夜、くつろいだ印象深い光景です。まだ私が小学生の頃のことです。家の小さな畑で自分が作った枝豆を食べながら父がビールを飲む、ナイターやボクシングをテレビで見ながら飲む。膝の上には私が座っている。

父が座卓の上の枝豆を取るたびに私の口にも入る。ビールを注ごうと手を伸ばすと、父の顔が近づき私のほほに髭がザラリとさわる。

そのうち缶ピースをプシュッと開けて、甘い香りの煙をくゆらせる。「ほら」と見せるのは、ポッ、ポッ、とほっぺをたたきながら作る煙の輪っかでした。

父と仲直りし、もともと喧嘩もしていないのですが、旅行に行ったり私が住んでた静岡に父が泊りに来たり、そんな晩年がありました。

あるときポツリと言いました。「お父さんは、智子を守れなかったんだよ」

今でもその意味が釈然としません。温室のような家庭の中に、「和」の中に、入れておきたかったのか?「でも、出て行った私は、とても幸せなのですからそれでいいじゃない」というようなあいまいな返事を言ったような気がします。父はもっと深いことを言いたかったのかもしれません。

母と相談しながらお墓をさっさと造ったようです。それは冒頭の「和」という字だけのお墓でした。墓地で見渡すと、○○家の墓としないところがいくつかありました。

そういう時代なのでしょう。そして父の場合は、自分が求めた和やかな永遠の家庭をお墓にも、だったのかと思います。



23回忌は母の誕生日も兼ねて。皆でイタリア料理です。父は皆がそろった姿を見ながら大喜びだったはずです。代わりに私が、シャンパンを一本飲みました。

このエントリーの情報

ちょっとしたこと 虫に想う 2017/05/21 9:43 pm

名著『どくとるマンボウ昆虫記』を読んでいます。北 杜夫さんの虫に対する観察眼とその文学的表現に、虫への愛情を感じます。

都会の女性は虫嫌い、マンションに虫を寄せ付けない。それでいて無農薬野菜や美しい自然を求めがち。

緑豊かな田舎は虫だらけ、夏にはガラス戸びっしり虫が集まります。ナチュラルに暮らしたいけど虫はイヤなんて、虫はいったいどうすればいいのでしょう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


虫の話題なら尽きません。

観光地のある旅館で、「部屋にトンボがいて、怖くて眠れないから捕ってくれ」とお客様からのクレーム。子どもならともかく、大人の男性。番頭さんが窓を開けると、バタバタ羽ばたいていたトンボはサッと出て行ったとのこと。

IT系の仕事についている若い男性、部屋には造花を飾る。「本当の花や観葉植物は、虫がきそうで気持ちが悪い」とのこと。

高層マンションで育った子どもたちが通う武道の道場で、その子たちの世話を私がしていた時のこと。きゃ〜〜と逃げ回る子どもたち。「先生、つかまえて」「虫がいて稽古できない」これ、たかが蚊一匹の話です。

無農薬野菜をウリに料理を出す田舎のレストランで、一匹のハエ。近くの牧場から飛んできたのでしょう。「嫌ね、不潔ね」と女性客。じゃあ、無農薬野菜など食べるな!



自然一杯のなかで暮らしていれば、好き嫌いなど言えない。だから、これほどまでに嫌うのは都会人です。いつからこんなに虫嫌いになってしまったのでしょう?

確かに私だって、ムカデが天井からポタンと落ちてくる、大きな蛾が粉をバタバタ落としながら電気の周りを飛ぶ、蜂が部屋に入ってくる、など好むわけではありません。

かつて泊まった民宿で、布団に入っていたカメムシ50匹くらいをガムテープでつかまえた夜もありました。この時は「このカメムシの人生は・・なんて」考える余裕もなく、殺戮を繰り返したものです。

でも、普段はそうそう虫を嫌いませんし、我慢もできるつもりです。



湿り気のある草原は、よく見ると土かと思えば全体がうごめくように虫がいます。土を少しいじれば、軍手はちいさな虫だらけ。名前も知らない動くものが、圧倒的に私を囲います。

そんな中に、虫嫌いの若い女性や子どもが入ったら、パニックして気絶するのではないでしょうか?

きれいな緑、そこは虫だらけなんです。虫だけでない、トカゲも、カエルも、ネズミも、狸も、アナグマも、キツネもたくさんの鳥もいる。もちろん、鹿も、猪も、クマも。

書ききれないとんでもない種類のおびただしい生き物の中に、ほんの一時お邪魔している人間なのに、偉そうにしているから、蚊一匹で悲鳴を上げるようになる。



田舎と都会と行ったり来たりの暮らしをしていると、都会人のそんな傲慢さが露骨に見えて、腹立たしく、ひ弱さににあきれ、怒るわけです。

このブログで怒ったところでどうしようもないのですが、虫嫌いの都会人、あなたたちおかしいですよ、とだけはどうしても言っておきたい。

もしもあなたが、姿を現しただけで悲鳴をあげられ、嫌われ、殺されそうになったら。いったいどうしますか?虫にも言い分はあるでしょう。



今いる、和歌山県紀の川市の家で、ツバメが雛を育てています。黄色い口を開ける雛めがけて、1分おきくらいに親ツバメが餌を運びます。

ピンボケですが、一羽の親が巣にとまり、もう一羽が羽ばたいた瞬間です。親ツバメに捕らえられ、雛の口に運ばれる虫たちは、いきなり殺虫剤をかけられる虫よりは幸せなのでは、なんて考えてしまします。

北 杜夫さんのフンコロガシの解説などを読んでいると、一度この虫にお会いしたくなります。うやうやしくご挨拶などしたくなるわけでした。

このエントリーの情報

ページナビゲーション

(1) 2 3 4 ... 10 »

最新ブログエントリ

最近のブログのコメント

ブログ カレンダー

« « 2017 10月 » »
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 1 2 3 4

写真でみるゆとりある記

御山倶楽部会長の勢いのある笑顔。
川上宴会
奈良県吉野町上市で
紀の川市青洲の里で水鉄砲作り。

連絡先

野口 智子 のぐち ともこ
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局
ゆとり研究所

TEL 090-7433−1741
E-Mail yutori@noguchi-tomoko.com

NPOスローライフ・ジャパン
〒160-0002 東京都新宿区四谷坂町9−4 リカビル301
TEL 03-5312-4141 FAX 03-5312-4554
E-Mail slowlifej@nifty.com


略歴

<野口智子(のぐちともこ)>
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局長
千葉市生まれ。東京でコピーライター、プランナーを経験。1977年静岡県に移り企画・編集プロダクション設立。
1992年ゆとり研究所を開きコンサルタント業務を開始。
ライフスタイルの提案、「一店逸品運動」による商店街の活性化、時間消費型観光おこし、人材育成などの分野で活動。
2000年からスローライフ運動を開始、2003年スローライフ・ジャパンを設立、現在、事務局長・副理事長。
2006年から活動拠点と自宅を東京へ。現在はスローツーリズムの提案、商品開発、地域観光の育成、都市と田舎の交流、移住・定住プロジェクト、“食”をテーマにしたまちおこし、などに力を入れている。住民参加の独自の楽しいワークショップが得意。
現在、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域再生マネージャー(ふるさと財団)、国土審議会半島振興部会委員。