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ちょっとしたこと お店をやりたい:その4 2019/07/20 4:42 pm

お店というと売買の場所と思いがちですが、どこかに出かけるきっかけがある場にもしたいものです。

日本古来の包装材「経木」の良さを知ったなら、那須塩原のその作業所を訪ねる。

藍のお茶の美しさを知ったなら、雲仙市の藍工房を訪ねる。北海道池田町のワインを知ったなら、そのブドウ畑と貯蔵庫を訪ねる。

これまで私が見聞きして来た逸品・場所・人を訪ねる旅も始めましょう。
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先日、スローライフ仲間から「ツアーや小さな旅」「お出かけサロンを」をやれば、というアドバイスをいただきました。
うん、それはいいと言いながら、何年も前からそういうことをやろうと思った、やっていたことを思い出しました。

地域密着の小さな旅は、30歳代からずっと提案し続けてやって来たきたことでした。

伊豆で「伊勢海老スクール」というミニ旅。伊勢海老について漁師さん、仲買人さんから学び、網から外す体験をし、生け簀で伊勢海老つかまえて、旅館の板前さんから伊勢海老のお刺身の作り方を教わる、そんな体験催しをやりました。

今から30年前です。「こんな旅をしたかった」という参加者の言葉が見出しになって、新聞に大きく取り上げられました。

温泉文化研究会を静岡でしていた時は、ただ温泉に入って豪華な料理を食べるのではなく、昔からの、または新しい温泉文化を体験しましょうといろいろなカリキュラムを実験しました。

これは25年前の話です。温泉療法がまだ出始めの頃、当時の仲間が果敢にチャレンジしてくれました。温泉卓球大会、温泉旅館の女将さんに学ぶ着つけ・和食の作法、アジの干物作り体験、ワサビについてとことん学ぶ体験、温泉と組み合わせていろいろやってきました。

掛川では学びのバスと称して、茶工場にいったり、地元の茶農家を訪ねたり、お煎餅屋さんを見学したり、化石を探したり、牧場でソフトクリームを食べたり、美術館を解説付きで回ったり、いろんなメニューを入れ込みました。

東京に移動してからも、湯河原で梅の剪定体験と絵手紙、多治見では焼き物の里のウォーキング、蕎麦の種まきから食べるまでの蕎麦全部体験、ニンニク産地ではニンニクを入れた足湯を発明体験、米粉の産地では米粉の新しいメニューの開発をみんなで、きりたんぽの産地ではいろいろな食べ方できりたんぽをみんなで食べる。フルーツの産地では市民主催のフルーツがテーマの小さな体験催し。そしてスローライフのフォーラムとともに、皆さんを地元見学にあちこちご案内してきました。

各地の「逸品」を“逸村逸品”というコンセプトで紹介し始めてから、逸品を訪ねる旅もいくつか考えて、でも実はこれは実行にまでは至らなかったのです。

そうか、これを再びやろう。忙しさにかまけてふたをしていた企画を開けることにします。

出かけた先で誰かに会い、何かを体験し、珍しいものを食べ、語り合い、その地での新しい関係をつくる。地方や小さな村町の良さを実感する。ずっとやってきたことだし、やりたかったことでした。

こう「やるぞ宣言」をして、いつどこへどんなというわけでもないのですが、すっかり忘れていたやりたい気持ちに火が着きました。

運よく私の妹分が小さな旅行会社もやっています。これはいっちょ相談して、スローライフ・プチツアーを始めようじゃありませんか。まずは丹波篠山へ黒豆の枝豆ツアーと行きますか?!

話を戻すと、つまりそういう企画や呼びかけもするお店にしたいわけです。と、長々の説明でした。

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ちょっとしたこと スダレと絵手紙と 2019/07/06 1:53 pm

群馬県富岡市、駅から歩きだすと絵の描かれたスダレが目に入りました。

ヒマワリの絵に「人生楽しもう」なんてメッセージ。いろいろな絵があっちにも、こっちにも。

名物・ソースカツ丼を食べたお店の奥さんが、偶然その仕掛け人。

絵手紙をされていて、古い蔵にはたくさんの作品が展示されていました。

人通りは少ないですが、たくさんの人におもてなしを受けた気になりました。
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上州富岡の駅を降り、ブラブラと駅前通りを歩き出すと。

「笑顔でおもてなし」とメッセージ。花はグラジオラスでしょうか?

あら、おもしろい!と見始めました。





開いているお店にも、閉店のお店にも、民家にも、いろいろなスダレが下がっています。

「跳べ」と言われれば、うん、頑張ろうと思いますね。







「人生楽しもう」、このおうちは文字通りきれいなお花を咲かせて楽しまれているようです。










スダレを見ていると、ついつい通りを歩いてしまいます。次はどんなのだろう?と、歩くことが苦になりません。









スダレは今や100円ショップでも買えるもの、これにみんなで絵を描けば、こんなおもてなしができるんだと感心しました。









富岡に来たならば食べたい味がカツ丼です。ここのはソースカツ丼、しかもお醤油ベースの甘辛味のタレをくぐらせて3枚のってくる。

このことは以前知っていたので、なつかしく「新洋亭」さんに入ったのでした。

地元客も、観光客もみんながカツ丼をワシワシとかき込んでいる。相変わらず美味しい!

会計の時に「スダレの絵がいいですね」とポツリというと、なんとこのスダレアートを実践しているのは、ここのおかみさん井上かずこさんでした。

私のことも覚えていてくれて、急に話が弾みます。

彼女は絵手紙をされていて、富岡で「糸車の会」というグループの指導もされています。

駅が新しくなったときに「何かをしたくて」始めたのがスダレアートでした。

「もう何年になるかな〜、今年は市外の人が描いてくれてます。スダレを外しに行くと、お店の人がこのまま置いといてといわれて。嬉しいですよ」と井上さん。

「絵手紙飾ってある蔵があるから見て〜」と案内されたのは、すぐ近くにある「絵手紙ギャラリー蔵」。

市に寄贈された古い蔵がリニューアルされて、そこに絵手紙を飾るようになったそうです。

絵手紙は葉書サイズだけかと思うと、いえいえ、いろいろな物にいろいろな大きさで、絵と言葉が描かれています。

お御輿置き場も兼ねていて、お御輿が絵手紙にワッショイと担がれているようでした。

この絵手紙の活動があるから、スダレアートもできるのでしょう。蔵にいる間、どれもこれも楽しくて、にぎやかな声が聞こえてきそうです。

井上さんとおしゃべりに夢中で、蔵の全景をとり忘れました!真っ白い、綺麗な土蔵。

その前はポケットパークのようにイスとテーブルが並び、ゆっくりできます。なにより回りがお花だらけ。地元の人がきちんとお世話されているんですね。




「まちをよくするために何かしたじゃない!みんなができることを何かすればよくなるのよ。絵手紙を募集して、上信電鉄の車両を絵手紙列車にするのもやってるの、いま旅行雑誌にも載ってる。あ、あげるこれ一冊」

といただいた『旅行読売』には、井上さんのお顔がありました。

私は井上さんとおしゃべりしましたが、富岡を訪れて、たとえ誰とも話さなくても、スダレアートを眺め、絵手紙を見て、ここで一休みすれば、たくさんの人にあったような気になるはずです。

井上さんのような人がいる富岡の街は、うらやまし限りです。

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ちょっとしたこと 「小さな村の物語イタリア」 2019/04/08 11:32 am

この番組が300回を迎えたので、紹介したくなりました。タイトルの通り、村の普通の暮らしを淡々と紹介する内容です。

家族・村を、手づくりの味を大切にし、丁寧に生きる姿のドキュメント。映像が美しい。

「自分の村を良くないというのは、自分のことを良ないというのと同じだ」など、毎回村人から本質的な名言があります。

ウケ狙いの変な番組の多いなか、聖域のような番組です。

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BS日テレの土曜日18:00〜18:45 アンコール放送が日曜10:00〜10:45、詳しくはこちらになります。↓
「小さな村の物語 イタリア」http://www.bs4.jp/italy/

最初どうして見始めたのかわからないのですが、いつしかこの番組の虜になりました。それはただの外国紹介ではなく、“食レポ”でもなく、“人生の楽園”を自慢するわけでもない、内容だったからです。

,い蹐い蹐平Χ箸凌佑出てきます。
たいていどこかの本当に小さな村の、普通の人、二人ぐらいが紹介されます。学校の先生、ブドウ農家、漁師、農家、役場職員、土産物屋、小さなホテルの主、酪農家、家具職人、大工、パン屋、靴の修理屋、美容師、図書館司書、博物館解説員、墓番、バルの店員、チーズ職人、自動車修理工、バスの運転手、今までたくさんの職業の人が登場しました。

その暮らしをみていると、「チーズはこうして作るんだ」「オリーブをこうして収穫するんだ」「古い家具を修理して使うんだ」「こうしてレースを編むんだ」「羊を追い立てるんだ」「トリュフは犬が見つけるんだ」「サフランは高価なんだ」「野菜の直売を我が家のガレージでしている」「学校の用務員さんがおしゃれ」「小さなダムの管理をこうするんだ」いろいろな発見があります。単なる旅番組とは違う、素顔のイタリアを知ることになります。

村ごとに個性があります。
その主人公が暮らす村が、標高1500m以上の山岳地帯だったり。山の尾根ずたいの村だったり。古城のある村だったり。遺跡が残る村だったり。川とともにできた村だっだり。海辺の海水浴客でにぎわう村だったり。ひとつの島が村だったり。

一つ一つの村に歴史があり、古い建物が残り、独特の風景があります。戦火に焼かれたり、災害によって一度は破壊された村なども登場します。それでもほんの少しの人々が、肩寄せ合って村を成立させ、村を継続してきている。その時間の受け渡しのような長い繋がりを感じます。そして、それぞれに個性のある村で飽きません。

食べ物が丁寧に描かれます。
食いしん坊の私にとってはここは見逃せません。いったい何を毎日食べているのだろう?それが実はとても質素です。小さな村には物資も少なく店もあまりない。だから、少しの物を実に大切に食べている。

朝はコーヒーとビスケット程度。お昼はパスタをゆでてトマトソースで和えたもの。夜は、ハム入りオムレツとジャガイモ程度。なのにみんなユサユサと気持ちのいいほど肥えている。きっと毎回の食事を大事に美味しく食べているからでしょう。パスタ一皿を食べるために、テーブルクロスをかけて、ナフキンとナイフフォークを用意して、ワインを飲んで。

そのパスタも、粉から作るときもある。面白い形のものが、魔法のように普通のお母さんの手から作られていくのにはほれぼれしてしまいます。そんな食事ですから、皆が食べることを楽しみに、自分の家に戻ってゆっくり、きちんと食べるのでしょう。

い箸砲く家族を大事にしています。
食事を家族で囲むのが当たり前。家族のために働く、家族のために出稼ぎに出る。父親を心から尊敬し、その技術をみて学ぶ。母親を女神のように思い、亡くなっても思い続ける。母の髪を洗ってあげる、ブロウしてあげる。祖父の耕した畑をこれからも守ろうと思う。タトゥーだらけの若者がおじいちゃんの面倒を看る。

夫婦が台所で一緒に歌を歌う。奥さんのことを愛している、美しいとほめる。奥さんがいるから今の自分があると旦那が胸を張る。離婚しても子どもに対し、別れた相手の悪口は言わない。こんなシーンを見ていると、家族とは何かと考えます。

さらに小さな村にはベンチが多く、買い物の途中、散歩の途中に腰かけて話をしている。バルに行けばいつもの顔があり、そこにもう一つの家族ができる。村がそのまま家族という印象なのです。「1人暮らしでも、1人じゃない、それが村だ」というナレーションもありました。

ケ任景が素晴らしいのです。
山、路地、朝の牧場、草原、花、歩く人、猫、犬、家の中、夜の通り、スクールバス、子どもたちの手伝い、ジャガイモ堀り、散歩、霧の海、何を撮ってもその切り撮り方が美しい。構図がいいのか、美しさの基準に長けた人がカメラを回しているのか。「絵」になっている。

だからどんな場面を見ても、気持ちが良くなる。美術品を鑑賞しているようなのです。

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さんざんほめてしまいましたが、一番の魅力はインタビューでしょう。牛飼いが、主婦が、修理工が、オリーブ農家が、マイクを向けられて語る言葉が素晴らしいのです。

「好きな仕事に就くのが一番。お金じゃない。嫌な仕事だとそのイライラを家族に向けるようになる」「のんびりやるのがいい。その方が上手くいく。のんびりは強い」「笑っていれば必ず良くなる」「子育ては、小さい時は根をあたえ、大きくなったら翼をあたえること」「この村のことが忘れられなくて、この村が大好きで結局戻って来た」「ここが一番好き、この村にいることが私の幸せ」

私の記憶が正確ではないかもしれないけれど、こんなことを普通の人がとうとうと語ります。このインタビューだけの本が出てほしい位です。自信たっぷりに、村を誇らしげに語る庶民の言葉の上質なこと。同じ質問を今の日本の普通の人たちにしたら何と答えるのでしょうか。

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私は地方に出かけ、「まちこし」のお手伝いをしています。日本の各地で出会うのは「こんなまちダメだ」「うちの夫はどうしようもない」「ストレスで鬱になっている」「近所と話をしたことがない」「お金がなくちゃ」「東京はいい」こんな言葉だらけです。

皆の悩みを聞き背負うのがアドバイザーですが、私のなかには嫌なことや嫌な言葉ばかりがたまります。「こんな日本はイヤだ、良くない、どうしようもない」と叫びたくなるわけです。

そんな時、この番組に救われます。「そうか、のんびりやろう」「美しく生きよう」「本物の豊かさに目を向けよう」気持ちがすっきりするのです。これはどなたが見ても同じでしょう。

選び抜かれたイタリア音楽は元気にしてくれますし、三上博史さんの抑えたナレーションは心を落ち着かせてくれます。

今のテレビは、大河番組など大金を使ってこんな内容??というものですし、お笑い芸人が馬鹿笑いしている番組は瞬時でも目に触れたくないですし、刺激の強い趣向はそのもくろみにはまることがイヤですし、「最高」「可愛い」「ウソ〜」「マジ〜」「やばい」などが連発のレポートはレポーターの馬鹿が移りそうです。見れば見れほど人間がダメになるものが多いと思いませんか。

長々書くよりも、一度見てほしい。物事が分かる人に、「見て?」「見た?」と言いたくってこんなブログになりました。

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ちょっとしたこと 桜混雑 2019/04/01 1:20 pm

新元号は、万葉の梅見の宴に関する記述から採られたそうですが、当時の花見はさぞかし穏やかなものだったのでしょう。

新宿御苑のお花見は、入苑するのに行列1時間以上、酒類持ち込み禁止で手荷物検査、ようやく入れば人だらけで座れない、半分近くは外国人、という顛末でした。

この東京の混雑を地方分散しなくてはと眺めながら、オリンピックが末恐ろしく思えました。
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ここ数年、毎年この時期に新宿御苑にお花見ですが、今年の人出は最高でした。お昼に着くと、入り口には既に長蛇の列。「こういう日には切符売り場を増やしたりすればいいのに」と思うのですが、かといってこれだけの人が一気に入ると、大混乱になります。入口を細くしてゆっくり入れようということなのかもしれません。



さらにアルコール持ち込み禁止ですから、手荷物調べに時間がかかる。もちろん没収もある。「あの、ロング缶ビールやワイン、没収箱に入れられて、その後どうなるのかしら」と思ったのは私だけではないはずです。






などなど思いながら並びます。列は数百メートル行った先で折り返します。皆、よく耐えて並びますね。おびただしい外国人客も、ひたすら耐えていました。








ようやく入るとこんな感じです。普段の御苑なら、もっと伸びやかに空間があるのに。混雑する砂浜の夏休みといった感じ。









もしも首都直下地震があって、みんなが逃げ込むとこんななのでしょうか。いやいやそんな時はもっとぎっしりのはず、人々は立っているしかないでしょうね。








それにしてもこの御苑のなかに、スマホも含め何台のカメラがあるのでしょう。今や自然を愛でるというのは、写真を撮ることなのでしょう。よく観察する、ほのぼの眺める、風を感じるなんてことはどこへやら。






こんな中で食事やのんびり時間が過ごせるでしょうか?無理です。でもヒューマンウォッチングするには飽きない。いろんな人がいるのですから。宗教上、布を敷いて何人かが並んでひれ伏し礼拝する人たち。男性同士で熱く抱擁しながら眠るカップル。ひたすら自撮りする外国人。




遠い日本までやってきて、この花見狂乱に混ざった外国人は、日本をどう思うのでしょうか。










2時間いてとことん疲れ、いざトイレに行けばこの通り。余裕をもってトイレに行かなくては、高齢者や子どもは大変です。









ここ数年で極端に増えた外国人のための対応に、施設もご苦労とは思います。










脱出にも時間がかかりました。ラッシュアワーのようです。閉苑間際は、どうなるのでしょうか?










外に出ると、まだまだ入苑のための行列がありました。列は何重にも渦を巻き、最後尾はずっと離れた新宿駅あたりです。もう数時間で閉苑なのに、入ったら大変なのに。なかの様子をモニターで見せれば、半分の人は帰るでしょうに。なんだか並び始めると入らなくちゃ気が済まないのでしょうね。


帰りの地下鉄で考えました。今年は御苑に限らずどこも桜混雑、桜狂乱が起きています。外国人のツアーが多く、外国の個人客も膨れ上がっている。

桜だからまだ静かですが、これが勝負のかかったオリンピックとなったらどうなるのでしょう。熱狂した群衆が、競技が終わると一気に街に出る。最終電車は期間中夜中の2時まで走るそうですが、街の日常はどうなるのか。しかも猛暑の中です。

都民は花見などで訓練、混雑狂乱のトレーニングを研鑽努力し積まなくてはならないのかもしれません。

それより、私はこの人たちを東京から地方に押し出さなくては。こんな東京だけ見て帰ったら日本の評判は丸つぶれですもの。

よし!トコロテンのように、遠くの田舎までぎゅい〜〜〜〜んと押し出しますぞ。

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ちょっとしたこと 牡蛎焼き 2018/12/28 1:59 pm

あるお宅の、牡蛎焼きにうかがいました。都会の洒落たオイスターパーティーとは別世界です。

ジャガイモ農家、作業小屋で火を起こし、地元の牡蛎を食べ
続ける。コンテナがテーブル・椅子。

参加者はおじいちゃん、パパ、ママ、子ども3人、パパの職場の若い衆等々が加わり17人。

ワイルドですが人間関係があったかい、食物は地元産。日本中がこうなれば未来はある、と思いました。
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雲仙市です。築43年、リフォームを繰り返したジャガイモ農家。67坪の家。車が14台止められるスペースがあるなんて!そもそも東京と比べるとレベルが違います。だから子ども達は走り回り、大声をあげ、客人もキャッチボールなど始めてしまう。すべてがのびやかです。




台所と食堂。この日はおばあちゃんがすこし具合が悪く病院でしたが、いつもはここに7人の家族が大騒ぎでご飯を食べているのでしょう。私を招いてくれた主は、「昔の家みたいに大家族でワイワイ暮らしたい」とおっしゃる。なるほどその通りなのでしょう。





仏様のある座敷。ここからガラスを開けて中学生の長女ちゃんが「じっちゃんの携帯あったよ〜」と外のパパとじっちゃんに叫びます。じっちゃんが探していたのでしょうね。









お邪魔しますとリビングに入ると、ボーイッシュな次女ちゃんが話しかけてきます。「私ね、ミカン大好きで一度に10個食べるの。だから2個にしろって言われた〜。このミカン美味しいですよ、どうぞ」

こちらは「あ、私、初対面なのですが。あ、急に仲良しの仲間にしてもらえたようで・・・」という気分。お客様に対し、もじもじする雰囲気は皆無の少女に、こちらの気持ちが解放されました。



子どもたちが小さい頃のお祭りの時の写真でしょうか。










あれれ?台所ではママさんと長女ちゃんが私のお土産の動物パンにぱくついて、ポーズを取ってくれています。








私の住んでいるアパートの4〜5倍はありそうな納屋?倉庫?スペースに行きました。何に使うんだろう?想像できない農機具、機械がいくつも並んでいます。ロープだけでも何種類もある。これだけのものを使いこなして、じっちゃんは、そして休みの日のパパさんもジャガを作っているのですね。





末っ子の長男くんが何かやっています。さっきは納屋の窓辺の金魚の世話をしていました。今度は植木鉢を洗っているようです。

「その隣の、鉄でできたテーブルみたいのは何?」と私が聞くと「これ?これは〜ばっちゃんの」「ばっちゃんの何?」「う〜ん、これでばっちゃんが魚切ったりね」

要は名前はないようで、次女も長女も「それは?ばっちゃんの」と答えます。昔からばっちゃんが便利に外仕事に使ってきた物なのでしょう。

さあ、牡蛎焼きです。火を起こしましょう。パパから炭の世話を命じられた長男くんは、1人、団扇を両手に踊るように扇ぎ続けています。









台所では、パパの職場の若い衆が、ママの指示を受けながら、材料を刻んだり、ピザ生地を広げたり。このうちではこういうことが当たり前なんですね。子どもたちは「○○兄ちゃん」「○○さん」と親戚のように呼びます。





牡蛎焼きが始まりました。焼き役は長男くんです。17人が次々食べていくのですから忙しい。でも大張り切りです。








「パパ〜焼けたよ」「ばか〜汁こぼすな〜」素手でつまんだりして熱くないのかとこちらは心配するのですが、長男くんのナイフさばきは大したものです。








それにしても巨大な牡蛎です。同じ市内、すぐ近くのまちの海で獲れる、これをキロ単位で箱で買う。豪快です。おおきいのが焼けると「焼けたよ〜」と子どもたちがじっちゃんの座るコンテナに運びます。






雲仙にはこぶのできる「こぶ高菜」という伝統野菜があります。漬物で食べるのが主ですが、新鮮なものは生が美味しい。シャキシャキした歯ごたえがたまりません。牡蛎を包み、肉を包み、なんでもあいます。






ため息の出るようなお肉は、この日参加の農業青年の知り合い酪農家の牛。知人の牛肉を「すごいな〜、さすがだな〜」と眺めていました。









ばっちゃんが明日にでも家に帰れそうで、じっちゃんはホッとしていました。皆もです。だからじっちゃんはビールも飲んじゃってます。

高菜で包んだ肉をほおばる長女の後ろで、ママがピザをじっちゃんに切っています。

長男はひたすら焼いています。次女が「じっちゃん、肉だって」と注文を伝えます。パパはお仲間と話しながら、飲んでいます。





広い納屋のコンテナに座り、庭で火を起こし、地元の新鮮なものをひたすら食べる、大声で笑う。

何かテーマのある集まりでもなく、何かを話し合うでもなく、ただただ「美味しい」「旨い」を連発し、ただただみんなが微笑んでいる。

17人が小川のようにサラサラと動き、ご機嫌にしている時間。

「パパ〜〜〜」「ママ〜〜〜」「じっちゃ〜〜ん」と叫びながら、牡蛎焼きスタッフとして走り回る子どもたちにまみれながら、私は幸せでした。

世界中がこんなだったらいいなあ、と混ぜていただいたことに感謝しました。

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ちょっとしたこと イルミネーション 2018/12/24 1:02 pm

いつ頃から、こんなにあちこちがキラめくようになったのでしょう?商業施設や商店街はもちろん、個人宅も電飾が盛んです。

東日本大震災後は少し自粛されましたが、今や日本中が輝いていますね。

電気の無駄と一括するのは簡単ですが、私的には個人の電飾は肯定派。

庶民がささやかに自己表現し他を意識する機会。誰かを喜ばせたいという気持ちが、地域おこしに繋がればと思うのです。
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これは2012年12月24日の港区六本木・けやき坂です。

前の年は、震災の年でイルミメーションどころではなかった。当時は私は麻布十番に住んでいて、商店街が節電のステッカーだらけだったことを覚えています。

それが1年経つと、このくらいならいいんじゃないか?とLEDのさっぱりした光でイルミネーションが復活していきます。

そして、いまや今日あたりは出かけたくないほどの混雑。明るさと色で疲れるほどのきらびやかなけやき坂でしょう。





その後、私は新宿区四谷に引っ越しました。裏通りはひっそりと静かで、昔からの家や、小さなアパートも多いところです。

事務所から自宅までの15分、歩く間に小さなほんの少しのイルミネーションがあります。

普通の街路灯や車のライトに負ける、かわいい光。この右角の小さなうちの植木に、住んでいる若いママさんと子どもたちで飾ったのでしょう。

ほんの少しの土に、いつも一つ二つ草花の苗を植えているうちです。光った時は、子どもたちが喜んだことでしょう。どんな人が見ていくのか、家の中から覗いているのかもしれません。



やっているのかいないのか?でもやっている八百屋さん。店の前にあるツル植物に電飾です。

電飾という言葉がピタリとくる感じ。

いつもお爺ちゃんがスズメに餌をやっていたり、夏は座って夕涼みをしている。そんな店先にもクリスマスは来たのでしょう。

お爺ちゃんはどこで飾りを買ってきたのでしょうか。飾れば昔からのお得意さんがいつもより長く立ち話をするのでしょう。






裏通りのこじんまりした教会の前です。

駐車場の柿の木が実るときは、「ご自由にお持ちください」とフェンスに2個ずつ柿を入れてぶら下げてくれます。

フェンスにはツルバラが絡んでいます。そこにイルミネーション。

信者さんが何人かで飾るのでしょうか。どんなことをおしゃべりしながら、どんなことを思いながら・・・。

ひと気のない道を、なんとなく暖めてくれているように見えました。






飲み屋さんもちょっぴりイルミネーション。「そういや去年も飾ったのがあったよね〜〜」なんて言いながら、ごそごそ飾りを引っ張り出して、なんとなく植木に絡ませて。

それ以上でも以下でもない、「まあ、暮れだからね」というくらいの力の入れなさ加減がいい。

「どう!すごいでしょ、お金かけたんだよ」というイルミネーションは見ていて疲れますもの。

事務所帰りのブラブラ歩き、こんなイルミメーションが心を温めてくれています。



これは私が仕事でお邪魔する、奈良県十津川村谷瀬の民宿のイルミネーション。(Facebook谷瀬の吊り橋からコピーさせていただきました。)

おそらくこの民宿が電飾したのは初めてでしょう。街路灯さえわずかな山の小さな集落で、この灯りがどれだけむらの人たちを和ませるか。

昼も夜も人の姿がほとんどないむら。これは民宿にお客様が来てほしい、というような宣伝の灯りではなく、純粋に「集落のみんなで楽しもうね」のイルミネーションなのです。

飾った日、土木工事や畑から帰る軽トラのおじちゃんおばちゃんが、「おやまあ〜!!」と喜んだことでしょう。

1人暮らしの老人が、そっと顔を出して、この灯りを遠くから眺めている様子が想像できます。

右下のイルミネーションはお馴染み和歌山県紀の川市。フルーツのまちのゆるキャラ「ぷるぷる娘」をかたどっています。市民の方々の手作りです。(Facebook紀の川ぷるぷるクラブからコピーさせていただきました。)

これもまたスローなイルミメーションですね。お金をどっさりかけたものとは違う、手間とまちへの思いをどっさり込めた灯り。こうしたイルミネーションが、いま貴志川町の平池の周りに飾られています。

エネルギーの無駄遣いとか光害とかいわれますが、それは大規模で商業的なもの。

ちょっぴり飾られるイルミネーションは、楽しみであり、私ここに居るよという発信でもある。許していただきたいものです。

この路地をどんな人が通るのか、歩いてきたらどう見えるのか、そんなことを考えながら飾る時間は、自分と他の人との関係を育てている大事な時間にもなる、そう思っています。


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ちょっとしたこと おばちゃんの味 2018/10/08 10:32 am

どこの土地でも女性たちが、素朴ながらも工夫をした食べ物を作り、地域の顔を作っています。

雲仙こぶ高菜漬け入りの巻き寿司と饅頭、地元野菜果物入りのドレッシング、アイディア豆腐蒲鉾、ジャガ団子汁、雲仙市でいただいた味はどれもが頑張る中年女性、おばちゃんの手によるものでした。

この味がいまや、旅の時間の重要な彩りとなっています。
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「山の駅 べジドリーム」の小林芳子さん。最初、東京でお会いした時は、従業員の方かと思っていましたが、なんと社長さんでした。

「周りがみんな畑で、果物・野菜がとってもいいのができるの。これをもっと食べてほしい、打ち出したいとドレッシングを作ったんです」




とのことで、ここのドレッシングは無添加、無着色。イチゴ、ミカン、パクチー、ビーツなど、いろいろな種類があります。

野菜にかけるだけでなく、お肉や魚にもたっぷりかけたくなる。数種類をかけて、その色や味を楽しみたくなります。ここのメイン商品です。



カフェの窓から見えるのは、畑。その先に海。

農作業している人、学校帰りの子どもたち、ギューンと伸びる野菜たち、そんな農の日常を眺めながらヘルシーな食事ができる。目からも健康になるロケーションです。

写真を撮ろうとしたら小林さん、「帽子かぶるわ!」。なるほど、真っ赤な帽子が決まっていました。


「雲仙こぶ高菜漬け」を作っている馬場節枝さん。以前からお世話になっていますが、久しぶりの訪問。

「朝、4時に起きていろいろやって、いまなの」と。さっき起きた私などより、数倍ももはや働いている!

しかも、卵で巻いた太巻き寿司と、ふわふわ蒸かし饅頭も作っていてくださいました。

早速いただくと、どちらにもきちんと「こぶ高菜漬け」が入り、その存在を主張しています。

こぶ高菜は雲仙の伝統野菜、その漬物はイタリアのスローフード協会が認めた、希少な味です。







ただ、漬物だけではなかなか食べる機会がないので、様々にこうして漬物の出番を作っているのでしょう。

「絶対に、なくしちゃならない味だから、頑張るの」と馬場さん。こぶのある珍しい高菜「こぶ高菜」は、力こぶのこぶなのでした。



「あい娘酒造」の山崎智佐子さん。まるで“鶴瓶の家族に乾杯”のようにブラッと現れた、私の相手を笑顔でしてくださいます。

「お酒?いただきますよ、主人と。ハイ、毎晩。もちろん一番安いのを飲んでますよ〜〜」と大笑い。





水のいい雲仙です。造り酒屋さんは昔はたくさんあったとか。今はほんの数軒ですが、こうして地酒の蔵とお店がきちんとある、というのは幸せな土地ですね。

永遠の娘さんのような奥様と、自分のつくったお酒を晩酌なんて、ご主人もお幸せです。




帰ろうとして足元のガーデニング?に気付きました。昔の徳利が、雨上がりに瑞々しく美しく並んでいます。

この店先で、キューッと一杯飲みたくなりました。






「みゆき蒲鉾本舗」の久山つや子さん。この人がいるだけで、その場がピチピチと活きが良くなり、元気オーラをいただけるお日様みたいな方。

今回も、お店で「あら〜〜〜〜♪せんせ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」と飛びついてくれます。




50年前から製法の変わらない大きな四角い「天ぷら」、ソウルフードですね。

こういうのをちぎってかじりながら、日本酒なんて美味しいに決まっています。

このお店で有名なのは「とうふ蒲鉾」上品な滑らかな味はワインにあいますね。


「食べてみて、食べてみて、これも、こっちも食べてみて」と次々に。ここに映っていない新作もずいぶんいただきました。

「今度、こういうの作ってみてくださいよ」と私がひとこと提案すると「うん、うん、やる、やってみる、いいね、うん♪」と、もう走って試作しそうな勢い。即やる!!蒲鉾パワーでしょうか。


「小浜ビジネスホテル」の女将さんと、お嫁さん。ああ、しまった、お名前を聞き忘れた。すみません。

地方の海辺の小さなビジネスホテルです。でもしっかり天然温泉がかけ流しです。湯の花の巨大な塊が温泉の流れる口になっている、まるで古木のようでした。ああ、この写真も撮り忘れた。



女将さんと前日にちょっと会話した時、特産のジャガイモの話になりました。

食べ方のことを聞いたいたら「ジャガイモの団子汁美味しいですよ」とのこと。もちろん「え?それ食べたい」とリクエストして、朝ごはんにご登場となりました。

普通の朝ごはんですが、この汁が「雲仙ジャガだぞー」と胸を張っています。

箸で割るとほっくらと、口に含むとジャガの香り、そして、あら、意外にお餅のようにねっとりと。

「私よりうちのお嫁さんが作るの上手いんですよ」と女将さん。「ジャガをすりおろして、ザルでこすと、水分とその下にはでんぷんの白い粉がたまるので、水は捨てて、そのでんぷんとザルのジャガとを混ぜて団子にするんです」とお嫁さん。

そんな手のかかることをしてくれたんだ・・・。「特別じゃないんです、連泊のお客さんにはよく出すんです。喜ばれますよ」と女将さん。

ほっとする味でした。

どうでしょう?いずれも味を支える女性たちです、女性による地域の味です。もしこのおばちゃんたちに会わずに、この味に触れずに、ただ景色を見て、旅館料理だけを食べて帰ったら、観光地はどこものっぺらぼうでしょう。

こういう人たち、こういう味を大事にできる土地が、この時代生き残っていくと思います。

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ちょっとしたこと 手づくりの交流拠点 2018/09/02 9:59 pm

おなじみの紀の川市に観光交流拠点が、オープンしました。

驚くのは多くの市民が実際に手を下して、ワークショップで拠点整備していることです。

壁を塗る、テーブル・イスを作る、配布するマップの情報集めも市民参加。

誰かが作ってくれた場所よりも、自分の時間が染み込んだ建物には最初から愛着がわくはずです。

観光まちづくりを進める、市民の心の拠点にもなることでしょう。
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果物産地紀の川市では(一社)フルーツ観光局という組織ができて、今、日本版DMOになろうと手を挙げ邁進中です。

その事務所も入るのがこの建物。「猫駅長」で世界的に知られる和歌山電鐵貴志川線・貴志駅の目の前に9月2日にオープンしました。

私と長いお付き合いをしてくださっている、紀の川市職員の方が「できたぞ〜!」とポーズをとっておいでです。(笑)

その後ろにそびえる?のがその建物。ビルディングでもないし、小屋でもないし、なんとなく親近感が持てるプチサイズ。

なんといっても2階の目玉状の窓がユニーク。用がなくても思わず覗いてみたくなる、チャーミングな拠点施設です。

1階には、フルーツを活かした品物が。特産の桃がふんだんに使われたジャム。市民グループが地元創業企業と開発した「桃ハンドクリーム」。ハッサクのお菓子。等々珍しいものが並びます。







とにかく外国人のお客様の多い貴志駅です。ここにはいろいろな言語のパンフレットがずらり。

この拠点で相談して、「そうか近くでイチゴ狩りして帰ろう」とか「ほう?古い日本の農家や古墳があるんだ。ブラブラ歩てみよう」「名刹までサイクリングに行こう!」なんて思ってくれればいいわけです。


注目はこのマップ。高齢者には少し見にくいですが、駅近くのミニ情報が“下手上手”なタッチのイラスト・文字で描かれています。

これこそ市民参加の手作りマップ。何回もワークショップが行われ、貴志駅に降り立った人に10分くらいで歩いてほしいポイントを市民目線で実際に歩いて整えました。

プロの広告屋さんや、旅行代理店だったらまさか観光資源とは思わない、瓦屋根の鬼瓦や、苗木の畑、田んぼや、小さな祠、地元の和菓子屋まで、英語でご紹介です。

「外国人さん見てね、観光客さん歩いてね」という市民の気持ちが、素人づくりだからこそジワジワと伝わってきます。このマップだけ持ち帰ってもいいお土産になるでしょう。

2階に上がるとお茶会をやっていました。

茶会と言っても緊張しないゆる〜いお茶会。ここの市民有志が立ち上げた「ふるうつ流」というお茶の流派?

茶菓子は地元の果物使用。お茶は自分で点てたり、点てだしだったり。とにかくリラックスする茶会なのです。

この日のお菓子はマスのなかに、イチジクの寒天寄せその上にブドウ、ナシ、そして白餡。

果物はもともと水菓子と呼ばれていたのですから、その甘さがお菓子のように思えてきます。

抹茶にあう!

玄関に「ふる〜つ茶会」と大きな幕がありましたが、この幕とともにあちこちで、もう何回もこの茶会は開かれています。

ふと見ると、テーブルに果物の絵。あ、これも手作りなんだ。


藤の実と、フェイジョアの実が活けられて。これもフルーツ?

こんな設えの観光交流拠点なんて、いいですね〜。








あら、壁も手作りです。珪藻土を市民の方々がワークショップで塗りあげました。

紀の川のイメージの流れが描かれて、あちこちにフルーツが。







よく見ると壁の果物はビーズでできています。これをどんな人がワクワクしながら壁に貼り付けていったのか。

それを想像してまたワクワクします。






驚いていると、「テーブルの下も見てください」とご案内が。

あらまあ、茶会をしているテーブルの天板の裏側には子どもたちの落書きです。

親子でこのテーブルや椅子をつくり、記念に落書きをしたのだとか。参加した親子は、「僕の椅子」「我が家作のテーブル」といつまでも自慢できますね。

市民参加の拠点整備を考え数々のワークショップを企画運営した地域おこし協力隊の新美真帆さんです。

これまでの普通の市職員さんでは、なかなかできなかったことにチャレンジしました。

全国各地に観光交流拠点施設は山ほどありますが、どれもがかっこよすぎたり、ハードはいいのに中身が伴わない、居る人に熱意が無かったりが多いものです。

市民参加、いや市民主体が観光まちづくりの基本。これからもこういうワークショップをどんどん企画していってほしいものです。

建物2階にある丸窓は小さな穴を手で回すと、外から見て目がクルクル回るという仕組み。

小さな拠点ですが、ここから市域はもちろん、世界360度を見回して、目が回るほどの楽しい交流を起こすように。

応援していますよ〜。

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ちょっとしたこと デカンショ節 2018/08/13 2:54 pm

兵庫県篠山市の民謡で、毎年8月15・16日には「デカンショ祭」としてやぐらを囲んで総踊りが行われます。

昔、篠山の若者から旧制一高の学生に伝わり、宴会のはやし唄として広まったため、年配の方々はご存知でしょう。

ただの盆踊りの曲かと思うと、歌詞がなかなかいい。「半年寝て暮らす」とか「酒は呑め呑め」「唄うて廻れ世界いずこの果てまでも」と、スローライフソングなのです。
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「デカンショデカンショで半年暮らす ヨイヨイ あとの半年寝て暮らす ヨオーイ ヨオーイ デカンショ」

私が知っている「デカンショ節」この歌詞。どこでどう覚えたのかは定かではないですが、「デカンショ節?知ってるよ」とこのくらいは唄えたものです。

それがこの度たまたま篠山市でお仕事をすることになり「え?ここの歌なの?」から始まったわけです。

私に常識がないといえばそうなのですが、若い人に聞くと「デカンショ節???」とその歌の存在そのものを知らない方が多いのが現実です。

ならば調べましょ、伝えましょう、とこのブログです。


篠山には「篠山城址」の近くに「丹波篠山デカンショ館」があり、この歌の歴史が分かります。

もともとは江戸時代から篠山地方で唄われていた「みつ節」という歌が元歌だそうです。

一年中続く厳しい農作業や労働から解き放たれて、盆踊りに酔う。夜明けまでこの歌と踊りが続いたようです。

旧篠山藩青山家は、明治になり廃藩後、篠山の若者を東京に招き学ばせました。

その若者たちが夏、避暑に今の千葉県館山市に泊まった時、声張り上げて唄った歌がこの盆踊り歌でした。

同じ宿にいた旧制一高(現東大)の学生が気に入り、この歌を覚え、東京に戻ってからも唄いまくったことでやがて全国に広まったのだそうです。

日本各地から集まっていた一高生が、この歌の媒体となり流行らせたのですね。


「デカンショ」の意味は「どっこいしょ」から。丹波杜氏の出稼ぎが盛んだったことから、「出稼ぎしよう」。哲学者のデカルト、カント、ショーペンハウエル、の頭文字。などの諸説がありますが、特別な意味は無いようです。

戦後、篠山の盆踊りを篠山の伝統であるデカンショ節に統一しようと、1953年、各地区の盆踊りを統一し大会が開かれました。

その後、「デカンショ祭」として年々盛んになり、兵庫県下最大の民謡の祭へ。1970年大阪で開かれた万国博覧会では、400名の踊り子が出演したそうです。

と、歴史はこれくらいにして、この歌詞を眺めましょう。

囃子言葉は同じものの、時代の移り変わりの中で次々と歌詞が加わり、いま約300くらいあるのだそうです。

さらに、毎年公募で新作が集められ受賞作品が加えられています。


そんな中で古くからの歌詞の10選があります。

|闇伴鳥鎧害箸留遒(ヨイヨイ)花のお江戸で芝居する(ヨオーイ ヨオーイ デカンショ)

※以下囃子言葉は一緒

▲妊ンショデカンショで半年暮らす あとの半年寝て暮らす

C闇伴鳥核洩弔僚里如(孤霖辰┐携少年

っ闇伴鳥鎧咳なれど 霧の降るときゃ海の底

ゼ鬚楼め飲め茶釜でわかせ お神酒あがらぬ神はない

ζ腓量端鬚呂匹覆燭つくる おらが自慢の丹波杜氏

盆のお月さん丸こて丸い 丸てまんまるこてまだ丸い

┐錣燭靴稈闇箸両〃育ち 中に甘味も渋もある

雪がちらちら丹波の宿に 猪が飛び込む牡丹鍋

デカンショデカンショと唄うて廻れ 世界いずこの果てまでも

,鉢は都市と田舎の、地方から世界を視野に、というスケール大きい交流の歌です。
△脇くのと同じだけ休みましょう。ライフスタイルの話。
は東京に出なくとも、地方で文武を鍛えられるという教育の考え方。
い筬はスローフード。
高度な技術自慢。

などなど、深読みすると実にいい歌詞なのです。そしてこの歌に出てくる光景や歴史がしっかり保存されている。

そんなことから、この「デカンショ節」をテーマにしたストーリーは2017年日本遺産に認定されています。

先日、篠山にうかがうと、「デカンショ祭」の直前、街は「デカンショ」の言葉だらけ。横断幕が特産の黒豆畑の上に張られています。

この地で育った子どもたちには「デカンショ」は日常語なのでしょう。

「デカンショ節」の歌詞も曲ものびやかで、知的で、郷土自慢で好ましいのですが、なんといっても自分の住む土地に、皆が唄い踊れる「歌」があることがうらやましい。

地域がひとつになれるものがあることは、力になるなあと思いました。だからこそ、市名変更が実現しそうなのでしょうね。

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ちょっとしたこと 会いたい人 2018/07/08 10:43 pm

2015年秋のスローライフ・フォーラムは雲仙市でした。そこに参加していたジャガイモ農家の若者が、私のFacebookにコメントをくださいました。

彼はバンドもやっていて7月にまちおこしのコンサートを計画中。急に会いたくなってメッセージし、今回、彼の軽トラの助手席に乗る機会を得ました!

すると今度は彼が一度会いたかったお醤油屋さんに電話し、私が接着剤で2人が会うことに。

いい出会いとなりました。
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2015年11月1日開催のフォーラムです。
雲仙市のこれからについて、前日、4つの分科会を開催し、その結果を踏まえたシンポジウムが行われました。







この時、各地から雲仙市を訪れたスローライフ学会会員は、雲仙が北海道に次ぐジャガイモの産地えあること。

ジャガイモ畑が雲仙の独得の景観を作っていることなどを学んだのでした。

盛り土したこの赤い土と、独特の石垣が印象深かったものです。


今回、私が目にした荒木政勝さんの記事です。ジャガイモ農家が時々バンドマンになる。

さらに、彼の仲間は、長崎の調理師学校と連携し、棚田で米を育て、その米粉でお菓子を作り、地域の高齢者を訪ねているのでした。









千々石(ちじわ)という海辺の地区、ここで彼と待ち合わせ。そして荒木さんの軽トラックの助手席に乗せていただきました。

おそらくしばらくの間、助手席に人が乗った気配はありません。でも、今夜の酒宴用なのか、青々とした今採ったばかりのシシトウガラシがピカピカ光って転がっています。



荒木さんです。フォーラムの分科会では私の担当のところではなかったので、しっかり顔を覚えていないのですが、彼曰く
ー。

「懇親会で夜中まで飲んでたら、『いい加減にしなさい』って怒られました」とのこと。

確かに、シンポジウムの前日の飲み会で、「もう寝なさい」と私、言いまくったことは覚えています。その一群に彼はいたのですね。

今の活動をとつとつと話す荒木さん。髪は茶色で、しっぽ?のように伸びているところもある。いかにもそれがミュージシャンらしいのですが、活動は大まじめでしかも芯がある。

そこらの都会の軟弱な若者と違う、厚みを感じました。

7月末に開催の“#ミニフェス”のTシャツ。「これも農家のデザインですよ」と。

いろんな人やことが赤い絆で繋がっている、イラスト。彼らはこれを売って、フェス開催の費用を作っているのでした。

「みんなで地元を盛り上げたいから」いろんなことを考えているそうです。コンサートだけでなく、収穫体験や地元の売店なども。

ジャガ農家や水道工事屋さん、釣具屋さん等が、腕まくりなんだそうです。

地域にはそれぞれ、頑張っている人がいるなあ〜と実感します。

荒木さんが電話をしていると思ったら、相手は地元のお醤油屋さんの奥さんでした。

山中ひとみさん、荒木さんとFacebook友達ですが二人は会ったことはありません。

ちょうど「東京からこんな人が来ている」というのはいいきっかけ。荒木さんに連れられてお会いしまた。

「荒木さんとは、バケツの中に何か入れて置くなんて物々交換はしてましたけど、会うの初めて〜」と笑います。


ここでは、この土地で愛される、少し甘い味のお醤油や味噌を造っています。












「うちの工場古いから、撮らないで〜」とひとみさんはおっしゃいますが、お醤油のいい匂いが満ちた工場では、ちょうどお醤油を絞っているところ。

「絞ったカスは、栄養があり塩分もあるので牛さんが食べてくれるんです」と教えてくれました。



「とにかくみんな古いから」と言いながら、ひとみさんは「こんな小切手打つ機械もあるの。穴あけも」と見せてくれます。

道具博物館のようです。







何でもチャレンジのひとみさん、醤油の原料の大豆を育ててみようと、ご近所の方から大豆を分けていただいていました。

「このくらいの間隔で蒔いてね」とご近所さんが丁寧に教えています。





工場内には、大豆も麦も塩もすべて長崎県産の物を使ったという樽もありました。

なかで旨みが静かに育っているのでしょう。








こんな出会いの後、荒木さんのジャガイモ「デストロイヤー」で一杯をする楽しさ。いい夜になりました。

きっとまだまだ市内の人で、出会えばいい人が出会っていないのではという気がしました。

そんなきっかけに私がなれるなら大喜びです。よそ者が地元の人を繋ぐ。人と人が掛け算で化学反応を起こして、何かが始まる、変化が起きる。

そんな接着剤や導火線になれれば・・・。荒木さんと山中さんを見ながらそう思いました。

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写真でみるゆとりある記

八戸・みろく横丁のエコ活動
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日立市で
和歌山県湯浅で醤油作り

連絡先

野口 智子 のぐち ともこ
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局
ゆとり研究所

TEL 090-7433−1741
E-Mail yutori@noguchi-tomoko.com

NPOスローライフ・ジャパン
〒160-0002 東京都新宿区四谷坂町9−4 リカビル301
TEL 03-5312-4141 FAX 03-5312-4554
E-Mail slowlifej@nifty.com


略歴

<野口智子(のぐちともこ)>
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局長
千葉市生まれ。東京でコピーライター、プランナーを経験。1977年静岡県に移り企画・編集プロダクション設立。
1992年ゆとり研究所を開きコンサルタント業務を開始。
ライフスタイルの提案、「一店逸品運動」による商店街の活性化、時間消費型観光おこし、人材育成などの分野で活動。
2000年からスローライフ運動を開始、2003年スローライフ・ジャパンを設立、現在、事務局長・副理事長。
2006年から活動拠点と自宅を東京へ。現在はスローツーリズムの提案、商品開発、地域観光の育成、都市と田舎の交流、移住・定住プロジェクト、“食”をテーマにしたまちおこし、などに力を入れている。住民参加の独自の楽しいワークショップが得意。
現在、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域再生マネージャー(ふるさと財団)、国土審議会半島振興部会委員。