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ちょっとしたこと 野口式自動水やり器 2017/06/24 9:05 pm

私は花が好きです。でも庭はなく、やたら出張があります。鉢花を何度も枯らしてきました。

ところが昨年、大発明をしました。靴紐を鉢の土のなか上下方
向にあらかじめ仕込む方法。

片端は鉢穴に出し、紐の上から土を入れ、花を植える。鉢の上にもう一方の紐端を出して、ペットッボトルの水に浸ける。

毛管現象で紐に水が染み、土を潤し鉢底まで。2週間の留守もOK、お試しを!
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この図を見てくださればお分かりかと思います。











現物となると、少々汚い写真となります。これは、前に植えていたものを捨てて、新たに植えようとしています。

紐は何度も使いまわしできます。100円ショップで売っている、木綿製?の靴紐が一番いいようです。靴紐でなくとも、厚みと長さがあって、水を吸うならOK。紐は2本くらい入れた方が、安心です。






鉢底からはたっぷり出します。鉢底に敷く皿にたまった水が上にも上がって行くように。









紐の上から、鉢底石やら土を入れます。












そして苗を植えると、紐は長く外に出ていますね。家を空けないときは、この紐が少々邪魔ですが、私は、鉢にクルクル巻き付けておきます。








そして出かけるときには、大きなペットボトルにたっぷり水を汲み、紐を浸けこむわけです。












写真は2週間家を空けた後。ペットボトルの水はすっかり鉢に移動して、花は元気。











特許申請しようかしら・・・。出来ませんね(笑)
今回は、緩くて軽いお話でした。

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ちょっとしたこと 「和」という墓 2017/06/05 1:19 pm

父親の23回忌でした。久しぶりの墓参り、姉夫婦とその子ども・孫、わが夫婦、94歳でまだまだ元気な母親が集いました。

なぜ父はお墓に「和」と一文字刻んだのか?母から説明がありました。

「結婚してもしなくても、どんな姓を名乗っても皆が仲良く入れるように」とのことでした。

「私の後に皆さんどうぞ」と笑う母。はいはい、喜んでつかわしていただきます。
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うちの父は9人兄弟、男女混じった9人のなか男の4番目のため志郎の名でした。家は医者、両親は忙しく幼いころから一番上のお姉さんの嫁ぎ先に弟・吾郎さんと預けられます。

そこはお坊さんであり哲学者の家、雑巾がけなどをしながらも人間としての基本を仕込まれたのかもしれません。母のように慕うこのお姉さん、私にとっては叔母の話、世話になった叔父の話はよく出てきました。

父のおじいさんに当たる人が福沢諭吉と交友があったとかで、父は慶應義塾一筋、慶應ボーイと自分を呼んでいました。雨の中の学徒出陣の行進の録画がテレビなどで流れると「お父さんはあのあたりにいて先輩を見送ったよ」と話していました。

慶應義塾大学の機械工学を出た割には英語に長けて、やがて海外輸出の多い機械のセールスエンジニアになります。

千葉市検見川町の米屋であり市会議員を長くしていた家の次女・母と結婚。苗字は父側の野口を名乗りましたが、母の実家に入る形での結婚でした。

それから当時の省線に乗って、新大久保の会社まで通い続けるサラリーマン生活でした。

高度成長期の営業マンは飲むのと麻雀接待が主です。毎晩どうやって帰って来たのやら。子どもながらに、深夜お酒の匂いをさせて戻り、倒れ伏してゴーゴーと嵐のようなイビキで眠る父に、身体は大丈夫かと心配したものです。私がお酒が強いのと、イビキがひどいのは父譲りです。

父から大きな声で怒られたことはありません。「智子はいつも笑っていなさい」といつも言っていました。ふと見ると、父が私を見ていることがよくありました。「何見てるの?」と聞くと「智子が面白いから」と答えます。

そんな父が大好きだったのは高校ぐらいまで。だんだんあまりにも穏やかな父が、つまらなくなり怒りを覚えるようになります。反抗期ですね。

そんな跳ね返りの私に父が言ったこと。「着物で一人で酒の飲める女になりなさい。昼からお酒が飲めるのは蕎麦屋だからね。ザルを頼んで、海苔のついてるところで一合。残りの蕎麦で一合。それくらいにした方がいい」と教えられました。

そして高校卒業後、学生運動にかぶれた私は家出をします。

父と再び会ったのは数年後でした。私の居場所を探しあて訪ねてきたときに、言った言葉は「苦労したね」。この時も怒りませんでした。

今思えば、平和で温かで笑顔のある、そんな極く平凡な家庭をつくることに、父はずっとあこがれていたんじゃないかなあ。

父の日曜日の夜、くつろいだ印象深い光景です。まだ私が小学生の頃のことです。家の小さな畑で自分が作った枝豆を食べながら父がビールを飲む、ナイターやボクシングをテレビで見ながら飲む。膝の上には私が座っている。

父が座卓の上の枝豆を取るたびに私の口にも入る。ビールを注ごうと手を伸ばすと、父の顔が近づき私のほほに髭がザラリとさわる。

そのうち缶ピースをプシュッと開けて、甘い香りの煙をくゆらせる。「ほら」と見せるのは、ポッ、ポッ、とほっぺをたたきながら作る煙の輪っかでした。

父と仲直りし、もともと喧嘩もしていないのですが、旅行に行ったり私が住んでた静岡に父が泊りに来たり、そんな晩年がありました。

あるときポツリと言いました。「お父さんは、智子を守れなかったんだよ」

今でもその意味が釈然としません。温室のような家庭の中に、「和」の中に、入れておきたかったのか?「でも、出て行った私は、とても幸せなのですからそれでいいじゃない」というようなあいまいな返事を言ったような気がします。父はもっと深いことを言いたかったのかもしれません。

母と相談しながらお墓をさっさと造ったようです。それは冒頭の「和」という字だけのお墓でした。墓地で見渡すと、○○家の墓としないところがいくつかありました。

そういう時代なのでしょう。そして父の場合は、自分が求めた和やかな永遠の家庭をお墓にも、だったのかと思います。



23回忌は母の誕生日も兼ねて。皆でイタリア料理です。父は皆がそろった姿を見ながら大喜びだったはずです。代わりに私が、シャンパンを一本飲みました。

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ちょっとしたこと 虫に想う 2017/05/21 9:43 pm

名著『どくとるマンボウ昆虫記』を読んでいます。北 杜夫さんの虫に対する観察眼とその文学的表現に、虫への愛情を感じます。

都会の女性は虫嫌い、マンションに虫を寄せ付けない。それでいて無農薬野菜や美しい自然を求めがち。

緑豊かな田舎は虫だらけ、夏にはガラス戸びっしり虫が集まります。ナチュラルに暮らしたいけど虫はイヤなんて、虫はいったいどうすればいいのでしょう。
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虫の話題なら尽きません。

観光地のある旅館で、「部屋にトンボがいて、怖くて眠れないから捕ってくれ」とお客様からのクレーム。子どもならともかく、大人の男性。番頭さんが窓を開けると、バタバタ羽ばたいていたトンボはサッと出て行ったとのこと。

IT系の仕事についている若い男性、部屋には造花を飾る。「本当の花や観葉植物は、虫がきそうで気持ちが悪い」とのこと。

高層マンションで育った子どもたちが通う武道の道場で、その子たちの世話を私がしていた時のこと。きゃ〜〜と逃げ回る子どもたち。「先生、つかまえて」「虫がいて稽古できない」これ、たかが蚊一匹の話です。

無農薬野菜をウリに料理を出す田舎のレストランで、一匹のハエ。近くの牧場から飛んできたのでしょう。「嫌ね、不潔ね」と女性客。じゃあ、無農薬野菜など食べるな!



自然一杯のなかで暮らしていれば、好き嫌いなど言えない。だから、これほどまでに嫌うのは都会人です。いつからこんなに虫嫌いになってしまったのでしょう?

確かに私だって、ムカデが天井からポタンと落ちてくる、大きな蛾が粉をバタバタ落としながら電気の周りを飛ぶ、蜂が部屋に入ってくる、など好むわけではありません。

かつて泊まった民宿で、布団に入っていたカメムシ50匹くらいをガムテープでつかまえた夜もありました。この時は「このカメムシの人生は・・なんて」考える余裕もなく、殺戮を繰り返したものです。

でも、普段はそうそう虫を嫌いませんし、我慢もできるつもりです。



湿り気のある草原は、よく見ると土かと思えば全体がうごめくように虫がいます。土を少しいじれば、軍手はちいさな虫だらけ。名前も知らない動くものが、圧倒的に私を囲います。

そんな中に、虫嫌いの若い女性や子どもが入ったら、パニックして気絶するのではないでしょうか?

きれいな緑、そこは虫だらけなんです。虫だけでない、トカゲも、カエルも、ネズミも、狸も、アナグマも、キツネもたくさんの鳥もいる。もちろん、鹿も、猪も、クマも。

書ききれないとんでもない種類のおびただしい生き物の中に、ほんの一時お邪魔している人間なのに、偉そうにしているから、蚊一匹で悲鳴を上げるようになる。



田舎と都会と行ったり来たりの暮らしをしていると、都会人のそんな傲慢さが露骨に見えて、腹立たしく、ひ弱さににあきれ、怒るわけです。

このブログで怒ったところでどうしようもないのですが、虫嫌いの都会人、あなたたちおかしいですよ、とだけはどうしても言っておきたい。

もしもあなたが、姿を現しただけで悲鳴をあげられ、嫌われ、殺されそうになったら。いったいどうしますか?虫にも言い分はあるでしょう。



今いる、和歌山県紀の川市の家で、ツバメが雛を育てています。黄色い口を開ける雛めがけて、1分おきくらいに親ツバメが餌を運びます。

ピンボケですが、一羽の親が巣にとまり、もう一羽が羽ばたいた瞬間です。親ツバメに捕らえられ、雛の口に運ばれる虫たちは、いきなり殺虫剤をかけられる虫よりは幸せなのでは、なんて考えてしまします。

北 杜夫さんのフンコロガシの解説などを読んでいると、一度この虫にお会いしたくなります。うやうやしくご挨拶などしたくなるわけでした。

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ちょっとしたこと ワークショップのコツ 2017/04/24 1:32 pm

先日の「さんか・さろん」でワークショップの話をしました。地域づくりの場で、住民意見を引き出すためのコツについて。

いきなり高度なワークショップメニューをされる専門家もありますが、私は逆。

「カタカナを使わない」「ポストイットを使わない」「飲食しながら」などを大事にします。

さっきまで畑を耕していた高齢者が、さっとできる方法にこだわり続けています。
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NPOスローライフ・ジャパン、スローライフ学会の毎月の勉強会「さんか・さろん」での話は、「市民の意見を引き出し実行まで繋げる“ワークショップ”のいろは」というタイトルで話ました。(写真は「さろん」の様子。2017年4月18日)

まずワークショップ(以下WS)とは何か?そして私がいつもしているWSは、いろいろ種類がある中でも「地域を活性化へむけて計画立案のためではなく、実践・人づくりのため。現実おこしのもの」であることを説明。

そして、WSで進めた事例として、奈良県十津川村谷瀬集落「ゆっくり散歩道」の話。もう一つは和歌山県紀の川市「フルーツ・ツーリズム」について紹介しました。

そして、いつもどこでもやる私のやり方をご紹介し、(ここでは割愛)最後にWSの進行や内容よりも、実は大事にしているコツ、ツボの話に至りました。

この辺のことは前にもブログにしたとは思いますが、今回の「さろん」に参加したかったができなかったという方が何人かあり、また、再後半の話、このコツ・ツボのあたりの話題が好評でしたのであえてもう一度書いておきます。ワークショップの「い・ろ・は」として話したことです。

私はよくコンサルタントの方々が好んでおやりになる手法「SWOT分析」“外部環境や内部環境を強み (Strengths)、弱み (Weaknesses)、機会 (Opportunities)、脅威 (Threats) の4つのカテゴリーで要因分析する”なんてことより、こういう小さなことが一番大事かと思う者です。

なぜなら、「SWOT分析」などができる人は、都会のパソコン使いのお兄さん・お姉さんか、学生・学者くらい。こういうやり方は地方の現実には全く用をなさないからです。

お決まりのこういうやり方をどこかの地域に持ち込んで、「さあ、地域おこししましょう。意見をだして地域を分析しましょう」なんてコンサルタントがいたら、大馬鹿野郎!と怒鳴りたいところです。(実は多いのですヽ(`Д´)ノプンプン)

ま、そんなことは置いておいて。コツ・ツボの話に進みましょう。(写真は先日の紀の川市でのワークショップの様子です。2017年4月231)



















〆造訃貊蠅傍い鯢佞韻
たいてい、女性同士、同じ職場同士、夫婦、など、いつも一緒にいる人が一緒に座りがちです。これを解きます。なるべく知らない同士が隣り合わせになる。知り合えるし、自分一人での参加という個の状態にもなれる。もちろん、上座下座などありえません。

▲タカナを使わない
ワークショップという言葉すら、そもそもカタカナ。なので、「寄合」といったり、「わいわい会議」とよんだり。

その席上で、コンセプト、モチベーション、プライオリティー、なんて言葉などもってのほか!

主人公が誰なのかその人たちに言葉を合わせないと。それなのに、かっこつけてコンサルタントぶっている人ほどカタカナを使いたがるのです。



















ポストイットを使わない
WSというと、書いてペタッと貼れる付箋、ポストイットは便利で欠かせない。が、ポストイットがないと、話し合いができないとなると困ります。

第一、食料品店もない田舎の集落で、地元の人だけでWSをやるなら、どこでポストイットを買うの?ですね。

それに、小さめの付箋にボールペンでちまちま書いたものは見にくい。おじいちゃん、おばあちゃんには、大きな紙で太い大きな字でのカードワークでないと。だから私はA4の紙を4等分して使います。

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耳の遠い人、膝の痛い人、目の悪い人、人前で発言したことのない人、風邪をひいている人、子連れの人、パソコンが全く駄目な人、集まる人はそれぞれ何かしらのハンディがあるものです。

そこを気を付けながら進めないと、エラソーなひとやツヨソーな人だけの地域おこしになってしまいます。

ザ間を動かす
話し合いでも、何かするにも、順番に発言となると最後の人が飽きてしまう。または、場がよどむ。皆の首が、あっちにこっちに動くような空間使いをしないと。

以前、ふと見たらオブザーバー席のような事務局席で、他の仕事をしている役場の人が居て唖然としました。

それからは、そこにいる人皆が同じく席に着き、見えない空間がないようにしています。




















Π食しながら
飲まず食わずでいいアイディアが出るわけがない。というのはこれまで何度もいっています。せめて飴と飲み物位はほしいところ。

呼びかけ側が完全に用意しなくとも、飲食しながらというやり方にすると、漬物や手作りお菓子が登場したりするものです。

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五感が心地よいか?温度や明るさ、色使い、座り心地、匂い、マイクの音量、などは後回しになりがちですが大事。

作業するのにテーブルが狭かったり、仲良く話したいのに立派過ぎる大きな会議室だったりも居心地が悪い。人という生ものを扱うことを忘れずに。赤ちゃんも参加の時などは、寝かせる場もほしいですね。

必ず全員が話す
自分が話した場は、自分の場になります。人の話を聞くだけでは他人ごとです。

「皆さんがおっしゃった通りで、他に意見はないのですが」と前置きする人に限って、新しい意見を言うものです。そのためにも、全員が意見を言えるように時間配分を。

人の発言時間を取ってしまうシャベクリマンは、途中で止めます。

お客様にしない
受付で「いらっしゃいませ」といったら、その時参加者はお客様になります。こんにちは、こんばんはでいいじゃないですか。

飲み物などを持って行ってあげるなんてとんでもない。自分で注ぐのは当たり前。注意しないと同じ参加者の女性が、飲み物を紙コップに注いで配っているなんてことが・・・こういう時はキッパリ注意ですね。

大笑いする
まあ、無理に笑わせることはないですが、なんとなく笑いがちりばめられていると、大笑いの瞬間が起きやすいです。

そのためには、私がピエロになってもいいわけです。「今日の会合どうだった?」と聞かれたときに「おかしかったよ〜」なんて答えるWSにしたいものです。



と、今回のブログは「さんか・さろん」の後半の再現。写真がないと寂しいので、つい最近の紀の川市「フルーツ・ツーリズム」のぷるぷるワークショップのしつらえの写真を入れてみました。

WSを進行する側の立場にある方、ご参考に。


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ちょっとしたこと 鳥寄せ 2017/02/25 3:24 pm

東京・新宿四谷でも、電線の間を野鳥が飛んでいます。ベランダにパンを置くとスズメ、メジロが寄ってきました。なんとなく安らぎます。

やがてヒヨドリが来て、小鳥を蹴散らし餌場をわがもの顔で陣取りました。傲慢に見えます。

すると、ついにカラスまで。ベランダは糞で汚れ始めました。

「キャ〜!かわいい鳥はいいけど、かわいくない鳥はイヤ〜!」叫んだ私が、一番傲慢でした。
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今回は、さもない話題といえばそれまでなのですが。なんだか鳥から自分の本質を暴かれたようで・・・書きます。

ここのところ、出張が多く、パソコン作業も多く、休むこともなく、暮らしに潤いがなく、とスローでもゆとりでもない日々が続いていました。

そうなると、何か可愛いものや、身近な自然などに心のよりどころを探します。

小さい頃から、実家の庭には鳥の餌台があり、父が野鳥の世話をしていました。

千葉の田舎なので、スズメやメジロ、ヒヨドリはもちろん、セキレイやムクドリ、オナガが来ていたこともあります。モズやウグイスも当たり前でした。

父の後をついて、「鳥のごはん」をやるのが好きでした。そんな思い出があるので、引っ越しの多い人生ですが、その場その場で鳥寄せをしてきたのです。

私の事務所も住まいも今は四谷ですから、野鳥は、餌ならゴミなどをあされば豊富にあるはずです。

それでも、やはり美味しいものを求めてか、パンをやればサッと寄ってくる。それがうれしくて、ミカン、リンゴ、キウイ、キャベツ、と餌はエスカレートしていきました。

餌がないと、窓越しに、のぞき込む鳥たち。「はいはい、ごはんね」なんて飼い主気分を楽しんでいたのですが。

バタバタと翼をならしカラスまで来てはもう、ダメです。窓を開けたら、あの大きな黒い生き物が部屋に入ってくるかも、と思うとゾッとする。

「メジロはよくて、何で、カラスがダメなのか」と迫られたら、論破できないこの矛盾。

「だって、カラスでは癒されないんだもの」なんて言っても世の中、鳥業界は通らないでしょう。

ヒヨドリは乱暴ですが、まあ、まあ、いいだろうと許していたのですが、このたびはひどい目にあいました。

出張があり、餌の無い1週間を過ごした鳥たちです。「別に、私の餌が無くたって困らないだろう」と思っていたのが甘かった。

帰ってきたらびっくり!ベランダに置いたシクラメンの花を、見事に食べつくしてくれました。

一度ヒヨドリがつついていたのを見たことがあります。餌がなくて、最後は花に及んだ。もしかしたら、私への当てつけなのかも。

「きっと、奴らの仕業に違いね〜」なんて、もう私の心の中では、昔の岡っ引きが「捕まえてしょっ引いてやる」というくらいの憤りとなりました。

癒されるどころか、こんなに頭に来るなんて。冷静になれば、勝手なおばさんです。わがままとしか言えません。

そもそも選り好みするなら、鳥寄せなどするな、ですね。

いまは、観葉植物となってしまったシクラメンを眺めながら、わが身を責めるのでした。

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ちょっとしたこと 新巻鮭 2017/01/16 1:22 pm

お正月に、岩手県山田町から新巻鮭をいただきました。「寒風干し」ともいうそうです。スーパーで塩を振っただけの鮭に慣れた舌には、驚きの美味しさでした。

子どものある家庭に持ち込んで、家族大騒ぎでケーキカットならぬ鮭カット。切り身しか見たことのない鮭に、実は目も口も背骨やヒレもある。塩と風は、保存だけでなく旨みも作る。

いろいろ教えてくれた、生涯学習鮭でした。
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山田町の海辺でズラリと鮭が干されている光景を見たのは、去年の12月始めのことでした。

ブラリブラリと風に揺れる、存在感ある鮭の群れ。

近くにいた漁師さんは「北海道が主で、新巻鮭っていうから、うちでは寒風干しと呼ぶ」とおっしゃいます。

とはいえ、山田でも新巻鮭と呼ぶ人も多いので、ここでは新巻きと呼ばせてください。

昔は、暮れになると東京でも魚屋さんに並ぶことが多いものでした。お正月魚として、また保存食として、大事なものだったのでしょう。


それが、冷蔵庫も輸送も普及進化した現代。何もわざわざ魚を保存しなくとも、1日からお店もやっているし、子どもは肉が好きだし、などなどで、新巻鮭は肩身が狭くなっていったはずです。

しかし、鮭の採れる土地では、採れたからには新巻きに、やはり正月には新巻きが、お歳暮なら新巻きを、鮭を食べるなら新巻きだろう、と食文化が強く残っているわけです。

そこで、そもそも新巻きとは?とひもどくと。簡単に言えば鮭を塩にして、さらに干したもの。昔の保存法です。

私たちがよく「鮭」と言って買っている物を思い出すと、サーモンや生鮭は別として、「ふり塩」とか「塩鮭甘口」とか「辛口」とかになります。

これは、塩を振っただけのもの。または塩をまぶし保存したものでしょう。(だと思います)


新巻きは、というと・・・。鮭の全身に塩をすりこみ、重しをして5日間ぐらい置く。こうすると、身の水分が抜けて、つまりは鮭の塩漬けができる。

これを今度は塩を洗い流し、塩抜きし、そして寒風に1週間くらいさらす。この塩抜きと風によって乾燥させることで、初めて新巻鮭になっていく。

乾燥肉の旨味ができあがるわけで、ただの塩鮭ではないわけです。だから、そう思って、干されている鮭の身体を見ると、皮はバリッと乾いて銀色のバックや靴になりそう。身は一見ビーフジャーキーのような感じ、照りが出ています。

これを昔は、そして今でも、軒先に吊るして2〜3月頃まで食べたいる。保存のためにそうするというより、今やそうすれば美味しいからでしょう。


こんな風にあっけらかんと干して、カラスやトンビは持って行かないか?ネコはかぶりつかないか?と心配になりますが、近くに人が居るから大丈夫とのこと。

それに、海辺には、もっと生の食べやすいお魚があちこちに転がっていますから、この分厚い鮭の皮にかぶりつかなくともいいのです。

一本の値段は、鮭の大きさによりますが、4000円ぐらいから7000円位。出来あがった新巻鮭はなかなかの高級品です。



山田にいるときに、地元の方が家から焼いて持ってきてくださいました。

「輪切り?!」にビックリ。しかも厚い。ワイルドです。これを骨をしゃぶりながら手でいただく。

確かに、保存食でもあるのですから、塩気がないわけでない。減塩ライフの方には塩辛いかもしれませんが、それ以上に旨い。

塩辛かろうと、何だろうと、これは美味しい。とつい自分の血圧など忘れてしまう美味しさでした。

塩漬け、塩抜き、寒風干し、と手間のかかったスローフード。今までのふり塩鮭などとは全く別物です。



山田は鮭の土地。だから鮭まつりなどもあり、贅沢にも鮭のつかみ取りなんてイベントも。

震災後はできなかった催しが、だんだん復活し、昨年にはこんなお祭りができるまでになりました。

さて、その新巻鮭を年末にいただけるという朗報が入りました。暮れは紀の川市滞在だったので、そちらへと届けてもらいました。

岩手県から和歌山県まで、新巻君はやってきてくれたのです。




わが夫婦だけではもったいないので、お世話になっているあるお宅に持ち込みました。

箱を空けると、鮭の顔が、目がギョロリ、歯がギラリ!どや顔です。

子どもたちは大騒ぎで、ぶら下がっている縄を首にかけて、鮭ネックレスにしたり、鮭の顔の前で口を同じように開けたり。


そしてついに、お父さんが最初に切り始めました。

武器はパン切り包丁。ゴリゴリゴリゴリ。わりあい楽に刃が入っていきます。

「あれ、ダメやん?固いわ〜」背骨に当たりました、でもゴリゴリゴリ、なんとか行けます。


鮭が逃げないように?みんなで抑えるので、全員の手が鮭の匂い。子ども3人と、お父さん、お母さんとで鮭と格闘ですね。



ゴロン。「切れた〜〜〜」「わーい」

あとは、順番に、お母さんが切り、3人の子が次々と切ります。ちょうどヒレのところに当たった子は、「どうしよう、どうしよう」「ヒレだけハサミで切ろうか」云々。

すっかり乾いているかと思えば、切り口は意外にジューシー。なんとなく生ハムのような雰囲気もあります。


みんなが切っている間に、お母さんは早速グリルで焼きました。

お正月、新巻鮭が切れまして、焼けまして、おめでとうございます!です。

鮭全身を初めて見て、初めて自分で切った鮭です。皮の感触も、骨のゴリゴリも知って、そして初めて食べるこの味。

「白いご飯もほしい〜〜〜」と言いながら、パクパク。あらあらご飯が来る前に、無くなっちゃうよ。

美味しいものは、子どもにもわかるんですね。この子は、新巻鮭の味を、この経験をいつまで覚えているだろうか?

そんなことを考えながら、このお宅のお父さんと一杯が進んだのでした。



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ちょっとしたこと お雑煮談義 2016/12/26 11:11 am

毎年暮れに、我が家では必ずお雑煮の話になります。

私は千葉出身で角餅派。夫は広島出身で丸餅派。丸だ四角だと、お互いこだわるわけです。

それが先日は、岩手県山田町でクルミ雑煮をいただきました。おすまし風お雑煮の角餅を、引き上げて甘いクルミだれにつけて食べる、独特の雑煮です。

こんな食べ方もあったんだとびっくり。このお正月、丸と角をクルミで食べましょうか・・・。

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(下の写真3枚は奈良県十津川村の丸餅)


丸餅、角餅についての話題は、よくマスコミでも取り上げられますが、家庭ではどっちを買うかですから、現実的です。

私が小さいころ、千葉市の実家あたりでは、搗いたお餅を大きな箱に広げ、まずは長方形にのし餅にして、切り分けていました。

家で搗かなかった実家では、「今年は米屋さんに何枚頼むか」という風に注文していました。

暮れに、まだふにゃふにゃしたのし餅が配達されます。これを切るのは父と姉・私の役目でした。

すぐには切れませんから、1日おきます。固くなりすぎなうちに、玄関などに新聞紙やゴザを広げて。

まな板と包丁が用意されて、いざ!でした。大根も用意し、途中で大根を切ると包丁がべたつかないのでした。

なかなかコツがいり、「切りたい」「いや危ない」などのやり取りをしながら、父と切り分ける作業が楽しかったものです。

ふざけて三角形になどすると、「それは智子が食べなさいよ」と怒られました。今でも、あのお餅を切るグサッとした感触を覚えています。


そんなふうに育ってきましたから、丸餅はショックでした。
家を出てから、あちこちの地方を回り、スーパーで丸餅ばかりを見た時は、こんなものかと思ったものです。

夫は、丸が当然と育ってきたわけですね。だから「サトウの切り餅」というのを見たときは、四角い特別な切り餅という固有のものと理解したそうです。

私の姉は実家にずっといた人ですから、当初夫がお正月に実家に行ったときは混乱しました。

丸餅の話を聞いて「ええ?!お正月にみんながお供え餅を食べるの?」と。丸い餅はお供えしか知らなかったのです。

いやいやと否定しても、のし餅しか頭にない姉は「じゃあ、のし餅を丸い型で抜くの?抜いた耳はもったいない」そんな会話が続いたものです。



今、私が通っている、和歌山県紀の川市は当然丸餅。周囲に聞けば「角餅、ってどうやって四角にするんですか?」と質問を受けます。

家の建前の時だけでなく、何かといえば餅投げの盛んな土地ですから、当然、痛くない丸でしょう。

同じく通っている奈良県十津川村も丸。以前の写真を載せましたが、とにかく丸餅ですね。皆さんの土地はどうですか?

雑煮の具も話題になります。わが実家は、鰹節出しで、醤油味、小松菜だけ。

夫は鶏肉と蒲鉾、三つ葉など。いまや、我が家は混ぜて具沢山雑煮になっています。

(下の写真4枚は岩手県山田町白石で)


それが、先日は「クルミ雑煮」を体験しました。岩手県山田町です。

美味しい味を「クルミ味がする」と表現するほど、クルミにこだわる地方だけあって、正月の雑煮にクルミは欠かせないとのこと。

「雑煮の餅を甘いクルミだれにつけて食べるんだよ」と聞いたのですが想像できない!?

すると先日、集落のお母さんたちがわざわざ作ってくださいました。和クルミをホジホジし、それをスリスリし、濃い砂糖湯でのばす。これがクルミだれです。



そして角餅を普通にお雑煮の中で煮て、それを普通に盛り付け、食べる際に、やおらクルミだれにつけて食べる。

クルミを直接つければいいと思うのに、そうではない。一回普通に雑煮にしてから、です。クルミだれまで含めて雑煮なわけです。




山田の人は「クルミでなくてどう食べる?あ、ゴマにすることもあるけんど」と。

う〜〜ん、丸だ角だ、でもめていたなんて、まだまだかわいい方でした。こんなに違う雑煮もあるのですから。




新年もまた、各地の食べ物や人との出会いを楽しんでいきましょう。皆さん、良いおもちを!



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ちょっとしたこと 「フルーツカレンダー」 2016/12/12 2:26 pm

果物産地、和歌山県紀の川市で果物をテーマにした暦ができました。

市民団体が、小学生を中心に果物にちなんだ絵を募集し、集まった603枚の絵から365枚を使って完成。

季節の果物、農作業の様子、子どもたちからのかわいいコメン
トなど、みていてなごみます。地域おこしのやり方としても学べる手法。

1冊700円、スローライフ・ジャパンへお申し込みを。
電話03-5312-4141 FAX03-5312-4554
E-Mail/ slowlifej@nifty.com

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これがカレンダーです。

作ったのは「紀の川フルーツ・ツーリズム研究会」。フルーツでまちおこし、交流おこしをしている市民グループ。この中の「学びチーム」が頑張りました。






もともと見本がありました。栃木県那須町の「那須暦」。観光地であり様々の農産物のある那須では、魅力を発信しようと、365枚の絵で埋めた、那須の暦を作りました。

作ったのは「なすとらん倶楽部」という町民グループ。まちじゅうをひとつのレストランのように美味しいもの、美味しいコトで一杯にという団体です。

集まり、まちの「農産物」「農作業」「行事」「魅力」などをワークショップで書き出しているうちに、きれいなパンフレットではなく、泥臭い手づくりで描いてみようということになりました。

皆が、顔寄せあって、クレヨンや色鉛筆で、絵が得意な人も全くダメな人も・・・です。家族やご近所にも頼んで、描いてもらう。

だんだん、那須の魅力を描いた素朴な絵が集まって、それを一月ずつ模造紙に貼り付けて12か月分役場に展示しました。

描いたおばあちゃんや子どもが、その前で記念写真など撮ったものです。

これで終わりではもったいないと、町民のお一人が一枚ずつ写真に撮って、家庭で使えるサイズに編集し始めました。

そして暦ができあがったのです。その後10年、この活動は続いています。

「那須暦」をみて、紀の川では「フルーツをテーマに作ろう!」ということになりました。

これが昨年のもの。研究会のメンバーはもちろんのこと、小学校にもお願いし、つくりあげた第一作です。

フルーツに関する川柳も募集していたので、その優秀作も収められています。

昨年はこうした大きなA3サイズでしたが、今年はこれを半分にしたA4サイズのノート型、開けばA3で持ち運びしやすい工夫があります。



「学びチーム」はワークショップで何度も話し合い、小学校に協力を仰ぎ、絵を募集のチラシを撒き、9月締め切りを合言葉に皆から絵を集めました。








「料理チーム」「体験チーム」「商品開発チーム」「学びチーム」合同で開催のワークショップでは、「絵を描かなければ帰さないよ〜〜」なんて学びチームメンバーが呼びかけで、みんな絵を描いたものです。





夏の「粉河祭り」で絵を描くコーナーを設け、子どもたちにカレンダーの絵を描こうと呼びかけました。

この夏、あちこちでたくさんの子どもたちがフルーツのまち紀の川市のことを思いながら、何かしら果物とのかかわりの絵を描いたのです。



集まった絵を月ごとに分けて絞り込む。桃の時期には桃に関する絵ばかりが集まるので、編集も大変!









こうして11月から売り出されたフルーツカレンダー。これが1月のページです。

「ふるーつおせち」の絵から始まり、イチゴやハッサク、ミカンなどの話題。田舎の冬らしく炬燵でミカンの絵がたくさん出てきます。

「お母さん、皮むき係。ぼくら兄弟三人食べ係」【聖汰】
聖汰君が描いたこの作品でお母さんがむいているのはハッサクでしょう。紀の川市は日本一のハッサク産地。冬はどこの家でもハッサクをたくさん食べます。

都会では、若い親たちが「果物はむくのがめんどう」とか「爪に詰まるからいや」とかで、子どもにむいてあげないとか。子どもたちは食べるのに・・・。

紀の川市の子どもたちは幸せです。3人の子に食べさせるハッサクは、どれほどの量をむかなくてはならないか!お母さん、えらいです。


「ぼくは、はっさくとりの名人です。ことしもいっぱいはっさくとるぞ。」【おうせい】

ハッサク農家で、家族そろって収穫の様子が目に浮かびますね。幸せの絆を感じる暮らしです。







「桃山町あら川では、桃畑が辺り一面ピンク色になる。きれいな風景。」【はやと】

「きれいなお花さん、みんな大きくなっておいしいももになってね!!」【そういち】

4月。桃源郷のような春の風景、みんなの自慢です。桃と桜が同時にお花見できる。そしてそれが実って大きな桃になる、桃農家の願いが子どもにも伝わっているのがよく分かります。



「おいしい『かき』ができるように、春に『てきらい』をします。」【ゆうさく】

5月。摘蕾という作業があること、都会の子たちは知っているでしょうか?大人だって知らないでしょう。桃も、柿も、キウイフルーツもたくさんのつぼみ、花を落とし、大きな実をつけるために作業が行われています。



「おじいちゃんが、はたけからスイカを、いっぱいもってきたよ。」【めい】

「大すきなとうもろこしを作ってくれてありがとう。あまーい!」【姫香】

7月。いろいろな農産物であふれる紀の川市です。



「いちじくをとるときは、手ぶくろをするよ。」【だいち】

イチジクは痛みやすいから、汁でかぶれることもあるから。よく見ていますね。お父さんの絵なのか、おじいちゃんなのか。

月ごとに採れる果物の一口知識も載っています。

こういうカレンダーがトイレなどにあったら、ずっと読んでしまって出てこれなくなりますね。

紀の川市のこの絵を描いた大人も子どもも、自分の絵が出てくる日を、待ち遠しく眺めるでしょう。

月が終わったからといってや破る気にはならないでしょう。自分の絵が載ったカレンダーは宝物です。

このカレンダーは、今年度の「ふるさと納税返礼品」にも採用されました。

いかがですか、皆さん。皆さんの土地で、この仕組みで地域おこしをしてみませんか。子どもと地域のかかわりを作ってみませんか?

そして都会の方々、農産物がこうして手間をかけてできること。田舎の暮らしがこんなに素敵であることを、このカレンダーからほのぼのと学びませんか?

「学びチーム」にかわり、私からお分けします。ご連絡くださいね。↓

電話03-5312-4141 FAX03-5312-4554
E-Mail/ slowlifej@nifty.com

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ちょっとしたこと マイ箸づくり 2016/11/14 12:34 pm

奈良県吉野町、ものづくりの里「国栖」は割りばしの産地です。ここで箸づくり体験をしました。

割り箸ではなく、塗り箸でもなく「白木箸」です。大体の形ができている桧の箸に、やすりをかけて角を無くし電熱ペンで模様を。作業は簡単なようで繊細です。

木の香りと肌触りを感じながら作業をしていると、だんだん自分のお箸という愛着が出てきました。自分への贈り物です。
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うかがったのは少し前、秋の始めでした。箸づくり体験を「辰野製作所」に着くと、焼却炉にたくさんの木くずが。

まるでそうめんのようできれいです。割り箸を作るために出る細く薄い長い木くずはそのままお部屋の芳香剤にいただいて帰りたいくらいでした。



ここでは10年前から、箸づくりの体験を500円というお手頃値段でやらせてくれます。

ちゃんと体験用のスペースがあって、子どもたちでも家族連れでも、外国人の方々でもできます。








ご主人の辰田敬美さんが説明してくださいました。










割り箸は、杉や檜の間伐材の真ん中から建築材を取った端材で作られます。

だから、美しい木目をそろえて割り箸を作るとなると、そうそう数はとれない。







なるほど、たまに使う木目の美しい高級割り箸も、何気なく使っていましたがその木目を生み出すには、まず四角い材木をとった後、そこからの出発なわけなのですね。








さて、体験で作るのは、割り箸ではなく白木箸です。素材の木を削ったり、細工したりしただけ。漆などの塗装をしないお箸。

見本のものを持つと、軽い。そして肌に温かい。そんなお箸を作れる道具も用意されていました。

板に溝が切ってあり、ここにほぼお箸の形になっているお箸の素?を固定して、紙やすりで磨くのです。

これなら簡単です。この道具立ても辰野さんのアイディア。お箸のことをみんなにもっとわかってもらいたい、という辰野さんの熱い想いが伝わってきます。



シュッシュと紙やすりを動かすと、桧の香りがふわっとします。

だんだん角が丸くなって、手になじんでくる。ちょうどいいところで磨きをやめます。







そしてこの電熱ペンで、ちょっと模様を焼き込む。

私は、4つの側面に、トランプのハート、スペード、クローバー、ダイヤを描きました。








ね、なかなかいいお土産ができたでしょ。

普段、真剣に考えることのなかった、割り箸、白木箸、箸について興味を持ったことが、何より一番のお土産となりました。

辰野さん作の白木箸を夫用に求めましたが、とっても気に入っているようです。

「うどんを食べても滑らないし、他の箸よりこれがいい」とのこと。もう何膳が作りに行きましょうか・・・。

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ちょっとしたこと 緑化工場 2016/10/24 4:06 pm

先週の「瓦版」で、キリンビールの「○○づくり」が話題に出ましたが、先日私は緑化に熱心な企業ということで、そのキリン横浜工場を見学しました。

ビアレストラン回りには緑があって当然と思っていたのですが、その質と量にびっくり。

海抜の低い土地に大木を育て、住民の避難場所にもなる芝生広場にはバッタの逃げ場も。ビオトープも整備。公園のような散歩道は、近所の保育園や高齢者も利用。

殺風景になりがちな工場でも、努力すればできるという見本です。
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もともと横浜はビール産業発祥の地、1870年・明治3年にビール工場ができたそうです。

そしてキリンビールのもととなる日本の工場ができたのが1885年・明治18年、1888年にはキリンラガービールが売り出されたそうです。

その後、関東大震災で工場は倒れ、1926年・大正15年に今の場所生麦に移転。そして1991年に大規模なリニューアルの時から緑化が本格的に始まったそうです。

地元の人にとっては、産業の象徴のようなビールのタンク、その工場を地元の人に愛され使ってもらえる緑地にと。

あちこち見せていただいたのですが、ここでは割愛。一般の方が入れるところだけの記録にとどめますね。

とはいえ、文字だけでお伝えすると・・・社員の方々が毎日必ず通るという400メートルの通路は、足元も壁面も緑。季節の花も咲いています。

その緑のフェンスの向こうは、ビールを運ぶトラックが行き来しています。トラックの運転手さんも緑を横目に出荷。

研究棟も大きな木が屋上までにょきにょき。緑を見ながら、研究開発できる。なんともうらやましくなる職場環境でした。


一般の人が工場見学ツア―などで訪れる入口。高速道路ができても、シンボルツリーの楠の木は残したそうです。







増築工事中のエントランスプラザにも、壁面緑化が。何かできれば必ず緑化、というルールがあるのかもしれません。








ビールが楽しめる「ビアビレッジ」の横辺りから、緑の中をそぞろ歩けます。

まるで公園のような一般開放エリア。かつてはツツジの寄せ植えが主。2012年から多様な植栽をしているtのこと。

近くに住んでいれば、毎日お散歩したくなります。



ハウベと呼ばれる鎧屋根をもつ二つの煙突は横浜のランドマークだったとか。いまは使っていないのですが残してあります。

この「ヒルトップガーデン」は、普段は家族連れが遊ぶところ。そして災害時には一次避難場所にもなるそうです。ここまでくると、もう工場という感じはないですね。

実はこの芝生の丘の下を、トラックが走り抜けているのだそうです。物流とお客さまの世界を上手に分ける工夫です。


「エコパッチ」という、バッタの逃げ込み場所もありました。

バッタは近くの保育園の子たちのお友達です。







「ビオトープ」も。高速道路の下、ビアレストランの横に作ってあります。観察会やツアーの場にも。ビールをにぎやかに飲む人間たちをよそに、トンボたちがすいすい飛んでいました。







パートナー会社の社員さんが常駐管理体制で緑世話をしています。

ここに遊びに行けば、このガーディナーさんにいろいろ園芸のことを相談できる。

取材していて、なんだかうらやましくなりました。緑化などこれっぽっちも考えない企業もあるのに、近くの住人や社員の方々はいいなあ〜。

ご案内いただいた方からは「水と農産物でできているビールです。自然や緑を大切にするのは当然」との言葉がありました。

本当は世の中全体が、「当然!」になるべきなのでしょう。

量より質を目指すというビールをいただきました。知的な味がしました。

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写真でみるゆとりある記

けやき坂イルミネーション2011
佐賀県太良町で
釧路市阿寒湖の森で
栃木県那須塩原市「巻きうどん」

連絡先

野口 智子 のぐち ともこ
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局
ゆとり研究所

TEL 090-7433−1741
E-Mail yutori@noguchi-tomoko.com

NPOスローライフ・ジャパン
〒160-0002 東京都新宿区四谷坂町9−4 リカビル301
TEL 03-5312-4141 FAX 03-5312-4554
E-Mail slowlifej@nifty.com


略歴

<野口智子(のぐちともこ)>
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局長
千葉市生まれ。東京でコピーライター、プランナーを経験。1977年静岡県に移り企画・編集プロダクション設立。
1992年ゆとり研究所を開きコンサルタント業務を開始。
ライフスタイルの提案、「一店逸品運動」による商店街の活性化、時間消費型観光おこし、人材育成などの分野で活動。
2000年からスローライフ運動を開始、2003年スローライフ・ジャパンを設立、現在、事務局長・副理事長。
2006年から活動拠点と自宅を東京へ。現在はスローツーリズムの提案、商品開発、地域観光の育成、都市と田舎の交流、移住・定住プロジェクト、“食”をテーマにしたまちおこし、などに力を入れている。住民参加の独自の楽しいワークショップが得意。
現在、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域再生マネージャー(ふるさと財団)、国土審議会半島振興部会委員。