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一店逸品運動 お土産物 2016/09/05 11:45 am

富山県高岡市で、お土産物を審査する機会がありました。

銅器をはじめとする“ものづくりのまち”だけあって、民芸品・工芸品・食品・菓子と様々な力作が並びます。

私の大好きなお菓子の試食をさせていただきながら、ふと考えました。「そもそもお土産ってなんだろう?」

美味しい、かわいい、だけでなくその土地の情報伝達も重要。今の時代お土産の役割は大と実感です。
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どこかに行ったとする、そこの珍しものをお土産に買って帰る。家族に、職場に。

どこかに行ったとする、そこの人たちに、私の地元の物を持って行く。家族に、職場に。

これが、一番ポピュラーなお土産でしょう。自分の家族へなら、皆の好きそうなものを、子どもが喜びそうなものを。職場なら、お茶のときに食べられるものを。

こういう、土地を代弁するもの「どこどこに行ってきました」という情報とともに渡すものなら、相手がその土地の特色を知っていると「そうそう、○○といえば○○だよね」とわかってくれる。

または知らない人にはものを通してそれを教えるということになる。

高岡なら、銅器、漆器が産物。昆布文化があり、白エビやホタルイカも産物。大伴家持がいたことから万葉文化も。

などなど、知っている人にはものを通して確認を、知らない人にはものを通して教示を、と土産物の役割は結構大変だ。

だから、ものばかり見ていて、おいしい、いいもの、と思っても、それが上手く伝わっていないと、また、土地のお土産としたいのなら、土地との関連性をきちんとうたわないと、役不足になる。


つまり、ただの「ホタルイカ○○」という製品では、「ほう」で終わってしまう。

ホタルイカは高岡の近く富山湾で採れるイカで、とかなんとか物語が付かないと、知らない人には価値がなくなってしまうわけだ。

その辺の、説明不足が足りないよに思う。高岡に限らない、むしろ高岡の物などまだとても優秀で、頑張っている。


味だけ、物だけに一生懸命で、パッケージや説明に力を入れずに終わっている物が全国に多い。もったいない限りだ。

これはどんなにいい人でも、笑顔や言葉がなかったらいい人と分からないのと同じ。ただ下を向いて黙っていて、世間にわかってもらおうというのは甘い。

つまりは、上手におしゃべりするお土産物がいい、ということになる。

しゃべることがないなら作ればいい。商品についての物語作りは想像力だ。ネーミングも、子供の名前を付けるくらい真剣にするべきだ。

さらに、最近の流れが土産物にはある。昔は、安くて多量なら良かったが、個別包装、少量多品種などは今や当たり前。

確かに昔はお徳用という感じだった袋入りのものが、2人家族でも食べきれるくらいの小パッケージになっていてうれしかった。

包装にもセンスやデザインは欠かせない。どんな服を着ているか、からもその人が分かるのと同じことだ。

では、全部が全部そうかというと、一筋縄ではいかないのが今だ。

お土産を自分のために買う人も増えた。「自分へのごほうび」というものだ。

そうなると、土地柄が溢れるものでも、溢れないものでもよくなってくる。

高岡で買った銅製のマウスパッドでもいいし、高岡で買った高級下着でもいいコトになる。

現に私も、高岡で買ったという思い出があるパジャマをもう何年も着ている。

「見たて」というものもある。高岡のあるお店で見つけた素敵なイヤリング。別に高岡名産の物でも技でもないけれども
高岡のあのコンセプトショップの見たてが気にいったから、という購買動機になる。

こうなると、品物そのものの発信力や提案力が勝つわけで、地場産品というのはその「見たて」そのものになってくる。昆布でもエビでもなくなるのだ。

なんでわざわざそれをそこで買うのか、というようなものを私もそうとう持っている。

佐賀で買った帽子、青森で買った急須、奈良で買った鎌、静岡で買ったリュック、などなど。

こうなると、土地の産物や、土地の技術にしがみついての土産とはまた全然違ってくるわけだ。

おそらく、かつての観光地にあった「土産物屋さん」で売っていた「土産物」は、ほぼ姿を消した。

産物や土地の物語がきちんと語られ伝えられている上質の物は、今でも土地を代弁するお土産として存在するだろう。

しかしそれも、東京の住人は都内に集まる各地のアンテナショップで日常的に買えるし、全国の人もネットで取り寄せられる。


土産物という言葉すら、もう過去のものとなっているのかもしれない。

産物にこだわらず「高岡に行ったらこんな面白いものがあった」とか「高岡ではこういうものが見つかる」という分野に、踏み込んでいかなくてはならないだろう。

さらに踏み込むなら、「高岡のあの人たちがつくるもの」「高岡のあの人が選んでいるもの」ということにこだわっていかないと、と思う。

なぜなら、人は大量生産できないし、ネットで取り寄せもできないからだ。

こんなことを、かまぼこや、魚のすり身のお好み焼き風や、辛いカレーや、ヨモギまんじゅうや、糠さばや、こぶ締めなどを食べ続けながら、私は考えていたのでした。

※写真と文章はイコールではありません。

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一店逸品運動 おかみさん力 2016/04/11 10:51 am

6月8日、宮城県南三陸町で「ニッポンおかみさん会全国フォーラム」があります。その進行役を仰せつかり、打ち合わせに岡山県新見市へ実行委員の方を訪ねました。

フォーラムの詳細は今後に回しますが、うかがってみて地方の商店のおかみさん達は大変だなあ、と実感。

かつて商店街が栄えていた頃とは、違う動きを迫られています。でも、笑いながらしなやかに、おかみさん力ですね。
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新見市は岡山県の西北部、広島県、鳥取県と接する人口3万500人ほどのまちです。

石灰質の大地の上にまちがあるとのことで、確かに岡山から特急やぐもで向かう間、新見に近づくと石灰を採る岩肌や、鉱業系の現場や企業が見受けられました。

歴史は古く、平安時代に新見荘が置かれたとか。たたら、鉄の産業も盛んだったところです。

ここにうかがうのは2度目。お訪ねしたのは、ここのおかみさん会の重鎮でした。その方は今は、全国おかみさん会の方で活躍されていて、地元新見のおかみさん会会長はお若い方が束ねておいでです。

お二人に加え、同じ岡山県倉敷市玉島からもうお一人おかみさんがいらしていました。

川沿いの桜の景色を眺めながら、駅に到着するとお三人のお出迎え。ニッコニッコ笑う女性のお顔は、いいですね。それだけで資源だと、いつも思います。



早速お昼ご飯、お昼にしては豪華な地元名産の黒毛和牛「千屋牛」とお寿司。話をしながら私も含めみんなペロリと平らげました。

モリモリ勢いよく食べる女性というのも、気持ちいい!生命体としての強さを感じます。







全国フォーラムの話が第一部、第二部は私が関わっている公民協働のまちおこしの事例についての話。場所は、新見おかみさん会が管理運営をしている御殿場町の「大池邸」、江戸末期の商家です。

奥の蔵にcafeもあり、これは他の方がやっているとのこと。井戸も苔のついた庭もあり、いい雰囲気です。

入口近くに展示されているのは美空ひばりコレクション。重鎮のおかみさんが長年にわたり集めた美空ひばり関係のものものです。なんだかひばりさんもおかみさん会一員のようです。

こういう古い空間と、女性たちのミーティングが似合います。
畳にペタンと座ってお菓子を食べながら、コーヒーやお茶をすすりながら。

少人数でリラックスして本音の話ができるのは、会議室ではない空間だから、そして女性たちのくつろいだ茶話会ムードがあるからでしょう。

相手を緊張させない技は、女性がなんだかんだ身につけていますもの。



時間通りのきちんとした会議でもないので、「参加はできないから、ちょっとだけ挨拶に寄りました」「あら、こないだはどうも」「今頃になっちゃってけどいいですか」と、いろいろな女性たちが立ち寄り、座り、また出かけていきます。

ちょっとでもいいから、軽やかに繋がろうとしている姿勢がよく分かります。

交流観光施設なんて堅苦しくない、ここは街の縁側みたいな場所なのでしょう。



本当なら、昼間はご商売に、夜は家事にと時間を使いたいはずです。それが商店街活性化を飛び越して、交流拠点の指定管理まで、しかも委託金をもらっているわけでもないとのこと。

ええ?ボランティアで?さらに、私のように話し込みに来る
来訪者の世話も。そして、店も家庭の世話も。おかみさん達はなかな忙しいのでした。

かつての商店街おかみさん会といえば、お店をどうするか、商店街の催しをどうするか、ワイワイと寄り合って、勉強したり視察に行ったり、にぎやかだったものです。

それが、地方では商店街が姿を消して、営業するお店はぽつんぽつん。街の活性化以前に商売が立ち行かないようになっています。

お店以外に、商店街だけでなく、交流おこしを施設管理しながら、なんて、ずいぶんおかみさん達にしわ寄せが多いようにも思えます。

でも、おかみさん達と数時間過ごしていると、「しわ寄せ?しわぐらいなによ!」と吹き飛ばす明るさを感じます。

「泳ぎ続けてなきゃ生きてられない、魚みたいなもんだ〜〜!なるほどおっしゃる通り。その原点は理屈よりもまず行動、これも女性ならではでしょう。


ほんの少しの滞在で、私もすっかり元気になりました。笑う、食べる、しゃべる、くつろぐ、繋がる、行動する、これがおかみさん力なんですね。

こんな力で、東日本大震災を乗り越え、支援を続けてきた、そんなお話に焦点を合わせ、6月のフォーラムは行われます。ご期待ください。





沢山いただいたお土産とは別に、「帰りの車中おなかがすくから」とサンドイッチとビールがありました。こういうあったかな気配りもおかみさん力と、納得しながらいただきました。ありがとうございました。

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一店逸品運動 海老名の商店街で 2016/03/21 3:47 pm

神奈川県海老名市、小田急線海老名駅に初めて降り立ちました。東京の延長上にある小さな街かと思ったら、とんでもない!

駅前には、極彩色のアミューズメント施設や、巨大商業施設がそびえ、駅からの人を吸い込んでいきます。

その足元にある、商店街というよりは、ぽつぽつと残っているお店たち。今までとは違う商売を強いられながら、どっこい明るく頑張っているのでした。
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海老名市は人口約13万人、人口増の土地だけあって、駅前にはマンションが建ち並んでいます。少し前まで、田んぼのあった辺りもどんどん都市化され、昨年できた大きな商業施設で駅を隔ててあった賑わいの差が無くなったそうです。




鉄道3路線が結節し、市内に9駅があり、車でなくとも通勤・通学に便利。私がうかがった2月末の日曜日には、駅を降りると、驚くほどの人が駅からぞろぞろと歩き、動く歩道まで利用して近くの商業施設にむかって行列していたのでした。

ご案内の方によると、「高額のマンションもどんどん売れちゃう」のだとか。駅から見える範囲に、日本を代表する大企業の巨大な社屋が見えます。「あそこだけで数千人が働いていますよ」さらに「羽田空港まで直通のリムジンバスもあります」と。もちろん、東名高速道路、さがみ縦貫道の幹線も走る土地です。

この日私は、奈良県十津川村、人口減少に悩む山の集落から8時間半かけて自宅まで戻った、その翌日。ここの交通の充実と、人の多さに面喰ったのでした。

「昔の海老名はこんなではなかったんですがね」と語る、ご案内の方。今が悪いのか、昔がいいのか、その逆なのか・・・これは人それぞれの物差しによって違ってくるでしょう。



駅から伸びる空中の歩道を行くと、はるか昔に、ここに国分寺があったことを示す、塔の作り物が現れます。周囲は映画館や飲食店、やれ買えそれ食えという商業施設。

しかも、景観への配慮など全く考えていない時代に建てられた施設なのでしょう、けばけばしい色調が溢れています。その中に建つ塔は、遊園地のビックリハウスのようにもみえます。

思わずうかがいました。「海老名の子どもたちは、自分の街の絵を描くとしたら、この光景を描くんですか?」



昨日まで私が居た、山深い集落、店も電車もない緑一色の自然の中、吊り橋を渡って育った子どもたちと、このけばけばしい色と騒音のなかでくつろぐ子どもたちが、同じ日本の同じ世代になっていくなんて・・・。

この格差は何なのだろう?





そんなことを思いながらこの日お招きいただいた、海老名駅前商栄会の会合に出たのでした。商店街ではない、商店主の繋がりの会です。

確かにもう、商店街という店の地べたつながりの“街”は各地で成立していません。海老名もそう、駅を離れて道路一本超えたとたんに静かな世界。

ぽつんぽつんとお店が開いていたり、閉じていたり。私にとっては静かでようやく息ができた感じなのですが、お店の方々には、人通りがなく、閑散として困ったところなのでしょう。

ここでお店をやっていくのは、大変です。少し先には、あんなにたくさんの人がうごめいているのに。大きな怪獣のような施設と、同じ土俵で戦っても仕方ありませんね。

この日は、私が話をするというよりも、皆さんのお話を伺いながら、何とか励ますような形になりました。

「長年やっているお店を、コンビニという形に姿を変えても続けている」「ドラッグストアには無い漢方薬なども扱っているが、最近のお客様はインターネットで買ってしまう」「カラオケを歌いに来るのは高齢者、もっぱらシルバーカラオケの店になった」
「家族の記念写真などを撮影しても、個人情報の関係で写真館のショーウィンドウに飾れない」「NPOで古着などを扱い、東北の支援もしている。古いお店とこれから繋がりたい」

それぞれのお店に、時代の波がいろいろ影響しています。

でも、みんな顔を合わせて、いろいろ話していると、「お寿司屋さんでエビにこだわった海老名寿司を出そう」「地酒をもっと取り入れよう」「海老名カクテルできないか?」「海老名の農産物をもっと使っても」などなど、小さなアイディアが出てきます。

「巨大な施設にはじき飛ばされそうな高齢者が、ゆっくり店頭で座れる場をつくっても」「駅前はファストライフ、こちらはスローライフと違いをはっきり出して」「お店でお寿司の教室や、お魚料理の会とかなど企画しても」などと私からも意見が出てきます。





ご案内いただいた方の写真館に立ち寄りましたが、店頭に咲き誇るシクラメンの鉢にビックリ。お母様が面倒を見ておいでとか。ここにベンチがあったらどんなに安らぐか。こういうお店が増えれば、何とも心穏やかな街になります。

このエリアは「売る」よりも、まず、「安らいで」もらうことから始めた方が良いかもしれません。

そのためにも、こうしてワイワイ話す機会がもっともっと必要でしょう。講師の話をきっかけに、お酒も飲みながら、トコトン話す、そんななかで海老名の商い魂がチラリとみえてきてうれしくなりました。

他のエリアの商店とも、一緒に取り組む何かをこれから作っていきたいですね。大きなハードには、ソフトなネットワークで対抗し、違いを出していきましょうね。

海老名のスローライフなお店づくり、応援しますよ!

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一店逸品運動 日本一長い商店街 2015/01/11 3:41 pm

私は商店街が大好きです。「一店逸品運動」という商店街活性化の仕事をしてきたからということだけでなく、どこに行ってもいつの間にやら商店街をウロウロしてしまいます。

商店街は何ていうか、生き物みたいなんですね。元気があったりなかったり、大きかったり小さかったり、おしゃべりだったりすましていたり。

今回は、やたら長〜い大阪・天神橋筋商店街を歩いてきました。
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何処に行くにも下調べなどしないで、ぶらっと行ってしまうのですが、今回も全く前知識なしに「日本一」の世界に入ってしまいました。

打ち合わせにうかがう事務所がまさに「天神橋筋商店街」にあったのです。





昼食はどうしよう、たこ焼き食べたいな。訪問先の方から、「うちの前のたこ焼き美味しいですよ。それを持ち込んで食べながらの打ち合わせでも構わないですよ」とメールいただいたのを頼りに、本当にたこ焼き(明石焼き風)を買い込んでうかがいました。

美味しくてハフハフ、熱くてハフハフ、うまくしゃべれないまま打ち合わせをしたのでした。

終了後、そういえばここはあの有名な商店街だったのでは、とじわじわと気づいて、訪問先をおいとましてから歩き出しました。





南北2.6キロメートル、ということですが、一つの商店街ではなく、丁目ごとに「3丁目商店街」などと名のっています。

「天満の天神さん」と親しまれてきた大阪天満宮があり、その参道だったのが商店街になったとか。ちょうど「天満天神えびす祭」をやっていて、これもまた偶然のたまもの。「えびすさん」はあとにしてブラリ。





いきなり見つけたお店の看板、こういうの好きです。









またまた、たまらない雰囲気のお姉さんマネキンさん。













行列!とは伺ったのですが、確かに行列のコロッケ屋さん。70円!












う〜む、一粒450円?!600円?!というイチゴ飴。この商店街、安いと高いが混ざってる。長いだけに、幅があるのかなあ。








それにしても、長い。自分がどこにいるのかわからない。どこまで続くのか何があるのか?しかも、大阪のおばちゃん達って、アーケードの中を自転車ビュンビュンなのです。

とんでもなく安い衣料品の店があって、びっくり。おばあちゃん集団が、さらに値切っています。これにもびっくり。その安さにひかれて、私もレッグウォーマーを買いました。「2つで00円」です。右左で100円なら、二人分買うと200円かと思ったら、「100円ですよ!」とレジの人。二組で100円だったのでした。おおおおお。



人ごみにもまれながら、いろいろなお店に入り、何度もびっくりして、足もくたびれたときに救ってくれたのが「キャベツ焼き」。

粉焼きにキャベツと天かすがいっぱい入り、卵もちゃんと一つずつ。ソースが塗られて140円は素晴らしい。

焼いている屋台の横の丸椅子で、紙一枚のお皿で食べました。その間、「5枚ちょうだい」とか「10枚!」とか多量にお持ち帰りの人が次々と。みんなこういうのが好きなんですね。

もっとここに長く居たくなってしまい、移動せずに一泊。夜は串焼き屋さんで、焼酎300円なんて安さの一人宴会をやりました。


翌朝、天満宮の「えびすさん」に。

途中にある「天満天神繁昌亭」、常設の落語専門の寄席小屋です。紅白の繭玉が大阪って感じの派手さ。










もっと大阪って感じがこのカステラ屋さん、お客さんもカラフル。













目がチカチカしてきましたところ、一面真っ白のおみくじ。
女の子たちが楽しそう。










おきれいな招福娘さんが、笹を買うと祝ってくれます。













立派な鯛もお供えさえされていました。石細工のように見える美しい紅い鯛です。伊勢海老も奉納されていました。


前日も、この日の朝も、ずっと流れている音楽が「商売繁盛で、笹モッテこい♪」の繰り返し。すり込まれるように、いつしか自分が歌いだしていました。


関東人には、少々濃い世界だったのですが、実に大阪らしい時間を楽しませてもらえました。長〜い商店街、ほんのうわべを少し歩いただけ、また探検しましょう。

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一店逸品運動 高岡スローライフ逸品研会 2014/12/06 4:07 pm

 富山県高岡市に行ってきました。2年前に「スローライフ逸品フォーラム」を市民の皆さんとNPOスローライフ・ジャパンとで開催した土地です。

当時は工事中だった駅がすっかり完成し、なんだか街がピカピカしている印象。あとは来年3月の北陸新幹線開通を待つのみ、という感じです。

逸品づくりの研究メンバーは、新しいお客様にむけて商品開発を進めるべく頑張っていました。
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観光案内所も新しくオープン。名物の路面電車「万葉線」も駅舎のなかに乗り入れ、高岡銅器でできたドラえもんも駅に鎮座していました。すべてがピカピカで、昔の駅を知っている者としてはびっくり。










そんななかで、物づくりをしている研究会のメンバーは、今後増えていくだろお客様にむけて高岡らしいいいものを作ろうと研究しています。久しぶりの皆さんに、なんだか懐かしく思わずハグハグしてしまいます。




さて今回は、NPOスローライフ・ジャパン「逸村逸品運動」のコレクションから、徳島県上勝町の「テルペン」、岩手県遠野市の「だれがどすた」(両方とも木製玩具)、和歌山県海南市の「やさしいタワシ」などを運び、皆さんに実際に遊んで触っていただきながら、これからの時代の“逸品”とは何かをお話ししました。









あわせて、各地の逸品の誕生物語を、写真を見ながら解説しました。どこでもその土地に根ざしたスローライフ時代のいいものを作るチャレンジをしています。そして必ず、そこには物語があるものです。

少人数で1時間半ほどの研修でしたが、参加者から「こういう勉強の時間をとらなとダメですね。普段は毎日追われるだけで。楽しかった〜」とか、「また、真剣に物づくりをして行きたい、という気になりました」などの感想をいただきました。



交通の便が良くなるということは、来訪者が増えて街が潤ういいことだけではありません。目の肥えた人達が訪れ、「この街は、ここの物はダメだ!」と厳しい評価を受ける可能性もあります。









それだけに、「観光客が増えて儲かるぞ」ではなく、この機に、高岡の地域資源や大事なもの、これから磨くことは何か、はっきりつかまえて、スローライフを広め深めるものづくりを
しなくては・・・。

帰りがけ、新しくなった駅構内に、透き通る神々しい音色が流れていました。高岡名産の仏具「おりん」を楽器のように吊るし並べたもの。これは以前からあるものです。

通りがかりの親子が鳴らして楽しんでいました。ピカピカの駅舎に流れる、はるか昔からの伝統の「おりん」の音色。心がしっとり落ち着きます。

仏具を癒しの楽器にする発想、こういうものが、スローライフ時代の逸品だ、とあらためて高岡で確認できました。ありがとう高岡、これからもよろしくね。

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一店逸品運動 青森で買ったもの 2014/02/23 11:47 am

先日の青森フォーラムでは、オプションで青森新町商店街の店主がガイドする「お店回りツアー」をお願いしました。

その結果、私はずいぶん買い物をしました。マフラー、靴、リンゴカッター、急須、ナイフ、ミキサーなど。

それがお土産?と思うかもしれませんが、旅先だからゆっくり買い物モードになれるということもあります。観光客が買うのは、いわゆるお土産物だけではないのです。

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青森新町商店街の「しんまちの逸品カタログ“旅人版”」には「お店回りツアー随時受付中」とあります。おいしいお茶つきの2時間で1000円、2名から。前日までの申し込みです。

商店街巡りですからいろいろなお店に入っていきます。これがいい!ふつう初めてのお店はなかなかぶらりとは入れない、入って店員さんがぺったり寄ってきたらどうしよう、と思います。

それが、ツアーだから入って当然、そしてお店の方がお店の特色やイチ押しの品物の説明などしてくれますが、一人ではないので、ポワンとして聞くこともできるのです。




とはいえ、説明を受けると、自分でブラブラ眺めるよりも、ちゃんとその商品がわかってありがたい。納得して、ついついほしくなります。で、まずは駅前出発。(写真のオレンジジャンパーがガイドさんです)









老舗のお菓子屋さんでは、試食も。男性たちには、こういうツアーだからこそできる体験ですね。







有名なリンゴのお菓子、本物は少々高価ですが、同じ味でカットしてあるものなら安い。「おうちで召し上がるならこちらでも」と、こっそりガイドさんが教えてくれるので、助かります。でも、結局、高価な方も買ったりして。(写真は我が家でおやつに食べているところ)







金物屋さんに入ると、正面に店のおすすめ品がきちんとディスプレイされています。長年「逸品運動」をやっている商店街なので、その品物がサッとわかるように展示されている、
これはお店そのものの努力といえます。

お店と店主がまずは逸品でないとできないことです。こういうお店の“目利き”で集められたもの、そな中でも特に選ばれたものなら間違いがありません。









ここでは、青森らしくリンゴをスパッと芯を抜きながらカットできる器具を買いました。実演してくださるので、よくわかります。(写真は我が家で使用中の様子)









続いて、もう一つの逸品はトマトを薄くカットできるナイフ。トマトに限らず、切りにくいものを簡単に切るナイフです。

細かなぎざぎざの刃がついている薄いナイフ、男性が試すと、見事に2ミリに切れます。これは包丁を怖がる、うちの夫のお土産にしました。(写真は同行の男性が店頭で体験)

瀬戸物屋さんでは、ちょうどここの逸品にセレクトされていた急須を買いました。ほんの少しの茶葉でも、お湯でも、お茶が入れられる、金網が急須の底近くまである仕組みのもの。








こういう急須が事務所でほしかったのですが、急須一つを探しに買い物に出かける時間はない。そのままずいぶん長い間不便をしていたのです。ようやく胸のつかえが下りたような気持ち。(事務所で使う前に記念撮影)







電気屋さんではこのミニミキサーを買いました。「ミキサーがあっても、重くて大きくてしまいっぱなしではないですか?」
というその言葉に、強く納得したのです。

あるから買わない、と我慢しても、使わなければその物はないのと一緒ですものね。ミキサーはまさしくそうでした。

野菜や果物のスムージーをつくりたくとも、今や二人暮らしの身には、過去のミキサーは大げさで使いにくい。でも、今こそ中年になって野菜や果物を採りたいのです。

東京で買おうと思っても、いつになることやら。ホームセンターに出かけ探し当てるには、また大変な労力がいります。

見つけた時に買った方がいい、ということはみんなが経験していること。忙しがりやに、“また、いつか”はないのですから。持って帰るには重いので、あとから送っていただきました。








お店の前に「フエルトマフラー入荷」のポップがあったお店で、このマフラーを入手。(我が家で記念撮影)

こうした純粋フェルトのものは、東京などではなかなかありません。かわいいし、実にあたたかい。やはり防寒のものは、寒い土地で買うに限ります。

このツアーに参加した仲間の中には、コートを買った人が二人いました。東京では数がないし高い雪対応のショートブーツを、ちょうど開催のバーゲンで買った人も。

私も含め、いわゆる“お土産物”ではないものを、相当みんな買ったことになります。










現代生活では、専門店の並ぶ商店街を店主の説明を聞きながら、ゆっくり歩くなどは贅沢で貴重な時間になりました。

買い物に、そもそも2時間など時間を割かない、関係ないお店にぶらりと入ることなどもない。

それが、心と時間の余裕がある旅先だからこそできるとなると、機会があれば買いたかった、実はほしいかった、購買の必然がむくむくと目覚めることになります。









こういうツアーが全国の商店街で行われるようになると、観光客も、商店街もお互いにめでたい!ということになりますね。

普通のお土産物のお菓子などは、食べてしまえば終わりです。でも毎朝、我が家でスムージーをつくるとき、必ず青森を思い出します。あの、電気屋さんどうしているかなと考えます。

旅先で日常品を買う仕組み、これを育てると、ちゃちなお土産品を量産するよりも、ずっとその土地にとっても効果的になるはずです。



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一店逸品運動 お店ツアー 2012/12/15 3:20 pm





栃木県足利市、商店街のお店を巡るツアーに行ってきました。こういう催しは商店街が主催することが常ですが、今回は「あしかが逸品ツアークラブ」という市民側の主催です。

商店街の衰退は店の責任もありますが、半分は市民側にあるというのが私の持論。その市民がお店の魅力を発見する催しをした、ということはこれからお店と市民の関係が変わり、街にも変化が出てくるはずです。



「このままお客はずっと増え続けるだろう。駅前だもの、中心だもの」とのんきにしてきたお店。車で行って何でも揃う大型店、一箇所で買い物する便利さばかりを追ってきた市民。この二つが合わさると「シャッター商店街」が出来上がります。

シャッター商店街についてお店ばかりが責められますが、その街を平気で見捨てた市民達がいます。バイパスに並ぶ大型チェーン店の風景を、街の風景として子供達に残して平気でいる大人たちに「この街、この商店街はつまらない」なんて文句をいう資格はありません。

そこに住んでいくのならば、楽しく品格のある素敵な街を創っていくのは店の役割ではなく、むしろ市民の役目でしょう。

と、私は考えるので、市民が街やお店の良さを知るきっかけになる講座などをやってきました。今回の足利でも、この夏何回か行った私の講座に出られた市民の方々が「えい、や!」と開催したものです。








日本の学校の発祥「足利学校」がある足利です、商店街やお店からも学ばなくては・・。足利尊氏像も見守ります。









最初のお店は和菓子屋さん。和菓子に使う木型を見せていただき、みんな驚き!











お店の奥にはザクロの古木があり、お店のおばあちゃんが見せてくれます。商品だけでなく、こんな覗き見が楽しい!










和雑貨のお店では、周囲の石畳や古い蔵を生かしたまちづくりの話もうかがいました。お店が、まちづくりに何年も努力していることを知りました。










洋菓子屋さんでは試食も。ここはモンドセレクションに入賞した商品が。小麦やバターを使わない、オカラのお菓子。「こんなお店とこんなお菓子があったとは」と主催者も参加者も発見です。








終わってからのミーティング。今回は1回目ですが、だんだん自立して自分達の催しとしてやりたいという抱負が。

「訪ねると、お店の方々が本当に一生懸命でやっていることがわかった」「足利にはいいお店があったんですね」

こんな催しと、こうした感想の繰り返しが、お店と市民の良い関係を育てて、街に少しずつ良い変化を創っていくと思います。

また、開催してくださいね。次も参加しますよ〜。

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一店逸品運動 逸品ってな〜に?「いっぴん物語その2」 2012/06/09 5:07 pm

※「いっぴん物語その3」を先にアップしてしまいました。
後から「その2」で失礼します。

最近は都内で電車に乗っていると「このお店の逸品は?」なんてCMが流れ、ほんの数十秒の間に「逸品」(いっぴん)という言葉を何度も見聞きすることになります。

テレビ番組でも、「究めつけの逸品は〜」なんて、大食いのタレントが叫んでいるわけで、品だらけの世の中になってしまいました。

静岡で19年前に「一店逸品運動」が始まった時、「逸品」という字が読めないくらい、「逸品」という言葉はポピュラーなものではありませんでした。

というか、そもそも「逸品」なんて言葉は、そうそう使うものではない、自分からなど恐れ多くて恥ずかしくてよほどのことがないと言えない、そんな重みがありました。

だからこそ「各お店に一つぐらい逸品があるはず、なくちゃおかしい、なければ作ろう」と張り切れたわけです。

そういう意味では“一店逸品運動が本当の逸品をなくした”と自戒する部分もあります。が、当初の想いはかなり決意をもって「逸品」という言葉に挑んだことは確かです。

各店の逸品を探し出し、それらを一同に紹介するフェアをやろう、ということは早々に決まり、商店街が手すきになり、皆の時間が取れる1月20日からの4週間と期間も決めました。

呉服町名店街理事会の中に、ソフト整備として「逸品フェア」をやるための委員会ができ、その傘下に特に逸品を研究開発する「逸品研究会」が有志で作られました。

以来、5月から翌年の3月まで、この研究会は27回の会合をすることになります。先ずは「逸品ってな〜に」と、各人が自分のお気に入りのものや、最近買ったもの、出会ったサービスなどを紹介しました。

愛用している手ぬぐい、手ぬぐいそのものがそもそも使いやすくタオルより逸品だ。しかも、○○店のこの染め・デザインはすばらしい。など、現物を持ってきての逸品談義です。

自分の思う逸品を披露すると、そこにある普遍的な“逸品の要件”が見えてきます。それを言葉に書いて皆で整理します。

例えば、逸品とは「愛着がもてる」「安かろう悪かろうではない」「店主のこだわりが伝わる」「専門性がある」「環境にやさいい」もの、こと、など。この整理の仕方は、今も、どの土地でも逸品運動の始めに私はやることにしています。

逸品とは「○○な、もの・ことである」という決まりごとは、一定ではありません。時代や土地によっても違うでしょう、第一、答えが最初からあってはいけません。「逸品ってな〜に」の答えはそこに集まったみんなで発見することです。

で、いくつかの要件が見えてきたら、それを“逸品のものさし”にして、今度は我が商店街の中での、逸品をカードに書き出していきます。

ここで大事なのは、逸品は“もの”だけでない“こと”もあること、を強く意識すること。ともすると品という言葉から形のないサービスのようなことは見落とされがちですが、仕入れたものを売る商売ではこの“すぐれたこと”が大切になってきます。

「あそこの看板は江戸時代からのもの、あれは逸品だ」「あそこのおじさんの刃物の知識はすごいね」というようなことごとです。

さあ、ワークショップで参加者は一人いくつかの逸品を書き出します。え?自分の商店街なのに、そのくらいしか知らないの?などと私に嫌味を言われながら。知っているようで知らなかった我が商店街、その現実を知ることになります。

一方、自分の知らないことを書いた人からは、その逸品を教えてもらうことになります。「へえ〜、あの店にそんなものあるの」という繰り返しで、参加者は全員の逸品情報を共有することになります。

先の各店の自慢調査の内容も含め、今の商店街にどんな“逸品”があるのか、とことん洗い出しました。さあ、これを整理してみましょう。真ん中に道路があると設定し、逸品カードをそのお店の位置においていきます。

おやおや、商店街のなかに、逸品が多いエリアと少ないエリアがあります。やたら食べ物の逸品が集中しているところがあります。こんな商店街なんだ〜と分ってきます。こうして、商店街の逸品マップがみんなの頭にすりこまれました。

「結構いいものあるじゃない」「知らなかったな〜」などと商店主達からの感想が出てきます。「でも一番知らないできたのは、お客様、消費者なのかも知れない」そのとおり、この商店街の逸品リスト、しいて言えば底力をこれまで伝えてこなかったのでは?!とんだ発見になっていきました。(つづく)

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一店逸品運動 新逸品をつくろう「逸品物語その3」 2012/06/06 2:04 pm





「こんなもの作ったら売れるんじゃないか」「おもしろいから売り出してみよう」そんな動機で個店が新しい逸品を作っても商店街全体としてみたらどうなのか、ということがあります。

静岡呉服町名店街の最初の「一店逸品運動」の時、新逸品のアイディアは単純な思いつきのその前に、どんなコンセプトで作るのかを考えました。

今ある、逸品で足りないものは何だろう?これから商店街がどういう方向を目指すのか?それを表現できるものづくりを。

このときは、「伝統」「こだわり」「新時代」「エコロジー」「便利」を体感できる商店街にするために、そんな逸品を作ろうということになりました。こういう根っこを押さえておかないと、きをてらうようなものばかりが出来上がってしまいます。

そして、みんなでアイディアをたくさん書き出しました。自分の店でやりたいこと以外に、無責任にこんなものがあるといいとか、あの店のあの技術を使ってこういうものを作ってほしい、というものも書き出しました。

これは楽しいです。アイディアというのは現実ばかり見ていると行き詰って出てきません。自分の店では、予算がない、失敗できない、無理だ、になります。が、人様のことは平気平気、のびのびといろいろな案が出ました。

「うん、そういうものがあったら静岡の伝統をだせるね」「商店街のスローガンが“五感の幸せ”ならば、聴覚に訴えるこだわりを出そう」「新しい時代を感じてもらえるものを作ろう」

こういう根っこは押さえながら、具体的な、でもけっこう無責任なアイディアも含め山ほどのアイディアカードが出てきました。そしてやってみたいもの・ことについて、みんなで投票しました。

やろうやろうと支持の多い案を、「自分のところでやってみるよ」と言い出す人がいたり、「あの店に頼んでくるよ」と言う人がいたり。

そして、試作などが始まっていきます。実は前から考えていた案が、このとき日の目を見るということも。「みんなから
やれといわれたから」を理由に、かねてからやってみたかったことに大手を振って取り組めるのですから。

そして様々なものが本当に誕生していきました。それまで静岡ではワサビ=ワサビ漬だったのが、ワサビケーキができたり。静岡の産物・桜エビ、シラス、オカカの入ったカリカリスティックパンができたり。

値段、パッケージ、売り方、名前もみんなで決めました。研究会のメンバーが、我が家で奥さんからネーミング案をもらったり、他店で開発中のものを自分の店の従業員に試食してもらったり。

研究会が開発するのですから、新しいパンの名前は洋服屋さんが考えたものが得票数が多く決定、ということになっていったりします。

どこかの店がこっそり一人で考えたものを、みんなが批判する、なんてことが繰り返されていては、みんなに開発力がつかないし、新しい人の繋がりも育ちません。新逸品開発は、みんなの新能力開発であり、新関係開発なのですから。

19年前、当時まだ商店街がエコに取り組むことは新しかったものです。でも全体で取り組む「新逸(すぐれ)サービス」として、簡易包装運動が始まりました。静岡ならではの「茶の実紋」を染めたふろしきまで作ったものです。

また、朝・昼・晩の商店街の音楽をプログラムして流す「サウンドに気配りのある街」の試みも始まりました。もの、だけでない、みんなで取り組むサービスも「新逸品」として具体化されていきました。(つづく)

※“その2”をフェイスブックに上げていて、こちらにアップするのを忘れていました。そのうち上げますね。

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一店逸品運動 逸品物語 2012/05/06 6:38 pm






連休に家を片付けていたら、静岡市呉服町名店街でやった第1回目、つまり全国初の「一店逸品運動」についての記録が出てきました。

「新逸品」を開発し、「逸品フェア」を開催、「逸品カタログ」を発行した1993年の私の仕事です。おお懐かしい!

以来この運動は商店街活性化手法として、各地に広がりました。約20年、この間の逸品運動について、そろそろまとめ書かなくてはと思います。

これまでもこのブログで「一店逸品運動」がらみのことは折りに触れ書いてきましたが、しっかりその気で書き始めますね。なにぶんにも記憶はあやふやです、間違いがあったらご容赦のほどを。

さて、当時私は静岡に住み、編集プロダクションを営んでいました。編集とはいいながらも広告の仕事や、取材や、何でもやっていました。

そして、「ゆとり研究所」の名前で、そろそろ地域へのアドバイスを始めたり、「余暇コーディネーター」の肩書きでラジオ・テレビへの出演やら、情報提供などをしていました。

そんな時に、静岡市の中心街、駅前の商店街通りにある「呉服町名店街」から声がかかりました。「商店街の環境整備(モールアーケードやモニュメントなどのハード整備)をするのだが、その前に先行してソフト整備をしていきたい。ロゴやスローガンを考えてほしい」という話でした。

静岡が駿府と呼ばれていた頃に、駿府に隠居した徳川家康が町割をし、駿府96ヶ町が定められ、そのころから呉服町と呼ばれてきたまち。古くは木綿座の長が住み、戦前まではたくさんの呉服屋が並んでいたとのことです。

そこにある78店舗が加盟する商店街、呉服町名店街は静岡の顔と言ってもいいところ。私も毎日のように、使っている商店街でした。

せっかく「ごふく」という言葉を持つのだから、呉服⇒五福という展開にして、5つの福に出会えるまち、という考え方にしようと提案しました。その「五福」とは「ゆとり」「遊び」「学び」「暮らし」「伝統」の5つです。

そしてさらに、その五福を五感(見る・聞く・嗅ぐ・味わう・触れる)で体感できるまち、としました。

スローガンコピーは【呉服町は五福町、5つの幸せがあるところ】と【五感の幸福(しあわせ)】としました。アーケードのかまぼこ型のカーブを活かしたいいロゴデザインもできました。

私が30歳代終わりの仕事です、ずいぶん力が入っていたなと多少反省しますが、今でも呉服町名店街のホームページに使われていることに、頭が下がります。

こうしたコンセプトワークは、コンサルタントがただ考えてポンとアイディアを持っていくよりもみんなで考えた方が時間はかかりますが、根付くものになります。と、私は思います。

ゼロからというわけには行きませんが、コンセプトづくりは商店街の役員の方々の意見などうかがいながらの作業でした。その間に、何度か商店街の事務所にうかがいます。

どこの商店街もそうでしょうが、表のきらびやかな世界と違って、事務局は質素な作業場風のところ。呉服町名店街の会議スペースも、古いビルの一室、積まれたチラシや幟旗に囲まれた暗いところでした。

そこで商店街のおじさんたち(失礼)が腕組みをし、タバコをふかしながらウンウンと考えるのですが果たして、ここの場に女性の役員は現れないのか?私は疑問でした。商店街のことは実はおじさんたちが考えていたんだ、と驚きだったのです。

しかも、一様に楽しくなさそう。(これまた失礼)商店街のこれからなんて、考えるだけでワクワクすることなのに、出てくるのはマイナスの話題が多く、正直、憂鬱がこちらに移りそうでした。

「でも、あそこのお店いいですよ」「最近あのお店、おもしろいですよね」なんて話をしても「??」という感じ。同じ商店街の店のことなのに、もしかしたらこのおじさんたち、自分の商店街について詳しく知らないんじゃないかな、と思いました。

スローガンやロゴだけができても、商店街のソフトが整うわけではありません。この人たちが変わらなくちゃ・・。

ちょうどその頃、横浜の元町でお店の「逸品」と称して目立つようにしている、「ああいうのいいよね」と報告があり、そういう取組をして行こうということになりました。

それぞれのお店の、逸品を調べよう。アンケート調査をして自慢のものや、自慢のことを出してもらおう、ということになりました。商店街から調査票を送りました。締め切りを決めても、返事はごくわずかでした。

催促をしてやっと、「自慢のものは特にナシ」なんて書いてくるお店もありました。まあこれは今でも、どこの商店街でもこんな感じだとは思います。

でも、「自慢はナシ」という、そんなお店が並ぶ商店街に、誰が行くのでしょうか。「こんな自慢、あんな自慢があるからぜひ来てね」という意気込みが伝わって、お客様も足をむけるというものです。

それでは、と、アンケートを確認する形で、各店の自慢を見に、ついでにお店の印象調査もと全お店に出向きました。私の事務所の女性スタッフ数人でお店に回りました。

多少覆面調査めいた部分もあったので、「店番のおじいさんがにらみつけて恐い」「店頭のメニューのロウ細工が埃だらけ」「すぐに店員さんがべったり寄ってきて店にいられない」など、ドキリとする率直な感想も出ました。

一方、「すごくいいものがあるのに、もっと自慢すればいいのに」「あんなことをしてくれるの、みんな知らないのでは」という、良い発見も多々ありました。

この各店の○も×もそっくり書かれた調査レポートを商店街全体に回覧しました。少々荒治療です。怒った怒った!プンプンになったお店もあれば、「へえ、うちの店は結構いいんだ」と自信をつけたところもありました。

レポートがきっかけで、同じ商店街のお店なのに入ったことのないお店に、他の店主が「レポートにあったのどれ?」なんて入れるようになりました。

そして、悪いところは直そう、良いこと、良い物はもっと自信を持って自慢しよう。という気分になっていきました。そう、これが世の中で初めて生まれた「一店逸品運動」の出発点となります。(つづく)

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連絡先

野口 智子 のぐち ともこ
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局
ゆとり研究所

TEL 090-7433−1741
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NPOスローライフ・ジャパン
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TEL 03-5312-4141 FAX 03-5312-4554
E-Mail slowlifej@nifty.com


略歴

<野口智子(のぐちともこ)>
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局長
千葉市生まれ。東京でコピーライター、プランナーを経験。1977年静岡県に移り企画・編集プロダクション設立。
1992年ゆとり研究所を開きコンサルタント業務を開始。
ライフスタイルの提案、「一店逸品運動」による商店街の活性化、時間消費型観光おこし、人材育成などの分野で活動。
2000年からスローライフ運動を開始、2003年スローライフ・ジャパンを設立、現在、事務局長・副理事長。
2006年から活動拠点と自宅を東京へ。現在はスローツーリズムの提案、商品開発、地域観光の育成、都市と田舎の交流、移住・定住プロジェクト、“食”をテーマにしたまちおこし、などに力を入れている。住民参加の独自の楽しいワークショップが得意。
現在、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域再生マネージャー(ふるさと財団)、国土審議会半島振興部会委員。