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ちょっとしたこと 街のメッセージ 2015/08/31 12:09 pm

群馬県富岡市の中心街を、地元のガイドさんの案内で歩きしました。ご案内通りについていったのですが、私の性分でしょうか、変なことが気になります。

神社の歴史よりそこで働いている職人さん、古い建物の特色よりそこに下がる昔の看板、さらに駐車場の手作りの料金箱、普通のうちの家庭菜園の工夫など。

人の暮らしから見えるものが、温かなメッセージとして届きました。

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歩き始める前の一言として「ガイドされる物だけを見るのでなく、自分の視点で街の表情をとらえましょう」などと述べたのですが、言った自分がそうなってしまいました。





ご案内いただいたのは「スマイルとみおか」というボランティアグループの方々。いろいろご案内コースがあって、この日は特色ある建物のご案内。なのに、寄り道ばかりしてすみませんでした。







まず神社で気になったのが、この職人さん達。バール一つで重い石を見事にはがし、土を入れて敷石を平らにしていきます。こういう作業は一日見ていたくなりますね。









あら〜〜?かばん屋さんの軒先で名物「もつ煮」を売っている。なんとなく街の諸事情が分かってしまう。









前回歩いた時にも気になった桑切鎌がこれ!想像していたよりも大きいのは、桑は結構長く大きな枝を刈るからだとはじめてわかりました。








「顔など冷やし、熱中症予防に」なんて書き出してあります。手作りかな?鹿威しです。やさしい街ですね。











民家の前にこの辺りの名産、コンニャクの鉢植えが!「これは何でしょう?」なんてメッセージが書いてある。若い人は記念写真です。桑の鉢植えもありましたよ。







あら〜〜?ぶどう棚のあるお家、トマトには傘がさしてある。強い日よけなのか?雨よけなのか?面白い面白い、どんな人が住んでいるのかなあ









「物置です」「はい、わかりました!」












こ、ここのお家は、どうやって出はいりするんだろう?緑のトンネルに入り込んだら別世界に行っちゃいそうです。







20歳未満は入ってはいけない、という料亭のお知らせ看板。昭和34年のもの。お店は健在です。











ぐっときますね、こういう路地。「ジプシー」なんて名のスナック、行きたいなあ・・。











閉店しているショークラブ。どんなショーをやっていたのか?周りの方々にうかがっても???でした。













この日の一番お気に入り。巣箱でできた集金箱!鳥が住んだらどうするんだろう?誰が思いついたんだろう?













60円の揚げたてコロッケを食べながら歩いた富岡のまち、人にあまり会わなくても、たくさんの人に会ったような気分。街からのあったかなメッセージをたくさんいただきました。ありがとう。

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お仕事 移住促進 2015/08/24 1:36 pm

鹿児島県主催の「かごしま移住・交流促進対策会議」で、市町村担当者の方々へむけてワークショップをしてきました。

皆さん、わがまちにぜひ来てほしい、という思いでそれぞれに悩んでおいでです。

移住促進活動の上で大事なことは何か?みんなで考えると、なるほどというキイワードが出てきました。要は、人口だけ増やせばいい、というわけではないのですね。

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この日はまず移住者の経験談があり、その後に私のワーショップとなりました。

屋久島にかなり前に移住された方は、「当時、島に1年以上住んでいる人でないと町営住宅に入れなかった」と語りました。
その後すぐに改善されたそうですが、かつてはそんなこともあったわけです。

それまでのコンビニ業をきっぱりやめて、トマトなどの農業を始めた方は、「助成金など頼らずに自分で仕事を作るハラが座ってなくちゃダメ」と語りました。そして、「農家としてやっていけるまで、周囲の方々がいろいろ教えてくれて助かった」とも。

今や全国で、人の取り合いのように、移住促進を進めています。即、助成金と空き家と仕事の斡旋だけに走りがちですが、それよりももっと大事な事々があるのではと思いました。




<移住・交流促進のために>というワークショップでまずはこんな話をしました。この日は市町村の移住・交流担当者の方々なので、なぜ、移住が必要かという話は置き、普段の実務における話です。

 崋児島全体を意識しよう」
どこかに移り住みたいという人は○○県の▽▽町と最初から、ピンポイントでは考えません。県全体の魅力が語れないと、
「他は知りませんが」では通らないでしょう。

◆崋分は地元のここが好き!を誇りを持って語ろう」
以前、私が東京からある田舎に移った時「こんなところによく来たね」といわれました。担当者の方が「ここより、東京の方がいいに決まってる」と思っているとそれは伝わります。何でもいいので、自分の土地のここに惚れているということ語りましょう。蛍でも、名物でも。いきなり不動産屋さんみたいな話では・・。

「新しいライフスタイルにいつもアンテナを」
大きな空き家の天井裏を「物置」というか「ロフト」と捉えるかで、夢の膨らみ方が違います。結婚している女性を「嫁さん」と呼んだ時に、都会の女性は何か違和感をもつことなど知らないと。

ぁ屮泪ぅ淵考彖任發呂辰り伝えよう」
例えば、天井からムカデは落ちてくる、カメムシは布団の中まで入ってくる、網戸を開けたら虫だらけ、なんてことも伝えないと。その虫がいるような土地だから、美味しい野菜も食べられるわけですから。

ァ岾阿悗慮討咾けと同じパワーで、住民の交流心を育てよう」
「自分たちの土地に、他所の人の力が必要なんだ。新しい人と、一緒にやて行こう」という地元の考えが育っていないと、なかなかうまくいきません。私の関わる土地では、まず他所の人が集落内の道を散歩することを受け入れ、他所の人に触れる機会を作り、その後にようやく受入心が育ってきました。

Α峇萎を求めない、小さな多様な仕事でいい、リニューアル済みでなくていい」
フルタイムで働く就職先があれば、そもそも人口減少などないわけです。でも、移住者も地元ももう少し目を開くと、小さな仕事はいろいろあります。それに、田舎で暮らすのに、都会ほどのお金はいりません。小さな様々な仕事をあちこちに顔を出してして行くうちに、知り合いも増えます。「仕事」の捉え方を変えていかないと。

空き家も完璧に綺麗にしなくとも、地元の大工さんと一緒にリフォームする手作り時間を楽しむ、と視点を変えましょう。

А嵜邑を増やすのではなく、共に暮らす仲間をつくろう」
人の数だけ増えればいいのか?空き家と職があればそれでいいのか?移住希望者と地元がお互い仲間になっていかないと。どんな暮らしをどんな人たちとしていきたいのか、何処に暮らす、以前にそこを個々人が考えるべきでしょう。

       

こんな話をしていると、移住・交流という課題は、私たちに生きるとは、暮らしとは、地域とはなど、様々な問いかけを突き付けます。そういう意味ではとても良い機会提供にもなっているわけです。

私の後に、参加者が自分たちだったらどんなことが大事かを考えるグループワークをしました。自分の思うことを書き出して、それを皆で寄せ整理して、各テーブルでこれだ!ということを3つ決めて発表です。






駆け足でしたが、なるほどという言葉が出てきました。

「地域をよく知る」「目線を変える」「一度実際に来てもらう」「言葉の荒々しさ」「まちの特徴を強みにする」「まち全体のWi−Fi化」「一か月の生活費を伝える」「地域の気になるお店にまず行く」他にも「地元をトコトン歩く」「集落すべてに入り飲む」などの言葉も出てきました。

なるほど、“地元をよく知る”はまずもって大事でしょう。東京で移住相談の窓口にたつ女性からは「幼稚園でママ友とのお付き合いの程度は」なんて質問もあると話がありました。

地元の空き家や仕事を把握しても、生活・暮らしの範囲もしっかりわかっていないと。“知る”の範囲は広いのです。気になるお店などに足を運ぶなども、地元の人の言葉の荒々しさも怒っているのではなく素朴な表現であるという理解も、汲み取り料金がいくらくらいかも、なのです。





県のパンフレットには流しそうめんを楽しむ子供たちの様子の写真が。こういう暮らしができますよと、暮らし情報を具体的に伝えないと。


“地元の理解”を進めるためにまず集落で飲んだり、マッチングするように配慮したりも。実はここが一番大切と私は思っています。

先に書いた私が通う集落では、数年がかりで受入の心を育てています。今も毎月寄合を続けて、移住者受入に向けてのアイディアを集落の人たちが語り合い、具体的に動いています。

この両方があって、初めて新しい人はやってくるのでしょう。その地元の努力が感じ取れないような移住者は、地元の方からお断りくらいでいいと思います。

今回の研修機会をいただいて感じたのは、移住・交流担当者同士の交流がもっと必要だということです。参加した方から「他の町の同じ立場の人と知りあえて良かった」とメールをいただきました。隣町と人の奪い合いをするのではなく、連携して悩みを打ち明けて、移住・交流を進めていくべきです。

もう一つは、こうした研修機会は、住民にも必要だということ。いくら行政だけが張り切っても「よそ者なんて入れたくないよ」という集落なら困ります。よその人を受け入れるということは、自分たちの幸せにどうつながるのかを自分たちでつかめるように、何度も話し合う場が必要でしょう。

帰りにながめた鹿児島中央駅の観覧車、小さな市町村が手を繋ぎ合って、大きな鹿児島県をゆっくり変えていく、そんな象徴に見えました。


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お仕事 体験プログラム 2015/08/17 2:53 pm

何時の間にやら観光交流の世界で、この言葉が定着しました。「どこへ行く?」よりも「何をする?」の方が優先される時代。体験メニューを上手くつくれば、有名観光地でなくとも人を呼ぶことができます。

さらに最近は「誰が、誰と?」が加わりました。主人公は誰なのか?その人が誰と一緒に体験するのか?地元の誰が体験指導をどのようにするのか。ここが地域観光のツボだと思います。
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今から30年ほど前に、私が静岡県に住んでいる頃に「伊勢海老カレッジ」という企画をやりました。

伊豆のある港に参加者がそれぞれ集まり、地元の人の案内で街を歩き、伊勢海老の漁について漁師さんから港で聞き、伊勢海老業者さんのイケスで各人伊勢海老を捕まえます。そして宿泊施設でそこの板前さんからお刺身の作り方を学び、作る。

翌日はみんなでアロエの記念植樹。参加者は女性に限り、都市部に呼びかけました。

ほんの10数人の参加者でしたが、当時、こんな試みが珍しく、新聞一面に特集が組まれて報道されました。私にとっての体験プログラムは、このプランが原点のように思います。

そもそも伊豆に通うようになって、初めて『伊勢海老が鳴く』(正確には髭で音と立てる)ことを知りました。エビ網にかかった伊勢海老を外すのに、力強く暴れる伊勢海老と格闘、とんでもなく時間と手間がかかる。髭が折れたら商品価値がなくなることも知りました。

伊勢海老は美味しい、でも高い、と思い込んでいましたが、まずはエビが生き物であること。そして口に入るまでたくさんの
人の手間を経ていること、を知ると、「高い」が「納得価格」に変わって行ったものです。そして何より、そういうエビの現場にいる人の話が面白い。

私はその頃、取材・編集のプロダクションをやっていて、記事を書くための取材の過程でそういうことを知るわけですが、
その楽しさ面白さを、もっと一般の人に知ってもらいたい、特に私と同じ都市暮らしの女性にと思ったわけです。

記事にするのは簡単ですが、やはり、伊勢海老のビクビクッと動く力は持ってみないとわからない。漁師さんの話は、港の風に吹かれながら聞かないと味がない。など、身体を運ばないと、つまり体験しないとわからないと思ったわけです。

小さな企画ですが、地元のお兄ちゃん達と何度も打ち合わせをしました。ノリのいい観光協会の方がいて助かりました。彼は、恒例行事のチラシやポスターを配ったり、観光誘致のキャンペーンに出かけるだけの仕事に飽きていたのです。なので、地元の人のつながりは彼がだんどってくれました。

着地型観光なんて言葉もない時です。観光バスで巡って来る観光客でない観光客?は異色です。でも、結局、浜松から、静岡から、車を飛ばしたり、電車バスを使って、伊豆の西海岸まで女性たちが集まってくれたのです。

まあ、女性たちを前にして、ということなのか、地元の先生役の漁師さん、伊勢海老問屋さん、板前さん、学校の先生など、
実に楽しく教えてくれて、自分の持ち場が終わっても帰らずに、参加者とワイワイ遊ぶ。夕飯も一緒に食べ、飲み、みんなが大きな家族になったような場となりました。

1人で参加の女性も、母娘で参加の女性も、お互い手を汚してお刺身づくりをした仲間。すっかり女学校のような打ち解け方でした。

帰りがけに、参加者の1人の女性が「こんな観光待っていました。したかったんです」と語ってくれたことが忘れられません。

皆喜んでくれた、ということ以上に「消費者、参加者、の人たちの方が実は進んでいるんだ」ということが私の心に強く残ったものです。

儲かりはしませんでしたが、地元のお兄ちゃんたちは、自分の日常のことが違う商品価値をあることを知り、それ以前に
よその人と交流することが刺激になって楽しい、という発見があったはずです。伊伊勢海老卸のお兄ちゃんは、その後、伊勢海老刺身の作り方というビデオを売り出しました。(昔ですから大きな分厚いビデオテープ、あれ、今どこにあるかなあ・・。)

さあ、ここにすべての物差しがあるはずです。

.Ε韻佑蕕い任呂覆、楽しさのおすそ分け
こういうことやるとウケるのでは、ではなくて、知ってほしいから、伝えたいから、幸を分かち合いたいから、の出発でしょう。他所でやってうまくいっているから真似よう、では出発がちがいます。

⊆膺邑は誰?を先に決める
結果、いろいろな人が来る、ということがあっても、最初に誰に向けての企画か決めないと、本当はすべて決められないはずです。着る人が分からないのに、服はデザインできません。誰が決まったらその人たちへ呼びかけられます。

C聾気盂擇靴泙覆い函伝わります
おもてなしなんてことでペコペコするのは不自然です。また地元の人が負担になったり、または慣れ過ぎてこなし仕事になっていたりでも、その場はいい時間になりません。それは必ず参加者にも伝わります。地元の人にも、毎回発見がある。生きがいや、儲けに繋がる。そこは大事です。

ざ賚や汚れも体験のうち
理科の実験ではないので、うまくいかないことも。臭かったり、汚れたり、他の人と違いがあったり。それが体験なのですから、簡単に綺麗にすぐ結果がほしいファストフードのような体験を求める人は相手にしなくていいです。

ッ里蟾腓い砲覆譴襪茲Δ
「地元伊勢海老漁師 野口クン」なんて名札をつけていれば、「野口クン」と呼べます。自己紹介をすれば、同じ一人参加の方同士がすぐ仲良くなったりします。

同じ体験を苦労してやって、仲間ができる。あそこの地に、知り合いの漁師さんができた。誰と体験し、誰に教わり、そのみんなの顔が忘れられない。それが一番のお土産ですね。

地元の技のある人、味のある人を発見しデビューしてもらい、その人と参加者が知り合いになっていくことが出来れば、とも思います。

時間の仕切りや座持ちも
その日どんな時間でどう運ぶのか、持ち帰る資料は、誰が進行役か。など、コーディネート係が上手く回せば、地元講師が全く素人でもその良さを引き出せます。

先の場合は私が座持ちをしましたが、誰が何をやるのかは、皆でだんどっておきましょう。参加者が予定していた帰りの電車に乗れないなんてことのないように。

Ц沈はあるものではなく、作るもの
伊勢海老とカレッジという言葉が一緒になると“初の”という言葉がつきます。特色があるのに、それを際立たせることが出来ないと伝わらない。

また、何処でもやっているプログラムではそこまで行かなくてもいい、ということになる。こんなことやってみない?という発案が、個性に繋がりますね。

┿臆端圓あって初めて成立
よくあるケースが、プログラムの中身ばかり考え、人を呼ぶ努力を忘れるケースです。開催ギリギリに中身が決まって、あわててチラシを作っても誰も知らないのですから当日人は来ません。

料理の味にこだわって、鍋の中ばかり見つめて味を調えても、食べる人が居なくてはそれは料理として成立しない、と同じです。




などなど、言い出したらきりがないのですが、「体験プログラムってのやってけど、ダメだったよ〜」ということをよく聞くので、今回はザックリ書いてみました。

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ちょっとしたこと 三地蔵 2015/08/10 3:10 pm

新居の回りにお寺が多く、お地蔵さんもあります。入居早々家人が、入院し、手術となりました。

信心など縁ない私がお参りです。ひとつは阿弥陀如来ですが、勝手に「三地蔵参り」と呼んで、3か所のお寺を回る朝のお散歩。

無事にとお願いしながら、花を見たり、行きかう人に挨拶したり、戻ると気持ちさわやかになっている。三地蔵から、いい朝をいただいております。

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引っ越ししたのは新宿区、高層ビルなどがにょきにょきしていますが、歴史ある土地なので意外に史跡が残ります。お寺はもとはもっと広いしき地だったのでしょうが、昔の墓石を寄せ、または共同墓地のように整理し、回りを住宅でびっしり囲まれながらかろうじて残っています。




最初に見つけたのがこのお地蔵さんでした。立ち並ぶビルを従えて、すっきりと立つ。変わった風景を悲しむようにも、都市化嘆き訴える姿にも、「まあ、それが人間だよ」と世間を慰めているようにもみえます。こういうシーンは新宿ならではかもしれません。







近くには、「たんきり地蔵」があります。説明によると、子どもの喘息やお年寄りの咳にいいとか。ここには散歩の犬が水を飲みによったり、朝のおしゃべりをするおばちゃんたちがいたり。「熱中症にならないように頑張ろうね〜」なんて会話に、私も混ぜてもらいます。









朝は人が少なく、ゆっくり歩けるので、人のうちのお花も鑑賞。少ない土と隙間を活かして、何か育てている人が多い。本の一つの花を散歩のみんなが眺めています。











アジサイがまだがんばっている。朝顔はおすましさん。













朝は日差しが横から来るので、面白い影絵?が見られます。オシロイバナが花より影が主張してる!










普段は汚く見える風景を、朝の光が面白い影で見せてくれる。ま、道行く人は「なんの写真を撮っているのか???」という顔をしていますが。













このワンちゃん2匹の女性とは、ご挨拶仲間。「おはようございます」だけの関係ですが、コースが一緒。











「夫の手術がうまくいきますように。また元気になってくれますように。応援してください」などなど、お線香をたてながらけっこう真剣に拝んでいると、「なんて勝手な」と“喝!”の声が降ってきます。


そうして怒られながらも、なんとなく朝起きると会いたくなってしまう「三地蔵」。ぐるっとめぐってたった2000歩強ではありますが、いろいろなお恵みをいただいて戻ってきます。さて、今日も出かけましょうか。

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ちょっとしたこと ふる〜つかき氷 2015/08/02 5:16 pm

桃、キウイ、イチゴ、ハッサク、ミカン、果肉一杯の手作りフルーツソースをたっぷりかけた氷、売れに売れました!

紀の川市粉河の「ぷるぷるハウス」で、みんなで挑戦した地元のお祭りへの参加。余った農産物は商品になり、ガレージは店になり、おばちゃんたちは売り子になれる。いろいろなことが発見できた1日でした。

何より、地元の人が地元の産物を見直したはずです。
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これは紀の川市の「フルーツ・ツーリズム研究会」のフルーツ料理の研究グループ「ぷるぷるフルーツラボ」の活動です。5月から最後のイチゴを多量に確保したり、B級の桃をせっせと剥いて煮たり。遥か前から準備は始まったのでした。




桃を煮ます。レモンも入れます。
















キウイもイチゴもミカンも作りました。











ハッサクもドッサリ。これがまた美味しい。












甘い、ひゃっこい、というポップのある地元の氷屋さん。












氷を買うときには指導が。氷には目があるから気をつけなよ〜。いいおじちゃんです。













ポップを書きます。













各家からのクーラーボックスを洗って消毒します。











メニューは5種類。どれも100円!お試しですからね。









さあ、祭りが盛り上がってきました。7月25日「粉河祭り」で「紀の川ふる〜つかき氷」がいよいよデビューです。











こだわりの瓶に5種類のフルーツソースが収まって。












さあ、開店。氷かきます、かきます。












フルーツソースたっぷりかけます。お玉でドッサリかけます。











おいしい〜。桃のまんま。果物食べてる感じ〜。本物のフルーツソースだもの美味しいよね。











10個ください。祭りの衆が買って行ってくれます。











男性にも食べられるフルーツ本来の味を活かした甘さ。こういう風に買って行ってもらえるのがうれしい〜〜〜。「うまいすよ」














呼びこみするおじちゃん、売り子に徹するおばちゃん、アンケートをとるおじちゃん、氷をかきづづけるおじちゃん、残り僅かになりました〜と叫ぶおばちゃん、みんながいろいろなことをやってガレージの氷屋は大繁盛。











2階の台所では、みんなのまかない弁当づくり。持ち寄ったおかずが入りきれないくらい。










豪華弁当出来上がりです。













活き前の家を借りて、まさか、かき氷屋までやることになるとは・・!こういう拠点が全国各地にできれば、地域はもっと面白くなるはずです。

※写真は一部、紀の川フルーツ・ツーリズム研究会 料理研究チーム「ぷるぷるフルーツラボ」井関リーダー撮影、紀の川市役所撮影、分をお借りしています。

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写真でみるゆとりある記

越前海岸で
東京花見
和歌山県海南市・大崎で
紀の川

連絡先

野口 智子 のぐち ともこ
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局
ゆとり研究所

TEL 090-7433−1741
E-Mail yutori@noguchi-tomoko.com

NPOスローライフ・ジャパン
〒160-0002 東京都新宿区四谷坂町9−4 リカビル301
TEL 03-5312-4141 FAX 03-5312-4554
E-Mail slowlifej@nifty.com


略歴

<野口智子(のぐちともこ)>
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局長
千葉市生まれ。東京でコピーライター、プランナーを経験。1977年静岡県に移り企画・編集プロダクション設立。
1992年ゆとり研究所を開きコンサルタント業務を開始。
ライフスタイルの提案、「一店逸品運動」による商店街の活性化、時間消費型観光おこし、人材育成などの分野で活動。
2000年からスローライフ運動を開始、2003年スローライフ・ジャパンを設立、現在、事務局長・副理事長。
2006年から活動拠点と自宅を東京へ。現在はスローツーリズムの提案、商品開発、地域観光の育成、都市と田舎の交流、移住・定住プロジェクト、“食”をテーマにしたまちおこし、などに力を入れている。住民参加の独自の楽しいワークショップが得意。
現在、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域再生マネージャー(ふるさと財団)、国土審議会半島振興部会委員。