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ちょっとしたこと 鳥寄せ 2017/02/25 3:24 pm

東京・新宿四谷でも、電線の間を野鳥が飛んでいます。ベランダにパンを置くとスズメ、メジロが寄ってきました。なんとなく安らぎます。

やがてヒヨドリが来て、小鳥を蹴散らし餌場をわがもの顔で陣取りました。傲慢に見えます。

すると、ついにカラスまで。ベランダは糞で汚れ始めました。

「キャ〜!かわいい鳥はいいけど、かわいくない鳥はイヤ〜!」叫んだ私が、一番傲慢でした。
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今回は、さもない話題といえばそれまでなのですが。なんだか鳥から自分の本質を暴かれたようで・・・書きます。

ここのところ、出張が多く、パソコン作業も多く、休むこともなく、暮らしに潤いがなく、とスローでもゆとりでもない日々が続いていました。

そうなると、何か可愛いものや、身近な自然などに心のよりどころを探します。

小さい頃から、実家の庭には鳥の餌台があり、父が野鳥の世話をしていました。

千葉の田舎なので、スズメやメジロ、ヒヨドリはもちろん、セキレイやムクドリ、オナガが来ていたこともあります。モズやウグイスも当たり前でした。

父の後をついて、「鳥のごはん」をやるのが好きでした。そんな思い出があるので、引っ越しの多い人生ですが、その場その場で鳥寄せをしてきたのです。

私の事務所も住まいも今は四谷ですから、野鳥は、餌ならゴミなどをあされば豊富にあるはずです。

それでも、やはり美味しいものを求めてか、パンをやればサッと寄ってくる。それがうれしくて、ミカン、リンゴ、キウイ、キャベツ、と餌はエスカレートしていきました。

餌がないと、窓越しに、のぞき込む鳥たち。「はいはい、ごはんね」なんて飼い主気分を楽しんでいたのですが。

バタバタと翼をならしカラスまで来てはもう、ダメです。窓を開けたら、あの大きな黒い生き物が部屋に入ってくるかも、と思うとゾッとする。

「メジロはよくて、何で、カラスがダメなのか」と迫られたら、論破できないこの矛盾。

「だって、カラスでは癒されないんだもの」なんて言っても世の中、鳥業界は通らないでしょう。

ヒヨドリは乱暴ですが、まあ、まあ、いいだろうと許していたのですが、このたびはひどい目にあいました。

出張があり、餌の無い1週間を過ごした鳥たちです。「別に、私の餌が無くたって困らないだろう」と思っていたのが甘かった。

帰ってきたらびっくり!ベランダに置いたシクラメンの花を、見事に食べつくしてくれました。

一度ヒヨドリがつついていたのを見たことがあります。餌がなくて、最後は花に及んだ。もしかしたら、私への当てつけなのかも。

「きっと、奴らの仕業に違いね〜」なんて、もう私の心の中では、昔の岡っ引きが「捕まえてしょっ引いてやる」というくらいの憤りとなりました。

癒されるどころか、こんなに頭に来るなんて。冷静になれば、勝手なおばさんです。わがままとしか言えません。

そもそも選り好みするなら、鳥寄せなどするな、ですね。

いまは、観葉植物となってしまったシクラメンを眺めながら、わが身を責めるのでした。

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お仕事 えびす市場 2017/02/20 1:49 pm

先週に続き奈良県吉野町の話題。蛭子神社のある上市地区を活性化しようと、住民が集まり「え〜びす」というグループができました。

何度も会議をして、先日「初えびす」の日に「えびす市場」と「懐かしの写真展」を開きました。住民手づくりの賑わいおこしです。

柿の葉寿司や吉野和紙、地酒をはじめ、極安バザーも。1300人が訪れ、苦労した「え〜びす」の皆さん、えびす顔でした。

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上市はなかなかいい感じの、野口好み?のまちです。

古い家と、路地と、吉野川と、雰囲気のあるところです。詳しくは前のブログに書きました。

http://noguchi-tomoko.com/modules/yutoriaruki/details.php?blog_id=394


ここでわたしが最初のワークショップをしたのが、昨年12月14日のこと。役場が一度下ごしらえの会合をして下さっていたので、まちを良くするアイディアは、どんどん具体的なことが出ました。







そのアイディアを、すぐやること、少し先、いつかに分けて、さらにグループごとに人気投票をして、書き出します。50人近くいると、整理が大変!

でも、みんなのやりたいことの傾向が見えてきました。





中でも、「初市」、「初えびす」の市の日に、何かやろうという動きには、時間がありません。

にぎわい起しをやりたい人が、急きょ1月5日に集まって、またまたワークショップ。

ここで、写真展やお店をやろうということが決まっていきました。



そして1月20日。この日は、「上市みらい会議」と役場が決めた名前に、みんなで愛称をつけました。少し固かったのです。

蛭子神社のある上市ですから、みんなの集まりを「え〜びす」と呼ぶことに決定。多数決です。





1月20日、全体が集まった2回目のWS。ただ賑わえばいいのか?まちを愛する人を育てながら?などなど、わたしは理屈をこねます。

でも時間がないので、後半は「初市」についての打ち合わせ。

フリーマーケットとバザーとどう違うのか?何かやりたい個人が手を挙げるべきなのでは?町内会に呼び掛けて、不用品を出してもらう、組織的にやるしか時間がない。個人の写真をいろいろ呼びかけて集めては?今年はとりあえず、できる範囲で写真を飾るしかない。会場は2か所?開催は2日間?いや1日だ、1か所だ、云々。

などなど、もめるもめる。

こういう時間が一番おもしろい。みんなが真剣に前を向いているから、譲らない、声も大きくなる、血圧も上がる・・・。
こういう場面がまちおこしには大事です。これはできるぞ、と感じた瞬間でした。


そしてあっという間に2月10日。みんなが用意した「えびす市場」という名の店が明日開店です。

まちの中心にすわる蛭子神社にもお神酒がいっぱい。







夜10時近く、「え〜びす」が使う元スーパーの空き店舗にはまだ電気がついています。

あいにくの雪もよう、まだ用意をしているのかしら?みんな風邪ひかないかしら?






2月11日、初市当日。晴れました〜。

いつもはモノトーンの上市のまちが、露店の極彩色に変わります。








わあ〜、いい看板。誰が作ったんだろう?ちゃんと「初市」の歴史や、えびすさんについても解説がある。

ただ、物売りだけの場でなく、学びもある場にしよう!の実践ですね。





中をのぞくと、まだまだ準備中?いやもう開店?

値段の取り決めや会計など、ぎりぎりまで準備なのでしょう。おじさま達、おばさま達、皆さん若くはありません。昨日までの準備で、もはやヘトヘトのはずです。





上市で人気の「焼餅」、並びました〜。











やはり名物の柿の葉寿司も、スタンバイ。











なんとなく開店したかな?と思ったら、次々とお客さんです。

みんな、ただの露店だけじゃつまらなかったのでしょう。それに、センターのスペースを占める不用品バザーの安いこと。

え?コートが300円? ベビーカーが1000円?ざくざくと売れていきます。


一方、上市の昔の写真を飾る「上市懐古写真展・資料展」はしっとりと、ゆっくりと。

昔を思い出したり、初めて見る光景だったり。お年寄りも若者も実に丁寧に見入っていました。






これが昔の上市の「初市」だそうです。蛭子神社前。今もこのあたりの風情は健在。

レジャーのないころ、この「初市」はみんなの楽しみだったのでしょうね。







時代は変わり、吉野町の「地域おこし隊」として都会から素敵な女性がやってきています。

「えびす市場」のお隣の空き店舗で、彼女のアイディア木工品を販売。

新しい、センスのある視点が、まちをよくしていこうと頑張っていました。同じ「初市」でのチャレンジです。


私は、お客様の人数を数える係を、ちょっぴりお手伝い。すると、うどんと柿の葉寿司をスタッフとして分けていただけました。

同じテーブルでご一緒した「え〜びす」のおじ様たち。くたびれ顔でも、時々冗談を飛ばしてくださいます。

きっと明日からどっと疲れが出るでしょう。(もはや疲れている)でも、どの方も、後姿がかっこよく青春しているみたいです。

みんながチャレンジした「初市」、まちが再び青春した日。「えびす市場」には、なんと1300人のお客様が訪れたのでした。

眠っていた不用品自身が、喜んでいるように見えました。使い方で、新しい命が吹き込まれる。それは、物も、人も、まちもでしょう。

携帯などの部品を再利用してアートや、アクセサリーにしたものも展示販売に。う〜ん、終わったものが新しく美しく輝いている。

上市の「え〜びす」の動きは、そんなことを教えてくれたのでした。


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ゆとりある記 「国栖奏」 2017/02/13 12:10 pm

奈良県吉野町南国栖に伝わる「国栖奏(くずそう)」という祭事に参加してきました。

吉野川岸壁に建つ小さな拝殿、わずかな敷地に人が集まり外側からは神事も舞も見えません。

でも、1600年前に発する歌舞だと知ると、雪の中に響く鈴の音が何とも荘厳に思えます。

にわかづくりの観光イベントなどとは無縁に、淡々とこの祭事を伝承している地域、人々に、神々しさを感じました。
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吉野町のホームページには「「国栖奏は、毎年旧正月十四日に、吉野町南国栖の天武天皇を祭る浄見原神社で古式ゆかしく行われます。早朝から精進潔斎をした筋目といわれる家筋の男性、舞翁二人、笛翁四人、鼓翁一人、歌翁五人が神官に導 かれて舞殿に登場し〜略〜」とあります。今年は、2月10日13時から行われたのでした。


雪模様、知人の運転に身を任せ、たどり着いた南国栖・浄見原神社。本当に小さな建物が崖の途中にかろうじてちょこんと建っています。

少し遅れ気味だったので、人の群れに囲まれて、拝殿の様子は見えません。傘やカッパが視界を遮ります。

それでも聞こえる、「国栖の翁〜〜〜♪」という謡や、時々見え隠れする、クリーム色の装束、男性のゆったりとした手の動き、そして鈴の音。

だんだん、心が静まってきます。


ここにいる人たちは、地元の方々?民俗学などを学ぶ人?それとも歴史散策の方々?

いろいろな人たちが、足場の悪い中をびっしょり濡れながら鈴の音を聞いています。

「永遠」という掛け声のようなものが聞こえました。「永遠」と聞こえたのですが、次には「えんえい」と聞こえます。

どうやら「えんえい」が正しい。どんな意味なのでしょう?「三月、えんえい」「四月、えんえい」こうして一年を巡った後は、個人名が読み上げられて同じく「○○○○、えんえい」と繰り返されていきます。

「遠栄」永遠に栄えるという意味なのだろうか???と思っていると、雪の空から光が差しました。

“神っている、そんな場に私、いま立っている!”ここにきて自分が浄化されたようです。


祭事は1時間ほどで終わり、装束の男性は、お供え物や楽器を恭しく掲げ、足元の悪い階段をそろりそろりと降りていきます。

観光イベントではありませんから、メガホン持った人が解説するわけではないし、お客様席があるわけでもない、誘導もない。

見せていただけるだけでありがたいのですから、わかってもわからなくとも、良しとする。この空間に居られたことがうれしいと思えてきます。


人が崖の下に降りて行った後の拝殿、舞殿といった方がいのでしょうか、円座が並びます。

ここで毎年、ずっと同じことが続いているのですね。見物の人が居ようと居まいと、寒かろうと、雨だろうと。

同じことが粛々と。



町が立てた看板にはこんな説明が。
「〜略〜『古事記』『日本書紀』の応神天皇(今から1600年前)の条に、天皇が吉野の宮(宮滝)に来られた時、国栖の人々が来て一夜酒をつくり、歌舞を見せたのが、今に伝わる国栖奏の始まりされています。〜略〜さらに今から1300年ほど昔〜略〜大海人皇子(天武天皇)が挙兵したとき、国栖の人は皇子に味方し略慰めのために一夜酒や腹赤魚(うぐい)を供して歌舞を奏しました。〜略〜」

そしてもう一つの看板には「謡曲 国栖」の説明が。


お供え物には、根芹、ウグイ、栗、一夜酒、赤ガエル(これは陶器製)などが並びます。










これも遥か昔から、同じものをお供えしてきたのでしょう。かつては本当のカエルをお供えしたのでしょうか?









参加者には、地元の方々が用意したお餅が振る舞われました。ありがたい丸餅です。










テントを張って、寒さの中をぜんざいを用意されていたご婦人たち。「ぜんざいが終わってしまって、すみません」と、お餅だけ振る舞ってくださいます。

「こうして漬物を挟んで食べても美味しいよ」地元のお米で搗いたお餅は噛むほどに美味しく、その心づかいに温まりました。



誰かが作った雪だるま、「国栖奏いかがでした?」と見送ってくれます。

若い女の子二人の後ろ姿がありました。地元の子でしょうか?平日だし、大学生でしょうか?

雪道を何か楽しそうに話しながら歩いていきます。

彼女たちの中に「国栖奏」はどのように残ったのでしょう?そしてこの国栖という土地が、どんな存在となったのでしょう?

神々しい時間を共にして、それは忘れられない思い出になったはずです。

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お仕事 体験催し運営チェック 2017/02/06 2:13 pm

着地型観光と呼ばれる、地域資源を活かした体験プログラムが盛んです。

でも、その現場を仕切るのはたいてい素人の市民。地域愛に燃えて企画しても、結局お客様を迎えるとドタバタになってしまいがち。

企画側とお客様、双方の満足のために、一目でわかる運営チェックを作りました。

ワークショップで何人かの頭で考えると、発見もあり良い出来上がりになりました。紀の川市で。
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現場のコーディネートについては、今までこのブログでずいぶん書いてきています。

どんなに凝った渾身の内容でも、会場が寒かったりすると参加者には「早く終わってほしい催し」になってしまう。どんなに冒頭に一生懸命説明しても、ずっと立ちんぼで聞かされたのでは「最初から疲れた」になってしまう。

まあ、こういうことに気を付けましょうというようなことです。

例えは悪いですが、家でお母さんが気づかってくれるようなこと。悪いというのは、お父さんだって気づかって当然のことだからですが。

最初に、気を付けることをアイテムであげました。これのもとは、紀の川市フルーツ・ツーリズム、「体験チーム」のお一人が本一冊になるくらいの注意アイテム集的なものを作ってくださいました。それを下敷きに、最低限の簡単なものを作ろうというもくろみです。



それを私一人で作って、はい!と見せたのではみんなの中に染み込まない。なのでワークショップにしました。

前日、地域おこし協力隊の女子と、お部屋にこもりおおきな“曼荼羅”風のものを作ります。

カードに書きだした、最低数の気を付けようアイテムを、「衣」「食」「住」「情報」「記録」「運営管理」などのカテゴリーに分けていく。

さらにそれを、事前、当日、事後の時間軸を意識しながら置いていく。まあ、楽しい下ごしらえの作業です。



そして「体験催しコーディート講座」ワークショップ。毎回、何人参加かわからない、来た人数あわせでやっている人づくり塾。

地域づくりできる技術を市民に身につけてもらうための講座です。が、一番身に着けていただきたいのは、実は若手市職員ではあります。

さあ、元の大図が広げられたので、2班に分かれて、足りないアイテムなどを出していきましょう。

いろいろな人が居るので、気づくところが様々。そこがワークショップの面白さです。



体験プログラムといっても今回の場合、個人が数人のスタッフでそれほどたくさんのお客様相手でなく行うケースを頭に置いて考えました。

「下見やリハーサルが大事」と主張されるのは、先の本一冊になるくらいを作られた男性。

彼は、以前、予定していた催しで実っているはずの柿が予定通りに色付かず大慌てした経験を持ちます。自然の物相手ならなおさらリハーサルや下見は大事でしょう。

「道具一式の予備」が大事と加えたのは、アクササリーや造花などのスクール指導の女性。

なるほど、いざ、というときに道具が壊れたり、無くなったり、急に人が増えたりなどしますものね。



「当日スケジュールを紙に書く」を加えたのは、コンニャク作りの名人。この女性は「料理チーム」の方。

あまり詳しい打ち合わせができないまま、スタッフが当日集合だとする。時間の入ったスケジュールのプリントが配られる、貼りだされている、それだけでなんとなく皆動けます。

お客様も、それがあると、今、時間が押しているのか余裕があるのかわかる。みんなで、やることと時間を管理できます。

「駐車場や場所の地図」とおっしゃったのはデザイナーの男性。

確かに、当日「どこかわからないんですが〜」の問合せに電話で説明していると他のことができません。前もって参加者にファックスしていればOKですね。

「始まる前のスタッフの気合い入れ」と加えたのは、20代の市職員。この女性、「気合い」を表す絵として「力こぶ」を描きました。

「和やかな雰囲気作り」ああ、これも大事。折り紙大好きの主婦の方からです。

ついつい進行に夢中になると、どんな雰囲気で体験時間ができあがっているのか客観的に見ることを忘れます。笑顔もなくなります。(私が反省せねば・・・)

「食べ物・飲み物」「荷物置きスペース」「弱者への配慮」「事後のお礼状」などなど、びっしりになっていきました。



実は、こういうことを言い出したらやはり本一冊になってしまうのです。

が、この「体験催し運営チェック曼荼羅」をざっと見るだけでも、ひとつ頭に残ったことがあるだけでも、現場のコーディネートはうまくいくのではと思うのです。

巨大な「曼荼羅」はこの後、たくさん絵が加わって、A4サイズに手書きで縮小され、コピーして完成。

この3月5日から始まる「紀の川フルーツ体験!ぷるぷる博覧会“ぷる博”」の、65の体験催し企画者「仕掛け人」さんに配られることになります。

さあ、気合を入れて、失敗は栄養です。今回で催し仕掛け人として、みんなぐっと成長しましょう!

「ぷる博」についてはこちらから↓
http://fruits.oyoyaku.com/app/page/info/20170110puruhaku_panf



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写真でみるゆとりある記

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連絡先

野口 智子 のぐち ともこ
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局
ゆとり研究所

TEL 090-7433−1741
E-Mail yutori@noguchi-tomoko.com

NPOスローライフ・ジャパン
〒160-0002 東京都新宿区四谷坂町9−4 リカビル301
TEL 03-5312-4141 FAX 03-5312-4554
E-Mail slowlifej@nifty.com


略歴

<野口智子(のぐちともこ)>
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局長
千葉市生まれ。東京でコピーライター、プランナーを経験。1977年静岡県に移り企画・編集プロダクション設立。
1992年ゆとり研究所を開きコンサルタント業務を開始。
ライフスタイルの提案、「一店逸品運動」による商店街の活性化、時間消費型観光おこし、人材育成などの分野で活動。
2000年からスローライフ運動を開始、2003年スローライフ・ジャパンを設立、現在、事務局長・副理事長。
2006年から活動拠点と自宅を東京へ。現在はスローツーリズムの提案、商品開発、地域観光の育成、都市と田舎の交流、移住・定住プロジェクト、“食”をテーマにしたまちおこし、などに力を入れている。住民参加の独自の楽しいワークショップが得意。
現在、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域再生マネージャー(ふるさと財団)、国土審議会半島振興部会委員。