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ゆとりある記 「大しめなわ創作館」 2017/05/29 2:30 pm

島根県飯南町(いいなん)でここを見学しました。長さ13.5メートル、重さ4.5トン、出雲大社の大しめ縄もここで造られているそうです。

全国の神社からはもちろん、海外からの注文も。ドバイのお金持ちからは、私邸の日本庭園東屋用に大社サイズのオーダーがあったそうです。

もくもくと藁作業に取り組む土地の高齢者の技術が世界に羽ばたく。しめ縄パワーを感じました。
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飯南町は島根県出雲から南へ下った、広島県の境にあります。山深いところ、冬には豪雪に見舞われ、スキー場もあります。

それだけに、出雲市内から車で進むと、空気は澄んで、神々しいほどに美しい山の景色となりました。

ここに、「大しめなわ創作館」ができたのは、平成26年のこと。今や町の重要な観光ポイントでもあります。





昨年出雲大社の大しめ縄は眺めたものですが(写真)、そうですか!あのしめ縄はここで造られていたのですね。

出雲大社のしめ縄は、数年おきにかけ替えられる。昔は観光客が、お金を挟み込むいたずらが多かったそうです。いまはそれは少なくなったものの、風で飛ばされた砂が相当入り込む、また、鳥たちが巣を作る材用として藁を抜いていくなど、で長持ちはしないようです。



館内で説明を受けました。大しめ縄には、「赤穂餅」というもち米のわらが使われるそうで、普通のわらに比べると、異様に背が高い。155センチの私の背丈ほどある。

この稲は実を付ければ名の通り赤いのですが、穂をつける前に刈り取り、青い色が残るようにすぐ乾燥させるのだそうです。

このしめ縄用の米を撒くところから始めるので、しめ縄はそうそうすぐにはできません。出雲大社の大しめ縄には1.5ヘクタールの田んぼの稲わらが必要だそうです。



これをまっすぐなものだけに整えて、まずはすのこのように編む。それをいくつも繋げていって、大きなものにする。中に普通のわらを芯としてして入れて巻き込む。その長いものを2本造り、人力でよじる。

書けば簡単ですが、造るのには容易でない。何人の手が、何日かけて造ることやら。そのよるときなどは、写真を見る限り40人くらいの人が背丈ほどの太さの縄と格闘しています。



たかが縄なれど、これは神の世界と我々俗世界を分ける結界。その起源は1300年以上も昔にさかのぼるそうです。

神話の世界では、天照大神が天岩戸から出た際に、二度と天岩戸に隠れないようにと、しめ縄で戸を塞いだのが起源といわれているとか。



しめ縄から下がる房のようなのは「〆の子」、しめ縄が雲とすると、これは雨、下がる紙垂は雷という意味があるそうです。五穀豊穣を願ってなのでしょう。

100円ショップで売られるプラスチック製のしめ縄もどきが出回っている中で、さて、そもそもしめ縄とはと考える機会を得ました。

飯南町に出雲大社の分院があったことから、昭和30年から出雲大社の大しめ縄を造っている。今は、平成30年7月に大しめ縄をかけ替えの予定が入っているそうです。



大しめ縄を奉納した場所のマップがありました。ほぼ全国、そしてハワイまで。聞けば、神社だけでもない。焼酎のメーカーから新社屋につけるために。

そして、冒頭のドバイからの個人的な注文も。ある意味、出雲大社が見本で、「あれが欲しい」となったらここに注文が入ってくる。そうそう商売敵?もいないでしょうから、町の産業にもなり得ますね。



しめ縄体験はもちろん、ミニしめ縄も売られていましたが、なんとかこの技術を伝承しながら、産業起こしまで行けないか?と思います。

高齢者の守る尊いしめ縄技術をてっぺんに、すそ野はもっといろいろライトにできそうな気がしてきました。既に、しめ縄型のフランスパンがあるみたいです。

ならば、しめ縄ドーナツも、クッキーも、パスタも、ペンネも、ソフトクリームもできますね。アクセサリー、バレッタ、バック、クッション、枕、etc、ああ、止まりません。

神様に怒られない範囲で、しめ縄グッズ作りをしたくなりました。

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ちょっとしたこと 虫に想う 2017/05/21 9:43 pm

名著『どくとるマンボウ昆虫記』を読んでいます。北 杜夫さんの虫に対する観察眼とその文学的表現に、虫への愛情を感じます。

都会の女性は虫嫌い、マンションに虫を寄せ付けない。それでいて無農薬野菜や美しい自然を求めがち。

緑豊かな田舎は虫だらけ、夏にはガラス戸びっしり虫が集まります。ナチュラルに暮らしたいけど虫はイヤなんて、虫はいったいどうすればいいのでしょう。
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虫の話題なら尽きません。

観光地のある旅館で、「部屋にトンボがいて、怖くて眠れないから捕ってくれ」とお客様からのクレーム。子どもならともかく、大人の男性。番頭さんが窓を開けると、バタバタ羽ばたいていたトンボはサッと出て行ったとのこと。

IT系の仕事についている若い男性、部屋には造花を飾る。「本当の花や観葉植物は、虫がきそうで気持ちが悪い」とのこと。

高層マンションで育った子どもたちが通う武道の道場で、その子たちの世話を私がしていた時のこと。きゃ〜〜と逃げ回る子どもたち。「先生、つかまえて」「虫がいて稽古できない」これ、たかが蚊一匹の話です。

無農薬野菜をウリに料理を出す田舎のレストランで、一匹のハエ。近くの牧場から飛んできたのでしょう。「嫌ね、不潔ね」と女性客。じゃあ、無農薬野菜など食べるな!



自然一杯のなかで暮らしていれば、好き嫌いなど言えない。だから、これほどまでに嫌うのは都会人です。いつからこんなに虫嫌いになってしまったのでしょう?

確かに私だって、ムカデが天井からポタンと落ちてくる、大きな蛾が粉をバタバタ落としながら電気の周りを飛ぶ、蜂が部屋に入ってくる、など好むわけではありません。

かつて泊まった民宿で、布団に入っていたカメムシ50匹くらいをガムテープでつかまえた夜もありました。この時は「このカメムシの人生は・・なんて」考える余裕もなく、殺戮を繰り返したものです。

でも、普段はそうそう虫を嫌いませんし、我慢もできるつもりです。



湿り気のある草原は、よく見ると土かと思えば全体がうごめくように虫がいます。土を少しいじれば、軍手はちいさな虫だらけ。名前も知らない動くものが、圧倒的に私を囲います。

そんな中に、虫嫌いの若い女性や子どもが入ったら、パニックして気絶するのではないでしょうか?

きれいな緑、そこは虫だらけなんです。虫だけでない、トカゲも、カエルも、ネズミも、狸も、アナグマも、キツネもたくさんの鳥もいる。もちろん、鹿も、猪も、クマも。

書ききれないとんでもない種類のおびただしい生き物の中に、ほんの一時お邪魔している人間なのに、偉そうにしているから、蚊一匹で悲鳴を上げるようになる。



田舎と都会と行ったり来たりの暮らしをしていると、都会人のそんな傲慢さが露骨に見えて、腹立たしく、ひ弱さににあきれ、怒るわけです。

このブログで怒ったところでどうしようもないのですが、虫嫌いの都会人、あなたたちおかしいですよ、とだけはどうしても言っておきたい。

もしもあなたが、姿を現しただけで悲鳴をあげられ、嫌われ、殺されそうになったら。いったいどうしますか?虫にも言い分はあるでしょう。



今いる、和歌山県紀の川市の家で、ツバメが雛を育てています。黄色い口を開ける雛めがけて、1分おきくらいに親ツバメが餌を運びます。

ピンボケですが、一羽の親が巣にとまり、もう一羽が羽ばたいた瞬間です。親ツバメに捕らえられ、雛の口に運ばれる虫たちは、いきなり殺虫剤をかけられる虫よりは幸せなのでは、なんて考えてしまします。

北 杜夫さんのフンコロガシの解説などを読んでいると、一度この虫にお会いしたくなります。うやうやしくご挨拶などしたくなるわけでした。

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ゆとりある記 ファーマーズ・マーケット 2017/05/15 1:27 pm

各地にありますが、私が行くのは近くの東京・青山。農産物を買うだけでなく、ここには皆がいろいろな「こと」を求めて来ます。

安心安全は当たり前、試食や農家との会話はもちろん、もっと求めているのは生活提案でしょう。

だから「え?知らなかった」「なるほど」と声が上がる店では高くても品物が売れています。

逆に、安くても“品物だけ”のところは魅力がない。厳しいですね。
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まあ、いつも混んでいます。












ただ品物を見るだけでなく、「ふ〜〜ん」とか「ねえねえ、ちょっと見て。クラッシックを聞いて育ったバラだって」なんて留まるので、滞在時間はやたら長くなります。








布のバケツでジャガイモ栽培は見たことあるけど、ほほう、盆栽もですか〜。










千日紅のリース、色の選択がいいですね。夏の花を今までこうして持たせる方が大変でしょう。










胡麻ってこうして絞るんだ〜。胡麻話に耳を傾けます。











トマトを食べないで、花の代わりにいいガラス皿に活けようかしら。











友達の披露宴の帰りに寄りたくなる“農産物市”なわけです。











ルバーブなどは当たり前のもの。












ジャムやお菓子以外の、ルバーブの使い方を教えてもらいたい。











摘み草屋さん。量り売りの缶がいい。田舎では嫌われるセイタカアワダチソウも入浴用に提案していました。









今時のファーマーはスタイリッシュです。











私的に、今回の一番!はこれ。夏みかんの皮からエッセンシャルオイルを採り、クリームや洗剤にしている農家さん。

その蒸留装置を動かして見せてくれている。皮の入った水がぐるぐる回り、そこから蒸発したオイルが冷やされて、装置の先っぽでぽたりぽたりと落ちる。

見ていて飽きないし、皮をここまで使ってくれる、その心意気がうれしくなります。夏みかんも喜んでいることでしょう。




手にも、唇にも、こういう「バーム」を使う、お掃除はこの精油入りの洗剤を使う、そんな暮らしに近寄りたい。そう思ってしまいます。

だから、小さなものですが合計1900円を支払います。そして私、今朝から周囲に見せて自慢しております。

これからこれを使うたびに、自然に寄り添う暮らしを確認することになるでしょう。

そういう時間もこの“もの”には含まれているのです。物が満ちてる今、特に都会では、買い物はすっかり“買いごと”になっているのですね。

特に農の世界には、それが求められている、と思います。

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ゆとりある記 ロケットストーブ 2017/05/07 9:45 pm

小型のドラム缶「ペール缶」を2つ繋ぎ、なかに煙突を通し、パーライトを煙突の周りに詰める。煙突の下で薪を燃すゴーッとロケットのような音を立てて燃え上がり、煙突の上で調理ができる。燃焼効率が良く煙はほとんどない。

アウトドアや、災害時に活躍するロケットストーブを紀の川市細野渓流キャンプ場で作りました。少しの薪ですごい火力です。

みんなでストーブを作る工程も楽しかったですが、森の中で食べるストーブ料理が美味でした。
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紀の川市の南の端っこ、山のなか、このキャンプ場は清流が美しく、蛍が飛び交うことで知られています。









皆が集う広場横の水場には、クレソンが茂りメダカが泳ぎます。こんな場所に身を運ぶだけでも、すがすがしい。そこで5月6日、連休の終わりにストーブ作りの催しがあったわけです。







使うのはこの「ペール缶」というもの。エンジンオイルなどが入っていたものが、ガソリンスタンドでいただけることもあるとか。

なるほど、今日のはその廃物利用のようでまずは中の油をふき取ることからです。





皆さんは金切バサミというのをご存知でしょうか?私は初めて扱うので、力の入れ方がわからない。金切り声をあげたくなりながら、ようやく缶をぐるりと切っていきます。

結構子供たちがうまい。う〜ん、えらい。











この缶の中を煙突が通るようにする。それには、丸く穴を切り取らねばなりません。

だんだんコツを覚えると、缶を切るのがおもしろい。切りすぎたり、曲がったりするのだけれど、まあまあそれが面白い。みんな笑ってごまかしてしまうのです。



ほら、こんな風に煙突が入る。

切り口は鋭いので、扱いに気を付けて・・。









ご夫婦で作業。こんなこと初めてですよね〜。










あっちでもこっちでも、ペール缶と煙突と格闘している。家族が、夫婦が、友達が。

なんだかこのこと自体が珍しい光景です。






ようやく形になったら、さかさまにして煙突の周りにぎっしりと、断熱材となるパーライトを詰め込む。

マスクをして用心深く。そして底を止め、ひっくり返せば完成です。













細かく言えば、持ち運び用の取っ手をつけたり、五徳のようなものをつけたりなど、作業はまだあるのですが、ご覧くださいこの威力。

ほんの少しの薪に火をつければ、勝手に空気を吸い込んで、勢い良く燃え、煙さえ燃えてしまいます。

冬ならストーブとしてのパワー絶大でしょう。








しかし今は春、ストーブよりも調理用です。

いきなり餃子作りが始まりました。果物産地です、ならばスイーツ感覚の「フルーツ餃子」はちみつ・チーズ入り。

僕の作ったストーブで、これを焼くんだよ〜。











イノシシ肉も焼けました〜。ジビエがぴったりのストーブです。

森の中で食べる猪肉ステーキ、思わず私、ビールを買いに走りましたね。

もちろん定番のキャンプ料理、焼きそばなどもサッとできる。火力が強いので、炒め物に向いています。男子たちが料理したがる環境。










そもそも「ロケットストーブ」って何?と主催者に伺うと、あの名著『里山資本主義』を渡されました。

このストーブは1980年代のアメリカで開発されたもので、もっと大掛かりなものだったとか。それを広島県庄原市の方々が手軽なものに改良し普及したのだそうです。

これを使えば里山はそのまま燃料の山となる、枯れ枝を毎日集めて煮炊きに使えば経済的。しかも荒れていた、山の手入れもできる。「エコストーブ」として、どんどん広まっていったのだそうです。







この本をかつて読んだときには、さらっと頭の中を通っていた情報でしたが、この度実際に作り、その威力を目の当たりにして、この装置は凄いとストンと腑に落ちました。

各家でこのストーブを持てば、キャンプなどでわざわざ炭を起こさなくてもいい。第一、高価なキャンプ用品を買わずとも、こうして自分で作れる。

作ったストーブ料理をいただきながら話も弾む。後片付けもらくちん。煙でいぶされることもない。そしていざというときは、いよいよ大活躍となるはずです。


今回、5組の参加者がストーブを作りました。終わるころにはみんなが友達になっていました。

多少の苦労をしてストーブを作った時間が、人間関係もつくり、あたためてくれたのです。

子ども達には忘れられないゴールデンウィークになったことでしょう。

そしてこのストーブを使うたびに、みんながいろいろなことに気づき、考えることになるでしょう。電気がなくてはダメ、ガスがなくてはダメ、ではなく、素人でもできる、少しの薪でも炊ける、自然とともに生きられる、を体験したのですから。

この催しを企画し、みんながスルスルと作業できるように道具の準備からマニュアル作りまでされた、主催者・スタッフに感謝します。

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ゆとりある記 ブラリ神楽坂 2017/05/01 11:59 am

地方の方には「それ、どこ?」という場所でしょうが、都内の方には「ああ、あそこ」という場所。新宿区・早稲田通りの一部、約500メートルほどの緩い坂。

大正時代の花街の風情が残り、石畳の路地などで知られます。

今風のお店が急に増えて情緒は減少しましたが、その新旧のせめぎあい、住空間と観光の同居が不思議な雰囲気をつくり、カメラを向けたくなります。散歩してきました。

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私が住んでいる四谷から近いので、家人とブラブラよく出かけますが、GWのせいか昨日は混んでいました。

お堀端のレストランは、もはや大行列。





飯田橋駅のある外堀通りから坂を上がって行くと、大久保通り。だいたそこまでが坂下、坂上といって神楽坂と呼ばれるあたりですが、最近は延長しさらに上ったあたりを奥神楽坂と呼んでいるそうです。

奥神楽坂から、下の方をのぞくとこんな感じ。歩行者天国の時間は散歩にもってこいです。


まあ、ここで神楽坂をガイドする気はありませんが、その昔近くの神社から神楽がよく聞こえていたからこの名があるとか、由来には諸説あるそうです。

今は、食事坂、買い物坂、散歩坂でしょうか。気の利いた店が、あっちにもこっちにも。「こんなに店があって、よくやっって行けるね〜」なんて言いながら歩くわけです。

花街の雰囲気のある路地にあるイタリア料理屋さん。いつかここで食べることがあるのか?と思うくらい、いつも混んでいます。

その並びにはビスケットやさん。風景は和風の佇まいなのに・・。





かといって、何処までもおしゃれかと思うと、生活感ムンムンなのが神楽坂の路地の魅力。

京都ほどおすましでなく、飛騨高山ほど自然と一体でもない、金沢のように重くもない。

「ちょっと情緒あります」という程度の路地ですから、実は地方のそれには完全に負けているのです。が、そこは東京、お手軽にみんな楽しんでいるのでしょう。

お洒落と野暮と、古さと今と、情緒とえげつなさと。いろんなものがこんがらかっているから、なんだかおもしろいんです。





古い木造アパートの一部屋がショップだったり、突然、飲み屋さんだったり。

以前あった店がもうなかったり、とんでもない店が一坪くらいで開店していたり。

人間ていろいろ考えて、おもしろいなあと思います。


やたらおしゃれしたお嬢さんたちが歩いていたり、地元のおばあちゃんが揚げ物を買っていたり。

チーズを各種試食できる店があったり、昔からの瀬戸物屋さんがあったり。





路地の階段を親子連れが楽しそうに歩いていたり、フランス語のカップルがガイドブック見ながら迷子になっていたり。

まあ、こちらも夫婦でカメラをぶら下げながら、行ったり来たりしているわけですが・・。












こういう街はこれからどうなるのでしょうか?みんなが飽きたら、また元のような古い路地の街になるのでしょうか?

地元では、昔の雰囲気や景観を守る団体が活動していたりしますが、儲かるとなったらなんでもアリ!の今の風潮が、この街を食い尽くしてしまわないでしょうか。



奥神楽坂エリアに、家人お気に入りの本屋さんがあります。

本屋なのですが、カフェです。カフェから入ると、なかが白木の本棚で、香りの本や、日本文化の本や、写真関係の本や、店主のセレクト眼が伝わるいい括りで並んでいます。小さなギャラリースペースも。

私は田舎暮らしも好きですが、本屋と喫茶店には不自由します。こういう店で次々と面白い本を立ち読みし、コーヒーを飲む。そんな時間は、東京に戻ってきたときに存分に補充したい。そんなことができる店でした。

神楽坂を歩く人たちは、私たち夫婦も含めほとんどが地方出身でしょう。何を求めて繰り出してくるのか?食べるのか、歩くのか、語るのか。

そんなことを夫婦で論評しながら、きっとまた地方から戻ったら訪れることでしょう。

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1971年女川原発設置反対漁民決起大会の写真
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連絡先

野口 智子 のぐち ともこ
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局
ゆとり研究所

TEL 090-7433−1741
E-Mail yutori@noguchi-tomoko.com

NPOスローライフ・ジャパン
〒160-0002 東京都新宿区四谷坂町9−4 リカビル301
TEL 03-5312-4141 FAX 03-5312-4554
E-Mail slowlifej@nifty.com


略歴

<野口智子(のぐちともこ)>
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局長
千葉市生まれ。東京でコピーライター、プランナーを経験。1977年静岡県に移り企画・編集プロダクション設立。
1992年ゆとり研究所を開きコンサルタント業務を開始。
ライフスタイルの提案、「一店逸品運動」による商店街の活性化、時間消費型観光おこし、人材育成などの分野で活動。
2000年からスローライフ運動を開始、2003年スローライフ・ジャパンを設立、現在、事務局長・副理事長。
2006年から活動拠点と自宅を東京へ。現在はスローツーリズムの提案、商品開発、地域観光の育成、都市と田舎の交流、移住・定住プロジェクト、“食”をテーマにしたまちおこし、などに力を入れている。住民参加の独自の楽しいワークショップが得意。
現在、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域再生マネージャー(ふるさと財団)、国土審議会半島振興部会委員。