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ゆとりある記 高校生頑張る 2017/07/31 3:38 pm

各地で高校生が、地域おこしに頑張る姿を見かけます。私が滞在する紀の川市粉河、ここの築100年の「山崎邸」という文化財住宅をのぞくと、粉河高校のグループが夏のイベントに取り組んでいました。

地元特産のフルーツピザを焼いたり、スイカと桃のスムージーを売ったり。館内各部屋に紀の川市クイズを仕込んだり。炎天下で経験したこの日のことは、郷土愛と自信につながることでしょう。
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山崎邸は1917(大正6年)に棟上げされた近代和風建築。綿織物で成功した山崎家の建物でした。いまは、地域おこし拠点として使われ、普段は「創 ハジメカフェ 」という名の古民家カフェになっています。






この催しは〜紀の川市のフルーツを使ったフルーツの祭典〜「KOKO夏まつり」という催し。名前は大きく出ましたね!実際はかわいらしい、催しです。

粉河高校の「KOKO塾」という名の、地域おこしなどに熱心な高校生・大学生・教員で構成されるグループが企画運営。(一社)紀の川フルーツ・ツーリズムも応援しています。

地元「粉河祭り」に、自らの手で賑わいおこしを、という思いだったのでしょう。





フルーツ一杯のピザ。一切れ100円。果物の甘酸っぱさと、チーズの味がいい感じです。










子どもたちのお小遣いで買える値段。おままごとではなく、ちゃんと高校生のお姉さん、お兄さんから食券で買う楽しさ。あちこちに子ども連れが遊びに来ていました。








売るメニューを高校生たちは試作を重ねたようです。その中でも、これは私の味覚と心を鷲づかみしました。

桃は紀の川市の夏の顔、そして実はスイカもたくさん作られています。





このスイカと桃の合わせ技には感動しました。とかく甘ったるくなるスムージーですが、さらりとさわやかに出来上がっています。

なにより色がチャーミング!これ紀の川市の名物になりますよ〜。






100年もの歴史のある建物でいただく、高校生発案のフルーツピザとスムージー。

しっとりとした畳の部屋で味わう、なかなか他にない雰囲気です。

同行の小学生の女の子が思わず言いました。「このスムージー、ママに持って行ってあげたい」



食べ物だけではありません。広いお屋敷のあちこちにクイズが貼ってあります。

このクイズをするために、お屋敷を隅々巡ることになります。







「たま駅長の居る貴志川線を走るフルーツの名の電車は?」
「イチゴ電車!」子どもたちは即答。













クイズが当たればくじ引きが。

高校生のお兄さんたちが採点し、かつ盛り上げてくれます。「ヨーヨー釣りが当たりました〜」








豪邸のお庭に、こんな風鈴も。












庭園にビニールプール。お姉さんたちのアドバイスのもと、チビちゃんが風船ヨーヨー釣りです。










しかし、暑い!お客さんは楽しんで帰りますが、企画した高校生たちは居なくてはならない。撤収までが地域おこし。

企画した時は涼しい教室で考えていたかも。この暑さは計算していたでしょうか?

でもそこはやはり若さですね。声を出したり笑ったり、暑いなりに楽しんで・・。

歴史ある古い豪邸に、若い新しい風の吹いた日。なんだか山崎邸が喜んでいるようでした。

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お仕事 桃づくし 2017/07/23 10:42 pm

この時期の紀の川市は桃一色です。桃を買いに来るお客様で桃渋滞が起きる。桃直売所には開店前から行列ができる。

ならば市民主催の催しも桃一色にと、「桃づくし体験」が行われました。

低農薬農園の桃をもぎ取り、桃農家のお話を伺い、桃の剥き方を教わり、桃100パーセントの氷蜜を使ったかき氷作りを体験し、桃バーガーをほおばる。

こんな贅沢、産地ならではですね。
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果物産地、紀の川市。桃山町には「あら川の桃」というブランド桃があります。農家さんは、今の時期毎日4時間睡眠がとれればいい方、という過酷なスケジュールで動いています。

年に一度の実りの時期ですもの、しょうがないですよね。




手前の桃畑の向こうには緩やかな山、その上にはカンカンに晴れた夏空。

近くを紀の川がゆったりと流れています。







桃ロードと呼ばれる道路のあちこちに、農家直営の売店が。少し眠そうな農家さんが、次々と桃を箱に入れています。並べた先から争うように数箱単位で買われていく。

安い!自家用ならB級品で十分ですね。東京に持って行って行商したくなってしまいます。



さてこの日の催しは「まるごと『あら川の桃』づくし体験」。家族連れの中に私も混じります。

畑に行くと、重そうに桃が実っていました。







途中で、作業中の農家さんから少しお話をうかがいます。

「こういう桃は、なかが割れてる。こういう桃がいい」「でもそれを見るには売っている桃をひっくり返してみなくちゃだめですね。さわることになる」などなど、質問山ほど。





桃を採るには両手で持って、腰を下ろししゃがむようにして引くと上手に採れる。

生まれて初めての桃収穫です!!







採れたよ〜。ずっしり。












桃を抱えて歩く桃畑、低農薬の畑には草が生え、虫も一杯。子どもたちはもっと遊びたくてなごりおしい。

さて次は・・・。







◆先頭の幟を持っている方が、この企画をした「紀州百匠隊」。
https://www.facebook.com/kishu100show/?fref=ts



桃をむきます。エイッと上から下に包丁を入れると、種までパカッと割れる。果物ナイフで種をほじりだすと、果肉は半球状にたっぷり。こうしてから皮をむくと、果肉の無駄はほとんど出ません。

「たしかに桃の缶詰ってこうなっているね〜」と目からウロコの剥き方でした。



桃のかき氷も体験です。南紀州の名水「古座川源流の水」を時間をかけて凍らせた氷。

これを昔ながらの手回しかき氷機でシュッシュッシュッシュッ。力を入れないと回りません、力を入れ過ぎてもダメ。





これに「あら川の桃」100%の手作り桃ソースを2段に分けてかけて、さらにアイスクリームものせちゃう。

なんと贅沢な、なんと美味しい。暑さが上品な甘味で飛んでいきます。





「あら川の桃バーガー」も別メニューで食べられます。

美熊野牛のミンチで作ったハンバーグと、少し甘い味のついた桃がメイン。されど、これだけのものがはさまれます。桃とお肉がぴったりなのでした。




◆この企画のもうひとりの企画者が「野かふぇ おりや」。
https://www.facebook.com/nocafe.oriya/
桃のかき氷、桃バーガーが普段から食べられます。営業日に注意。


帰りにのぞいたある農家さんの直売所。桃とヨーグルトのスムージーも売っています。

最近の農家はいろいろ頑張っているのですね。








翌日は選果場の売店で「桃かき氷」を販売の(一社)フルーツ・ツーリズムのお手伝い。

地域の農家さんたちの小さな売店、桃を売るだけでなくかき氷が初めて販売となりました。





水を一滴も加えていない、桃のソースをかけた氷。桃を買いに来たお客様が、「それでは、一杯」と召し上がっていきます。










今回は、市民グループと、和歌山大学の学生さんとで氷屋さんにチャレンジ。

農家と地域おこし市民と学生とのつながりができました。暑い中頑張った人たちで、次なる展開がまた生まれていくことでしょう。








桃はいいなあ〜。おいしいものはいいな〜。皆が幸せな顔になる。

紀の川市の桃、8月中旬までが旬です。








フルーツ・ツーリズムについてはこちらです。
https://www.facebook.com/purupuruclub.kinokawa/


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スローライフ運動 たたら文化 2017/07/17 11:38 am

「たたら」とは、炉に空気を送る「ふいご」のこと。たたらで炭を燃やし、砂鉄を溶かし鉄を造ることを「たたら製鉄」と呼びます。転じてその製鉄作業や場所など、全体を「たたら」と呼びます。

先日、出雲方面を訪ね、たたらが人の暮らしに広く関わっていることを知りました。砂鉄を採った跡は棚田に、炭のために山を整備、海運も盛んに、と。たたらは文化の源だったのです。

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小さい頃、セルロイドの下敷きに砂をのせ、下から磁石を動かすと、微量の砂鉄が動き、おもしろかったものです。

そんなふうに、土には砂鉄が含まれてはいるのですが、中国地方、島根県・鳥取県などの土には砂鉄が特に多く含まれていて、昔から鉄づくりが盛んでした。

鉄鉱石の少ない日本は、鉄を造るとなると砂鉄からという歴史が長かったようです。『出雲国風土記』(733年)にはすでに「鉄あり」の言葉が出てくるとのこと。それ以前から鉄づくりは始まっていたのでしょう。

5月末に奥出雲地方を訪ねた日、雨あがりの道に黒い砂鉄が浮き出して見えていました。かつて鉄師頭取として栄えた絲原家、奥出雲町の「絲原記念館」の道だからというわけでもないでしょう。いまでもここでは砂鉄が身近なのです。



山を削り、土を水路に流すと、砂鉄が重くて底にたまる。そうして採った砂鉄がこの土地の原点だったのです。何も知らずに出かけた旅でした。








砂鉄を溶かすのが、「高殿」と呼ばれる作業場。ここは雲南市吉田町「菅谷たたら」、栗材でのこけら葺き屋根が美しい。最近修復が終わったばかりです。







なかには鉄づくりの神様「金屋子神」が祀ってあり、炎が上がるため天井が高い。昔にしては巨大な建物です。

中央に多量の土を積んで作った釜が据えられていますが、実はこの下床の深い部分の基礎から、保温や湿気への配慮の有る特別な構造がなされているそうです。




釜にはいくつもの送風用の穴があけられ、竹がパイプのようにつけられて、「天秤ふいご」からの風が送られました。映画『もののけ姫』を思い出します。








雲南市吉田町「鉄の歴史博物館」に展示されていた「和鋼」。砂鉄の不純物は土とともに溶け出し、燃える炭による化学反応で純度の高い鋼ができるのだそうです。







同博物館の展示。ここでは実際のたたら製鉄の記録映画が見られます。炎と戦いながらの、厳かな作業。何でも機械化され、IT化された今の暮らしに何かを訴えるような作品でした。






「菅谷たたら」での解説に使われていた図。「ふいご」を踏む人を「番子」と呼び、重労働なので交代制で踏んでいたとか。

ここから“かわりばんこ”という言葉が生まれているとのことでした。たたら製鉄の世界からいろいろな言葉も生まれているようです。




鉄師頭取は、藩が認める公の鉄産業総合プロデューサー。たたら製鉄全般を仕切り、鉄による富を得るだけでなく、その地域の人々の暮らしまで目配りをしていたそうです。

鉄師の家には藩主が訪れたり、学者や文人、画家なども。産、学、官の要であり交流の拠点でもあったのでしょう。

この庭は奥出雲町桜井家の庭園。たたら製鉄の栄えた数百年の間、ここはある意味、日本の鉄の頂点にあり、最高の文化が輝いていたのです。



砂鉄の含まれた山を削り崩すことを「鉄穴(かんな)削り」とか「鉄穴流し」とかいいます。山を切り崩す途中、お墓があったり、ご神木などがあると削らずに残す。するとそこだけは丘が残る。これを「鉄穴残丘」と呼ぶ。

こんな景色は初めて見ました。田んぼの中にラクダのこぶのように小さな丘がある。それが棚田の水面に映りこんで、綺麗です。ひとつの特殊な産業がつくりあげた景観ですね。


奥出雲の人が自慢する「仁多米」。鉄穴流しで出た多量の土砂で整備されていった棚田の実り。製鉄がダメになっても、棚田は残り、素晴らしい景観と、美味しい米でここの生活を支えています。

肥料には仁多牛糞が使われています。この牛も、鉄の運搬や棚田の耕作に欠かせないもの、たたら製鉄のもたらした名牛なのでした。




たたらに使う大量の炭のために、森林は整備され木に不自由しないように手入れがされていました。さらに、木を伐った後は焼かれ、蕎麦も作られたそうです。






鉄は、山道を運ばれ川を下り、また安来港から北前船で大阪や東北まで運ばれました。鉄が欲しい、鉄を運ぼう、のエネルギーが鉄の道を開拓していったのでしょう。

斐伊川は周りの土地よりも川底が高いとのこと。鉄穴流しででた多量の土砂によるものです。斐伊川は下流に大きな平野を作り、これまた肥沃な土地を作り上げています。

にわか仕込みの「たたら文化」のため、あちこち不正確かもしれないことはお詫びしながらも、単なる鉄づくりでは済まない、膨大なたたらワールドの一部なりともお分かりいただけたらうれしいです。

この秋10月28日(土)・29日(日)は、こんなスケール大きなたたら文化の地へ、学び語りに行くスローライフ・フォーラムとなります。ご予定ください。

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ちょっとしたこと 少しずつの変化 2017/07/10 12:26 pm

久しぶりの十津川村谷瀬、この数カ月どうしていたかな?と歩いてみると、予定の作業がきちんと進んでいました。

道標の補充、展望台ベンチの修理、休憩所に展示の写真補充、花壇の植え替え、そしてお酒造りへ向けての酒米作り。

むらおこしで大事なのは、維持管理や、やれる範囲でも前に進めること。少しずつの変化を確実に続ける、この集落は素晴らしいとあらためて思いました。
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谷瀬の場合「寄合」というミーティングを行い、集落の人たちがいろいろなことを決めていきます。私はこの話の引き回し役です。

以前は毎月のように通っていましたが、今年などはポツポツ。コンサルタントは、いつまでも同じ土地に関わらない方がいいわけで、その土地の方々でむらおこしを企画・運営・実行し合意形成も進められるのが一番です。で、このたびは、2カ月半ぶりの訪問でした。

日本一の吊り橋の先に「ゆっくり散歩道」を整備し、「ゆっくり体験」という交流イベントを行い、休耕田に酒米を植え「純米酒 谷瀬」を造り、空き家を散歩道の休憩所にし、最近は移住者や新住民が増えている谷瀬です。

4月に寄合をし、夏までにやってくことを決めて、忙しいゴールデンウィークや田植え時期も過ぎた6月末、さあ、ちゃんとみんなやっていたかな・・・?と宿題をチェックする先生みたいな気持ちで散歩道を歩きました。



まずは散歩道横の花壇。百日草やコスモスがしっかりと根付き、花が開こうとしていました。奈良女子大の学生さんと集落のお花係のおじちゃん、おばちゃん方が、カチカチの土から耕し花壇にしたのです。






分かれ道の道標がわかりにくいので、もっと大きな看板を立てよう!と、決めたことが実行されています。この看板で、GWには迷い人は出なかったでしょう。すこし揺らついていたので、そこら辺の石で私も足元を補強しておきました。





田んぼの青い稲がふさふさと風に揺れています。ちょうどいらしたおじいちゃん「酒米、調子がいいよ」とのこと。彼の背中向うの広い田んぼが、移住された若い方や学生さん等で作っている酒米。今年は田植えを「ゆっくり体験」として、他所の人も参加できる体験催しとしました。




寄合で、「こんくらいの大きな立札じゃないとダメだな」と意見が出ていたように、間違えやすいところにはちゃんと大きな看板ができていました。








この看板の向こう、吊り橋のみえる展望台のベンチが土に埋もれてきたので、これもやり直してありました。









展望台に来た人が、なにかしらを書きつけるノート。こういうのが古いままだとガッカリするのですが、昨日、そしてさっき書いた人もいる、という新鮮さ。もうこのノートは何冊目になるのでしょう。バックナンバーは、吊り橋横の茶屋に置かれています。





展望台から戻ってくると、「コーンコーン♪」と何やら音が。集落に珍しい若い女子が二人で看板を立てています。谷瀬に通ってきてくれている奈良女子大の学生さんが、この日の寄合出席ついでに、看板の補充をしてくれていました。木槌の構え方は頼りないですが、この女子達の働きは凄いものです。



休憩所にした空き家「こやすば」をのぞいたら、なかに展示してある写真もリニューアルできている。移住したご夫婦の4月始めの「吊り橋ウエディング」の写真もちゃんと。よしよし、さすがだなあ。とつぶやく私でした。

むらおこしのミーティングでは、「○○をしよう」だけではダメです。それを本当にするべきなら、「いつまでに」「誰がやる」までを決める、みんなで決める。これが大事です。そうすれば必ず、少しずつでも変化していきます。

Facebook情報によると、私がうかがったこの6月末の寄合でみんながいっていた“「こやすば」の天井の修理”が最近行われたようです。「夏休み前に」「みんなで」やると決めていたことの実行、これまたさすがです。(右下の写真は谷瀬の吊り橋FBからいただきました)

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ちょっとしたこと 看板あれこれ 2017/07/03 2:09 pm

いまさっき誰かが描いたような、手作り風の看板や貼り紙が気になります。なんとなく生活感がにじみ出ていて、立派で大きなものより心をとらえます。

「公会堂のトイレここから127歩」「桃、傷があってもおいしいよ」「捨てたらあ缶」「ふすまハリカエ」などなど。

そのコピーとデザインに、ほのぼのしたり吹き出したり。街の潤滑油にもなっているのではと思います。
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奈良県十津川村谷瀬「ゆっくり散歩道」で。誰かが、何歩あるか数えているのですね。










同じく「ゆっくり散歩道」で。今は水田ですが、冬には高菜の畑になるのでしょう。ちょこんと乗ったカエルが説明してくれました。









奈良県五條市で。こういうお店がまだあることがうれしいです。はりかえ、ハリカエ、楽しんで書いているのかな〜。









奈良県吉野町国栖で。集落の百貨店と名乗る、一軒のお店。こういう札があれば、どうしても向かいの店も見たくなります。









和歌山県湯浅町で。さすがに本場らしい風格あるポップ。この地の子どもたちは、「有田みかん」と書初めしているのでは、なんて想像を巡らします。








高知県高知市はりまや橋で。名産のサンゴのお店。本当にこういう朱色のサンゴが並んでいました。簪の絵がかわいい!









岩手県山田町で。「イカのします」とは、するめを持って行くと、薄く柔らかい「のしイカ」にてくれる、ということ。この地では日常的なこと。これを見たときはノックアウトされた思いでした。







和歌山県紀美野町で。注意を呼びかける看板も、こうなると嫌な気がしません。こういう看板を出せるキャンプ施設は、だから人気もあるわけです。








群馬県富岡市で。富岡製糸場が世界遺産になった、となると観光客が押し寄せます。ここの名物は太いうどん風の粉もの「おっきりこみ」。その店の横の物置なのですが、お店の一部かと勘違いした外来者が何度も開けたのでしょうね。





東京都八王子市で。ここも困った挙句なのでしょう。三カ所も貼り紙があります。困っている感じが切々と伝わりますね。

最後は少々汚い話題でごめんなさい。とはいえ、こういう看板・ポップには、その土地の事情や、その店の有り様、人柄などが染み出ています。

こんな写真を山ほど集めた本など出したいな〜、同好の士おいででしょうか?

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十津川村谷瀬
久慈市課長と
紀の川ふる〜つかき氷
紀の川市で

連絡先

野口 智子 のぐち ともこ
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局
ゆとり研究所

TEL 090-7433−1741
E-Mail yutori@noguchi-tomoko.com

NPOスローライフ・ジャパン
〒160-0002 東京都新宿区四谷坂町9−4 リカビル301
TEL 03-5312-4141 FAX 03-5312-4554
E-Mail slowlifej@nifty.com


略歴

<野口智子(のぐちともこ)>
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局長
千葉市生まれ。東京でコピーライター、プランナーを経験。1977年静岡県に移り企画・編集プロダクション設立。
1992年ゆとり研究所を開きコンサルタント業務を開始。
ライフスタイルの提案、「一店逸品運動」による商店街の活性化、時間消費型観光おこし、人材育成などの分野で活動。
2000年からスローライフ運動を開始、2003年スローライフ・ジャパンを設立、現在、事務局長・副理事長。
2006年から活動拠点と自宅を東京へ。現在はスローツーリズムの提案、商品開発、地域観光の育成、都市と田舎の交流、移住・定住プロジェクト、“食”をテーマにしたまちおこし、などに力を入れている。住民参加の独自の楽しいワークショップが得意。
現在、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域再生マネージャー(ふるさと財団)、国土審議会半島振興部会委員。