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スローライフ運動 美しき出雲の國 2017/09/25 2:13 pm

出雲に足を運ぶ度、沢山の写真を撮ってきました。むろん素人のスナップです。

写真を撮りたくなる土地は“いい土地”といわれます。そういう意味では、出雲方面は素晴らしい。

飯南町では「大しめ縄」、雲南市では「こけら葺きの屋根」、奥出雲町では「ソロバン玉」、出雲市では瀬戸物を繋いだ「一式飾り」。

普通の観光地ではなかなか出会わない、いずれも美しいものばかりです。
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昨年も「出雲のかたち」というような内容で、出雲ならではのデザイン・形について書きました。
    ↓
http://noguchi-tomoko.com/modules/yutoriaruki/details.php?blog_id=365&date=201605

こういうことに気付くのは私だけではないはずです。



飯南町の「大しめなわ創作館」。出雲大社はじめ、全国の大しめ縄を作っています。

この入口に吊るされた見事なしめ縄。この美しい形。力強く、まろやかで、あったかな印象。世界に、このようなデザインがあるでしょうか。




うかがったときには、ドバイの個人のお庭に飾る予定の大しめ縄ができていました。

宗教や風土は違っても、この美しさはわかるのでしょうね。







雲南市、高殿と呼ばれる、たたら製鉄の炉がある高屋根の建物。栗の木のこけら葺きが几帳面に並び美しい。たたらの高殿は日本でここだけです。








用の美でしょう。高殿の中の土製のたたら製鉄の炉。左右から空気が送られる管が。

そして、地下5メートルまで、湿気を防ぐ構造が造られているそうです。見えるところも、見えない地下も、左右対称です。






奥出雲町の鉄穴(かんな)残丘からの眺めです。

砂鉄を採るために山や丘を削り、そのあとには棚田を整備した先人たち。削る際に残した墓地やご神木のあるところは小さな丘になって残ります。

上ってみれば回り一面棚田。米作りの美しい光景が広がっていました。

奥出雲はソロバンの産地です。たたら製鉄での商売でソロバンが必要だったとか、製造技術は広島から伝わったとか、いろいろな話が残ります。

それにしても、木をくりぬいて造るソロバン玉のきれいなこと。






とにかく面白い。瀬戸物を針金で繋いで、これはヤマタノオロチを作っている、市役所に展示のもの。



以前このブログを書きました。今は出雲市の「平田の一式飾り」の話。なぜ一式というかはブログを読んでいただいて。
    ↓
http://noguchi-tomoko.com/modules/yutoriaruki/details.php?blog_id=368&date=201606




瀬戸物に穴を開けずに、元に戻せるというのがルール。再利用の美でしょうか。










出雲市は夕日の聖地といわれます。その夕日ポイントの一つ「稲佐の浜」に行くと、夕日を見に来た人が一杯。

その中で、気になったのがこのカップル。背中の夕日を入れて自撮りしているのですが、その向こうに、夕日で金色に輝く窓の家がある。童話にそんな話があったこと思い出します。

神様がここからやってくるという稲佐の浜の夕日、そう思うと特別な夕日に思えてきます。友達と戯れながら眺めた夕日の美しさを、彼女たちは忘れないでしょう。

大自然やテーマパークでもない、出雲の國のいろいろ。こういう美しさを愛でるには、ゆっくり何度も行かなくてはなりません。

その下見のつもりで、10月28日・29日の「スローライフ・フォーラムin出雲の國」へお越しください。



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スローライフ運動 奥出雲で燻されて 2017/09/17 4:24 pm

島根県奥出雲町にある「囲炉裏サロン“田楽荘(だらくそう)”」を訪ねました。

移住した白山洋光さん・里香さんがお住まいの250年前の古民家。農作業や民泊体験ができます。

天井は煤で真黒、栗の木が燃える囲炉裏端は煙いのですが炎を見ながらだと話が弾み、安らいで時間がたつのを忘れます。

体中が煙臭くなりましたが、“燻される”ことは、“癒される”ことなのではと思えました。

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お二人は関東で出会い、13年前、今のように移住ブームになる前に、奥出雲に来ました。お二人いわく「気にいって勝手に来た」のだそうです。

今でこそ、移住者募集で行政が手厚く応援している仕組みがありますが、それよりもずっと前です。

外食産業にいらした洋光さん(45歳)は、「食べるもとは、作るからやらないと」と思い、だんだん無農薬の農業や自然を大切にする暮らしなどに目覚めていったそうです。

里香さん(44歳)は松江出身、外国の子どもたちに日本語を教えることを目指して大学から東京へ。

2人とも、満員電車に揺られてクタクタになる暮らしが嫌になり「何処に身を置いて、どう暮らすか」を真剣に考え、奥出雲にたどり着いたとのことです。

道路からの入り口は、藤のツルが絡まって、緑の門のような、トンネル状になっています。

どんな背広姿のおじさんも、ここをくぐれば子どものように瞳が光り出す。そんな、ファストライフからスローライフへ至るトンネルのような印象です。




白山さんたちが住む前は、おばあちゃんが一人で暮らしていたとか。快適に直せばできるのでしょうが、あえて昔のままの壁、雰囲気を残しています。

「遠くにいるここの身内の人たちが、またここに住みたくなったらお渡しする、それまでこの家のお守りをするつもり」なのだそうです。



土間も昔のままで、ピカピカ。土に雲母が混ざっていて、光線によって光ります。

贅沢な入り口、入った途端に煙の匂いがしました。なつかしいと思うのは、ある年代以上の人でしょう。私はなつかしい。

家に囲炉裏こそなかったですが、お風呂を薪で沸かしていた。あの匂いです。

広い座敷。昔はここで、お客様を迎え、お葬式も結婚も、法事もやって来たはずです。

今は、田舎を体験したい人たちが泊まる。5人が限度。完全予約制で2食を一緒に作って、泊まって、体験料は一人8,800円です。

夏にはここに麻の蚊帳が吊られる。ああ〜その時来たいなあ〜。

冬は家ごと雪に包まれることもあるとか。その方が温かい。雪のない冬は、家の中で零下15度にもなるそうです。

そもそもここの名前の「田楽荘」は、出雲弁で馬鹿者という意味の言葉「だらくそ」から。白山さんのジョーク。

里香さんから「奥へどうぞ」と促されて、囲炉裏端へ。






暗い!都市の普通の家の照明になれていると、ここはかなり暗い。もちろん電気は通じていますが、あえてピカピカに明るくしないのがお二人の方針とか。

そのうち目が慣れてきました。確かにこの古い家には、このくらいの明るさが似合っています。

それに薄暗いと緊張がほぐれるというか、リラックスできるというか。化粧直ししていないことも、疲れた顔のことも、自分で恥ずかしくない、気にならなくなります。


囲炉裏端で「まこも茶」と「キンカントマト」「藻塩」が出ました。

この在来種のトマトの美味しいこと。白山さんはこういう物にこだわって農作しています。出雲市の夕日の名所・日御碕あたりで作られる本物の塩の、これまた美味しいこと。この塩で日本酒が飲めるなあ〜。

「まこも茶」は穏やかな味がして、何杯も。飲めば飲むほど善人になるように思えます。この地の名水で淹れているからでしょうか。

白山さんはとめどもなく語ります。奥出雲について地元の人よりも知っている感じ。おそらくよそ者の方が、いろいろに興味を持って探求するからでしょう。

それだけでなく、白山さん夫妻の言葉の端々に、土地の人への尊敬の気持ちが感じられます。おじいちゃんやおばあちゃんが守ってきたこと、繰り返してきたことの尊さを、他所から来たからなおさら分かる。それを地元の人にも気づいてほしい。お二人とも力説はしませんが、普段の暮らしのなかで、それを示しているように思えました。

囲炉裏の横のコンテナには青い渋柿が。里香さんが柿渋をとるための作業中です。










ミキサーにかけて樽に詰め、3年ぐらい置くと渋が取れるとか。この渋と囲炉裏の煤を混ぜて木を磨くと長持ちして、艶も出るそうです。









「柿渋は二日酔いにもいいんです」と白山さん。お二人には、誰も相手にしない青渋柿も宝なのです。









お二人は奥出雲でお仲間と綿の栽培も。その綿が5パーセント含まれた、ピュアコットンのタオルも販売されています。

お母さんに抱かれているような安心感ある肌触り。普段使っているタオルは何だったのだろう?と考えてしまいます。




台所のカウンターに小さな粒の梅干しが瓶に詰まっていました。手間を考えると、私にはできません!

「植物や野菜が大好きなんです。苦にならないんです」と里香さん。カボチャにもピーマンにもその愛情が注がれています。

ガスは使わない。囲炉裏の火でご飯を炊き、味噌汁を作り、お茶を煮だす。人が多い時は、囲炉裏にいくつも火をおこす。「慣れれば大変じゃないですよ」と。

囲炉裏端でお二人は火の番をしながら寝るそうです。煙は家を守り、虫を寄せ付けない。衣服に煙の匂いが付くと、その匂いで猪やクマなどが人のテリトリーと判断して襲ってこない。お二人からいろいろなことを教わりました。

「人が囲炉裏を囲むようなところを作りたかった」という白山さん。その意味が分かったように思います。

奥出雲で、すっかり燻されて、癒されて、東京に持ち帰ったタオルからは煙の匂いがしました。

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ちょっとしたこと お店をやりたい:その2 2017/09/11 12:04 pm

ひと月前、ここに「お店をやりたい」と書いたところ、いろいろご意見をいただきました。

「お汁粉をだして」「地方の逸品を置いて」「全国の絵本を集めて」「写真ギャラリーも」「田舎でやれば家賃が安い」などなど。

いずれクラウドファンディングでお金を集めたいとは思いますが、その前に皆さんからアイディアを求めます。お金よりまずは企画を。「小さな思いつき」お寄せください。
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8月6日のブログに「お店をやりたい」と書きました。これをご覧ください。
   ↓
http://noguchi-tomoko.com/modules/yutoriaruki/details.php?blog_id=426

こんな骨格もぼんやりと書きました。
1、小さなまちむらの味方
2、提案があるお店
3、地方の行政の人に使ってもらう
4、料理はしない店
5、知っている人だけで
6、地方の個人のよりどころに
7、お試しの場に
8、いただき物で店を作る
9、ちゃんと稼ぎたい
10、ご賛同の方、ご一報ください。

すると、メールをいただいたり、会う人ごとにご意見をいただいたり。なんだか私の夢の話がどんどん現実味をおびてきました。

「お汁粉を」という方は、誰でも気軽におしゃべりできる、車イスでも行けるそんな場所を望んでおいででした。そこにはやはり、カプチーノやらチャイやらではなく、お汁粉などがあってほしいわけです。

なるほどそうですね。いま、都会でも田舎でも、こ洒落たカフェは増えています。ファショナブルな若夫婦や、上品な中年夫婦が和と洋が混ざってような空間を作り上げ、いい音楽など流して、、、。

と世界はみえるのですが、そんなふうに素敵にすると弾き飛ばされてしまう人がいるのが事実です。普段着じゃ入れない店では私も居心地わるいなあ。お汁粉を出すか出さないかは別として、お汁粉ムードは大事にしたいと思いました。

「各地の逸品をそろえて」も、理想ではあります。いま、あちこちのアンテナショップはありますが、情報量が多すぎてセレクトされていない。

だから、各地といっても全国くまなくなどとは張り切らず、ご縁のあったところのものを、気が向いたときにくらいにしましょうか。自然にセレクトされていくのではと思います。この間はあったのに、今はない、でいいかと思います。

「田舎でやれば家賃が安い」確かにそうで、いま事務所のある新宿区で貸店舗を探すと、ため息の出るような家賃になってしまいます。私が今繋がっている地方では、同じ面積が畑付きで10分の1くらいの賃料で借りられます。

となると心は動くのですが、そういう田舎カフェは既にあるわけで、移住しながらやりたい方、または地元の方のチャレンジにおまかせして、私の場合はあえて東京・新宿でと思っています。

家賃のために働くようになるかもですが、なんといっても人が多い。お客様も、スタッフ側も足を運びやすいというものです。それに、都市部の人にこそ伝えたいことがある、田舎と繋ぎたいと思っているので。

「各地の絵本をおいて」は、なるほどと思いました。ブックカフェは増えていますが、絵本まではなかなか置いていないものです。

昔、図書コーナーのある喫茶をやっていましたが、そこでは手に取るくらいで読まない。貸してほしいといううことになる。その手続きも手間がかかる。絵本ならコーヒー一杯飲む時間にさらっと読める、というわけです。地域に根差した絵本は集めれば確かに面白いでしょう。

「ギャラリーにしてほしい」は、私もそう思います。遥か昔、「自分展」をやりたくて、銀座の画廊に飛び込み交渉したことがありました。もちろん“鼻で笑われ”断られたのですが、その時は私は高校2年生、無謀でしたね。

でも、それ以来、何か自分が世間に表現や発表をするにはスペースや媒体が必要だということを思い続けています。しかも、ネット社会になったからこそ、直に人に訴える場が欲しい。

自分の写真展をする、絵を飾る、手芸でもいいでしょう、立体のものもあるでしょう。肩の凝らないギャラリーで、気軽に使える値段だったらと思うわけです。

「あまり広げない方が」はい。ついあれもこれもしたくなりますが、自分の年齢と財力からいえば、広さも立地も決まってきます。やれることは限られます。

でも、喫茶、酒場、小物屋、ギャラリー、など決まった形にはしたくない。小さくても、切り札は多い、とう風にしたい。

ある日は岩手県の海辺から取り寄せた“寒風干し鮭”でお酒を飲む。ある日は、戦争遺産の写真展とその作品についてのミーティング。ある日は、フレッシュフルーツソースのかき氷を楽しむ。小さくても顔は限りなくに。

「500万円はかかる」いえいえ、かけません。というよりかけられません。○○でなくてはダメ、ではなく、××でもいい、の考え方でお金をかけずに知恵を出して。イスも食器もバラバラでいじゃないと思うわけです。

不動産の手続きに一番お金がかかるでしょう、それ以外にお金はかけたくない。借金もしない。手の届く小さなお金で始めたいと思います。ちゃんとしなければいいのです。

「クラウドファンディングでやれば」はい、そのつもりです。が、出来上がったプランに、お金だけ出してというのはどうも嫌です。どんなことやりたい?とみんなで案を出しながら、いつかそこに繋がるように、ぼちぼちとと納得していただき、小さなお金も出していただくというのが理想ですね。

「一口かませて」は、歓迎。お金より、まずは企画、アイディアなのです。そして発案をただリクエストするのではなくて、「私が身体を運んでそれをやるよ」という案が、なおさら大歓迎。

皆、何かお店的なことをしたいと思っている、でも一人で全部はできない。ならば、部分をやればいい。と思うわけです。小さな企画をパッチワークのように繋いでお店にしていく。そんなふうに思います。

どうぞメールをくださいね。

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スローライフ運動 出雲そば 2017/09/04 1:35 pm

10月28・29日の「スローライフ・フォーラムin出雲の國」の準備で、何度もうかがうたびに出雲そばを食べています。

殻ごと挽いた強く香るそばが、小さな器三段に納まった「割り子そば」は有名。

先日はもう一種「釜揚げそば」も。そば湯と一緒に盛られたそばに、出汁をかけて食べる温かい食べ方はこれからの季節にぴったり。そばにも地域色がある・・・うれしい限りです。
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出雲の國・斐伊川サミット10周年記念のフォーラムです。出雲市・雲南市・奥出雲町・飯南町が対象エリア。斐伊川(ひいかわ)はその昔は氾濫を繰り返し、神話に出てくるヤマタノオロチはこの川のことではないかという説もあるほどです。

以前にも書きましたがこのエリアは、中国地方の製鉄の中心。江戸時代には日本の鉄の7〜8割はここで造られていたとか。

砂鉄の含まれた山を削り、土を川に流し、その間に砂鉄だけを取り出しやり方。多量の土が流された斐伊川はいつしか土地より川底の高い、天井川になったそうです。

砂鉄はこのような「たたら場」に運ばれ、多量の炭の中で溶かされ、鋼になりました。

火力を上げるために、風を送るふいごのことを「たたら」といいます。雲南市菅谷にある高い天井を持つ高殿方式のたたら場では、はるか昔は人が踏んだたたらが、水力に置き換えられ、真ん中の窯に、左右からたくさんの竹の管を通って風が届く仕組みになっていました。

いつしかたたらを使った製鉄を「たたら製鉄」といい、作業やその土地までも「たたら」と呼ぶようになったようです。

たたら製鉄に砂鉄の次に大事なのは炭。たたら場を造るための地下工事にも湿気をとるために炭が敷かれたり、燃やされたり。

そして、ひとたび火がつけば4日間高熱の炎を確保するためにおびただしい量の炭が必要だったとか。たたら製鉄は、周囲の山々の木々をすべて炭にするほどの一大産業だったわけです。

もちろん森を再生しながらの作業なのですが、すぐには森は戻らない。まずは木を伐った後は、焼き畑にしてそばを植えたのだそうです。

ああ、やっとそばの話になりました。つまりは、出雲のそばはたたら製鉄産業の副産物でもあったわけです。

食べる文化はどこから入ったか?松江に信州松本から松平直政が藩主としてやってきたときに、そば打ち職人をそば処信州から連れてきたのだそうです。

それが“楽しむ出雲そば文化”の出発でしょう。外でお弁当代わりにそばを楽しんだので、四角い箱・割り子を何段も重ねて、そこにそばを入れて持って行ったようです。

それが、近代になって、四角い割り子は四隅が洗えず不衛生と、丸型の割り子になったいうお話が。形はどの店も丸とはいえ、木目を活かしたもの、朱塗りのもの、黒いものなどいろいろです。

普通3段ですが、出雲市役所近くのお店でいただいたときは、ほかのお料理も山と食べたので2段でした。

そばの殻ごと粉にするので出雲のおそばは黒い。更科そばとは違う、素朴で力強い表情です。

店主は「新そばが出る前の、今が一番悪い時。しかも今日は極端に暑い、いいそばが打てなくて・・」とおっしゃいます。「食べるほうは素人ですから、お気になさらず」などと言いながらいただくと、やはりさすがそば処、おいしいです。

ワサビは使わず紅葉おろしが出雲流。薬味を載せて、出汁をかけて。いただいた後の残りの出汁は、次の一段にまたかける。というのがお作法。

このおそばと一緒にいただく地酒のおいしいこと。そばには日本酒が合いますね。

実はここのご主人、元は市役所職員。そばが好きで好きでおそば屋さんになってしまった方でした。だから解説やおもてなしのツボも外しません。出雲のためにという姿勢が、満ち溢れています。




「割り子」に感動していると、こういうのもあるともう一つの名物が出てきました。「はいります?」とご主人。「はいります、はいります」と私。

「釜揚げ」と言うそうです。私の知る限りの釜揚げはうどん。茹でられたうどんが、桶の中のお湯にゆらゆらとあり、それをすくって出汁に浸けて食べるものです。

そういう感じかと思ったら、違う。茹でたそばがそば湯ごと器に。そば湯にまどろみながら?出てくる。そば湯ですからなんだかトロリとしている。

ここに薬味をのせて、出汁をかけていただくのです。ツルツルではなく、ズズッ、ズズッ、と重くすする食べ方。スープで食べるスパゲティに近いものがあります。

江戸っ子には嫌う方もあるでしょう。私はもともと、そば湯好きですし、ポタージュなども好き。冬はこれがいいなあ〜。

翌日、訪れた飯南町。頓原(とんばら)というここにも、もちろん知る人ぞ知るそば屋さんがありました。「一福」というお店。生そばも売っていて、持ち帰れるし、送れるし。

昨夜、出雲そばの代表的二つの顔をいただいたので、ここでは海藻・アカモク入りの温かいおそばにしました。頓原漬けという福神漬け風のお漬物が、そばの間のいいアクセントでした。

時間があればそば打ちの様子をゆっくりと拝見していたかったのですが。残念。もしもこのお店が東京にあったなら、もっとおすまししていて値段は倍以上でしょうね。

奥出雲町、こここそがまた幻のそばが作られているというところ。おそば屋さんもたくさんあります。出雲大社前のように観光客がにぎわう土地ならともかく、一見、本当に田舎の小さな町にこれだけのおそば屋さんがあり、栄えていることに驚きました。

地元の方に聞くと、たいてい家には「割り子」の容器はあるとか。でも家では打たないで、最近は皆そば屋さんに食べに来たり、注文したりだそうです。

さっきお昼のおそばを食べてばかりだったのですが、やはりここでも食べたい。ベーシックな割り子を頼みましたが、スルスルっと入ってしまいます。うまい。とにかくうまい。

身体中が出雲のそばで清められたような気持ちで、東京に戻ってきました。この満腹・満足も、出雲のたたら文化といえるのでしょう。

ああ、このブログを書いていて思い出しちゃいました。おそば食べたいな〜〜〜。

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写真でみるゆとりある記

鳥羽市神島で
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連絡先

野口 智子 のぐち ともこ
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局
ゆとり研究所

TEL 090-7433−1741
E-Mail yutori@noguchi-tomoko.com

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〒160-0002 東京都新宿区四谷坂町9−4 リカビル301
TEL 03-5312-4141 FAX 03-5312-4554
E-Mail slowlifej@nifty.com


略歴

<野口智子(のぐちともこ)>
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局長
千葉市生まれ。東京でコピーライター、プランナーを経験。1977年静岡県に移り企画・編集プロダクション設立。
1992年ゆとり研究所を開きコンサルタント業務を開始。
ライフスタイルの提案、「一店逸品運動」による商店街の活性化、時間消費型観光おこし、人材育成などの分野で活動。
2000年からスローライフ運動を開始、2003年スローライフ・ジャパンを設立、現在、事務局長・副理事長。
2006年から活動拠点と自宅を東京へ。現在はスローツーリズムの提案、商品開発、地域観光の育成、都市と田舎の交流、移住・定住プロジェクト、“食”をテーマにしたまちおこし、などに力を入れている。住民参加の独自の楽しいワークショップが得意。
現在、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域再生マネージャー(ふるさと財団)、国土審議会半島振興部会委員。