ホーム - 2017/11のエントリ

ヘッダーナビゲーション

現在のカテゴリー位置

ゆとりある記 美唄鶏物語 2017/11/27 2:20 am

北海道美唄市(びばい)に行ってきました。「焼き鳥」と「とりめし」が名物です。

明治に入植した開拓団は、大正時代稲作が本格的になっても貧しかった。そのため農民に雄雌の鶏を貸し出して雛を増やし、収入と栄養にする仕組みが考えられた。

以来、ここのご馳走は鶏、しかも皮やモツまで残さず使う食べ方です。

地元の人が大事にしてきた味は、そんな物語をうかがうとなおさら美味しく感じるのでした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

札幌駅でこんな差し入れをいただきました。炒めることなくビニールの袋から直にそのまま食べる「やきそば」。

え?焼いてないけど・・・。

美唄のソウルフード。今は学生の小腹を満たしているものの、かつては炭鉱で働く労働者が汚れた手のままかぶりついていたのだそうです。

ソース味が付いていて、アクセントになる紅ショウガも付いている。この辺りから、美唄の食は凄そうだ、と胸騒ぎがしたのでした。


それにしてもきれいな美唄の雪景色です。米どころです、雪がなければ田んぼが延々と広がっているのでしょう。

開墾し、米作りをしても、小作民は貧しかった。収入源のために鶏が配られた。冒頭に書いたレンタル鶏の仕組みです。

そして人々は、何か特別な時はその鶏をつぶして食べた。もったいないから、皮もモツもすべてを食べた。それがここの「とりめし」「やきとり」の発祥だそうです。

まず伺った「とりめし」屋さん。昔は「とりめし」を各家で炊いたそうですが、今はこういうお店に食べに行くことが多いとか。このお店では、塩ラーメンとセットで食べることを勧められました。

確かに美味しい。醤油味のご飯のなかに鶏がゴロンとしていて、甘味は?たっぷり入っている玉ネギです。

それぞれのお店に工夫があるとか。開拓農民のご馳走が今や名物に、土地の自慢の味になったいる。なかなか家庭では出せない味ですね。


お店に入ってからずっと聞こえ続けている「トントントン♪」という音。なんだろう?調理場をのぞくとすらりとした若者が、大量の玉ネギを刻んでいました。

おばあちゃんがニコニコしながら教えてくれます。「札幌に4年行ってたけど、戻ってきてくれたの」

お孫さんです、後継ぎです。うれしいでしょうね。「トントントン♪」派手なTシャツの後ろ姿のたくましいこと。ここの玉ネギたっぷりの「とりめし」は安泰です。


夜、懇親会となりました。またもや鶏です。本格的です。

「やきとり」はモツのものと精肉のものと、塩コショウ味、玉ネギと刺してある。

「やきとり」と言いながら「焼きとん」のところもありますが、ここは本当に鶏一筋。モツが美味しかった〜〜。


キラキラ輝くお刺身も鶏。魚の出る幕はありません。ネギと一味唐辛子で食べる、お酒にあいます。










鶏鍋のあとは、再び「とりめし」のおにぎりでした。











はるか向こうに防風林の立つ平原。風が吹き荒れれば、生き物はじっと耐えて晴天を待つしかない。

そんな時、何か特別なことがあって、食べた「とりめし」「やきとり」はどんなに身体と心を温め、満たしてくれたことでしょう。

そんな鶏に対する崇拝心が、DNAとしてここの人たちには引き継がれているのか、皆が皆「とりめし」「やきとり」を自慢し続けます。


ある女性グループは伝統の「とりめし」を作って20年、「気づいたら20歳も歳をとっちゃって」と笑います。

お弁当やおにぎりをあちこちで売るほか、お釜ごとの宅配もやっているとか。作り方を教えてもらいたいと申し出れば「あんまり簡単で、何も難しくない。教えることがないの」とまた笑います。

彼女たちが作った「とりめし」を美唄を離れる日、スーパーで買って電車に乗りました。

常温で持ち歩けば凍るほどの寒さです。その「とりめし」を混んだ特急の中で、クタクタの身体で食べる。温かいお茶など無く、ただの水でいただく。

なのに、なのに、何でしょう?この美味しさは?

前の座席に座ったお仲間が、振り向いてまで言います。「美味しいね〜」お米でしょうか、鶏でしょうか、調味料の黄金比率でしょうか?美唄の人の鶏への愛情、地域へのこだわり、それが一番の隠し味なのでしょうね。

東京に、あの「とりめし」の釜ごと取り寄せたい!
いえいえ、口を美唄に運びましょう。

このエントリーの情報

ちょっとしたこと ほっこりした日 2017/11/19 9:59 am

知人のお子さんが地域イベントのミュージカルに出演と聞いて、応援にうかがいました。

一生懸命お稽古した成果を舞台で見せる少女、それを見まもる両親。そこに混ざる私はいつもと違う時間、にわかおばあちゃん気分です。

屋外広場の露店で唐揚げなど買い、缶ビールを飲み干せば、頭の上には青い空。

たまに仕事に全然関係ない、こういう日をもうけなくちゃ!ですね。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

うかがったのは「第9回世界民族祭in紀美野町」という催し。学校法人 りら創造芸術高等学校という、文化芸術の専門校が中心となり、地元と実行委員会を作り開催しているものです。







何も知らずにぶらりと行くと、いろいろな食べ物、クラフトのブースがあったり、小さいながらも野外ステージもあり、なかなか大きな催しでした。








いつも自分が地域イベントや町おこしの現場をアドバイスしたり、仕切ったりしていると、その催しをのんきに楽しむことにはならないのですが、まったく私に関係ないとなるとくつろげます。







あ、農産物のある、あ、マッサージもある、あ、あれ美味しそう。一通りお店を見たら、まずビール!とう気分になりました。

昼間だろうと、これから観劇だろうとかまいません。本日は晴天なり、空気の良い山里、私はホリデイです。




なにやらいい香りがします。普段はダイエットとか、減塩やらが気になるのに、今日くらいいいや、いいや。

友人が買ってきてしまった?!唐揚げや味の濃いポテトをむしゃむしゃ。昼のビールの美味しいこと。





ステージでは、太極拳の披露、フラダンス、太鼓、子どもたちのジャズダンスなど、次々と。

ゆる〜い催しです。見ている人も、のどか。ステージの人たちも、のどか。昔の草競馬のような雰囲気というか・・・。





あら、ビール2本目!クーッと飲み干すと、振り上げたの顔の上には青い空。小鳥がスーッと飛んでいきます。こういう緊張しない催しって、いいなあ。









おおっと、ミュージカルが始まります。親御さんと行列に並びます。オーディションに受かり、お稽古して来た子どもたちが元宝塚の方や元劇団四季のかたとステージに上がるのですから、並んで開場を待つ人たちは気合が入っています。

外の小さなステージではなく紀美野町文化センター・みさと大ホールで。創作ミュージカル「少女とフェンネル」がいよいよ始まります。

ささっと、いい席をお母さんがとってくれました。ミュージカルなど観るのも久しぶり、少々難解な筋立てではありますが、子ども向けなのに大人として考えさせられる含蓄のあるメッセージがちりばめられています。

なるほどなあ〜、などと思っていたところに、本日の我々応援団にとっての“主役”が、“その他大勢街娘の一人”役で登場。かわいい〜〜〜〜。

ちゃんと足を高く上げて、口を大きく開けて、キラキラの笑顔で。動く動く、踊る踊る、唄う唄う。

あ、一瞬、センター取った。さすがにセリフはないけれど、ヤッホー、すごいよ、素敵だよ。

私の前の席で、首筋を緊張させて伸びあがり見ているお母さん、お父さん。その後ろから、にわかおばあちゃんがうるさく興奮しています。

どこのうちでも、わが子を目で追い、ちゃんとできるか応援しているのでしょう。そんな視線とオーラが会場全体から舞台に集まっています。

生の人間が、想いを伝え、演技し、唄い、踊る。舞台芸術は、パソコンやスマホの世界とは全く違う。

こういうIT時代だからこそ、鑑賞すべきだし、ステージにも立つべきだ。とは、舞台の世界にいる方がかつて力説しておいででした。

汗をいっぱいかいたり、心臓が飛びだしそうなほどドキドキしたり、声がかれたり、転んだり、泣いたり、仲間とタイミングや音程を合わせたり、肩を抱き合って感動したり。

そんなたくさんの経験は少女を大人にしたはずです。そして、費やした時間は、限りなく尊い情操を育てたことでしょう。

いいものを見せていただきました。写真を撮れない、録画ができない、それは残念だけれども、それでいいと納得です。

ああ、気分すっきり、いい休日。人に誘われるまま、身を預け、いつもと違う時間を過ごすのはいい。

カンボジアから招かれた「くっくま孤児院」の踊りも素晴らしかったので、そのブースで向うの少女がホテイアオイ草を編んで作ったバックを買いました。

このエントリーの情報

ゆとりある記 頑張る女性たち 2017/11/13 12:37 am

2001年から続く、北海道阿寒湖温泉の「まりも倶楽部」。2006年からの、東京八王子市の「エンツリー」。いずれも女性たちの地域おこしグループです。

久しぶりにお会いすると、かつての活動に続く地元のマップ作りをしていたり、講座づくりから場づくり、そしてセンターの運営管理をしていたり。

しぶとくちゃんと続いていることに驚きます。しなやかに笑いながらがコツのようです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

阿寒湖温泉のまちづくりの会議。久しぶりに行くと、計画も資金も大変大きなプロジェクトが動いていました。

話題は大きなことに流れがちですが、その中で「まりも倶楽部」の女性が、みんなで作ったマップについて説明してくれました。










タイトルは「ようこそ阿寒湖1年生」。今、観光地では、そこの土地の人でなくとも、ホテルなどで働き観光客のお世話をするスタッフが増えています。

短期の仕事でも、そこの土地のことを詳しく知っていなくてはならない。でも内実は、仕事に追われるばかりで、自ら地元を楽しんだことがない。そのうちまたどこかに行ってしまう。

阿寒湖温泉にいる間に、ぜひここのファンになってもらいたい、そして自信をもってお客様にご案内してほしい。

そんな思いで彼女たちが作ったマップです。多言語でのバリエーションも。


「昔の活動が、今、また活かされています」と語る、女性たち。

そう、かつて、彼女たちは地元をていねいに歩き四季折々のマップを手描きしたり、各ホテルの温泉に入ったり、商店街に花を植えたり、名物料理を作ったり、カルチャー講座をしたり・・・・。いろいろな活動をしてきたのです。

そんな蓄積があるので、「せっかく阿寒湖で働くことになったなら、休みの日に部屋に閉じこもってないで街に出てきてほしいんです。地元のおばちゃんが教えてあげるって感じで作りました」

地域おこし協力隊の女性とのコラボで、マップは発行され。観光客にも人気とのこと。




ホテルの部屋に入ると、「まりも家族コイン」が。阿寒湖に来た人はみな家族ですという考え方。コインを持って街に出ると、何かのおもてなしがあるという仕組み。

これにも「まりも倶楽部」の女性たちの意見がずいぶん入っています。

どんなに凄いハード整備をしても、そこに心が通っていなくては。どんなに豪華なホテルでも、その土地に暮らす人が心豊かに暮らしていなければ。ハードと上っ面だけでは、観光客は本当に癒されない。私はそう思います。

女性たちの心のこもった小さな活動が続いている限り、この地のファンは増え続けるでしょう。

「まりも倶楽部」の数人と、なつかしくおしゃべりに華を咲かせました。ピザを食べ、イモ羊かんを食べ、コーヒーを飲み、日本茶も飲み、ダべリングは延々続きます。

自分の活けた花の写真をスマホで見せてくれる、自分が撮ったリスの写真を見せてくれる。「綺麗でしょう〜」「可愛いでしょう〜」

「これからやりたいのはね〜」「どんどんやりたいのよ」「若い人も一緒にできることあるし」と、話は止まりません。私もワクワクしてきました。



阿寒湖から戻って翌日にうかがったのは、八王子の「NPO法人エンツリー」の10周年パーティー。見覚えのある顔が並びます。

公の講座で出会った女性たちが自分たちでグループを作り、自分たちが受けたい講座を自ら企画。

そんなことからNPOが立ち上がっていきました。「本気のライター講座」「はじめてのイベントのづくり」「学びの先へ」などなど。彼女たちに声をかけられて、私が関わった講座のチラシが飾られています。


講座だけにとどまらず、彼女たちは場を持ちました。このパーティー会場になっている80屬両譴蓮駅前、スーパーの上、飲食可能なレンタルスペースです。

コミュニティスペース「クオレ・堀之内」。ヨガ、パソコン教室、ピアノ、整理収納、色鉛筆画など、予約でいっぱい。とるのが大変な人気です。


そしていまや八王子だけでなくお隣府中の市民活動センター「プラッツ」(商業施設の5・6階、280人のホールも併設)の指定管理者にも。

非営利組織でないと借りられない施設が多い中、ここは営利利用もOK。

彼女たちはいまや自分たちが使いたい場をつくり、運営しているというわけです。

メンバーの一人にうかがうと「ちゃんとお給料は出ていますよ」と。それは長く続ける基本ですよね。

パーティーに来ていたいろいろなNPOの方々、その先にはまたいろいろな人が居ます。「クオレ」を借りているグループのその先にも人が居ます。

10周年のパンフには「10年と少し前、八王子の片隅で小さな種が地面にコロンと落ちました」とあります。

種は縁で繋がり、立派な樹になりました。まさにその名の通り「エンツリー」です。

少し歳をとって、でも笑顔が変わらない「エンツリー」の3人。「頑張る女性たち」とこのブログのタイトルにしましたが、この笑顔を見ていると、そんなにカチカチに頑張らないことが続ける秘訣なのかも、と思えてきました。また会いましょうね。

このエントリーの情報

ゆとりある記 1時間の森歩き 2017/11/06 2:32 pm

北海道阿寒湖温泉の森を、ほんの1時間散策しました。

冬枯れの森は見通しが良く、積雪がまだなので熊笹の緑も鑑賞できます。

湧水の流れには水芭蕉の株があり、硫黄の匂いの先には熱い温泉ガスの湧く“ボッケ”という名の泥沼が。王様みたいにそびえる大木に会い、絨毯のような枯葉の道をぶらりぶらり。

仕事に追われる日々、こんな世界があるのを忘れていました。森の力で、1時間で、元気を取り戻しました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

久しぶりの阿寒湖温泉、観光振興の会議に出るためにうかがったのですが、いろいろな方と顔を合わせ、膨大な課題に知恵を出す時間は、楽しくもあり、苦しくもありです。







相変わらず、美味しいお料理が舌をもてなしてくださるのですが、それだけではなかなか頭の疲れは取れません。









すると、阿寒湖の森を保護管理しておいでの「前田一歩園財団」の方が、森へ誘ってくださいました。

他の学者先生方とご一緒に、普通は入れないところを解説いただきながら。

長靴をお借りして入ったのは、「光の森」というエリア。なるほど、たくさんの樹々が茂っていますが、地面まで光が届くいい森です。

先生方は解説を聞きながらどんどん歩かれますが、私はこういうのが気になる。

夏には背丈ほどの高さに茂っている大きなフキ。その葉が枯れて、眠るようにクタリと地面に貼り付いている。

何だかずっと見てたい、夏の姿を想像したくなる眠り姿です。


一面に繁る熊笹。パンダがこの笹を食べるかは?ですが、どこかでむしゃむしゃと食べているのでは、という気になります。

何だか美味しそう!







チョロチョロ流れるのは湧水です。もうじきたっぷり雪が降れば、この水芭蕉の株はじっと耐え忍ぶのでしょう。

湧水の温度が守ってくれるのかもしれません。






いつも音に囲まれていると、森の静けさに驚きます。

お連れの方々の話し声が遠のくと、聞こえるのはカサり、コソリ、私が落ち葉を踏み分けて歩く音ばかり。







あれ?硫黄の匂いがする。なんだか嗅覚も敏感になったようです。

匂いをたどっていくと、小さな泥沼のようなものが。







足元に気を付けて湯気の上がるところを覗くと、ボコッ、ボコッと、お湯とガスが湧いている。“ボッケ”です。

森の遥か下には火山のマグマがうごめいている。だから、昨夜の温泉に入れたんだ・・・とあらためて納得しました。





一直線に並んで立つ樹は、“倒木更新”という現象。

倒れた樹に種が落ち、その朽ちる樹を栄養に育っていった証。何十年もかけて、こんなことが静々と行われているんですね。






よーく見ると、倒れた樹の上に青い苔が生え、そこから新しい樹の芽が出ていました。

何かの実も落ちています。やがてこの種も芽を出すのでしょう。







ひときわ大きな樹がありました。王様のような風格です。桂だそうです。

樹齢何年なのでしょう。木肌はバリバリに割れ剥がれ、傷だらけのようにも見えますが、王が鎧を身にまとっているようにも見えます。

さっきまでの議論や会議が、やけに小さなものに思えてきました。

この樹々と同じ空気を深呼吸させていただいて、それをお土産にこれで東京に帰りましょう。

「1時間の森歩き」という処方箋、忙し病の私には特効薬でした。

※おまけに載せちゃいます。「エゾリス君」の写真。阿寒湖温泉でお土産物屋さんをやっている友人・恵美ちゃんがお散歩中に撮ったものです。


このエントリーの情報

最新ブログエントリ

最近のブログのコメント

ブログ カレンダー

« « 2017 11月 » »
29 30 31 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 1 2

写真でみるゆとりある記

足尾銅山跡
壁面緑化ビル
南牧村で
トイレ考

連絡先

野口 智子 のぐち ともこ
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局
ゆとり研究所

TEL 090-7433−1741
E-Mail yutori@noguchi-tomoko.com

NPOスローライフ・ジャパン
〒160-0002 東京都新宿区四谷坂町9−4 リカビル301
TEL 03-5312-4141 FAX 03-5312-4554
E-Mail slowlifej@nifty.com


略歴

<野口智子(のぐちともこ)>
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局長
千葉市生まれ。東京でコピーライター、プランナーを経験。1977年静岡県に移り企画・編集プロダクション設立。
1992年ゆとり研究所を開きコンサルタント業務を開始。
ライフスタイルの提案、「一店逸品運動」による商店街の活性化、時間消費型観光おこし、人材育成などの分野で活動。
2000年からスローライフ運動を開始、2003年スローライフ・ジャパンを設立、現在、事務局長・副理事長。
2006年から活動拠点と自宅を東京へ。現在はスローツーリズムの提案、商品開発、地域観光の育成、都市と田舎の交流、移住・定住プロジェクト、“食”をテーマにしたまちおこし、などに力を入れている。住民参加の独自の楽しいワークショップが得意。
現在、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域再生マネージャー(ふるさと財団)、国土審議会半島振興部会委員。