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ちょっとしたこと 雪騒動 2018/01/29 12:37 am

雪に弱い東京です。先日は報道されたように、車が立ち往生したり、駅に人が押し寄せて入れなかったり、家に帰れなかったり。いろいろ大変でした。

ただ悪いことばかりではありません。スノーシャベルを持っている家の方が、長い路地を黙々と雪かきされて、皆がお礼を言いながら歩く。小さな雪ダルマを作って自慢気な子どもに、道行く人が笑いかける。

心温まる雪でもありました。
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さて、いつも通う裏通りです。雪囲いなどしてありませんから、家の植木がお辞儀状態です。

事務所での会議が延期になって、とあるお祝い会も延期になって。今回の雪では、ずいぶん予定が狂いました。

この植木も「ええ?こんなはずじゃないのに〜〜〜」ですよね。


路上に止めてあった自転車が、白いカバーに包まれました。

この写真をFacebookで見た雪国の方からは「ビックリ!」のコメントが。

そうですよね、雪深い土地では冬に自転車を出しっぱなしなんてありえない。雪に埋もれてしまうし、第一、自転車に乗れる機会も少なくなる。

足元に気をつけてはいるのですが、普段目に入らなかった冬枯れの枝が、花盛りのように美しく、思わず顔を上げて眺めてしまいます。

だからこうして、写真にまで撮ったりして。





電線だってきれいなんです。

いつもは電線だらけの景色がイヤなのですが、これは砂糖菓子のように美しい。

バサリ!と落ちたりするとそれがまた面白くて、夜に出かけたくなってしまいます。




新宿区四谷の裏通りに、こんなかわいい表情も。

このお家に子どもが居たんだ。よくぞ紅葉の葉を使ったね〜。誰かが「カッパ?」なんて言いました。

車が入ってこない、酔っ払いもいない、夜の道。雪のおかげで浄められたような感じです。



とはいえ、混乱も美しさもたった一夜の出来事。

翌朝、日が差せば「やっぱりあったかいのがいい」と、太陽のありがたさに感謝します。

普通に歩ける、うれしい〜〜。





屋根の雪が溶けて、ボトボト水音がする軒の下。ストックの色が目に飛び込んできます。

白い中からみえる、濃いピンクの華やかさ。雪のおかげで急にスターになったみたいね。





あれ?昨夜の雪ダルマ、顔が大きくなっていた。

カッパの雪ダルマの近くにあったこの雪ダルマ、出来上がって自慢そうにしていた男の子に、「頭が少しちいさくない」なんて、私は批評していました。

あれからまた、夜に大きくしたんだ、きっと。

本人も、小さいとは思っていたのでしょう。お父さんと一緒に作っていたので、きっと夕飯後に、もう少し雪の上を転がしてひと回り大きくしたんですね。

家の前の路地で雪玉を転がす親子、いいなあ〜。

お日様、溶かさないであげて。もう少し、雪ダルマ、このままで置いてあげて。

たまの珍しい雪だから、味わえたあたたかな気持ち、やさしい時間なのでした。

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ちょっとしたこと 外国人目線 2018/01/22 1:42 pm

和歌山県紀の川市の地域おこし協力隊が市民と共に、外国観光客向けイラストマップを作るワークショップを開いています。

外国人目線で見たら何が興味深いのか?と、みんなでウロウロ歩きをしました。屋根の鬼瓦、小さな祠と紅葉、古墳、剪定した庭木、イチジク畑、田んぼの氷。

もし自分が遠い国からやってきたら・・の目線で見ると、普通のことが急に面白くみえてきました。
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そう、猫の駅長たまが居ることで知られる、和歌山電鐵貴志川線です。たま電車やイチゴ電車など、凝ったデザインの電車が走り、これに乗って「貴志駅」まで、たくさんの外国人観光客がやってきます。







今の駅長は二代目。お休みの日があったり、後ろ向きばかりの日があったり。海外から噂を聞いてやってきても、当たり外れがあります。

そりゃ、生き物だものしょうがない、画一的なサービスはできません。

で、必ずや、外国からのお客様は駅長と駅舎の写真を撮ります。そして、そのほとんどはサッサと帰ってしまいます。

ネコだけ見せて、それで帰していいのか紀の川市!!と、私は常々思っていたのです。

この貴志駅前に、観光交流拠点が整備されることになりました。

その先行事業として、市民の交流心を育て、外国観光客にもっと滞在してもらうきっかけ作りのために、このワークショップは設営されたのでした。

11月から3月まで全5回、2時間ずつ。20人くらいが参加して、かなり忙しいメニューをこなし、最後にはマップを作ろうというわけです。

私は2回だけ参加の冷やかし客ではありますが、楽しい時間を過ごさせていただきました。

やみくもに外国人の方に話しかけてみよう、という無謀な実験もありましたが、これもみな体当たりでクリア。

けっこう通じるものです。(笑)

そして、駅から500mくらいを数人で歩いて、外国人の方が喜びそうなポイントを発見する、というメニューも。

「この田んぼと古い立派な家どう?」「あ、これはいいね、喜ぶよ」なんて発見を続けていきます。


白壁に瓦屋根、黒い鬼瓦。きれいに刈り込まれた庭木は、大きな盆栽のように美しい。

「この辺は、ちゃんと説明がマップにあったほうがいいね」「こういうお家で、住んでいる人が中を見せてくれて説明してくれれば、いい思い出になるんじゃない」

「立派な観光施設より、普通の、古くからの暮らしを見た方が喜ぶと思う」「そういう観光の時代だよね」

なんて話しながら、歩きます。

庚申さんの祠。「これは何て説明すればいいのやら」「でも、外国の人、喜ぶねきっと」

そういえば駅のすぐ近くにもこんな祠があって、近くに紅葉が一本。アジア系のお客様がその紅葉と祠を熱心に撮影していました。

紅葉のない国では、紅葉やイチョウの黄は珍しいのでしょう。

それなら写真を撮るだけでなく、この竹ぼうきで紅葉を掃き集める体験などさせてあげたらどうでしょう。

枯葉の感触、竹ぼうきの音、土の匂い、みんな日本、みんな紀の川市です。





畑のなかの真ん丸な小山?なんと古墳だそうです。これは外国人でなくとも興味がわく。

しかも手前の畑はかんきつ類の苗がズラリ。果物のまちらしい風景です。

いっそ、キウイフルーツ古墳と名付けましょうか。ちゃんとマップで解説すれば、歴史の浅い国の方には驚きの丸山になることでしょう。

別の古墳横に並んでいたお地蔵さん?地元では何かきっといわれがあり、新しく整備されたのでしょう。

せっかくなら何か物語を作ってもいいですね。健康を願うなら何番目、恋愛なら右から三番目、商売繁盛なら一番左、など。

あ、不謹慎かもですが、そういうストーリーがあると、駅から15分、ただの田舎の道を歩いてくれるかと思いまして。

イチジク畑です。普通は上に伸びる枝を、真横にし、よけいなところはすべて選定し、若芽がまた垂直に伸びる季節を待ちます。

こういう形に樹を整えれば、高齢者の方でもイチジク生産ができると聞きました。ぎゅーんと伸ばした手を繋ぎ合ってるみたいですね。

果物はその収穫時期だけが魅力ではありません。実りの無い真冬の時期も、ここでもし農家の方の解説をいただければ、知識の実りをいただいたことになります。

この畑の見学後、暖かいところでイチジクジャムを入れた熱々の紅茶など飲みましょう。これは外国人でなくても体験したい内容です。

観光地ではなかった紀の川市、貴志駅だけに猫目当ての外国人がやってきますが、地元の住民の方々と上手な交流が育っているとは言えません。

むしろ、「マナーの悪い人たちが来て嫌だ」「お金を使わない」など、外国人観光客に好感を持たない、否定的な声も聞こえてきます。

でもこの氷のような関係も、お互いが歩み寄って溶けていくもの。

お金だけの関係でなく、知識や心の交流をしましょう。マナーが悪ければ、ぜひ、紀の川市でいいマナーを覚えて帰っていただきましょう。

このマップができる頃には、貴志駅まわりに妙に詳しくなった市民が数十人できあがります。外国人目線で地域を見ることは、地域を客観視することです。そんな訓練のできた人たちです。

そしてその人たちは、英語ができなくても笑顔で話す度胸試し済み。さらに、何度も同じ時間を過ごし、打ち解けた仲間でもあります。

観光施設や観光名所がなくても、いい時間を過ごせる貴志駅回り、そして紀の川市を目指そう。このマップ作りは小さな試みではありますが、なかなか深い意味合いを持つことになるでしょう。

“私たちが作ったマップ”を胸を張って使いこなしながら、外国人をガイドしたり、外国の方向けの体験プログラムを企画する、そんな動きがワークショップ参加者から起きていくはずです。

きっかけとなるワークショップを仕切る、地域おこし協力隊さん、ありがとう。

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ちょっとしたこと 奈良の・・ 2018/01/15 1:22 pm

奈良の鰻、奈良の庭木、奈良のおでん、奈良のしめ縄、「奈良の」と冠がつくと、なんとなくいい感じがします。これが地域ブランド力でしょうか?

年始にぶらりと出かけた奈良でたまたま食べたもの見たもの、大したことではなくとも「奈良の」冠で、人が勝手に想像を広げてくれるようです。

いえ、でも、実は大したものでして、「やっぱり奈良は凄い」と最後は思わざるを得ません。
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お正月の3日に、和歌山県紀の川市の家からノコノコと奈良へ出かけました。和歌山線に乗って、途中一回乗り換えれば、JRでそのまま奈良へと行けるのです。

目的は?いつものようにあまりありません。あえて言えば、前に食べたおでん屋さんに家人を連れて行きたかった。

そして、夫婦で今、ファンの志賀直哉の旧邸を訪ねたかった。というくらいです。従って、電車に満員の初詣客とは全く違う行動。駅を降りたら、春日大社や東大寺には目もくれず、まっすぐ高畑へと向かいました。

ここ辺りの家々の植木がきれいです。驚くほどの剪定をしてあって、木々はまるでげんこつを空に着き上げたかのように立ています。

あいにく志賀直哉邸はお正月はお休み。外から塀越しに見学となりました。

それにしてもこの辺りの家々の、お正月飾りは立派です。

以前、このまちを歩いたときに、門に飾られたあまりにも立派な正月飾りに、家人は驚いて写真を撮り、それが写真コンクールで受賞したという経緯があります。

あの家はどこだっけ?この辺りじゃなかったっけ?そんなウロウロ歩きが大好きな夫婦です。

いつしか、奈良町のエリアに入り込もうとしていました。そんなときにいい香りがします。

「鰻だなあ〜」と夫。「奈良って鰻が有名?ってことはないよね」と私。とはいっても、あまりにいい匂いに誘われて、「活活亭」というお店に入ってしまいました。

一見、普通のお家です。でも鰻屋さんです。ここでおなかを満たしてはいけません、おでんが待っています。なので、一番安い、1000円以下のうな丼を頼みました。

お店の女性が「本当に鰻が少しですがいですか?」と正直顔で問いかけます。「本当にそれでいいですから」とこちらも真正直に答えます。

でも、通されたのはお庭の見える広い座敷。正月らしい花がきちんと活けられ、ビールも頼まないのに、まずはと鰻の骨の唐揚げが出てきました。

もうこれだけで、いい気分。東京でこの座敷を占領して骨を食べるだけで、席料1000円はとられますから。

やがて出てきたうな丼は、本当に鰻がわずかではあったのですが、タレと漬物とお吸い物で十分ご飯は平らげました。

さらにおせんべいと栗饅頭、土瓶一杯の新しいお茶が出ます。1000円以下のお客なのに、申し訳ないと思った次第です。

となりのお部屋は何やらお忍びのカップルのよう、ゆっくりお酒を飲んでいます。こういう空間があるのがいかにも奈良らしい。今度は夕飯を食べに、ゆっくり来ようと思いました。

奈良まちをうろついて写真など撮り、だんだん夕暮れに近づきます。いよいよおでんタイムです。

目指す「竹の館」というおでん屋さんに、一応電話しました。

「今日やっていますよね」「お正月はお休みさせてもろてます」「え???ネットでは年中無休、定休日ナシと書いてあったんですが」「うちはお正月だけは休ませてもろてます。もう50年そうしてます」「え、でもおでん楽しみに来たんですが」「市場も休みなんで、何もないですから。すんません。」

もうこうなったらあきまへん。ネット情報を信じた私が悪かった。

おそらくお店のおばちゃんは、自分の店がどんな風に紹介されているかも知らずに営業しているのでしょう。それがいかにも古のまちらしい。

「年中無休だけれど、お正月は休む」???というのがいかにも奈良らしいじゃやないですか。

夫とは、また来ようねと約束し帰ることにしました。(写真は11月に友達と行った時のものです)


帰りによった旧奈良駅舎の観光案内所。奈良の写真家・入江泰吉の写真集『昭和の奈良大和路』を見つけ、ページをめくりました。

昔の奈良はこんなだった、という驚きです。ビルもなければ観光客も少ない、のどかな田舎の姿がありました。

この日一日歩いて見え、確かにハードは変わったかもしれないけれど、人の心は昔からずっと変わらない奈良なのではないかと思いました。

おでん屋さんがやっていなかったからこそ、また奈良に行こうと思います。

鰻屋さんが今回はうな丼だったので、次回はあのお座敷でゆっくり鰻重と白焼きを熱燗でいただきましょう。

剪定した植木の若葉も見たい、お正月飾りの無くなった家々は春にはどんな佇まいを見せるのでしょう。

そして、入江泰吉の写真美術館にも行きましょう。

何か不都合があっても「いいわいいわ」と思わせる、また来るから、また来たいから、と思わせるのが土地の力、地域ブランド力なのでしょう。

戻ってから、「奈良で食べた鰻が良かったのよ。おでんもいいのよ」と報告すると、「そりゃ奈良だものね」と友達は勝手に想像しほめあげます。どういいかの多くはこちらは説明しないようにしています。

やはりそれなりの重みがある地域の力は、行って感じるしかありませんから。

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ちょっとしたこと 丸餅VS角餅 2018/01/08 11:17 am

皆さんのお正月は、どちらのお餅だったでしょうか?広島出身の夫と千葉出身の私は、毎年この話題で戦います。

「丸くないと雑煮じゃない」「四角い方が落ち着く」などともめて、結局両方を揃えることに。

私はお幼い頃、のし餅を父と切り分けるのが暮れの楽しみでした。が、丸める地域では、この切る行為そのものが分からないようです。

年始からこんな論争なら、めでたいめでたい。
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この暮れ、和歌山県海南市での餅つきに混ぜていただきました。餅まきの盛んな和歌山県です。四角では頭に当たったら痛いから?なんてことはないでしょうが、参加者の誰もが迷うことなくお餅をちぎり、真ん丸に丸めていきます。

私は丸める経験がなかったので、小学生から指導をいただくほどへたくそ。そして一部は丸餅のなかに餡子も入れた、餡餅に。丸々丸々と、丸餅が並んだ箱をお土産に戻りました。

夫は、丸餅でご機嫌。さらに餡餅があってご機嫌。餡餅はただ焼いて食べるだけでなく、これをお雑煮に入れて食べるのだというのです。

信じられない!!!角餅派にはわかりません。そもそも角餅では中に餡子は詰められない。

昔、夫が私の実家でこの餡餅入りの雑煮を食べたいと駄々をこねたとき、母が困り果てて、角餅を焼き、それを半分に折って中に餡をはさみ入れ、雑煮に入れたことがありましたっけ。

この餡餅を雑煮に入れるのは、広島人の好みではなく、夫の個人的な好みだと思いますが・・・。



















さて、そこに、その千葉の実家から角餅が届きました。ここではあえて角餅と呼んでいますが、私も千葉の実家でも餅といえばこれで、角餅などと呼んだことも有りません。美しい角、白い四角の勢ぞろいは、清らかですらあります。

サラリーマンの家だった我が家では、父は暮れギリギリまでお勤め。お餅はお米屋さんに頼んで、のし餅の状態で何枚かを届けてもらっていました。

届いたばかりはいくら大きな四角にのしてあっても、ふにょふにょで、切れる状態ではありません。

三越やそごうなどの百貨店の包装紙の裏側、白い方が広げられ、そこに広げ置かれます。こういう時、なぜか母はここぞとばかりに上等な包装紙を出して来たのでした。

1日くらい置くと、のし餅はやや硬くなり、持ってもまっすぐな板状になってきます。そこで父と私の出番。まな板と、包丁と、大根と。

大体の寸法を目分して、包丁を入れていく。力がいります。硬くなり過ぎた場合は、餅を立てて、グーっと押していく。包丁にべたつきがついたら大根を切る、するとまた餅が切りやすくなる。

この、のし餅を包丁で切り分けるときの、ググっとした感触が私は好きでした。父親はせっせと切り、私は遊びながら切る。

途中で母が来て、切れたのをいくつか割烹着に丸めて運ぶ。「お父さんは海苔餅よね、智子はどうする?」「黄な粉〜」こんな会話が飛び交って。




















丸か角か?をフェイスブックでうかがったところ、年始からこんなコメントが集まりました。

「東京の下町では『賃餅承ります」という張り紙が。お米やさんがのし餅を届けてくれます。餅をつくような庭もなく、もちろん臼や杵もない、のし餅を頼んで切り分けるしかなかったのでは?」
「実家で餅をついていた昔は、丸もち中心。もちろんのし餅もありましたが、これは雑煮用でした」(高知の方)
「角もち派です。お雑煮は焼いたものを入れます」(日光の方)
「福井も丸ですね!」
「淡路島は丸です」

なかには、丸と角との境目を日本地図で示してくれた人もありました。

それぞれの地域にこだわりがあって、どっちが正しいということはない。わかっちゃいるけどつい、丸だ角だと言いたがる。

この論争、毎年繰り返される。このことが妙に好きな私です。

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野口 智子 のぐち ともこ
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局
ゆとり研究所

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E-Mail slowlifej@nifty.com


略歴

<野口智子(のぐちともこ)>
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局長
千葉市生まれ。東京でコピーライター、プランナーを経験。1977年静岡県に移り企画・編集プロダクション設立。
1992年ゆとり研究所を開きコンサルタント業務を開始。
ライフスタイルの提案、「一店逸品運動」による商店街の活性化、時間消費型観光おこし、人材育成などの分野で活動。
2000年からスローライフ運動を開始、2003年スローライフ・ジャパンを設立、現在、事務局長・副理事長。
2006年から活動拠点と自宅を東京へ。現在はスローツーリズムの提案、商品開発、地域観光の育成、都市と田舎の交流、移住・定住プロジェクト、“食”をテーマにしたまちおこし、などに力を入れている。住民参加の独自の楽しいワークショップが得意。
現在、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域再生マネージャー(ふるさと財団)、国土審議会半島振興部会委員。