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お仕事 雲仙人PR 2019/07/29 2:47 pm

雲仙市で、逸品開発やまちおこしイベントをする人たちが繋がって、雲仙人(くもせんにん)プロジェクトというものが始まっています。

人のネットワークを地域の力に、という動き。今回、メンバーの一人が主催した屋外催しで、テントを張り活動をPRしました。

子どもたち用にと、雲の絵を描くコーナーを作ったところ大好評。たくさんの雲がテントに貼られました。

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7月28日(日)、雲仙市千々石の空はそれはそれは青い、素敵な夏空でした。催しのフラッグが嬉しそうにたなびく上山公園です。









夏空に雲が飛びます。その下の小さなステージに次々とバンドが駆け上がり、たくさんのテントで手作り品や美味しいものが並ぶイベントです。








ここに我ら「雲仙人・くもせんにん」もテントを張り出したのでした。いったい何の店だろう?何を売るわけでもなく、活動を伝えたい?なんて・・・。





できたばかりのロゴで、前日に大慌てで作ったフラッグ。皆さんがかわいいとほめてくれました。その間を飛行機雲がスーッと伸びていきます。








一番見てほしいのがこれ。頑張る人たち「雲仙人・くもせんにん」の紹介です。

例えばこんな・・・。

Aさん:千々石の酪農家が黒毛和牛100%「レアハンバーグ」のお店をこの春開店です。
Bさん:木をふんだんに使った宿、神代の昔の写真も展示。ランチ「神代めし」が評判です。
Cさん:在来種の野菜の種を取って育てています。無農薬、本物の野菜の味が分かります。
Dさん:「雲仙野菜ぷりん」が看板商品。ジャガイモやカボチャなど野菜の味が生きています。
Eさん:長崎県産材料で醤油を製造中。若手農家さんとコラボしたネギソースは好評でした。
Fさん:看板商品は地元の野菜を使った無添加のドレッシング。畑を見ながらのランチも。

「あ、この人知ってる」とか「へえ、こういう人いるんだ」とか、ブースをのぞいた人はそれぞれに反応します。本人がそこにいた場合は、そのままおしゃべりが始まる。いい感じになりました。ここまでは大人の世界、予定通りの展開でした。


せっかく子どもがたくさんいるのだから、子どもが参加できることをやろう!と思い立ち、始めたのが「雲のお絵かきコーナー」。

これが、意外や意外、子どもはもちろん大人にもうけてしまったのです。






雲というお題だけで、次々と名作が、それこそ雲が湧き出すように描かれていきます。










ええ?いいんですか?なんて大人がワクワク雲を描く。張り出す。












手つなぎ雲ちゃん。










虹を描いた子も多かったです。雲仙は虹が当たり前に見えるのでしょう。












タヒチアンダンスを踊った母娘で雲描き。












これはまた手のこんだ作品。











この子は、要はマジックで遊んでいたわけですね〜。でも雲に見える見える。









この姉妹は本当に楽しんでいましたね、雲描きを。











雲にもいろんな表情があるんだ〜。










在来種のカボチャも雲に見えてきちゃう。カボチャ風の雲も登場しました。












前日、お父さんと兄弟と11時くらいまでかけて雲描きして、持ってきてくれた作品群も。

「雲仙人・くもせんにん」テントの中は雲だらけになりました。この勢いだったら、雲千枚になっちゃいそう。


地域おこしなんて理屈でかまえないで、こういうゆるい、いいい時間から何かを始めるのがいいなあ〜〜〜、と思いながら雲絵の写真を撮り続ける野口でした。

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ちょっとしたこと お店をやりたい:その4 2019/07/20 4:42 pm

お店というと売買の場所と思いがちですが、どこかに出かけるきっかけがある場にもしたいものです。

日本古来の包装材「経木」の良さを知ったなら、那須塩原のその作業所を訪ねる。

藍のお茶の美しさを知ったなら、雲仙市の藍工房を訪ねる。北海道池田町のワインを知ったなら、そのブドウ畑と貯蔵庫を訪ねる。

これまで私が見聞きして来た逸品・場所・人を訪ねる旅も始めましょう。
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先日、スローライフ仲間から「ツアーや小さな旅」「お出かけサロンを」をやれば、というアドバイスをいただきました。
うん、それはいいと言いながら、何年も前からそういうことをやろうと思った、やっていたことを思い出しました。

地域密着の小さな旅は、30歳代からずっと提案し続けてやって来たきたことでした。

伊豆で「伊勢海老スクール」というミニ旅。伊勢海老について漁師さん、仲買人さんから学び、網から外す体験をし、生け簀で伊勢海老つかまえて、旅館の板前さんから伊勢海老のお刺身の作り方を教わる、そんな体験催しをやりました。

今から30年前です。「こんな旅をしたかった」という参加者の言葉が見出しになって、新聞に大きく取り上げられました。

温泉文化研究会を静岡でしていた時は、ただ温泉に入って豪華な料理を食べるのではなく、昔からの、または新しい温泉文化を体験しましょうといろいろなカリキュラムを実験しました。

これは25年前の話です。温泉療法がまだ出始めの頃、当時の仲間が果敢にチャレンジしてくれました。温泉卓球大会、温泉旅館の女将さんに学ぶ着つけ・和食の作法、アジの干物作り体験、ワサビについてとことん学ぶ体験、温泉と組み合わせていろいろやってきました。

掛川では学びのバスと称して、茶工場にいったり、地元の茶農家を訪ねたり、お煎餅屋さんを見学したり、化石を探したり、牧場でソフトクリームを食べたり、美術館を解説付きで回ったり、いろんなメニューを入れ込みました。

東京に移動してからも、湯河原で梅の剪定体験と絵手紙、多治見では焼き物の里のウォーキング、蕎麦の種まきから食べるまでの蕎麦全部体験、ニンニク産地ではニンニクを入れた足湯を発明体験、米粉の産地では米粉の新しいメニューの開発をみんなで、きりたんぽの産地ではいろいろな食べ方できりたんぽをみんなで食べる。フルーツの産地では市民主催のフルーツがテーマの小さな体験催し。そしてスローライフのフォーラムとともに、皆さんを地元見学にあちこちご案内してきました。

各地の「逸品」を“逸村逸品”というコンセプトで紹介し始めてから、逸品を訪ねる旅もいくつか考えて、でも実はこれは実行にまでは至らなかったのです。

そうか、これを再びやろう。忙しさにかまけてふたをしていた企画を開けることにします。

出かけた先で誰かに会い、何かを体験し、珍しいものを食べ、語り合い、その地での新しい関係をつくる。地方や小さな村町の良さを実感する。ずっとやってきたことだし、やりたかったことでした。

こう「やるぞ宣言」をして、いつどこへどんなというわけでもないのですが、すっかり忘れていたやりたい気持ちに火が着きました。

運よく私の妹分が小さな旅行会社もやっています。これはいっちょ相談して、スローライフ・プチツアーを始めようじゃありませんか。まずは丹波篠山へ黒豆の枝豆ツアーと行きますか?!

話を戻すと、つまりそういう企画や呼びかけもするお店にしたいわけです。と、長々の説明でした。

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お仕事 ワインだけでない池田町 2019/07/14 6:07 pm

自治体ワインの先駆、北海道池田町。町の顔「ワイン城」は今、リニューアル工事中。

その間に、町民有志でこれからのまちづくりや観光についてアイディアを出そうとワークショップをしています。

すると、ワイン以外の町の顔がいろいろでてきました。夕日や並木道、丘、森、羊。身近なところにたくさんいいところ、いい物がある.

町民お勧めの、スローライフポイント発見です。
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池田町へは昨年から通っていますが、今年度は北海道大学の先生方がまとめる観光計画のお手伝い、私はワークショップ係として出向いています。

とはいえ、私は笑ったり、へ〜ほんと〜?なんてにぎやかしをしているくらいで、集まった町民の方々が実に冴えているのに驚いています。

主婦、農家、アーチスト、移住者、タクシー会社、レストラン、喫茶店、議員、いろんな人が集まってきました。

なので池田町のスローライフポイントといっても、多様な答えが出ます。「汽車までステーキ弁当を出前してくれるお店がある」「あそこの味噌ラーメンのシャキシャキもやしの山は凄い」なんて美味しい情報から、地元民が日常的に体験している素晴らしい景色まで。

出てきたアイテムを、北大の先生が整理してくれました。なかでも皆さんが「これこそ」「こここそ」と選んだ物の中から、まだ私が足を運んでいなかったところに行ってみました。

利別川の河川敷から堤防を挟んで町側に、木々が茂ります。とはいっても、どの樹も大木古木ではなく、成長中という感じ。森でいえば、中学生くらいの印象です。

「百年の森」といって、百年後には立派な森になるだろうと、ことある度にここには桜や柏や松や紅葉や、いろいろな樹々が植えられているのだそうです。

公園でもない、原生林でもない、「森にな〜れ!」と育まれている緑です。

でも、もう立派な木陰ができていて、草も刈られているのでピクニックにいい感じ。いつも私の住まいの近く、「新宿御苑」の芝生を大人数で取りあっている東京人の身には、なんとも贅沢な緑陰でした。

「ワイン城に続く並木道」白樺並木の道もあるのですが、これは何の木でしょう?わからないけど素敵です。

両側に高くそびえ、天井の高い緑のトンネルのようです。こんなところをウエディングドレスを着て静々と歩いたら、印象深いシーンが撮れるなあ〜。誰かに勧めたいな〜なんて考えます。

ここを日々のお散歩、ウォーキングに歩いている池田町の方々がうらやましい。

真ん中あたりにロマンチックなベンチでもあれば、ずっと居たくなるでしょう。真夏にお勧めですね。緑の風の道、なんて名前をつけましょうか。

ワークショップでは「星」とか「ブドウ畑」「堰堤」なども出てきました。そして意見が多かったのは「夕日」です。

「ワイン城の上から見る十勝平野と夕日」もすごいですが、「池田高校の前の坂道から見る夕日」も素晴らしいとのこと。行ってみました、が、夕日時ではありません。


ゆるい下りの坂道が長く続き、やがてまたゆるく上がって行く、この真正面に夕日が落ちるとならば、想像すると絶景のはず。見てみたくなります。「夕日時間予報」を出して、待ち構えてみていたい。ここにも夕日待ちのベンチがほしくなりました。

この道を通学する高校生は坂道で足が鍛えられると同時に、夕日で豊かな情操も育つことでしょう。


「まきばの家展望台」ここからの展望も、町民お勧めでした。確かに素晴らしいです。

もう少し待っていればドラマチックな夕日を眺められたのですが、羊に会えただけで良しとしましょう。もしこの展望が首都圏近くの観光地にあったら、ここだけで観光バスが押し寄せるほどの見晴らしです。

でもここでは、観光客らしい人には誰にも会いませんでした。これがまた池田町の贅沢なところなのでしょう。

「羊」「羊毛製品」などもワークショップであがっていましたが、羊も手作り品もそろっているのが「スピナーズファーム タナカ 」というお店。

実は私はこのお店で大興奮!羊毛のとりこになったのです。なので、ここのことは改めてちゃんと書きたいと思います。

羊毛を使った手作り体験や買い物もできる、羊もいる、他の土地ではなかなかありませんね。池田高校の近くです。

池田の観光は「ワイン城」に任せてきたような町ですが、なになにワイン城に行かなくても、ワインを飲まなくても、こんなに池田町は素敵です。

実はそれに町民も気付いていたのだけれど、大声では主張しなかったのかもしれません。

農業や酪農が基幹産業のまちで、こうして草を干している様子や、小麦とビートが作り出す素敵な畑の色合いなどをしっかりと見てもらう、解説してあげれば、都市部から来た人たちは畑を歩くだけでも十分満足するでしょう。

私などビートを見て立派なホウレンソウだなあ〜と思っていたくらいですから、町民・スローライフガイドさんが同行してくださったらもっともっと池田の発見ができると思います。

加えて「百年の森」でワインピクニックとか、「緑の風の道」での深呼吸ウォーキングとか。「夕日坂で夕日に願いをかなえてもらう」ストーリーを作ってもいいし、「まきばの家展望台」にブランコなどできたら、もう、最高!と思います。

ワイン城がリニューアルするまでに、町の観光の有り様もリニューアルできそうですね。リードするのは町民の皆さんです。

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ちょっとしたこと スダレと絵手紙と 2019/07/06 1:53 pm

群馬県富岡市、駅から歩きだすと絵の描かれたスダレが目に入りました。

ヒマワリの絵に「人生楽しもう」なんてメッセージ。いろいろな絵があっちにも、こっちにも。

名物・ソースカツ丼を食べたお店の奥さんが、偶然その仕掛け人。

絵手紙をされていて、古い蔵にはたくさんの作品が展示されていました。

人通りは少ないですが、たくさんの人におもてなしを受けた気になりました。
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上州富岡の駅を降り、ブラブラと駅前通りを歩き出すと。

「笑顔でおもてなし」とメッセージ。花はグラジオラスでしょうか?

あら、おもしろい!と見始めました。





開いているお店にも、閉店のお店にも、民家にも、いろいろなスダレが下がっています。

「跳べ」と言われれば、うん、頑張ろうと思いますね。







「人生楽しもう」、このおうちは文字通りきれいなお花を咲かせて楽しまれているようです。










スダレを見ていると、ついつい通りを歩いてしまいます。次はどんなのだろう?と、歩くことが苦になりません。









スダレは今や100円ショップでも買えるもの、これにみんなで絵を描けば、こんなおもてなしができるんだと感心しました。









富岡に来たならば食べたい味がカツ丼です。ここのはソースカツ丼、しかもお醤油ベースの甘辛味のタレをくぐらせて3枚のってくる。

このことは以前知っていたので、なつかしく「新洋亭」さんに入ったのでした。

地元客も、観光客もみんながカツ丼をワシワシとかき込んでいる。相変わらず美味しい!

会計の時に「スダレの絵がいいですね」とポツリというと、なんとこのスダレアートを実践しているのは、ここのおかみさん井上かずこさんでした。

私のことも覚えていてくれて、急に話が弾みます。

彼女は絵手紙をされていて、富岡で「糸車の会」というグループの指導もされています。

駅が新しくなったときに「何かをしたくて」始めたのがスダレアートでした。

「もう何年になるかな〜、今年は市外の人が描いてくれてます。スダレを外しに行くと、お店の人がこのまま置いといてといわれて。嬉しいですよ」と井上さん。

「絵手紙飾ってある蔵があるから見て〜」と案内されたのは、すぐ近くにある「絵手紙ギャラリー蔵」。

市に寄贈された古い蔵がリニューアルされて、そこに絵手紙を飾るようになったそうです。

絵手紙は葉書サイズだけかと思うと、いえいえ、いろいろな物にいろいろな大きさで、絵と言葉が描かれています。

お御輿置き場も兼ねていて、お御輿が絵手紙にワッショイと担がれているようでした。

この絵手紙の活動があるから、スダレアートもできるのでしょう。蔵にいる間、どれもこれも楽しくて、にぎやかな声が聞こえてきそうです。

井上さんとおしゃべりに夢中で、蔵の全景をとり忘れました!真っ白い、綺麗な土蔵。

その前はポケットパークのようにイスとテーブルが並び、ゆっくりできます。なにより回りがお花だらけ。地元の人がきちんとお世話されているんですね。




「まちをよくするために何かしたじゃない!みんなができることを何かすればよくなるのよ。絵手紙を募集して、上信電鉄の車両を絵手紙列車にするのもやってるの、いま旅行雑誌にも載ってる。あ、あげるこれ一冊」

といただいた『旅行読売』には、井上さんのお顔がありました。

私は井上さんとおしゃべりしましたが、富岡を訪れて、たとえ誰とも話さなくても、スダレアートを眺め、絵手紙を見て、ここで一休みすれば、たくさんの人にあったような気になるはずです。

井上さんのような人がいる富岡の街は、うらやまし限りです。

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お仕事 「湯せんぺい」に学ぶ 2019/07/01 1:04 pm

丸いサクサクとした食感の「湯せんぺい」は、小浜・雲仙温泉の土産物。

その昔ながらのお菓子に、かつて外国人がリゾートにたくさん来ていたころのイメージをのせて、少し高級でお洒落なものに変化させる。

そんな試みをしている「遠江屋」の加藤隆太さんにお話をうかがいました。

雲仙市でまちづくりに頑張る人たちの繋がり、「雲仙人(くもせんにん)サロン」の第5回目です。
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雲仙市国見町神代にある明治時代の建物「今村邸」、ここで開かれたサロンは“湯せんぺい”一色でした。

加藤さんは雲仙温泉にある“湯せんぺい”屋さん、「遠江(とおとうみ)屋」さんの3代目。小浜で明治時代にできた“湯せんぺい”、べではなく、ぺです。小麦粉、卵、砂糖、重曹、温泉を材料に薄く焼いたお菓子、

遠江屋さんでは機械焼きもありますが、店頭でお客様に見せながら一枚ずつ手焼きすることにこだわっているのが特色です。(↓写真は店頭での手焼きの様子)

加藤さんは雲仙生まれ雲仙育ち、島原高校を出て東京の大学を出て、食品会社に9年務めて、29歳で雲仙温泉に戻ってきました。

当時の雲仙温泉はお客様が減り、「どん底だった」そうです。「衝撃だったのは、『何しに帰って来た』といわれたこと。ヤル気を持って帰ってきた者にそういうことを平気で言うんだなと、イラっとしました」と加藤さん。

しばらくは、雲仙温泉街の若手で作る会、雲仙青年観光会でイベントや観光PRの活動をします。「『元気さ、若さ、お洒落さ』をにこだわってやりました。その時の活動が今の自分の基礎になっていると思います。雲仙に居なかった期間のこと、もっと昔のことも知りました。イベントをやる中で、コンセプトやネーミング、お客様の動きなどを学び、雲仙の良さを考える機会になりました」

イベントで知合った仲間と「長崎ランタンフェスティバル」に出店することになります。商店街のファザード整備の期間、お店も整備することになり“焼き台”を持ってフェスティバルに参加しました。

「お年寄りは懐かしがってくれました。でも、若い層の人たちは“湯せんぺい”を知らない、子どもたちも。これはいかんと思いました」(←写真は店頭での手焼き)

その後、その場所を仲間と借りて、2年間、毎週オープンテラスカフェをやることになります。仲間のお菓子屋さんは毎週新作を持ってくる。売れる。しかし自分は新作ができない。

「“湯せんぺい”一本では勝負ができないなということが分かった。でも“湯せんぺい”しかない自分だった」そんな中で、加藤さんいわくの“加藤隆太式商品開発”が芽生えていきます。

「自分はお菓子屋さんになりたいのか」と疑問が出たそうです。そもそも昔は旅館をやっていた、その後「観光百貨」というお土産屋さんをしていた。「そうか、うちは土産物屋だったんだ」では、土産とは何だ?観光とは何だ?と加藤さんは自問自答していきます。

「しっかり考えました。この時役だったのが以前のイベントでした。雲仙のいいところをどうやって伝えるのかをイベントで考えてきたので。“地域のいいものをプロとしてお客さまに魅力的に伝える”のが観光業者の仕事、観光土産屋と気づきました」

「雲仙に来たくとも来れない人に、雲仙のことを紹介するために持って帰る物が土産。ならば“湯せんぺい”に、どういうストーリーや雲仙らしさ、伝えたいものやことをのせて持って帰ってもらうか?を考えるようになりました」

「自分は菓子作りの技術も知識もないので、菓子は作れない。ならば“湯せんぺい”に雲仙の良いことをのせよう。そういう商品開発の仕方にしました」

加藤さん的に、他とは違う雲仙の良いところというのは、雲仙が避暑地・リゾートとして外国人に好まれていた時代。明治から昭和にかけて、年間3万人が夏だけで訪れていた頃。

そんな雲仙のアイデンティティを伝えたいと考えたそうです。“湯せんぺい”は和菓子のイメージだったけれど、洋菓子のイメージにしようと。

まず、クリームを挟んで「ゴーフレット」にした。雲仙を代表するクラッシクホテル・雲仙観光ホテルのイメージで最初は作り上げていきます。これが簡単そうで難しかった。仲間のアドバイスも受けて作り上げ、今や7種類のものができました。

「湯せんぺいチョコバー」はドライフルーツとチョコと“湯せんぺい”の耳で作ったもの。これもリゾート客が山歩きをするそのおともにというイメージのもの。

避暑に訪れた外国人は、葉巻も吸ってもいただろう。“湯せんぺい”をクルクル巻いてチョコをつけた「シガーロール」これは3本セット540円、5本セット800円。

普通の機械焼きの“湯せんぺい”が10枚で350円に比べると高いけれど、でも売れていくとのこと。




“湯せんぺい”の耳は製造上の副産物ではなく、貴重な材料になっていきます。サクサクした食感を活かして、フルーツ一杯のグラノーラまでできました。

「関東、関西、福岡の30代の女性に買ってもらいたい」といつも考えているだけあって、確かにどれも女性がお土産にしたくなります。



さらに“湯せんぺい”そのものも、パッケージにこだわりました。偶然見つけた昔の外国人向けの観光パンフレットの絵を使いました。明治時代は上海から船で島原半島にやって来た、その頃、日本郵船が作ったパンフレットの絵を交渉して使用許可を得ていきます。

「まあ、“湯せんぺい”か、といわれたくなかった、カッコいい仕事しているねと言われたかったんです。(笑)いい商品を売ればその土地も売れる。商品を通して雲仙を知ってもらいたい。そこに行かないと買えないものを作りたい」という加藤さんです。

今は島原の牛乳を使ったソフトクリームのコーンを“湯せんぺい”で作ることにも挑戦しています。

そしてこの日の提案は、「食事に“湯せんぺい”があってもいいのでは?!」でした。お菓子としての“湯せんぺい”ではなく、切り分けた“湯せんぺい”にチーズやトマト、キウイなどをのせてオードブル風に、です。

参加者は喜び、どよめき、アイディアが湧きだしました。



「ポテトサラダにもあうのでは」「“湯せんぺい”をカナッペ風に使う提案をパンフレットにしてパッケージの中に入れよう」「“湯せんぺい”のおつまみでするパーティーをやろう」「チーズ系の料理に合う」「サラダのトッピングにしても」「明太子にも合うはず」「お醤油フレーバーやスパイスを使ったら」「塩味のものは焼けないか」「ミニサイズのがあるといい」

とかく新商品を、こんな物がうけているらしいと思い付きで開発するケースが多い中、“湯せんぺい”に雲仙のいいところのイメージをのせていくという加藤流のやり方、誰もが学べる手法と思いました。

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写真でみるゆとりある記

折り紙器お土産に
金沢・近江町市場で
弥生画
新宿御苑花見混雑

連絡先

野口 智子 のぐち ともこ
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局
ゆとり研究所

TEL 090-7433−1741
E-Mail yutori@noguchi-tomoko.com

NPOスローライフ・ジャパン
〒160-0002 東京都新宿区四谷坂町9−4 リカビル301
TEL 03-5312-4141 FAX 03-5312-4554
E-Mail slowlifej@nifty.com


略歴

<野口智子(のぐちともこ)>
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局長
千葉市生まれ。東京でコピーライター、プランナーを経験。1977年静岡県に移り企画・編集プロダクション設立。
1992年ゆとり研究所を開きコンサルタント業務を開始。
ライフスタイルの提案、「一店逸品運動」による商店街の活性化、時間消費型観光おこし、人材育成などの分野で活動。
2000年からスローライフ運動を開始、2003年スローライフ・ジャパンを設立、現在、事務局長・副理事長。
2006年から活動拠点と自宅を東京へ。現在はスローツーリズムの提案、商品開発、地域観光の育成、都市と田舎の交流、移住・定住プロジェクト、“食”をテーマにしたまちおこし、などに力を入れている。住民参加の独自の楽しいワークショップが得意。
現在、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域再生マネージャー(ふるさと財団)、国土審議会半島振興部会委員。