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お仕事 むらフェス・夏まつり 2019/08/26 1:34 pm

那須塩原市の旧金沢小学校で、古い校舎を使って地域づくりを進める動きが始まっています。このほど夏まつりを手作りで開催しました。

地元野菜たっぷりの「ば〜ばカレー」や古い手回しかき氷機での氷の販売、アコーディオンが得意の方の演奏で歌声喫茶、縄文時代の土器・矢じりコレクションの展示、軽トラックを櫓に盆踊り、など。

いずれも元気なシルバーが大活躍でした。
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8月25日(日)閉校している旧金沢小学校が朝からなんだか賑やかです。










校舎の中の教室には、「142年間ありがとう」の文字が残っているのに。










草の茂っていて校庭は、朝、地域の方の労働奉仕で綺麗にされ、竹が組まれて「盆踊り会場」の看板が立ちました。





















この冬「むらフェス」と称して、ここで一回目の催しをした「あつまっぺクラブ」。↓
http://noguchi-tomoko.com/modules/yutoriaruki/details.php?blog_id=501&date=201901

この日は2回目のフェスです。ここまで来るのに、何度もこの校舎内でミーティングしてきました。

スタート前の打ち合わせです。これから始まるのですが、何日も続いた用意で皆さん少しお疲れモード。

「あれ、プリントが足んない?」「ま、いいや」「わかるわかる」

そのプリントには役割分担が「ひいちゃん」「よしおちゃん」「たかお先生」など、普段、みんなが呼んでいる名前が書かれています。思わず笑ってしまいました。





さあ、お客さんが来始めます。焼きそばなどが湯気をあげ始めると、おばちゃんたちはスイッチが入ります。









地元野菜がいっぱい入った「ばあばカレー」も出来上がり。「ババアじゃないよ、ばあばだよ」と念を押されて。









教室にはいろいろな展示もあります。手芸、写真、絵画、俳句。今回、私が惹かれたのは、この地から出土した土器や矢じり、石器。

縄文時代すでにここには人が住み、この矢じりで獣を獲って暮らしていたのです。ついさっき作ったような矢じりに、心が躍りました。




懐かしのアコーディオンの音色で唄う教室も。これがスローないい音なのです。久しぶりに大声で唱歌を歌いました。









新住民が多い地区の方々が売る「ぶっかけうどん」や、近くの那須拓陽高校の生徒さんが育てた大豆・おから入りのケーキを食べていると、楽団の演奏も始まります。

おじちゃんたちは芸達者です。






体育館への渡り廊下では、米ぬかにEM菌を混ぜて肥料を作るワークショップも。

糠の手ざわりに子供たち大喜びです。







古い古いかき氷機を、誰かがどこかから見つけてきました。私が小さい頃は皆こんな手動のものでした。

「どうだ、歳はとってもちゃんと働けるだろう〜」と声が聞こえそうです。





さっきまで焼きそばを作ったり、ジュースを売っていたおばちゃんたちは、浴衣に着替える時間はありません。なのでフラダンスのいでたちで盆踊りへ向かいます。









塩原音頭が流れました。「踊れないよ〜、忘れちゃった」と言っている端から、なんとなく手足が動き踊れるようになります。思い出していきます。

久しぶりに輪になって踊る時間。これで終わりとなったら、アンコールとなりました。

お金をかけた大規模な夏のイベントが多い中、ここの夏まつりはささやかな、あちこち笑える失敗だらけの超安上がりの手作りイベントです。

それでも、こんなにシルバーたちがはしゃいで動いている姿を見ていると、何処よりも大きなイベント効果があったような気がしました。

ワークショップで出したアイディアを実現した宇都野・金沢地区の皆さん、ド元気なシルバーとともにプランを考え実現していった若いお母さん・お父さん、子供たち、皆さんもお疲れ様でした。

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お仕事 花とは何かを教えられ 2019/08/18 4:37 pm

群馬県中之条町は花と湯のまち、「中之条ガーデンズ」を始め様々な庭園があり、「四万温泉」ほか温泉も豊富です。

さて外から来て、ガーデンで花を愛でる目を即席に養うと、町内の“目を引く魅力的なもの”は、皆“花”“華”?と思えてきます。

地粉で打ったうどん、漬物、アイスクリームも頑張る人も。まちをキラキラ彩る大きなもの、小さなことが花なら、まちは花束なのですね。
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中之条ガーデンズにうかがったのは7月22日、まだ雨が続いている時期でした。

12万屬旅大な園地のなかに様々な庭があるので、ガーデンズなのだそうです。

昨年リニューアルしたばかり、雨でも花好きの私はワクワクです。



著名なガーデンデザイナーによるという、バラの園が次々と続きます。映り込むのは、紅いバラの花かと思うと金魚だったり。

鋭角に切り取られた遠くの緑が、ただそれだけで美しいと感じられます。





中心にあるのが、渦巻き型の高床式花壇。花壇というと赤やピンク、黄色のどこにでもあるような花苗が植わっているのに慣れている者には、一見地味にもみえます。

でもこれがおしゃれで品のある都会人好み?のものなのかも、あえて野草の花壇のような雰囲気です。渋い色や、地味な花も、花なんだと気づきます。


一方こちらはガーデンズのなかの町民花壇。急に植わっているものが変わります。おなじみの花や植え方、さっきまでは少し爪先立っておしゃれぶっていた花壇だったのが、庶民的に。

いろいろな人やグループが、テーマを決めて植えて管理している。肩の力がふっと抜けました。



タイトルは“ふるさとの絆”「花あり、温泉あり、歴史あり、なかんじょう」と。地元では、中之条をこう呼ぶのでしょうか?

“里山の季節の移ろい”のタイトルの花壇、「美しい里山の再生を図りたい」との願いが書かれています。

“花のワルツ”の花壇「やさしい音楽が聞こえてくるようなお庭に」と。どんな人が考えた花壇でしょう。人柄が伝わってきます。

一つ一つ見るのが楽しみです。考えた人、植えた人、それぞれに会ったような気持ちになりました。

私は町民ではないのですが、ここに花壇を持ちたくなりました。通い花壇はできないかなあ〜。

花壇や花もいろいろだ、と思うと、景色のなかの芋畑も花壇にみえてきます。

花はなくとも、葉が綺麗。澄んだ空気の中の景色はそのまま“花”です。

そうか、心惹かれる魅力的なもの、ことは皆“花”と思おう。“華”と書いた方がいいのかもですが。


となると、お昼にいただいた、畑の中の一軒家風のお店の地粉の手打ちうどんも“花”。

「この辺りでは、腰の強いうどんではなく、ふわっとした柔らかめのうどんが好まれる」と近くの方が解説してくれます。

昔はどこのうちでもうどんを打ったのだそうです。


竹の籠に摘み取ったブルーベリーも“花”。











地元の高校生が育てたキュウリで、漬けたお漬物も“花”。











色とりどりのアイディアアイスクリームも“花”。











味噌屋さんで売る、塩こうじジェラードや味噌ジェラードも“花”、それを考えて頑張って売るご夫婦も“花”。









赤松を削った厚手の経木で作った「メンパ」も“花”。











歩道の照明オブジェの足元に、育った苔の緑も“花”。











古い味のある看板も“花”。












地元の人たちが花を飾って手入れをしているこの駅の壁も“花”。















駅にたくさんつるされた風鈴も“花”。そこに書かれた地元小学生のメッセージも“花”。

・・・・・・・・・というわけです。






どんな小さなことでも魅力的な“花”と気づけば、それを束ねれば花束になります。

そもそも花そのものも、小さな花弁がいくつも集まって花になっている。その地域の“花”に気付くことができれば、まさにどこでも“花のまち”になれるはずです。

「気遣いができるような大人になりたい」と小学生が書いた風鈴の短冊。これを私は「いろいろな“花”を見つけられる大人になりたい」と読み替えました。


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お仕事 明治のリゾートを今に 2019/08/12 12:16 pm

明治時代の初期から、日本の観光地には外国人が訪れるようになりました。雲仙温泉も同様、椅子式のカゴに乗って避暑にやって来たそうです。

森の木陰にテントを張ってのパーティ―、池での優雅な舟遊びなど、外国人のリゾート文化はいち早く雲仙に伝わったのです。

そんなお洒落な賑わいを再び作ろうと、若者たちが始めた「雲仙三角フェス」、今年で3回目となりました。
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長崎県雲仙市、標高700メートルにある雲仙温泉。ここの「雲仙お山の情報館・別館」には、明治時代、外国人が乗って来たという椅子に担ぎ棒を取り付けた「チェアカゴ」が展示されています。

陸路、あるいは船で、小浜辺りまでやってきて、最後の雲仙温泉までの上りはこの椅子に座って外国人女性などは避暑に来たのでしょう。

今でも夏の朝は、半そでではひんやりする雲仙温泉です。それでいて、「地獄」と呼ばれるあたりから、高温の温泉があり余るほど湧いている。夏をゆっくり過ごすにはぴったりだったはずです。

展示されている写真には、天幕を張って、その下で飲食を楽しむ外国人客が写っています。

ワインと瓶ビールを飲みながら、子どもたちも加わって食事が始まる?ところでしょうか。

外国人客が増えて、洋式のホテルもでき、だんだん道路も整備されていきました。明治44年には、「特に夏期英語の堪能な巡査を配置し外国人避暑客の便宜を図るようになった」と展示にはあります。

その後、ゴルフ場、プール、テニスコート、娯楽館などができてピアノやチェスなどもそろえられたそうです。


いつの時代の観光案内地図でしょうか?日本語と英語です。

よく見ると、人は外国人が描かれ、乗馬やテニス、ゴルフ、ハイキングなどを楽しんでいます。

この案内を見る限り、雲仙温泉をちょと見て、または1泊して、次の名所旧跡に移動、という周遊観光が行われていたとは思えません。

雲仙温泉に来たならば、滞在し、ゆっくりといい時間を過ごしている。そんな外国人観光客の姿が見えてきます。

そんなリゾート地だった雲仙温泉が、いつしか観光地になってしまった。名所を見て旅館に泊まってご馳走を食べればそれでいい、さっさと帰る。高度成長期の日本はそんな観光地を全国に育てたのです。

「明治時代のこの写真のように、自然のなかでゆっくりする、そんな雲仙温泉を取り戻したい」温泉場の若い人たちが立ち上がり、繋がり、クラウドファンディングなどでお金も集め、ボランティアで最初のフェスは行われました。

山の日にちなんで、山を表す△がつきます。「雲仙△(サンカク)フェス」、正しくはアルファベットで表記されます。

第3回目のこの日、車を降りてシャトルバスに乗ったとたん、たくさんの小さな子ども達と一緒になりました。

そう、このフェスは、音楽を楽しむだけでなく、森の中で子どもが遊べる仕掛けもあるのでした。木登り、けん玉、弾力のあるベルトを綱渡りするスラックライン等々。



おやおや、森の中に可愛いぼんぼり?照明?近づくと紙皿を繋いでできている!

すごい発明、目からウロコ。いったいいくつ、いったい誰が、いつ、どのくらいの時間をかけて作ったのでしょう。





この矢印もチャーミング!場所によってどちらにでも使えるように工夫されている。しかも矢印がくねくねで、「GO—−!」でなく、「ゆるく行ってね〜」と呼びかけている感じ。

付けられた木にセミの抜け殻が。いまやミンミンとこの森で鳴いてフェスを盛り上げているのですね。


昔の外国人客が、テントの下で和服ではしゃいでいる写真。この時代はリゾートといっても、お金持ちの人が遊び、地元がそれに対応し、かしずいてもてなしていました。

「チェアカゴ」を担いだ人に、森でゆっくりする時間はなかったはずです。

でもこの△フェスでは、準備から既に、地元の人も手伝う人も楽しんで、大変だけど活き活きとある意味リゾートをしているのです。紙皿ぼんぼりや矢印からそれが伝わってきます。

現代の本物リゾートは、いい時間を地元も来訪者も一緒に作り上げていくことにあると気づかされました。

△フェスのテント?旅館の古いシーツかな?その下では参加できるワークショップがいろいろ。

森の風を感じ、セミの声といい音楽を聴きながら、普段したことのない体験ができます。






小浜の「アイアカネ工房」さんのテントでは、手ぬぐいの藍染ができました。ビー玉をくるんで絞りにしたり。

参加者は、藍の力に驚いたはずです。藍が食べられることも初めて知ったかも。





クイズもあります。

「ジオパーク」なんて言うと難しいのですが、大昔の大地の動きで、今の具体な何に繋がっているかが分かるというもの。

愉快に学ぶのと同時に、知らない人が仲良くなっていきました。




森の中でコンサート。驚くほど音響がいい、上質です。

好きなところで好きなことをしながら、みんなが聞いています。

木陰っていいなあ〜、と久しぶりに感じました。





外国人客は何を食べたのでしょう?

私は地元のジャガイモが入った蒲鉾「ジャガボコ」と、まるゆでジャガのフライ。








そしてオフィシャルショップで買った自家製レモネード。










外国人観光客が遊ぶ「白雲の池」、今回のフェスの中心の池です。

今も昔も、日本人も外国人も、水を見たら気持ちよく、水面を渡る風は心地よいものでしょう。






この日も子どもたちが水で遊んでいました。

この子たち、初めての「白雲の池」畔での水遊びなのでは。








大人たちも池あそび。

普段は鴨だけが泳いでいる池ですが、この日は何人もの人がスイ〜〜〜〜〜スイ〜〜〜〜。雲仙温泉、白雲の池周りから、“ゆっくり時間”が湧き上がっているようでした。

明治の時代とは違う、さらに本物のリゾートを体験した思いです。観光産業としてのリゾートでなく、人間ルネッサンスとしてのリゾート。長期ではないにしても、中身の濃いみんなで作るリゾートでした。

今回私は、2日間のうちの1日、しかも日中だけの参加だったので、夜のフェスの様子を知りません。この森じゅうに吊るされた紙皿ぼんぼりに灯がついたとき、キャンプファイアーが燃えた時、どんなに綺麗だったか。

ま、また訪れましょう。それがリゾートなのですから。

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お仕事 中之条町の素敵人 2019/08/05 11:12 am

群馬県中之条町。素敵な人達に会いしました。脱サラして、リンゴ農家になったけれども自分のペースで働く人。イモ畑から干し芋まで、一貫してこだわって作る人。

役場職員から転身し蕎麦屋になり、アイディア蕎麦フルコースを出す若者。特産の花豆で味噌を作り、味噌ジャムにしたり、味噌入りパンを焼く女性たち。

悠然と歩むいい人に会うと、こちらも元気になります。
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中之条町で最初に訪ねたのは観光リンゴ園・金井農園さん。リンゴの樹には青いかわいい実がたくさんついています。









「リンゴは親父の代から40年やってる。自分はサラリーマンだったけど、なんとなくね〜」とリンゴ農家になったとのこと。

なんとなくと言いながら、金井さんのリンゴはステビア栽培という特別な作り方。味には定評があり、毎年、リンゴ狩りにみえるお客様が多いとか。



青い小さなリンゴをポンポンとっては摘果中。このリンゴが実にかわいい!

「これいただけないですか?」と私がせがむと、「うちじゃ捨ててるやつだよ。食べられないよ」と笑います。





でも、あとで箱に詰めて持ってきてくださいました。ちゃんと葉っぱもつけて、センスがいいこと。

「こんな風に飾る専門のリンゴとして売ればいいのに」と勧めると「忙しくなっちゃうことはしたくないから、ははは」

つい、なんでも売れば、と思ってしまう私はがつがつしているのでしょう。

この町にはいくつか温泉がありますが、中でも4万の病を治すといわれる「四万温泉」に泊まりました。

映画『千と千尋の神隠し』のモデルの一つといわれる古い趣のある宿や、清流の音を聞きながらぶらぶら歩けるレトロな道もあります。



路地を入ったところの「小松屋」さんというお蕎麦屋さんで夕飯でした。

わあ〜、そば寿司です。このほかに揚げ蕎麦、蕎麦がき、そば豆腐など次々と蕎麦料理が出てきます。





旅館の食事もいいですが、私的には温泉街のこういうお店で一杯やるのが大好き。

宿の中だけにいるなんてつまらないですものね。こういうお店で蕎麦を食べ、お湯だけ入って帰るのいいでしょう。





会話の中で、ここの若いご主人はもと役場の職員だったことがわかりました。

はにかむご主人ではありますが、これだけの蕎麦料理を出しているのですからもう立派な蕎麦職人さんです。


そもそもこのお店は江戸時代から続くとか、六代目がんばれ!

翌日お会いしたのは「田村農園」さん。「いもっ娘」という干し芋を作っている方です。

干し芋づくりは冬ですから「今見るなら畑しかない」と畑で待ち合わせでした。

採れたてトウモロコシを茹でてきてくださって、ごちそうになりました。


田村さんはサツマイモの栽培から加工まで、一貫してやっています。

「芋の葉が、シルクスイートはきれいな丸みのあるスペード型。タマユタカは切れ込みがある。わかる?」と教えてくれます。





そもそもサツマイモにいろいろ種類があることすら知らない都会人は、私をはじめ「ぽか〜ん!」です。

「芋によって干しても全然味が違うから。食べてみて」ともうひとつベニハルカも加えて、3種類の味比べとなりました。

なるほど、甘み、風味、食感が比べると違います。

田村さん的には、昔のばあちゃんの味にこだわって、タマユタカを押したいとか。「ただ甘いだけでなくって、かみしめてると風味や旨味が出てくる」とか。

私的には田村さんの「干し芋一本売り」「プチサイズ」など、少量の売り方に大賛成。




食物繊維がたっぷりとれる、ヘルシーなスイーツ。バックやオフェスのデスクに忍ばせておいて食べたいものです。

通勤時にカロリーメイト同様、朝ご飯として。受験勉強時の、夜食として。よく噛むから目も覚める。少量個別包装だから食べやすい。

芋畑で干し芋を食べながら、味わい深い学びの時間でした。

ここのランチも感激でした、「天然酵母ぱん&カフェ エルム」さん。

中之条町の新鮮野菜と、自慢のパンがたっぷりいただけます。自然豊かな土地にやってきて、素朴な郷土料理もよいですが、少しおしゃれなランチもいただきたい。ぴったりのお店でした。




上原さん、衣さんの友達二人でやっているお店です。入ったとたんに私も友達になれそうな、ナチュラルな雰囲気。

家族に食べさせたいパンを、というコンセプトで、安心できるものを納得いくように作られている。





お二人のこだわりは特産の花豆を使った味噌。それをパン生地に塩の代わりに練りこんである。さらに、そのお味噌にミネラル豊富な洗双糖で甘みをつけて、花豆の味噌ジャムにしてパンに使う。アイスクリームにも添える。

ひとくちいただきましたが、この味噌ジャムだけを買って帰りたいおいしさでした。


花豆味噌入りのパンには、かわいい花豆印がついています。ポリフェノールや鉄分が採れる花豆が、さらに味噌という発酵食品になってパンを上質な逸品に引き上げています。

ああ、買って来ればよかった・・・。




おいしいものとおいしい人に会った中之条町。こういう人に会いに行くことがこれからの交流でしょう。

中之条町は花の町。花は植物の花だけではありません。人を引き付ける晴れやかなもの、「花」は、青リンゴも、蕎麦料理も、干し芋も、花豆味噌入りパンも「花」。そしてそれにこだわる人たちこそが「花」なのでしょう。

化粧箱に青りんごを詰めてくださった、中之条町の心意気はしっかりと私、受け取りました。

このたび夫が写真展を開催していたので、受付にウェルカムリンゴとして飾れせていただいております。


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写真でみるゆとりある記

ダイシン百貨店昼から繁盛
雲仙市千々石のところてん屋さんで
奈良県天川村で。
本多木蝋工業所

連絡先

野口 智子 のぐち ともこ
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局
ゆとり研究所

TEL 090-7433−1741
E-Mail yutori@noguchi-tomoko.com

NPOスローライフ・ジャパン
〒160-0002 東京都新宿区四谷坂町9−4 リカビル301
TEL 03-5312-4141 FAX 03-5312-4554
E-Mail slowlifej@nifty.com


略歴

<野口智子(のぐちともこ)>
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局長
千葉市生まれ。東京でコピーライター、プランナーを経験。1977年静岡県に移り企画・編集プロダクション設立。
1992年ゆとり研究所を開きコンサルタント業務を開始。
ライフスタイルの提案、「一店逸品運動」による商店街の活性化、時間消費型観光おこし、人材育成などの分野で活動。
2000年からスローライフ運動を開始、2003年スローライフ・ジャパンを設立、現在、事務局長・副理事長。
2006年から活動拠点と自宅を東京へ。現在はスローツーリズムの提案、商品開発、地域観光の育成、都市と田舎の交流、移住・定住プロジェクト、“食”をテーマにしたまちおこし、などに力を入れている。住民参加の独自の楽しいワークショップが得意。
現在、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域再生マネージャー(ふるさと財団)、国土審議会半島振興部会委員。