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ゆとりある記 阿寒湖 「カムイルミナ」 2019/10/27 2:09 pm

北海道阿寒湖温泉、夜間、森に映し出されるデジタルアートのアトラクション「カムイルミナ」を観てきました。闇の中1.2キロを、光る杖を頼りに歩きます。

自然を敬うことを忘れた人間たちが、神・カムイから飢饉という罰を受け、許しを請うまでのお話。

国立公園でこういうショーをやるとカムイの怒りに触れそうですが、それ以上に強いメッセージ、感動を得ました。
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阿寒湖温泉とのお付き合いは、釧路市と合併する前から。20年近くになるのでしょうか?

どんな観光地にしていくのかの計画を作る会合に参加したり、まちづくりのワークショップをやったり、女性のグループを作って様々な試みをしたり。

今回は「NPO法人阿寒観光協会まちづくり推進機構 グランドデザイン懇談会」という会議に参加しました。そして、会議以前、前日に、今年始まった「カムイルミナ」を観るというのが大事な役割でした。

湖近くに「ボッケ」と呼ばれる、温泉が泥の中からボコッボコッと湧き出しているところがあります。その近くまで行くと、地面が多少熱く、生きている地球を感じる場所です。

そこへ続く散歩道は気持ちが良く、これまでに何度も歩いたものです。

辺りが暗くなるまえに、プロジェクションマッピングなどが仕込まれた森は、どんなふうになっているのか、見に行きました。


おやおや?すぐにこんな機械が見つかりました。苔のような感じのもので覆ってはいるのですが、あら捜しをしようとしている私にはすぐ見つかってしまいます。

セリフや音楽や、映像、光、等々が展開されるのですから、そりゃあいろいろな物が仕込まれているわけです。



初めて散歩する人は気づかずに歩いてしまうでしょうが、ふとのぞき込むとこんなライトが。

しかももう夕暮れで、これから始まるショーに向けてのリハーサルをしているらしい。だから自然のままのお散歩は、無理な時間帯に入っていたのでした。




ボッケの沼にももはやレーザー光線?の青い色が揺らめきます。音もなっています。

ショーのまえにわざわざ見に来る私もたちが悪いのですが、「16時半からはアトラクションに向けてリハーサル中です。多少光や音でご迷惑おかけしますがお許しください」なんて立て看板が、ところどころにあればいいのに。

今期はもうすぐ終了なので、この辺は来年の課題でしょう。

そうこうするうちに日が暮れて、お夕飯もしっかりいただいて、ワインも飲んでほろ酔いで、いよいよ「カムイルミナ」の観賞となりました。









地元のお嬢さんが、諸注意などをしてくれます。持って歩く特殊な杖は「リズムスティック」といって、下の方はピカリと光って足元を照らし、上の方からは音が出るという優れもの。

説明をするお嬢さんは、なんとなく誇らしげ。日本で初めて国立公園で行われているこのアトラクションはやはり自慢でしょう。

ただ温泉に入って帰る観光地なら、こういうお嬢さんがおしゃれに働くチャンスも少なかったはずです。芸術性の高い観賞にたえうるものがあることが、これからの観光地には大事なのですから。


このゲートから歩きはじめます。

なんとなくヨーロッパのおとぎ話に出てくるような雰囲気、デザイン。杖を突きながら歩く私たちは森の探検家のようです。







早速フクロウが現れました。フクロウが語ります。カムイの世界にカケスを使いにやって、人間界のことを許してもらわねば。

本来、自然をいただけば、人間は感謝しその命に敬意を払い、必要な量だけをいただいてきたのでした。

それが採りすぎ、感謝もしなくなった。カムイは怒られたのです。この物語はアイヌの伝説にあるものです。


森で鹿に矢を放っても、鹿は受け止めてくれなくなった。それだけでなく、カムイの世界に消えて行ってしまった。

童話のようなのどかな世界ではありません。映っているものは美しいのですが、「人間たちよ〜〜〜!」と私たちはフクロウから厳しくお説教をされているような気になってきます。

「すみません」とつい思います。数日前には各地が洪水になったばかり、これは私たちの愚かなライフスタイルに起因していますもの。カケスを応援するために、急がなくちゃと進みます。


緑の大きな球体がありました。阿寒湖の自然を象徴するマリモです。

マリモはどうやら私たちの味方をしてくれるようです。「ドンド ドン ドン ド ドン」と独特のリズムで音が響きます。

「人間たちよ マリモのリズムを刻め」フクロウからの指令です。カケスを応援するリズムは、マリモのリズム。

マリモが少しずつ時間をかけて大きくなっていく、そのリズムに私たちはもっと耳を傾けなくてはならない。急に大きくなるなんてできないことを、私たちは知るべきだったのです。

ボッケの沼は血の海のような怖い世界になっていました。神の声が聞こえます。

「人間たちの生き方を改めるように願う。動物たちはカムイの世界に避難してきている。

人間たちは飢えに苦しむだろうが、感謝の気持ちを持たないものへ自分たちの命は捧げられないと。礼節を失った人間による不条理に耐えられない」

ボッケからの湯気と硫黄の匂いが、その言葉を包みます。厳しい突き付けは、国連の気候行動サミットでスピーチしたスエーデンのグレタさんを思い出させます。


人間たち、私たちは、一所懸命に「マリモのリズム」を杖で刻みます。

大勢が杖をドンドンしている様子は、皆でお経を唱えているような雰囲気にも思えます。

そうこうしていると・・・。


最後のシーンとなりました。カケスと私たちの願いが通じ、森の動物たち、魚も戻ってくるのでした。

フクロウは言います。

「動物たちが戻って来た。やったぞ!皆の助けが無ければなしえなかった。

今宵学んだことを忘れてはならんぞ。そして周りの人々に伝えるんじゃ。

次は神々もそう簡単にはお許しにならんだぬだろう。ありがとう。本当にありがとう」

とてもほろ酔いでご機嫌にキレイキレイと観る内容ではありません。重い反省の気持ちを抱えて宿に戻ることになります。こういうメッセージを真正面から伝える観光地は、勇気があると思いました。

そりゃ、少しの自然破壊はあるかもしれませんが、身を切ってまでも、いま阿寒湖の人たちが自然との共生を伝えたいのだ、と理解しましょう。

数か月間、森の中にライトやスピーカーを仕込む位、ゴルフ場を造ることに比べたら可愛いものです。阿寒湖温泉に来て、温泉に入ってお酒を浴びるほど飲んで、湖さえ眺めないで帰る観光客はまだまだいるでしょう。

でも、この「カムイルミナ」を観た若いカップルや家族連れは、何かを持ち帰り、暮らし方を少しずつ変えていくのではないでしょうか?そういう提案のある土地に阿寒湖はなろうとしているのでしょう。

メッセージを出すのなら、阿寒湖温泉も観光地としてカムイに怒られないように真剣に取り組まなくてはならないでしょう。世界の人がやってくる阿寒湖です、ウソはつけません。

杖から聞こえていた「フーンコ フンコ フーンコ フンコ♪」という声は、アイヌの女性がフクロウの鳴き声を唄ったものだそうです。これはマリモのリズムと同じです。

この夜、目をつむっても、この唄とリズムが私の身体を巡るのでした。

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お仕事 何をする? 2019/10/19 5:18 pm

雲仙市で進めている「雲仙人(くもせんにん)プロジェクト」、そろそろ来年度は何をするか?考える時期。

皆で「やりたいこと」「できそうなこと」を素朴に書き出しました。「雲仙人ランチを皆で考えよう」「雲仙名物人図鑑を作
ろう」「温泉を究めよう」「ビックアーチストを呼ぶ」等々。

案は様々ですが志は同じ“雲仙市を良くしよう”です。さあ、これから詰めていきましょう。
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昨年は、市内のキーマンを私が訪ね歩き、どんな人がどんなふうに雲仙市を盛り上げようとしているのか?とくと聞く。ということを続けました。

すると、この人たちの活動をきちんと聞くだけでとても勉強になる、聞いたあとにいろいろなアイディアも湧いてくる。ということが分かりました。

やはり強い思いで何かしらをしている人は、プランや技術を磨きながら、本当に地域と取り組んでいます。その人の魅力こそ、これからの重要な地域資源だと思いました。


なので、この方々を雲仙に住む仙人、「雲仙人(くもせんにん)」と呼び「人」を柱に、地域活性化を考える「雲仙人プロジェクト」をやることになりました。

まずは、ひとりの人の活動についてしっかり聞く、「雲仙人サロン」を。始めたのは、今年の冬のことです。

休耕田にオリーブを植えて、高齢者や障害のある方でも収穫できるオリーブの葉で、オリーブ茶を作り始めた方のお話。

移住して旅館で働いた後に自らゲストハウスを開業、温前場の若者で実行委員会をつくりクラウドファンディングで資金を作って、「フェス」をやった方の話。

聞く側に吸収力があれば、いずれも「モノづくり」「コトおこし」の参考になります。

その後、春から毎月サロンは開かれてきました。何かのイベントに何人かと一緒に行くと体験が共有できるから、と「お出かけサロン」をしたり、みなでワイワイとアイディアを出す「わいわいサロン」も。

4月は小浜の温泉場でデザインされた店・食べ物・小物を訪ね巡る催し「小浜デザインマーケット」に参加する、お出かけサロン。
5月は「まるゆで野菜」を真空パックにして商品化する一方、誰でもがぶらりと寄れる「集い処“えんがわ”」運営している方の話。

6月は雲仙温泉名物“湯せんぺい”を使った新しいお菓子や、食事の場で食べる食べ方などを考えている方のお話。
7月は千々石というところの公園で市民が開催した「MINI FES in Chijiwa」に「雲仙人ブース」を出して参加。あわせて、フェスの視察も。
8月は7月のフェスを企画したジャガイモ農家の方から“フェス”づくりのお話。同じく8月にはお出かけサロンとして雲仙温泉での「UNZEN SANKAKU FES」を視察。

9月は種とり農家・竹田かたつむり農園奮闘記として、伝統野菜作りに取り組む農家夫婦のお話。同じくお出かけサロンとして「島原大半島祭」を視察。そして「わいわいサロン」としてこれからやりたいことのアイディア出し。
10月は「島原大半島祭」をやった若者から“祭り”の作り方のお話。
11月には看板商品・手作りドレッシングができるまでとして、カフェ・直売所をやりながら商品開発してきた方のお話の予定です。そして「わいわいサロン」で次年度やることの絞り込みを。

まあ、けっこう詰め込んで、はしってきました。

そんな中から9月のサロンで出てきた来年度のプランでした。2回のワークショップを予定しているので、さらにアイディアが出てその中から、人気投票を参考に“雲仙人プロジェクト”がやるべきものを決め込んでいくようになります。

先日までに出たアイディアは70、さらに加わって80ほどに。なかでも「すぐやりたい」ということを「行政にご提案」するのではなく、実際に小さなことでも皆の力でやってみよう、それを栄養にして次につなげようというのが大事と思っています。



さあ、どうなりますやら。

「雲仙人ランチ」は市内何箇所かで、雲仙市内の産物を使ったランチの提供をするという案。何か皆で統一ルールを作ってみるといいかも。

例えば、産物の「こぶ高菜」と「ジャガイモ」を必ず使うとか。それぞれのお店の腕の見せどころ、食べ歩きもできますね。あらためて産物の確認や、料理の開発にもなるはずです。

「雲仙名物人図鑑」はそれこそ、人の紹介カタログ。ワークショップの中では、似顔絵で紹介しようという話もありました。

人の紹介だけでなく、その人を訪ねて、その人のやっていることに混ぜてもらうとか、体験ができるというところまで発展すると面白いですね。人を訪ねるツーリズムになります。

郷土料理が得意な人を訪ね、作り方を体験して覚える。伝統野菜の農家を手伝い、その味を体験する。染めのできる方を訪ね、手ぬぐいを染めるとか。

「温泉を究める」は華道や茶道のように温泉道なんて作って、黒帯を目指す?カリキュラムをつくれるかなあ〜。

ほかに、「子供食堂」「子供の農業体験などで民泊」「雲仙全体のロゴ、パッケージの統一」「雲仙の樹ヤマボウシのシリーズ商品化」「おいしい雲仙食べ歩き」「スイーツ祭り」「福山雅治ライブin島原半島」「雲仙市カレンダー」「月見の会」等々。

と、ここまでくると夢は広がるのですが、お金をかけず、今のマンパワーで、皆が楽しめる範囲でできる実験を、しかも雲仙市全体にかかわること、に、ギュッと固めていきましょう。

次のワークショップは11月22日です。皆さんご参加を。

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ちょっとしたこと 良いことの知らせ方 2019/10/14 1:31 pm

消費者活動、食品ロス問題、フードドライブ、三世代交流、防災、高齢者の場づくり、など。

大事な活動をしている女性たちが150人ほど集まる場で、発表をうかがいました。皆さんボランティアで頑張っています。

気になったのは伝え方、パワーポイントはもちろん、写真と文章の資料も大変、Facebookをしている人もわずか。この方々が発信力も身につけたら、と強く思いました。
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会合の名は「生活学校・生活会議運動 中部・近畿ブロック研究集会」です。

今回のブログは個人情報もあるので、写真は少なくしました。開催地は和歌山市内。

会場のホテルで、美しい杉のお箸で食事をいただいていると、各地から続々と女性たちが集まってきました。

主催は、公益法人あしたの日本を創る協会、全国生活学校連絡協議会、和歌山県生活学校連絡協議会。

普段、地域おこしの世界にいる私ですら、「生活学校??」と聞かれれば、すらすらと的確に説明ができません。




調べると“女性を中心に、身近な暮らしの中の問題を、学び、調べ、企業や行政と話し合い、ほかのグループとも協力し合いながら、実践活動のなかで解決し、生活や地域や社会のあり方を変えていく活動”とあり、1956年から始まっていま1100の生活学校があるそうです。

生活会議というものも一緒でしたが、ここではこんがらかるので説明を省きます。

そのブロック研究集会の助言者として、私はうかがったのでした。皆さんの活動報告をうかがっていると助言どころか、いたく感心するばかり。

「出前寸劇」で詐欺にあわないようにと啓発活動。大根一本を無駄にしない料理法の研究。中学生に地域の一員になってもらう「子どもと共に行う防災訓練」。親子孫が楽しく過ごせる「ふれあい広場三世代交流」。商店街にちょっと休める場や「高齢者おしゃべりサロン」を作る活動。などなど。

皆さん、お金をかけずに工夫して、良い活動を続けておいででした。

発表をうかがううちに考えました。こういう暮らしに密着した「良いこと起こし」が、こういう女性たちによって行われている。それは、誰から見ても大事なことで、応援したい取組ばかり。

でも、なぜもっともっと世に発信されないのか?!


いわゆるマスコミは、もっと華やかな、またはセンセーショナルな、事件性のあることばかりを追います。縁の下の力持ち的な良いことの動きは、たまに地方紙で小さく報道される程度。

本当は、こうした活動が日々発信されて、そこでどんなに人々が楽しく、人間性あふれる時間を過ごし、地域のつながりができるかが伝えられていいのに。

そう思うと、もったいない、残念、とばかり考えます。

しかし、現場の女性たちを見ていると、発信技術が身についてない。話すこと、紙にして的確にまとめ伝えること、写真や文章で分かりやすく訴えること、パワーポイントや動画でアピールすること。

こういうことまでは、なかなかできないものです。それは、炊き出し料理を作る、子どもやお年寄りとおしゃべりするのとは違う技術です。

ここが欠け落ちているように思いました。その辺のことは、今まで、行政の人がやってくれたり、私たち苦手、で済んできたかもしれません。でも、今や、よいしょとそういうことにもチャレンジしないと、良いことが伝わらない、良いことを広められない時代です。

ドローンも使い、活動をコンパクトな動画にまとめたところがありました。パワーポイントで報告したところもありました。お互いがこういう伝え方を教えあうことも大事でしょう。

予算が無くても、スマホでなんでも写真を撮っておく、動画で撮っておけばなおさらいいでしょう。まとめたりセンスフルにすることは、学生さんや若いメンバーに任せたり、行政に手伝ってもらったりで。

要は、自分たちのやっている「良いこと」を、常に知らせようとする態勢で居ることが大事です。

私もおばちゃんですが、何とかブログを書いたり、目をこすりながらFacebookをやっています。そうすると、だんだん伝え方が身についてくる。

伝えようと、発信すると、仲間が増える。活動が高齢化し後継者に困る、という悩みも消えていく。と思うのですが。

今回、私は「食を通して地域の様々な環境創りを考える」という話をしましたが、「食」は大事ということをまずは伝えるために、キャラメルを配りました。

長い研修でくたびれていた女性たちが、笑顔になり、隣同士で話をするきっかけになりました。あわせて開催地が桃の産地ということも知っていただきました。

知らせる、伝える、はどんな方法でもできる。まずは活動と同じエネルギーをかけて、発信することだと思います。

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ゆとりある記 ベンガラの里で 2019/10/05 2:38 pm

岡山県高梁市「吹屋ふるさと村」。銅山とベンガラの生産で栄えた街並みや、ベンガラ製造を学べる「ベンガラ館」などがある産業観光施設です。

これまで京都でベンガラ格子のある料亭などを見る機会はありましたが、ベンガラそのもの知る機会は初めてでした。

この真っ赤な顔料は、山深い集落に富をもたらしましたが、働く現場はなかなか大変だったようです。
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そもそもベンガラとは何か?をひもどくと、天然には赤鉄鉱として存在するそうです。旧石器時代の洞窟などの赤い絵がこれによるものだとか。

インドのベンガル地方で産出したことから、「ベンガラ」と呼ばれるようになったそうです。日本でも天然の物が古墳の石室の絵に使われ、神社仏閣の建物に塗料として使われてきました。

耐久性に優れていたからです。また赤い色が魔除けや再生の意味を持っていたともいわれます。

そのベンガラを、人工的に造ったのが岡山県中西部、高梁市の山間、吹屋の地でした。






もともと銅山でしたがその副産物である硫化鉄を使ってローハというベンガラの材料にし、これを焼いて酸化させて赤いベンガラを造ることに成功しました。

明治維新後は様々な制限がなくなって、民家の装飾にも使われだします。建築に使われる以外には、有田焼の赤絵などに使われ、ベンガラは日本中で求められます。

1700年代の初期から、吹屋は日本唯一のベンガラ産地として繁栄し続けます。標高550mというこの山村に、昭和の時代までたくさんの人が働き、多くの荷物、お金が動いたのでした。

当時を忍ばせる豪邸が並び、石州瓦の屋根が連なります。国の重要伝統的建造物群保存地区、いま、吹屋は観光スポットになっているのでした。

昭和40年代まで使われていたという工場が再現されて見学できるようになっていました。

どこもかしこもベンガラ色です。








なかなか工程は複雑で、簡単ではないのですが、手前右のローハというものが、やがて奥の赤みを帯びたものに変わっていくのでした。








ローハという材料を、「ほうろく」に朴の葉を敷いた上に盛り、それを窯の中に200枚位積み上げます。松の薪を燃やし、数日700度を超す温度を与えると、赤い色があらわれるのだそうです。







ベンガラとは「弁柄」と書きます。何とも綺麗な、鮮やかで、重みと温かみのある赤です。










窯の次の工程では、ベンガラを水で洗い、不純物を取り除き、水車の力で回す石うすで細かく挽くというもの。

そして、さらには酸を抜くために、何度も水をくぐらした後、天日で乾かし、さらに粒子を整えて、型に詰めて出来上がり。簡単に言えばこういう手順となります。




ベンガラは、一斤いくらという形で取り引きされたようです。工場から商家に移されたベンガラは、完成品として整えられ、蔵に保存されました。







柿右衛門の赤絵も、このベンガラなくしてはありえなかったのでしょう。










かつては黒くすすけていた民家も、明治以降はベンガラで赤くおめかしができるようになった。

色を使える自由さが、西日本の民家を鮮やかにしてきたのでしょう。







観光客はベンガラ染め体験などができます。

都会暮らしには珍しい、古来の色を持ち帰ることができます。








私は、こんなスカーフのプレゼントをいただきました。

赤い色と、グレーとが、ベンガラと山の土、窯の煙などを連想させ、使うたびにこの地を思い出すことでしょう。






情緒を感じる吹屋の町並で、観光をしながら楽しむのはいいのですが、ふと思います。

こうした産業の影には、必ず苦労した人々がいることです。ベンガラを造る工程図に必ず出てくるのが、女性の労働者。

ある人が語りました。「みんな上から下まで真っ赤になってね。それに身体もこわしてね〜」

硫酸が含まれる、煙や水、それにまみれて女性たちが造った美しい赤い色。

そんなことにも思いを馳せる、私たちでいたいものです。

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連絡先

野口 智子 のぐち ともこ
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局
ゆとり研究所

TEL 090-7433−1741
E-Mail yutori@noguchi-tomoko.com

NPOスローライフ・ジャパン
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TEL 03-5312-4141 FAX 03-5312-4554
E-Mail slowlifej@nifty.com


略歴

<野口智子(のぐちともこ)>
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局長
千葉市生まれ。東京でコピーライター、プランナーを経験。1977年静岡県に移り企画・編集プロダクション設立。
1992年ゆとり研究所を開きコンサルタント業務を開始。
ライフスタイルの提案、「一店逸品運動」による商店街の活性化、時間消費型観光おこし、人材育成などの分野で活動。
2000年からスローライフ運動を開始、2003年スローライフ・ジャパンを設立、現在、事務局長・副理事長。
2006年から活動拠点と自宅を東京へ。現在はスローツーリズムの提案、商品開発、地域観光の育成、都市と田舎の交流、移住・定住プロジェクト、“食”をテーマにしたまちおこし、などに力を入れている。住民参加の独自の楽しいワークショップが得意。
現在、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域再生マネージャー(ふるさと財団)、国土審議会半島振興部会委員。