ホーム - 最新エントリ

ヘッダーナビゲーション

現在のカテゴリー位置

ゆとりある記 湯沢の雪 2019/02/18 1:43 pm

秋田県湯沢市を訪問、豪雪地帯です。東京から行った者には白い世界が珍しく、はしゃぎました。

雪に埋もれた電話ボックス、雪下ろしの様子、除雪車、避寒して市役所で勉強する学生、写真をたくさん撮りました。私と同じように外国人グループも雪そのものを夢中で撮影です。

雪の苦労を横に置けば、特別な体験でなくとも、雪国の日常を見せるだけで観光メニューになると思います。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今年の秋湯沢で「第2回地域共生社会推進全国サミット」が開かれます。今回はそのプレイベントとして行われた「平成30年度湯沢市地域福祉セミナー」へお邪魔しました。

その間に歩いた、見た、雪の世界がなんとも印象深かったのです。

ホテルから眺めた湯沢の中心街です。雪国に来たな〜と実感します。この写真を撮ってすぐに家族に送るくらい、雪の経験の薄い都会人には嬉しいものです。








ちょうど湯沢の冬のお祭り「犬っこまつり」が終わったばかり。商店街には犬っこを祀った雪の祠「おどっこ」がまだ残っていました。どうやって作るのか?シンプルでおしゃれな形です。犬っこまつりにはのべ17万人の人、500匹のワンコが訪れたそうです。





地方の駅前商店街は何処も同じ、シャッターの閉まったお店が目立ちます。雪かきする人の居ないお店前には雪がこんもり。喜ぶ話ではないのでしょうが、よそものにはスリルある商店街に思える、そろりそろりと歩くことそのものが珍しい行為なのですから。





学校がえりの小学生が「投げるのと受けるのと、交代でやろう」なんて言いながら、雪のぶつけっこをしています。雪遊びしながら帰るなんて、東京の子たちにもさせてあげたい。







公園にある電話ボックスは、半分くらい雪に埋もれていました。「冬期間使用中止とさせていただきます」の貼り紙。無理もありません、そもそも電話ボックスまでたどり着けないし、ドアも開かないし。

でもこの雪帽子をどっさり被ったその姿が、かわいくて愛おしくて・・・。何枚も写真を撮っていたら、歩く人に「???」と見られてしまいました。

屋根の上で雪下ろししている人の横を、除雪した雪を運ぶトラックが通り抜けます。

毎冬、この雪との付き合いに、いえ戦いに、どれほどの労力とお金が使われるのでしょう。





ツララだって、私はきれいと思って写真を撮りますが、地元の人には何でもないもの。むしろ危ないもの、嫌なものなのでしょう。

「きれいだなあ〜」と何度もつぶやく私と、住んでいる人のギャップは大です。





雪に埋もれそうなお家は、砂糖菓子でできているように見えます。雪砂糖のお布団をかぶって、ふんわりと眠っているかのようです。

春になったら、「わ〜〜〜よく寝た」なんてこのお家が手足を伸ばし、雪を振るって落とすのでしょうか。なんて童話のようなことを想像します。



でも現実は、雪下ろしができないのか?空き家なのか?心配しなくてはいけない状態でしょう。

そんな家がいっぱいあります。童話では済まされません。道路横の歩道が雪で埋もれると、車道を歩かなくてはならない。だから歩道を確保する。そんな作業も日常のことです。



きれい、素敵といった雪が、風と共に吹き荒れてくると、車にに乗っていても怖さを感じました。

私はこれで東京に帰るけど、湯沢の人たちはこの雪と暮らしていくのですね。

そんな中、湯沢市役所に行くとホッとする光景がありました。避寒できる市役所ロビー、どんな雪でもここなら安心と、高校生が勉強中。東京のコンビニにたむろしている学生とは、違う姿です。

女性グループが手芸のサークル活動中。家でひとり寒々としているよりも、市役所に集まれば暖房代も節約できるし、人にも会えるし、心もぬくもるのでしょう。

この日は休日でしたが、平日はもっともっと学生さんが集まっているとか。市役所もそのために遅くまで開いているのです。ここでは窓の向こうの白い雪が、むしろ温かく見えました。

雪国の厳しさも含めて、こんな湯沢の雪暮らしをガイド付きでご案内して頂けたら嬉しいです。何も地吹雪ツアーや屋根の雪下ろしなんてハードなメニューでなくていいのです。

ただの雪の積もった庭や、古い建物を盛んに写真に収める外国人の方々に何人も会いました。私と同じ、雪というだけではしゃぐ人たちです。

雪の似合う場所に連れて行ってもらったり、雪のなかをかき分けて祠にお参りしたり、街路樹に着いた雪が冬の桜のように見える風景を撮影したり、ツララの下がる路地をくねくねと歩いたり、除雪作業を眺めたり。

そんな湯沢の普通の雪暮らしを知るだけで、ちょっとのぞくだけでいいのですが・・・・。もちろん雪かきの必要な商店街の歩道くらいなら、素人の来訪者も多少お手伝いして帰ることもできますね。

雪の街のウォッチングツアー、1時間2000円。最後は市役所で感想お茶っこミーティング。参加記念に雪貯蔵リンゴ一個付き。そんな企画を誰かしてくれないかな〜。

このエントリーの情報

ゆとりある記 クエを食え 2019/02/11 11:58 am

和歌山県に通うのも今年度で終わり。「それならこの冬、クエをぜひ食べて」と友人に誘われて、日高町のクエ民宿に泊まりました。

九州地方ではアラとも呼ばれる高級魚、何でそんなに高いのか?今回その理由が初めて分かりました。

なかなか獲れない、養殖できない。白身で上質の脂とコラーゲン、旨みはフグに勝るとなれば引っ張りだこのはずです。

一生に一度?の記念となりました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

日高町のパンフレットにはズバリ「クエの町」とあります。

なぜここで獲れるのか、それが昔からなのか、地元ではどのように扱われてきたのかなど、普通ならしっかり取材する私ですが、この日はレジャーです。ただただ喉を鳴らしてうかがいました。

どうやら「クエ鍋」は昨年の「ニッポン全国鍋グランプリ」で見事「グランプリ 金の鍋賞」を取ったのだそうです。

だからなおさら人気が高まり、民宿もかなりのお客様があったのでした。


海のすぐ横にあるこのお宿、偶然にも「クエ」漁師さんであり、鍋コンテストにも出られているクエの大親分のような方の民宿でした。








親分です。(失礼)でもその立派なクエとそれを釣り上げた雄姿には風格があります。

このご主人自らが、食事の席には「クエ語り」をしに現れてくださいました。

クエは群れないこと、この地の100人近い漁師のうちクエを釣っているのは10人位、20キロのクエなら20年生きている、生きたイカを餌に釣ること、70メートルくらい深いところにいる、等々詳しく教えてくださいます。

「テグスに伝わるトントントントンというのはイカが泳いでいるから、これがググッと引かれる、これはクエが噛みついたとき、この時あわてちゃいけない。じきにもっとグイッと引かれる、これは奴が飲みこんだから、そして、4、5、6、7数えたら思い切り引き上げる」

うかがいながら、海上でのクエとの戦いが想像できます。

「奴らは危ないとなったら岩の下に潜り込んでヒレを広げてそれで踏ん張って、あげられないようにするから力くらべだね。上げられないときもあるから、前の年に俺が掛けた針をつけたままのを上げたこともあるよ」

クエ様の登場です。

白い美しいお刺身。鍋用の厚切り。コリコリするのは胃袋です。

「奴ら何を食ってるかわからないから、胃袋はよ〜く洗うんです。それをバター炒めする。旨いでしょう!」




鍋用のクエにはアラの部分もあり、これをまず先に入れてから野菜、クエと加えていきます。

モミジおろしとネギを薬味にポン酢で。

あれ?そんなに脂っこくないんだ。歯ごたえのある上品な白身魚風。ところが食べているうちに気付きます。細かい脂の粒々がポン酢の上に浮いている。脂が上質なんですね、だから脂っこくない。

そして驚いたのは皮と肉の間のプルプル。コラーゲンの厚み、これは噛むほどに旨みが出てくる。

「クエばっかり食べないで、野菜も食べてね」とご主人は言い終えて席を立ちました。

忠告通り野菜に箸を伸ばすと、いつしか白菜もキノコもクエの旨味をすっかり吸い込んで、只者ではない野菜に変わっています。

クエはもちろん、このクエスープを抱きかかえたようなクエ鍋の野菜の美味しさに惚れました。


こんな鍋を食べながらですから、ヒレ酒が進むこと。

例の蓋をしておいて、マッチで火をつけるとボッと音までする、あれを楽しみます。

唐揚げが出て、クエの炊き込みご飯が出て、その他にもクエの何かが出てはいたのですが、酔ってしまいました。


昨夜、あれほど食べたのにおなかが空いている。クエの脂はそういう脂なんだ、と思いながらの朝・・・・、あれ?顔の肌が上質のクリームを塗ったようにしっとりしています。

既にクエ効果でしょうか?

朝ご飯のクエ雑炊がまた美味。もう一杯、もう一杯といただけます。


「クエの解体がありますよ」との声を聞き、宿の裏路地をのぞきました。

クエ様のお頭です。既にウロコは落とされ、白い肉をみせ、大きな頭は金具を打ち込まれて、まな板に固定されていました。

近づくと、食べられてしまいそうな迫力です。


クエを三枚におろすのですが、さばくというより、確かに解体といった方がいい荒仕事。包丁は使わず、ナタ一本でさばいていきます。

白身の分厚い肉が骨から離れると、クエの身体がまるで生きているかのようにブルンとくねりました。




ご主人が、クエ用の釣り針を見せてくれます。ペンダントにして首から下げてもいいような大きさ。

そしてもう一つ見せてくれたのはクエの“耳石(じせき)”。親指の爪ほどの貝殻のような白いものですが、クエの耳?あたりから出てくるそうで、これを研究するとクエの年齢がしっかりわかるのだとか。

人間ならめまいの原因などになる耳石、クエの暮らしではどんな役割を果たしているのでしょう。

クエの生態はまだまだ分からないことばかりで、大学や和歌山県で研究を進めているとか。解明できれば、もっとクエは獲りやすく、庶民にも食べやすくなるのかもしれません。


ご主人とご長男です。息子さんのクエさばきは素晴らしいものでした。

「長男が宿を継いで、次男が漁を継いでくれました」とご主人は満足そうに笑います。こういうおうちが何軒もあれば、今後のクエの町も安泰なのですが。

クエ貯金してでもまた伺いますから、頑張ってほしいなあ〜。

民宿からすぐの浜には、大きな海と空が広がっていました。今日もこの海原のどこかで、クエは群れずに1人堂々と泳いでいるのでしょう。

あんまり大衆魚になるよりも、養殖なんてされるよりも、幻のクエといわれるぐらい、ワイルドな存在でいてほしいと私的には思います。

次にこの海を見るのはいつになるのか?クエをまた食べることがあるのだろうか?いろいろなことを考えながら、私も悠然と泳ぎ出そうかと思うのでした。


このエントリーの情報

お仕事 味噌家族 2019/02/03 8:43 am

「仕込みが見れますよ」と女将さんに誘われ、味噌工場を訪ねました。湯気の上がる大豆を、ミンチにしているところ。時間をかけ天然醸造にこだわっているそうです。

応接では社長手作りの味噌汁が出ました。息子さんは自身の出たのど自慢の話、お嫁さはニコニコ笑ってます。赤ちゃんは茹で大豆でおやつ。

ここお味噌はあったかな家族の味なのでしょう。福島県古殿町で。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



うかがったのは「マルマン醸造」という味噌屋さん。こじんまりした工場の奥から湯気があがり、強い大豆の匂いがしています。

ちょこちょこと駆け寄ってきたチビチャンは、ここのお孫さん。いきなり湯気のあがる大豆をつまんでいます。

「ほっといたらどんぶり一杯食べますよ」と社長さん。自分の孫にも安心して与える国産大豆を使っての味噌作り、これだけでここのお味噌に安心感が持てます。



ここのお味噌は、10カ月寝かす天然醸造が自慢。いわゆる「速醸」、人工的に発酵を速めて急いで味噌にする、大手大規模工場のようなやり方はしていません。

大豆、麹、塩をよく混ぜたら、仕込んで寝かせて発酵を待つ。数カ月経ったら、頃合いを見計らって天地返しをする。

つまり、味噌の上下をひっくり返し、混ぜるのです。これによって味は平均的になり、かつさらに良い発酵が進む。



お味噌は完成品以外に、仕込みたても商品として買えます。自宅で10カ月待つ楽しみもあるわけですね。

東日本大震災の時、裏山が崩れましたが工場と味噌を仕込んだタンクは無事だった。上質の水の出る井戸も涸れなかった。

このため、被災したお客さん達に、味噌と一緒に水もずいぶん運んだそうです。



そんなお話をうかがっていたら、息子さんがやってきました。この町ではつい少し前にNHKののど自慢大会があったばかり、何処に行ってもその話が出ます。

ここの息子さんも出場、「歌は下手だからウケ狙いですよ〜」なんておどけた振り付けのご自身の出演ビデオを見せながら解説です。

女将さん、社長さん、そしてお嫁さんも、そのビデオを見ながら大笑い。ここの家族は、もう何度もこのビデオを見て笑っているのでしょう。


ソファに座るとお茶菓子がいろいろ出てきました。干し柿、干し芋、地元の銘菓、大根の醤油漬け、沢庵、味噌に使う麹で作った手作り甘酒・・・・。

「あれもこれもいただきもの!」と、女将さんは笑います。





味噌汁も出てきました。社長自らが毎朝作る具沢山の味噌汁です。「味噌汁は社長が係なの」これまた女将さんは笑います。

いろいろな野菜や油あげの味が味噌をまとって、美味しい味噌汁です。

「この今の味噌の味に落ち着くまで、近所のお年寄りやいろいろな人に聞いて、どんな味がいいのか教わって来たんです」と社長さん。

その結果、この地の風土にあった、皆が求める今の味に落ち着いたとか。



一段と目を引いたのは、これは女将さんがササっと作られた「味噌卵」。甘辛い卵焼き味のスクランブルエッグのようなもの。

お砂糖と味噌で味付けしているところが、ここならではです。これはお弁当や朝ごはんにぴったりの味。味噌のこんな使い方もあるんですね。

小さなまちの小さな味噌屋。小さいけれどこだわって、10カ月待つ作り方。

早く早くとせかさない、もっともっとと造らない。家族の手の届く範囲での、製造と商いと。

なんだかいい雰囲気でお茶をいただいて、いつまでもここに居たくなります。熟成を待つお味噌も、きっとこのご家族の笑い声を毎日聞きながら、居心地よく美味しさを育てていくのでしょう。

ふと見ると、お孫ちゃんはまた大豆を食べています。幸せいっぱいの赤ちゃんです、そして幸せいっぱいのお味噌だと思いました。

このエントリーの情報

お仕事 「むらフェス」開催 2019/01/27 3:19 pm

栃木県那須塩原町の金沢・宇都野地区で、1月26日住民文化祭「むらフェス」が行われました。

ここは栃木県が今年度から開始した、「ふるさと支援センター事業」のモデル地区に選定されています。

昨年の夏から毎月ワークショップを開催、住民組織「あつまっぺクラブ」が立ち上がり、このたびの開催となりました。

みんなの笑顔をみて、お手伝いして良かったと思いました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「むらフェス」の内容はこのチラシのようなものです。

ここに至るまで、5回のワークショップを重ね、こんなことを決めてきました。

<目標>
々睥霄圓楽しく元気に ⊆然と伝統文化を大切に 若者が定住できる地域にしよう!

<集まりの名称>「あつまっぺクラブ」

<やること>※すぐに
「文化祭(村フェス)」手作り品展示即売、写真展、カフェ、芋煮、汁物サミット、もちつき、そば打ち教室、伝統のお菓子作り、ぼうじぼ・俵作り教室

<ルール>
「地元にこだわって」「お金を算段して」「無理をせず役割分担して」「みんなで楽しく参加する」

<お試し>
「むらフェス」を1月26日(土)に、旧金小で開催。
内容:「おらが自慢の昨品展&フリーマーケット」「田舎カフェ」「もの作り体験」



やりたかったことのすべてはできませんが、とにかくお試しでやってみた「フェス」なのでした。

行政の絶大なる応援はいただきながらも、基本「住民主体でやる」をどこまで貫けるか?です。






若い世代も参加。ママさんたちはもっぱらバザーの品物集めに活躍。

朝、仕上げの紙花作りで会場を飾ります。







事業費はゼロ!

ならばみんなで労力を出そう、知恵を出そう、少し儲けて活動原資にしよう、と考えました。








廃校になった校舎での真冬の催し、朝は雪になりました。

暖房はありません。そこいらじゅうからストーブを集め、あちこちにとにかく置きました。







おもちゃやソックスが10円、盃と徳利セットが100円、ハンドバックが500円、なんて具合です。

短期間でよくぞこれだけの品物が集まりました。寄付品ですから売れれば活動費になるのです。






こちらは売らない作品展示のコーナー。

自分の作った物を「見てね」と飾るだけでも、なんだかワクワクします。







絵手紙や、80歳を過ぎてから陶芸を始めたお爺ちゃんの作品、切手のコレクション、小中学生の絵や書も。

文化祭ですから何でもこいです。







なぜか校庭に消防車。

救急用ではなく、子どもたちへの見学サービスです。









さあ、「むらフェス」スタート。

お客さん来るかしら・・・・。










と、思ったら、あっという間に人が集まり、バザーの品が減っていく。

私が買おうと思っていたあれもこれも、ああ、ない。







お金を払って木の椅子など作る人いるかしら?と思ったら、いるいる。大人も子どもも結構、夢中です。

教室に、木の香とトントントンというトンカチの音が溢れています。やっぱり木に親しむのはいいなあ。




お味噌のおにぎりもいい香り。そろそろ売り始めます。

大葉を一枚つけて。ホットプレートで焼いて。








お母さんたちの食堂の隣は、地元の高校生と子どもたちが開いたカフェ。

どれもが100円!少し安すぎたかも。







これは大豆の入ったケーキ。夏に高校と地元の方が一緒に蒔いて育てたものが使われています。

来年はもっと大豆をつくらなくちゃ。







いつもはワークショップをやっているスペースに、今日はお客様がいっぱい。

これをしたかったんですよね〜。








地元には写真や切り絵など、アートの達人が多いということも今回分かりました。

学校の長い廊下は、ギャラリーにぴったりです。







懐かしの写真には、見入る人が多かったです。おしゃべりがつきません。












あっという間に時が経ち、14時には終了。冷え込まないうちに、暗くなる前に片づけとなりました。

私は「お試しだから、目標は30点」と開会のあいさつで申し上げました。最初から100点ではつまらないからです。

ああすれば良かった、こうしたらもっと良かった、と気づくことが一番大事。

教室の電気の容量を超えて、一時電気が飛んでしまったり。
放送設備をうまく使えなかったり。
トイレのサンダルがひとつしかなかったり。
展示物を画鋲できつく押してしまったり。
トンカチの音が大きすぎたり。
作品展にゆっくり座っておしゃべりする椅子もほしかったり。
ケーキが売れすぎて足りなくなったり。
アンケートをつくればよかったり。
開始趣旨を貼りだせばよかったり。
ポップを統一すればよかんたり。
来てみてようやく「むらフェス」の意味が分かったり。

などなど、来月のワークショップには一杯気づきを集めましょうね。それが何よりの今回の「儲け」になるわけですから。

いろいろな年齢や立場の人が、いろいろなアイディアと労力を出し、一つの催しにしたこの「むらフェス」は、様々な素材を使った「のっぺ汁」のようです。

素材同士がお互いに美味しさを引き出して、一つの料理になりました。汁なら片栗粉でつけるトロミ、つなぎは、「むらフェス」では、地域を良くしたいというみんなの強い想いでしょう。



※これまでのブログです。ご覧ください。

「大豆を蒔く、元気を蒔く」
http://noguchi-tomoko.com/modules/yutoriaruki/details.php?blog_id=475&date=201807

「あつまっぺクラブ」
http://noguchi-tomoko.com/modules/yutoriaruki/details.php?blog_id=482&date=201809

「むらフェス」やろう。
http://noguchi-tomoko.com/modules/yutoriaruki/details.php?blog_id=493

このエントリーの情報

お仕事 チェーンソーアート 2019/01/21 1:36 pm

チェーンソーなど怖くて私は扱えませんが、このアートには興味がありました。

先日、福島県古殿町に行ったとき、まさにそのすごい作品が並んでいました。林業の盛んなまち、毎年イベントもあれば、チェーンソーアートを趣味にする方々も集うそうです。

こういうことから木に興味を持ち、皆が林業の大切さを知り、日本の山を維持できることに繋がれば、と切に思いました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

先回「凍み餅」のことを書いた同じ古殿町。シーズンになれば「凍み餅」が売られる道の駅「おふくろの駅」に、大きな猪がありました。










近づくほどにすごい迫力です。今まで見たことのあるチェーンソーアートとはレベルが違う!









役場の玄関には、犬が。













馬が。猿も鳥もという具合に干支の動物が並んでいました。うかがえば、毎年行われるイベントで来町される、世界的に有名なチェーンソーアート作家の作品とのことです。






古殿町は林業のまち。車で走ればあちこちに材木が積まれ、製材所音を響かせています。

だからチェーンソーは日常的な道具、材料も山ほどあるというわけです。






林業のお宅を訪ねました。ご自身がチェーンソーアートをされ、ここはチェーンソーアート愛好家のたまり場にもなっているそうです。









うかがって驚きました。ここはご自宅に隣接する「サロン」。

床も天井も壁も、木でいっぱい。ふんだんにいい木材が使われています。藤ツルでも巻いていたのでしょうか、この大木は伐られてようやくツルから解放されて、いま悠然と柱として立っているように思えました。




「山奥なので飲み屋もない、だからみんなが集まってワイワイやれるところをつくった」とは主の弁。

大きな一枚板のテーブルの奥には卓球台もあります。お風呂もあって、二階は何人もが泊まれます。





たくさん人が来るときは、このカウンターに料理を並べてバイキング方式。料理も好きな人が作る、持ち寄るという仕組み。

当初はチェーンソーアート愛好家のサロンだった場所ですが、奥さまいわく「だんだんいろいろな山での体験のできる場所にしたい」とのこと。



何も特別な体験をしなくとも、ここのおうちやサロンに使われている木について解説いただき、木の魅力に触れさせてもらい、使わせてもらうだけでも大満足だと思うのですが。

マキ割りや、自然薯堀りや、ネーチャーゲーム、漬物作り、プチ・チェーンソーアート体験などなど、企画していただけるなら、ぜひ!とワクワクしてしまいます。

水野武雄さん、水野瑞子さんご夫婦です。チェーンソーアートがきっかけでうかがったのですが、お話はどんどん広がって。

「山はいいよ、ストレスがない。冷え込む時の空気がしまった感じがいい。仕事はたくさんあるし、いつも人が足りない。若い人がいまこそどんどん林業に飛び込んできてほしい」と水野さん。

とはいえ、なかなか続かないのも現実。「身体はきついし、危険だし、覚えるのに時間がかかるからね。でも都会で精神的につらくなるよりずっといい、人間的な仕事。やればきちんとお金にもなる」

お話をうかがっていると、今からでも私ができないかなんて考えてしまいます。

今度はチェーンソーアートの現場を見せてもらいましょう。大木にもう一つの命が刻まれ、周囲に木の香りが満ちる創作の時間は、感動するはずです。

そして、木のもつ力、木とともに生きる人の力を再確認できるでしょう。

水野さんご夫妻の笑顔に触れると、木に囲まれる暮らしは人をこんなに健康にするのか、ということが分かります。



巨大なテーブルでいただいた、手づくり沢庵の美味しかったこと!

薪ストーブで温まりながら話し込むうちに、外は真っ暗。そこに奥様が飾ったイルミネーションが輝きます。

「母が見たがったから。それに山仕事を終えて真っ暗のなかを無事に帰ってきてほしいから」と19年前から飾り、電球を増やし、今では3万球が光っています。

何千人集客しよう、なんて皮算用している都会のイルミネーションとは、灯す志が違います。これも今度お手伝いしてみたい。

山の中のこの輝きを心に刻み、帰ってきました。

このエントリーの情報

ゆとりある記 凍み餅 2019/01/14 12:00 pm

その存在は知っていましたが、造るところを見せていただき、さらに地元で食べることができました。

福島県古殿町「ふるさと工房おざわふぁーむ」の小澤ご夫妻が郷土の味を消してなるかと頑張っています。

「ごぼっ葉」という山菜を混ぜて餅を搗くと、お餅が凍り、乾燥してもボロボロにならない、昔からの知恵です。

寒さと時間、手間が美味しさをつくる、究極のスローフードでした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「おざわふぁーむ」です。もとは酪農をされていたそうで、いまこの建物は農業体験工房のように使われています。

泊まったり、米づくりをしたり、郷土料理を習ったり。牛を育てていた場所が、人を育てる場になっています。




近づくと赤いネックレスのように下がっている干し柿がきれいで、おいしそうで・・・。










その横に下がっている白いものが「凍み餅」でした。

一見、凍み豆腐かと思うのですが、実は白い紙でお餅を包んであるのです。







小澤啓子さん。訪ねると、この夜私たちがいただく懇親会用の郷土料理を調理中でした。

「夜にうかがうんですが、昼の凍み餅を干している様子が見たくて寄りました」と私が声をかけると、「見て、見て〜」と「凍み餅」づくりの途中を見せてくださいました。






「凍み餅」に欠かせないのが「ごぼっ葉」。学名は「オヤマボクチ」という山菜の一種。

これを夏のうちに採って乾かして保存します。一見、フキの葉っぱの乾いたもののように見えます。

この葉っぱの裏側にはヨモギのように細かい産毛のようなものがあり、これがお餅のつなぎになるそうです。

「いい、これをこうして手で揉むでしょう。繊維だけはこうして残るの、粉々にならないの」と、小澤さんが実験してくれました。



カラカラに乾いた葉っぱなので、強く揉めば粉々になるはずです。それが蜘蛛の巣の塊のように、モハモハがしっかり残る。

これをお餅に混ぜて搗くのですから、お餅はしっかり繋がる。鉄筋入りのコンクリみたいなもんですね。




工房には「ごぼうっ葉」入りのお餅がたくさん搗かれ、型に流されていました。










これを切り分けて、一枚ずつ紙に包む。切るのも包むのも大変な作業でしょう。










包み終えたものを紐で繋げて、水に浸ける。たっぷり水をしみ込ませてから吊るすのだそうです。

外に吊るしたお餅は、寒さで凍り、それが昼には溶けて水が抜ける。その繰り返し。フリーズドライとはこのこと!昔の人が考えた保存食ですね。




小澤さんが見せてくださいました、昨年の「凍み餅」。よ〜く乾いています。

寒いだけでなく風がないとダメ、40日くらい吊るすとか。乾ききった「凍み餅」は実際何年も持つそうです。






一方これは「ごぼうっ葉」の入っていない普通のお餅。

上の方にヒビが入っています。つなぎがないとこうなるんですね。








さて、「凍み餅」は食べるときにも時間がかかる。乾いて眠っているお餅を目覚めさせる?には、5時間以上水に浸けないとダメ。

でも、水に浸ければ本当に普通の搗きたてのお餅と変わらないようになるのですから、驚きです。

水を得たお餅はぐっと膨らんで大きくなります。それを切り分けて油少々のフライパンで焼く。


焼けたお餅は砂糖醤油を絡めれば、出来上がり。

ほんのり「ごぼっ葉」の香りがする「凍み餅」。これは本当に美味しかったです。






普通のお餅とは違う、もっちりしっかりしていて、かたくはないけれど柔でもない。寒さに耐えて一度乾くと、餅が厳しい修行を耐え抜いて、強く存在感あるさらに美味い物に変わるのでしょうか。

ただのお餅じゃないのです。
私の目の前で、地元のお若い方は3つ召し上がりました。



小澤昌男さん。お酒を飲みながら昔の話をいろいろしてくださいました。

この地の人が味わい深いのは、寒風がつくった顔、人柄なのでしょうか。いつまででも一緒に居たくなる、懐深い温かさです。

「凍み餅」を東京で食べるのもいいですが、やはりこれは小澤さんご夫婦に米づくり、「ごぼうっ葉」採りも教わり、「凍み餅」づくりの仕事を何度も通って手伝って、最後に食す。そんな時間を過ごしたいものです。

古殿町に通うほどに、寒風に震えるたびに、きっと私も味わい深い人間になれるかと思いました。

このエントリーの情報

ちょっとしたこと 牡蛎焼き 2018/12/28 1:59 pm

あるお宅の、牡蛎焼きにうかがいました。都会の洒落たオイスターパーティーとは別世界です。

ジャガイモ農家、作業小屋で火を起こし、地元の牡蛎を食べ
続ける。コンテナがテーブル・椅子。

参加者はおじいちゃん、パパ、ママ、子ども3人、パパの職場の若い衆等々が加わり17人。

ワイルドですが人間関係があったかい、食物は地元産。日本中がこうなれば未来はある、と思いました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

雲仙市です。築43年、リフォームを繰り返したジャガイモ農家。67坪の家。車が14台止められるスペースがあるなんて!そもそも東京と比べるとレベルが違います。だから子ども達は走り回り、大声をあげ、客人もキャッチボールなど始めてしまう。すべてがのびやかです。




台所と食堂。この日はおばあちゃんがすこし具合が悪く病院でしたが、いつもはここに7人の家族が大騒ぎでご飯を食べているのでしょう。私を招いてくれた主は、「昔の家みたいに大家族でワイワイ暮らしたい」とおっしゃる。なるほどその通りなのでしょう。





仏様のある座敷。ここからガラスを開けて中学生の長女ちゃんが「じっちゃんの携帯あったよ〜」と外のパパとじっちゃんに叫びます。じっちゃんが探していたのでしょうね。









お邪魔しますとリビングに入ると、ボーイッシュな次女ちゃんが話しかけてきます。「私ね、ミカン大好きで一度に10個食べるの。だから2個にしろって言われた〜。このミカン美味しいですよ、どうぞ」

こちらは「あ、私、初対面なのですが。あ、急に仲良しの仲間にしてもらえたようで・・・」という気分。お客様に対し、もじもじする雰囲気は皆無の少女に、こちらの気持ちが解放されました。



子どもたちが小さい頃のお祭りの時の写真でしょうか。










あれれ?台所ではママさんと長女ちゃんが私のお土産の動物パンにぱくついて、ポーズを取ってくれています。








私の住んでいるアパートの4〜5倍はありそうな納屋?倉庫?スペースに行きました。何に使うんだろう?想像できない農機具、機械がいくつも並んでいます。ロープだけでも何種類もある。これだけのものを使いこなして、じっちゃんは、そして休みの日のパパさんもジャガを作っているのですね。





末っ子の長男くんが何かやっています。さっきは納屋の窓辺の金魚の世話をしていました。今度は植木鉢を洗っているようです。

「その隣の、鉄でできたテーブルみたいのは何?」と私が聞くと「これ?これは〜ばっちゃんの」「ばっちゃんの何?」「う〜ん、これでばっちゃんが魚切ったりね」

要は名前はないようで、次女も長女も「それは?ばっちゃんの」と答えます。昔からばっちゃんが便利に外仕事に使ってきた物なのでしょう。

さあ、牡蛎焼きです。火を起こしましょう。パパから炭の世話を命じられた長男くんは、1人、団扇を両手に踊るように扇ぎ続けています。









台所では、パパの職場の若い衆が、ママの指示を受けながら、材料を刻んだり、ピザ生地を広げたり。このうちではこういうことが当たり前なんですね。子どもたちは「○○兄ちゃん」「○○さん」と親戚のように呼びます。





牡蛎焼きが始まりました。焼き役は長男くんです。17人が次々食べていくのですから忙しい。でも大張り切りです。








「パパ〜焼けたよ」「ばか〜汁こぼすな〜」素手でつまんだりして熱くないのかとこちらは心配するのですが、長男くんのナイフさばきは大したものです。








それにしても巨大な牡蛎です。同じ市内、すぐ近くのまちの海で獲れる、これをキロ単位で箱で買う。豪快です。おおきいのが焼けると「焼けたよ〜」と子どもたちがじっちゃんの座るコンテナに運びます。






雲仙にはこぶのできる「こぶ高菜」という伝統野菜があります。漬物で食べるのが主ですが、新鮮なものは生が美味しい。シャキシャキした歯ごたえがたまりません。牡蛎を包み、肉を包み、なんでもあいます。






ため息の出るようなお肉は、この日参加の農業青年の知り合い酪農家の牛。知人の牛肉を「すごいな〜、さすがだな〜」と眺めていました。









ばっちゃんが明日にでも家に帰れそうで、じっちゃんはホッとしていました。皆もです。だからじっちゃんはビールも飲んじゃってます。

高菜で包んだ肉をほおばる長女の後ろで、ママがピザをじっちゃんに切っています。

長男はひたすら焼いています。次女が「じっちゃん、肉だって」と注文を伝えます。パパはお仲間と話しながら、飲んでいます。





広い納屋のコンテナに座り、庭で火を起こし、地元の新鮮なものをひたすら食べる、大声で笑う。

何かテーマのある集まりでもなく、何かを話し合うでもなく、ただただ「美味しい」「旨い」を連発し、ただただみんなが微笑んでいる。

17人が小川のようにサラサラと動き、ご機嫌にしている時間。

「パパ〜〜〜」「ママ〜〜〜」「じっちゃ〜〜ん」と叫びながら、牡蛎焼きスタッフとして走り回る子どもたちにまみれながら、私は幸せでした。

世界中がこんなだったらいいなあ、と混ぜていただいたことに感謝しました。

このエントリーの情報

ちょっとしたこと イルミネーション 2018/12/24 1:02 pm

いつ頃から、こんなにあちこちがキラめくようになったのでしょう?商業施設や商店街はもちろん、個人宅も電飾が盛んです。

東日本大震災後は少し自粛されましたが、今や日本中が輝いていますね。

電気の無駄と一括するのは簡単ですが、私的には個人の電飾は肯定派。

庶民がささやかに自己表現し他を意識する機会。誰かを喜ばせたいという気持ちが、地域おこしに繋がればと思うのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





これは2012年12月24日の港区六本木・けやき坂です。

前の年は、震災の年でイルミメーションどころではなかった。当時は私は麻布十番に住んでいて、商店街が節電のステッカーだらけだったことを覚えています。

それが1年経つと、このくらいならいいんじゃないか?とLEDのさっぱりした光でイルミネーションが復活していきます。

そして、いまや今日あたりは出かけたくないほどの混雑。明るさと色で疲れるほどのきらびやかなけやき坂でしょう。





その後、私は新宿区四谷に引っ越しました。裏通りはひっそりと静かで、昔からの家や、小さなアパートも多いところです。

事務所から自宅までの15分、歩く間に小さなほんの少しのイルミネーションがあります。

普通の街路灯や車のライトに負ける、かわいい光。この右角の小さなうちの植木に、住んでいる若いママさんと子どもたちで飾ったのでしょう。

ほんの少しの土に、いつも一つ二つ草花の苗を植えているうちです。光った時は、子どもたちが喜んだことでしょう。どんな人が見ていくのか、家の中から覗いているのかもしれません。



やっているのかいないのか?でもやっている八百屋さん。店の前にあるツル植物に電飾です。

電飾という言葉がピタリとくる感じ。

いつもお爺ちゃんがスズメに餌をやっていたり、夏は座って夕涼みをしている。そんな店先にもクリスマスは来たのでしょう。

お爺ちゃんはどこで飾りを買ってきたのでしょうか。飾れば昔からのお得意さんがいつもより長く立ち話をするのでしょう。






裏通りのこじんまりした教会の前です。

駐車場の柿の木が実るときは、「ご自由にお持ちください」とフェンスに2個ずつ柿を入れてぶら下げてくれます。

フェンスにはツルバラが絡んでいます。そこにイルミネーション。

信者さんが何人かで飾るのでしょうか。どんなことをおしゃべりしながら、どんなことを思いながら・・・。

ひと気のない道を、なんとなく暖めてくれているように見えました。






飲み屋さんもちょっぴりイルミネーション。「そういや去年も飾ったのがあったよね〜〜」なんて言いながら、ごそごそ飾りを引っ張り出して、なんとなく植木に絡ませて。

それ以上でも以下でもない、「まあ、暮れだからね」というくらいの力の入れなさ加減がいい。

「どう!すごいでしょ、お金かけたんだよ」というイルミネーションは見ていて疲れますもの。

事務所帰りのブラブラ歩き、こんなイルミメーションが心を温めてくれています。



これは私が仕事でお邪魔する、奈良県十津川村谷瀬の民宿のイルミネーション。(Facebook谷瀬の吊り橋からコピーさせていただきました。)

おそらくこの民宿が電飾したのは初めてでしょう。街路灯さえわずかな山の小さな集落で、この灯りがどれだけむらの人たちを和ませるか。

昼も夜も人の姿がほとんどないむら。これは民宿にお客様が来てほしい、というような宣伝の灯りではなく、純粋に「集落のみんなで楽しもうね」のイルミネーションなのです。

飾った日、土木工事や畑から帰る軽トラのおじちゃんおばちゃんが、「おやまあ〜!!」と喜んだことでしょう。

1人暮らしの老人が、そっと顔を出して、この灯りを遠くから眺めている様子が想像できます。

右下のイルミネーションはお馴染み和歌山県紀の川市。フルーツのまちのゆるキャラ「ぷるぷる娘」をかたどっています。市民の方々の手作りです。(Facebook紀の川ぷるぷるクラブからコピーさせていただきました。)

これもまたスローなイルミメーションですね。お金をどっさりかけたものとは違う、手間とまちへの思いをどっさり込めた灯り。こうしたイルミネーションが、いま貴志川町の平池の周りに飾られています。

エネルギーの無駄遣いとか光害とかいわれますが、それは大規模で商業的なもの。

ちょっぴり飾られるイルミネーションは、楽しみであり、私ここに居るよという発信でもある。許していただきたいものです。

この路地をどんな人が通るのか、歩いてきたらどう見えるのか、そんなことを考えながら飾る時間は、自分と他の人との関係を育てている大事な時間にもなる、そう思っています。


このエントリーの情報

お仕事 「経木」ふたたび 2018/12/17 1:52 pm

若い方に経木と言ってもポカンとされてしまいます。木を薄く削った包装材。昔はこれで、おにぎり、納豆、和菓子、揚げ物などいろいろ包んでいました。

栃木県那須塩原市の経木屋さんを訪ねると、経木製造の現役は全国的にもはや希少とか。

包装は発泡スチロールやプラスチックに変わり、経木は消える?と思いきや、意外。環境に優しい、と再び注目され忙しくなっているそうです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

うかがったのは島倉産業蝓3阿砲郎猯舛痢∪崗召積まれています。

那須塩原は赤松が豊富で、最盛期には経木製造工場が40社もあったそうです。それが、今は群馬県・栃木県で4軒。

桧や杉を使うところもありますが、やはり赤松が一番とのことです。


うかがった夕方は、もう作業は終了。50年使う機械が一仕事終えた顔をしていました。

四角いへこみのところに整えた材料の木を入れて、巨大な歯で薄く削る。巨大な自動鰹節削りのような構造です。

突然の見学者に、快く機械を動かしてくださいました。あああ〜〜、動画では撮影したのに。写真で撮っていなかった!!!機械が木を削りだす様子はFacebookの方でご覧ください。


厚さ、0.16〜8という薄さ。紙のようです。それでも削りたての赤松は、驚くほど水分を含んでいて、持って重さを感じるほどしっとりしていました。

これを二階の乾燥室で数日間かけて乾かす。梅雨の時期は大変だそうです。




西日がしっとりと赤松の木目を照らして、なんとも美しい。外国にこんな文化があるでしょうか?

この工程を産業観光などで都会人や、外国のお客様に見せてあげたいものです。これぞ、日本の木の文化なのですから。





紙がまだ普及していなかった頃、大事なお経は薄く削った木に書いた。だから「経木」。なるほど!

これは薄いもの。厚い経木は折箱やマッチ箱などに使われてきました。私の小さい時は、まだまだそんな厚い、薄い経木に囲まれていたように思います。

近所の肉屋さんで揚げ物を買うときは、必ず経木でした。揚げたてのハムフライやコロッケを上手に店員さんが経木でまとめ、同じく経木のひもで縛り、薄い緑色の紙でくるんでくれました。うちに帰ると揚げ物の油を経木が上手に吸ってくれていて、コロッケの形もつぶれていない。経木は優れものでした。

和菓子屋さんでいくつか買うときも経木。納豆は三角に経木で包まれて、その中にたっぷり辛子がつく。毎日、なにかしらに、経木のお世話になっていたものです。

乾いた経木を検品中の女性たちの横には、真っ赤に燃えるストーブが。松材は相当高温で燃えるので、木っ端やハネた経木は冬の暖房に使われます。

木を使うなどと言うと贅沢に思えるかもしれませんが、実は経済的。食品の包装が石油製品になったことで、いまそのゴミの始末でどれだけ私たちは苦労してることか。

破壊された環境を取り戻すために使うお金を考えたら、松林を上手に手入れし、丁寧にすべてを使い、土に戻していくことの方がずっと賢い暮らしでしょう。

いいお寿司屋さんに行くと、材料が経木の上に並べてある。刺身のさくが包まれている。

すき焼き屋さんのお肉なども経木。よけいな水分を吸って、なおかつ乾燥はさせない、木の持つ除菌作用もある。料理人はご存知なんですね。

経木の両端を鍋から出すように敷いて煮魚を作り、煮あがったら経木の両端を持って皿に移すというのも見たことがあります。

蒸しものや揚げ物にも経木の出番。そしてなんといってもおにぎりでしょうね。ラップで包んんだおにぎりは、水滴がついて味気ない。お弁当箱の仕切にも可愛くカットされて活躍です。

どこかの飲み屋さんで、経木に筆文字でメニューを書き、ずらりと貼ってありましたっけ。ハガキにも使われているそうです。

水を吸うのでコースターにも。ちょっとしたプレゼントのカードにも。アイディアでいろいろ使えますね。経木はいまやセンスフルでライフスタイルを表すグッズなのです。

私がいつも東京駅で買う大好きな焼売弁当は、いまだに経木の折箱。その厚手の経木の蓋についたご飯粒を、いただくときの木の香りがいいものです。いまだに経木を使うこの焼売屋さんは偉いと思います。

自然志向の人が増え、環境に優しい暮らしをしたいと思い、経木に入った納豆が少し高くても美味しいと選ぶとき、いまや遅しで経木製造工場がなくなっていた。なので、いまこの工場は本当に忙しいのだそうです。

品薄と言っても質は落とせない。昔から納品していたところの価格は上げられない。フル操業になっているそうです。

家庭用や、おしゃれ〜なんて言って趣味的に使うものは枚数が少なくて多少高くてもいいと思います。

それより、毎日、日本中で食べる納豆が、すべて経木に変わったら!?相当プラゴミが減ると思います。こういう経木はいまのままの値段でどんどん量産してほしい。

納豆を食べて健康を維持している人は、実は地球の健康を害している。そんなことにならないように、私たちは選択していかなくてはならないのです。

経木屋さん、頑張れ。


このエントリーの情報

お仕事 藍を食べる 2018/12/09 8:08 pm

雲仙市小浜の「アイアカネ工房」、綿と藍を栽培する染織工房です。

長崎から移住した鈴木てるみさんは「衣食住のうち、衣を手放してしまった現代人に、ゼロから『衣』を作れることを知ってほしい」と体験もさせてくれます。

更に、昔は薬草として使われた藍を、食べることに挑戦。「食べる藍」を商品化しました。

藍粉末と塩のふりかけや、青いお茶。これまた不思議な体験です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

小浜の刈水地区、坂道を上がっていったところ。キウイの棚の向こうに橘湾が見えます。

小浜は夕日の名所、昼間は青い空と青い海。そして夕暮れ時は海も空も赤くなる。いつもこの2色を見ている、そこから鈴木さんは「アイアカネ工房」と名付けたそうです。



工房に入ると、本当に藍色と茜色が出迎えてくれました。











畑には綿と藍が。綿の畑の向こうにあるのが工房です。今はこうして眺められますが、ここを借りることになった時はまるでジャングルのように荒れた状態だったそうです。







「一人でコツコツと、長崎から通って整備してきたんです。もう、ほんと大変でした」と鈴木さん。後ろの竹やぶの向こうが住まい。渡る橋も手製だそうです。








この藍の花の写真は、10月に伺った時の写真です。昔、おままごとのときに使ったアカマンマに似ていますね。









子どもたちや観光客も染めや織りを体験できます。そうして何かが出来上がると、確かに「衣」を作ることに少し近づくのでしょう。

鈴木さんの言葉を噛み締めると、たしかに「食」には皆がこだわっている。即席ものやファストフードもありますが、スローフードや手作り、地域の味などに目覚め始めています。

「住」もしかり。住まいの大量生産のニュータウンやプレハブ時代は終わり、マンションやハウスメーカーの家でも、国内産の木や漆喰を使ったりし始めています。ログハウスを自ら建てる人も多いものです。

鈴木さんのような古民家の再利用なども、新しい「住」への取り組みでしょう。いま彼女は、近くの古民家を買い取りカフェにし始めています。

そう考えると、「衣」のほとんどは企業化されてしまった。少し前までは布を織らないまでも、ミシンが家庭にあって、子ども服など母親が縫ったり、セーターは編んだりしていました。和服も浴衣も当然のように仕立てていました。

それが今や使い捨てです。流行などというものに左右される消費の代表が「衣」の分野でしょう。ボタンつけや、裾上げすら家でやらない。運針などできない人間になってしまった。

綿から糸を紡ぎ、染め、織る。ここのそんな体験で私たちは何かの目覚めを得なくてはなりませんね。


ところで興味津々の「食べる藍」です。藍は毒消しになると、江戸時代などは長旅には持ち歩いたとか。藍職人は病気にならないといわれ、藍の抗酸化作用は今、科学的にも証明されているそうです。

鈴木さんの藍は、無農薬栽培。お茶で飲むのに、粉にして食べるのに安心。作り始めたところ、今まであまり知られていなかったハーブティーとして評判だそうです。





良質の塩と混ぜたふりかけやお茶も。藍だけのお茶は、入れればほうじ茶のような色ですが、青い色を求める人も多く、青いお茶も作りました。

それがこれ。

ティーバックにお湯を注ぐと、あお〜〜〜〜〜〜!青い色は同じく無農薬で作った蝶豆の花からの色です。そっと飲むとわずかに甘さがある。色とは違う、穏やかな味。

このお茶をベースに、カクテルなど作ったり、チューハイにしたら夏に綺麗だろうな〜。なんて、不健康に考える私でした。

このエントリーの情報

ページナビゲーション

(1) 2 3 4 ... 51 »

最新ブログエントリ

湯沢の雪(2019/02/18)
クエを食え(2019/02/11)
味噌家族(2019/02/03)
「むらフェス」開催(2019/01/27)
チェーンソーアート(2019/01/21)
凍み餅(2019/01/14)
牡蛎焼き(2018/12/28)
イルミネーション(2018/12/24)
「経木」ふたたび(2018/12/17)
藍を食べる(2018/12/09)
ホームへ

最近のブログのコメント

ブログ カレンダー

« « 2019 2月 » »
27 28 29 30 31 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 1 2

写真でみるゆとりある記

絹屋町での熱心なご説明
民宿黒潮
奈良県明日香村案山子祭り
雲仙市・牡蛎焼き

連絡先

野口 智子 のぐち ともこ
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局
ゆとり研究所

TEL 090-7433−1741
E-Mail yutori@noguchi-tomoko.com

NPOスローライフ・ジャパン
〒160-0002 東京都新宿区四谷坂町9−4 リカビル301
TEL 03-5312-4141 FAX 03-5312-4554
E-Mail slowlifej@nifty.com


略歴

<野口智子(のぐちともこ)>
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局長
千葉市生まれ。東京でコピーライター、プランナーを経験。1977年静岡県に移り企画・編集プロダクション設立。
1992年ゆとり研究所を開きコンサルタント業務を開始。
ライフスタイルの提案、「一店逸品運動」による商店街の活性化、時間消費型観光おこし、人材育成などの分野で活動。
2000年からスローライフ運動を開始、2003年スローライフ・ジャパンを設立、現在、事務局長・副理事長。
2006年から活動拠点と自宅を東京へ。現在はスローツーリズムの提案、商品開発、地域観光の育成、都市と田舎の交流、移住・定住プロジェクト、“食”をテーマにしたまちおこし、などに力を入れている。住民参加の独自の楽しいワークショップが得意。
現在、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域再生マネージャー(ふるさと財団)、国土審議会半島振興部会委員。