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ゆとりある記 黒豆枝豆の収穫 2017/10/16 2:06 pm

和歌山県紀の川市鞆渕は黒豆産地です。暮れになると引っ張りだこになる人気の黒豆です。

昨年この黒豆の煮豆の写真を撮ったところ好評でした。ならばその黒豆のオーナーになろうと2区画申込み、このたび枝豆収穫となりました。

本当の収穫は12月ですが、枝豆の黒豆もそれはそれは美味しいものでした。ただ、豆が大きければ、株も大きい。雨の中の収穫は悪戦苦闘となったのでした。
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以前、蛍を見に行ったことのある鞆渕です。古民家を素敵に直した「カフェともぶち」というお店もでき、こうしたオーナー制度や交流事業もあり、パワーアップしている感があります。







雨がしっかり降っているというのに、たくさんの人が集まっていました。枝豆収穫だけでなく、サツマイモの収穫や、ちぢみホウレンソウの植え付けなども。

この地区にしたら、一大イベントです。






畑に着くと「がんこ農家」の幟。いかにも肉厚のしっかりした黒豆ができている、という自信が感じられます。

それにしても茂っている豆の葉の大きいこと!






先に来たグループが運ぼうとしている、その枝豆の株の大きさに驚きました。

大人の肩までの丈がある。だから持ちあげられない。巨大な株を、男性でさえズルズルと引きずっていくしかありません。

軽く考えていたこちらは、反省しました。

台所バサミを持って行ったのですが、たちうちできません。株の一番下は“樹”の状態。

係のおじさまの大きな植木バサミの威力で、切りだしていただきました。






一緒に行った枝豆女子は、食べる以前にまずはこんな大仕事があるとは思わなかったはずです。

片手に2株ずつ、4株運ぶ、引きずるだけで泣いています。







選果場でしょうか?この広い屋根付きの施設があったから、よかった!

ずぶぬれになりながらも、運び抜いた黒豆枝豆を参加者がてんでに“選果”?しています。

とてもそのまま車でなど運べません。葉を落とし、いらない枝を切り、整えて。ほとんどの人は、豆のさやだけにして持ち帰ります。

黒豆がそもそも大株なのでしょうか?鞆渕の黒豆が他より秀でて大株なのでしょうか?

とにかく今まで私が知っていた枝豆の状態とは、けた外れに違います。細い枝に数粒豆が付き、枝豆としてお料理やさんで出てくる華奢な物とは大違い。

株の一番下は何しろ直径3センチくらいもあるのですから。

ハサミで整えますが、手を突き刺すほどに豆のさやが元気、がんこ黒豆です。

ハサミを持つ手の横に見えるのが主幹、ゴボウのような太さですね。







小学生の女の子が、早くも枝豆サンタクロースのように担いで帰ろうとしています。

家族4人での人海戦術、何年も通っているようで手慣れたもの。「今夜は枝豆パーティー!」だそうです。






この黒豆の枝豆は特別に大きく立派で、高級かつ美味しいものですが、普通の枝豆も皆の口に入るまでは、株を抜き、葉や枝をとり、豆だけ外す手作業があるのでしょう。

一度これを経験すれば、飲み屋さんで頼む冷凍枝豆ですら愛おしくなってきます。





きゃ〜きゃ〜騒ぐ、観光気分の黒豆オーナーたちの横では、ベルトコンベアが動き、黙々と黒豆枝豆の出荷作業です。

あ、さやが一つ一つ流れている。誰かが、一つ一つに切っていると思うと、ありがとうと感謝したくなりました。




ずっしりと重い黒豆枝豆を下げて、雨の上がった道を帰ります。次回は、いよいよ黒豆として使う豆を本格的に収穫し、干す作業とか。

今年のお正月は、私の黒豆の煮豆が輝くことにになるでしょう。

疲れた身体に、この枝豆で飲むお酒の美味しいこと。黒豆ですから皮は紫色がかっているのですが、なかからは緑の身が出てきます。

ころりと大粒。二粒くらいで、お酒がぐびっと飲める。深い風味と、こくのある旨み、甘み。

ああ〜、来年もオーナーになろう・・・っと。


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ちょっとしたこと Facebook講座を開きます 2017/10/09 12:24 pm

地域おこしの現場では、FacebookはじめSNSが活躍します。市民がお金をかけずに活動を伝え、催しの告知などもできて便利です。

でも、いきなり使うことが多く、ルールやマナーが分からない。教習所を出ずに運転を始めるようで、、失敗が多々。

子どもの顔写真を出してしまったり、テレビ画面を掲載したり。

そこで、お馴染みの紀の川市でも手づくりの講座開催とあいなりました。
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FB(Facebook)を、私はさて、何年前から使っているでしょうか?最初はどうやって使うことになったのでしょうか?もう覚えていません。それなのに、いまだにわからないことだらけです。

ですから、「最近始めました。農家の作業を知ってほしくて」「いままで見ているだけだったんだけど、初投稿です」なんて方は、わからないことだらけでしょう。

もちろん、「FBなんてもう古いよ」「いまさら始めなくても」なんて意見もあるでしょう。ま、地域おこしに地域差や時間差はつきもので、その時その人が出会った装置・技術を、うまく自分で役立てていくしかありません。

そういう意味では、ある程度周りに参加している人が多いFBは、使い方を聞けるし、仲間も多いしで、特に中高年には扱いやすいかもしれません。

昔、私が、ブログで投稿するSNSの編集長というのを仕事としてやっていた時は、FBなどの存在は無く、自分たちのやり方が最先端だと思っていたものでした。

最先端は、日々、更新されるので、追いかけることはできません。だからオーソドックスなFBなら、少しはさわれるということで参加する人は多いものです。



「いま頃FB講座?」といわれそうですね。もちろん過去にも開催しています。でも、毎日新しいことが、毎日新しい人の手により書かれていくというのが常の地域おこしFBでは、講座を何度やっても追いつきません。使い慣れたらそれなりに次なる??がわき上がってきます。

つまり、以前は「“いいね”を取り消す方法はあるの?」なんて言っていた人が、次には「イベントの記事を立ち上げて募集をかけたいのですが」ということになる。

一方、パソコンもスマホもダメ。ガラ系で電話だけ、という人も地域おこしの現場には多くいます。私の関わる高齢者の多い過疎地では、集落でFBを扱えるのは4〜5人。

その方々も自分の仕事に忙しく、「週に一回ぐらいは、各人が記事をあげましょうよ」なんて私に迫られてようやくぼちぼちと、というくらいです。

きちんと調べれば身近なところでFB講座、SNS講座などはたくさんあるでしょう。でも、立場やレベル、目的が違い過ぎたりしても、うまく学べません。



ならば、少人数で身近な人に気軽に教えてもらう講座を、手づくり開催しようということになりました。和歌山県紀の川市の「フルーツのまちづくり講座」の中でです。

先生は市役所の中のITに明るい青年。どんなことを知りたいのか、何で困っているのかをあらかじめお伝えして、この10月20日(金)19時から開催です。

FBについて、教えてもらうには、スクリーンがあって、そこに画面を映しながら学んだ方がいいのでは。皆に、自分が普段使っているスマホやパソコンを持ってきてもらわなくては。堅苦しいのは嫌だから、飲み物やフルーツくらいは口に入れながら学びたい。などなど、企画していきます。

が、なんと公の生涯学習センターは飲食不可。飲まず食わずで学ぶという古いタイプの施設でした。使えない、使いたくない場所で開催する気はありません。で、お金はかかりますが、カフェで開催となりました。ホットなチラシも出来上がりました。

チラシを置いたり、催しをそれこそFBで宣伝するのも追いつきませんが、まずは少人数でやってみましょう、という試みです。

「子どもの写真をなぜ載せてはいけないの?」「人の顔が分かる写真はなぜ本人の了解が必要?」「誰かについての悪口は?」「どこかのお店を赤裸々にレポートしたらそれも悪口になるの?」「お店の写真や料理の写真を撮って載せるのは許可が必要?」「シェアするときの決まり事、お作法は?」「公開と、仲間だけで見るのと、どのくらいどう違う?」「友達申請が来たらすべて受け入れる?」「友達は何人位が理想?」「友達リクエストのするときのお作法は?」「自分の撮った写真を勝手に仕事上で使われた人が居て大変そうだった」「突然、破廉恥な写真をわざと載せられてショックだった」「ただお友達になったつもりが選挙運動の一環だったとわかった」「もうこの人と友達でいたくない、と思っても・・・」「コメントにすぐ返信しないと失礼?」?を上げたらきりがありません。

1回の講座ではやはり無理でしょうね。四六時中スマホをいじっている人にはなりたくないけれど、上手に自分おこしと地域おこしをしていきたいものです。(写真は私が関わっているFB画面です)













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お近くの方どうぞ。「戦略的 Facebookの使い方」
〜SNSをもっと安全に使おう〜

日時:平成29年10月20日(金)
時間:19:00〜21:00
会場:山崎邸 創-HAJIME-Cafe
(紀の川市粉河853-3)
講師:西川昌克(にしかわ まさかつ)
紀の川市役所にお勤めの優しい弓道紳士
参加費:1,000円(飲み物代別途)
持ち物:携帯端末(携帯電話、ノートパソコンなど)
問い合わせ:紀の川市役所 商工観光課 尾方
電話:0736-77-0843
主催:紀の川市商工観光課、ゆとり研究所

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ゆとりある記 案山子 2017/10/02 2:43 pm

案山子というと、ユーモラスでもあり、多少もの悲しさも感じる印象でした。それが最近、案山子はめっぽう明るい観光資源になっています。

奈良県明日香村に先日うかがうと、70体の案山子の人気投票イベントが。観光客が棚田に行列で撮影会です。こうした話題は、各地に増えています。

そのうち子どもたちは、案山子の本来の役割などわからなくなっていくのでしょうね。
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文部省唱歌の「案山子 かかし」の歌詞を思い出すと、「山田のなかの一本足の案山子〜♪」です。そもそも「山田」というのが分かるでしょうか?身近にそんな田んぼがあるでしょうか?

ここ稲渕地区には立派な棚田がありますが、案山子はバラエティに富んでいました。


案山子をめがけての観光客が続々とです。

案山子で人口が増えて、さらに来訪者で増える。案山子効果ですね。しかもコンテストなんて、訪れた方も楽しいです。







彼岸花が咲く田んぼに案山子。何もすごい観光資源がなくとも、これだけで十分人がやってきます。









ここの案山子はもう20年以上やっているとのこと、知っている人は知っている。

彼岸花もちゃんと花がみえるように、花が出てくる前に地元の方々が草刈りをしているのだそうです。






ここの案山子の特色は、個人や団体で作り、参加できること。いろいろなアイディア案山子が人目を引きます。









こんな案山子、素敵ですね。

さだまさしさんの「案山子」という曲でも、案山子はとっても寂しそうなのですが、もう、こうなると案山子はスター、アイドルになってきます。






わあ〜これは!飛鳥時代のコスチュームです。案山子の域を超えている。










アメリカからの視察団が作った中のひとつ。おなかの大きい案山子さん。

妊産婦案山子なんて初めて見ました。皆さんがおなかをさすっていきます。







棚田のオーナー制度に参加したいる人は、必ず案山子作りをするとか。

説明のコメントが泣かせます。







時代とともに、いろいろな物の役割が変わっていきます。

昔は、カラスやスズメを追い払い、田んぼに寄せ付けないように立っていた案山子は、今や「おいでおいでと笑顔」。

そういう意味では、いい時代になったのかもしれません。


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スローライフ運動 美しき出雲の國 2017/09/25 2:13 pm

出雲に足を運ぶ度、沢山の写真を撮ってきました。むろん素人のスナップです。

写真を撮りたくなる土地は“いい土地”といわれます。そういう意味では、出雲方面は素晴らしい。

飯南町では「大しめ縄」、雲南市では「こけら葺きの屋根」、奥出雲町では「ソロバン玉」、出雲市では瀬戸物を繋いだ「一式飾り」。

普通の観光地ではなかなか出会わない、いずれも美しいものばかりです。
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昨年も「出雲のかたち」というような内容で、出雲ならではのデザイン・形について書きました。
    ↓
http://noguchi-tomoko.com/modules/yutoriaruki/details.php?blog_id=365&date=201605

こういうことに気付くのは私だけではないはずです。



飯南町の「大しめなわ創作館」。出雲大社はじめ、全国の大しめ縄を作っています。

この入口に吊るされた見事なしめ縄。この美しい形。力強く、まろやかで、あったかな印象。世界に、このようなデザインがあるでしょうか。




うかがったときには、ドバイの個人のお庭に飾る予定の大しめ縄ができていました。

宗教や風土は違っても、この美しさはわかるのでしょうね。







雲南市、高殿と呼ばれる、たたら製鉄の炉がある高屋根の建物。栗の木のこけら葺きが几帳面に並び美しい。たたらの高殿は日本でここだけです。








用の美でしょう。高殿の中の土製のたたら製鉄の炉。左右から空気が送られる管が。

そして、地下5メートルまで、湿気を防ぐ構造が造られているそうです。見えるところも、見えない地下も、左右対称です。






奥出雲町の鉄穴(かんな)残丘からの眺めです。

砂鉄を採るために山や丘を削り、そのあとには棚田を整備した先人たち。削る際に残した墓地やご神木のあるところは小さな丘になって残ります。

上ってみれば回り一面棚田。米作りの美しい光景が広がっていました。

奥出雲はソロバンの産地です。たたら製鉄での商売でソロバンが必要だったとか、製造技術は広島から伝わったとか、いろいろな話が残ります。

それにしても、木をくりぬいて造るソロバン玉のきれいなこと。






とにかく面白い。瀬戸物を針金で繋いで、これはヤマタノオロチを作っている、市役所に展示のもの。



以前このブログを書きました。今は出雲市の「平田の一式飾り」の話。なぜ一式というかはブログを読んでいただいて。
    ↓
http://noguchi-tomoko.com/modules/yutoriaruki/details.php?blog_id=368&date=201606




瀬戸物に穴を開けずに、元に戻せるというのがルール。再利用の美でしょうか。










出雲市は夕日の聖地といわれます。その夕日ポイントの一つ「稲佐の浜」に行くと、夕日を見に来た人が一杯。

その中で、気になったのがこのカップル。背中の夕日を入れて自撮りしているのですが、その向こうに、夕日で金色に輝く窓の家がある。童話にそんな話があったこと思い出します。

神様がここからやってくるという稲佐の浜の夕日、そう思うと特別な夕日に思えてきます。友達と戯れながら眺めた夕日の美しさを、彼女たちは忘れないでしょう。

大自然やテーマパークでもない、出雲の國のいろいろ。こういう美しさを愛でるには、ゆっくり何度も行かなくてはなりません。

その下見のつもりで、10月28日・29日の「スローライフ・フォーラムin出雲の國」へお越しください。



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スローライフ運動 奥出雲で燻されて 2017/09/17 4:24 pm

島根県奥出雲町にある「囲炉裏サロン“田楽荘(だらくそう)”」を訪ねました。

移住した白山洋光さん・里香さんがお住まいの250年前の古民家。農作業や民泊体験ができます。

天井は煤で真黒、栗の木が燃える囲炉裏端は煙いのですが炎を見ながらだと話が弾み、安らいで時間がたつのを忘れます。

体中が煙臭くなりましたが、“燻される”ことは、“癒される”ことなのではと思えました。

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お二人は関東で出会い、13年前、今のように移住ブームになる前に、奥出雲に来ました。お二人いわく「気にいって勝手に来た」のだそうです。

今でこそ、移住者募集で行政が手厚く応援している仕組みがありますが、それよりもずっと前です。

外食産業にいらした洋光さん(45歳)は、「食べるもとは、作るからやらないと」と思い、だんだん無農薬の農業や自然を大切にする暮らしなどに目覚めていったそうです。

里香さん(44歳)は松江出身、外国の子どもたちに日本語を教えることを目指して大学から東京へ。

2人とも、満員電車に揺られてクタクタになる暮らしが嫌になり「何処に身を置いて、どう暮らすか」を真剣に考え、奥出雲にたどり着いたとのことです。

道路からの入り口は、藤のツルが絡まって、緑の門のような、トンネル状になっています。

どんな背広姿のおじさんも、ここをくぐれば子どものように瞳が光り出す。そんな、ファストライフからスローライフへ至るトンネルのような印象です。




白山さんたちが住む前は、おばあちゃんが一人で暮らしていたとか。快適に直せばできるのでしょうが、あえて昔のままの壁、雰囲気を残しています。

「遠くにいるここの身内の人たちが、またここに住みたくなったらお渡しする、それまでこの家のお守りをするつもり」なのだそうです。



土間も昔のままで、ピカピカ。土に雲母が混ざっていて、光線によって光ります。

贅沢な入り口、入った途端に煙の匂いがしました。なつかしいと思うのは、ある年代以上の人でしょう。私はなつかしい。

家に囲炉裏こそなかったですが、お風呂を薪で沸かしていた。あの匂いです。

広い座敷。昔はここで、お客様を迎え、お葬式も結婚も、法事もやって来たはずです。

今は、田舎を体験したい人たちが泊まる。5人が限度。完全予約制で2食を一緒に作って、泊まって、体験料は一人8,800円です。

夏にはここに麻の蚊帳が吊られる。ああ〜その時来たいなあ〜。

冬は家ごと雪に包まれることもあるとか。その方が温かい。雪のない冬は、家の中で零下15度にもなるそうです。

そもそもここの名前の「田楽荘」は、出雲弁で馬鹿者という意味の言葉「だらくそ」から。白山さんのジョーク。

里香さんから「奥へどうぞ」と促されて、囲炉裏端へ。






暗い!都市の普通の家の照明になれていると、ここはかなり暗い。もちろん電気は通じていますが、あえてピカピカに明るくしないのがお二人の方針とか。

そのうち目が慣れてきました。確かにこの古い家には、このくらいの明るさが似合っています。

それに薄暗いと緊張がほぐれるというか、リラックスできるというか。化粧直ししていないことも、疲れた顔のことも、自分で恥ずかしくない、気にならなくなります。


囲炉裏端で「まこも茶」と「キンカントマト」「藻塩」が出ました。

この在来種のトマトの美味しいこと。白山さんはこういう物にこだわって農作しています。出雲市の夕日の名所・日御碕あたりで作られる本物の塩の、これまた美味しいこと。この塩で日本酒が飲めるなあ〜。

「まこも茶」は穏やかな味がして、何杯も。飲めば飲むほど善人になるように思えます。この地の名水で淹れているからでしょうか。

白山さんはとめどもなく語ります。奥出雲について地元の人よりも知っている感じ。おそらくよそ者の方が、いろいろに興味を持って探求するからでしょう。

それだけでなく、白山さん夫妻の言葉の端々に、土地の人への尊敬の気持ちが感じられます。おじいちゃんやおばあちゃんが守ってきたこと、繰り返してきたことの尊さを、他所から来たからなおさら分かる。それを地元の人にも気づいてほしい。お二人とも力説はしませんが、普段の暮らしのなかで、それを示しているように思えました。

囲炉裏の横のコンテナには青い渋柿が。里香さんが柿渋をとるための作業中です。










ミキサーにかけて樽に詰め、3年ぐらい置くと渋が取れるとか。この渋と囲炉裏の煤を混ぜて木を磨くと長持ちして、艶も出るそうです。









「柿渋は二日酔いにもいいんです」と白山さん。お二人には、誰も相手にしない青渋柿も宝なのです。









お二人は奥出雲でお仲間と綿の栽培も。その綿が5パーセント含まれた、ピュアコットンのタオルも販売されています。

お母さんに抱かれているような安心感ある肌触り。普段使っているタオルは何だったのだろう?と考えてしまいます。




台所のカウンターに小さな粒の梅干しが瓶に詰まっていました。手間を考えると、私にはできません!

「植物や野菜が大好きなんです。苦にならないんです」と里香さん。カボチャにもピーマンにもその愛情が注がれています。

ガスは使わない。囲炉裏の火でご飯を炊き、味噌汁を作り、お茶を煮だす。人が多い時は、囲炉裏にいくつも火をおこす。「慣れれば大変じゃないですよ」と。

囲炉裏端でお二人は火の番をしながら寝るそうです。煙は家を守り、虫を寄せ付けない。衣服に煙の匂いが付くと、その匂いで猪やクマなどが人のテリトリーと判断して襲ってこない。お二人からいろいろなことを教わりました。

「人が囲炉裏を囲むようなところを作りたかった」という白山さん。その意味が分かったように思います。

奥出雲で、すっかり燻されて、癒されて、東京に持ち帰ったタオルからは煙の匂いがしました。

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ちょっとしたこと お店をやりたい:その2 2017/09/11 12:04 pm

ひと月前、ここに「お店をやりたい」と書いたところ、いろいろご意見をいただきました。

「お汁粉をだして」「地方の逸品を置いて」「全国の絵本を集めて」「写真ギャラリーも」「田舎でやれば家賃が安い」などなど。

いずれクラウドファンディングでお金を集めたいとは思いますが、その前に皆さんからアイディアを求めます。お金よりまずは企画を。「小さな思いつき」お寄せください。
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8月6日のブログに「お店をやりたい」と書きました。これをご覧ください。
   ↓
http://noguchi-tomoko.com/modules/yutoriaruki/details.php?blog_id=426

こんな骨格もぼんやりと書きました。
1、小さなまちむらの味方
2、提案があるお店
3、地方の行政の人に使ってもらう
4、料理はしない店
5、知っている人だけで
6、地方の個人のよりどころに
7、お試しの場に
8、いただき物で店を作る
9、ちゃんと稼ぎたい
10、ご賛同の方、ご一報ください。

すると、メールをいただいたり、会う人ごとにご意見をいただいたり。なんだか私の夢の話がどんどん現実味をおびてきました。

「お汁粉を」という方は、誰でも気軽におしゃべりできる、車イスでも行けるそんな場所を望んでおいででした。そこにはやはり、カプチーノやらチャイやらではなく、お汁粉などがあってほしいわけです。

なるほどそうですね。いま、都会でも田舎でも、こ洒落たカフェは増えています。ファショナブルな若夫婦や、上品な中年夫婦が和と洋が混ざってような空間を作り上げ、いい音楽など流して、、、。

と世界はみえるのですが、そんなふうに素敵にすると弾き飛ばされてしまう人がいるのが事実です。普段着じゃ入れない店では私も居心地わるいなあ。お汁粉を出すか出さないかは別として、お汁粉ムードは大事にしたいと思いました。

「各地の逸品をそろえて」も、理想ではあります。いま、あちこちのアンテナショップはありますが、情報量が多すぎてセレクトされていない。

だから、各地といっても全国くまなくなどとは張り切らず、ご縁のあったところのものを、気が向いたときにくらいにしましょうか。自然にセレクトされていくのではと思います。この間はあったのに、今はない、でいいかと思います。

「田舎でやれば家賃が安い」確かにそうで、いま事務所のある新宿区で貸店舗を探すと、ため息の出るような家賃になってしまいます。私が今繋がっている地方では、同じ面積が畑付きで10分の1くらいの賃料で借りられます。

となると心は動くのですが、そういう田舎カフェは既にあるわけで、移住しながらやりたい方、または地元の方のチャレンジにおまかせして、私の場合はあえて東京・新宿でと思っています。

家賃のために働くようになるかもですが、なんといっても人が多い。お客様も、スタッフ側も足を運びやすいというものです。それに、都市部の人にこそ伝えたいことがある、田舎と繋ぎたいと思っているので。

「各地の絵本をおいて」は、なるほどと思いました。ブックカフェは増えていますが、絵本まではなかなか置いていないものです。

昔、図書コーナーのある喫茶をやっていましたが、そこでは手に取るくらいで読まない。貸してほしいといううことになる。その手続きも手間がかかる。絵本ならコーヒー一杯飲む時間にさらっと読める、というわけです。地域に根差した絵本は集めれば確かに面白いでしょう。

「ギャラリーにしてほしい」は、私もそう思います。遥か昔、「自分展」をやりたくて、銀座の画廊に飛び込み交渉したことがありました。もちろん“鼻で笑われ”断られたのですが、その時は私は高校2年生、無謀でしたね。

でも、それ以来、何か自分が世間に表現や発表をするにはスペースや媒体が必要だということを思い続けています。しかも、ネット社会になったからこそ、直に人に訴える場が欲しい。

自分の写真展をする、絵を飾る、手芸でもいいでしょう、立体のものもあるでしょう。肩の凝らないギャラリーで、気軽に使える値段だったらと思うわけです。

「あまり広げない方が」はい。ついあれもこれもしたくなりますが、自分の年齢と財力からいえば、広さも立地も決まってきます。やれることは限られます。

でも、喫茶、酒場、小物屋、ギャラリー、など決まった形にはしたくない。小さくても、切り札は多い、とう風にしたい。

ある日は岩手県の海辺から取り寄せた“寒風干し鮭”でお酒を飲む。ある日は、戦争遺産の写真展とその作品についてのミーティング。ある日は、フレッシュフルーツソースのかき氷を楽しむ。小さくても顔は限りなくに。

「500万円はかかる」いえいえ、かけません。というよりかけられません。○○でなくてはダメ、ではなく、××でもいい、の考え方でお金をかけずに知恵を出して。イスも食器もバラバラでいじゃないと思うわけです。

不動産の手続きに一番お金がかかるでしょう、それ以外にお金はかけたくない。借金もしない。手の届く小さなお金で始めたいと思います。ちゃんとしなければいいのです。

「クラウドファンディングでやれば」はい、そのつもりです。が、出来上がったプランに、お金だけ出してというのはどうも嫌です。どんなことやりたい?とみんなで案を出しながら、いつかそこに繋がるように、ぼちぼちとと納得していただき、小さなお金も出していただくというのが理想ですね。

「一口かませて」は、歓迎。お金より、まずは企画、アイディアなのです。そして発案をただリクエストするのではなくて、「私が身体を運んでそれをやるよ」という案が、なおさら大歓迎。

皆、何かお店的なことをしたいと思っている、でも一人で全部はできない。ならば、部分をやればいい。と思うわけです。小さな企画をパッチワークのように繋いでお店にしていく。そんなふうに思います。

どうぞメールをくださいね。

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スローライフ運動 出雲そば 2017/09/04 1:35 pm

10月28・29日の「スローライフ・フォーラムin出雲の國」の準備で、何度もうかがうたびに出雲そばを食べています。

殻ごと挽いた強く香るそばが、小さな器三段に納まった「割り子そば」は有名。

先日はもう一種「釜揚げそば」も。そば湯と一緒に盛られたそばに、出汁をかけて食べる温かい食べ方はこれからの季節にぴったり。そばにも地域色がある・・・うれしい限りです。
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出雲の國・斐伊川サミット10周年記念のフォーラムです。出雲市・雲南市・奥出雲町・飯南町が対象エリア。斐伊川(ひいかわ)はその昔は氾濫を繰り返し、神話に出てくるヤマタノオロチはこの川のことではないかという説もあるほどです。

以前にも書きましたがこのエリアは、中国地方の製鉄の中心。江戸時代には日本の鉄の7〜8割はここで造られていたとか。

砂鉄の含まれた山を削り、土を川に流し、その間に砂鉄だけを取り出しやり方。多量の土が流された斐伊川はいつしか土地より川底の高い、天井川になったそうです。

砂鉄はこのような「たたら場」に運ばれ、多量の炭の中で溶かされ、鋼になりました。

火力を上げるために、風を送るふいごのことを「たたら」といいます。雲南市菅谷にある高い天井を持つ高殿方式のたたら場では、はるか昔は人が踏んだたたらが、水力に置き換えられ、真ん中の窯に、左右からたくさんの竹の管を通って風が届く仕組みになっていました。

いつしかたたらを使った製鉄を「たたら製鉄」といい、作業やその土地までも「たたら」と呼ぶようになったようです。

たたら製鉄に砂鉄の次に大事なのは炭。たたら場を造るための地下工事にも湿気をとるために炭が敷かれたり、燃やされたり。

そして、ひとたび火がつけば4日間高熱の炎を確保するためにおびただしい量の炭が必要だったとか。たたら製鉄は、周囲の山々の木々をすべて炭にするほどの一大産業だったわけです。

もちろん森を再生しながらの作業なのですが、すぐには森は戻らない。まずは木を伐った後は、焼き畑にしてそばを植えたのだそうです。

ああ、やっとそばの話になりました。つまりは、出雲のそばはたたら製鉄産業の副産物でもあったわけです。

食べる文化はどこから入ったか?松江に信州松本から松平直政が藩主としてやってきたときに、そば打ち職人をそば処信州から連れてきたのだそうです。

それが“楽しむ出雲そば文化”の出発でしょう。外でお弁当代わりにそばを楽しんだので、四角い箱・割り子を何段も重ねて、そこにそばを入れて持って行ったようです。

それが、近代になって、四角い割り子は四隅が洗えず不衛生と、丸型の割り子になったいうお話が。形はどの店も丸とはいえ、木目を活かしたもの、朱塗りのもの、黒いものなどいろいろです。

普通3段ですが、出雲市役所近くのお店でいただいたときは、ほかのお料理も山と食べたので2段でした。

そばの殻ごと粉にするので出雲のおそばは黒い。更科そばとは違う、素朴で力強い表情です。

店主は「新そばが出る前の、今が一番悪い時。しかも今日は極端に暑い、いいそばが打てなくて・・」とおっしゃいます。「食べるほうは素人ですから、お気になさらず」などと言いながらいただくと、やはりさすがそば処、おいしいです。

ワサビは使わず紅葉おろしが出雲流。薬味を載せて、出汁をかけて。いただいた後の残りの出汁は、次の一段にまたかける。というのがお作法。

このおそばと一緒にいただく地酒のおいしいこと。そばには日本酒が合いますね。

実はここのご主人、元は市役所職員。そばが好きで好きでおそば屋さんになってしまった方でした。だから解説やおもてなしのツボも外しません。出雲のためにという姿勢が、満ち溢れています。




「割り子」に感動していると、こういうのもあるともう一つの名物が出てきました。「はいります?」とご主人。「はいります、はいります」と私。

「釜揚げ」と言うそうです。私の知る限りの釜揚げはうどん。茹でられたうどんが、桶の中のお湯にゆらゆらとあり、それをすくって出汁に浸けて食べるものです。

そういう感じかと思ったら、違う。茹でたそばがそば湯ごと器に。そば湯にまどろみながら?出てくる。そば湯ですからなんだかトロリとしている。

ここに薬味をのせて、出汁をかけていただくのです。ツルツルではなく、ズズッ、ズズッ、と重くすする食べ方。スープで食べるスパゲティに近いものがあります。

江戸っ子には嫌う方もあるでしょう。私はもともと、そば湯好きですし、ポタージュなども好き。冬はこれがいいなあ〜。

翌日、訪れた飯南町。頓原(とんばら)というここにも、もちろん知る人ぞ知るそば屋さんがありました。「一福」というお店。生そばも売っていて、持ち帰れるし、送れるし。

昨夜、出雲そばの代表的二つの顔をいただいたので、ここでは海藻・アカモク入りの温かいおそばにしました。頓原漬けという福神漬け風のお漬物が、そばの間のいいアクセントでした。

時間があればそば打ちの様子をゆっくりと拝見していたかったのですが。残念。もしもこのお店が東京にあったなら、もっとおすまししていて値段は倍以上でしょうね。

奥出雲町、こここそがまた幻のそばが作られているというところ。おそば屋さんもたくさんあります。出雲大社前のように観光客がにぎわう土地ならともかく、一見、本当に田舎の小さな町にこれだけのおそば屋さんがあり、栄えていることに驚きました。

地元の方に聞くと、たいてい家には「割り子」の容器はあるとか。でも家では打たないで、最近は皆そば屋さんに食べに来たり、注文したりだそうです。

さっきお昼のおそばを食べてばかりだったのですが、やはりここでも食べたい。ベーシックな割り子を頼みましたが、スルスルっと入ってしまいます。うまい。とにかくうまい。

身体中が出雲のそばで清められたような気持ちで、東京に戻ってきました。この満腹・満足も、出雲のたたら文化といえるのでしょう。

ああ、このブログを書いていて思い出しちゃいました。おそば食べたいな〜〜〜。

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ゆとりある記 新しく見る 2017/08/28 12:17 pm

岡山県新見市へ行ってきました。古い町並みや建物、路地が残るいい街です。

昔の食器、料亭の造りなどを解説していただきながら見学すると、そのデザインや機能、昔の人の遊び心などに驚きます。

今の時代こういうことが必要なのでは?古さの中に新しい暮らし方を発見できた思いでした。

“新見”とは、新しい見方ができるところ、新しさを見出せるところ、ということなのですね。

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新見は江戸・元禄時代につくられた町。今は人口3万人。ピオーネや千屋牛でも知られています。また、石灰の産地でも。

出かける前に送られてきたのは「にいみ世間遺産まち歩き」のマップ。

“世間遺産”?と首をひねりながら見ると、2軒の家に挟まれた小さな倉庫「サンドイッチハウス」とか、屋根の上に植木鉢がずらりと並んだ印鑑屋さんの「空中庭園」、本やラケットのモチーフで作られた「手すり看板」、「手描きのなまこ壁」なんて、とにかくクスッと笑いたくなる身近な遺産が網羅されています。


要は、古いものなどを面白い、いいなあ、という視点で見る土地なのだと理解しました。

昔の中心街・御殿町に行くと、いよいよ景色は昔のまちミュージアム風になります。






なかに入ると、室内に水路が流れている。冷気が通ります。

今、こんな工夫のある家を建てたら、どんなに素敵でしょう。水音と、共に暮らせる。これこそ潤いのある暮らしです。





昭和30年くらいまで料亭だったという「松葉」に案内されました。










わあ、、この路地がたまらない。都会のレストランひしめくファッションビルの入り口には、こんな風情はありません。










入口の飾りガラス。お客様や芸妓さんなど、キラキラ輝きながら迎えてきたのでしょう。

職人さんの丁寧な仕事でどこまでも整えられていて、わが身を技で包まれていく印象です。






足元の曇りガラスに松の柄。粋ですね。

こういうことが分かる、大人たちの世界だったわけです。今どきのおじさん達に、この粋が分かるのでしょうか?ただ酔っぱらて、このガラスを割りそうですね。




使われていた食器。氷の水を切れるようになっている刺身皿。

こんな機能的でいい感じの食器が、ずらりと残っています。








可愛い徳利。こういうのでお酌をし、盃洗を使い、返杯を。ああ、そういうちゃんとした宴会をしてみたい。

「まず、生〜!」と叫び。その後、ギンギンに冷えた焼酎サワー。枝豆の皮を飛ばしながら、大騒ぎ。しかも一皿300円のつまみの店を探して、男女がきっちり割りカンで。

ドライな暮らしもいいですが、我々はもう少ししっとりしなくてはいけませんね。

箸置きも、お猪口もたくさん展示されていて、これらを使って大人の宴をしたくなります。

というか、そういう時間の過ごし方のお稽古をしなくては・・・なのです。

百円均一の食器を使い、量販店の家具に囲まれ、発泡酒を飲み、ゲームをしながらゴロゴロしている。そんな暮らしが、はたして進んだ文化・文明なのでしょうか。


究極はこれ、「携帯燗風呂」。銅製の携帯お燗装置。左に小さな火種を入れて、右にはお酒を。

左右を繋ぐ部分から左側は二重構造になっていて、注ぐときにはお燗ができているという仕組み。

これを持って花見や野遊びに。そして俳句でもひとつ。そして誰かが都都逸などうなりだす。それぞれが芸を持っていて、座を盛り上げる。広げたゴザの上で、卵焼きや蒲鉾など食べながら

今の、やたら真黒に焦げた肉をほおばる屋外のバーベキューなるものと、質が違います。


昔の道具たちは、「あなたたちはこういう豊かさを捨ててしまったでしょう!」という言葉を突き付けます。

「これからも、そんな暮らしをしてていいのですか。みんなが下を向いてスマホばかり見ていて、それで未来は築けるのですか?」と問いかけます。

昔戻りが正解とは言いませんが、そこに発見する知らない文化、ある意味新しいと受け止められる価値観を、私たちは素直に受け止めるべきでしょう




昼食に「タカキビ」のお餅が入ったけんちん汁をいただきました。珍しい赤紫の色、風味ある穏やかな旨みです。

古いけれども新しい、それを発見した新見。このキビ粉でニョッキ風の料理を作りましょうか。

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ちょっとしたこと 靖国神社で 2017/08/21 11:25 am

8月15日、写真を撮りに出かけてみました。雨の中、意外に多くの参拝者たちが整列しています。

目立つのは日の丸・旭日旗を掲げた戦闘服集団、黒スーツで強面の“その筋”風の方々、軍服姿の高齢者など。

一方、「零戦」前は記念写真ポイント、安倍総理の漫画絵ポスターを貼る店や「海軍カレー」を出す食堂は大混雑。靖国土産を山と買う人たちも。

この国は何処へ、と考えました。

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これまでも靖国神社に行ったことはありますが、8月15日は初めてでした。一度、どんな様子なのかのぞきたかったのです。


手水舎に群がるように人だかり。



一度に参拝すると危ない。ロープでいわゆる入場制限がされています。番がくるまでじっと待つ人たち、ロープが下がると、静かに行進して前に進みます。








目立つのはこういう人たち。よく街で、大きな音で軍艦マーチなどを流し、怒鳴っている人たち?のように見えます。そういう車が確かに、神社を取り巻くように止まっています。






「誠」「大和魂」「目覚めよ日本人」「天皇陛下万歳」そんな言葉を背中にプリントして、激しいメッセージの幟を掲げて。

ファッションなのか、思想なのか。家族そろって戦闘服で参加の人たちもいました。





これは相当古いポスターでしょう、でも大事に飾ってある。指さして笑いながら、売店に入る人もいる。

賑わってます。






氷屋さん。涼しいのであまり売れないかな?

戦闘服に金のブレスレットのお父さんが、子どもと氷をつついていました。






展示されている復元された「ゼロ戦」は、人気スポットです。「かっこいい〜」と若者たち。子どもたちにはびっくりの本物なのです。

何組ものカップルや家族ずれが記念写真。ゼロ戦前の「はい、ピース!」。複雑な思いになってしまいます。



いろいろな人が、いろんな立場、考えで訪れる場所、靖国神社。今回一番気になったのは、このお爺さんでした。

参拝の列に並ぶわけでもなく、日の丸集団に注目するわけでもなく、淡々と境内を巡っています。

海軍の人が植えた桜の樹の説明書きを、丁寧に読んでいる。自分の時間を過ごしている。こういう人とゆっくり語り合えば、いろいろな話ができるでしょう。

靖国土産を大さわぎで並んで買っている群れもあれば、こういう人もいる。そして私のような人もいる。

冒頭に「この国は何処へ」と書きましたが、車輪になるのは私たち、翼になるのは私たち、そして何より操縦するのも私たちであることを忘れてはいけません。

神社を出ると、靖国通りには車が連なっています。日の丸を掲げたいわゆる街宣車や、機動隊の車です。

部活帰りのような中学生の集団が、歩道を歩いてきました。「なに今日?」「何かあるの?」「戦争の日だよ」「ああそうか、誰か有名人来ているのかな〜」

そう会話して去っていきました。

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ちょっとしたこと 水鉄砲 2017/08/11 1:18 pm

竹を切り、穴を開ける。細い竹にぼろ布を巻き付け、さらにタコ糸でぐるぐる巻きにする。

この太さが微妙、太ければ竹筒の中に入らない、細ければ水が漏れる。単純だけれども難しい。

いい感じに調整できて、水を入れてヨイショと押すとピューッと水が飛びました〜〜〜!

懐かしく、今や新鮮な水鉄砲作り、夢中になったのは、子どもだけではありませんでした。紀の川市で。
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お馴染みの和歌山県紀の川市、ここの「道の駅青洲の里」の屋外で、紀の川フルーツ・ツーリズムのメンバーが「水鉄砲作り」の催しです。

なぜ、フルーツと竹が関係あるか?の、先ずはお話から。要は果樹園には竹は大敵、どんどん切ってどんどん利用しなくては、ということらしい。

今や水鉄砲などという子どものおもちゃを、作るなんてことなくなりました。さらに、竹を利用してなんてこともです。今日使うのは、真竹、矢竹、孟宗竹。その種類すら見分けられない私たちです。

まずは、真竹の水鉄砲にふさわしい太さのものを、ふさわしい長さに切る。

「水鉄砲作ったことある?」と参加の子どもに聞くと、「ない、買う」との返事。

“ふさわしい”というあたりは、付き添いのお母さんたちもわからないので、主催のおじちゃんたちが指導してくれます。

ノコギリで切る。これもなかなかしたことがない作業。


竹の節に穴を開ける。

節?そう、竹には節がある。それも知ります。

キリ、も知らない。おじちゃんが開けてくれるのをおさえながら、いろいろ知っていきます。

竹の香りがかすかにして、清々しい。



細い矢竹も配られて、これから中に入れるピストン部分を作ります。先端をガムテープで止めて、ぼろ布を巻く。ちょうどよい太さになったら、さらにタコ糸をぎゅっと巻いて止める。

このヨレヨレになった、タオルや手拭のきれっぱし。なんだかとってもなつかしい。昔はどこの家にも大事にこういう布を捨てずにとっといたのですが・・。



ほどけないように巻き付ける、高度な技。私が小さい頃は、こういうことに長けたお兄ちゃんがいたものです。









若いお母さんも初めて仕事ですから、加減が難しい。

布を巻きすぎて、本体に入らなかったり。糸がズルズル解けてきたり。

子どもたちはバッタをつかまえ始めちゃいました。





「できた〜〜〜〜〜!」
親子で作った水鉄砲、けっこううまく飛びます。

まだ扱いが分かりませんから、細い穴から水を吸い込もうとする。「ピストン外して、水を入れた方がいいよ」

コツがわかると、面白い、楽しい。かなり飛びます、すごい勢いです。

ペットボトルの的があったのですが、そんな的は何のその、即当ててしまって、さらに遠くに飛ばす飛ばす。

めちゃくちゃ暑い日だったので、水しぶきにあってもなんのその、すぐ乾く、むしろ涼しい。「今年はこれで、もう海に連れて行かなくていいわ」とお母さん。



さて、孟宗竹は何にする?これまたちょうどいい長さに切って、おわん代わりにします。

長いところをナタで細く割って、これにヤスリをかけて、お箸です。

そう、これで、そうめんも食べたんですよ。





作業の間に参加者どうしが仲良くなって、すっかり大人たちも童心に帰ったのでした。

汗まみれで用意してくださったスタッフの皆さんに感謝。水鉄砲と竹のおわん・箸は、この夏の私の宝物です。

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連絡先

野口 智子 のぐち ともこ
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局
ゆとり研究所

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略歴

<野口智子(のぐちともこ)>
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局長
千葉市生まれ。東京でコピーライター、プランナーを経験。1977年静岡県に移り企画・編集プロダクション設立。
1992年ゆとり研究所を開きコンサルタント業務を開始。
ライフスタイルの提案、「一店逸品運動」による商店街の活性化、時間消費型観光おこし、人材育成などの分野で活動。
2000年からスローライフ運動を開始、2003年スローライフ・ジャパンを設立、現在、事務局長・副理事長。
2006年から活動拠点と自宅を東京へ。現在はスローツーリズムの提案、商品開発、地域観光の育成、都市と田舎の交流、移住・定住プロジェクト、“食”をテーマにしたまちおこし、などに力を入れている。住民参加の独自の楽しいワークショップが得意。
現在、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域再生マネージャー(ふるさと財団)、国土審議会半島振興部会委員。