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ちょっとしたこと 牡蛎焼き 2018/12/28 1:59 pm

あるお宅の、牡蛎焼きにうかがいました。都会の洒落たオイスターパーティーとは別世界です。

ジャガイモ農家、作業小屋で火を起こし、地元の牡蛎を食べ
続ける。コンテナがテーブル・椅子。

参加者はおじいちゃん、パパ、ママ、子ども3人、パパの職場の若い衆等々が加わり17人。

ワイルドですが人間関係があったかい、食物は地元産。日本中がこうなれば未来はある、と思いました。
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雲仙市です。築43年、リフォームを繰り返したジャガイモ農家。67坪の家。車が14台止められるスペースがあるなんて!そもそも東京と比べるとレベルが違います。だから子ども達は走り回り、大声をあげ、客人もキャッチボールなど始めてしまう。すべてがのびやかです。




台所と食堂。この日はおばあちゃんがすこし具合が悪く病院でしたが、いつもはここに7人の家族が大騒ぎでご飯を食べているのでしょう。私を招いてくれた主は、「昔の家みたいに大家族でワイワイ暮らしたい」とおっしゃる。なるほどその通りなのでしょう。





仏様のある座敷。ここからガラスを開けて中学生の長女ちゃんが「じっちゃんの携帯あったよ〜」と外のパパとじっちゃんに叫びます。じっちゃんが探していたのでしょうね。









お邪魔しますとリビングに入ると、ボーイッシュな次女ちゃんが話しかけてきます。「私ね、ミカン大好きで一度に10個食べるの。だから2個にしろって言われた〜。このミカン美味しいですよ、どうぞ」

こちらは「あ、私、初対面なのですが。あ、急に仲良しの仲間にしてもらえたようで・・・」という気分。お客様に対し、もじもじする雰囲気は皆無の少女に、こちらの気持ちが解放されました。



子どもたちが小さい頃のお祭りの時の写真でしょうか。










あれれ?台所ではママさんと長女ちゃんが私のお土産の動物パンにぱくついて、ポーズを取ってくれています。








私の住んでいるアパートの4〜5倍はありそうな納屋?倉庫?スペースに行きました。何に使うんだろう?想像できない農機具、機械がいくつも並んでいます。ロープだけでも何種類もある。これだけのものを使いこなして、じっちゃんは、そして休みの日のパパさんもジャガを作っているのですね。





末っ子の長男くんが何かやっています。さっきは納屋の窓辺の金魚の世話をしていました。今度は植木鉢を洗っているようです。

「その隣の、鉄でできたテーブルみたいのは何?」と私が聞くと「これ?これは〜ばっちゃんの」「ばっちゃんの何?」「う〜ん、これでばっちゃんが魚切ったりね」

要は名前はないようで、次女も長女も「それは?ばっちゃんの」と答えます。昔からばっちゃんが便利に外仕事に使ってきた物なのでしょう。

さあ、牡蛎焼きです。火を起こしましょう。パパから炭の世話を命じられた長男くんは、1人、団扇を両手に踊るように扇ぎ続けています。









台所では、パパの職場の若い衆が、ママの指示を受けながら、材料を刻んだり、ピザ生地を広げたり。このうちではこういうことが当たり前なんですね。子どもたちは「○○兄ちゃん」「○○さん」と親戚のように呼びます。





牡蛎焼きが始まりました。焼き役は長男くんです。17人が次々食べていくのですから忙しい。でも大張り切りです。








「パパ〜焼けたよ」「ばか〜汁こぼすな〜」素手でつまんだりして熱くないのかとこちらは心配するのですが、長男くんのナイフさばきは大したものです。








それにしても巨大な牡蛎です。同じ市内、すぐ近くのまちの海で獲れる、これをキロ単位で箱で買う。豪快です。おおきいのが焼けると「焼けたよ〜」と子どもたちがじっちゃんの座るコンテナに運びます。






雲仙にはこぶのできる「こぶ高菜」という伝統野菜があります。漬物で食べるのが主ですが、新鮮なものは生が美味しい。シャキシャキした歯ごたえがたまりません。牡蛎を包み、肉を包み、なんでもあいます。






ため息の出るようなお肉は、この日参加の農業青年の知り合い酪農家の牛。知人の牛肉を「すごいな〜、さすがだな〜」と眺めていました。









ばっちゃんが明日にでも家に帰れそうで、じっちゃんはホッとしていました。皆もです。だからじっちゃんはビールも飲んじゃってます。

高菜で包んだ肉をほおばる長女の後ろで、ママがピザをじっちゃんに切っています。

長男はひたすら焼いています。次女が「じっちゃん、肉だって」と注文を伝えます。パパはお仲間と話しながら、飲んでいます。





広い納屋のコンテナに座り、庭で火を起こし、地元の新鮮なものをひたすら食べる、大声で笑う。

何かテーマのある集まりでもなく、何かを話し合うでもなく、ただただ「美味しい」「旨い」を連発し、ただただみんなが微笑んでいる。

17人が小川のようにサラサラと動き、ご機嫌にしている時間。

「パパ〜〜〜」「ママ〜〜〜」「じっちゃ〜〜ん」と叫びながら、牡蛎焼きスタッフとして走り回る子どもたちにまみれながら、私は幸せでした。

世界中がこんなだったらいいなあ、と混ぜていただいたことに感謝しました。

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ちょっとしたこと イルミネーション 2018/12/24 1:02 pm

いつ頃から、こんなにあちこちがキラめくようになったのでしょう?商業施設や商店街はもちろん、個人宅も電飾が盛んです。

東日本大震災後は少し自粛されましたが、今や日本中が輝いていますね。

電気の無駄と一括するのは簡単ですが、私的には個人の電飾は肯定派。

庶民がささやかに自己表現し他を意識する機会。誰かを喜ばせたいという気持ちが、地域おこしに繋がればと思うのです。
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これは2012年12月24日の港区六本木・けやき坂です。

前の年は、震災の年でイルミメーションどころではなかった。当時は私は麻布十番に住んでいて、商店街が節電のステッカーだらけだったことを覚えています。

それが1年経つと、このくらいならいいんじゃないか?とLEDのさっぱりした光でイルミネーションが復活していきます。

そして、いまや今日あたりは出かけたくないほどの混雑。明るさと色で疲れるほどのきらびやかなけやき坂でしょう。





その後、私は新宿区四谷に引っ越しました。裏通りはひっそりと静かで、昔からの家や、小さなアパートも多いところです。

事務所から自宅までの15分、歩く間に小さなほんの少しのイルミネーションがあります。

普通の街路灯や車のライトに負ける、かわいい光。この右角の小さなうちの植木に、住んでいる若いママさんと子どもたちで飾ったのでしょう。

ほんの少しの土に、いつも一つ二つ草花の苗を植えているうちです。光った時は、子どもたちが喜んだことでしょう。どんな人が見ていくのか、家の中から覗いているのかもしれません。



やっているのかいないのか?でもやっている八百屋さん。店の前にあるツル植物に電飾です。

電飾という言葉がピタリとくる感じ。

いつもお爺ちゃんがスズメに餌をやっていたり、夏は座って夕涼みをしている。そんな店先にもクリスマスは来たのでしょう。

お爺ちゃんはどこで飾りを買ってきたのでしょうか。飾れば昔からのお得意さんがいつもより長く立ち話をするのでしょう。






裏通りのこじんまりした教会の前です。

駐車場の柿の木が実るときは、「ご自由にお持ちください」とフェンスに2個ずつ柿を入れてぶら下げてくれます。

フェンスにはツルバラが絡んでいます。そこにイルミネーション。

信者さんが何人かで飾るのでしょうか。どんなことをおしゃべりしながら、どんなことを思いながら・・・。

ひと気のない道を、なんとなく暖めてくれているように見えました。






飲み屋さんもちょっぴりイルミネーション。「そういや去年も飾ったのがあったよね〜〜」なんて言いながら、ごそごそ飾りを引っ張り出して、なんとなく植木に絡ませて。

それ以上でも以下でもない、「まあ、暮れだからね」というくらいの力の入れなさ加減がいい。

「どう!すごいでしょ、お金かけたんだよ」というイルミネーションは見ていて疲れますもの。

事務所帰りのブラブラ歩き、こんなイルミメーションが心を温めてくれています。



これは私が仕事でお邪魔する、奈良県十津川村谷瀬の民宿のイルミネーション。(Facebook谷瀬の吊り橋からコピーさせていただきました。)

おそらくこの民宿が電飾したのは初めてでしょう。街路灯さえわずかな山の小さな集落で、この灯りがどれだけむらの人たちを和ませるか。

昼も夜も人の姿がほとんどないむら。これは民宿にお客様が来てほしい、というような宣伝の灯りではなく、純粋に「集落のみんなで楽しもうね」のイルミネーションなのです。

飾った日、土木工事や畑から帰る軽トラのおじちゃんおばちゃんが、「おやまあ〜!!」と喜んだことでしょう。

1人暮らしの老人が、そっと顔を出して、この灯りを遠くから眺めている様子が想像できます。

右下のイルミネーションはお馴染み和歌山県紀の川市。フルーツのまちのゆるキャラ「ぷるぷる娘」をかたどっています。市民の方々の手作りです。(Facebook紀の川ぷるぷるクラブからコピーさせていただきました。)

これもまたスローなイルミメーションですね。お金をどっさりかけたものとは違う、手間とまちへの思いをどっさり込めた灯り。こうしたイルミネーションが、いま貴志川町の平池の周りに飾られています。

エネルギーの無駄遣いとか光害とかいわれますが、それは大規模で商業的なもの。

ちょっぴり飾られるイルミネーションは、楽しみであり、私ここに居るよという発信でもある。許していただきたいものです。

この路地をどんな人が通るのか、歩いてきたらどう見えるのか、そんなことを考えながら飾る時間は、自分と他の人との関係を育てている大事な時間にもなる、そう思っています。


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お仕事 「経木」ふたたび 2018/12/17 1:52 pm

若い方に経木と言ってもポカンとされてしまいます。木を薄く削った包装材。昔はこれで、おにぎり、納豆、和菓子、揚げ物などいろいろ包んでいました。

栃木県那須塩原市の経木屋さんを訪ねると、経木製造の現役は全国的にもはや希少とか。

包装は発泡スチロールやプラスチックに変わり、経木は消える?と思いきや、意外。環境に優しい、と再び注目され忙しくなっているそうです。
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うかがったのは島倉産業蝓3阿砲郎猯舛痢∪崗召積まれています。

那須塩原は赤松が豊富で、最盛期には経木製造工場が40社もあったそうです。それが、今は群馬県・栃木県で4軒。

桧や杉を使うところもありますが、やはり赤松が一番とのことです。


うかがった夕方は、もう作業は終了。50年使う機械が一仕事終えた顔をしていました。

四角いへこみのところに整えた材料の木を入れて、巨大な歯で薄く削る。巨大な自動鰹節削りのような構造です。

突然の見学者に、快く機械を動かしてくださいました。あああ〜〜、動画では撮影したのに。写真で撮っていなかった!!!機械が木を削りだす様子はFacebookの方でご覧ください。


厚さ、0.16〜8という薄さ。紙のようです。それでも削りたての赤松は、驚くほど水分を含んでいて、持って重さを感じるほどしっとりしていました。

これを二階の乾燥室で数日間かけて乾かす。梅雨の時期は大変だそうです。




西日がしっとりと赤松の木目を照らして、なんとも美しい。外国にこんな文化があるでしょうか?

この工程を産業観光などで都会人や、外国のお客様に見せてあげたいものです。これぞ、日本の木の文化なのですから。





紙がまだ普及していなかった頃、大事なお経は薄く削った木に書いた。だから「経木」。なるほど!

これは薄いもの。厚い経木は折箱やマッチ箱などに使われてきました。私の小さい時は、まだまだそんな厚い、薄い経木に囲まれていたように思います。

近所の肉屋さんで揚げ物を買うときは、必ず経木でした。揚げたてのハムフライやコロッケを上手に店員さんが経木でまとめ、同じく経木のひもで縛り、薄い緑色の紙でくるんでくれました。うちに帰ると揚げ物の油を経木が上手に吸ってくれていて、コロッケの形もつぶれていない。経木は優れものでした。

和菓子屋さんでいくつか買うときも経木。納豆は三角に経木で包まれて、その中にたっぷり辛子がつく。毎日、なにかしらに、経木のお世話になっていたものです。

乾いた経木を検品中の女性たちの横には、真っ赤に燃えるストーブが。松材は相当高温で燃えるので、木っ端やハネた経木は冬の暖房に使われます。

木を使うなどと言うと贅沢に思えるかもしれませんが、実は経済的。食品の包装が石油製品になったことで、いまそのゴミの始末でどれだけ私たちは苦労してることか。

破壊された環境を取り戻すために使うお金を考えたら、松林を上手に手入れし、丁寧にすべてを使い、土に戻していくことの方がずっと賢い暮らしでしょう。

いいお寿司屋さんに行くと、材料が経木の上に並べてある。刺身のさくが包まれている。

すき焼き屋さんのお肉なども経木。よけいな水分を吸って、なおかつ乾燥はさせない、木の持つ除菌作用もある。料理人はご存知なんですね。

経木の両端を鍋から出すように敷いて煮魚を作り、煮あがったら経木の両端を持って皿に移すというのも見たことがあります。

蒸しものや揚げ物にも経木の出番。そしてなんといってもおにぎりでしょうね。ラップで包んんだおにぎりは、水滴がついて味気ない。お弁当箱の仕切にも可愛くカットされて活躍です。

どこかの飲み屋さんで、経木に筆文字でメニューを書き、ずらりと貼ってありましたっけ。ハガキにも使われているそうです。

水を吸うのでコースターにも。ちょっとしたプレゼントのカードにも。アイディアでいろいろ使えますね。経木はいまやセンスフルでライフスタイルを表すグッズなのです。

私がいつも東京駅で買う大好きな焼売弁当は、いまだに経木の折箱。その厚手の経木の蓋についたご飯粒を、いただくときの木の香りがいいものです。いまだに経木を使うこの焼売屋さんは偉いと思います。

自然志向の人が増え、環境に優しい暮らしをしたいと思い、経木に入った納豆が少し高くても美味しいと選ぶとき、いまや遅しで経木製造工場がなくなっていた。なので、いまこの工場は本当に忙しいのだそうです。

品薄と言っても質は落とせない。昔から納品していたところの価格は上げられない。フル操業になっているそうです。

家庭用や、おしゃれ〜なんて言って趣味的に使うものは枚数が少なくて多少高くてもいいと思います。

それより、毎日、日本中で食べる納豆が、すべて経木に変わったら!?相当プラゴミが減ると思います。こういう経木はいまのままの値段でどんどん量産してほしい。

納豆を食べて健康を維持している人は、実は地球の健康を害している。そんなことにならないように、私たちは選択していかなくてはならないのです。

経木屋さん、頑張れ。


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お仕事 藍を食べる 2018/12/09 8:08 pm

雲仙市小浜の「アイアカネ工房」、綿と藍を栽培する染織工房です。

長崎から移住した鈴木てるみさんは「衣食住のうち、衣を手放してしまった現代人に、ゼロから『衣』を作れることを知ってほしい」と体験もさせてくれます。

更に、昔は薬草として使われた藍を、食べることに挑戦。「食べる藍」を商品化しました。

藍粉末と塩のふりかけや、青いお茶。これまた不思議な体験です。
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小浜の刈水地区、坂道を上がっていったところ。キウイの棚の向こうに橘湾が見えます。

小浜は夕日の名所、昼間は青い空と青い海。そして夕暮れ時は海も空も赤くなる。いつもこの2色を見ている、そこから鈴木さんは「アイアカネ工房」と名付けたそうです。



工房に入ると、本当に藍色と茜色が出迎えてくれました。











畑には綿と藍が。綿の畑の向こうにあるのが工房です。今はこうして眺められますが、ここを借りることになった時はまるでジャングルのように荒れた状態だったそうです。







「一人でコツコツと、長崎から通って整備してきたんです。もう、ほんと大変でした」と鈴木さん。後ろの竹やぶの向こうが住まい。渡る橋も手製だそうです。








この藍の花の写真は、10月に伺った時の写真です。昔、おままごとのときに使ったアカマンマに似ていますね。









子どもたちや観光客も染めや織りを体験できます。そうして何かが出来上がると、確かに「衣」を作ることに少し近づくのでしょう。

鈴木さんの言葉を噛み締めると、たしかに「食」には皆がこだわっている。即席ものやファストフードもありますが、スローフードや手作り、地域の味などに目覚め始めています。

「住」もしかり。住まいの大量生産のニュータウンやプレハブ時代は終わり、マンションやハウスメーカーの家でも、国内産の木や漆喰を使ったりし始めています。ログハウスを自ら建てる人も多いものです。

鈴木さんのような古民家の再利用なども、新しい「住」への取り組みでしょう。いま彼女は、近くの古民家を買い取りカフェにし始めています。

そう考えると、「衣」のほとんどは企業化されてしまった。少し前までは布を織らないまでも、ミシンが家庭にあって、子ども服など母親が縫ったり、セーターは編んだりしていました。和服も浴衣も当然のように仕立てていました。

それが今や使い捨てです。流行などというものに左右される消費の代表が「衣」の分野でしょう。ボタンつけや、裾上げすら家でやらない。運針などできない人間になってしまった。

綿から糸を紡ぎ、染め、織る。ここのそんな体験で私たちは何かの目覚めを得なくてはなりませんね。


ところで興味津々の「食べる藍」です。藍は毒消しになると、江戸時代などは長旅には持ち歩いたとか。藍職人は病気にならないといわれ、藍の抗酸化作用は今、科学的にも証明されているそうです。

鈴木さんの藍は、無農薬栽培。お茶で飲むのに、粉にして食べるのに安心。作り始めたところ、今まであまり知られていなかったハーブティーとして評判だそうです。





良質の塩と混ぜたふりかけやお茶も。藍だけのお茶は、入れればほうじ茶のような色ですが、青い色を求める人も多く、青いお茶も作りました。

それがこれ。

ティーバックにお湯を注ぐと、あお〜〜〜〜〜〜!青い色は同じく無農薬で作った蝶豆の花からの色です。そっと飲むとわずかに甘さがある。色とは違う、穏やかな味。

このお茶をベースに、カクテルなど作ったり、チューハイにしたら夏に綺麗だろうな〜。なんて、不健康に考える私でした。

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お仕事 ワインライフその2 2018/12/02 8:50 pm

北海道池田町でブドウ栽培を始めた方の話を、少し前に書きました。

そういうズバリ「ワインライフ」ではなく、ワインの世界を“自然とともに”“ゆっくりと”“健やかに”“人が繋がって”などと解釈し、まちづくりのテーマとして掲げられないかと思います。

ワインを造る、飲むだけでないワインライフを住民パワーで楽しく創れないか?考えるとワクワクしてきました。
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これまでに2回ブログを書いている、「ワイン城」のある池田町です。



「ワイン城の宝」
http://noguchi-tomoko.com/modules/yutoriaruki/details.php?blog_id=468&date=201806
「ワインライフ」
http://noguchi-tomoko.com/modules/yutoriaruki/details.php?blog_id=488



10月にうかがったときは収穫時期の美しいブドウをいただき、私の事務所テーブルに飾ったものです。











それが今や美しいピンクの濁りワインとなり、今の時期だけの旬の味として迎えてくれました。

お酒とジュースの間くらい、初々しい味で私も少女になったような気分です。







ブドウ畑は冬支度が終わり、ブドウの樹は横になり、土の布団をふんわりかけられています。








立ち寄ったカフェ。マグカップでたっぷりコーヒーが出てくつろげます。東京、札幌と暮らし、再び池田町に戻った女性が開いたお店。

ケーキにブドウ果汁やワインは使われているのかしら?気になりました。

この店で輸入品の素敵なかごを発見。ワインボトルなど入れたらいいなあと思える横長です。


先回は、畑で剪定されたブドウのツルが気になりいただいてきて飛行機で運び、活けたのですが。

このツルでかごなど編めないか?

こんなカフェで、ワインブドウのツル編みワークショップなんてしてくれれば、いい時間が過ごせます。



これは山ブドウで編んだかご。写真は栃木県で撮ったものですが、ご覧のように高価です。

山ブドウのかごは、いわゆる自然系の女性たちの憧れ。丈夫で、使うほどに飴色に変わっていくことが楽しめます。

池田のブドウは山ブドウ系、ここまで精緻でなくても“なんちゃって山ブドウかご”作りたいなあ〜。

街を歩きはじめたら、倉庫の天井にウメモドキの枝をたくさん吊るしているお宅がありました。

かごまですぐ作らなくても、こうしたツルものと、ブドウのツルを合わせて、リース作りならすぐできますね。





それにしてもメインの通りがガラガラ、空き店舗だらけ。これは全国どこでもです。でも、空いているというのは、可能性空間があるということ!

期間を決めて、この通りに住民の方がかご編みやリースや、ワインケーキやワイン料理などのお教室を開いたりできますね。ワイン片手にワークショップ巡りだって楽しいです。

お菓子屋さんでワインのジュレ発見。

ここでジュレ作り教室をしてほしい。ワインジュレを肉料理や魚にかけてキラキラ飾ったり、サラダに利用する、そんな活用法も知りたいですね。





コンビニをのぞいたらズラリと地元十勝ワインのラインナップが並びます。

これはエライ!

ここで教室までが無理なら、読ませるポップを徹底して、ワインコンビニを名乗ることだってできます。









使っていない酒屋さん?飲み屋さん?

ワイン、ブランデーづくりの壁画なんてなかなか他にありません。お立ち台など作れば、インスタ映えする写真が撮れるはずです。ミニパークとしても素敵な雰囲気になりますね。




駅前のレストラン。さすが池田牛の地、上手に焼いてくれて1000円以下のランチです。この焼き方を知りたい。

ワインを使ったステーキの焼き方、ワイン煮込みの作り方など、レシピをちょっと教えて〜〜。

持ち帰りワインレシピ手作りチラシ、どうでしょう?。


なんと、池田町はカーリングを日本に最初に持ち込んだ町とか。屋外カーリング場があります。

きちんとした試合は無理かもしれませんが、一度くらいカーリングらしいことをしてみたい人は多いはず。

ホットワインを飲みながらなんていかがでしょう。もぐもぐタイムではなく、飲み飲みタイムで。


街なかに空き店舗を利用したボルダリング場がありました。地域おこし協力隊の方がやっています。

都会よりずっと安くてゆっくりできる。汗をかいた後のワインでみんなが友達になれますね。






「生きがい焼き」という高齢者向けの陶芸施設もあります。バスで通えるなら、ここにワインカフェも開けば、陶芸だけでなくポリフェノールで元気になれる。

若いママさん達も、観光客も陶芸がしたいはずです。誰でもできるようになれば、池田の高齢者に教えていただける。



そしてワインライフアイディア今回の最後はこれ、黒曜石です。

ある酒屋さんのウインドウにズラリ!大昔火山の爆発によってできた独特の黒い石は「十勝石」とも呼ばれ、十勝川流域で見つかるそうです。

ごつごつした普通の石ですが、磨くとピカピカになる。ここでは飾りものとして売られていましたが、これこそ磨くのを教わりながら池田記念として持ち帰りたいもの。磨く間は、大自然の歴史に思いをはせる時間になります。

調べればパワーストーンの代表選手、「鬱」の気持ちを「ポジティブ」にしてくれるのだそうです。

小さなものをアクセサリーにしたいですね。おはじきくらいの小さいピカピカの数粒をいくつかワイングラスに入れて、ロゼワインなど注いだらきっときれいでしょう。

揺らせばきれいな音もするはず、そして運気を開くパワーワインができあがります。

こうした私の思いつきなど些細ことですが、町民の方々が何か少しずつでも、ワインライフを実行し、人におすそ分けする仕組みを作ったら、池田町はこれからワインをテーマにしたスローライフの聖地になっていくはずです。

夜、少しずつのワインを注いだプラコップを持ち、JR池田駅で乾杯しながら、こういうワインの輪は強靭だと思ったのでした。

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お仕事 「むらフェス」やろう! 2018/11/24 2:38 pm

那須塩原市、金沢・宇都野地区。廃校を利用で何かやろうという動きが起きています。「あつまっぺクラブ」という集まり。

ワークショップで、まずは地域の学園祭のような「むらフェス」をやる案がまとまりました。

高齢者・高校生・子どもで田舎カフェをやろう。フリーマーケットや写真展、竹細工も。

お金はないが知恵をだして、廃校がワクワクする希望の校舎に変わりつつあります。
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10月下旬にうかがったときは、山が紅葉し、どこを見てもカメラを向けたくなる世界。遠くに出かけなくとも紅葉を愛でることができてこの地のことがうらやましくなったものです。



この「あつまっぺクラブ」という名の活動が始まったことは以前に書きました。
http://noguchi-tomoko.com/modules/yutoriaruki/details.php?blog_id=482&date=201809


道の駅では名産の高原大根が飛ぶように売れていました。大根おろしに最高のブランド品、煮物はもちろん、太い棒状のものをさっと天ぷらにしても美味しいのだそうです。







地元方のお宅でお夕飯、ササッと蕎麦を打ってくださいました。天然の舞茸、香茸の天ぷら付き。これまたうらやましい日常です。









そしてワークショップ、やりたいことをどんどん出して、「すぐやること」「少し先にやること」「いつかやること」に分け、その中でまた人気投票をしていきます。








2チームに分かれていたのですが、「すぐやること」は爐爐蕕諒顕什廖Δ爐薀侫Д広瓩函▲團織蠧韻鍵討任靴拭









11月25日第4回目のワークショップです。紅葉は最後の名残りが未だ美しく、観光客のにぎわいも。










リンゴ農家さんが収穫体験をさせてくださいました。「フジってリンゴはね、ツルツルよりもメロンみたいにゴツゴツしたのが美味いの。お尻が黄色でね。そして手で触ってみて少しネトネトしてるのが蜜が出てる。選び方、覚えてってよ」と教えてくれます。





柚子がどこのうちにも実っています、柚子狩り園まである。今回も地元のお宅でご飯をいただくと柚子をたっぷり使った白和えが出ました。

さてこの日は活動の、ルールとスケジュールを決めます。やることばかりがどんどん決まり、みんなの物差しが揃っていないことが多いもの。

みんなで言葉を出し合って整理。「みんなで楽しく参加する」「無理をせず役割分担」「地元にこだわって」「お金を算段して」と、いいルールが4つ決まりました。


さらに、すぐやりたい「むらフェス」の中身を現実的に詰めます。これもだんだんと落ち着きました。

しばらく使っていなかった校舎です。ここで「のっぺ汁」を作れるのか食べられるのか?

地元で「ぼうじぼ」と呼ぶ、子どもたちの行事に使う藁の棒も、作る体験ができないか?
竹馬作り教室はどうか?

公民館の古いアルバムをめくっていくと「あ、私だ!」の声。こんな写真も飾りたい。

手作り品も売ろう。この付近の自然を撮った写真展も。高校生が子どもに教えるスイーツ作りも。不用品を頂いて売りさばき活動費を作ろう。

などなど、どんどん広がるので、先ほどのルールの「無理をしない」「役割分担して」でを活かし、プランを整理し、凝縮させていきます。





結局「おらが自慢の作品展&フリマ」と「高校生と地元でやる田舎カフェ」の大きな2本柱に、「昔遊び作り体験」も。と決まりました。

しかも1月の後半、26日(土)にやっちゃいます。スケジュールを考えたら、もう圧倒的に時間がない!

さ、みんなどうする?まずはどれをやるか、挙手。どうやら自主的に集まって、それぞれ動きを始めるようです。いよいよ面白くなってきましたね。


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ゆとりある記 紀の川市と雲仙市 2018/11/19 12:07 pm

私が仕事をしている、両市の方々が仲良くなっています。スローライフ・フォーラムで同室になったのが始まり。

その後、紀の川市から2回雲仙へ。そして今回は雲仙市から紀の川市へ。

オフィシャルでなく、自費で動くこの人たちは凄い!とつくづく思います。原動力は「わがまちを良くしたい」という一念。

普通の視察以上の濃い交流、そんな素敵なシーンに同席できて嬉しい限りです。
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雲仙市のMさんは、私どもNPOスローライフ・ジャパンの13日回目の「スローライフ・フォーラム」2009年8月 鳥取県因幡地区での「スローライフ・フォーラムin鳥取」に参加されました。「智頭町での分科会が忘れられない」と今も語ります。

その後、20回目の2014年9月 群馬県南牧村での「フォーラム」にもやってきました。その時は、市職員になったばかりのKさんも一緒でした。そして「このフォーラムを雲仙でやってください」と、増田寛也さん(スローライフ学会会長)に直接交渉した姿を今でも私は覚えています。

そして、遂に2015年11月、Mさんが中心になり、Kさんが司会をしてくれて、「雲仙市市制施行10周年記念事業」として「スローライフ・フォーラム」が開催されました。450人もの方が参加してくださいました。

自分の地域でフォーラム開催後も、Mさん・Kさんはうちのフォーラムに現れてくださいます。2016年11月長野県飯山市での「スローライフ・フォーラムin飯山」、2017年10月島根県出雲市での「スローライフ・フォーラムin出雲の國」。この22回・23回のフォーラムで、Mさんは和歌山県紀の川市のNさんと同室になり、意気投合します。

飯山での夜、浴衣姿の各地の男女が車座になって話し合った時そこにお2人はいました。その後、紀の川市のNさんが雲仙市を訪ねます。MさんとKさんはとことん雲仙市を案内したそうです。

そして、この秋です。紀の川市のNさんの上司Jさんが、雲仙市に「ドラム缶ピザ窯」を造りにやってきてくれました。部下のTさん、Nさんを従えて。

雲仙市では、職員のM2さん、Tさんはじめ、市民の方がたがワークショップイベントとして彼らを受け入れました。子どもを含む50人以上の人が楽しみました。

もちろん、この日もMさん、Kさんは居ました。

Jさん部隊の活躍は話題となり、紀の川市と雲仙市の交流が始まったと新聞記事にもなりました。その時のことの私のブログがこれです。
「ピザ窯造り交流」
http://noguchi-tomoko.com/modules/yutoriaruki/details.php?blog_id=484


さあ、そして今回は雲仙からMさん、Kさん、M2さん、Mさんの娘さんがやってきました。まずは紀の川市役所で紀の川市のNさん、雲仙市のMさんの久しぶりの対面です。


紀の川市に初めての方が来るとき、Jさんは「パラグライダーに乗せちゃろう」といたずらを仕込みます。実は私もその洗礼を受け、その後、紀の川市のとりこになって行ったのでした。

今回、雲仙を代表?して飛ぶことになったのはKさんです。

飛び立つ丘の上でみんながはしゃぎます。なんだかお祭りみたい。これから屋台がでるような、ワクワク感!





Kさんを前の椅子に抱えて飛んでくれるのは、6年前にJさんの計らいで、私を飛ばせてくれたインストラクターさん。

紀の川市と雲仙市がひとつになって飛び立つようで、下の方で眺めている私はなんだかウルウルしていました。雨のはずだったお天気が、なんと青空も少し見えてきて・・・。









ふわりふわりと優雅に飛ぶパラグライダーは、紀の川市と雲仙市を乗せて何だかとっても楽しそう。こんな日が来るなんて、両方に関わる私には不思議な思いでした。







Jさん、Nさんは2日間に渡って雲仙チームを紀の川市ご案内でした。世界初、麻酔をして外科手術を成し遂げた華岡青洲ゆかりの場所。

ここはかつて全国から医学を学びに、延べ2000人以上の人がやって来たそうです。昔の人は実にダイナミックに動いていた、学ぶためならどんな遠くからも来ていた。

学人の中に、現在の長崎県から何人どこの国から来ていたのか、雲仙チームは緻密なチェックです。ただの観光とは視点が違いますね。

青洲は地域のために土木工事もしていました。ため池の多い紀の川市、用水について水のとり方について質問と説明が続きます。


西国33番札所の3番「粉河寺」のある紀の川市粉河。ここの「力寿し」で食事。

フルーツのまち紀の川市の名物「フルーツ寿司」が生まれていった物語をご主人からうかがいます。このお寿司はJさんやNさんが38回続けたワークショップのなかから生まれ、育ったものでした。

紀の川市のJさんが、最初の試作を食べた時の話を披露します。雲仙市のMさんが「アイディアを即、翌日作るということが凄いな」と感心します。


そこに、紀の川市のTさんが「今度12月に雲仙に行く予定」と披露。すかさずMさんが「うちで牡蛎焼くから来い」とハグハグ。

結局、私もお邪魔する運びになりました。きっと地元の方々も何人か集まることになるでしょう。

行政主導の都市交流とか姉妹都市とかはあります。でもそれは、なんだか白々しく仰々しくなります。

必然性なく出会った人たちが、「まちづくり」というエネルギーで繋がり、惹かれていく。こういうこの指とまれの、ネットワークがこれからは強いと思います。お互いに刺激して、一番学べるはず。

私などは、何処も仕事でうかがうので、交通費も日当もいただいての訪問です。でもここでまるで親戚のようにニコニコして群れているいる人たちは、自分の意志でお金で動き、身体を運んでいる。アッパレです!

だから、案内や説明のツボが分かっている、見方、聞き方、学び方のツボがはっきりしている。濃い視察が行われるわけです。

こんな清々しい人たちに混ぜてもらえる幸せを、私は感じていました。

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お仕事 山っ子クラブ 2018/11/12 3:33 pm

奈良県十津川村で、新しい動きが始まりました。子どもたちを、もっと自然のなかで育てようという取り組みです。

周りは全部緑の村ですが、急峻な山は杉、わずかな平地には住宅、子どもがよりつける斜面や森が無いのです。おまけに移動は車。

豊かな自然を身近な自然にするには、知恵や技術が必要なわけです。

まずは村内で子連れで行ける場を洗い出そう、そんな集まりができました。
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広い面積を誇る村ですが、そのほとんどは険しい山。平地はほとんどありません。熊野古道を歩くハイカーにはいいかもしれませんが、ここで暮らすには覚悟がいります。







山に入ればいまや珍しいナツメの実なども見つかりますが、こういう幸に出会えるのは、山を良く知っている高齢者。

若い人にはどこにどんな木があるかわからない、それにこれが食べられるなんてことも知りません。





山に生まれ山で暮らしているからといって、都会と同じようにテレビは見る、ゲームをする、そのうち川で泳ぐなんてこともしなくなる。塾通いが始まる。親も子も、スマホ生活。

何時しか山はあれども、遠い存在になったのです。






杉ばかりが植わった急斜面が川に迫っている地形、とにかく平地がありません。家を建てるのが精いっぱい。田んぼや畑も小さいし斜面になる。

だから山の中の保育園には庭がわずかしかない。サツマイモなどは、土の無い都会と同じビニール袋栽培になります。


いくつかの保育園が一緒に村の「21世紀の森」に行きました。ドングリを拾ったり、松ぼっくりを集めたり。

ここが車で1時間の距離ではなく、保育園や住まいのすぐそこにあればいいのに。楽しい森は標高の高い、くねくね道の先になります。

そう毎日は行けないのです。








水は美味しいし、空気は澄んでいるし、村に移り住んでアトピーが良くなったとか、ぜんそくが治ったなんて話を聞きます。温泉はかけ流しでどんどん湧いています。

平地がない、身近に公園がない、子どもが遊べる森がない、山に入れない、店がない、とないないばかり言っていないで、いいこと探しをしましょう。

住むと決めたのだから、住めば都なのだから。いえいえ、なんてったて、住んでいる人があったか、情が濃いのです。子どもたちには、都会よりもこの村の暮らしを、環境を与えてあげたい。

そう思う大人が、だんだん増えている時代です。


先日の土曜日、「高森のいえ」の広場に十津川材を使った遊具が運ばれました。

「高森のいえ」は高齢者が暮らす場所、皆が集えるような構造になっています。ここに行くのも車で走らなくてはならないのですが、訪れてみるとお年寄りだけでなく子どもにとってもいいところでした。

しかも、今日は滑り台もあります!

集会室の会議机に、そこら辺の草が飾られました。花は花屋で買うしかない東京などとは違う豊かさです。

トウモロコシは「十津川ナンバ」と呼ばれる、在来種。その粉を使った、マフィンがこの日のおやつです。





お母さんやお父さんが、話し合いに集まりました。もっと自然を活用した子育てができないものか?と。

いろいろな意見が出ます。「昔は椎の実を生で食べた。今もあるはず」「川で泳いだ。一度うまったけれど、また川底を掘れば遊べるはず」「泥遊びをさせたい」「広い広い村なんだ、ってことが分かる景色を見せてあげたい」「山の花をおばあちゃんと採ってきて活けるだけでも、自然とのふれあいになる」「アマゴつかみをできるところがある」「地域の人が整備した小さな広場がある」「子連れで降りられる河原がある」

話しているうちに、「ない」が「ある」に変わってきました。

地元のおばあちゃんが作った「釜炒り茶」が美味しい。マフィンにあう。「こういうお茶の作り方も知りたい」「紫蘇茶、おいしい。これも作れそう」「自分が何も知らないので、もっと山の暮らしを知って子どもにも伝えたい」「サンマ寿司も作ったみたい」「めはり寿司も作りたい」

要は、山の暮らしの豊かさを探し、身につけ、子どもにもさせたい、ということで盛り上がります。


ここで緊急動議!

なんとなく私を始め事務局サイドはこの動きを「森っ子プロジェクト」なんて、呼んでいたのですが、、、、。

「この村に森はないんです。山なんです。だから“山っ子”にしましょう」集まっていたみんなが「そうだそうだ、森じゃなくて山だ」ということになり、私も、そうだそうだね、と「森」を撤回したのです。

「山っ子プロジェクト」の「山っ子クラブ」です。これから何をしましょうか?

まずはみんなの山っ子情報を集めたマップを作ろう。ワイワイ何かを食べよう。皆でキャンプしよう。河原で遊ぼう。やりたいことが沸き上がってきました。

1年後くらいには、「ザクロ採って来たよ〜」なんて山っ子たちが現れ、都会から家族が山っ子になりに村を訪ね、“山っ子ブランド”の木製品などを買って帰る。そんなふうに、なるかな?したいな〜!

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ゆとりある記 おきりこみ 2018/11/04 5:17 pm

久しぶりに、群馬県富岡市を訪れました。市役所庁舎や商工会議所が新しくなっていました。富岡製糸場のイメージに合った、おしゃれなデザインです。

こういう歴史のある街に来たら、古くからの郷土料理を味わいたい。「おきりこみ」をいただきました。

小麦産地ならではの手打ち幅広生麺と、野菜の煮込みです。どんなにハードが新しくなっても、この味はきっと変わらないでしょう。

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会議の予定に私の予定が合わないまま、ずっと欠席で、2年ぶりくらいに富岡市の会議に出ました。

その簡に、あら〜〜〜新庁舎が。

隈研吾さんらしい、木をたくさん使った建物。富岡製糸場のレンガ造りの横にあってもぴたりとするようなデザイン。なんといっても建物前の芝生が心をのびやかにしてくれます。



製糸場で働いていた工女をモチーフにしたゆるキャラ「お富ちゃん」も石像で!









昔は製糸で栄えた土地です。まちのあちこちに当時をしのばせる立派な蔵などがありますが、それを活かしたというこの建物。

富岡市商工会議所です。江戸時代の老舗へ入っていく感じ。












内部もなかなか素敵。こんなテーブルを使って、まちづくりのワークショップなどやれば、良いアイディアが出そうです。








さてそんな新しい建物とは対照的な昔からの商店街、そこの「おきりこみ」の幟の店に入りました。

もともとはお寿司屋さんだそうです。

「おっきりこみ」なのか「おきりこみ」なのか、いつもこの「っ」についてが話題になりますが、どうも正解はないようです。

群馬県は小麦の産地、その小麦で幅広の麺をうち、季節の野菜と煮込んだのが「おきりこみ」。

打ち粉と一緒に煮込むので、汁がとろりとする。味噌味か醤油味かはその店か、家の好み。

少し秋も深まった富岡に来たのだから、熱々の「おきりこみ」をなんとしても食べたい!と駄々をこね、友達と一緒にこの日やっているお店に連れてきていただいたのでした。



座敷にドーンとあるのは、「おきりこみ」のストックです。一度煮たものを、食べるときに煮直して食べる、これを「たてっかえし」というそうです。できたてよりも味が染みている。

ここのおかみさんは、前日に粉をまとめておいて、朝、麺棒で伸ばし切る。煮干しの出しをとり、この大鍋で煮るのだそうです。

「手打ちを出しているのはうちくらいだよ」と自信ありげ。小さい頃から打って来たから、何十年かの大ベテランだそうです。


1人ずつの鉄鍋に、「たてっかえし」をいれ、熱々にして「鍋に触っちゃダメ、やけどするよ」と出してくれました。

これに一味唐辛子をかけて食べるのですから、温まりますね。

多少塩辛いものの、これが上州空っ風の地の味でしょう。




おかみさんが話します。

「いま40歳になる息子が小さい時に、おきりこみを出したらこんなもん食えるか、といったことがあって。頭にきて、車にのせて河原に置いてきた(笑)。そんなことがあったねえ」

郷土の味というのはその家々の、いろいろな思い出も染み込んでいるものなんですね。

石臼が普及した江戸時代中頃から、この料理があるそうです。米の貴重な時代、おなか一杯になる粉食は嬉しかったでしょう。

また、上州はかかあ天下の地で、女性が強くたくましく働いていた中で、短時間で作れるものでもあったようです。

街はいろいろ変わっても、こうした食文化や味の記憶は何かしら残り、受け継がれていくことを願うばかりです。

帰り道、もとは繭の倉庫だったという建物が地場産品の店になっていました。

早速、お土産に「おきりこみ」を買いました。おかみさんのように芋がらなどは入れられませんが、それらしきものを作ってみましょう。




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ゆとりある記 オリーブオイル搾り 2018/10/29 2:27 pm

オリーブの実を摘み取り、洗い、選別し、搾るという一連の作業を、雲仙市で体験しました。

枝からぶら下がり光る、揺れる、イヤリングのような実をとるのは楽しい作業です。おしゃべりしながら集めた実は緑色やワイン色、宝石のよう。

これを機械にかけるとやがてタラりタラり。100キロの実で、5キロのオイルがとれるそうです。強烈なバージンオイルの味は衝撃でした。
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オリーブです。

ね、まるでアクセサリーのようにきれいですよね。

このまま摘み取らないで枝ごと活けたら、素敵なカフェやブティックにぴったり。







今回お誘いくださった、稲田信忠さん。本業はイナダ創研という、生産省力化機械製作の会社の経営者。

図面を引かずに相談を解決する機械を作ってしまう、“発明王”の名を持つ人です。

この厳つい感じ(失礼!)の人が、オリーブ栽培に目覚め、お茶や化粧品まで手掛けようとしておいでなのだから面白い!

耕作放棄地にオリーブを植える運動を起こし、ナチュラルファーミングという会社も起業されました。

オリーブの収穫なんてめったにない体験。私だけではもったいないので、お知り合いに声をかけました。

人間は収穫欲求があるのでしょうか、どんどん採り始めます。

「これをこのまま口に入れて、食べられればうれしいわね〜」




「野口さんでも採れるところを残しておきましたよ」と稲田さんが気づかってくださって、私たちが収穫したのは道路に近いところ。

もちろん無肥料・無農薬です。

「脚立に乗るの何年ぶりだろう?楽しい〜〜〜!」



「簡単に採れるのね〜、葉っぱもきれい」

「実をかじるとビックリする味よ。でもその実を手にこすりつけると、油がスッと肌に入ってくの」

「へえ〜。顔に塗ろうかな〜」

作業をしながらの、こんな会話がのどかで楽しいのです。


首から下げていた袋からポロポロとオリーブを空けると、なんだか気分は地中海。

これだけで体験観光メニューになりますね。







たっぷりの水で洗い、浮いた実ははねて、さらに柄や、しぼんでいる実、カメムシが刺した後のある実、大きな傷のあるものなどをひとつずつチェックして避けていきます。

少々面倒ではありますが、これをやった後の手はすべすべになるというごほうびが。




機械に投入。

イタリア製の搾油機です。稲田さんがこれを作ってしまうのも時間の問題でしょう。








さあ、オリーブの実が砕かれ潰され始めました。

一気に周囲が青青しいような、少しツンとするような、独特の匂いで満ちてきます。







機械にお任せの間に、工場横で即席オリーブパーティー。

以前に搾ったオイルと岩塩を、特産のジャガイモを練り込んだパンにつけてパクリ。

オリーブの塩漬けの入った、コロッケをパクリ。

「これはワインを飲まなくちゃね〜」と何度もいうのは私。

家庭用のこの塩漬けはいわゆる浅漬け、塩分が少しでパクパク食べられました。


稲田さんのところでは実やオイルに限らず、葉にも注目。オリーブの葉のリーフティーとパウダーティーを作っています。

強い苦みがあるのですが、それを解決する発明が上手くいったとのこと。これから本格的に商品化されるそうです。

パウダー茶は、先日、地元の洋菓子屋さんが、新作のお菓子に既に使われました。抹茶ブームの後は、オリーブ粉茶のブームが来るのかもしれません。

オリーブの樹の盆栽もあるのだとか、これには驚きました。


そうこうしているうちに、タラりタラりと、そのうちチョロチョロと、オイルが出てきました。

小さなプラ容器でほんの少し飲んでみます。








「おいしい〜〜〜〜」という声は上がりません。

何でもおいしがる私の、この複雑な顔。

辛い、えぐい、酸っぱい、青青しい。人を寄せ付けないパンチのある味です。でも、これこそがポリフェノールの味。バージンオイルなのでした。

雲仙は小豆島などのオリーブ栽培に比べたら、まだまだ始まったばかりで産地ともいえない段階です。

でも確実に国産オリーブの需要はある。この数年でどこの家でも当たり前に、オリーブオイルを使うようになっているのですから。

そしてさらには、「少し高くてもいいから、無農薬の国内産のオイルを使いたい」と思っている人は、今や少なからずいます。

その人たちに向けて、オリーブを植える、植える。畑を荒らしているよりはいい。

そして実だけでなく、栄養や薬効もある葉も加工して摂取できるようにする。いずれ機械も日本で作る。

和オリーブの世界はこれからなのです。

雲仙は観光地です。温泉国際観光地ならではのオリーブの発展があるでしょう。

旅館やホテルで、雲仙オリーブオイルを使ったお料理を楽しめます。和食としてのオリーブオイルの活用が期待できます。

温泉蒸しした和野菜に、地元のオリーブオイルなんて、贅沢ですね。お刺身にお醤油とオリーブオイルも合います。

この地ならではのカタクチイワシの塩辛とオリーブオイルは相性抜群です。

温泉療法の後に、オリーブオイルでお肌のお手入れもできるでしょう。

今回のオリーブ体験がプログラム化すれば、自分で収穫し搾ったオイルをおみやげにもできます。


いろいろな実りの妄想がキラキラと広がる、雲仙オリーブに期待しましょう。


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略歴

<野口智子(のぐちともこ)>
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局長
千葉市生まれ。東京でコピーライター、プランナーを経験。1977年静岡県に移り企画・編集プロダクション設立。
1992年ゆとり研究所を開きコンサルタント業務を開始。
ライフスタイルの提案、「一店逸品運動」による商店街の活性化、時間消費型観光おこし、人材育成などの分野で活動。
2000年からスローライフ運動を開始、2003年スローライフ・ジャパンを設立、現在、事務局長・副理事長。
2006年から活動拠点と自宅を東京へ。現在はスローツーリズムの提案、商品開発、地域観光の育成、都市と田舎の交流、移住・定住プロジェクト、“食”をテーマにしたまちおこし、などに力を入れている。住民参加の独自の楽しいワークショップが得意。
現在、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域再生マネージャー(ふるさと財団)、国土審議会半島振興部会委員。