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ゆとりある記 「大しめなわ創作館」 2017/05/29 2:30 pm

島根県飯南町(いいなん)でここを見学しました。長さ13.5メートル、重さ4.5トン、出雲大社の大しめ縄もここで造られているそうです。

全国の神社からはもちろん、海外からの注文も。ドバイのお金持ちからは、私邸の日本庭園東屋用に大社サイズのオーダーがあったそうです。

もくもくと藁作業に取り組む土地の高齢者の技術が世界に羽ばたく。しめ縄パワーを感じました。
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飯南町は島根県出雲から南へ下った、広島県の境にあります。山深いところ、冬には豪雪に見舞われ、スキー場もあります。

それだけに、出雲市内から車で進むと、空気は澄んで、神々しいほどに美しい山の景色となりました。

ここに、「大しめなわ創作館」ができたのは、平成26年のこと。今や町の重要な観光ポイントでもあります。





昨年出雲大社の大しめ縄は眺めたものですが(写真)、そうですか!あのしめ縄はここで造られていたのですね。

出雲大社のしめ縄は、数年おきにかけ替えられる。昔は観光客が、お金を挟み込むいたずらが多かったそうです。いまはそれは少なくなったものの、風で飛ばされた砂が相当入り込む、また、鳥たちが巣を作る材用として藁を抜いていくなど、で長持ちはしないようです。



館内で説明を受けました。大しめ縄には、「赤穂餅」というもち米のわらが使われるそうで、普通のわらに比べると、異様に背が高い。155センチの私の背丈ほどある。

この稲は実を付ければ名の通り赤いのですが、穂をつける前に刈り取り、青い色が残るようにすぐ乾燥させるのだそうです。

このしめ縄用の米を撒くところから始めるので、しめ縄はそうそうすぐにはできません。出雲大社の大しめ縄には1.5ヘクタールの田んぼの稲わらが必要だそうです。



これをまっすぐなものだけに整えて、まずはすのこのように編む。それをいくつも繋げていって、大きなものにする。中に普通のわらを芯としてして入れて巻き込む。その長いものを2本造り、人力でよじる。

書けば簡単ですが、造るのには容易でない。何人の手が、何日かけて造ることやら。そのよるときなどは、写真を見る限り40人くらいの人が背丈ほどの太さの縄と格闘しています。



たかが縄なれど、これは神の世界と我々俗世界を分ける結界。その起源は1300年以上も昔にさかのぼるそうです。

神話の世界では、天照大神が天岩戸から出た際に、二度と天岩戸に隠れないようにと、しめ縄で戸を塞いだのが起源といわれているとか。



しめ縄から下がる房のようなのは「〆の子」、しめ縄が雲とすると、これは雨、下がる紙垂は雷という意味があるそうです。五穀豊穣を願ってなのでしょう。

100円ショップで売られるプラスチック製のしめ縄もどきが出回っている中で、さて、そもそもしめ縄とはと考える機会を得ました。

飯南町に出雲大社の分院があったことから、昭和30年から出雲大社の大しめ縄を造っている。今は、平成30年7月に大しめ縄をかけ替えの予定が入っているそうです。



大しめ縄を奉納した場所のマップがありました。ほぼ全国、そしてハワイまで。聞けば、神社だけでもない。焼酎のメーカーから新社屋につけるために。

そして、冒頭のドバイからの個人的な注文も。ある意味、出雲大社が見本で、「あれが欲しい」となったらここに注文が入ってくる。そうそう商売敵?もいないでしょうから、町の産業にもなり得ますね。



しめ縄体験はもちろん、ミニしめ縄も売られていましたが、なんとかこの技術を伝承しながら、産業起こしまで行けないか?と思います。

高齢者の守る尊いしめ縄技術をてっぺんに、すそ野はもっといろいろライトにできそうな気がしてきました。既に、しめ縄型のフランスパンがあるみたいです。

ならば、しめ縄ドーナツも、クッキーも、パスタも、ペンネも、ソフトクリームもできますね。アクセサリー、バレッタ、バック、クッション、枕、etc、ああ、止まりません。

神様に怒られない範囲で、しめ縄グッズ作りをしたくなりました。

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ちょっとしたこと 虫に想う 2017/05/21 9:43 pm

名著『どくとるマンボウ昆虫記』を読んでいます。北 杜夫さんの虫に対する観察眼とその文学的表現に、虫への愛情を感じます。

都会の女性は虫嫌い、マンションに虫を寄せ付けない。それでいて無農薬野菜や美しい自然を求めがち。

緑豊かな田舎は虫だらけ、夏にはガラス戸びっしり虫が集まります。ナチュラルに暮らしたいけど虫はイヤなんて、虫はいったいどうすればいいのでしょう。
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虫の話題なら尽きません。

観光地のある旅館で、「部屋にトンボがいて、怖くて眠れないから捕ってくれ」とお客様からのクレーム。子どもならともかく、大人の男性。番頭さんが窓を開けると、バタバタ羽ばたいていたトンボはサッと出て行ったとのこと。

IT系の仕事についている若い男性、部屋には造花を飾る。「本当の花や観葉植物は、虫がきそうで気持ちが悪い」とのこと。

高層マンションで育った子どもたちが通う武道の道場で、その子たちの世話を私がしていた時のこと。きゃ〜〜と逃げ回る子どもたち。「先生、つかまえて」「虫がいて稽古できない」これ、たかが蚊一匹の話です。

無農薬野菜をウリに料理を出す田舎のレストランで、一匹のハエ。近くの牧場から飛んできたのでしょう。「嫌ね、不潔ね」と女性客。じゃあ、無農薬野菜など食べるな!



自然一杯のなかで暮らしていれば、好き嫌いなど言えない。だから、これほどまでに嫌うのは都会人です。いつからこんなに虫嫌いになってしまったのでしょう?

確かに私だって、ムカデが天井からポタンと落ちてくる、大きな蛾が粉をバタバタ落としながら電気の周りを飛ぶ、蜂が部屋に入ってくる、など好むわけではありません。

かつて泊まった民宿で、布団に入っていたカメムシ50匹くらいをガムテープでつかまえた夜もありました。この時は「このカメムシの人生は・・なんて」考える余裕もなく、殺戮を繰り返したものです。

でも、普段はそうそう虫を嫌いませんし、我慢もできるつもりです。



湿り気のある草原は、よく見ると土かと思えば全体がうごめくように虫がいます。土を少しいじれば、軍手はちいさな虫だらけ。名前も知らない動くものが、圧倒的に私を囲います。

そんな中に、虫嫌いの若い女性や子どもが入ったら、パニックして気絶するのではないでしょうか?

きれいな緑、そこは虫だらけなんです。虫だけでない、トカゲも、カエルも、ネズミも、狸も、アナグマも、キツネもたくさんの鳥もいる。もちろん、鹿も、猪も、クマも。

書ききれないとんでもない種類のおびただしい生き物の中に、ほんの一時お邪魔している人間なのに、偉そうにしているから、蚊一匹で悲鳴を上げるようになる。



田舎と都会と行ったり来たりの暮らしをしていると、都会人のそんな傲慢さが露骨に見えて、腹立たしく、ひ弱さににあきれ、怒るわけです。

このブログで怒ったところでどうしようもないのですが、虫嫌いの都会人、あなたたちおかしいですよ、とだけはどうしても言っておきたい。

もしもあなたが、姿を現しただけで悲鳴をあげられ、嫌われ、殺されそうになったら。いったいどうしますか?虫にも言い分はあるでしょう。



今いる、和歌山県紀の川市の家で、ツバメが雛を育てています。黄色い口を開ける雛めがけて、1分おきくらいに親ツバメが餌を運びます。

ピンボケですが、一羽の親が巣にとまり、もう一羽が羽ばたいた瞬間です。親ツバメに捕らえられ、雛の口に運ばれる虫たちは、いきなり殺虫剤をかけられる虫よりは幸せなのでは、なんて考えてしまします。

北 杜夫さんのフンコロガシの解説などを読んでいると、一度この虫にお会いしたくなります。うやうやしくご挨拶などしたくなるわけでした。

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ゆとりある記 ファーマーズ・マーケット 2017/05/15 1:27 pm

各地にありますが、私が行くのは近くの東京・青山。農産物を買うだけでなく、ここには皆がいろいろな「こと」を求めて来ます。

安心安全は当たり前、試食や農家との会話はもちろん、もっと求めているのは生活提案でしょう。

だから「え?知らなかった」「なるほど」と声が上がる店では高くても品物が売れています。

逆に、安くても“品物だけ”のところは魅力がない。厳しいですね。
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まあ、いつも混んでいます。












ただ品物を見るだけでなく、「ふ〜〜ん」とか「ねえねえ、ちょっと見て。クラッシックを聞いて育ったバラだって」なんて留まるので、滞在時間はやたら長くなります。








布のバケツでジャガイモ栽培は見たことあるけど、ほほう、盆栽もですか〜。










千日紅のリース、色の選択がいいですね。夏の花を今までこうして持たせる方が大変でしょう。










胡麻ってこうして絞るんだ〜。胡麻話に耳を傾けます。











トマトを食べないで、花の代わりにいいガラス皿に活けようかしら。











友達の披露宴の帰りに寄りたくなる“農産物市”なわけです。











ルバーブなどは当たり前のもの。












ジャムやお菓子以外の、ルバーブの使い方を教えてもらいたい。











摘み草屋さん。量り売りの缶がいい。田舎では嫌われるセイタカアワダチソウも入浴用に提案していました。









今時のファーマーはスタイリッシュです。











私的に、今回の一番!はこれ。夏みかんの皮からエッセンシャルオイルを採り、クリームや洗剤にしている農家さん。

その蒸留装置を動かして見せてくれている。皮の入った水がぐるぐる回り、そこから蒸発したオイルが冷やされて、装置の先っぽでぽたりぽたりと落ちる。

見ていて飽きないし、皮をここまで使ってくれる、その心意気がうれしくなります。夏みかんも喜んでいることでしょう。




手にも、唇にも、こういう「バーム」を使う、お掃除はこの精油入りの洗剤を使う、そんな暮らしに近寄りたい。そう思ってしまいます。

だから、小さなものですが合計1900円を支払います。そして私、今朝から周囲に見せて自慢しております。

これからこれを使うたびに、自然に寄り添う暮らしを確認することになるでしょう。

そういう時間もこの“もの”には含まれているのです。物が満ちてる今、特に都会では、買い物はすっかり“買いごと”になっているのですね。

特に農の世界には、それが求められている、と思います。

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ゆとりある記 ロケットストーブ 2017/05/07 9:45 pm

小型のドラム缶「ペール缶」を2つ繋ぎ、なかに煙突を通し、パーライトを煙突の周りに詰める。煙突の下で薪を燃すゴーッとロケットのような音を立てて燃え上がり、煙突の上で調理ができる。燃焼効率が良く煙はほとんどない。

アウトドアや、災害時に活躍するロケットストーブを紀の川市細野渓流キャンプ場で作りました。少しの薪ですごい火力です。

みんなでストーブを作る工程も楽しかったですが、森の中で食べるストーブ料理が美味でした。
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紀の川市の南の端っこ、山のなか、このキャンプ場は清流が美しく、蛍が飛び交うことで知られています。









皆が集う広場横の水場には、クレソンが茂りメダカが泳ぎます。こんな場所に身を運ぶだけでも、すがすがしい。そこで5月6日、連休の終わりにストーブ作りの催しがあったわけです。







使うのはこの「ペール缶」というもの。エンジンオイルなどが入っていたものが、ガソリンスタンドでいただけることもあるとか。

なるほど、今日のはその廃物利用のようでまずは中の油をふき取ることからです。





皆さんは金切バサミというのをご存知でしょうか?私は初めて扱うので、力の入れ方がわからない。金切り声をあげたくなりながら、ようやく缶をぐるりと切っていきます。

結構子供たちがうまい。う〜ん、えらい。











この缶の中を煙突が通るようにする。それには、丸く穴を切り取らねばなりません。

だんだんコツを覚えると、缶を切るのがおもしろい。切りすぎたり、曲がったりするのだけれど、まあまあそれが面白い。みんな笑ってごまかしてしまうのです。



ほら、こんな風に煙突が入る。

切り口は鋭いので、扱いに気を付けて・・。









ご夫婦で作業。こんなこと初めてですよね〜。










あっちでもこっちでも、ペール缶と煙突と格闘している。家族が、夫婦が、友達が。

なんだかこのこと自体が珍しい光景です。






ようやく形になったら、さかさまにして煙突の周りにぎっしりと、断熱材となるパーライトを詰め込む。

マスクをして用心深く。そして底を止め、ひっくり返せば完成です。













細かく言えば、持ち運び用の取っ手をつけたり、五徳のようなものをつけたりなど、作業はまだあるのですが、ご覧くださいこの威力。

ほんの少しの薪に火をつければ、勝手に空気を吸い込んで、勢い良く燃え、煙さえ燃えてしまいます。

冬ならストーブとしてのパワー絶大でしょう。








しかし今は春、ストーブよりも調理用です。

いきなり餃子作りが始まりました。果物産地です、ならばスイーツ感覚の「フルーツ餃子」はちみつ・チーズ入り。

僕の作ったストーブで、これを焼くんだよ〜。











イノシシ肉も焼けました〜。ジビエがぴったりのストーブです。

森の中で食べる猪肉ステーキ、思わず私、ビールを買いに走りましたね。

もちろん定番のキャンプ料理、焼きそばなどもサッとできる。火力が強いので、炒め物に向いています。男子たちが料理したがる環境。










そもそも「ロケットストーブ」って何?と主催者に伺うと、あの名著『里山資本主義』を渡されました。

このストーブは1980年代のアメリカで開発されたもので、もっと大掛かりなものだったとか。それを広島県庄原市の方々が手軽なものに改良し普及したのだそうです。

これを使えば里山はそのまま燃料の山となる、枯れ枝を毎日集めて煮炊きに使えば経済的。しかも荒れていた、山の手入れもできる。「エコストーブ」として、どんどん広まっていったのだそうです。







この本をかつて読んだときには、さらっと頭の中を通っていた情報でしたが、この度実際に作り、その威力を目の当たりにして、この装置は凄いとストンと腑に落ちました。

各家でこのストーブを持てば、キャンプなどでわざわざ炭を起こさなくてもいい。第一、高価なキャンプ用品を買わずとも、こうして自分で作れる。

作ったストーブ料理をいただきながら話も弾む。後片付けもらくちん。煙でいぶされることもない。そしていざというときは、いよいよ大活躍となるはずです。


今回、5組の参加者がストーブを作りました。終わるころにはみんなが友達になっていました。

多少の苦労をしてストーブを作った時間が、人間関係もつくり、あたためてくれたのです。

子ども達には忘れられないゴールデンウィークになったことでしょう。

そしてこのストーブを使うたびに、みんながいろいろなことに気づき、考えることになるでしょう。電気がなくてはダメ、ガスがなくてはダメ、ではなく、素人でもできる、少しの薪でも炊ける、自然とともに生きられる、を体験したのですから。

この催しを企画し、みんながスルスルと作業できるように道具の準備からマニュアル作りまでされた、主催者・スタッフに感謝します。

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ゆとりある記 ブラリ神楽坂 2017/05/01 11:59 am

地方の方には「それ、どこ?」という場所でしょうが、都内の方には「ああ、あそこ」という場所。新宿区・早稲田通りの一部、約500メートルほどの緩い坂。

大正時代の花街の風情が残り、石畳の路地などで知られます。

今風のお店が急に増えて情緒は減少しましたが、その新旧のせめぎあい、住空間と観光の同居が不思議な雰囲気をつくり、カメラを向けたくなります。散歩してきました。

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私が住んでいる四谷から近いので、家人とブラブラよく出かけますが、GWのせいか昨日は混んでいました。

お堀端のレストランは、もはや大行列。





飯田橋駅のある外堀通りから坂を上がって行くと、大久保通り。だいたそこまでが坂下、坂上といって神楽坂と呼ばれるあたりですが、最近は延長しさらに上ったあたりを奥神楽坂と呼んでいるそうです。

奥神楽坂から、下の方をのぞくとこんな感じ。歩行者天国の時間は散歩にもってこいです。


まあ、ここで神楽坂をガイドする気はありませんが、その昔近くの神社から神楽がよく聞こえていたからこの名があるとか、由来には諸説あるそうです。

今は、食事坂、買い物坂、散歩坂でしょうか。気の利いた店が、あっちにもこっちにも。「こんなに店があって、よくやっって行けるね〜」なんて言いながら歩くわけです。

花街の雰囲気のある路地にあるイタリア料理屋さん。いつかここで食べることがあるのか?と思うくらい、いつも混んでいます。

その並びにはビスケットやさん。風景は和風の佇まいなのに・・。





かといって、何処までもおしゃれかと思うと、生活感ムンムンなのが神楽坂の路地の魅力。

京都ほどおすましでなく、飛騨高山ほど自然と一体でもない、金沢のように重くもない。

「ちょっと情緒あります」という程度の路地ですから、実は地方のそれには完全に負けているのです。が、そこは東京、お手軽にみんな楽しんでいるのでしょう。

お洒落と野暮と、古さと今と、情緒とえげつなさと。いろんなものがこんがらかっているから、なんだかおもしろいんです。





古い木造アパートの一部屋がショップだったり、突然、飲み屋さんだったり。

以前あった店がもうなかったり、とんでもない店が一坪くらいで開店していたり。

人間ていろいろ考えて、おもしろいなあと思います。


やたらおしゃれしたお嬢さんたちが歩いていたり、地元のおばあちゃんが揚げ物を買っていたり。

チーズを各種試食できる店があったり、昔からの瀬戸物屋さんがあったり。





路地の階段を親子連れが楽しそうに歩いていたり、フランス語のカップルがガイドブック見ながら迷子になっていたり。

まあ、こちらも夫婦でカメラをぶら下げながら、行ったり来たりしているわけですが・・。












こういう街はこれからどうなるのでしょうか?みんなが飽きたら、また元のような古い路地の街になるのでしょうか?

地元では、昔の雰囲気や景観を守る団体が活動していたりしますが、儲かるとなったらなんでもアリ!の今の風潮が、この街を食い尽くしてしまわないでしょうか。



奥神楽坂エリアに、家人お気に入りの本屋さんがあります。

本屋なのですが、カフェです。カフェから入ると、なかが白木の本棚で、香りの本や、日本文化の本や、写真関係の本や、店主のセレクト眼が伝わるいい括りで並んでいます。小さなギャラリースペースも。

私は田舎暮らしも好きですが、本屋と喫茶店には不自由します。こういう店で次々と面白い本を立ち読みし、コーヒーを飲む。そんな時間は、東京に戻ってきたときに存分に補充したい。そんなことができる店でした。

神楽坂を歩く人たちは、私たち夫婦も含めほとんどが地方出身でしょう。何を求めて繰り出してくるのか?食べるのか、歩くのか、語るのか。

そんなことを夫婦で論評しながら、きっとまた地方から戻ったら訪れることでしょう。

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ちょっとしたこと ワークショップのコツ 2017/04/24 1:32 pm

先日の「さんか・さろん」でワークショップの話をしました。地域づくりの場で、住民意見を引き出すためのコツについて。

いきなり高度なワークショップメニューをされる専門家もありますが、私は逆。

「カタカナを使わない」「ポストイットを使わない」「飲食しながら」などを大事にします。

さっきまで畑を耕していた高齢者が、さっとできる方法にこだわり続けています。
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NPOスローライフ・ジャパン、スローライフ学会の毎月の勉強会「さんか・さろん」での話は、「市民の意見を引き出し実行まで繋げる“ワークショップ”のいろは」というタイトルで話ました。(写真は「さろん」の様子。2017年4月18日)

まずワークショップ(以下WS)とは何か?そして私がいつもしているWSは、いろいろ種類がある中でも「地域を活性化へむけて計画立案のためではなく、実践・人づくりのため。現実おこしのもの」であることを説明。

そして、WSで進めた事例として、奈良県十津川村谷瀬集落「ゆっくり散歩道」の話。もう一つは和歌山県紀の川市「フルーツ・ツーリズム」について紹介しました。

そして、いつもどこでもやる私のやり方をご紹介し、(ここでは割愛)最後にWSの進行や内容よりも、実は大事にしているコツ、ツボの話に至りました。

この辺のことは前にもブログにしたとは思いますが、今回の「さろん」に参加したかったができなかったという方が何人かあり、また、再後半の話、このコツ・ツボのあたりの話題が好評でしたのであえてもう一度書いておきます。ワークショップの「い・ろ・は」として話したことです。

私はよくコンサルタントの方々が好んでおやりになる手法「SWOT分析」“外部環境や内部環境を強み (Strengths)、弱み (Weaknesses)、機会 (Opportunities)、脅威 (Threats) の4つのカテゴリーで要因分析する”なんてことより、こういう小さなことが一番大事かと思う者です。

なぜなら、「SWOT分析」などができる人は、都会のパソコン使いのお兄さん・お姉さんか、学生・学者くらい。こういうやり方は地方の現実には全く用をなさないからです。

お決まりのこういうやり方をどこかの地域に持ち込んで、「さあ、地域おこししましょう。意見をだして地域を分析しましょう」なんてコンサルタントがいたら、大馬鹿野郎!と怒鳴りたいところです。(実は多いのですヽ(`Д´)ノプンプン)

ま、そんなことは置いておいて。コツ・ツボの話に進みましょう。(写真は先日の紀の川市でのワークショップの様子です。2017年4月231)



















〆造訃貊蠅傍い鯢佞韻
たいてい、女性同士、同じ職場同士、夫婦、など、いつも一緒にいる人が一緒に座りがちです。これを解きます。なるべく知らない同士が隣り合わせになる。知り合えるし、自分一人での参加という個の状態にもなれる。もちろん、上座下座などありえません。

▲タカナを使わない
ワークショップという言葉すら、そもそもカタカナ。なので、「寄合」といったり、「わいわい会議」とよんだり。

その席上で、コンセプト、モチベーション、プライオリティー、なんて言葉などもってのほか!

主人公が誰なのかその人たちに言葉を合わせないと。それなのに、かっこつけてコンサルタントぶっている人ほどカタカナを使いたがるのです。



















ポストイットを使わない
WSというと、書いてペタッと貼れる付箋、ポストイットは便利で欠かせない。が、ポストイットがないと、話し合いができないとなると困ります。

第一、食料品店もない田舎の集落で、地元の人だけでWSをやるなら、どこでポストイットを買うの?ですね。

それに、小さめの付箋にボールペンでちまちま書いたものは見にくい。おじいちゃん、おばあちゃんには、大きな紙で太い大きな字でのカードワークでないと。だから私はA4の紙を4等分して使います。

ぜ綣圓砲△錣擦
耳の遠い人、膝の痛い人、目の悪い人、人前で発言したことのない人、風邪をひいている人、子連れの人、パソコンが全く駄目な人、集まる人はそれぞれ何かしらのハンディがあるものです。

そこを気を付けながら進めないと、エラソーなひとやツヨソーな人だけの地域おこしになってしまいます。

ザ間を動かす
話し合いでも、何かするにも、順番に発言となると最後の人が飽きてしまう。または、場がよどむ。皆の首が、あっちにこっちに動くような空間使いをしないと。

以前、ふと見たらオブザーバー席のような事務局席で、他の仕事をしている役場の人が居て唖然としました。

それからは、そこにいる人皆が同じく席に着き、見えない空間がないようにしています。




















Π食しながら
飲まず食わずでいいアイディアが出るわけがない。というのはこれまで何度もいっています。せめて飴と飲み物位はほしいところ。

呼びかけ側が完全に用意しなくとも、飲食しながらというやり方にすると、漬物や手作りお菓子が登場したりするものです。

У鐃潅呂茲
五感が心地よいか?温度や明るさ、色使い、座り心地、匂い、マイクの音量、などは後回しになりがちですが大事。

作業するのにテーブルが狭かったり、仲良く話したいのに立派過ぎる大きな会議室だったりも居心地が悪い。人という生ものを扱うことを忘れずに。赤ちゃんも参加の時などは、寝かせる場もほしいですね。

必ず全員が話す
自分が話した場は、自分の場になります。人の話を聞くだけでは他人ごとです。

「皆さんがおっしゃった通りで、他に意見はないのですが」と前置きする人に限って、新しい意見を言うものです。そのためにも、全員が意見を言えるように時間配分を。

人の発言時間を取ってしまうシャベクリマンは、途中で止めます。

お客様にしない
受付で「いらっしゃいませ」といったら、その時参加者はお客様になります。こんにちは、こんばんはでいいじゃないですか。

飲み物などを持って行ってあげるなんてとんでもない。自分で注ぐのは当たり前。注意しないと同じ参加者の女性が、飲み物を紙コップに注いで配っているなんてことが・・・こういう時はキッパリ注意ですね。

大笑いする
まあ、無理に笑わせることはないですが、なんとなく笑いがちりばめられていると、大笑いの瞬間が起きやすいです。

そのためには、私がピエロになってもいいわけです。「今日の会合どうだった?」と聞かれたときに「おかしかったよ〜」なんて答えるWSにしたいものです。



と、今回のブログは「さんか・さろん」の後半の再現。写真がないと寂しいので、つい最近の紀の川市「フルーツ・ツーリズム」のぷるぷるワークショップのしつらえの写真を入れてみました。

WSを進行する側の立場にある方、ご参考に。


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お仕事 吊り橋ウエディング 2017/04/17 11:23 am

2013年から私が通っている奈良県十津川村谷瀬、自慢の「日本一の吊り橋」でこのほど結婚式が行われました。集落に移住したカップルの吊り橋ウエディングです。

「このままではむらが消える、吊り橋から集落に人を呼び込み歩いてもらい、気に入ったら住んでもらおう」と、むら消滅の危機感から皆で整備してきた「ゆっくり散歩道」を新郎新婦が歩きます。

谷瀬集落の願いが叶った春となりました。
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谷瀬の吊り橋に続く「ゆっくり散歩道」のことは、もう何度もこのブログで書いていますのでお馴染みとは思います。

数回の寄合(ワークショップ)を重ね、むらにもっと外の人に入ってきてもらおうと、そう決意したのが2013年の春のことでした。




そしてその後、できる範囲で集落の人は整備をすすめました。
むらのただの農道が「ゆっくり散歩道」として変身したのは2014年4月6日のことです。

テープカットと同時に、これまで閉ざしていた集落はオープンになったのでした。


一応、昔のブログを付けておきます。↓
http://noguchi-tomoko.com/modules/yutoriaruki/details.php?blog_id=255&date=201404



整備といっても球根を植えたり、立て看板を作ったりした程度。これまでのむらの道と姿は変わりません。

でも「ゆっくり散歩道」なんて呼ぶと、むらの人の気分が違います。テープカット後、みんなで普段の道をゆっくりと歩いてみる。そうすると谷瀬はけっこういいところだ、と違う視点でみえてきます。



その後の集落の人たちの動きがすごかった。もともと紙や文字を見て難しいことを話し合うより、身体を動かすことが得意の皆さんです。

散歩道の途中にある森山神社に説明看板がない。よし立てよう。説明文が決まったら(写真はその文案を検討しているところ)、あっという間に手作りの立派な看板が立ちました。



「ゆっくり散歩道」がオープンと同じ時期に、奈良女子大の先生・生徒さんが研究のために応援に入ってきてくれました。

それまで地味だった道標が、学生さんの手によりかわいい道標になります。






散歩道のゴールの高台からは「谷瀬の吊り橋」が見えます。それなら展望台にしようと、集落の人たちはバサバサと木を伐って展望できるようにしました。

ここまでの道も邪魔な木はなくし、丸太で階段もつけ、橋の古い板でベンチまで造りました。

「ゆっくり散歩道」を歩く「ゆっくり体験」を催し、むら名物の高菜漬けでご飯をくるんだ「めはり寿司」づくり体験もやりました。

奈良県立大学の皆さんもこの動きに加わって、谷瀬は急ににぎやかになっていきます。


2013年の時点で、昔あった水車をまた造りたい、とう話は出ていましたがこれも造ってしまいます。

集落に大工さんが居て、図面を取り寄せながら、かなり苦労しながらも造りあげてしまいました。






もともと技術はあり、動けるのだけれど、何をやればいいのかそれがキッパリ見えていなかったのでしょう。

「ゆっくり散歩道」という幹が通って、そこにいろいろな枝が出て、様々な実りが出てきたのです。

道に面した空き家は、「こやすば」という名の休憩所になりました。学生さんの若い力と集落の人たちの技術で、崩れかかった民家がよみがえりました。


そして、ただの田舎道をたくさんの人がブラリブラリと歩くようになったのです。











この頃には、今回の新郎“タロウ”さんは、しっかりと集落の一員になっていました。写真左。

2014年にタロウさんは生駒市から谷瀬に住み始め、展望台ができたころにはご両親もどんなところかと訪ねておいででした。

集落名産の「ゆうべし」作りにも、食に興味のあるタロウさんの姿がありました。

一見、髪が長く、ファッションも独得なので、ヒッピー風の人かなあ、と思ったのですが、彼の言動は“体育会系”のような筋の通ったさわやかさがありました。




タロウさんは、谷瀬からかなり離れたそれでも村内の神社に週数日通う仕事をしています。なかなか厳しい仕事です。そんな彼が谷瀬で米を作りたいと言い始めました。

なんとか彼が谷瀬で暮らしていけるように、みんなが気遣います。荒れ果てたやり手のいない休耕田を放っているより、耕して水田にした方がいいに決まっています。

「頑張れ、道具も田んぼも使っていいよ!」「どうせなら酒米を植えて、お酒まで造るか!」と勢いづきます。

そこへ学生さんも「米づくりしたい」と相乗りし、いくつもの田んぼで酒米が育ちました。



皆で作った酒米でお酒を仕込む、となると地元の酒屋さんも「なるべく手伝ってごらん、見に来てごらん」ということになります。

集落の人も、学生さんもこぞって参加しました。

昨年春「純米酒 谷瀬」ができあがった頃には、タロウさんは酒造りのリーダー。寄合でも大きな存在となりました。

そしてふと気づくと、今回の花嫁“リョウコ”さんも、寄合に顔をだし、谷瀬の一員になっていったのです。


先日の4月7日、吊り橋結婚式の日。私はうかがえませんでしたが、雨と思っていたら谷瀬ではこの時晴れたのだそうです。

この吊り橋結婚式の様子は、奈良県南部東部振興課のご厚意で写真を使わせていただいております。

吊り橋の向こうから新婦リョウコさんと親族が、谷瀬の集落総代に先導されて歩いてくる。

それを、谷瀬側からタロウさんがご両親と傘をさして迎えに行く。吊り橋の真ん中で、指輪交換。なんとも美しい光景です。

やがて一塊になった一行は笛の音とともに、吊り橋を渡り切り谷瀬に入ったのでした。


2014年4月6日、「ゆっくり散歩道」がオープンしたその同じ場所で、二人の頭に集落の方々が作った野の花の混じったライスシャワーが撒かれます。

軽トラに温室様の幌が着いたこれも地元住民手づくりのパレードカーで、「ゆっくり散歩道」を二人が動き出します。

カラカラと鳴る空き缶が、「ゆっくり散歩道」のうれしい笑い声のようだったでしょう。


普段観光客がのんびり登る、杉並木の中の階段。その先に集落のお宮さんがあります。

ここを白無垢の花嫁さんが登るなんて、数年前誰が考えたでしょうか?





少し前、副総代がおっしゃっていたこと。

「夏、夜明け前にふと田んぼを見ると、二人が田にはいつくばって草を取っていた。その姿を見て、この二人は大丈夫だと思った」

お二人に、そして谷瀬に幸あれです。



吊り橋ウエディングの報告も兼ねての、先日4月10日の寄合です。そこにはタロウさん・リョウコさんに加えて、新しい住民となったご夫婦の姿がありました。家具職人の方です。

一方、平均年齢をぐっと下げる新人も登場。寄合ではすやすや眠ったり、オムツを替えたり。

そして次なる新住民の方が、同じく赤ちゃんとともに移られることが予定されているとか。

谷瀬におめでたいことが続きます。


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お仕事 バスピン 2017/04/10 8:43 am

この名を紀の川市で聞いたのは昨年の今頃。「え、野口さん知らない?バスケットのついたミニピンポン台で遊ぶの。子供の頃、毎日やってた」とのこと。

調べてみると50年前、和歌山市発祥。私の故郷千葉までは、流行っていなかったのです。

誰でも手軽にできるので、今はまちづくりの仕掛けなどにも使われているとか。それではと、この度小さな催しをしてみました。

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これがバスピンです。可愛いでしょう?私は小さなガレージに置きましたが、おしゃれなマンションの一室でも似合いますね。

「バスケットピンポン」の手引きによれば“穴狙いの卓球台”として1966年に和歌山市で生まれたそうです。

公務員をされていた故・北原雄一さんが、人と人とのコミュニケーションを育てる何かしらを考えようと、小さなピンポンを考えました。もう一工夫と、奥様が穴をあけてネットを張ってバスケットにすればと提案されたそうです。

和歌山ですから、ミカンを入れる赤いネットが身近にあった。最初はそのネットを使っていたとか。


お馴染みのフルーツでまちおこしの紀の川市「ぷる博」の中で、企画したので「バスピンやってフルーツ食べよう」という単純な趣向です。

テーブルにたくさんのかんきつ類やメロンパンなど用意して、さあ、いらっしゃい。




勝ち抜いたら、折り紙で作ったフルーツメダルと、デコポンがプレゼントです。

こんな催しを、バスピン台を買って、ルールもわからないままエイヤッとやってみました。






そんな無謀なやり方を風のうわさでお聞きになったのか、日本バスケットピンポン蠅遼霧桐也さん(考案者北原さんの息子さん)が、救世主のように現れて、基本のキの字を指導してくださいます。

きちんと知ると、皆の上達が早いのでした。




大人も子どもも、初心者もベテランも一緒にできるのがバスピンの良さです。

穴にスポッっと入ると、どんなチビちゃんでも大人を負かす可能性が出てくる。だから大人が子どもに手加減などしません。真剣にやっても負けたりするのです。実際、わが夫は、小学一年生に負けました。





子どもたちだけでも、放っておいてできる。










ダブルスなんかも、面白がってできる。









通りががかった家族が、すぐできる。












親子で、ササッとできる。










スマホもパソコンもテレビもゲームも手放して、何だかみんなで夢中になってしまった数時間。

初めての人も、大人も子どもも、すっきりしたいい気分になります。

もしこれが、空き店舗だらけの商店街にあったらどうでしょう。高いお金を払わなくとも、毎日ジム代わりに通う人たちが出るかもしれません。

皆が汗をかき、仲良くなれるのなら、そういう商店街にはまた命を吹き込むことができるでしょう。

企業や学校や家庭でちょっとバスピンすれば、しかめっ面や肩こりがなくなります。

キャンプに持って行って、この台でピクニックランチをしてもいいですね。ワインやダッチオーブン料理も似合いそう。

バスピンカフェやバスピンブティックがあってもいい。な〜んて、全く運動がダメな私が惚れてしまったのでした。

ひと汗かいて大笑いした後の、果物の美味しかったこと!

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お仕事 酒を造り、酢を造る。 2017/04/02 10:25 pm

蟠綵盗顕譴箸いΣ饉劼瞭本酒とお酢の工場を見学しました。和歌山は日本で一番お酢の消費が多いとか。その地で支持されているお酢屋さん。伝統的な酢蔵を見せてもらうのは希少な体験です。

お酢は酒粕から造るのですが、いいお酢のためにいい酒粕が必要と酒も造り始めた、というのですからさすがです。100年も使う木桶でコモをかぶって時を待つ、お酢の姿に頭が下がりました。

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九重雜賀(ここのえさいか)は、和歌山県紀の川市の企業。もともとは和歌山にあった酢造元で、1908年の創業。

ブランド桃「あら川の桃」で知られる紀の川市桃山に2014年移転されています。




100年を超える歴史の中で、お酢の原料である酒粕を、自社で造る。そして、食事に合う日本酒を造る。

そのために、1934年から日本酒の製造も始めたそうです。

細やかな手仕事に真摯に向き合う企業だからでしょう、そのお酒がまた上質のものができ上がり、数々の賞を受賞していきます。

上質の酒、上質の酒粕、従ってそのお酢は半端なものではないということになります。

紀の川市のお米を原料にしたお酒、麹のついた米を噛むと、いい甘味がします。

これが最後は酢にまでなるんですね。酒蔵の見学後、酢蔵の見学となりました。







創業から変わらない、酢の製造。それは30石(5400リットル)の大木桶が約40桶並ぶ静かな風景でした。









材料の酒粕は2年以上経って熟成したこげ茶色、これをお湯などで溶き、これまた100年前から絶やさず受け継いでいる酢酸菌をいれ、120日待つ。

さっきまでのお酒の白い世界と色が一変します。




桶には藁で作ったコモが何枚もかけられ、温度変化から守られる。

布団でくるんだ赤ちゃんのように、静かに発酵が育つのを待つのです。「静置発酵」というのだそうです。





木の蓋を開けると、38度〜40度という桶の中のお酢の元から、もわっと湯気があがりました。

覗くと黒褐色の液が、とろりと眠っているように、かすかに起きて何か考えているように居られます。

座禅をしているようでもありました。

いまなお、こんな方法で本当のお酢を造っている企業があるなんて、驚きでした。

この日は特別に見学会が行われたので、利き酒や利き酢という趣向も。お酒は確かに美味しい。

見学し造っている人たちのお話をうかがった後だからなおさらでしょうか、有名な日本酒の産地の、有名なお酒と比べて抜きんでている気がします。



そしてお酢。毎日飲めば身体が喜ぶだろうなあ、というまろやかな味。

普通のお酢以外にも、これまた受賞作品の万能だし酢「お手間とらせ酢」「柚子 寿司召し酢」などのアイディア製品も揃っていました。

しかも瓶にかかったラベルに点字表記がある、すごいなあ。



クイズのように利き酒・利き酢をしながら、私たちはもっとお酒やお酢に繊細でなくてはいけないと反省します。

もっと敏感な舌を持たねば、こんなに苦労して伝統の製法で造っている職人さんに、そして酢酸菌に申し訳ない。

2時間いて感じたのは、社員の方々がとても仲がいい、家族も仲良くやっている、“うちの味”に自信を持っている、手を抜かない、ということでした。

そんな“気”のようなものが、お酒にもお酢にも伝わるのだと思います。



世の中ごまかしばかりの嫌なニュースが多い今、こういう企業にに出会うと嬉しくなります。私も正しく生きよう、と背筋が伸びます。

帰りがけに見つけた昔の金属の看板、桃畑との境に大事に飾られています。

「捨てられませんよね」と語る社長、社員の方が着る法被には「より良い酸を食卓へ」とありました。


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ゆとりある記 無駄なこと 2017/03/27 11:00 am

果物で笛を作る、というワークショップに参加しました。リンゴ、イチゴに穴をあけて吹いてみる。ハッサクやキウイフルーツはどうか?

ふ〜〜っ、ふ〜っ、どう吹いても鳴りません。そのうち貧血を起こしそうになり、悔しいので食べちゃえということになる。

いい大人が集まって、そんなことやって何の役に立つの?と声が聞こえそうですが、その無駄な大笑いの時間が楽しかったのです。

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紀の川市で開催中の「ぷる博」でのひとコマです。大人と子どもが集まって、大真面目に笛作り。

先生は自称“笛タロー”さん。まずはお手並み拝見で、ニンジンを鳴らしてみます。

「ボーッ♪」と音が鳴り、拍手。




続いてブロッコリー。

これは音程も変わり、笛らしい音。精巧にできています。笛タローさんは、この日のためにお風呂に持ち込んで練習して来たそうです。

指でも手でも、歯でも音は鳴らせます。と、笛の基本のお話も。


小さな空き瓶を吹いてみましょう。

おお!口の向きで「ヒュルー♪」と鳴ります。

急にうれしくなってきます。このウイスキーのミニボトルを何本も用意するために、笛タロ―さんはそうとう酔っぱらったはずです。




吹き方の口を覚えたら、リンゴに穴をあけて吹いてみる。

穴開けすぎ〜〜!









「ふー、ふー、ふー」これは息の音。

「ふー、ふー、ふー」な、ならない。ああ、苦しい。








ストローの力を借りて、イチゴ笛。

ストローだけだと「プイ〜〜♪」と鳴ったのに。な、ならない。









キイフルーツにもストローを。

な、ならない。







子どもたちは、もはや食べ始めました。

笛タローさん「なかなか難しいんですよね〜」なんて微笑み、余裕です。





ハッサクはどうするのか?と思ったら、ストローと紙コップの力を借りて、先ず鳴るものを作る。

その音を、ハッサクの蓋で調節する、という工夫。なかなか不思議な音が出ます。

最後は、笛タローさんのサックスにあわせて、自分が鳴らせる何かを持って、「幸せなら笛ならそう♪」と演奏?しました。

大真面目の笛タローさん。その研究熱心と、様々なフルーツや鳴り物を運び込んでの場づくり、笑わせ上手な話術、鳴る鳴らないは別として、プロですね〜。

汗だくの活躍に、心打たれました。

まったく役に立たないようで、フルーツ笛は面白い。みんなでこんなにも真剣にくだらないことをやっていることに、気持ち晴れやかに大笑いしてしまいました。

こういう無駄時間が、いまの世の中一番重要なのですね。笛タローさん、ありがとう。

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写真でみるゆとりある記

御山倶楽部会長の勢いのある笑顔。
川上宴会
奈良県吉野町上市で
紀の川市青洲の里で水鉄砲作り。

連絡先

野口 智子 のぐち ともこ
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局
ゆとり研究所

TEL 090-7433−1741
E-Mail yutori@noguchi-tomoko.com

NPOスローライフ・ジャパン
〒160-0002 東京都新宿区四谷坂町9−4 リカビル301
TEL 03-5312-4141 FAX 03-5312-4554
E-Mail slowlifej@nifty.com


略歴

<野口智子(のぐちともこ)>
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局長
千葉市生まれ。東京でコピーライター、プランナーを経験。1977年静岡県に移り企画・編集プロダクション設立。
1992年ゆとり研究所を開きコンサルタント業務を開始。
ライフスタイルの提案、「一店逸品運動」による商店街の活性化、時間消費型観光おこし、人材育成などの分野で活動。
2000年からスローライフ運動を開始、2003年スローライフ・ジャパンを設立、現在、事務局長・副理事長。
2006年から活動拠点と自宅を東京へ。現在はスローツーリズムの提案、商品開発、地域観光の育成、都市と田舎の交流、移住・定住プロジェクト、“食”をテーマにしたまちおこし、などに力を入れている。住民参加の独自の楽しいワークショップが得意。
現在、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域再生マネージャー(ふるさと財団)、国土審議会半島振興部会委員。