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ゆとりある記 おしかけマルシェ 2019/04/22 12:17 pm

篠山市の地域おこし協力隊が東京・五反田で「丹波篠山おしかけマルシェ」を開くと聞いて行ってきました。

今が旬の篠山特産品、希少な「花山椒」を使ったお料理や、タケノコの水煮、山の芋など普段は出会えない味が並びます。

会場は定休日の知合いのお店に押しかけた形。そこにSNSで情報を知ったお客様が押しかけます。

こういう場をもっとつくらなくてはと思いました。
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この催しを企画したのは、梅谷美知子さんです。先日の「スローライフ・フォーラムin丹波篠山」の際、篠山市雲部「里山工房くもべ」での「夜なべ談義」で配膳などをしてくださって、さらに翌日の「グループトーク」では、テーマ「みどり」のチームに参加され、元気一杯の発言をされていた地域おこし協力隊さんです。



その後、フェイブックでお友達になってはいましたが、少し前に熱きメールが届いたのでした。「東京五反田で、篠山の美味しいものを紹介するマルシェをやります。お店は、その日がお休みの食堂を使わせてもらいます」






篠山が美味しいものの宝庫であるのは、3月にうかがって確認済み。季節が変わるとどんなものが?・・・テーマ:「花山椒と筍の山椒まつり」として、美味しそうなメニューがチラシに紹介されていました。

それを当日確認に出向きました。




「筍、アスパラガス、原木しいたけ、鹿のホイル焼き〜山椒みそソース」SNSで知ったというおじさまが「うまいよ」とつつきながららビールをぐびり。








クラフトビールが3種類。桜の香りを加えたホワイトビール、これが珍しいものでした。










「春野菜のすり流し(ポタージュ)山の芋・花山椒をそえて」
菜花やホウレンソウ、空豆などをミキサーにかけて、お出しと黒豆味噌で味つけしたものに山の芋がポトン!花山椒の薬味で食べる贅沢なポタージュ。






「筍ぼたんちらし」
今頃の猪は、地中の筍を早々とたらふく食べて肥えているとか、その筍猪入りのちらしです。









「黒豆きな粉のカンノーリ」
新しい地域おこし協力隊の男子が作ったスイーツ。パイ生地のなかにクリームが入り、きな粉と黒豆がイタリアのお菓子を和風・篠山風にしています。







小さな売店に少しずつ篠山の味が並び、買いものする人も結構います。「山菜や山椒が好きなんで。Facebookで調べてきました」という若い都会的な男性が、筍や山椒の実漬けなどを買っていきます。






幻の!といわれる、何にでもあうという「山椒味噌」を私は買いました。黒豆の味噌というのがウリです。









同行者は「この前食べた山の芋が美味しかったから買おう!」と重さを計ってもらっています










借りている厨房は予約のとれない店といわれる「食堂とだか」、お客様も少なからず「とだか」繋がりで来店。なので、このお知り合いのお店に助けられたマルシェではありました。







さらに、料理人としては未熟な梅谷さんたちの試みですから、満点とはいきません。販売の仕方も含めて、言いがかりをつけたらきりがないほど(笑)。








でもこんな若い人たちを見ていると、何とか協力できないかと私は思うのです。食べる、買う、だけでなく、地方と都市を結ぼうとしているこの人たちの具体的に力になることは?私にできることは?と考えます。






たまたまこの食堂が知り合いだったので、梅谷さんたちは「おしかけマルシェ」ができましたが、こういうことがしたくとも押しかける場所がないのが現実でしょう。

県単位では、都内に物産館などありますが、市や町村で、しかもそこの特定の農家さんや食品屋さんが都内に押しかけようにも、手がかりがないのです。

押しかけてもいいよ、押しかけておいで、と招いてあげられるような場所を作ることが、都市部で地域おこしなどを語る者の役目だと思うのです。

この日、梅谷さんは大きな“たんこぶ”を作りました。ゴーンと音がしたと思ったら、それは張り切って動き回る梅谷さんが鉄の塊の構造物に思い切り頭をぶつけた音でした。

眼鏡を落としながら「私、てんぱり過ぎちゃって〜〜!」と照れ笑いする彼女を、抱きしめてあげたくなります。

今日までどれだけ“てんぱって”きたのでしょうか。農家さんを回り、食材を手配し、味を決め、援軍の友達を頼み、大荷物を背負ってやってきたに違いありません。慣れないことにどれだけ大変だったのか、何日寝ていないのでしょうか。

美味しい、不味い、高い、安い、良い、悪い、を上から目線でいうことは簡単です。

「ならば、あなたは地方と都市を繋ぐために、何をやっているの?やって見なさいよ、身体をはって、“たんこぶ”つくってみなさいよ」と梅谷さんに突き付けられたように思えました。

右が梅谷さん。“たんこぶ”治れ〜〜。

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お仕事 今年度やること 2019/04/15 1:11 pm

私の通う十津川村谷瀬集落、むらおこしで「今年度やること10」が決まりました。

第1位は散歩道の休憩所「こやすば」で楽しいことをやる。2位は子どもの遊び場づくり。いまこの集落はベビーラッシュです。そして、散歩道の清掃、「吊り橋茶屋」の一押しメニューづくり、と続きます。

皆が出したやることアイテムから、優先順位をつけ必ず実行する手法。今年もこれで集落が変わります。

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十津川村谷瀬へは、近鉄大和八木から新宮へ向かう、日本一長いバス路線に乗って行きます。この日4月4日は、たまたまJR五条駅から乗り込みました。

車窓の右も左も桜です。東京の桜は人だらけですが、こういう田舎の風景の中にパッと咲く桜は人に媚びていない、悠然とした感じ。気持ちが晴れやかになります。


同じく日本一の吊り橋。もうおなじみの「谷瀬の吊り橋」、生活道として使われる吊り橋としては日本一。河原の桜がきれいです。









吊り橋に続く「ゆっくり散歩道」に、集落の人が植えたチューリップ畑が。案山子も手作り。これももうすっかり風景としてなじみました。









もともと花の多い谷瀬です。さらに、むらおこしの動きが起きてから、みんなが花を増やそうと努力してきています。









道沿いに立派な葉を広げるのは高菜。これを漬物にして、名物の「めはり寿司」にします。そんな説明の書かれた立札が。人に会わなくても歩ているとこんな立札が話しかけてくれます。







あれ?花盛りの散歩道を二人のお母さんが文字通りゆっくり散歩中。










今この谷瀬集落は、住む人が増え、子どもも増えました。もともと40人そこそこの集落ですから、移住や引っ越しで新しい人が増え、子どもも8人増えるとなると、急に平均年齢が若返ります。こんなのどかなお散歩ができる、子育て環境が谷瀬の魅力なのでしょう。





1.6キロの散歩道を歩く観光客のために、要所要所にスタンプ台が置かれました。この集落のむらおこしを私と同じく6年近く応援している奈良女子大学の学生さんによるものです。可愛いスタンプを集めに、どんどん歩きたくなる仕掛けです。





散歩道の少し上の方に、念願の加工場ができあがりました。4月末には開所式です。小さな集落ですが、柚子を使った「ゆうべし」づくりや、高菜漬や加工品づくりが盛んです。もっと造って収入が得られれば、ここに住み続ける人が増えるでしょう。子連れでも仕事ができるように、工夫のある建物になりました。




周りには「ゆうべし」に使う柚子も植えられています。










さあ、そんな変化の進む谷瀬で、新年度最初の寄合がありました。今年度何をやるのか、書き出して発表します。

子どもが増えたから遊べる場所を作ろう。野猿という乗り物を作ってみよう。やらねばならないことから、やってみたい夢までいろいろ出てきます。



古民家を整備して休憩所「こやすば」にしたのですが、ここをもっと活用しようと意見がたくさん出ました。

レコードコンサートをしよう。定期的な飲み屋を開こう。ドラム缶ピザ窯でピザを焼こう。まずは集落の人が美味しいものを食べながらおしゃべりしよう。

手作りクッキーを売ろう。「こやすば」ブランドの新商品を開発しよう。お茶摘み体験をしてお弁当を出そう。などなど。


すぐやることが5つ、今年度中にやることが5つ、決定。またこの目標を一年かけて、確実に実行していきます。

皆さんの土地ではどうでしょうか?やりたいことがぼんやりしていて、みんなの合意形成ができないときは、こんなカード方式で投票していくのが決めやすいです。

各人の意見を公にして、説明して、優先順位を決めていくやり方。そしてそれをいつまでに、誰がやるかも決める。谷瀬方式です。

ひとつ実現するとつぎへの自信に繋がります。小さいけれども必ずやって行くこと、その積み重ねで地域って変わっていくのだと思います。

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ちょっとしたこと 「小さな村の物語イタリア」 2019/04/08 11:32 am

この番組が300回を迎えたので、紹介したくなりました。タイトルの通り、村の普通の暮らしを淡々と紹介する内容です。

家族・村を、手づくりの味を大切にし、丁寧に生きる姿のドキュメント。映像が美しい。

「自分の村を良くないというのは、自分のことを良ないというのと同じだ」など、毎回村人から本質的な名言があります。

ウケ狙いの変な番組の多いなか、聖域のような番組です。

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BS日テレの土曜日18:00〜18:45 アンコール放送が日曜10:00〜10:45、詳しくはこちらになります。↓
「小さな村の物語 イタリア」http://www.bs4.jp/italy/

最初どうして見始めたのかわからないのですが、いつしかこの番組の虜になりました。それはただの外国紹介ではなく、“食レポ”でもなく、“人生の楽園”を自慢するわけでもない、内容だったからです。

,い蹐い蹐平Χ箸凌佑出てきます。
たいていどこかの本当に小さな村の、普通の人、二人ぐらいが紹介されます。学校の先生、ブドウ農家、漁師、農家、役場職員、土産物屋、小さなホテルの主、酪農家、家具職人、大工、パン屋、靴の修理屋、美容師、図書館司書、博物館解説員、墓番、バルの店員、チーズ職人、自動車修理工、バスの運転手、今までたくさんの職業の人が登場しました。

その暮らしをみていると、「チーズはこうして作るんだ」「オリーブをこうして収穫するんだ」「古い家具を修理して使うんだ」「こうしてレースを編むんだ」「羊を追い立てるんだ」「トリュフは犬が見つけるんだ」「サフランは高価なんだ」「野菜の直売を我が家のガレージでしている」「学校の用務員さんがおしゃれ」「小さなダムの管理をこうするんだ」いろいろな発見があります。単なる旅番組とは違う、素顔のイタリアを知ることになります。

村ごとに個性があります。
その主人公が暮らす村が、標高1500m以上の山岳地帯だったり。山の尾根ずたいの村だったり。古城のある村だったり。遺跡が残る村だったり。川とともにできた村だっだり。海辺の海水浴客でにぎわう村だったり。ひとつの島が村だったり。

一つ一つの村に歴史があり、古い建物が残り、独特の風景があります。戦火に焼かれたり、災害によって一度は破壊された村なども登場します。それでもほんの少しの人々が、肩寄せ合って村を成立させ、村を継続してきている。その時間の受け渡しのような長い繋がりを感じます。そして、それぞれに個性のある村で飽きません。

食べ物が丁寧に描かれます。
食いしん坊の私にとってはここは見逃せません。いったい何を毎日食べているのだろう?それが実はとても質素です。小さな村には物資も少なく店もあまりない。だから、少しの物を実に大切に食べている。

朝はコーヒーとビスケット程度。お昼はパスタをゆでてトマトソースで和えたもの。夜は、ハム入りオムレツとジャガイモ程度。なのにみんなユサユサと気持ちのいいほど肥えている。きっと毎回の食事を大事に美味しく食べているからでしょう。パスタ一皿を食べるために、テーブルクロスをかけて、ナフキンとナイフフォークを用意して、ワインを飲んで。

そのパスタも、粉から作るときもある。面白い形のものが、魔法のように普通のお母さんの手から作られていくのにはほれぼれしてしまいます。そんな食事ですから、皆が食べることを楽しみに、自分の家に戻ってゆっくり、きちんと食べるのでしょう。

い箸砲く家族を大事にしています。
食事を家族で囲むのが当たり前。家族のために働く、家族のために出稼ぎに出る。父親を心から尊敬し、その技術をみて学ぶ。母親を女神のように思い、亡くなっても思い続ける。母の髪を洗ってあげる、ブロウしてあげる。祖父の耕した畑をこれからも守ろうと思う。タトゥーだらけの若者がおじいちゃんの面倒を看る。

夫婦が台所で一緒に歌を歌う。奥さんのことを愛している、美しいとほめる。奥さんがいるから今の自分があると旦那が胸を張る。離婚しても子どもに対し、別れた相手の悪口は言わない。こんなシーンを見ていると、家族とは何かと考えます。

さらに小さな村にはベンチが多く、買い物の途中、散歩の途中に腰かけて話をしている。バルに行けばいつもの顔があり、そこにもう一つの家族ができる。村がそのまま家族という印象なのです。「1人暮らしでも、1人じゃない、それが村だ」というナレーションもありました。

ケ任景が素晴らしいのです。
山、路地、朝の牧場、草原、花、歩く人、猫、犬、家の中、夜の通り、スクールバス、子どもたちの手伝い、ジャガイモ堀り、散歩、霧の海、何を撮ってもその切り撮り方が美しい。構図がいいのか、美しさの基準に長けた人がカメラを回しているのか。「絵」になっている。

だからどんな場面を見ても、気持ちが良くなる。美術品を鑑賞しているようなのです。

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さんざんほめてしまいましたが、一番の魅力はインタビューでしょう。牛飼いが、主婦が、修理工が、オリーブ農家が、マイクを向けられて語る言葉が素晴らしいのです。

「好きな仕事に就くのが一番。お金じゃない。嫌な仕事だとそのイライラを家族に向けるようになる」「のんびりやるのがいい。その方が上手くいく。のんびりは強い」「笑っていれば必ず良くなる」「子育ては、小さい時は根をあたえ、大きくなったら翼をあたえること」「この村のことが忘れられなくて、この村が大好きで結局戻って来た」「ここが一番好き、この村にいることが私の幸せ」

私の記憶が正確ではないかもしれないけれど、こんなことを普通の人がとうとうと語ります。このインタビューだけの本が出てほしい位です。自信たっぷりに、村を誇らしげに語る庶民の言葉の上質なこと。同じ質問を今の日本の普通の人たちにしたら何と答えるのでしょうか。

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私は地方に出かけ、「まちこし」のお手伝いをしています。日本の各地で出会うのは「こんなまちダメだ」「うちの夫はどうしようもない」「ストレスで鬱になっている」「近所と話をしたことがない」「お金がなくちゃ」「東京はいい」こんな言葉だらけです。

皆の悩みを聞き背負うのがアドバイザーですが、私のなかには嫌なことや嫌な言葉ばかりがたまります。「こんな日本はイヤだ、良くない、どうしようもない」と叫びたくなるわけです。

そんな時、この番組に救われます。「そうか、のんびりやろう」「美しく生きよう」「本物の豊かさに目を向けよう」気持ちがすっきりするのです。これはどなたが見ても同じでしょう。

選び抜かれたイタリア音楽は元気にしてくれますし、三上博史さんの抑えたナレーションは心を落ち着かせてくれます。

今のテレビは、大河番組など大金を使ってこんな内容??というものですし、お笑い芸人が馬鹿笑いしている番組は瞬時でも目に触れたくないですし、刺激の強い趣向はそのもくろみにはまることがイヤですし、「最高」「可愛い」「ウソ〜」「マジ〜」「やばい」などが連発のレポートはレポーターの馬鹿が移りそうです。見れば見れほど人間がダメになるものが多いと思いませんか。

長々書くよりも、一度見てほしい。物事が分かる人に、「見て?」「見た?」と言いたくってこんなブログになりました。

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ちょっとしたこと 桜混雑 2019/04/01 1:20 pm

新元号は、万葉の梅見の宴に関する記述から採られたそうですが、当時の花見はさぞかし穏やかなものだったのでしょう。

新宿御苑のお花見は、入苑するのに行列1時間以上、酒類持ち込み禁止で手荷物検査、ようやく入れば人だらけで座れない、半分近くは外国人、という顛末でした。

この東京の混雑を地方分散しなくてはと眺めながら、オリンピックが末恐ろしく思えました。
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ここ数年、毎年この時期に新宿御苑にお花見ですが、今年の人出は最高でした。お昼に着くと、入り口には既に長蛇の列。「こういう日には切符売り場を増やしたりすればいいのに」と思うのですが、かといってこれだけの人が一気に入ると、大混乱になります。入口を細くしてゆっくり入れようということなのかもしれません。



さらにアルコール持ち込み禁止ですから、手荷物調べに時間がかかる。もちろん没収もある。「あの、ロング缶ビールやワイン、没収箱に入れられて、その後どうなるのかしら」と思ったのは私だけではないはずです。






などなど思いながら並びます。列は数百メートル行った先で折り返します。皆、よく耐えて並びますね。おびただしい外国人客も、ひたすら耐えていました。








ようやく入るとこんな感じです。普段の御苑なら、もっと伸びやかに空間があるのに。混雑する砂浜の夏休みといった感じ。









もしも首都直下地震があって、みんなが逃げ込むとこんななのでしょうか。いやいやそんな時はもっとぎっしりのはず、人々は立っているしかないでしょうね。








それにしてもこの御苑のなかに、スマホも含め何台のカメラがあるのでしょう。今や自然を愛でるというのは、写真を撮ることなのでしょう。よく観察する、ほのぼの眺める、風を感じるなんてことはどこへやら。






こんな中で食事やのんびり時間が過ごせるでしょうか?無理です。でもヒューマンウォッチングするには飽きない。いろんな人がいるのですから。宗教上、布を敷いて何人かが並んでひれ伏し礼拝する人たち。男性同士で熱く抱擁しながら眠るカップル。ひたすら自撮りする外国人。




遠い日本までやってきて、この花見狂乱に混ざった外国人は、日本をどう思うのでしょうか。










2時間いてとことん疲れ、いざトイレに行けばこの通り。余裕をもってトイレに行かなくては、高齢者や子どもは大変です。









ここ数年で極端に増えた外国人のための対応に、施設もご苦労とは思います。










脱出にも時間がかかりました。ラッシュアワーのようです。閉苑間際は、どうなるのでしょうか?










外に出ると、まだまだ入苑のための行列がありました。列は何重にも渦を巻き、最後尾はずっと離れた新宿駅あたりです。もう数時間で閉苑なのに、入ったら大変なのに。なかの様子をモニターで見せれば、半分の人は帰るでしょうに。なんだか並び始めると入らなくちゃ気が済まないのでしょうね。


帰りの地下鉄で考えました。今年は御苑に限らずどこも桜混雑、桜狂乱が起きています。外国人のツアーが多く、外国の個人客も膨れ上がっている。

桜だからまだ静かですが、これが勝負のかかったオリンピックとなったらどうなるのでしょう。熱狂した群衆が、競技が終わると一気に街に出る。最終電車は期間中夜中の2時まで走るそうですが、街の日常はどうなるのか。しかも猛暑の中です。

都民は花見などで訓練、混雑狂乱のトレーニングを研鑽努力し積まなくてはならないのかもしれません。

それより、私はこの人たちを東京から地方に押し出さなくては。こんな東京だけ見て帰ったら日本の評判は丸つぶれですもの。

よし!トコロテンのように、遠くの田舎までぎゅい〜〜〜〜んと押し出しますぞ。

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スローライフ運動 篠山で知ったこと 2019/03/25 1:33 pm

丹波篠山フォーラムで市民の方々と語り合う、グループトークがありました。その中でいろいろ学びました。

「篠山は日本三大狩猟地のひとつ」「黒豆はいまや黒枝豆として集客の目玉」「丹波焼では料理プラス器を提案中」「デカンショセレクションとして、優れたもの、ことを推奨」

10人くらいが集まると多様な話が出ます。小さな話し合いが大事、ということを実感で知りました。
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このグループトークは同時進行で3つのテーマで行われました。「みどり」「ひかり」「みのり」。私が参加したのは「みのり」、農産物や逸品作りなどの話の場。もちろん話はどんどん広がったのでした。

まずは篠山のいいところを話します。市役所の女性が進行をしてくれます。ここに書ききれないほどのことが出ました。
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<篠山のいいところ>

・ちょうどいい阪神間にある。距離感がいい1時間で来れる行けるがいい。
・1時間で都会と全く違う風土がある。
・都市部の大学とコラボしやすい。
・ネズミの物語『篠山本鼠草紙』が暖かみがあっていい。
・天気のいい日の犬の散歩が好き。
・夕日がきれい。
・人間サイズ、歩けるところがたくさんある。
・古いと新しいが上手に同居している。
・デカンショという皆がひとつになれる歌がある。
・食べ物そのものが、何か工夫しなくてもそれだけで単純に美味しい。
・霧があり、寒暖の差があり、水がきれいで、いい土だから。
・黒豆、山の芋、牡丹鍋、箱寿司、さば寿司、美味しいものがある。
・先祖から黒豆という大特産物を引き継いだ。昭和の終わりころから黒枝豆として人気に。全国に発送して親しまれている。さらに5年前に黒豆納豆を作った。今後は冷凍黒枝豆で世界へ。
・黒豆の皮にポリフェールが豊富、血液サラサラ、血管に良い。
・体にいいものばかりがある。
・植林していない雑木が多い。秋になると黄色になる。
・日本三大猟地のひとつ。山が自然なので猪がいいものを食べていて猪肉が美味しい。
・圃場が狭いので特産品が作りやすい。
・農家が豊か、家も大きい。改装すると使える広さ。
・丹波焼は日本六古窯のなかでも元気、若者が多い。「丹波スタイル」という新しい試みもしている。
・日本遺産に認定でお客も増えている。丹波は明らかに変わっている。
・農産物をいい器で食べるということができる。出来合いのおかずでも、器で違う。器をどう使うかも提案している。
・「丹波篠山デカンショセレクション」という認定の仕組みを民間で作って回している。物だけでなくコトや技術も。
・固有名詞で「○○さんの皿で、○○さんの猪肉を食べる」というこだわりをする。酒も地酒。丹波焼での乾杯が条例化されている。
・デカンショ祭りを成功させるために1年間動いている。
・10月の篠山は祭りだらけ。毎日どこかで祭り大小の祭りが。交流に繋がる。
・自治会や職業にとらわれていない集まりが結構ある
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休憩を挟んで、これからのことを考えました。またまたいろいろな意見が出ます。もちろん私もいろいろ話しました。

<こうなるといい、こうしたい>

・変えないこだわりがある。それも大事だが商店街復活は大きな目標。
・大正時代の味を変えない店がある一方、味をどんどん変えているところもある。それでいいと思う。
・都会でしんどかったら田んぼに来てぼーっとすれば気分爽快になるよと、若者に訴えたい。
・米は大きな田んぼでないと。どんどん機械をいれて農業しやすい環境にしたい。
・中山間地、条件不立地でももやって行かないと。山と畑の接点で活動する人を増やさないとならない。山の管理や狩猟、林業など。これ以上獣を増やさないようにしないと豊かさを維持できない。
・農業を守るために山を守る。伐採したところでグランピングしたり、山で茶会等。山に入って行けばいい。篠山は入れる。
・農業だけだとダメ、いろいろできるマルチプレイヤーを目指す。
・交流の中で、都会の人に例えば「苦労豆」と呼ばれるほどの黒豆づくりの大変さを知ってもらい、獣害から一緒に自分たちが守った黒豆という認識をしてほしい。特別な黒豆になるはず。そんな中で本当に美味しいという声を聞けば、農業者のモチベーションになる。
・田舎には人口が減った時、コンパクトになった時でもやっていけるノウハウがある。上水道がダメなら簡易水道、下水がダメなら合併浄化槽と。そんなアドバイスを都会にしてあげたい。
・鹿を解体しながらそれをスポーツトレーナーの研修に使った。筋のつき方などが具体的にわかる。狩人×?をいつも考えている。
・集いの強化が大事。人が話し合っていろいろなことを決めていく。そのためにもいろいろなカフェがあるといい
・発信するにも情報源がいる。こういう出会いの話し合いの場が必要。
・ブランドなどはあっという間に消える、そうならないように日々コツコツと積み重ねる努力が必要だ。
・昔の料理や味の伝承が必要。学校給食に篠山の味を出そう。
・あらゆることに子どもを混ぜていこう。
・100均ライフから、100年ライフへ。篠山がそれを提唱しよう。
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要約してこのくらいですから、本当はもっと意見が出ています。つくづく思うのは、『みんなよく考えている、よくわかっている』ということです。

私は一応アドバイザーという役でしたが、こちらが勉強になりました。他の2つのグループも内容濃い話し合いだった思います。

私たちのようなよそ者が来ることで、話し合う機会ができるならば、「丹波篠山スローライフトーク」なんて集まりを、定期的にやったらどうでしょう。毎月の美味しいものがあれば、よそ者は話し合いに飛んできます。

フォーラムのパネルトークはどうしても大きな話になりがちです。グループトークの市民の皆さんによる、手の届く具体的なこういう話が、私にとっては重たいみのりある場に思えました。

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ゆとりある記 篠山時間を振り返り 2019/03/18 4:26 pm

よそ者と土地の人との交流では、いろいろなことが起きます。良いことだけでなく、嫌な場面や失礼なことも。

篠山の観光施設でおかしいな?と思うことがありました。

一方、訪れた我々側は静かな町並みを奔放に歩き、宿を大勢で覗き込んだり。私などは「早く早く」と大声を上げたり。

お互いの無礼に目を向けないと、本当の磨き合いにならないと私は思います。ただ今、反省しきり・・・。

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※今回は写真は無し、長いのでお時間あるときにどうぞ。

さて、交流にはお作法があります。

お金を払ったんだからわがままする。旅の恥はかき捨てでいい。お金をいただいたんだからかしずく。お金さえいただけば、後ろでアッカンベーをする。これが、今までの観光の世界でした。よそ者と土地の人は、お金を間に関係が作られていたのです。

それが交流時代となると、お金は間に入るものの、そのお金が最終目的ではなく、お互いが何かを得るように時間を分かち合うことになる。ともにいい場をつくろうと気遣い合うということになる。

でもそれは理想であってなかなかそういうわけにはいきません。お作法が身に着くまで経験の積み重ねなのです。

今回、スローライフ・フォーラムで40人近くが視察に回り始めた時のまず最初の昼ご飯のことでした。お店に着くと、なかに入れてくれない。理由は「まだ用意ができていません」とのこと。待合の部屋もないので、皆が入り口や階段に立ちっぱなしとなりました。

団体用の部屋をのぞけば、ほぼ料理は並んでいます。あと小鉢とお味噌汁くらいでしょうか。それなら、まずは座らしてもらいたい。

「全部そろってなくても座るだけ、いいですか」
「いえ、用意ができてからお客様を入れろと言われていますから」従業員の女性は頑なです。

お店の厨房の方に回り、「責任者の方は?」と聞き、「料理が揃ってからじゃないとダメと言われ、皆、外で待っているのですが」と訴えました。

店長?らしき人は「ええ?何で」と言いながらやってきて、私たちお客の前で「なんで入れないんだ?」「だって、用意できてからっって言ったじゃないですか」と口論。結局「どうぞどうぞ」と店長は私たちを案内し座ることができました。

女性店員さんは「出来立てを食べてほしかったんです」と私に言いますが、食事のメインの黒豆コロッケは冷たく冷えています。そんなスタートでした。

その時何が大事なのか、判断できる人が育っていないと、世の中上手くはいきません。メニューの説明もないので、せっかくの黒豆や山の芋を使った昼食が味気ないものになりました。

でもこれには伏線があります。団体で席を確保するには、ある程度の値段の豪華な定食を頼まなくてはならない。それを私が値切って1200円のものにしていただいた。高い定食にすれば、1人パートさんを頼めたのかもしれない。

女性店員さんも一人でパニックだったのです。そこに東京弁の私にガミガミ言われて、膨れっ面にもなりますよね。

続いて、観光施設のアプローチの坂道ででした。「足元注意」という看板が立っています。何故注意なのかわかりませんが、その危険なところを覆うように分厚いベニヤ板が乗せられています。

そのべニヤが反り返っていてこれ自体が実に危ない。ベニヤにつまづいて転びそうになる。少なくとも3人つまづくのを私は見ました。

本当なら私は気づいたのですから“気づいたもの責任”として、施設の人に言いに行くか、べニアをどかすかなどすべきだったはずです。それを「危ないな〜」なんてつぶやいて、眺めていました。

どなたか男性が「裏返した方がいいのでは」とつぶやく。そうこうしているうちに、1人の男性が見かねてベニヤを裏返す。それをみんな見て、ある意味ほっとしたのですが、それでもまたつまづく。

つまりベニヤをポンと乗せただけではもともとダメなのです。それで何とかなると踏んでいる施設がおかしい。何度もつまづく人が出ているうちに、チケット売りの女性がようやく何か変だと気付きました。ベニヤに近づくところまでは見ましたが、どうしたのやら。

誰もが自分の持ち場だけ守ればいいと思います。私のように「危ないな〜」と眺めることはできます。でも、一歩踏み出すことでいい場づくりはできるのですが・・・。

なんて反省する前に、お客様が必ず歩くアプローチをそんな状態で平気でいることが??ですね。

さて、篠山の悪口を書いたようになりましたが、実はこちら、よそ者グループもひどかった。

篠山には城下町全体をホテルにという考え方で古民家を改修した「NIPPONIA」という名のホテルが何棟もあります。一般社団法人ノオトというところが、10年くらい前から進めるプロジェクト。ホテルに限らず、街を歩ていると「ここもノオトさんが入ってお店にしつつあります」という解説を何度も聞きました。

この動きは有名ですから、チラリとでもホテルのなかを覗きたい。レストランなら窓の隙間から様子を眺めたい、料理の匂いも嗅ぎたい。と、私たちよそ者は思います。そうなると、しっとりしたいいムードの「NIPPONIA」ののれんをあげて、いくつもの頭がのぞくことになりました。

ちょうど到着のお客様があったのに、この群がったよそ者は気づかない。そもそもそんなふうにならないようにノオトさんでは視察についてきちんと有料のメニューを用意されている。

これは我々の旅の恥はかき捨て行為、かき捨てられた地元はたまりません。ほんとにごめんなさい。

よそ者はわがままです。私のことです。フォーラム会場に、「普通の花など飾らずに、地元らしい何か飾りを」と役所にリクエストしていました。それはいいことではありますが、担当者の仕事が増えます。そういうなら私が自分で探して飾ればいい、のです。

なのに、やさしい役所の方が、どこかで木製のイノシシを借りてきてくださいました。これが数頭並んだだけで、牡丹鍋が名物の篠山らしくなります。

そうなると、私は周りにササの山など作りたくなる。「杉の枝や、ササの枝などあるといいなあ〜」。つぶやいたところで、私が山に入って採って来るわけでもない。ジワジワと望むのですからたちが悪いです。

一度諦めたのにも関わらず、その希望は周りに染みだしていました。チラリと子耳に挟んだ善意の地元の方がササを用意してくれる、「と言っていた」と聞くと、「ああ、もういいのに」と思いながらも「ありがたいな」とも。

そして結局数本のササが既に開場した会館に届いたのでした。木製のイノシシにふわっと置くだけで雰囲気が出ます。ここまでしてくれて・・・と嬉しいような、申しわけないような。これもまたごめんなさい、なのでした。

学識経験者とか呼ばれる人たちは、実によく語ります。語ると興奮して、止まらなくなります。声も大きくなります。地元の方々の話し合いの傍聴でつい大きな声で話し、しまいにうるさいと怒られた。怒られた方は「休憩時間かと思っていた」のですが・・・こんなこともありました。

そして、話し合い、交流すると言っていながら、ついつい説教がましく話をしてしまう。東京目線を振りまわす。ふと気づくとそんな私が居たりしたものです。

篠山は素敵なところ、文化的なところと強い思い込みがありました。町屋が美術館に変わる!「まちなみアートフェスティバル」など資料を見ただけでも素晴らしいと思います。一度、ちゃんと来なくてはと思います。

そんなところなので、冒頭のちょっとしたソフトの不備がこたえるのです。「篠山でこんなことがあるなんて・・・」と思ってしまうわけです。

ただの観光客なら、熱心に見学しないし、語り合うこともないでしょう、でもこれからは興味のかたまりのような我々のような人たちが地元の人と語りたくてやってくる。きっとトラブルも増えます。

双方に、お作法ができあがっていかなくてはなりません。今回の失敗は、よそ者、地元、共にうかがえば、ここに書ききれないほどあることでしょう。

無礼ごとも含めて、これからも交流を勧めましょう。臆病に本音を出さないでいたら、今までの観光と同じです。悪いところも出し合いながら、指摘しながら、磨き合いましょう。

よそ者として失礼しました。そして、これからもよろしく。

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スローライフ運動 雲部のもてなし 2019/03/11 5:49 pm

地域の味で集う「夜なべ談義」は、わがスローライフ・フォーラムの名物です。

今回の篠山市雲部「里山工房くもべ」のお料理には皆が感激でした。

焼き豆腐、なます、押し寿司、ぬた、白和え、などなど。献立は素朴ですが、身体に良いものを、手間をかけて料理している。

都市部はもちろん、田舎でもこういう味は消えつつあります。雲部の人の心意気が、篠山市の印象を高めてくれました。

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毎回この「夜なべ談義」をこしらえるのには苦労します。地元の味でお願いしたい、他所からの何か持ち込みもあるかもしれない、安上がりに。普通の旅館やホテルでは面倒で断られます。

でも、何処の土地でも同じような、お刺身、天ぷら、ミニステーキに頼るような宿料理で交流などしたくありません。


たいていの場合、板前さんが柔軟な発想や技がなく、「出来ない」の一言で終わります。

というなかで、「里山工房くもべ」は「了解!」、即答でした。「とことん地元の味を作りましょう」と。全国各地から篠山市に集まる、ある意味“観光慣れ”している人たちが、何を喜ぶのかお判りなのでした。


廃校になった小学校ですから、ハードは宴会用にはできていません。一階に、ランチ中心のレストランはある。でも、きっと80人近い人たちのパーティーは初めてだったかも。

下見に行ったとき、ここの責任者・今井さんの笑顔と自信に惚れて、お願いしました。



うかがう3日前にはこんなメールが届きました。

「3月9日丹波篠山雲部へ御出でくださる皆々様方へ 丹波篠山雲部 里山工房くもべの今井でございます。いよいよ3月9日スローライフ学会前夜祭(夜なべ談義)が迫ってきました。 今、丹波篠山は、紅梅、白梅咲きそろい、野には土筆や蕗の薹が我先に土中から顔出しています。また、山野辺には藪椿が咲き、まさしく春到来を感じさせます。さて、当日、皆様ご賞味いただく献立も決まりました。今日は徳利、盃、手塩皿類、料理を盛る鉢類も準備できました。明日からは黒豆を煮たり、蕗の薹を収穫したり、鹿肉を調理したり、大根、白菜などなどの野菜も収穫をして水洗いをするなど、皆様を心からおもてなししたく、喜心、老心、大心の心構えで、里山工房くもべのスタッフ一同取り組んでおります。どうか心安く弥生の夜を丹波篠山雲部でお過ごしください。重ねて心よりお待ち申し上げております。合同会社里山工房くもべ 代表社員 今井進拝」

このメールを読んで胸が熱くなりました。食事に行く予定のところから、こんなに温かなお手紙をいただいたことはありません。

このお手紙をスローライフ学会参加者、皆が読んで、いざ、篠山市雲部へ、となったのです。「篠山はなんていところなんだろう」と、行く前から誰もが思ったことでしょう。



前日、チラリと様子を見にうかがうと、私よりずっと先輩の皆様が、机椅子を運んだり、棚に布をかけたり。食器は昔ながらのものが集められています。紙コップ・紙皿などの出番はありません。頭が下がりました。






そして当日、ずらりと並んだお料理が凄かった。最初に目を引いたのは錦糸卵が春らしい「黒豆寿司」、名産の黒豆が炊き込まれたご飯の押しずしです。「さばずし」もピカピカ。昔は魚がここまで届かない、鯖は貴重だったのです。





なますを豆腐であえるここ独得の「豆腐なます」。一軒ある手作り豆腐屋さんの炭火で炙った焼き豆腐を煮たもの。「たいたん」という言葉にほっこりします。

名産の山の芋と栗を使った「きんとん」、「鹿肉の香味揚げ」「ネギのぬた」「菜の花の辛し和え」等々、有名な「牡丹鍋」も野菜一杯で湯気を上げていました。

これらをどのように出すのか、これが雲部の知恵の見せどころでした。大きな部屋はないけれど、学校なので廊下はあります。廊下を活かしたバイキング方式になりました。





理科室で作った猪鍋を、廊下の窓から顔を出していただくというバイキングも。これもアイディアですね。廃校が、この日は見事に生き返った感じです。

おもしろい趣向で、取り皿にいただいてくる、様々な田舎料理。その味に、会場が狭いなんて文句は出てきません。皆ご機嫌で、次々にスピーチをしたり、お土産物を配ったり。

テーブルの上のお皿には、好みのいろいろな料理が並びます。料理を挟んで地元の人と、他所の人が語る語る。そして料理を取りに行ったら、座る場所を変えてまた話す。




「あ、それまだ私食べていない」「昔はこういう料理はお葬式や法事なんかでよく作ったの、今はなかなかね」「こんな焼き豆腐食べたことないです」「バーナーで焼いてるのとちがうよ」「猪って柔らかい、美味しい」「味噌味が独得でしょ。スープがおいしいよ」「地酒も地ビールもいけますね」「油揚げはこういう風に甘く煮なくちゃね」「黒豆納豆の天ぷら、食べてごらんうまいよ」

途中で今井さんが、料理を作ってくださった地元の女性たち、配膳係の助っ人たちなどを皆に紹介してくださいます。

マイクを持ってスピーチなどしない、女性たちですが、この料理がすべてを主張し、本質を語っていました。



米、黒豆、山の芋、野菜を育て、収穫し、どうすれば美味しく食べられるのか、代々伝えてきた、この地の人の文化・技に抱かれた思いです。

訪れた私たちも、地元の方々のご苦労が分かるので、握手や拍手、感謝の夜になりました。

もしこれが、普通のホテルの宴会場で、何処にでもある料理を囲んだら、こんな感動や交流はなかったでしょう。今回篠山を訪れた私たちの仲間が、「篠山よかったよ」と語る半分以上は、このおもてなしによるものと確信します。

ネオンや明るいビルの無い、真っ暗な里山雲部の夜。地元の人と、外からの人がそれぞれに輝いていました。

雲部で知った本当のスローフード、スローライフです。ありがとうございました。

※写真は一部、事務局スタッフの藤井頼暁さん撮影のものをお借りしました。

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お仕事 湯沢の食 2019/03/04 1:48 pm

先日出かけた秋田県湯沢市では、地域の味を楽しみました。

長い根っこも味わう「三関セリ」、雪の中から掘られるアサツキの芽「ひろっこ」、茄子と菊の花とお米を使った甘い漬物「花寿司」、地元の人のおやつ「オランダ焼き」、名産の「稲庭うどん」、地酒。そして、地元女性グループによる様々なお料理の試食。

「食」は地域の顔、表情豊かな湯沢に魅了されました。
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この前は「湯沢の雪」について書きました。http://noguchi-tomoko.com/modules/yutoriaruki/details.php?blog_id=504

今回は「食」です。真っ白な雪に閉じ込められたようなこの街で、人々は何を食べているんだろう?

いつも私は、その土地の普通の人が食べているものが気になります。今回も、湯沢の人が毎日のおやつに買っているジモティーな味からスタートしました。


「オランダ焼」です。以前来た時に食べ逃し、気になっていました。駅前にある、お店で焼いています。

よく見ると、「高市青果」というお店。もとは八百屋さん?まそんなことどうでもいいんです。

メニューはけっこうあるのですが、お客さんのほとんどは「オランダ5つと、イモ5つ」なんて買い方。


人気はこの2種に集中しているので、私も迷わずこの2つにしました。

何でオランダ?という質問をしたくなりますが、それもどうでもいいんです。

とにかく三角に切った耳の赤いペラペラのハムが2枚入り、マヨネーズがコラショと絞られる。


今川焼の中身があんこではなく、ハムマヨというしろもの。「さつまてん」は甘味の強いサツマイモをホットケーキミックスでくるんで揚げたような感じ。

熱々を店先でいただきました。食べだすとお茶がすっと出てきます。休憩中のお店の女性が、自家製の即席漬けも勧めてくれました。


その土地に行って、最初に口にした味で土地の印象が決まる。と、いつも思っています。

湯沢での最初の味は大成功でした。「ウェルカムオランダ焼」ってところでしょうか。

商店街を歩くと面白い!見るのも聞くのも初めてのようなキノコ類、山菜の塩漬け等が売られています。食べ方を教わりたいな〜。

ホテルでの夕飯です。「せりのキムチ風」、「せりのかき揚げ」、きりたんぽ鍋にもせりがどっさり。そう、湯沢はブランドせり「三関(みつせき)せり」の産地、しかも根っこまで食べることで知られています。

根の歯ごたえと香りがたまりません。エビの天ぷらは全国どこでも食べられますが、このかき揚げは湯沢だけでしょう。

この日、私は「スローライフのまちづくり」という話をさせていただいたのですが、その半分は食べ物の話でした。地域を大事にていねいに暮らすには、土地固有の食べ物、食べ方が大切だからです。

私の話を証明してくれるように、講演会のあとは湯沢の女性グループによる伝統の味・健康な味の試食会。さっきまで壇上にいた私も、いただきま〜すモード!

「いぶりがっこチーズのせ」これはお酒がほしい。

「せり焼き」というものも。これはせりの炒め煮のようなもの。これもお酒が合いそう。

「切り干し大根の煮物」はいい味、あ、海草を使った「エゴ」もあります。ああ、お酒が。



ご飯を半殺しにして丸めて汁に入れた「だまこ汁」、普通のうちでよく食べるのはきりたんぽよりこちらの方が多いのだそうです。

これなら私にも作れそう。でもお米の味がやっぱり違いますね〜。






6団体の方々がお料理を作ってくださっていましたが、どのグループも「ね、美味しいでしょう!」と自信たっぷりの顔。

この女性たちの永年鍛えた技と、胸を張った笑顔がこの美味しさを作り出すのですね。伝統の味だけでなく、それを活かしたアイディア料理もあり、作り方を知りたかったのでした。


私はあまり時間がなく、つまみ食いでしたが、ゆっくり食べれば、そして皆さんと「お茶っこ」しながらいろいろおしゃべりすれば、さらに美味しい時間となったことでしょう。

この「こざきねり」という不思議なデザート?も忘れられません。





ところで、私はどうしても、どうしても、「三関せり」が欲しくなってしまいました。

すぐなくなってしまう人気ブランド品です、予約をしておいていただき、しっかりと入手!こんな立派なせりは初めて見ました。





栽培している地元の方から、料理のレシピもいただきました。根っこはよく洗ってあること、冬場はビニールハウスの外側は寒いので丈は短く、中側は長く伸びること。いろいろ教えてくださいます。

もっとゆっくりうかがって、三関せりのウンチクをうかがえば、さぞかし面白いだろうと思いました。



せりと一緒に、「ひろっこ」も美味しいよと勧められ買いました。アサツキの芽、雪の中から掘り出すのが大変だそうです。雪深い土地の、春を求める味なのでしょう。

海苔で巻いて天ぷらに、酢味噌和えも、と、同行の方からアドバイスがあります。

紫色のものは気になっていた「花寿司」です。土産物屋さんのものはもっと潰れてしまっていますが、これはさっきどなたかが作ったばかりという美しさ。

ご飯も入り、寿司ではあるのですが、甘い。菊の花の香りと黄色と紫の色と、紅い唐辛子が何とも言えない華やかな美味しさ、美しさです。

さて、いよいよ帰路に着きます。車で送っていただいたまでは良かったのですが、ワサワサ勢いよく繁る長いせり5束、ひろっこ、クルミ、花寿司、これ等の買い物に、お土産にいただいた「稲庭うどん」が私の荷物の現実となりました。

それなのに夫に「オランダ」+「イモ」のセットをお土産にしたく、さらにどっさり買ってしまい、湯沢駅での私は行商の人のような姿になってしまいました。

大荷物、雪のホームで佇みながら考えました。湯沢の食は人を虜にする・・・。

街なかのお店を回りながら、少しずつ地元のものを食べる。ゆくり歩きながら、あっちに寄り、こっちに寄り、もちろん地酒もちびりちびり。

せりの扱い方や、キノコ料理、ご飯の“半殺し”の仕方、などなど地元のおじちゃん・おばちゃんから教えてもらう。花寿司などスイーツ感覚で作りたいもの。

食のツーリズムが可能です。今あるもの、人、技術を活かし、繋げるだけでできる、スローフードウォークです。都会へ食いしん坊集まれ!と呼びかけてみましょう。

実は、今回書ききれていないもっとたくさんの味があります。これだけ固有の食文化があれば、敵なし。伝承のためにも交流は欠かせません。毎月代わりで、いろいろなカリキュラムを作れますね。

何だか食いしん坊としては、ワクワクしてきました。

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ゆとりある記 黒糖作り 2019/02/25 10:04 pm

サトウキビを絞り、その汁を煮詰める。単純な作業ですが、なかなか難しい。

大規模工場で機械生産なら楽なのでしょうが、昔ながらのかまどで薪をくべ、大鍋で4時間、人が混ぜ続けて煮詰めていくやり方。混ぜ物も一切ナシ、こだわりの黒糖作りです。

出来上がりは単純でない甘さ、なんとなく海の香りもする色々な旨味の含まれた濃い甘さ。元気になりそうです。雲仙市南串山で。
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雲仙市の南側、南串山町。ジャガイモやレタスをつくっていますが、サトウキビも栽培しています。

ザワワ、ザワワ♪という歌がありますが、この海風がどうもサトウキビを健康に育てるらしい。

有馬自然食品の南串山工場にうかがったのは、先月のこと。この冬の黒糖作りの最後に間に合いました。

竹さおのようなサトウキビが積んである、海辺の小さな工場で4人ほどでの作業です。「黒海道」という品種のサトウキビ。これをを刈ったら絞って、汁をとり、煮詰める。その工程は毎日決まった形では行われません。

今日はこの人数でこの作業、今日はやらない、などなど、なかなか見学したくてもタイミングが合わなかったのでした。

作業場の奥に据えられた煉瓦とコンクリートのかまど、火口は4つ。大きな釜が4つのり、それぞれから湯気が勢いよく上がっています。

釜のは30分置きで仕掛けられ、順繰りに4時間立つと汁は煮詰まって、黒糖になっていくわけです。



薪の燃える匂いと、サトウキビの汁が煮える甘い匂いと、湯気と、熱が、作業場に満ちています。










グラグラ煮える汁を、働く男性たちは一時も目を離しません。大きな木製のヘラで、かき混ぜ続けます。

そしてアクをていねいにすくって。







私が舌なめずりをしていたのでしょう、カップに煮えている汁を汲んでくださいました。










「う〜〜ん、おいしい」サラサラとはしていますが、もう黒糖の味です。

これをパンケーキなどにかけたら美味しいだろうな〜。







そうこうしているうちに、一番端の釜が煮詰まって来たようです。温度を計っています。










ここまでドロドロになると、混ぜるのは二人がかり。力がいるし、すぐ焦げてしまう。










鍋に数滴たらすと、代表の宮崎さんが外へ走り出しました。瞬間のかたまり具合と、その色を海辺の明るさの元で確かめるのです。









良しとなったら火を消します。かまどの薪ですから、即は消えません。火を出し、サトウキビの搾りかすをかけたりします。









そして今度は大きなすり鉢へ移して、ゴリゴリゴリ。こうして空気を混ぜ込まないとカチコチの飴になってしまう。

なるほどまた試食したものは、既にお箸の先につければ飴になっていたのでした。





計りの上に型をのせ、重さを計りながら流し込みます。ここまで来るのに4時間から6時間くらい。

何だか魔法の薬ができあがったような感じです。







食べやすいようにサイコロ状に切り分けて出来上がり。

最近は、生姜入りなども作っているそうです。








商売としては全く合わない作業でしょう。こんなに手間がかかるなら、もっと高価でもいいはずです。

でもここの黒糖男たちはそんなことは言わない。要はこの作業が好きなんですね。そして、誰かがやらなくては無くなってしまうから、なのでしょう。

もちろん完全手作り釜炊き黒糖となれば人気です。引っ張りだこで品物は足りない。

でもサトウキビ栽培をしてくれる人が増えないと、黒糖もできないし、釜の前で何時間も混ぜる作業に耐えないとこの味ができない。

ただ甘いだけでない、旨みと、少し塩のような味も感じる、濃い、でもすっきりとした甘さ。上等なお菓子を食べているような本物の黒糖です。

どなたか志ある若者たちが、この作業を継いでいかないでしょうか?

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ゆとりある記 湯沢の雪 2019/02/18 1:43 pm

秋田県湯沢市を訪問、豪雪地帯です。東京から行った者には白い世界が珍しく、はしゃぎました。

雪に埋もれた電話ボックス、雪下ろしの様子、除雪車、避寒して市役所で勉強する学生、写真をたくさん撮りました。私と同じように外国人グループも雪そのものを夢中で撮影です。

雪の苦労を横に置けば、特別な体験でなくとも、雪国の日常を見せるだけで観光メニューになると思います。
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今年の秋湯沢で「第2回地域共生社会推進全国サミット」が開かれます。今回はそのプレイベントとして行われた「平成30年度湯沢市地域福祉セミナー」へお邪魔しました。

その間に歩いた、見た、雪の世界がなんとも印象深かったのです。

ホテルから眺めた湯沢の中心街です。雪国に来たな〜と実感します。この写真を撮ってすぐに家族に送るくらい、雪の経験の薄い都会人には嬉しいものです。








ちょうど湯沢の冬のお祭り「犬っこまつり」が終わったばかり。商店街には犬っこを祀った雪の祠「おどっこ」がまだ残っていました。どうやって作るのか?シンプルでおしゃれな形です。犬っこまつりにはのべ17万人の人、500匹のワンコが訪れたそうです。





地方の駅前商店街は何処も同じ、シャッターの閉まったお店が目立ちます。雪かきする人の居ないお店前には雪がこんもり。喜ぶ話ではないのでしょうが、よそものにはスリルある商店街に思える、そろりそろりと歩くことそのものが珍しい行為なのですから。





学校がえりの小学生が「投げるのと受けるのと、交代でやろう」なんて言いながら、雪のぶつけっこをしています。雪遊びしながら帰るなんて、東京の子たちにもさせてあげたい。







公園にある電話ボックスは、半分くらい雪に埋もれていました。「冬期間使用中止とさせていただきます」の貼り紙。無理もありません、そもそも電話ボックスまでたどり着けないし、ドアも開かないし。

でもこの雪帽子をどっさり被ったその姿が、かわいくて愛おしくて・・・。何枚も写真を撮っていたら、歩く人に「???」と見られてしまいました。

屋根の上で雪下ろししている人の横を、除雪した雪を運ぶトラックが通り抜けます。

毎冬、この雪との付き合いに、いえ戦いに、どれほどの労力とお金が使われるのでしょう。





ツララだって、私はきれいと思って写真を撮りますが、地元の人には何でもないもの。むしろ危ないもの、嫌なものなのでしょう。

「きれいだなあ〜」と何度もつぶやく私と、住んでいる人のギャップは大です。





雪に埋もれそうなお家は、砂糖菓子でできているように見えます。雪砂糖のお布団をかぶって、ふんわりと眠っているかのようです。

春になったら、「わ〜〜〜よく寝た」なんてこのお家が手足を伸ばし、雪を振るって落とすのでしょうか。なんて童話のようなことを想像します。



でも現実は、雪下ろしができないのか?空き家なのか?心配しなくてはいけない状態でしょう。

そんな家がいっぱいあります。童話では済まされません。道路横の歩道が雪で埋もれると、車道を歩かなくてはならない。だから歩道を確保する。そんな作業も日常のことです。



きれい、素敵といった雪が、風と共に吹き荒れてくると、車にに乗っていても怖さを感じました。

私はこれで東京に帰るけど、湯沢の人たちはこの雪と暮らしていくのですね。

そんな中、湯沢市役所に行くとホッとする光景がありました。避寒できる市役所ロビー、どんな雪でもここなら安心と、高校生が勉強中。東京のコンビニにたむろしている学生とは、違う姿です。

女性グループが手芸のサークル活動中。家でひとり寒々としているよりも、市役所に集まれば暖房代も節約できるし、人にも会えるし、心もぬくもるのでしょう。

この日は休日でしたが、平日はもっともっと学生さんが集まっているとか。市役所もそのために遅くまで開いているのです。ここでは窓の向こうの白い雪が、むしろ温かく見えました。

雪国の厳しさも含めて、こんな湯沢の雪暮らしをガイド付きでご案内して頂けたら嬉しいです。何も地吹雪ツアーや屋根の雪下ろしなんてハードなメニューでなくていいのです。

ただの雪の積もった庭や、古い建物を盛んに写真に収める外国人の方々に何人も会いました。私と同じ、雪というだけではしゃぐ人たちです。

雪の似合う場所に連れて行ってもらったり、雪のなかをかき分けて祠にお参りしたり、街路樹に着いた雪が冬の桜のように見える風景を撮影したり、ツララの下がる路地をくねくねと歩いたり、除雪作業を眺めたり。

そんな湯沢の普通の雪暮らしを知るだけで、ちょっとのぞくだけでいいのですが・・・・。もちろん雪かきの必要な商店街の歩道くらいなら、素人の来訪者も多少お手伝いして帰ることもできますね。

雪の街のウォッチングツアー、1時間2000円。最後は市役所で感想お茶っこミーティング。参加記念に雪貯蔵リンゴ一個付き。そんな企画を誰かしてくれないかな〜。

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写真でみるゆとりある記

和歌山県湯浅で
釧路市阿寒湖の森で
谷瀬寄合2018スタート
本多木蝋工業所

連絡先

野口 智子 のぐち ともこ
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局
ゆとり研究所

TEL 090-7433−1741
E-Mail yutori@noguchi-tomoko.com

NPOスローライフ・ジャパン
〒160-0002 東京都新宿区四谷坂町9−4 リカビル301
TEL 03-5312-4141 FAX 03-5312-4554
E-Mail slowlifej@nifty.com


略歴

<野口智子(のぐちともこ)>
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局長
千葉市生まれ。東京でコピーライター、プランナーを経験。1977年静岡県に移り企画・編集プロダクション設立。
1992年ゆとり研究所を開きコンサルタント業務を開始。
ライフスタイルの提案、「一店逸品運動」による商店街の活性化、時間消費型観光おこし、人材育成などの分野で活動。
2000年からスローライフ運動を開始、2003年スローライフ・ジャパンを設立、現在、事務局長・副理事長。
2006年から活動拠点と自宅を東京へ。現在はスローツーリズムの提案、商品開発、地域観光の育成、都市と田舎の交流、移住・定住プロジェクト、“食”をテーマにしたまちおこし、などに力を入れている。住民参加の独自の楽しいワークショップが得意。
現在、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域再生マネージャー(ふるさと財団)、国土審議会半島振興部会委員。