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お仕事 田舎体験ハウス玉岡 2017/01/23 12:35 pm

奈良県十津川村谷瀬集落で、むらおこしや移住促進にむけて、村外の人が農作業や、むらの暮らし体験をしたりする拠点です。

といえばかっこいいですが、空き家を少し片づけてそのままの利用なので、都会人にはあまり快適ではありません。

「でもそれが田舎の現実で、それが嫌ならここには住めないから特別に改修しない」というのが集落の人たちの考えです。

潔い、と私は思いました。
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私のNPOがむらおこしをお手伝いしている谷瀬の集落です。日本一の吊り橋があり、柚子で作った珍味「ゆうべし」が特産品。

もう何度もこのブログでご紹介していますね。通って4年になろうとしています。

ここのむらおこしは、ただの生活道に「ゆっくり散歩道」と名前を付けて、観光客に歩いてもらおうということから始まりました。

外の人に谷瀬を見てもらい、気に入ってもらえば移住に繋がるのでは、というわけです。

かわいい道標を立てて案内すると、吊り橋まで来た人が集落を歩き出しました。

この看板などは、私の後からこのむらおこしに参加した、大学生が描いています。






つい最近、厳寒の1月21日にも、神戸から来たという若者がブラブラと、歩いていました。

こういう何でもない田舎の風景が魅力的なのでしょう。

春、秋はもちろん、真夏もかなりの人が歩くようになっています。




谷瀬のむらおこしの動きに欠かせないのが、この家。「田舎体験ハウス玉岡」です。

玉岡とは屋号、だから普通は「玉岡」とだけ呼びます。

正面が母屋、左手前が新宅と呼ばれる離れ。いずれも古民家などではない、普通の古い家。母屋は昭和のもの?新宅は平成になってから?と思える造りです。

バスを降りて、吊り橋を渡り、「ゆっくり散歩道」の途中から坂道をぐんぐん上ったところ。バス停から30分くらい歩いた高台です。

お店はありませんから、ここに来るためには食料も背負ってくる。車を使わない私には、けっこうハードルの高い場所です。


「玉岡」に入る前に、山の中を歩いてちょっとご案内。

この道を、懐中電灯を頼りに、夜歩くのは結構スリルがあります。

足の下には沢の音がする・・・。







そして毎回行くのが公会堂。ここで、ほぼ月に一回「寄合」と呼ばれる会合をしているのです。









私は、寄合のコーディネーターですから、要は引き回し役。年間のむらおこし活動が上手く前に進むように、合意形成していく係です。

ここで、昨年末に「田舎体験ハウス玉岡」のことが話されました。

移住者を目的に巨額の改修費をつぎ込んで、空き家をゲストハウスなどにするケースが多い昨今です。話し合って、谷瀬はそういうことはしないでいこう、という結論でした。

もちろんお金がないから、は、大きな理由ですが、冒頭にあるように「綺麗でおしゃれで、都会的な家に改修しても、村の暮らしの現実は違うのだから、最初から谷瀬の今が分かる、そんな体験ハウスであった方がいい」という理由でした。

つまり、それが分かっていて、それでもよくて、またはそれがよくて、ここに移住してくる人でないと、住んだところで続かないだろうというわけです。

なるほどなあ、と思いました。


さあ、「玉岡」です。昔の家ですね。

集落がこの家の管理をするようになったとき、家にあったものものをそうとう捨てたそうです。

そして、その後、この家には新しい役割が芽吹いていきました。





ズラリと並んでいるのは、名札までついた学生さんたちの作業着です。

集落を学びのフィールドとする大学生が、宿泊滞在することが多いのです。

先回来た学生さんたちが、帰りしなに洗濯して干していったのでしょう。

名札を見て、ああ、あのこも来たんだ、居たんだ、なんて考えます。



通ってきているのは、奈良女子大と奈良県立大のふたつのゼミ、その先生と学生さん達。

先生はお二人とも女性、学生さんもほとんど女子というのが特色でしょうか。

一部屋は荷物置き場にしています。



「玉岡」にはノートがあり、いつ誰がどんな作業で入ったかが分かります。

蕎麦を刈り取り粉に引く。畑を耕す。稲刈りをする。お茶摘みをする。花を植える。看板を書き換える。

こうした集落の農作業やむらおこし作業を学生さんが手伝い、または体験したいと集落にリクエストし、「玉岡」に合宿して活動する。

盆踊りにも参加する、餅まきにも裏方をする、空き家を休憩所にするための大掃除をする、寄合にもでる。谷瀬の半住民のように、暮らすように学んでいるわけです。



いつも思うのですが、あんまりきれいなハウスなら、都会と同じで学生さんにとっては変化がない、つまらないところでしょう。

というより、もともと都会の物差しを田舎に持ち込んでもしょうがないのです。

水は簡易水道ですから、「玉岡」に入ったら、まず蛇口をひねる。しばらくは茶色い水、時には砂が混じっていることもある。

田舎の水とは、そういうもの。その代り、塩素臭くない、飛び切り美味しいお水だと知るわけです。


お風呂も普通のお風呂です。この家族風呂で、学生さんが10人くらいとなると、いつまで経っても全員は入れない。

そこで、毎日シャンプーしなくてもいいや、とか、お湯がぬるくてもいいや、とか、シャワーに勢いがなくともいいや、など快適でなくとも暮らせるのだということを身に着つける。

私などは、湯船にすっかりふやけて浮いているムカデを引き上げて、しみじみしたこともあります。

虫と暮らすことが、田舎の暮らしなんですよね。密室でない「玉岡」には、いろんな虫がわんさかやってきます。

ただ、あまりに不便なことは何とかしなくては、ということになる。

学生さんたちはDIYも学びの一環として、ぶわぶわだったトイレの床を張り替え、ボロボロ落ちていた壁も塗り直してしまいました。

集落の大工さんの指導を仰いでの作業。これが、もともと綺麗にリニューアルされていたら、学生さんは技術を身につけられなかったでしょう。

少し前の田舎の人たちは、多少の家の修繕は皆自分でしていたわけですから。

そして、こんなトイレの札までも。

これは、私が泊まった時に、トイレのカギが壊れ、トイレが使えなくなった大事件に発します。









今回、私一人で「玉岡」に泊まってみて、あらためていろいろ考えました。

炬燵に入ってブルブル震えるのも、布団がいつまでも凍ったように冷たいのも、田舎では当たり前。

不便を工夫して乗り越えて、皆が暮らしてきている。快適でないから、不便だから、と困るのは、自分にそれを乗り越える知恵と技がないからなのでしょう。

そう思うと玉岡は田舎体験施設としては上級品、ということになります。


一人で寂しいなら、外の花を活ければいい。

大きな田舎家に一人泊まる寒々しさが、急に華やぎました。








時計の音も友達です。

かつて、採れたという大きな松茸の絵?写真?も、いろんな想像をかき立ててくれます。









そうやって過ごした翌日、きれいな朝がやってきました。

不便で大変で快適でない、そんなところだからこそ見られる美しい朝、そして味わえる空気です。







そう、やっぱり「玉岡」は今のままの方がいい。あまり、きちんと整備しすぎると、育つ感性も育たないし、訪れた人が強くなれない。

そんなふうに思ったわけでした。






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ちょっとしたこと 新巻鮭 2017/01/16 1:22 pm

お正月に、岩手県山田町から新巻鮭をいただきました。「寒風干し」ともいうそうです。スーパーで塩を振っただけの鮭に慣れた舌には、驚きの美味しさでした。

子どものある家庭に持ち込んで、家族大騒ぎでケーキカットならぬ鮭カット。切り身しか見たことのない鮭に、実は目も口も背骨やヒレもある。塩と風は、保存だけでなく旨みも作る。

いろいろ教えてくれた、生涯学習鮭でした。
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山田町の海辺でズラリと鮭が干されている光景を見たのは、去年の12月始めのことでした。

ブラリブラリと風に揺れる、存在感ある鮭の群れ。

近くにいた漁師さんは「北海道が主で、新巻鮭っていうから、うちでは寒風干しと呼ぶ」とおっしゃいます。

とはいえ、山田でも新巻鮭と呼ぶ人も多いので、ここでは新巻きと呼ばせてください。

昔は、暮れになると東京でも魚屋さんに並ぶことが多いものでした。お正月魚として、また保存食として、大事なものだったのでしょう。


それが、冷蔵庫も輸送も普及進化した現代。何もわざわざ魚を保存しなくとも、1日からお店もやっているし、子どもは肉が好きだし、などなどで、新巻鮭は肩身が狭くなっていったはずです。

しかし、鮭の採れる土地では、採れたからには新巻きに、やはり正月には新巻きが、お歳暮なら新巻きを、鮭を食べるなら新巻きだろう、と食文化が強く残っているわけです。

そこで、そもそも新巻きとは?とひもどくと。簡単に言えば鮭を塩にして、さらに干したもの。昔の保存法です。

私たちがよく「鮭」と言って買っている物を思い出すと、サーモンや生鮭は別として、「ふり塩」とか「塩鮭甘口」とか「辛口」とかになります。

これは、塩を振っただけのもの。または塩をまぶし保存したものでしょう。(だと思います)


新巻きは、というと・・・。鮭の全身に塩をすりこみ、重しをして5日間ぐらい置く。こうすると、身の水分が抜けて、つまりは鮭の塩漬けができる。

これを今度は塩を洗い流し、塩抜きし、そして寒風に1週間くらいさらす。この塩抜きと風によって乾燥させることで、初めて新巻鮭になっていく。

乾燥肉の旨味ができあがるわけで、ただの塩鮭ではないわけです。だから、そう思って、干されている鮭の身体を見ると、皮はバリッと乾いて銀色のバックや靴になりそう。身は一見ビーフジャーキーのような感じ、照りが出ています。

これを昔は、そして今でも、軒先に吊るして2〜3月頃まで食べたいる。保存のためにそうするというより、今やそうすれば美味しいからでしょう。


こんな風にあっけらかんと干して、カラスやトンビは持って行かないか?ネコはかぶりつかないか?と心配になりますが、近くに人が居るから大丈夫とのこと。

それに、海辺には、もっと生の食べやすいお魚があちこちに転がっていますから、この分厚い鮭の皮にかぶりつかなくともいいのです。

一本の値段は、鮭の大きさによりますが、4000円ぐらいから7000円位。出来あがった新巻鮭はなかなかの高級品です。



山田にいるときに、地元の方が家から焼いて持ってきてくださいました。

「輪切り?!」にビックリ。しかも厚い。ワイルドです。これを骨をしゃぶりながら手でいただく。

確かに、保存食でもあるのですから、塩気がないわけでない。減塩ライフの方には塩辛いかもしれませんが、それ以上に旨い。

塩辛かろうと、何だろうと、これは美味しい。とつい自分の血圧など忘れてしまう美味しさでした。

塩漬け、塩抜き、寒風干し、と手間のかかったスローフード。今までのふり塩鮭などとは全く別物です。



山田は鮭の土地。だから鮭まつりなどもあり、贅沢にも鮭のつかみ取りなんてイベントも。

震災後はできなかった催しが、だんだん復活し、昨年にはこんなお祭りができるまでになりました。

さて、その新巻鮭を年末にいただけるという朗報が入りました。暮れは紀の川市滞在だったので、そちらへと届けてもらいました。

岩手県から和歌山県まで、新巻君はやってきてくれたのです。




わが夫婦だけではもったいないので、お世話になっているあるお宅に持ち込みました。

箱を空けると、鮭の顔が、目がギョロリ、歯がギラリ!どや顔です。

子どもたちは大騒ぎで、ぶら下がっている縄を首にかけて、鮭ネックレスにしたり、鮭の顔の前で口を同じように開けたり。


そしてついに、お父さんが最初に切り始めました。

武器はパン切り包丁。ゴリゴリゴリゴリ。わりあい楽に刃が入っていきます。

「あれ、ダメやん?固いわ〜」背骨に当たりました、でもゴリゴリゴリ、なんとか行けます。


鮭が逃げないように?みんなで抑えるので、全員の手が鮭の匂い。子ども3人と、お父さん、お母さんとで鮭と格闘ですね。



ゴロン。「切れた〜〜〜」「わーい」

あとは、順番に、お母さんが切り、3人の子が次々と切ります。ちょうどヒレのところに当たった子は、「どうしよう、どうしよう」「ヒレだけハサミで切ろうか」云々。

すっかり乾いているかと思えば、切り口は意外にジューシー。なんとなく生ハムのような雰囲気もあります。


みんなが切っている間に、お母さんは早速グリルで焼きました。

お正月、新巻鮭が切れまして、焼けまして、おめでとうございます!です。

鮭全身を初めて見て、初めて自分で切った鮭です。皮の感触も、骨のゴリゴリも知って、そして初めて食べるこの味。

「白いご飯もほしい〜〜〜」と言いながら、パクパク。あらあらご飯が来る前に、無くなっちゃうよ。

美味しいものは、子どもにもわかるんですね。この子は、新巻鮭の味を、この経験をいつまで覚えているだろうか?

そんなことを考えながら、このお宅のお父さんと一杯が進んだのでした。



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ゆとりある記 「三奇楼」の時間 2017/01/09 1:54 pm

古い建物を改修し、地域おこし拠点やゲストハウスにする動きが盛んです。

奈良県吉野町の三奇楼もそのひとつ。料亭旅館だった建物が感じのいい宿泊施設になっています。

旅館ではないので基本、自分で自分の世話をする。地元の店で買い物し食事を作ったり、布団を敷いたり、片づけたり。

暮らすように泊まる2泊3日は、半住民になったようないい時間でした。
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「三奇楼(さんきろう)」があるのは上市というまち。

この上市が妙に古くて絵になるところだということは、前のブログで書きました。


これです↓
http://noguchi-tomoko.com/modules/yutoriaruki/details.php?blog_id=394



京都から近鉄特急で橿原神宮前まで行き、吉野方面に乗り換えて「大和上市」という駅で下車。

駅から古い街並みをぶらぶら15分も歩けば、三奇楼です。

真っ白い蔵と、アーチ形の門が目印。



昔の絵葉書を見ると、明治のころのこの建物は4階建てだったそうです。

吉野川に面していて、伊勢街道を行く旅人の宿、筏師たちの宿として栄えたとか。

鵜飼見物や宴会や、いろいろに使われていたのでしょう。林業が栄えていたので、まち自体がにぎわっていたのでした。

その後、個人宅として使われていましたが、たまたま雨漏り修理に入った地元の工務店がこの建物に惚れ、買い取ったのだそうです。

そして工務店オーナーが関わる「上市まちづくりの会リターンズ」の企画・運営によりさまざまな改修が進みました。


重い門を押すと、そこには昔の空気が流れています。

梅の木につぼみが膨らみ、玄関にはお正月飾り。ガラガラと引き戸を開けて声をかけると、「は〜い」とここの管理人娘“わたらいちゃん”(と私は呼んでいます)の声がしました。

彼女はもとは吉野町の地域おこし協力隊、今はここに住み込みで“女将”?をしながら、かわいいイラストや文章を書く仕事もしています。


玄関にはあったかな履き心地の良いスリッパ。

「お邪魔します」というより「ただいま〜」の感じ。








共用の台所にはおくどさんが。

でもこのかまどは使いません。快適なキッチンがきちんとあります。

冷蔵庫には調味料類がいっぱい。これは使っていいし、中央のテーブルにあるコーヒーやお茶、ミカンまでご自由に、というシステムです。


古いものを大事にしながらも、快適に泊まれるように工夫してある。

このスイッチもいいでしょう〜?

昔の電気が今まで保存されていて、通電したのではないかと思ってしまいます。



トイレの流し。

この細かいタイルが並ぶ曲線のライン、これもまたいいでしょう〜?

この洗面台ごと、もらいたいくらいの美しさです。





今回泊まった2階のお部屋、8畳半。床の間があって、掛け軸があって、こんな書も飾られ、向こうの部屋には懐かしい衣文かけが。

昔の家なので、そりゃあ寒いのですが、ファンヒーターでじきに温かくなりました。



部屋の横は広い廊下、その向こうにはウッドデッキ。夏なら即ここに出てビールですね。

かつてこの建物にあったデッキを、改修の際に復活したそうです。工務店さんの指導のもと、学生さんたちが手伝って。

わあ〜、その時手伝いたかったな〜。


台所の食器棚です。わかります?模様ガラスが。

このガラスのはまった調度品を使える嬉しさ。

ここから湯呑を出して、番茶を淹れる嬉しさ。




ダイニングです。ここでご飯を食べるもよし、パソコン仕事をするもよし。

大きな木のテーブルと、木の床の上のラグ。明るすぎない照明。

今回は、私の仕事の打ち合わせにも使わせていただきました。



お風呂です。こういうところは新しい、すこぶるよろしい。

浴室の壁は吉野ヒノキ、脱衣場は吉野杉。ほんわりと木の香が湯気と混じって森林浴気分です。

今回同行の夫は、自分でお湯をはり、入り、ご機嫌に温まって「木のお風呂っていいな〜」。


「あら、よくお風呂に入れたわね?」と私。
「だって、あそこに書いてあるもの」と夫。

そうなんです、あちこちに“わたらいちゃん”のメモがあり、宿泊者は迷わず、行動できるようになっています。



ダイニングのかわいい本棚。考現学の本やら、図鑑やら。

夫は、つげ義春の本を見つけて、「懐かしいな〜、久しぶりだ〜」

1階の、フカフカソファに沈み込んで読み始めました。




朝です。さすがに冷えます。

ウッドデッキに霜が降りています。川の水が気温より温かいのでしょう、もうもうと湯気が上がっています。その湯気が霧のようになびいています。

「霜、撮ろう!」と叫んで、寒いデッキに出ました。木のベンチに霜のクッション?

レトロなガラスの灰皿から、虹のような光が。きれいなきれいな三奇楼の朝でした。



お日様は廊下を温めてくれています。

ここでずっとトロリとしていましょうか。なんて思っていると「朝ごはんできたよ」と夫の声。

とはいえ、近くの店で昨日買ってきた果物とサンドイッチなのですが。

熱々のコーヒーがおいしいこと。


久しぶりの広い畳、そこにさす日差し。

こんな光景、昔見たっけ、、。

あれ、フォンヒーターが?
「“わたらいちゃ〜〜ん”灯油終わった〜〜〜」

「は〜〜〜〜い」


誰かにペコペコしてもらいたい人、シャキシャキとサービスしてほしい人、ピカピカの現代風がいい人、はここは向きません。

使い込んだものや、木の肌触りや、川の流れや、ガタピシの音などが好きな人にはたまりません。

多少不便でも、うろうろしても、それを楽しめる人には聖地です。

路地を歩き、出会った人とお辞儀をしあい、人のうちの洗濯物や花を眺め、そんなことをしながらここをねじろにする滞在。

繁忙期を避けてのお泊りをお勧めします。



三奇楼の時間をゆる〜く、ほっこりさせてくれる管理人娘さん“わたらいちゃん”。

この人の人柄で、三奇楼も上市のまちも、とっても得していますね。

三奇楼です。↓
http://sankirou.com/

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ちょっとしたこと お雑煮談義 2016/12/26 11:11 am

毎年暮れに、我が家では必ずお雑煮の話になります。

私は千葉出身で角餅派。夫は広島出身で丸餅派。丸だ四角だと、お互いこだわるわけです。

それが先日は、岩手県山田町でクルミ雑煮をいただきました。おすまし風お雑煮の角餅を、引き上げて甘いクルミだれにつけて食べる、独特の雑煮です。

こんな食べ方もあったんだとびっくり。このお正月、丸と角をクルミで食べましょうか・・・。

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(下の写真3枚は奈良県十津川村の丸餅)


丸餅、角餅についての話題は、よくマスコミでも取り上げられますが、家庭ではどっちを買うかですから、現実的です。

私が小さいころ、千葉市の実家あたりでは、搗いたお餅を大きな箱に広げ、まずは長方形にのし餅にして、切り分けていました。

家で搗かなかった実家では、「今年は米屋さんに何枚頼むか」という風に注文していました。

暮れに、まだふにゃふにゃしたのし餅が配達されます。これを切るのは父と姉・私の役目でした。

すぐには切れませんから、1日おきます。固くなりすぎなうちに、玄関などに新聞紙やゴザを広げて。

まな板と包丁が用意されて、いざ!でした。大根も用意し、途中で大根を切ると包丁がべたつかないのでした。

なかなかコツがいり、「切りたい」「いや危ない」などのやり取りをしながら、父と切り分ける作業が楽しかったものです。

ふざけて三角形になどすると、「それは智子が食べなさいよ」と怒られました。今でも、あのお餅を切るグサッとした感触を覚えています。


そんなふうに育ってきましたから、丸餅はショックでした。
家を出てから、あちこちの地方を回り、スーパーで丸餅ばかりを見た時は、こんなものかと思ったものです。

夫は、丸が当然と育ってきたわけですね。だから「サトウの切り餅」というのを見たときは、四角い特別な切り餅という固有のものと理解したそうです。

私の姉は実家にずっといた人ですから、当初夫がお正月に実家に行ったときは混乱しました。

丸餅の話を聞いて「ええ?!お正月にみんながお供え餅を食べるの?」と。丸い餅はお供えしか知らなかったのです。

いやいやと否定しても、のし餅しか頭にない姉は「じゃあ、のし餅を丸い型で抜くの?抜いた耳はもったいない」そんな会話が続いたものです。



今、私が通っている、和歌山県紀の川市は当然丸餅。周囲に聞けば「角餅、ってどうやって四角にするんですか?」と質問を受けます。

家の建前の時だけでなく、何かといえば餅投げの盛んな土地ですから、当然、痛くない丸でしょう。

同じく通っている奈良県十津川村も丸。以前の写真を載せましたが、とにかく丸餅ですね。皆さんの土地はどうですか?

雑煮の具も話題になります。わが実家は、鰹節出しで、醤油味、小松菜だけ。

夫は鶏肉と蒲鉾、三つ葉など。いまや、我が家は混ぜて具沢山雑煮になっています。

(下の写真4枚は岩手県山田町白石で)


それが、先日は「クルミ雑煮」を体験しました。岩手県山田町です。

美味しい味を「クルミ味がする」と表現するほど、クルミにこだわる地方だけあって、正月の雑煮にクルミは欠かせないとのこと。

「雑煮の餅を甘いクルミだれにつけて食べるんだよ」と聞いたのですが想像できない!?

すると先日、集落のお母さんたちがわざわざ作ってくださいました。和クルミをホジホジし、それをスリスリし、濃い砂糖湯でのばす。これがクルミだれです。



そして角餅を普通にお雑煮の中で煮て、それを普通に盛り付け、食べる際に、やおらクルミだれにつけて食べる。

クルミを直接つければいいと思うのに、そうではない。一回普通に雑煮にしてから、です。クルミだれまで含めて雑煮なわけです。




山田の人は「クルミでなくてどう食べる?あ、ゴマにすることもあるけんど」と。

う〜〜ん、丸だ角だ、でもめていたなんて、まだまだかわいい方でした。こんなに違う雑煮もあるのですから。




新年もまた、各地の食べ物や人との出会いを楽しんでいきましょう。皆さん、良いおもちを!



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ゆとりある記 上市パチリ 2016/12/18 10:16 pm

奈良県吉野町上市は、思わず写真を撮りたくなるまちです。

「特化した産業が衰退したまちは、フォトジェニックだ」とは、写真を撮る家人の言葉。

なるほどかつて吉野材の集散地だった上市は、静かに独特の雰囲気が漂っています。

昔の街道、繁栄を伝える古い建物や石垣がひっそりとどっしりと。

ほんの短い滞在で、どれだけシャッターを押したか。古さは新しい魅力になりそうです。
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林業は今も行われています。

吉野川の向こうには製材所が。










国道から一本中に入ると、この静けさ。

昔は、たくさんの人であふれていたとのこと。








川に並行してある道を繋ぐ細い路地に、表情がある。

あ、干し柿。









洗濯物が、なんだかいいなあ〜。












これが伊勢街道。












私の大好きな花、皇帝ダリア。

石垣が立派です。










こっちは白菜石垣。












花壇石垣も。












教科書販売所???












この階段入口はとうせんぼ。

どこに続いているんだろう?










植木がもこもこしてて、かわいい〜。











ちいさなまちに、造り酒屋さんが2軒もある。











路地の小さな祠に、ちゃんと花が活けてある。

ちゃんと暮らしている人が居る証拠。








路地で自転車のおばちゃんに会いました。

「ちょっとサイクリングして、豆とってきたの」








やっていないお店。

でも招き猫は、世間を招いている。









ここはやっているお店、駅前の食堂。

映画のワンシーンのようです。









昔からの食堂の包装紙。

今回はカレーを食べたけれど、次回はここ巻き寿司にしよう。








ずっととどまって、朝、昼、晩。

春夏秋冬の写真を撮りたくなった上市でした。

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ちょっとしたこと 「フルーツカレンダー」 2016/12/12 2:26 pm

果物産地、和歌山県紀の川市で果物をテーマにした暦ができました。

市民団体が、小学生を中心に果物にちなんだ絵を募集し、集まった603枚の絵から365枚を使って完成。

季節の果物、農作業の様子、子どもたちからのかわいいコメン
トなど、みていてなごみます。地域おこしのやり方としても学べる手法。

1冊700円、スローライフ・ジャパンへお申し込みを。
電話03-5312-4141 FAX03-5312-4554
E-Mail/ slowlifej@nifty.com

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これがカレンダーです。

作ったのは「紀の川フルーツ・ツーリズム研究会」。フルーツでまちおこし、交流おこしをしている市民グループ。この中の「学びチーム」が頑張りました。






もともと見本がありました。栃木県那須町の「那須暦」。観光地であり様々の農産物のある那須では、魅力を発信しようと、365枚の絵で埋めた、那須の暦を作りました。

作ったのは「なすとらん倶楽部」という町民グループ。まちじゅうをひとつのレストランのように美味しいもの、美味しいコトで一杯にという団体です。

集まり、まちの「農産物」「農作業」「行事」「魅力」などをワークショップで書き出しているうちに、きれいなパンフレットではなく、泥臭い手づくりで描いてみようということになりました。

皆が、顔寄せあって、クレヨンや色鉛筆で、絵が得意な人も全くダメな人も・・・です。家族やご近所にも頼んで、描いてもらう。

だんだん、那須の魅力を描いた素朴な絵が集まって、それを一月ずつ模造紙に貼り付けて12か月分役場に展示しました。

描いたおばあちゃんや子どもが、その前で記念写真など撮ったものです。

これで終わりではもったいないと、町民のお一人が一枚ずつ写真に撮って、家庭で使えるサイズに編集し始めました。

そして暦ができあがったのです。その後10年、この活動は続いています。

「那須暦」をみて、紀の川では「フルーツをテーマに作ろう!」ということになりました。

これが昨年のもの。研究会のメンバーはもちろんのこと、小学校にもお願いし、つくりあげた第一作です。

フルーツに関する川柳も募集していたので、その優秀作も収められています。

昨年はこうした大きなA3サイズでしたが、今年はこれを半分にしたA4サイズのノート型、開けばA3で持ち運びしやすい工夫があります。



「学びチーム」はワークショップで何度も話し合い、小学校に協力を仰ぎ、絵を募集のチラシを撒き、9月締め切りを合言葉に皆から絵を集めました。








「料理チーム」「体験チーム」「商品開発チーム」「学びチーム」合同で開催のワークショップでは、「絵を描かなければ帰さないよ〜〜」なんて学びチームメンバーが呼びかけで、みんな絵を描いたものです。





夏の「粉河祭り」で絵を描くコーナーを設け、子どもたちにカレンダーの絵を描こうと呼びかけました。

この夏、あちこちでたくさんの子どもたちがフルーツのまち紀の川市のことを思いながら、何かしら果物とのかかわりの絵を描いたのです。



集まった絵を月ごとに分けて絞り込む。桃の時期には桃に関する絵ばかりが集まるので、編集も大変!









こうして11月から売り出されたフルーツカレンダー。これが1月のページです。

「ふるーつおせち」の絵から始まり、イチゴやハッサク、ミカンなどの話題。田舎の冬らしく炬燵でミカンの絵がたくさん出てきます。

「お母さん、皮むき係。ぼくら兄弟三人食べ係」【聖汰】
聖汰君が描いたこの作品でお母さんがむいているのはハッサクでしょう。紀の川市は日本一のハッサク産地。冬はどこの家でもハッサクをたくさん食べます。

都会では、若い親たちが「果物はむくのがめんどう」とか「爪に詰まるからいや」とかで、子どもにむいてあげないとか。子どもたちは食べるのに・・・。

紀の川市の子どもたちは幸せです。3人の子に食べさせるハッサクは、どれほどの量をむかなくてはならないか!お母さん、えらいです。


「ぼくは、はっさくとりの名人です。ことしもいっぱいはっさくとるぞ。」【おうせい】

ハッサク農家で、家族そろって収穫の様子が目に浮かびますね。幸せの絆を感じる暮らしです。







「桃山町あら川では、桃畑が辺り一面ピンク色になる。きれいな風景。」【はやと】

「きれいなお花さん、みんな大きくなっておいしいももになってね!!」【そういち】

4月。桃源郷のような春の風景、みんなの自慢です。桃と桜が同時にお花見できる。そしてそれが実って大きな桃になる、桃農家の願いが子どもにも伝わっているのがよく分かります。



「おいしい『かき』ができるように、春に『てきらい』をします。」【ゆうさく】

5月。摘蕾という作業があること、都会の子たちは知っているでしょうか?大人だって知らないでしょう。桃も、柿も、キウイフルーツもたくさんのつぼみ、花を落とし、大きな実をつけるために作業が行われています。



「おじいちゃんが、はたけからスイカを、いっぱいもってきたよ。」【めい】

「大すきなとうもろこしを作ってくれてありがとう。あまーい!」【姫香】

7月。いろいろな農産物であふれる紀の川市です。



「いちじくをとるときは、手ぶくろをするよ。」【だいち】

イチジクは痛みやすいから、汁でかぶれることもあるから。よく見ていますね。お父さんの絵なのか、おじいちゃんなのか。

月ごとに採れる果物の一口知識も載っています。

こういうカレンダーがトイレなどにあったら、ずっと読んでしまって出てこれなくなりますね。

紀の川市のこの絵を描いた大人も子どもも、自分の絵が出てくる日を、待ち遠しく眺めるでしょう。

月が終わったからといってや破る気にはならないでしょう。自分の絵が載ったカレンダーは宝物です。

このカレンダーは、今年度の「ふるさと納税返礼品」にも採用されました。

いかがですか、皆さん。皆さんの土地で、この仕組みで地域おこしをしてみませんか。子どもと地域のかかわりを作ってみませんか?

そして都会の方々、農産物がこうして手間をかけてできること。田舎の暮らしがこんなに素敵であることを、このカレンダーからほのぼのと学びませんか?

「学びチーム」にかわり、私からお分けします。ご連絡くださいね。↓

電話03-5312-4141 FAX03-5312-4554
E-Mail/ slowlifej@nifty.com

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お仕事 そばづくり全部体験 2016/12/04 10:14 pm

岩手県山田町白石集落、ここで行われてきた「そばづくり全部体験」全5回が終了しました。

もちろん、最後の体験は自分で“十割そばを打つ”です。伸ばしたそばが破れようと、切ったそばが太かろうと、みんな「美味しい!」と大満足。

種を撒くところからやってきたのですもの、当然ですね。この全部体験の仕組み、何度も通うので集落のファン作りにもなります。
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私が関わったのは、9月のそばの刈り取りから。(下の写真)その時のブログはこちらです。
http://noguchi-tomoko.com/modules/yutoriaruki/details.php?blog_id=384
















その後、11月にはそばを石臼で引いて粉にする体験。そしてそのそば粉を使って、パンケーキを焼く体験をしました。

以前刈ったそばは、そばの実だけになり、きれいに整えられています。ここまでにするのがとても大変なのだそうですが、今回は、集落の方々がやってくれました。




石臼を集落の女性たちは、わけなく回しますが、実はすごく重い。水車小屋で交代で回すのですが、粉はなかなかたまりません。

いっそのこと、粒のまま食べてしまおうかと思ってしまいます。







このそば粉を使って、ホットプレートでスイーツ作り、パンケーキです。

男性も、女性も、子どもも。石臼の次は、卵白をボールにとり泡立て器を回します。







流れないように型に入れて、8分間。












さあ、焼きたてに、ブルーベリージャムやカスタードクリームをつけてパクリ。











「甘いものはどうも」「スイーツ作りなんて・・・」と言っていた男性参加者が、意外にほおばって満足気でした。










そして、12月となり、いよいよみんなが待っていたそば打ち体験です。この日会場に集まった人は、スタッフも含め35人。

そばが繋いだ人たちです。何度も会っているので、名前ももう覚えてしまいました。






「この前はパパとてきてたね〜」「そう、パンケーキのとき来れなかったんです」子どもの参加は皆が世話をやきます。話しかけます。

そばの香りが強い。ママと香りを確かめるチビちゃんのしぐさに思わず写真を撮りました。





乾燥していた日なので、あちこちで伸ばしたそばが切れる。その治療に集落のおばちゃんたちが走ります。










でも、なんとなくみんなできていく。ゴールはもうすぐそこ。












シンプルな野菜のかき揚げののっただけのそばですが、腰の強いこと、香りの強いこと、美味しいこと。

私は、そばをこねるのに「もっと力を入れて」と何度も指導されながらも、体重をかければ手首をねん挫しそうで、大汗。出来上がりは最後になってしまいました。

会場中がそば家族になったような楽しさ、皆がニコニコしています。達成感があったんですね。

「全部体験」は何度もそこに通わなくてはならない、米作りもありますが、トウモロコシもできるねという意見も、枝豆もできるね、そう、いろいろな「全部」をやりたくなってきます。

来年は何をやりましょう?水車で粉にできるもの、粉にしたらそれでいろいろ作れるものがいいかな。花を咲かせて花見をする全部体験もあるかも。

とにかくまたやりましょうね。

最後の写真は、そばを5杯食べた若者です。

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スローライフ運動 飯山フォーラム裏話 2016/11/28 1:20 pm

年に一度のフォーラムが終わりました。表には出てこない、とてもホットな交流や、心配りなどがあちこちに。

他所からのスローライフ学会会員と地元の方との息のあった司会、藁や野の花を活かした舞台の演出、特産の和紙を活かし
た会場飾り、各地からの差し入れ、市職員の方の名ガイド、などなど。

皆さんの小さな工夫が積み重なって、良い時間となりました。事務局として感謝です。


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まずはジャンプ台。飯山駅前にすぐあるのですが、普通の観光客は知りません。

大きいものは冬用、小さいのは子どもたちが夏に使って練習するとか。それでも迫力の急こう配、これを小さなかごのようなケーブルカーで上がります。

視察に参加した方々の中にはもちろん高所恐怖症の方もアリ、下で見守るしかないのですが、高いところ大好き派は大喜びです。上から転がり落ちたいという始末。



こんなに喜ぶとは、ジャンプに関係なくとも、見学だけで観光資源になりますね。

上からは飯山のまちが見渡せて地形もわかり、ビューポイントとしても最適。急きょここに連れてきてくれた市役所の判断に拍手でした。



「道の駅花の駅千曲川」です。野沢菜の大きな株が山と積まれ、あっという間に売れていきます。賑わう中で大人たちは名物の「野菜カレー」や「おやき」をパクパク。

新鮮で安いものを観たら欲しくなってしまうのは誰でも同じ、特に今、野菜は高いし・・・。ネギに抱き着いたり、初日なのについリンゴに抱き着いたり。


「小菅集落」です。むらそのものが修験道の修行地のような雰囲気。奥社と呼ばれるところでは、実際に山伏の修行が行われています。

今でも独特の祭りが行われており、ここだけのルールとしきたりでむらが回っているような印象でした。ここに何げなくある石が祭礼の時に神の子が乗るステージになるのだそうです。




ふと見ると、落ち葉が飾った階段や、きれいにぶら下がった大根が。







「森の家」では台所のある快適なコテージを見学、「ここなら落ち着いて原稿が書けるなあ」の声が上がります。





その後ろの径を歩きました。バリアフリーに整備された道のうえに、今は落ち葉が一杯。カサカサコソコソの音を楽しみながら皆で遠足気分です。







雪の力で根元から曲がった樹もあります。ブナ林に入ると、しんとしたなかでブナの葉がカチャカチャと金属的な音をたてました。




ため池に写った景色が美しい!この写真は参加のスローライフ学会会員自慢の写真です。冷たい雪解け水をここで温めてから田んぼに流す役割もあるのだそうです。

この後、暗くなって眺めた「神戸のイチョウ」がすごかった。神戸でゴウドと読む地名。ここの巨大なイチョウが真っ黄色に色づいて、これを数日間地元の方々がライトアップしているとのこと。

これも急きょ見に行くこととなりました。バスの中から歓声があがる美しさ。写真はありませんが、心にしっかりとその姿は焼き付いています。飯山の神様のような炎のイチョウ姿でした。



宿泊の「文化北竜館」で、18時30分からの「夜なべ談義」です。テーブルには、笹寿司、エゴ、ぜんまい煮、ジャガイモなます、漬物、馬刺し、蕎麦、新米、等々が。




なかでも米自慢の土地の新米が美味しいこと。漬物とピッタリです。お料理はホテルと打ち合わせて地元料理保存会の方々が作ってくださいました。

この日の司会は、飯山市側は飯山の伝統産業「仏壇」製造販売の鷲森秀樹さんと、NPO法人スローライフ掛川の長谷川八重さん。静岡県掛川市からやって来たスタッフです。


しかし、二人は開始5分前に会ったばかり、打ち合わせも何もありません。「ひでき・八重ちゃん」のコンビでとにかくスタートです。

地元参加の方々をバスで送るべく、8時半終了と時間はタイト。この中で食べる、飲む、しゃべる、名刺交換する、いそがしい〜〜。



でもちゃんとマイクで次々とスピーチです。和歌山県紀の川市から参加の方は「あんぽ柿」をさし入れ。スピーチの間右に立ち「あんぽ柿」を持つ係で助けるのは、遠く雲仙からやってきてくれた女性です。




来年開催地となる「出雲の國」の方々は既にチラシを配って宣伝。来年は10月末になりそうですよ。







翌日、皆さんはまちなかの寺町や仏壇通り、高橋まゆみ美人形館などを見学、そのあいだ事務局は一足先に会場「なちゅら」へ。







舞台装飾で会場の方と、こちらの会員とで知恵を出し合いました。「せっかくだから米どころらしく、舞台にハザガケを作りたい」などと言いだいたのはわがNPOの川島正英理事長。

「森の家」から藁と鉄パイプのハザガケ装置お借りして、一昨日舞台に運び込んだのでした。舞台に立ててくださったのは「なちゅら」のスタッフ。

とんでもないコトを言い出すおじさんにプロはきちんと対応して、つくりあげてくれました。藁の上からは「道の駅」で会員が買ってきた赤い色の鮮やかな「マユミ」の枝が飾られます。

さらに「なちゅら」館長のお家から、奥様の許可を得て持ち込まれた吊るし柿も風情を出してくれました。この演出で、ずいぶん飯山らしいステージとなりましたね。



ロビーには「逸品市」の屋台が並びます。この「いいやま逸品市」を提案した、第3分科会が一昨日から用意したもの。

「お米バー」や「リンゴ・漬物ショップ」「地酒バー」
「和紙製品」「仏壇ショップ?」など、工夫を凝らした「逸品屋台」ができあがりました。

万国旗のように飾られた三角形の旗は飯山特産の「内山和紙」を利用したものです。薫り高い特別ブレンドの「コーヒーショップ」も登場しました。



実は東京では、この日のフォーラムのために飯山勉強会にあたる催しを合計5回開催してきました。その内容を展示です。

地元の方々には、飯山はそれほど勉強するにあたる土地なの
だという自信につながったことでしょう。

政策、童謡、農業、川、観光、すべてにその道の専門家がしっかりと話してくださった内容です。


ウイーンフィルの演奏による名曲「ふるさと」が流れる中、いよいよ開演。こちらの司会は川島理事長と飯山市の職員:根食しのぶさん。普通こういう司会に台本がありますが、うちの場合はナシ。根食さん面喰いましたね?!いつもそうです、ごめんなさい。

神野直彦さん基調講演ではバックに飯山の写真がゆっくりと流れます。そして、これまで3回開いてきた3種類の分科会からの提言を、3人の地元座長が発表。

10分間の持ち時間をどう使うかが課題。横に立つアアドバイザーが「あと、2分」なんて演題で書いて見せたりして、緊張した座長の発表を仕切りました。

ひたすら発表を覚えた座長さん達、お疲れ様でした。私がアドバイザーになった「逸品市」を提案した部会では、最後に勢いを見せようと舞台に上がってから相談。「逸品市をやるぞー!」宣言をしたものです。

パネルディスカッションは、総勢10人。市長が驚いていたように“打ち合わせなし”。増田寛也コーディネーターの進行にただただ身を任せ、3分科会の発表内容を軸に話を煮詰めていきます。

テーブルの上には、花ではなくってリンゴ。これがかわいい演出!これもスローライフ学会会員のアイディア。ただ、お水が飯山のではなかった〜〜!お許しください。

発案山盛りのパネル討論が終わって、その後は皆ロビーの逸品市で歓談。すっかり飲み屋さん状態です。

お客様が引けてから、片づけをして、みんなでお疲れ様の輪。
老いも若きもよそ者も地元も、一緒に抱き合いました。


1000円会費の打ち上げで、3座長が見せてくれたお礼の一気飲み、すごかったです。

またまた通いますよ飯山市。新幹線ができて、東京人と飯山人が知恵を出していろいろチャレンジすることがこれから始まるのです。

フォーラムを機に、飯山の人にも全国の友達の輪が。もはや「今から貯金して出雲へ行こう」という話も。

あああ、面白かった!いろいろ事務局の不手際はお許しを。すべてをカバーしてくださった飯山市職員の皆様ありがとうございました。
※一部、長谷川八重さんの写真をお借りしました。

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ゆとりある記 フルーツピクニックランチ 2016/11/19 7:41 am

和歌山県紀の川市の「フルーツのまちおこし」が、盛り上がっています。

今はちょうどキウイフルーツの収穫期。そのキウイについて学んだ後、昨年開催のフルーツ料理コンテストで1位だった「塩キウイチキン」はじめ、市内の有名フルーツ料理をつまみ食いする趣向。

あいにくの雨天ではありましたが、それを吹き飛ばす食欲?フルーツパワーに、元気をいただきました。
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催しのチラシには「フルーツグルメマップのお店から料理を集めたフルーツピクニックランチ♪inキウイ畑」とあります。

つまりは、キウイ畑を会場においしいものを食べようというわけだったのですが、雨模様のためにランチは室内で。

それでも充分ピクニック気分になれました。




集合場所近くには、かわいいスタッフがお出迎え。もうここで、気持ちが急に緩みます。

ただ畑を歩くわけではありません、いろいろ解説があります。








これは桃畑。白い花のように見えるのは、桃の実にかぶせられていた袋。もうずいぶん前に収穫は終わっていますが、袋は残す。

冬に枝を剪定した時に、この袋がついていると燃えやすいのだそうです。地元に住んでいても「そんなこと、知らなかった〜!」の声が上がります。



紀の川市は果物の産地。散策していると、向こうはキウイ、こちらはデコポンなんて風景が広がります。

色づき始めた柑橘の美しいこと。








普段は入れない畑の中へ、なんだか畑じゅうが果物教室みたい。











イチジク畑、あ、まだなってる。














柿畑。ここはもう実はおしまい。













玉ねぎの苗だそうです。教えてもらわなければわからないですね。

この辺は「コメタマ」と言って、米と玉ねぎと同じ畑で二毛作するんだそうです。







さあ、本日のメイン会場のキウイ畑です。ここで、キウイフルーツとは何か?を学びます。

かつてミカンを作っていた農家さんが、ミカンの次の作物としてキウイを作るようになったとか。

和歌山県は全国でも有数のキウイフルーツの産地、なかでも紀の川市は一番の産地なのだそうです。




そして参加者20人総出で、収穫お手伝い。キウイはハサミを使わず、簡単に採れます。

何かを収穫する、というのはこんなに楽しいことか!とびっくり。







ずっしりと重いキウイ。新鮮なものは、周りの毛もしっかり生えています。

スーパーに並ぶのとは違う存在感です。










農園の人気者ヤギさんも、キウイの葉っぱが大好。

今回は収穫でしたが、今度はぜひ、花の時期の摘花とか、できることを手伝いたいなあ〜。











ただ食べるより、少しでも育てる手伝いをすると、キウイをもっと愛せるはずです。

便秘にいい、ビタミンCがすごい、カリウムが多いので体内の塩分を出してくれる。などなど、汗をかきながらいっぱい学びました。

みんなすっかりキウイ仲間です。




さて、近くのセンターに移ると、紀の川市のゆるキャラ「ぷるぷる娘」の一人、「キウプル」がお出迎え。

大人でもはぐはぐしますね〜。








採りたてのキウイの試食がありました。かたい、酸っぱい、渋い。わあ〜やっぱり追熟が必要。











そして、10日後のものと、樹上完熟とを試食。こんなこと自分ではできませんね。完熟のおいしさにみなとろけました。











キウイジャムの作り方講座があったり。そしていよいよランチです。

フルーツ・ツーリズム研究会「料理チーム」が昨年作った市内でフルーツ料理を出すお店ののった「フルーツ・グルメマップ」そこからの6店舗から、この日はお料理が届きました。


そのお店ごとの説明が丁寧にあります。今日は行けなくとも、いつか必ず全部回ろう、と決意です。



昨年の「フルーツ料理コンテスト」で優勝の「塩キウイチキン」も作り方の講座があり、さらに食べます。柔らかくてビックリ!キウイの技ですね。一晩おくと、こうなるそうです。








今や、紀の川市の名物となった「フルーツ寿司」もちゃんと一人前。













シフォンケーキには、一人ずつ違う絵のかわいい旗が。












和菓子にも、キウイが使われています。











美味しい!を繰り返しているうちに、フルーツカッティングの先生が、その簡単なコツをまた教えてくれます。

これは先生が、ササッと作ったフルーツカッティングケーキ?










ちょうど参加者の中にお誕生日の方があり、プレゼントとなりました。

ひとつの果物をしっかり学び、収穫のお手伝いもし、
さらに美味しいもののつまみ食い。

スタッフの方々は大変だったことでしょう。でも参加した側は、大満足。3,000円は安い!

果物産地の、料理に詳しい、美味しい物好きの方々だから企画できる催し、次なる企画を待ってま〜す。ごちそうさまでした。

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ちょっとしたこと マイ箸づくり 2016/11/14 12:34 pm

奈良県吉野町、ものづくりの里「国栖」は割りばしの産地です。ここで箸づくり体験をしました。

割り箸ではなく、塗り箸でもなく「白木箸」です。大体の形ができている桧の箸に、やすりをかけて角を無くし電熱ペンで模様を。作業は簡単なようで繊細です。

木の香りと肌触りを感じながら作業をしていると、だんだん自分のお箸という愛着が出てきました。自分への贈り物です。
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うかがったのは少し前、秋の始めでした。箸づくり体験を「辰野製作所」に着くと、焼却炉にたくさんの木くずが。

まるでそうめんのようできれいです。割り箸を作るために出る細く薄い長い木くずはそのままお部屋の芳香剤にいただいて帰りたいくらいでした。



ここでは10年前から、箸づくりの体験を500円というお手頃値段でやらせてくれます。

ちゃんと体験用のスペースがあって、子どもたちでも家族連れでも、外国人の方々でもできます。








ご主人の辰田敬美さんが説明してくださいました。










割り箸は、杉や檜の間伐材の真ん中から建築材を取った端材で作られます。

だから、美しい木目をそろえて割り箸を作るとなると、そうそう数はとれない。







なるほど、たまに使う木目の美しい高級割り箸も、何気なく使っていましたがその木目を生み出すには、まず四角い材木をとった後、そこからの出発なわけなのですね。








さて、体験で作るのは、割り箸ではなく白木箸です。素材の木を削ったり、細工したりしただけ。漆などの塗装をしないお箸。

見本のものを持つと、軽い。そして肌に温かい。そんなお箸を作れる道具も用意されていました。

板に溝が切ってあり、ここにほぼお箸の形になっているお箸の素?を固定して、紙やすりで磨くのです。

これなら簡単です。この道具立ても辰野さんのアイディア。お箸のことをみんなにもっとわかってもらいたい、という辰野さんの熱い想いが伝わってきます。



シュッシュと紙やすりを動かすと、桧の香りがふわっとします。

だんだん角が丸くなって、手になじんでくる。ちょうどいいところで磨きをやめます。







そしてこの電熱ペンで、ちょっと模様を焼き込む。

私は、4つの側面に、トランプのハート、スペード、クローバー、ダイヤを描きました。








ね、なかなかいいお土産ができたでしょ。

普段、真剣に考えることのなかった、割り箸、白木箸、箸について興味を持ったことが、何より一番のお土産となりました。

辰野さん作の白木箸を夫用に求めましたが、とっても気に入っているようです。

「うどんを食べても滑らないし、他の箸よりこれがいい」とのこと。もう何膳が作りに行きましょうか・・・。

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連絡先

野口 智子 のぐち ともこ
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局
ゆとり研究所

TEL 090-7433−1741
E-Mail yutori@noguchi-tomoko.com

NPOスローライフ・ジャパン
〒160-0002 東京都新宿区四谷坂町9−4 リカビル301
TEL 03-5312-4141 FAX 03-5312-4554
E-Mail slowlifej@nifty.com


略歴

<野口智子(のぐちともこ)>
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局長
千葉市生まれ。東京でコピーライター、プランナーを経験。1977年静岡県に移り企画・編集プロダクション設立。
1992年ゆとり研究所を開きコンサルタント業務を開始。
ライフスタイルの提案、「一店逸品運動」による商店街の活性化、時間消費型観光おこし、人材育成などの分野で活動。
2000年からスローライフ運動を開始、2003年スローライフ・ジャパンを設立、現在、事務局長・副理事長。
2006年から活動拠点と自宅を東京へ。現在はスローツーリズムの提案、商品開発、地域観光の育成、都市と田舎の交流、移住・定住プロジェクト、“食”をテーマにしたまちおこし、などに力を入れている。住民参加の独自の楽しいワークショップが得意。
現在、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域再生マネージャー(ふるさと財団)、国土審議会半島振興部会委員。