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ゆとりある記 もんじゃストリート 2010/06/27 5:23 pm


















東京・月島「もんじゃストリート」に行ってきました。‘もんじゃ’とは、ご存知のように小麦粉を薄く溶き、鉄板で焼きながらソース味で食べるお好み焼きの親戚のようなもの。

各地にありますが、駄菓子屋さんで子どもたちが食べていたおやつである歴史は共通でしょう。

月島はもともと東京湾の埋立地、そこの下町の庶民の味としてあった‘もんじゃ’に火がついて、ここ数年‘もんじゃと下町情緒のまち’で知られています。

駅を降りると下町情緒というわりには、目立つ高層マンション。その足元に、昔からの商店街が多少リニューアルして、‘もんじゃ屋’さんが集まったのか、急に出店したのか、とにかくズラリです。

正確には「西仲通り商店街」ここに約60軒もの‘もんじゃ’の店があるので「もんじゃストリート」の名があります。

右も左も‘もんじゃ屋’さん。視察の団体のようなおじさんたちが歩いていたり、マップ片手にどこに入ろうか悩んでいる若いカップルがいたり、おばさんグループも。修学旅行も受け入れているそうです。




もんじゃを食べる独特の小さなヘラは‘ハガシ’と呼ばれていて、お土産用にも売られていました。テフロン加工のフライパンで使う用の木製のハガシも。



‘もんじゃ’はハガシで鉄板に具材を押し付けて焦がして食べるのですが、同じ味のおせんべいもお土産用にありました。

さて、月島に行っても他の用で行ったので、‘もんじゃ’を食べるわけではありません。そのそも‘もんじゃ’を私はあまり好みません。ハガシでチマチマ食べるのが、どうも性ににあわないのかも。

となると、この「もんじゃストリート」は何なのか?と考えてしまいました。右も左も‘もんじゃ屋’さん、ソースの匂いと客引きの若者の姿。

往復ゆっくり歩いて、それなりに「こういう商店街の活性化手法もアリなのだろうな・・」とは思うのですが、この先もずっとこれでいいのだろうか?とも思います。

住んでいる人が、そうそう毎日‘もんじゃ’を食べるわけでもないでしょう。高層マンションに住む人たちは、このまちと接触があるのでしょうか。

ストリートの左右に展開する細い路地には昔からの小さな古いアパートが。この路地で植木鉢にアジサイを咲かせているおばあちゃんは、商店街が‘もんじゃ’の店ばかりで、日々の暮らしに不便しているのでは?

まちを、観光飲食テーマパーク化して、来訪者は増えたかも知れないけれど、今のこのまちの姿を住民はずっと愛し続けることができるのでしょうか。「活性化なんて、こんなもんじゃ」といわれればそれまでなのですが。

「もんじゃストリート」の真ん中に、大正時代にできて今なお健在の交番がありました。私には、この交番が一番印象に残りました。

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ちょっとしたこと WSの席次 2010/06/20 9:59 pm

まちづくりの住民参加を、しつらえるのが私の仕事です。あちこちに出かけ、そこの市民の方々とああでもないこうでもないと話し合う毎日です。

ワークショップ(WS)での最初の、座り方には気を使います。問われれば‘好きなように’座ってもらうのですが、どこでもたいてい「どっちが上座?」なんてこだわりが今だにあります。

何かの役職にあるおじさんが、いわゆる上座に当たり前に「ドッコラショ〜」などと座ります。やがて、若者や女性たちが下座といわれるあたりに「ヒッソリ」座ります。

下座の方々がテーブルに着かなかったり、座布団を使わなかったりするところもあります。同じ仲間で固まって、または女性だけで固まって、というのも多いです。

このように‘お好きなように’座ってもらうと、その土地のレベルが分かるものです。まちの姿がそこにあります。長老・役職が上座、女性・若者が下座、いつもの仲間で群れている、では、まちづくりは始まりません。

そこでまず席替えです。ルールは、‘話したことのない人の横に座りましょう’‘男女が混じりましょう’。たったこれだけでも、皆、棒立ちという場合もあります。

こういうとき、よせばいいのにその会合の役所担当者が「あなたと、あなた、あまり知らないんじゃない?」と席を仕切って決めることなどもあります。

で、私は「ははあ、ここの市民と役所はこんな関係でいるんだ」と、これまたレベルが分かるわけです。

勇気のある?役職おじさんが、若い女性の横に座り「そうかね、あんた、あのうちの若嫁さんかね。顔は知ってたけんど」なんて話が始まったらしめたものです。このおじさんと若嫁さんは、明日、まちで会ったら立ち話ができるでしょう。

座る場所ひとつでも、人のつながりや、話の展開の可能性が開けるものです。座席表と名札まで用意された固定の席次での会議では、みずみずしいアイディアや新しい行動は起きません。

自分の居場所を選択できる環境と、決められる市民が居て、初めて‘まちづくり市民会議’などが始まるわけです。

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ゆとりある記 スカイツリー 2010/06/13 1:02 pm

着々と成長し、その背丈を伸ばしている「東京スカイツリー」。その足元ではさまざまな人間模様があります。

ただ単にノッポのものができているだけなのに、妙に興奮したり騒いだりの‘黒船が来た’状態。かくいう私も、浅草でほんの30分の時間ができたので、どこだどこだと繰り出したのであります。



地下鉄の出口の地図でスカイツリーを探しても、途中で地図は切れて表示はありません。地上に上がって見つけた地図にもなし。

もはや人気のスポットなのに、公の地図にまだ表記はなし。出来上がってからでないと、地図に載せないということでしょうか。不便している人は多いだろうなあ。

この道をまっすぐ行ったあたりかな、キョロキョロ。通りがかりの男性に場所を聞くと、「見上げてごらん、わかるよ」とのこと・・・。



おお!首を水平に振っていたので見つからなかったのです。首を上に向ければ、ニョキ、ありました。スカイツリーはどこからも見える状態で、突っ立っていました。

近くまで行く時間はないので戻ろうとすると、横断歩道が青になったにもかかわらず、外国人旅行者のカップルが夢中で撮影です。もちろんスカイツリーを。



ザワザワと小学生集団もやってきました。ボランティアガイドさんが、向こうにそびえるスカイツリーについて解説です。まるで自分が建てているかのように自慢げです。子どもたちも、浅草寺よりスカイツリーの方が魅力なのでしょう。



浅草名物の人力車のお兄ちゃんが、呼び止めてくれます。「奥さん、スカイツリーまで行きますよ。行くだけならこの値段、往復なら・・」と説明するパンフレットには、まだスカイツリーが載ってはいないのですが。





お店の宣伝看板には早くも「スカイツリーを眺めながら」とか「スカイツリーを目の前に」などといったことばが並んでいます。東武鉄道のエスカレーター横も、スカイツリーのポスターがビッシリです。

電車に乗ると、おばさんグループがザワザワ。「どっちだろうね」とカメラ片手に、車窓からスカイツリー撮影に挑もうとしています。

が、しかし、電車が走るにつれ、スカイツリーは見えなくなり、つまり線路が真下を通るためのっぽな全身は見えず、足元の工事現場状態をカメラに収めることになります。



でも、おばさんたちは「わ〜、すごいすごい」と、窓に貼りついてシャッターを押し「いいよね、ま、いいわよね。こういうスカイツリーは今しか撮れないんだからね」「うん、いいお土産で来た」とはしゃいでいました。

こんなことで右往左往する、人間ってかわいいなあ、と思いながら、同じくおばさんの私が撮った写真です。

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ゆとりある記 日本一の会津高田梅 2010/06/07 5:04 pm



スーパーに梅と焼酎が並ぶ季節。福島県会津美里町・高田特産の梅は日本一。何が一番か?桃かと思うほどのその大きさです。



しかも種が小さくて、果肉が硬いのが特色。当然、果肉をもっぱら食べる、甘しょっぱいカリカリ梅に漬けることになります。






カリカリの硬い果肉を割る、梅割りという道具もあるほど。梅干ではなく、どこのおうちでもカリカリ。砂糖と塩だけで漬ける梅漬け、家によって本当にカリカリだったり、少し柔らかめだったり。いずれにしてもお茶うけに必ず登場します。



私も何度かうかがって、地元のおばあちゃんに教わりながら梅を収穫し、漬けるまでをしました。でも実は、こちらは梅といえば梅酒です。日本一のデカ梅で梅酒作りをさせていただきました。






地元で仕込んだ前年の梅酒の梅をいただきましたが、かじれども種は見えず・・・。果肉はすごいです。



会津高田には「梅とお茶で一服してから野良仕事を始めないとケガをする」という言い伝えがあるそうです。梅とお茶は身体にいいのはもちろんのこと、朝の仕事の始まりや、昼間の一服などを大切にしないと、いい仕事はできないということでしょう。

暮らしの中で、梅とお茶でOFFの時間を作ること。この習慣こそが高田梅の‘日本一’だと思います。もちろん、梅酒が出来上がるまでの待ち遠しい時間も・・・。

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一店逸品運動 はまたまご 2010/05/31 11:44 am






















栃木県足利市の文房具屋さん・浜田さんが迷っていました。燻製作りにはまりおいしい燻製卵ができた。保健所などの許可も取った。が、「うちは文房具屋だ、燻タマなど売っていいのだろうか?」

そこで私の答え。「好きなことやれば〜。浜田さんの‘はまたまご’って名で売っちぇえば〜」無責任に言い放ったアドバイス通り、燻タマはデビュー。売れています。そして‘はまちいず’までも。







写真が浜田さんのお店「濱田屋・プラザハマダ」さんで売られている「はまたまご」2個入り210円。山椒の葉の塩漬けと並ぶのが新発売のチーズです。足利の「一店逸品カタログ」にも、本業の文具・CD・雑貨の紹介ではなく、この燻製卵の記事が紹介されました。



先日、足利の中心商店街にあるお店に寄りました。以前よりずっとファンシーショップ色の強まった店内は、なにやら森のようです。足利の‘森ガール’が集う場所?





レジカウンター周りのディスプレイは、プラスチック製のワカメのような?ヒジキのような?ものを繋げて、大木の木陰風。浜田さんのアイディアだそうです。壁の『星の王子様」の絵や英文も浜田さんの手によるもの。

眼鏡の方が浜田陽一さん、店内の柱にも「ベニヤをかぶせて樹にしちゃいました」と説明。さすが、画家でもある店主であります。



「せっかく寄っていただいたんだから、屋上も見てください」と案内されて6階のビルの屋上にでると、おお!そこは庭園でした。‘ボリジ’などという初めて見るハーブが咲いていて、バラやらブルーベリーやらイチゴも。





その一角が燻製工房になっています。ここで夜な夜な燻製を作るのだそうです。「これからね、蜂も飼おうと思って・・・」おお、なんと!浜田さんの豊かな脱線は、留まるところを知りません。

しかし、彼のこの動きを、単なる脱線とかお遊びなどと言えるでしょうか?地方の商店街で「こんな商売つまらない、こんな土地じゃダメだ」なんてウジウジしているよりも、ずっと爽快です。

「○○でなくてはダメ」じゃなくて、「○○でもいい」って、商売・人生の方が楽しいし、可能性も開きます。

正当な老舗で動かず変わらず、というやり方もあるでしょう。一方、浜田さんのようにさまざまな枝を伸ばして、冒険するやり方もあるでしょう。どっち着かずが一番悪い。いずれにしても濱田屋さん、楽しみであります。

足利一店逸品の会のブログ↓
http://ashikaga-ippin.cocolog-nifty.com:80/blog/

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一店逸品運動 ながいきストリート 2010/05/24 6:13 pm

新潟県加茂市、駅から延びる1キロちょっとの道には8つの商店街があります。全体が「ながいきストリート」というニックネームです。



アーケードの柱に、駅からの歩数を測った「百歩標」と小さな「鏡」をたくさんつけました。「椅子」もたくさん置きました。高齢のお客様に、歩いて、きれいになって、座っておしゃべりしてほしい、という願いです。10年経って、この商店街は健在。ながいき、しています。



ながいきがテーマの商店街では、ながいきをテーマにした逸品を紹介するカタログを発行、ながいき新逸品も開発し、公募したながいき川柳を商店街に貼りだすなどの「逸品フェア」を通算21回やってきました。

先日「ながいきフェア10周年記念パーティー」が行われ、記念講演にうかがいました。以下、この日配られた資料からの抜粋。かっこ内は私の感想です。

【平成10年頃の中心商店街は・・各街区のイベントも一過性で・・何かテーマが欲しいと思っていた頃、静岡市呉服町で「一店逸品運動」を成功させたゆとり研究所の野口智子所長と出会う】(そうそう、当時静岡にいた私は、加茂なんて地名全然知りませんでした)


【野口所長いわく・・「加茂のまちを歩いてみた。この細長い一本の商店街にはいろんな面白いものや、おいしいもの、それにやさしさがいっぱいある。皆さんはなれっこになっているから気づかないだろうが、これ等を皆で磨きをかけていきませんか」経営活性化セミナーで】
(人情を感じる小さなことがあふれていて、往復歩くと疲れないでホッとする、いい街だと素直に感じましたっけ


【平成11年 ネーミング「ながいきストリート」とキーワード「美」「健康」「学び」「出会い」が決定。「加茂市商店街は、美しく、健康に、学び、出会いながら、ながいきをするための商店街です。」】
(決まった時、皆さんの決意を感じましたね)※左は2000年の看板、右は2010年の看板









【夏の暑い中、汗をふきふき皆動いた。ばらばらの街区が一体化し、ながいきストリートの仕掛け(百歩標、鏡、ベンチ、ミュージアムなど)づくり・・・カタログの作成・新逸品づくにかけめぐり会議も20回を越えた。】
(みんな、本当に燃えましたよね)

【平成11年10月第1回フェアを見事にスタート!参加店109店、11新逸品デビュー】
(新逸品をみんなで考えたっけ!お年寄り向けに考えた納豆のカツは今も健在ですね)※左が2000年の頃の納豆カツ、右が2010年の店頭。













加茂に行った最初の頃、「若者が集まるにぎやかな街にしたい」と皆さんが希望したことに対し、「今、目の前に居る高齢者のお客様を大切にすべき」と強く私が言ったことだけは今も覚えています。



大型店や大都市と同じ土俵で戦うのではなく、スローライフの物差しで、商店街をていねいに仕立てなおしていくべき、と思ったのです。

その後、数年、加茂市に通いましたが、後は皆さんが「ながいきストリート」を育ててきました。感無量です。久しぶりにうかがっても、相変わらずのシャッター通りですが、それでも皆何とか元気、大したものです。










このブログを書こうとしたら、昔の写真が出てきました。2000年9月のもの。ながいきストリートがスタートして1年目、まだ初々しい当時の逸品運動の様子です。今年の写真も添えてみました。※上2枚、右は2000年の逸品研究会の様子。




「ながいきストリート」の皆さん、細くながく行きましょう!これからもよろしくね。



※左が2010年の私。右が2000年の私。きゃ〜、まだ洋服を着ている頃です。もちろん若い方の写真を大きく使わなくては・・。




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ゆとりある記 香るチューリップ 2010/05/14 6:16 pm

チューリップの季節もそろそろ終わりですが、今年私は、香る種類に出会い、衝撃でした。

かわいいけどあまり匂わない、というのが私の中でのチューリップ定説。それが本場、富山県砥波市「チューリップ四季彩館」には、香るチューリップのコーナーが。澄んだ甘い香りが強く満ちていました。

11月、おそらくここのホールを会場にスローライフ・フォーラムが行われます。



これが香るチューリップ。ほんのり、どころではありません。カサブランカのごとく強く香るのですからびっくりです。

どちらかというと甘さより、青々しいような澄んだ香りです。香る種類のなかでも、香りにまたいろいろあるそうでして、たかがチューリップなれど奥は深いなあと思いました。

砥波市でチューリップ栽培が始まったのは大正7年のこと、10球の球根から始まったそうです。その後、球根栽培は水田の裏作として富山県全域に広がりました。







日本に入ってくる前のヨーロッパでのチューリップの歴史、デザインモチーフとして使われたチューリップの姿形、チューリップ経済の変遷、地域おこしの顔としてのチューリップ、などなど「チューリップ四季彩館」の展示は花好きにはたまらないものがあります。駆け足の見学だったので残念。

花見物に行ったわけでなく、ここでフォーラムをやらせていただくとしたら・・・の下見だったのですが、チューリップの香に包まれてのスローライフの語り合いもまたいいのでは、と思ったしだいです。

今年の秋、11月14日(日)、チューリップホールでスローライフ・フォーラムと(仮)で皆さんのカレンダーに予定を入れておいてくださいね。

(追:この「チューリップ四季彩館」年間何時でもチューリップを鑑賞できるという、花好きにはうれしいような、でもちょっとファストライフのような施設ではあります。)


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ゆとりある記 幸福のおすそわけ 2010/05/07 6:03 pm




にぎわう東京・巣鴨地蔵通り商店街。健康・元気のもとと、おばあちゃんたちに人気の真っ赤な下着。その店に、さらに「幸福のおすそわけ」の名で、例の‘赤パンツ’のハギレが積まれていました。



私ももちろん、皆、無料には弱いです。「眼鏡ふきにいいね」「パッチワークに使おう」と、3つ、4つといただいていきます。捨てればゴミ、おすそわけすれば幸福。知恵を見ました。

こんな小技を随所に見るのが巣鴨です。レジ前に、よっこらしょと座って荷物を整理できる座布団つきのイスがある。









おばあちゃんの必需品、スッテキと布リュックが目立つところに出ている。ポップや値書きが大きく分りやすい。などなど、学ぶことが多いです。












試食をしながらお店の人としゃべることができるのも、巣鴨の魅力。さみしくなったら巣鴨に行く、という人たちも多いでしょう。これ以上、100円ショップや量販チェーン店などが増えないようにと願うところです。








さて、我が家に戻り‘赤パンツ’のハギレをまじまじ。このハギレでもはやいろいろな手芸作品ができつつあるとか。それを売って、‘赤十字’に寄付するとか。

たかがパンツハギレ、されど、です。どう使おうかしら、何を作ろうかしら、の時間も幸せなのかもしれません。

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お仕事 亀の手で乾杯。 2010/04/22 6:01 pm





















神奈川県湯河原町、昼の宴会です。
お花見のはずが大雨で、屋内で。

お弁当と、あとは持ち寄り。
誰かが「亀の手よ、食べて〜」とタッパを出しました。

ギョッとしたのですが、中に入っていたのは
フジツボの仲間の「亀の手」の塩茹で。

楊枝でほじりだすと、何というか
カニの爪をほじりだしたような感じに身が出てきて、
カニ・エビに近い味でおいしいです。





こうしてお酒のあてで食べたり、味噌汁に使っても
いいだしが出るとのことでした。

海辺の町ならではのつまみで、これからの地域観光
について話し合いました。

豪華な旅館料理より、こういうジモティーな味を
求める時代です。しかも地元の人と交流しながら・・。


この「湯河原げんき隊」はもうすぐNPOになります。
湯河原町で、昨年・一昨年と実施した
「旅コーディネーター養成講座」の卒業生が中心に、
ゆるやかな輪をつくりました。
みんなで、地域観光を育てていこうという目的です。

いわゆる“着地型旅行”はブームですが、
アイディアは山盛りでもそれを実施運営できる地元の人が
いないというのが現実。その人材育成を目的とした講座
だったわけです。

でも「げんき隊」は、観光客や地元の活性化のために、
なんていうよりも、先ずは自分たちが湯河原を楽しんで、
というスタンス。だから、しんどくないし、ゆるゆると。

この講座をNPOスローライフ・ジャパンが委託して
コーディネートしてきたのですが、
今や私も「げんき隊」の一員です。






「こういう宴会に他所の人を混じってもらうのが
 本当の観光だよね〜」
「野口さ〜ん、今度何時来る〜?引っ越しちゃえば〜」


なんて声を背中に聞きながら、ほろ酔いで
帰ってきたのでした。おみやげは、お仲間が
掘ってくれたタケノコ。巨大な亀の手みたい!


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スローライフ運動 ただ、ぼ〜っとすること? 2010/04/15 10:55 pm

スローライフというと、「ただのんびり、ゆっくり、ぼ〜っと暮らすことですか?」と聞かれることが多いです。「いえいえ」と、そんなときに登場するのが“スローライフ曼荼羅”。

衣食住など暮らしをジャンルに分けて、ファストとスローで見比べるものさしのようになっています。

団体早回り旅行はファストツーリズム、地域観光はスローツーリズム。大型店はファスト、地元商店街はスロー。受験勉強はファスト、生涯学習はスロー、という具合。

ワークショップでみんなでアイテムを出して作ると、地域色も出ておもしろく、いつしか皆さんスローライフの真髄をご理解いただけます。

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連絡先

野口 智子 のぐち ともこ
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局
ゆとり研究所

TEL 090-7433−1741
E-Mail yutori@noguchi-tomoko.com

NPOスローライフ・ジャパン
〒160-0002 東京都新宿区四谷坂町9−4 リカビル301
TEL 03-5312-4141 FAX 03-5312-4554
E-Mail slowlifej@nifty.com


略歴

<野口智子(のぐちともこ)>
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局長
千葉市生まれ。東京でコピーライター、プランナーを経験。1977年静岡県に移り企画・編集プロダクション設立。
1992年ゆとり研究所を開きコンサルタント業務を開始。
ライフスタイルの提案、「一店逸品運動」による商店街の活性化、時間消費型観光おこし、人材育成などの分野で活動。
2000年からスローライフ運動を開始、2003年スローライフ・ジャパンを設立、現在、事務局長・副理事長。
2006年から活動拠点と自宅を東京へ。現在はスローツーリズムの提案、商品開発、地域観光の育成、都市と田舎の交流、移住・定住プロジェクト、“食”をテーマにしたまちおこし、などに力を入れている。住民参加の独自の楽しいワークショップが得意。
現在、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域再生マネージャー(ふるさと財団)、国土審議会半島振興部会委員。