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一店逸品運動 下吉田まちめぐり 孱械沓沓曲癲廖 2008/09/15 10:50 pm

9月14日富士吉田市の下吉田地区で行われた「下吉田まちめぐり」というイベントに出かけました。富士吉田市は私がなんだかんだここ3年くらい、観光おこしやまちづくり、商店街活性化などで通っているところです。今回は今まさしく頑張ろうとしている、栃木県足利市の方々をお誘いしました。



下吉田はいわゆるシャッター商店街なのですが、昭和30〜40年代の建物が残ります。その古さを逆手にとって、懐かしいレトロなまちと名乗りだしました。そして富士山の高さにちなんで「3776歩散策会」のサブタイトルでまちめぐりイベントを始めました。富士急行線のかわいい駅、下吉田駅が出発。巡るまちなかのポイントは、それぞれ2合目とか7合目とかになる仕組みです。

駅に集まった参加者は、同じ色のリボンをつけて15人ぐらいのかたまりで出発。迷うことはありません、喫茶店のマスターや洋品屋さんの社長さんなど、素敵なガイドさんが引率してくれます。そして行く先々にまた地元のガイドさんが・・・。



かつて繊維のまちとして栄えた頃料亭だった建物が、その後医院になり、今は空いているもののこの日は見学用にオープン。旧角田医院は、下吉田のシンボル的建物です。古い店を、今風の小物屋カフェにしているお店も見学。



かつて糸や反物を扱って市の立った絹屋町では、地元のおじいちゃんが当時を振り返って熱く語ります。「同じ繊維のまち足利の人はずいぶんこの市に来て、様々文化を伝えてくれましたよ」との説明に、足利の方々はジ〜ンと来たようでした。



こうして説明を聞きながら、2時間ほど歩き、山頂にあたる会館に到着。ここでアンケートに答えると、うどん券をいただけて、富士吉田名物の馬肉・キャベツののったコシのあるうどんがいただけました。歩いた後のうどんのおいしいこと。






ミニ金剛杖と富士山絵葉書もお土産です。地元の方も多く参加していましたが、「いつものまちなのにこうして歩くとなんだかおもしろい。全然知らなかった」という感想。外からの者にはもっともっとおもしろく、一見オンボロの眠ったようなまちが俄然輝いてくるのでした。



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ゆとりある記 千々石休み8「極上の昼寝」 2008/09/14 9:07 pm



散歩から戻って、昨晩の馬場さん差し入れの料理の残りを食べて、お昼寝です。実は、こういう畳の部屋で昼寝をするのが夢でした。ガラス戸をあけ放って、入ってくる風とセミの声が子守唄。マットレスに転がったとたん、とろけるように眠ります。

2時間ぐらい寝たのでしょうか、庭の向こうの道を何か笑いながら歩く子供の声がします。夫はまだバク睡中。起き上がって外の田んぼの緑を見ていたら「そうだスイカだ」と思いつきました。昨日誰かが用意してくれた、小ぶりのスイカが冷えているのです。縁側に用意しました。



シャクリ!とカブリついて、種を庭に「フッ、フッ」。縁側でぶらぶらさせている私の足の甲に種がのったりして、それをまた足を振って落としたり。昼寝のあとの“おめざ”のスイカ。子供の頃のままの、この一連のコースをしたかったのです。

廊下の板の上に、スイカの汁がぼとぼと落ちる。ほきたした種にすぐ、蟻んこがたかる。その蟻んこに向けてまた種を飛ばす。ああおもしろい、ああ懐かしい。起きてきた夫も「フッ、フッ」。

昼寝とスイカで元気復活です。「まだおやつはいるね」「うん」、サンダルをつっかけて出かけたのがトコロテン屋さん。正確にいえばトコロテンとラムネ屋。湧き水のある横の小屋のような店が、夏場だけ店になります。



湧き水でこしらえたトコロテンを、湧き水で冷やします。作業場を見れば昔ながらの道具、天草を煮て、ハンドルを回す搾り機でこして、木の枠に流しています。おいしくないわけがありません。

辛子でなくもちろん柚子コショウ、暴れるほどコシのあるトコロテンにはちゃんと海草の味があります。夫の飲むラムネのビー玉が、いい音を立てました。

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ゆとりある記 千々石休み7「水と一緒」 2008/09/13 8:57 pm

千々石のまちをぶらぶらしていると、いつも水と一緒です
。道沿いに流れる細い水路には、もったいないくらい水が
流れています。ところどころには水の湧いているところも
あって、近所の人が使っています。




その湧き水を使いやすいようにパイプから出していると水場も。、都会では「水出しっぱなし、だれ〜?!」とおこられるでしょう。出っ放しですから、そもそも蛇口の栓などもないのです。ガブガブ飲んだ夫は「うま〜い!」のひとこと。

ぶらりと歩き続け港まで行き、由利さんにもらったお菓子でおやつ。ここはジャガイモの産地でもあり、そのジャガイモを使ったパイのようなお菓子の試作品。まちのお菓子やさんが作り始めているのです。




大きなオンコの木の下で、切り株によっかかってパクリ、ちょっと甘いですが、ジャガイモの風味がします。目の前の海が青い青い。飲み物はもちろんペットボトルに入れた湧き水。「こりゃ最高の喫茶店だね」とつい2人で納得。

おや、近くの水路で坊やが釣りに夢中。「何釣ってるの?」「ドンコ」「食べるの?」「釣るだけ」この坊やの様子を家の前の橋の上で、家族が眺めています。




おじいさん、おかあさん、おねえさん、近所の人?な〜んにもしないで眺めてるだけ、そしてぽっつらしゃべるだけ。きっと冷たい水の流れるその上がちょうど涼しいのでしょう。東南アジアのような雰囲気です。

巻き込まれるようにこっちの歩調もゆっくりになります。湧き水を飲んで、水路をたどって。絶え間なくしている水音が、なんとも贅沢です。

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ゆとりある記 千々石休み6「お散歩学び」 2008/09/09 9:40 pm

私は3〜4回目、夫は初めての千々石です。その名の通り1000×1000どころではない、とにかく石がごろごろしていた土地なのでしょう。遠くにそびえる棚田の段々も、集落の家々の囲いもゴツンゴツンした石ころでできています。




遅い午前中のお散歩、どこに行くわけでもなくうろつき始めました。途中まで由利さんがつき合ってくれます。花だらけのうち、几帳面に鉢植えを手入れしているうち、ソロバン玉のように駐車場に玉ねぎをぶら下げたうち、こういう家の様子を眺めていると暮らしに混ぜていただいているようでうれしいです。

黄色いかわいい花はゴーヤ、おじさんが小さなゴーヤ棚を手入れ中。「かわいい花ですね」と写真を撮ると、おじさんワサワサッと棚をいじり、「はい」と一言添えて4本もゴーヤをくださいました。そのゴーヤが、別のうちでは輪切りにして干してあります。




干しゴーヤは何にするのでしょう。「きれいだ〜」なんて喜んでいると、千々石をこよなく愛する由利さんが「ねえ、いいでしょう〜。このまちいいでしょう〜」ととことん自慢げです。

角の畑で働くおばあちゃん、立ち話が始まりました。よそ者はすぐわかります。東京から来たとわかると、東京北区にいるおばあちゃんの孫の話をひとしきり。東京に帰ったら会ってくれ、ぐらいの勢いで詳しく教えてくださるのですが、まあ、そうもいかず・・・。




おばあちゃんの向こうに繁るのはゴマです。この緑色の膨らんでいるところに実が入っているのだそうで、熟れすぎないうちにとって乾かして中身を出すのだそうです。

畑でのちょっとした生涯学習、ずっと聞いていたくなるのですが何しろ暑い!冷房に慣れた東京者にはジリジリ。すごいなあこの炎天下でクワをふるってしゃべり続ける、う〜ん、千々石のおばあちゃんは元気だわ。

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ゆとりある記 千々石休み5「きれいにぎやかな朝」 2008/09/07 8:14 pm





朝です。よく寝ました。廊下が回る8畳間に布団を敷いて、目覚まし時計の音もなく起きました。マンション暮らしの目覚め景色と違います。目を開けたとたん日本建築のていねいな手仕事が見え、ガラス越しに緑の柿の葉とキラキラ朝日。本来、人の目覚めはこうあるべきなのでしょう。

畳の部屋が4つもあるこの広い母屋から、パジャマのままヌッと交流スペースに顔を出します。由利さんがすでに掃除機をかけて「竹添ハウス」の朝は始まっていました。歯を磨いていると、「おはようございます〜」と昨晩一緒だったヤシマ君、出勤前にわざわざ“紫蘇ジュース”を届けてくれました。勤めは?出勤は?と心配になるのですが、どうやらコーヒーを飲んでいく様子。




上司に「ちょっと立ち寄り箇所ありまして」なんて電話をしています。その最中に由利さんたら大声で「ねえ、ミルク入れる?」「少しは気を使ってよ、電話してんだら!」とヤシマ君はあわてます。もちろん彼はこういう意味のことを長崎弁で叫ぶのですが。おやまあ、電話の向こうの上司は何と思ったやら・・・。

ふと気がつくと私はスッピン、しかも寝起き姿なのですが、そういうことは関係なくてどんどん家に人が上がってくる土地柄なんですね。続いて今度は「野菜で〜す」と、由利さんのお仲間「ちーまま」というニックネームをもつ田中さんが現れました。



















朝採りの野菜、サトイモの葉にくるんだフレッシュブルーベリー、自作のブルーベリージャムも。なんてきれいなナスでしょう、ゴーヤでしょう!これで滞在中の野菜は十分です。

あれ?ご近所さんが花の球根を持っておいでになりました。「雨降り草っていってね、雨が降るとすっとつぼみが出て咲くの。この辺に植えればどんどん増えるから」と由利さんに説明しています。




そんなこんなに混じりながら、私たちはパンをかじり、ブルーベリーを食べ、身支度を。東京の我が家に来る人といったら、宅配便の人ぐらいです。マンションの入り口は暗証番号でないと開きません、2重のロック。こんなにきれいで、しかもにぎやかな朝に、とことんびっくりしたのでした。

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ゆとりある記 千々石休み4「着いた、会った、食べた」 2008/09/06 3:35 pm

バスは15分ぐらい遅れています。バス停に迎えに来てくれる友達に、遅れると電話します。「はいは〜い、待ってますよ〜」15分遅れる、それが何か?といった対応に、わざ
わざ電話したことが恥ずかしくなりました。

待っていたのは松本由利さんとヤシマ(ニックネーム)君です。夫は夫婦かと思ったようですが、仲のいい姉弟といったところ。ヤシマ君は松本さんの地域おこしの活動を応援しているお兄ちゃんです。すっぴんの名刺交換ナシの二人の笑顔が長旅の腰の張りをとろかしてくれます。







松本さんのグループが整備しつつある地域交流拠点「竹添ハウス」についてはこちらをご覧ください。↓
http://noguchitomoko.com/modules/yutoriaruki/details.php?blog_id=5
そして、松本さんがバリバリ書いているブログもご覧ください。↓
http://www.burat.jp/members/top.200702061157-5000006

で、ともかくこの「竹添ハウス」に我々は5泊するのです。民宿でも家でもない、ここをどう説明したらよいのでしょう。元はまちのお医者さん、その後、人が普通に住んでいた
日本家屋です。おんボロボロになっていたのを、松本さんたちが見事に掃除し手直して快適な空間にしたのです。

バス停横のAコープでブドウパン、バナナ、ビールを買って「ただいま〜」風に入りました。メインロビー?にすでにお料理が並んでいました。この土地に伝わる伝統野菜“コブ高菜”を普及栽培している女性たちのグループ・守山女性部加工組合馬場さんの手作りです。







おにぎりには、「コブ高菜」の漬物がくるりと巻いてあります。高菜の茎部分にコブがあり、そこの歯ごたえがなんともたまらない野菜。大変貴重な菜っ葉です。ご飯と漬物好きの夫は、あっという間に3つをぱくぱく。一方私は、コンニャクカツが気に入りました。薄く切って味をしみ込ませたコンニャクを、巻いて揚げるという手のこんだもの。

馬場さんたちはお盆の間このお料理の仕出しや、地元のお盆に欠かせないふわふわの小麦まんじゅう、ああ、なんて名前だったか・・・。それを千個単位で作っていて、まだ疲れが残っているのだそうです。ご苦労様です。こういう料理を東京でも仕出しで取れたらなあ〜と思います。

8月のはじめ鳥取で開いた「スローライフ学会フォーラム」に松本さん・ヤシマ君ともに参加されたので、話は鳥取へ飛んだり、鳥取・智頭町の銘酒を飲んだり。宴たけなわではありますが、とにかく12時間かけてきたので、今日のところはこれでお休みなさいとなったのでした。

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ゆとりある記 千々石休み3「バスターミナル」 2008/09/04 9:21 pm



着きました。諫早でござんす。博多から特急かもめに乗って、ようやくここで電車を降りることになります。夫いわく「ああ、結構乗るなあ」まことに・・・。でここからはバス、駅前のバスターミナルへ入りました。

実は私、はずかしながら諫早(いさはや)を(いせはや)といっていた者です。あの海をせきとめるギロチンの一件があって初めてこの地を知り、それでもなおかつ(いせ)といっていました。

千々石に友達ができなかったら、一生(いせ)だったのかもしれません。ちなみに、JR新宿駅でここまでの切符を買うとき、メモを差し出すと窓口の女性は「これは何と読むんですか?」でした。

さてこのバスターミナルは独特の雰囲気を持っています。以前タイのどこか地方の町に行ったとき経験したような、トロ〜ンとした空気に満ちています。都市部のバスターミナルは独特の緊張感があって、ひっきりなしに発着するバスがこんがらかるように出入りし、乗る方も間違えないように臨戦態勢でバスたちを見張っています。

それがここは、皆さん適当にどうぞ〜という野放し状態。蜂蜜のような粘っこい空気の中で、お客はてんでに好きに待っています。いや、バスを待っている風でもない。おばさん同士で熱心にしゃべっていたり、夢中で漫画を読んでいたり。このままバスが来なくても平気なんじゃないかなあ。

「雲仙方面のバスで千々石小学校まで行きたいんですけど」と切符売り場のお姉さんに問うと、「3番のとこの自販機でどうぞ〜」それぞれのバスが着く所には、むやみに人が出られないように思い鉄の扉があって、バスが来て初めてそのドアを開けて外に出る仕組み。そのドアの前にそれぞれ自販機があるのです。

ついでに聞きました。「島原半島の観光マップなどありませんか?」「ないです〜」「駅前に観光案内所などないですか」「ないです〜」こうあっけらかんといわれると、引き下がるしかありません。困っているなら何か助けましょうか?という姿勢は何もないお姉さんたちに、逆に好感を持ち始めてしまいます。

いつも何かお世話しましょうか、という世界に居ると便利ではありますが、いつも見張られているようで圧迫感・緊張感があります。こうして放られると「そうか私が自立すればいいんだ」と納得します。サービスと消費者とか、観光情報の発信方法とか、公共交通の利用促進、なんてチマチマした世界から急に解き放たれました。

このターミナルは、いよいよ本格的にスローに乗り換える駅なのかもしれません。「もしもし〜。まだ着かないのよ〜、これからバス〜、ははは」なんて事務所に電話する私は、どえらく時間をかけていることをもはや楽しんでいるのでした。

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ゆとりある記 千々石休み2「途中下車」 2008/09/01 9:31 pm




目が覚めると掛川あたり、「まだ静岡県?!飛行機なら今頃・・・」とは思いますが、何だか仕事で乗る「のぞみ」とムードが違います。いつもなら、景色も見ないで書類など眺めているのに。

サンドイッチに続き、早くも品川駅で買ったお稲荷さんも食べることになりました。で再び眠ると、もう神戸。そうこうしているうちに小倉です。電話1本しているうちに九州に入りました。意外に速いです。

改札に飯田陽子さんが待っていてくれています。ふわっとした笑顔、久しぶり〜。そのまま商店街を歩いて、「耕二」というラーメン屋さんへ。昼時で混んでいて、3階まで上がった部屋に落ち着きます。

細麺の、なつかしいしょうゆ味。スルスルとすすり食べた後、このままごろんと転がりたくなりました。何を話すわけでもなく、打ち合わせなどするわけでもなく、一緒に居るだけでうれしいわけです。

食後のコーヒーはスタバ、飯田さんはスタバに入るの初めてとのこと。びっくり!陽子ちゃんらしいなあ。お金の払い方、品物のもらい方、砂糖・ミルクの入れ方、どれもが初めてでキョロキョロしています。のどか〜。

飯田さんが高校生のときアルバイトをしていた、という駅前のパン屋さんの前も通ります。相当な人気で人が並んでいます。ドーナッツは小麦粉を溶いて揚げ、砂糖をまぶしたお母さん手作り風。時間が経つにつれ、ペションとしてしまうような。

1個70円にひかれましたが、「パンは千々石で買おう」の夫のことばに納得。北九州市名物のロールケーキを飯田さんから、「松本さんのお母様へ」と預かって2時間の面会は終了です。その瞬間「あ!」、飯田さんは気がついたのです、さっきの生まれて初めて入ったスタバに、私からのお土産を忘れたことを・・・。

いつも飯田さんに会うとそのテンポに、ゆる〜っと巻き込まれていい気分になります。この途中下車で、すっかり気持ちが緩みました。そのことにこっそり感謝しながら「またね」とバイバイ、再び博多へと向かいました。

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ゆとりある記 千々石休み1「新幹線で」 2008/08/31 7:56 pm


この夏、どこかに行こう、行くなら千々石(ちぢわ)に行こうということは決まっていました。千々石とは長崎県島原半島、合併して雲仙市になった海辺の町です。

ここに住む松本由利さんを訪ね、彼女のグループが運営している「竹添ハウス」という地域交流拠点に泊めてもらう予定でした。と、そこまでは決まっていたのですが、詳細が決まりません。

いつ、どのように行って、向こうで何をするのか?決めたい決まらない、決めなくてもいい、でも決めたい。で、とにかく日だけはっきりさせようと、8月20日出発、25日〜6日に帰る。これだけ決めました。

どうせ行くなら、島原半島を一周したい、門司にも行きたい、長崎も見たい、島原鉄道にも乗りたい、いろいろ思いは募るのですが、それじゃゆっくりできないじゃない、と思い直します。

一緒に行く夫は、そんな私のあせりはよそに、「行ってから決めようよ」の一言。それでも、「新幹線で行く」ということだけは決めていて、これは譲りません。高所恐怖症に飛行機は論外なのです。

飛行機ならホテルとセットになった安いパックがあります。1・2泊長崎などに泊まってそれを利用すれば安上がりでもあります。私の事務所近く、四ツ谷の駅に出向くと航空機とホテルセットのパンフレットはいくつかありました。が、さすが、新幹線利用のものはありません。

「もし飛行機なら・・」と訴えても「もしとか、ならはないよ」さよう、モノレールにも乗れないことは30年以上も一緒に暮らす私が一番知っています。はい。夜行列車もありますが、これもそう安くない。第一、途中の小倉で友達に会いたかったので夜行は無理。

結局素直に普通に切符を買って、結局ジタバタしないで、5泊、千々石にお世話になることに決めました。飛行機に乗れたり、安いパックがあったりしたら、おそらくジタバタソワソワした夏休みになったのでしょう。

朝6時30分出発。六本木ヒルズを背に、いざ千々石へ。長旅で腰が痛くなると思い、着替えのときすでにコシにサロンパスを貼りました。マンション近く、麻布十番商店街の早朝からやっているパン屋さんで、出来立てサンドイッチを買い込みます。品川から「のぞみ」へ。とにかく眠ろうと決めていたので、グリーンにのって毛布をかぶりました。

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ゆとりある記 鳥取ラッキョウ・ブル 2008/05/31 10:11 pm

8月にスローライフ学会があるので鳥取にセッセと通って、下ごしらえ中です。先週行ったときにはラッキョウ畑に寄りました。広い広い畑、深呼吸するだけで血液サラサラになりそうです。収穫中、6月一杯続くそうです。





葉っぱを先に刈り取り、株だけにして抜き取るのですが、さすが砂丘。スルッと抜けて、振ると砂はハラリと落ちます。これが普通の土では抜けません、土も落ちません。第一、水気の多いところでは、ラッキョウそのものがカリッとした、締まった歯ざわりにならないそうです。砂丘さまさまです。





それでも、広大な畑の収穫は機械化され、なんとラッキョウブルドーザーが出動していました。堀上げ、ブルブルして砂を落とし、直接コンテナに入れていきます。ダイナミック!





この時期周辺の家では、朝から晩までこのラッキョウを切るのだそうです。茎と根を切って、あの一口サイズにしていくのは女の人たちの手仕事。機械化できない根気と手間の世界です。

鮮度が大事なので、時間に追われながら、多量に一粒ずつ。「アルバイトとしてはいいお金になるけど、しんどい」のだそうです。町も、家も、自分もラッキョウの匂いが染み付いて。手は痛くなって。





中国産のラッキョウが多い中、ここの海風と砂に育ち、たくさんの女性たちの手を経て届く鳥取のラッキョウ。ありがたくいただかなくては、と思いました。

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連絡先

野口 智子 のぐち ともこ
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局
ゆとり研究所

TEL 090-7433−1741
E-Mail yutori@noguchi-tomoko.com

NPOスローライフ・ジャパン
〒160-0002 東京都新宿区四谷坂町9−4 リカビル301
TEL 03-5312-4141 FAX 03-5312-4554
E-Mail slowlifej@nifty.com


略歴

<野口智子(のぐちともこ)>
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局長
千葉市生まれ。東京でコピーライター、プランナーを経験。1977年静岡県に移り企画・編集プロダクション設立。
1992年ゆとり研究所を開きコンサルタント業務を開始。
ライフスタイルの提案、「一店逸品運動」による商店街の活性化、時間消費型観光おこし、人材育成などの分野で活動。
2000年からスローライフ運動を開始、2003年スローライフ・ジャパンを設立、現在、事務局長・副理事長。
2006年から活動拠点と自宅を東京へ。現在はスローツーリズムの提案、商品開発、地域観光の育成、都市と田舎の交流、移住・定住プロジェクト、“食”をテーマにしたまちおこし、などに力を入れている。住民参加の独自の楽しいワークショップが得意。
現在、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域再生マネージャー(ふるさと財団)、国土審議会半島振興部会委員。