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お仕事 「うつ」にならないスローライフ 2008/09/23 9:25 pm

9月15日埼玉県浦和で「心に優しい働き方〜うつ病からの復帰〜」というタイトルの催しに参加しました。産業医の方の「うつ病に対する取り組み」のお話の後、私は「スローライフのすすめ」のお話。



私は専門でもお医者さんでもないし、話は「まあ、ガツガツ稼ぎ、速く速く急ぐ生き方をやめて、もっとゆったり、人とまちを愛して生きましょうよ」ということになります。会場におこしの250人ぐらいの方々は、“うつ”どころか、私の話にケラケラ笑い続けてくださいました。

昔のように、東京に出ていい大学に入って有名企業に就職すればOK、という時代ではありません。選択肢はいろいろだけに、自分が判断しなくてはならない。会社人間なら楽だったのに、家庭も余暇も地域も抱え込んでどれも満点をとりたくなる。



安くて量のあるものをお腹一杯食べればいい、のではなく安全や栄養を考えなくては。子供に塾通いをさせたくない、と思ってもやっぱりいい学校へ行かせたい。ああ自己矛盾。

と、頭でわかっていることと、現実との間で人はギリギリつぶされます。とことんマニアル社会なのに、個人で悩まなくてはならないことも山盛り。ファストライフとスローライフの間にサンドイッチ、ストレスに埋もれそうなのは都市部の人も農山村の人も同じでしょう。

常に、すぐ横にいる人の体温を愛おしく感じ、ススキに秋を見ることができ心でいたいものです。この日、演台横に活けてあったお花は担当者の方いわく「穏やかな感じに活けてください、と頼んだものです」とのこと。こういう小さな気配りが各職場に満ちていれば、職場環境もずいぶん変わると思いました。

このお花を分けていただいて、「今日の講演は良かった〜、お花もらえた〜」と大喜びで帰ってきた私に、「単純だね、あんたはストレスないでしょう?」とは夫の弁。

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ゆとりある記 千々石休み12「地蔵まつり」 2008/09/22 10:27 pm



朝起きると「竹添えハウス」の玄関にカニがいます。ここんところ毎晩続く夜の大雨に、避難してうちに入ってきたのでしょうか?カニがいいます。「ねえ、今日は何するのカニ〜」「うん、何するカニ〜」

朝ごはんを食べると、やっぱり本日もまたフラフラとお散歩にでました。豆腐屋のおばさんがなにやら外に出て、首をかしげています。見ているのはお地蔵さん。ブドウやご飯を飾って、にぎにぎしいです。

「今年はね、このくらいにしたの。朝支度したの、みんなあとで一杯だから」私たちが知ってて当然のように説明してくれるのですが、内容が特殊なことだし、地元のことばだし、う〜ん、わからん!



もう一ヶ所のお地蔵さんは、赤と青の幟で飾られています。もう少し行くと、青いよだれかけの地蔵。海のほうに行くと、おお、今度はお地蔵さんが3人?3体も家の縁側に並んでいます。ここでもおばさんが興奮気味に語るのですが、わ、わからん!

しかし、私と夫と理解できた部分を寄せ合うと、どうもこういうことらしい。今日は年に一度の「地蔵まつり」で、地蔵を常々管理しているうちは地蔵を洗い、家の中に運び、ねんごろにもてなすのだそうです。地蔵は清水の流れる要所要所にあって、川を守っています。地区の人総出で掃除もするらしい。固定されている地蔵は、その場で飾り立てられるとのことです。



夕方になると、地域の子供たちが地蔵さんにおまいりに来て、子供にはお菓子を配るそうです。昔は子供が多かったけれど、今はお参りに来る子もチラホラ。お賽銭を届ける親も減った、とのこと。

ここのおばさんは、子供用の甚平をほどいて作ったよだれかけが自慢「花火の柄がいいでしょう」。聞けば、ここの息子さんは今「地蔵さんの頭に金色の輪を描いてあげるため、マジックを買いにいっている」とのこと。「嫁さんは、地蔵さんに供えるごちそうを買いにいっている」とのこと。

もはやお酒やスイカはあるのですが、もっとのせるのでしょう。また、おそらく黒と赤のマジックはあったのでしょう、地蔵さんの顔にはくっきりと描いた目鼻口があります。そのうち息子さんもお帰り。地蔵の顔をほめると、「子供の頃から、絵はいつもいい点数とってたね」とのこと。

この地区の地蔵は、海に面した河口が常の場所。「ここまで運ぶのに私が大変だから、『地蔵さん軽くなってください』って頼むと軽くなってくれる」と、おばさん。持たせてもらうと、頼むのがわかるくらい確かに重かったです。



あっちこっちの地区でこんなことが行われているようで、お地蔵さんの祠はどこも留守。ちゃっかり座敷に何人かで並んでいて、米やら、餅やら、塩やら供えられています。お地蔵さんが寄り合ってお酒に囲まれている一方で、あちこちの集会所では祭りの準備のなおらい。昼から、大騒ぎの酒盛りが始まっているのでした。

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一店逸品運動 下吉田まちめぐり「古い、がいい」 2008/09/21 6:32 pm

下吉田のメインストリート、一見オンボロのシャッター街ですが、レトロのまち、昭和30年〜40年代風の貴重な建物といわれると、そうかなあと思えてきます。破れたアーケードも「アートです」といわれると、なるほど。同じものでも視点が変わると、ガラリと価値が動きます。





そのように一度チャンネルがあうと、古ぼけたなんでもないまちが急に良くなって。路地の左の新しいお店より、右の古い家の方に目がひかれる。古いタイルも、何か意味のある懐かしいものに見えてきます。





「この看板メッシュなのはなぜでしょう」「はい、明かりと風通しのためで〜す」「このお店、この辺で最初にできた洋食屋。当時は“戦勝”だったのが、時代が変わって“鮮笑”という名になりました」解説があるとますますうなづきます。「愛人」「セクシー」もうやっていないスナックの看板。このあたりがよく、ロケに使われるというのがわかりますね。






普通のうちが、わが家の古い写真を飾っています。「ああ、昔はこういう服来たね」「タライで赤ちゃん行水させたね」話が弾みます。写真を飾ってあるのは、植木鉢置き?







この日、古本屋さんに変身した床屋さんがありました。“まちがミュージアム”という同時開催の催しです。ここのおばあちゃんは、自分の芸子さん時代の写真を展示。人が集まると「これ、私なのよ〜」と解説に出てきます。写真にチラッと見えるおばあちゃんの、こめかみに貼ってある白いトクホンわかりますか?



東京・六本木にはない世界です。

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ゆとりある記 千々石休み11「ドライブへ」 2008/09/21 4:43 pm



熱血ヤシマ君と、由利さん、ローディー、みーちゃん、私、夫と、この日はドライブです。千々石の斜面はすべて棚田、山にどんどん入り上っていくと棚田眺望台のようなのがあって緑の段々が見下ろせます。

よそ者にはただ「わ〜きれい!」だけのことばになってしまいます。この棚田を作り維持してきた人々の苦労と年月など、簡単に語れませんしわかるはずもありません。ありがたく拝ませていただくのが精一杯です。



ヤシマ君が解説してくれます、「水をね、こうしてトタンで温めるわけ」。なるほど、水はザクザク湧くのですがそれは稲の生育には冷たすぎ。で、わざわざ田んぼの周りにトタンを立てて、太陽熱を水に伝えるわけです。手を入れると、確かに直接の水よりトタン近くは温かい。例えばこんな工夫苦労の積み重ねで、ようやくお米がとれるというわけです。

もっともっと山に入り、ヤマメを食べようということになりました。豊富な水でヤマメを養殖し、食べさせてくれるところがあります。ヤマメのお刺身、塩焼き、唐揚げ、おにぎり、流しソーメンなどが揃っています。雨模様でかなり涼しい日、横は清流でしぶきがかかるくらい。かんかん照りの暑い日に来たらどんなに良かろうという場所です。



でも、おにぎりは棚田米でウマイ!ヤマメもウマイ!クルクル円形の水路を回る流しそうめんもウマイ!この装置は、確かかつて鹿児島県指宿市のこの装置発祥地というところで見たものです。水がおいしいので、ソーメンのツユがいらないくらい。

ここのヤマメの唐揚げと、ヤシマ君がなんとなくその“熱血漢的お顔”において、似ているなあと思いながら涼しすぎるおいしい昼食を終えました。





さて、今回私たちは千々石夏休みに際し、松本由利さんに「くれぐれも案内無用」と頼みました。気まぐれな夫婦です、墓場で気に入ったら2時間もいる。もしご案内の方がいたら、ご迷惑だし、こちらも気を使うし。ということだったのですが、やはりこういうところには車で連れてきていただいて、ご案内いただくしかありません。この日、私たちは結局ヤシマ君の熱心ご案内コースに身を預け、充実した時を過ごしたのでした。頑固に断らず、身を任すこと大事です。ヤシマ君ありがとう、一方、蜂に刺された由利さんかわいそう。

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一店逸品運動 下吉田まちめぐり◆屬笋屬気瓠 2008/09/20 8:34 pm



富士吉田市「下吉田まちめぐり」で立ち寄った「小室浅間神社」。その昔、富士山の溶岩流がここまで流れたその先端がそのまま残っていて、庭の一部になっているという神社です。



9月19日にある「やぶさめ」の準備がすすんでいました。年に一度、馬が渡る専用の赤い橋がもうかかっています。やぶさめと言っても的を射るのが主ではなく、走った馬の足跡の様子で来年を占うというものです。



神社の脇の道はこのやぶさめ用の馬場、アスファルトで舗装されることはありません。横に並ぶ倉庫のシャッターにもやぶさめの絵、ガイドさんの解説に一層力が入ります。



神社には、このやぶさめのためだけに馬が3頭飼われています。「2頭使いますから、もしも何かあるといけないのでもう1頭飼ってるんです。世話は大変ですが、行事が途絶えてはならないと・・」宮司さんは胸を張りました。





子供たちの習字・馬の絵が貼り出され、氏子のおじさんたちでしょう熱心にお守りを作っています。山に入って太い藤ヅルを採ってきて、切り、端をたたいてぼさぼさにします。本当はこのぼさぼさの大きいのが馬の鞭になるとのこと。これはミニュチアで先っぽを紫に染めています。



「染料使うから、すっぱい匂いがするでしょう」「ほんと、お寿司屋さんみたい。それにしても太いツルですね」「いや、もっと太いのがあるよ。おいで見せてあげる」おじさん2人がかりで太いツルのところまで案内したがってくださったのですが、ガイドさんとお仲間はもはや出発、私はおいてけぼり!「またきます〜」といってパカパカ走り追いかけました。

昨日19日は台風の通った雨模様、やぶさめは無事にできたのでしょうか?

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ゆとりある記 千々石休み10「かわいい小浜」 2008/09/19 9:57 pm

千々石にいるなら、お隣の温泉「小浜(おばま)」へ行かなくては。嵐になりそうな気配はあったのですが、出かけました。行きは由利さんが、通称「緑のトンネル」をくぐりながら車で送ってくれました。もともと小浜へは電車が通っていたそうで、その線路あとが道になり、線路を囲んでいた緑がトンネルのようになっているのです。





千々石が健全なのんびり聖地であるならば、小浜は不良ぶってる田舎者プチ温泉街です。洗練や繁華街という世界はない、ひなびた小熱海のよう。まずは温泉やぐらの下の足湯に入りました。百円です。私の足の向こうに見えるは、ヤシマクンが届けてくれたシソジュースを、凍らせて持ってきたもの。汗をかきかき飲むと、おいしいおいしい。



資料館があっていろいろ重要なものものや、小浜温泉を開発した人の偉業についてとか展示されているのですが、妙に気になったのが湯浴み裸婦像。後ろに展示されている内掛けと、マッチして。昔の由美かおる?のような、ドキッとする笑えるミニグラマーです。





小浜も湧き水のまち、そして温泉も湧くまち。子供たちの描いたマップや解説がまたかわいい!きれい過ぎる案内版より、こういうのがいいなあ。そしてこの日一番の、かわいいはこれ。ゴミバケツを置いてあるそのカバーのような小屋の扉止め。タコとイワシは飾りではなく、ちゃんと機能しているのでした。



小浜は今、チャンポンで町おこしの動きもあります。もともと日本そば屋でも、喫茶でも、当たり前にチャンポンを出していたのですが、それをもっとクローズアップしようとチャンポンマップもできました。この日食べたのは「蛇の目」というお寿司屋さんのチャンポン。一口サイズの稲荷も頼んだら、もう、まんぷくぷく。暴風雨となった中、ご機嫌で帰ってきました。

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ゆとりある記 千々石休み9「見晴らし墓」 2008/09/18 10:04 pm

夕方散歩中、夫が「おい、あんなとこに墓があるよ」と指差します。バス通りの海側、棚田の上。「行ってみよう!」なのですがどこから行くのかわかりません。バスから降りたおばちゃんに聞くと、「私のうちはあっちだから」と連れて行ってくれようとします。でも両手に大荷物、この分だとお墓まで行ってくれそうでわるいので、「あ、行き方わかりました」とわかったふりをしました。で、なおも上り口を捜します。




直線で進むうちに、製材所に来ました。ここから見上げると、墓にはまっすぐです。「畑の中を行けばいけないこともないけど、車でぐるっと回ったほうが」とおじさんが心配してくれます。もう夫は、畑のふちを歩き始めました。道なきところを墓へ、墓へ。背中を、製材所のおじさんが見つめているのが分かります。(製材所からのこの写真は、たまたまこの冬に撮っていたスナップです)

マムシに出くわすこともなく、やっとこ墓場に着きました。山の上、見晴らし満点の墓地です。こんなに高いところまで来ても、水路があり、どこからかの水が流れています。普通なら眺望満点のホテルや、別荘が建ちそうな場所。しかも一番高いところの墓、てっぺんまで行くと驚きました、墓石のほとんどは海に向いています。



その様子はリゾートに来た人たちが、夕日の沈む海を群れだって眺めているようです。海風が涼しい、だ〜れもいない。でもなんだかとってもにぎやかな、怖さのない明るい墓地。




すこしくぐもった夕日が、わりあいのんびり落ちていきます。あらまあ、つるつるした墓石のおでこにピカッ!夕日か映っています。日の丸のハチマキをしたようでもあり、インドの女性のおでこの赤い飾りのようでもあり。冬場は墓石のおでこは夕日の移動とともに、順番に温かくなるのでしょう。夫は、明るさがいい感じになるまでジッとカメラを構えて待っていました。


写真を撮り終えて、ぼちぼち帰ろうと坂を下って行くと、製材所のおじさんが夕飯前のウォーキングのようです。「2時間もずっと居たんだ、この2人・・・」とは言いませんでしたが、ただただ笑っておいででした。

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一店逸品運動 下吉田まちめぐり 孱械沓沓曲癲廖 2008/09/15 10:50 pm

9月14日富士吉田市の下吉田地区で行われた「下吉田まちめぐり」というイベントに出かけました。富士吉田市は私がなんだかんだここ3年くらい、観光おこしやまちづくり、商店街活性化などで通っているところです。今回は今まさしく頑張ろうとしている、栃木県足利市の方々をお誘いしました。



下吉田はいわゆるシャッター商店街なのですが、昭和30〜40年代の建物が残ります。その古さを逆手にとって、懐かしいレトロなまちと名乗りだしました。そして富士山の高さにちなんで「3776歩散策会」のサブタイトルでまちめぐりイベントを始めました。富士急行線のかわいい駅、下吉田駅が出発。巡るまちなかのポイントは、それぞれ2合目とか7合目とかになる仕組みです。

駅に集まった参加者は、同じ色のリボンをつけて15人ぐらいのかたまりで出発。迷うことはありません、喫茶店のマスターや洋品屋さんの社長さんなど、素敵なガイドさんが引率してくれます。そして行く先々にまた地元のガイドさんが・・・。



かつて繊維のまちとして栄えた頃料亭だった建物が、その後医院になり、今は空いているもののこの日は見学用にオープン。旧角田医院は、下吉田のシンボル的建物です。古い店を、今風の小物屋カフェにしているお店も見学。



かつて糸や反物を扱って市の立った絹屋町では、地元のおじいちゃんが当時を振り返って熱く語ります。「同じ繊維のまち足利の人はずいぶんこの市に来て、様々文化を伝えてくれましたよ」との説明に、足利の方々はジ〜ンと来たようでした。



こうして説明を聞きながら、2時間ほど歩き、山頂にあたる会館に到着。ここでアンケートに答えると、うどん券をいただけて、富士吉田名物の馬肉・キャベツののったコシのあるうどんがいただけました。歩いた後のうどんのおいしいこと。






ミニ金剛杖と富士山絵葉書もお土産です。地元の方も多く参加していましたが、「いつものまちなのにこうして歩くとなんだかおもしろい。全然知らなかった」という感想。外からの者にはもっともっとおもしろく、一見オンボロの眠ったようなまちが俄然輝いてくるのでした。



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ゆとりある記 千々石休み8「極上の昼寝」 2008/09/14 9:07 pm



散歩から戻って、昨晩の馬場さん差し入れの料理の残りを食べて、お昼寝です。実は、こういう畳の部屋で昼寝をするのが夢でした。ガラス戸をあけ放って、入ってくる風とセミの声が子守唄。マットレスに転がったとたん、とろけるように眠ります。

2時間ぐらい寝たのでしょうか、庭の向こうの道を何か笑いながら歩く子供の声がします。夫はまだバク睡中。起き上がって外の田んぼの緑を見ていたら「そうだスイカだ」と思いつきました。昨日誰かが用意してくれた、小ぶりのスイカが冷えているのです。縁側に用意しました。



シャクリ!とカブリついて、種を庭に「フッ、フッ」。縁側でぶらぶらさせている私の足の甲に種がのったりして、それをまた足を振って落としたり。昼寝のあとの“おめざ”のスイカ。子供の頃のままの、この一連のコースをしたかったのです。

廊下の板の上に、スイカの汁がぼとぼと落ちる。ほきたした種にすぐ、蟻んこがたかる。その蟻んこに向けてまた種を飛ばす。ああおもしろい、ああ懐かしい。起きてきた夫も「フッ、フッ」。

昼寝とスイカで元気復活です。「まだおやつはいるね」「うん」、サンダルをつっかけて出かけたのがトコロテン屋さん。正確にいえばトコロテンとラムネ屋。湧き水のある横の小屋のような店が、夏場だけ店になります。



湧き水でこしらえたトコロテンを、湧き水で冷やします。作業場を見れば昔ながらの道具、天草を煮て、ハンドルを回す搾り機でこして、木の枠に流しています。おいしくないわけがありません。

辛子でなくもちろん柚子コショウ、暴れるほどコシのあるトコロテンにはちゃんと海草の味があります。夫の飲むラムネのビー玉が、いい音を立てました。

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ゆとりある記 千々石休み7「水と一緒」 2008/09/13 8:57 pm

千々石のまちをぶらぶらしていると、いつも水と一緒です
。道沿いに流れる細い水路には、もったいないくらい水が
流れています。ところどころには水の湧いているところも
あって、近所の人が使っています。




その湧き水を使いやすいようにパイプから出していると水場も。、都会では「水出しっぱなし、だれ〜?!」とおこられるでしょう。出っ放しですから、そもそも蛇口の栓などもないのです。ガブガブ飲んだ夫は「うま〜い!」のひとこと。

ぶらりと歩き続け港まで行き、由利さんにもらったお菓子でおやつ。ここはジャガイモの産地でもあり、そのジャガイモを使ったパイのようなお菓子の試作品。まちのお菓子やさんが作り始めているのです。




大きなオンコの木の下で、切り株によっかかってパクリ、ちょっと甘いですが、ジャガイモの風味がします。目の前の海が青い青い。飲み物はもちろんペットボトルに入れた湧き水。「こりゃ最高の喫茶店だね」とつい2人で納得。

おや、近くの水路で坊やが釣りに夢中。「何釣ってるの?」「ドンコ」「食べるの?」「釣るだけ」この坊やの様子を家の前の橋の上で、家族が眺めています。




おじいさん、おかあさん、おねえさん、近所の人?な〜んにもしないで眺めてるだけ、そしてぽっつらしゃべるだけ。きっと冷たい水の流れるその上がちょうど涼しいのでしょう。東南アジアのような雰囲気です。

巻き込まれるようにこっちの歩調もゆっくりになります。湧き水を飲んで、水路をたどって。絶え間なくしている水音が、なんとも贅沢です。

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連絡先

野口 智子 のぐち ともこ
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局
ゆとり研究所

TEL 090-7433−1741
E-Mail yutori@noguchi-tomoko.com

NPOスローライフ・ジャパン
〒160-0002 東京都新宿区四谷坂町9−4 リカビル301
TEL 03-5312-4141 FAX 03-5312-4554
E-Mail slowlifej@nifty.com


略歴

<野口智子(のぐちともこ)>
ゆとり研究所所長・NPOスローライフ・ジャパン事務局長
千葉市生まれ。東京でコピーライター、プランナーを経験。1977年静岡県に移り企画・編集プロダクション設立。
1992年ゆとり研究所を開きコンサルタント業務を開始。
ライフスタイルの提案、「一店逸品運動」による商店街の活性化、時間消費型観光おこし、人材育成などの分野で活動。
2000年からスローライフ運動を開始、2003年スローライフ・ジャパンを設立、現在、事務局長・副理事長。
2006年から活動拠点と自宅を東京へ。現在はスローツーリズムの提案、商品開発、地域観光の育成、都市と田舎の交流、移住・定住プロジェクト、“食”をテーマにしたまちおこし、などに力を入れている。住民参加の独自の楽しいワークショップが得意。
現在、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域再生マネージャー(ふるさと財団)、国土審議会半島振興部会委員。