珈琲サロニカ
岡山県新見市のこの喫茶店、微細に挽いた珈琲豆を濾過せずにお湯で煮てとろりとしたものを飲む、ギリシャ珈琲なるものを出してくれます。そのお点前の面白いこと。
さらに「店主へ話しかけると話が止まらなくなります。ご用心」などの“お願い”がメニューに記載。なので、つい、話しかけてしまいます。
でも、倉敷にあった初代サロ二カからのお話は、うかがう価値ある物語でした。
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新見市街地から少し奥まったところ「隠れ家的な店があるのよ」と、この日訪ねた大先輩が連れて行ってくださいました。
どんなお店だろう?とついていくと純和風のおうちに隣接して、これもまた和の雰囲気の小さなお店がありました。
「珈琲サロニカ」、ステンドグラスの灯りが落ち着く店内です。
「このお店に来たら、これを飲んで!というメニューがあればそれを」と失礼な頼み方をすると、お店の奥様が「ギリシャ珈琲というのはいかがでしょう?」と。
迷わずそれを頼みました。
「ミルで最細挽きにした後、さらに、手動で真鍮製のグラインダーを使って極細にします」とメニューを読めばわかるのに。
カウンターの中で何か不思議な所作が始まった!と私は駆け寄ります。そのグラインダーで、ぐりぐりとご主人が粉をさらに細かくされています。お濃茶を練るよな手つき、まさにお点前のよう。
その後、可愛い片手鍋に珈琲粉、ビーカーで測られた水、砂糖、レモンの皮が入り熱せられます。
沸騰寸前で火からおろすをくり返し、最後に茶こしでこすと出来上がり。
小さなカップの底に、当然粉はたっぷり溜まるのですが、その上澄みをそろりといただく。
濃い。珈琲の香りと味が顔中に満ちて、耳から噴き出すみたい。
ママレードがひとさじ、ご機嫌を取るかのように添えられていて、濃い珈琲味を途中で和らげてくれます。
ご主人がグラインダーを見せてくださいました。
重いです。
「だから、粉をするのに力はいりません」とのこと。こんな道具があるんですね。
おしゃべりしながら、じわりじわりとすすっているうちに、最後の粉だけになりました。
これをまた首をそり返して、最後の一滴も口に入れたい、となります。
この「ギリシャ珈琲」を出すようになったいわれを話してくださいました。
ご主人は中学校の先生をされていましたが、そもそも先生になれなかったら喫茶店をしたいと思っていたそうです。
お仲間が集まる喫茶店が倉敷にあってそれが「サロ二カ」、このギリシャ珈琲を出されていたそうです。事情があり倉敷のお店はなくなりましたが、定年し、お店を始めるここのご主人が、その名と味を受け継いだというわけです。
珈琲についても学び、試行錯誤を繰り返し、倉敷の「サロニカ」の方にも試飲して頂きOKとなったとのこと。それほどの重さを持ってつくられるギリシャ珈琲だったのです。
ステンドグラスのランプやドアのカウベルなども、倉敷から受け継いだとのことでした。
「珈琲好きにゆっくりしていただきたい」というこのお店には、“ゆっくり”の仕掛けが満ちています。
どうしてもゆっくりしたくなってしまう椅子とテーブルは、業務用ではなく普通のおうちのリビングなどに使うもの。だからくつろげます。
テーブルの上には万華鏡や、いたずら小箱。そして季節の花、この日は吾亦紅など。
そしてメニューにある「お願い文」これが愉快です。「ケーキ、お菓子、おやつ等に類するものは自由にお持ち込みいただいて結構です。もちろんお持ち込み料は無料です。ただし、店主へのお気遣いから、店主にご用意されることのないよう、よろしくお願いします。中性脂肪が若干高めとなっております」
さらに続きます「店主への話しかけは、必要最小限にとどめられることをお勧めします。安易に話しかけますと、話が止まらなくなる恐れがございますので、ご用心ください。それでも話しかけてみたいという好奇心と勇気をお持ちの方には、昔話・笑い話・怖い話・くだらない話・手品等、そこそこ取り揃えております。無料です」
こんな「お願い文」を読んだら、誰もがクスリと笑い、話しかけたくなっちゃいますよね。
珈琲にもいろいろあります。100円でコンビニで買いサッと飲む珈琲。混んでいてテーブル越しに会話の声も聞こえないなか、あわただしく飲む珈琲。外に行列ができていたりすると、東京では、お金だけおいてとっとと帰れと、という雰囲気まで。なかなか珈琲と“ゆっくり”はセットで体験できません。
ご主人と奥様がニコニコしながらおっしゃいます。「お客様の回転や、利益率を考えるお店では、それが大事なわけで。それはそれでいいと思います。うちは私たち自身が“ゆっくり”したいんです。だからこういう店なんです。」
「サロニカ」とは、ギリシャの港町の名だそうです。ストレス一杯の世間の荒波にもまれて疲れたら、新見のこの店にしばし錨をおろし、ギリシャ珈琲の味とともに、ここで“ゆっくり”を補充して、また旅だちましょう。
大先輩が私をここに連れてきてくださったのは、そういうことだったのかもしれません。2時間も話し込んだころ、「昆布茶もどうぞ」と、備前焼の器が運ばれてきました。
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