80歳の寿司桶

お仕事で

京都府綾部市広瀬、地域活動で定期的に作られる「炊き込みご飯」の作業を見学しました。早朝からかっぽう着姿の女性たちが、手慣れた様子で動いていらっしゃいます。公民館にはいい匂いと湯気が満ちて、唾が出ます。ご飯を冷ます桶には、なんと「昭和二十年十月新調」の文字。戦争が終わりほっとして、五目寿司や混ぜご飯などを多量に作るために新調したのでしょうか。「邪魔でほかろうかと思ったけど、こうして役立ってます」とのこと。80歳で現役、地域づくりに貢献している桶に頭が下がりました。

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大きな大きな寿司桶は、いったい何合のお米を入れられるのでしょう。今の都会暮らしには、ぜいたくでありえない、持てあましてしまう大きさです。当時としても高価なものだったのではないでしょうか。未だに、活躍しているというのは、木製の昔の道具はよくできているし環境に優しいと、関心します。

炊事場では炊きあがった炊き込みご飯が、よいしょと桶に開けられました。もうもうの湯気をあげながら、ひときわいい匂いが漂います。これから容器に詰めて、配るのには、熱々のご飯では水気が出てしまいます。保存にも不都合。というわけで、せっかくの炊き立てですがこのご飯を冷まします。扇風機まで動員して冷まします。作業しているお部屋は、そのためもあって暖房ナシ。割烹着の女性たちは冷えないのでしょうか。

“すぐそこの畑からとった”という青々したほうれん草の胡麻和えと、タクワンがちょこんとついて、お弁当の出来上がり。こうして地元に配達したり、市役所で売ったり。小さな商いを続けてらっしゃいます。春から夏場は、五目寿司を作る、寿司桶はまさしく寿司桶になります。

サクサクと作業は進み、やれやれとコーヒータイムになりました。割烹着姿が集まって、どら焼きを食べたり、笑ったり。この時間が良いのでしょうね。戦後すぐにこの桶を使った方々は、80年後のこんな平和は様子を想像したでしょうか。寿司桶にはこれから安心して暮らしていきたい、お腹いっぱいみんなで食べたい。そん願いが込められていたはずです。

寿司桶さん、ありがとう。今も、美味しく、楽しく、役立っていますよ。女性たち笑い声に囲まれて、桶は満足そうでした。