丸岡さんのこと

スローライフ運動

秋田県能代市二ツ井町の会員・丸岡一直さんが亡くなられました。75歳という若さでの急逝です。スローライフの会の前身、NPO法人スローライフ・ジャパンの理事を長くされてました。元・二ツ井町町長の時代には「恋文全国コンテスト」を実施したり、現在の社会福祉法人二ツ井会の理事長としても、アイデアに満ちた策を次々と実行された方です。かつて、私が初めて二ツ井を訪ねた日、着物姿の私にサッと長靴を手配し「何としても見てほしい」と、秋田杉の巨木を雪の中ご案内下さったことが忘れられません。ご冥福をお祈りいたします。

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丸岡さんとの思い出はいろいろあります。まるで森の中にいるような巨木が柱になった旧・二ツ井町役場、町民が冬も運動できるようにと造られた木をふんだんに使った体育館、ご案内くださった美しい二ツ井の風景、皆さんと一緒に食べたキノコがいっぱいの鍋物。ほかの土地でも機会あれば会ってくださって、冷麺をご馳走になったり、ヘルメットをかぶって上がる天井の低い飲み屋さんへ行ったり。いつも人と人を繋げたり、新しい刺激に出会わせてくれたり、そんなことを楽しそうにされていました。

なかでも私が強く感動したのは「きみまち恋文全国コンテスト」です。いまや「恋文」などという甘い素敵な世界は、SNSという乾いた淋しい世界に乗っ取られていますが、このコンテストを小さな町で10回も開催されたことに驚きます。そして第1回の大賞に選ばれた80歳を過ぎる女性が書かれた「天国のあなたへ」という恋文に心打たれました。結婚し、娘が産まれてすぐに夫は出征、32歳で戦死。その夫への恋文です。このコンテストがなければ世に出なかった訴え、作品でしょう。今読み返しても心震えます。このコンテストについては、下記の私の古いブログにありますお時間あったらどうぞ。
■野口のブログから
2014年5月12日「二ツ井、二冊のさようなら」

 二ツ井、二冊のさよなら

丸岡さんは永六輔さんの作品『大往生』の映画化にあたって、ロケ隊を受け入れたそうです。「みんな飯炊きなんかして世話してなあ」とよく思い出話をされました。スローライフの会の前身、スローライフ・ジャパンの理事長・川島正英さんのご縁でこのロケ地受け入れは決まっていったようです。その『ジャパン』を一度閉じて、『会』にするにあたり、丸岡さんは下記のようなお言葉をくださいました。

■2023年10月24日「週刊スローライフ瓦版」掲載
「スローライフの花」丸岡一直(社会福祉法人二ツ井ふくし会理事長)
~スローライフの活動がもう20年になったとは、振り返って驚くばかりです。長いようで短い、短いようで長い、この時間の中で全国に多種多様の種をまき続けた仕事の大きさははかりしれないものですね。多種多様といっても、その心は「一を以て之を貫く」にあることはよくよく感じられたことでした。種が芽を出し、花を咲かせるときを楽しみにするとしましょう。もっとも、種がうまく育つためには土づくりや水やり、日ごろの手入れが肝心です。私もいまいる場所で、コツコツと手入れに励むとしましょう。~

2023年5月に開催した京都府綾部市での「スローライフ・フォーラム」には遠く秋田から参加されました。集合写真の後列、左から2人目に、背の高い丸岡さんの笑顔があります。私がお会いしたのはこれが最後となりました。この後の、丸岡さんからの原稿に綾部での感想があります。

■2023年7月4日「週刊スローライフ瓦版」掲載
「郡是の精神」丸岡一直

瓦版 2023.7.4 第678号 増田寛也さんのコラム掲載

そして『ジャパン』の体制が変わり『会』になると同時に、瓦版も週刊から月2回の「スローライフ瓦版」へ。その変わり目に書かれた丸岡さんの最後の原稿がこれです。
■2023年12月26日「週刊スローライフ瓦版」掲載
「納めのデイサービス~年越しの宿題」丸岡一直

瓦版 2023.12.26 第703号 中村桂子さんのコラム掲載

最後にはこのような言葉がありました。

~つたない作文に長いことおつき合いいただきました。これといって活動をしているわけでもないので、なかなか骨の折れることもありましたが、これで打ち止めです。どなた様もありがとうございました。~

丸岡さん、こちらこそ本当にありがとうございました。