川上村の朝日館
奈良県南部、川上村で意見交換会をしたとき「うちの宿は昔のかまどを使って羊羹を作るんです」と和服の女将さんが話されました。その宿をどうしても見たくて立ち寄りました。
130年の歴史を守る吉野建ての「朝日館」。浮ついた時代の変化に村が流されないように、文鎮のような役割をしているような、存在感がありました。今日もあの宿は、あの山の村にあるのです。
「スローライフによるむらづくり」この動きのスタートで一番最初に訪れたのが、奈良県川上村。この村は、いまさら「スローライフ」を説かなくとも、言葉はちがうもののスローライフなむらづくりそのものをずいぶん前から進めています。
吉野川の水源に暮らす役割を、村民が理解し、誇りを持って川上の村びととして生きている。そんな村の人たちとの意見のやり取りは、こちらが学ぶことばかりでした。
参加者のお一人、旅館「朝日館」の女将さん・辻 芙美子さんがご自身のお宿のスローライフを語ってくださいました。
「いまだにかまどを使って料理しています。豆を煮るところから、ユズ羊羹を作ります。手間ひまかかりますが、皆さんがおいしいと喜んでくださいます」「今日は皆さんのご意見をうかがって、元気をいただきました」
たおやかに語られる女将さんの、その宿を会議の翌日、朝、突然どやどやとうかがったわけです。
世界遺産の大峯山の登山口前、木造3階建て、特色ある吉野建て。昔は同じような宿がもっとあったのだそうです。明治・大正と続いてきただけあって、古い造りがたまりません。
廊下のガラスはゆらゆら見える昔ガラス。急な階段。窓からは斜面に造られた小さな庭の緑。お座敷の黒檀の柱。欄間の彫り物。タイルの昔風お風呂・・・。ここにはいつか必ず泊りに来よう、と心に決めます。
洗面所の鏡には「ルービヒサア」?!の文字と、金属製の洗面器。いい感じの古さのトイレ。紙はトイレットペーパーではなくて、柔らかくシワシワのあの落とし紙です!
台所のかまどを見せていただきました。現役です。ここでお湯を沸かして、ご飯を炊いて、羊羹も作って。わ~、火の番を一日したくなっちゃう。
お宿全体が文化財の様、使っている道具・食器も民俗資料館にありそうなものばかりです。
「とにかく古いだけで。散らかっていておはずかしい」と女将さんはおっしゃるのですが、泊らずして、もうこの宿に癒されていることが実感できます。
台所からはひんやりとした地下にも降りられて、そこから外の畑へ。シイタケが気持よさそうに干されていました。
「冬場のものなので、もう終わりなんですよ」といいながらも女将さんが出してくださったのが、話題のユズ羊羹。台所に座り込んでいただきました。やさしい、やさしい、甘さです。
女将さんはかまどを使うのはあたりまえ、廊下の雑巾がけもあたりまえ、とポワンと明るく語られますが、今どきここをこのまま維持することは、どのくらい大変なことか。
東京に居てこうしてブログを書きながら考えます。朝日館のような宿が今も、今日も、あの川上村にあたりまえにある、ちゃんとやっている、ということが、あの村のすごさなのでは、と。
見方を変えれば、村がヒラヒラとどこか違う方向に飛んでいかないように、こういう人が、こういう場所が、プッシュピンやら文鎮のような役割で、きっちりブレないように抑えているのかもしれません。
願わくば、ユズ羊羹作りの体験など、お邪魔にならない範囲でさせていただければと思うわけです。
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