クエを食え

美味しい話題

和歌山県に通うのも今年度で終わり。「それならこの冬、クエをぜひ食べて」と友人に誘われて、日高町のクエ民宿に泊まりました。

九州地方ではアラとも呼ばれる高級魚、何でそんなに高いのか?今回その理由が初めて分かりました。

なかなか獲れない、養殖できない。白身で上質の脂とコラーゲン、旨みはフグに勝るとなれば引っ張りだこのはずです。

一生に一度?の記念となりました。
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日高町のパンフレットにはズバリ「クエの町」とあります。

なぜここで獲れるのか、それが昔からなのか、地元ではどのように扱われてきたのかなど、普通ならしっかり取材する私ですが、この日はレジャーです。ただただ喉を鳴らしてうかがいました。

どうやら「クエ鍋」は昨年の「ニッポン全国鍋グランプリ」で見事「グランプリ 金の鍋賞」を取ったのだそうです。

だからなおさら人気が高まり、民宿もかなりのお客様があったのでした。

海のすぐ横にあるこのお宿、偶然にも「クエ」漁師さんであり、鍋コンテストにも出られているクエの大親分のような方の民宿でした。


親分です。(失礼)でもその立派なクエとそれを釣り上げた雄姿には風格があります。

このご主人自らが、食事の席には「クエ語り」をしに現れてくださいました。

クエは群れないこと、この地の100人近い漁師のうちクエを釣っているのは10人位、20キロのクエなら20年生きている、生きたイカを餌に釣ること、70メートルくらい深いところにいる、等々詳しく教えてくださいます。

「テグスに伝わるトントントントンというのはイカが泳いでいるから、これがググッと引かれる、これはクエが噛みついたとき、この時あわてちゃいけない。じきにもっとグイッと引かれる、これは奴が飲みこんだから、そして、4、5、6、7数えたら思い切り引き上げる」

うかがいながら、海上でのクエとの戦いが想像できます。

「奴らは危ないとなったら岩の下に潜り込んでヒレを広げてそれで踏ん張って、あげられないようにするから力くらべだね。上げられないときもあるから、前の年に俺が掛けた針をつけたままのを上げたこともあるよ」

クエ様の登場です。

白い美しいお刺身。鍋用の厚切り。コリコリするのは胃袋です。

「奴ら何を食ってるかわからないから、胃袋はよ~く洗うんです。それをバター炒めする。旨いでしょう!」


鍋用のクエにはアラの部分もあり、これをまず先に入れてから野菜、クエと加えていきます。

モミジおろしとネギを薬味にポン酢で。

あれ?そんなに脂っこくないんだ。歯ごたえのある上品な白身魚風。ところが食べているうちに気付きます。細かい脂の粒々がポン酢の上に浮いている。脂が上質なんですね、だから脂っこくない。

そして驚いたのは皮と肉の間のプルプル。コラーゲンの厚み、これは噛むほどに旨みが出てくる。

「クエばっかり食べないで、野菜も食べてね」とご主人は言い終えて席を立ちました。

忠告通り野菜に箸を伸ばすと、いつしか白菜もキノコもクエの旨味をすっかり吸い込んで、只者ではない野菜に変わっています。

クエはもちろん、このクエスープを抱きかかえたようなクエ鍋の野菜の美味しさに惚れました。


こんな鍋を食べながらですから、ヒレ酒が進むこと。

例の蓋をしておいて、マッチで火をつけるとボッと音までする、あれを楽しみます。

唐揚げが出て、クエの炊き込みご飯が出て、その他にもクエの何かが出てはいたのですが、酔ってしまいました。


昨夜、あれほど食べたのにおなかが空いている。クエの脂はそういう脂なんだ、と思いながらの朝・・・・、あれ?顔の肌が上質のクリームを塗ったようにしっとりしています。

既にクエ効果でしょうか?

朝ご飯のクエ雑炊がまた美味。もう一杯、もう一杯といただけます。


「クエの解体がありますよ」との声を聞き、宿の裏路地をのぞきました。

クエ様のお頭です。既にウロコは落とされ、白い肉をみせ、大きな頭は金具を打ち込まれて、まな板に固定されていました。

近づくと、食べられてしまいそうな迫力です。


クエを三枚におろすのですが、さばくというより、確かに解体といった方がいい荒仕事。包丁は使わず、ナタ一本でさばいていきます。

白身の分厚い肉が骨から離れると、クエの身体がまるで生きているかのようにブルンとくねりました。


ご主人が、クエ用の釣り針を見せてくれます。ペンダントにして首から下げてもいいような大きさ。

そしてもう一つ見せてくれたのはクエの“耳石(じせき)”。親指の爪ほどの貝殻のような白いものですが、クエの耳?あたりから出てくるそうで、これを研究するとクエの年齢がしっかりわかるのだとか。

人間ならめまいの原因などになる耳石、クエの暮らしではどんな役割を果たしているのでしょう。

クエの生態はまだまだ分からないことばかりで、大学や和歌山県で研究を進めているとか。解明できれば、もっとクエは獲りやすく、庶民にも食べやすくなるのかもしれません。


ご主人とご長男です。息子さんのクエさばきは素晴らしいものでした。

「長男が宿を継いで、次男が漁を継いでくれました」とご主人は満足そうに笑います。こういうおうちが何軒もあれば、今後のクエの町も安泰なのですが。

クエ貯金してでもまた伺いますから、頑張ってほしいなあ~。

民宿からすぐの浜には、大きな海と空が広がっていました。今日もこの海原のどこかで、クエは群れずに1人堂々と泳いでいるのでしょう。

あんまり大衆魚になるよりも、養殖なんてされるよりも、幻のクエといわれるぐらい、ワイルドな存在でいてほしいと私的には思います。

次にこの海を見るのはいつになるのか?クエをまた食べることがあるのだろうか?いろいろなことを考えながら、私も悠然と泳ぎ出そうかと思うのでした。