スローライフ旬

ちょっとしたこと

仲間と「旬」について考えています。魚類,野菜,果実などの最も美味な時期と定義しても、農業技術の進歩、気候変動などで本来の旬は消えています。食材カレンダーというのを見ると、1カ月から長くて8カ月間が旬というものもある。旬という字を掲げた、通販サイトやファミレスまである。こうなると、スローライフ的な視点で、今これが旬!と紹介したくなるのでした。

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ネット上で探っただけですが、「旬」(しゅん)という言葉は、「古代からの朝廷行事、天皇が開く定期的な年2回の酒宴“旬義”」から来ているとのことです。その季節にふさわしい最もおいしいものが出されたために、そういう物を旬のものというようになったとか。昔は、本当に美味しい季節が限られ、それを口にするというのは贅沢で、その時期を大事にしていたのでしょう。

旬を(じゅん)と読むと、「1つの月を3つに分けた期間も「旬」と呼び、1日から10日までを上旬、11日から20日までを中旬、21日から月末までを下旬という」とあります。したがって、読み方で意味合いが違ってきますが、ここでは「旬」(しゅん)の話です。

食材が最もおいしくなる時期とはいえ、小さいながらも細長い日本列島では、同じものでも旬の時期は多少違っていたはずです。南から北に季節が動くまでいい加減時間がかかる。食べ物だって同じでしょう。それでも旧暦にあわせての季節の行事があり、その時の花、その時の旬のものをありがたくいただく暮らしがあったはずです。

新暦になり、桃の花がまだ咲かないのに3月3日は桃の節句、花ショウブの花も咲かないのに端午の節句とカレンダーだけが先走るようになりました。温室で無理やり咲かせた桃の花が出荷され、それでひな祭りをやっている私たちです。旬も、すっかり全国一律、一年中になってしまいました。

魚の名前で見れば、鰆は春の魚と書きますが、確かに春に出てくるものの、長く売り場にある。ニシンは春告魚と書くものの今は輸入物。ウナギは土用の丑の日に食べるために養殖でこの時に脂がのるように調整しているとか。サンマは秋刀魚ですが、海の温度が変わってすっかり獲れなくなった。冷凍ものが目につきます。冬の鱈は一年中ある。野菜や果物も同じことです。

一年中あるといっても、出始めを「旬」というなら、それなりに季節の先取りで希少、だから高いというものもあります。新タケノコや新茶、産地からの初入荷のメロンとか。これも早いと高く売れることから、栽培技術でどんどん早くなる。イチゴなどは路地で本当は春に収穫でしょうが、冬が普通、しかもクリスマスケーキに間に合わせるために12月に作って出荷という時代です。俳句の季語など、もう実在感はなくなっていることでしょう。

盛期で出回って一年の中でも安いから「旬」という見方もあります。年間を通してあるキュウリだけれど、やっぱり夏になると安くなるから今が旬かなあ。トマトも安くなったから。ほうれん草も路地ものが出て安くなったから、ということもありますね。

冷凍技術の発達、ハウス栽培、輸送手段の高速化などで遠くからも、地球の反対側からも運ばれる食材が増えてこうなりました。年中、多様な食材を手に入れられるようになり、私たちはその便利さと引き換えに、季節や「旬」というものを失ったのです。

いま、産地や生産者から直接に品物を買う人も増えていますが、よほど買う側が気を付けないと、「旬」などは追いかけられません。売る側は、年間通して売り上げが上がることを求めるのですから当然です。冬のスイカでも売れればいいのです。

で、そこで考えました。もうそんな「旬」を追いかけて嘆いても仕方がない、と。それよりも「物事を行うのに最も適した時期」「今こそお勧めしたい」「ちょうどあぶらの乗り切ったいい時期」などの意味の方を考えて、それを“スローライフ視点”で探っていけないかと思います。

例えば、昨年の5月みんなが今よりもコロナにおびえ、本当にステイホームをしていた時期。室内で、歩いたり跳ねたりジョギングもできる、小さなトランポリン「トランポビクス」をお勧めしたことがあります。高齢者や家族で、今こそこれを使う「旬」だと思ったからです。また同じ時期に雲仙市の「まるゆで野菜」もご紹介しました。買い物に行かずに済む、茹でてあるので調理が楽、三度の食事を家で作る、でも買い物に行きたくないコロナ禍で、女性や高齢者にありがたい、これも今こそ「旬」とお勧めしたのでした。

また、コロナ禍になる前から、村おこしのために酒米を作り、お酒を仕込み、という新酒が出来上がり、売り出されたから今が「旬」、村おこしの心意気を飲もう!と十津川村谷瀬の「純米酒谷瀬」と酒粕も紹介しています。

この時期、それが「旬」である、というその基準を、生活を心豊かにしていくもの、まちおこしに繋がるもの、弱者や自然にやさしいもの、というスローライフ基準にしていけば、「旬」など無くなってしまったこの国に、違う「旬」が育っていくのではと思うわけです。

いま、目の前に「高野マキ」の枝が生けてあります。だんだん暑くなってきて切り花は持たなくなった、買いに行くのもコロナが怖い、でも室内にみずみずしいものがほしい。そんな時に暑くても長持ちする緑、マキの枝はありがたいものです。本来、仏壇や神棚に備えるものですが、使いようです。新芽が出てきて美しい。葉に触ればいい香りもする。観葉植物の鉢より、瓶にさした枝が元気に育っている。以前訪ねたことのある、奈良県野迫川村から友人が取り寄せたものです。こんな緑を楽しみましょう!というのもこの夏の「旬」でしょう。

「スローライフ旬」のもの、だんだんこういうご提案をしながら、その「品物」を皆さんへお届けする仕組みも考えていきたく思っています。