越谷で

ゆとりある記

埼玉県越谷市、人口約345000人。都心から1時間の利便性でベッドタウンとして発展、東洋一のショッピングモールでも知られています。ただ、今のようにテレワークが進むと、昼間の魅力が多様にないと物足りない。大規模施設より、歴史・文化・自然・農産物・人の方がひかれるのでは?そう思いながら行くと素敵な資源が沢山。単なるベッドタウンではなく、しっかりスローライフ・タウンでした。

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ちょっとした打ち合わせの後、越谷在住の友達が「まずはおやつ!」と大聖寺に連れて行ってくれました。市内最古のお寺、徳川家康が鷹狩の折泊ったとか。

山門からの参道には桜の並木があり、足元には花びらの名残があります。ピンピンコロリのお地蔵さんもあって、お参りに力が入ります。

ここの名物がお団子。昔の旅人気分で食べられる、風情がなかなか。

甘辛たれのを頼み、少し待つと熱々の香ばしいお団子がドーンと。都内のお洒落なカフェでは味わえない美味しさです。しかも安い!

桜の次、藤の花が見ごろ。お団子と花で急に旅気分になりました。

友達の友達の岩井とし子さん(右から3人目)のお宅を訪ねました。お宅の作業場を藍染工房にしています。「ふしぎぽっけ」という名前。皆さん藍染を着ておいでです。

これが藍!濃い紺色かと思うと、少し茶色緑のような色も。なかに布を浸けて初めてあの色が出てくるのですね。

工房だけでなくここは古民家ギャラリーにもなっています。これは藍染で出来ている吊るし飾り。右は厄除けで有名な「アマビエ」。左上の大きな目とくちばしは「ガーヤちゃん」です。越谷には宮内庁埼玉鴨場があり、さらにネギの産地。越谷ネギを背負った鴨「ガーヤちゃん」というゆるキャラがあるのでした。

作品が並ぶ作業場の二階、すごい梁に圧倒されるスペースです。昔は、越谷では綿がたくさん栽培され、藍染の一大産地だったとか。市内に一級河川が5本もあり、「水郷越谷」といわれ、沢山の水を使う藍染に適していたのだそうです。今回は行きませんでしたが、日光街道越ケ谷宿として栄えていた当時の建物もまちなかに残っています。

岩井さんのお宅はもともと農家、広いお庭に立派なお宅、そして作業場、工房が。周りは見渡す限りの畑、なんともいい環境です。「これはピザ窯、ここで焼くの」と見せてくださいました。横には、陶芸用の窯もお持ちです。

そしてお庭でハチも飼っている、蜂蜜もとれちゃうのです。ピザを焼いて自分の蜂蜜で食べるなんて贅沢ができる。なんとも都会のアパート暮らしにはうらやましいかぎり。ピザも焼き物もハチも染も、思いつけば行動できる環境がある。

岩井さんのご主人が松の木の手入れ中。それを染めのお仲間が眺めています。のどかな空が広がります。この工房には中年女性だけでなく、最近若い男性も藍染体験に通ってきているとか。パソコンに向かっているだけでなく、こういうおばちゃん、おじちゃんと会話を楽しむのはいい時間でしょう。

「能楽堂もあるけど、だんだん時間が無くなってきた~」とご案内の友達。「また来るから、もう夕飯にしよう!」と私。

久伊豆神社という有名な神社もありますが、その近くにある同名のお蕎麦屋さんです。ここで「鴨すき」となりました。牛肉の代わりに鴨肉を使ったすき焼きかと思えば全く違う物。説明によると、かつて徳川家康が鷹狩に来たとき、獲った鴨をその場で食べたくなった。さて調理器具がない、家来は近くの農民から鋤(すき)を借りて、その鉄の部分で鴨を焼いたのだとか。それで「鴨すき」なのです。だから鉄なべで焼いて大根おろしと醤油で食べるという食べ方。鴨肉から良質の脂がでて、それで焼く野菜がまた美味しいのでした。

こんな数時間を過ごすと、越谷のイメージががらりと変わりました。毎日都心へ勤めに通い、ただ寝に帰るだけの越谷ライフではつまらない、歴史を紐どいたり、農的暮らしを楽しむ人たちと触れ合ったり、何か創ったり語ったり、土地ならではのものを味わったり。そうすると、この土地にずっと住みたくなるはずです。

これからはますますテレワークが進むでしょう、でも時々は都心に出かけなくてはならない、となると越谷はいい距離です。都会と田舎が一緒にあるところ。今回の私のような訪れるきっかけがあれば、移住先としても即候補に挙がるはず、スローライフ要素に満ちていますもの。

「藍染体験に通いたくなっちゃった~」という私に、友達が渡したお土産は「今朝そこの直売所で買った朝取りのキャベツとカブ、あ、玉ネギも。おいしいしょ~」

越谷に引っ越したくなりました。