百年前の日本

ちょっとしたこと

広島のスローライフ学会会員・遠北剛さんから、大正9年(1920年)に出版された『百年後の日本』という本をお借りしていました。

各界名士400人近くから集めた100年後の展望です。お返しするにあたって今一度見ると、当時の人たちの素朴な夢や希望が読み取れます。

その期待に、私たちは応えていない。まさか原発事故や少子高齢化を抱えてしんどい、何て言えない。心苦しくなりました。

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これがその本です。雑誌「日本及日本人 春季増刊号 『百年後の日本』」大正9年4月5日・発行 政教社、一円二十銭。遠北さんご自身が1月の「スローライフ瓦版」の中で、この本を紹介されています。http://www.slowlife-japan.jp/modules/mailmagazine/details.php?blog_id=191&date=201401

大正9年 1920年を調べると、明治神宮が創建された。童謡「しゃぼんだま」「叱られて」ができた。箱根駅伝が始まった。5月1日に日本最初のメーデーが開催。「女中」の呼び方が「お手伝い」になった。そんな時代です。

その2年前に日本がシベリア出兵を開始。米騒動が発生。第1次世界大戦が終結。翌10年には原敬首相が東京駅で暗殺。12年には関東大震災が起きました。14年には治安維持法が制定。普通選挙法が成立。その時代の人たちが何を今に期待していたのでしょう。

まず、注意を引いたのはエネルギーの話です。石炭を盛んに使っていた時代であり、水力発電もされていますが、ある工学博士は今後は「天然力」を使うべきとし、「風力」「潮の昇降」「太陽熱」の利用を説いています。

そして、『この光線(太陽の)並びに潮昇利用の方法は・・・・百年の後にぜひ成功したきものなり』と結んでいます。

果たして日本は原子力発電に大きく舵をとり、国中に原発を造りました。太陽光発電に世の中の一般人までがが注目したのは、先般の大震災がもたらした原発事故後のことです。

廃炉にするにも数十年かかるような、自分たちでは制御できないエネルギー装置を造り、その事故のために今もたくさんの人が古里を捨て、仮設住宅に住まざるおえない状況である。

そんな日本の今を、100年前の人にどう言い訳しましょう、と考えてしまいます。

また当時の山林局長は、100年後の人口を2億5千800万人と計算し、したがって『消費米二億七千百萬石』と予測しました。これだけの米を収穫するには、土地を改良しなくてはと。

大正9年当時の日本の人口が 5596 万人。現在が1億2714万人。第2次世界大戦で膨大な戦死者があり、それがこの予測には
反映されていません。あんな悲惨な戦争をして、たくさんの若者が死ぬということを、100年前の人は考えていなかったはずです。

そして“人口問題”と語られるほどに、今のような形で人口が減っていく日本は想像していなかったことでしょう。

米の消費量となると、ここに正確な数字はあげませんがはるかに下回っています。

誰かの予測に「100年後にはみなパンを食べるようになる」とありましたが、その通りで、米一色の食文化は良いか悪いか多様になっています。

女性の地位については、ずいぶんたくさんの人が男女平等をうたい、職業婦人が増えると書いています。

小説家・室生犀星などは『総ての女性が食物の進化によって非常に美しく繊細な明るい女が増える』と書いています。

それだけに、当時の女性は栄養に乏しく、男性の陰で暮らしていたことが良く分かります。

ただ、彼らの期待に反していえば、社会進出は進んでも、子供を自由に産めてのびのびと育てる環境がないというのが今です。

相変わらず、子育てについては、女性中心に考えられ、そこにしわ寄せがきている。それほど明るくはないといえるでしょう。

地下鉄が通り、下水道が整備され、道は泥はねがなく車道と歩道が分かれ、誰もが普通に車や飛行機に乗り、何層にもなった高い建物ができて、人は空中で暮らすようになるだろう。かいつまむ、とこんな予測が出ていました。

畳の暮らしは無くなる。皆がローマ字を書く。などそんな風にはならなかったよ、ということもありましたがけっこう当たっていることもあります。

挿絵の一つに「対面電話」というのがあり、芝居も寄席も居ながらにして見ること聞くことができるとありました。形は電話と写真機の合体で画面?は丸型ですが、これはテレビでしょう。

そして、パソコンにスマホ、こうした電子通信機器の発展については、誰もが言及していません。それほど極端に急激に進んだ技術の中に、私たちは今生きているわけです。

小説家・島崎藤村は『私達が今日まで苦しんできたことで何一つとして無駄になったものの無かったことを積極的に證してくれるような時代も来るだろう』と述べています。

無駄にしてはいけない、と腹にすえて、これからの100年をどうしていくかを考えなくてはと思いました。

遠北さん、いい本をありがとうございました。"