風が吹き抜ける家

ゆとりある記

家を見れば人がわかると言いますが、作家・林芙美子の家を見学し、彼女を理解できたように思えました。「客間よりも、茶の間と、台所にお金をかける」「東西南北風の吹き抜ける家」が彼女の家づくりのコンセプトだったそうです。新宿区・落合に残る林邸で縁側に座っていると、緑の中を風が吹き抜けて、実に心地いい。気分がおおらかになり、彼女にもてなされた思いでした。

川と坂の多い町、落合。ここが玄関、塀の中が林芙美子が住んだ家です。昔はもっと竹が多かったそうです。

受付が可愛い。青梅の実がコロコロお出迎え。入館料は150円。

家の全景はこのパンフレット写真でご覧ください。典型的な日本の家という感じ。『放浪記』以来、既に人気作家になっていた彼女は、結婚し画家の夫とこの土地の近くの洋館に住んでいたものの、出なくてはならず、住み慣れた落合に土地を求め、この家を建てたそうです。1941年から47歳で亡くなる1951年まで、精力的に執筆しながらも、夫婦、息子、彼女の母と穏やかに暮らしたそうです。

当時にしては実に文化的な台所。なんと冷蔵庫もあるのでした。彼女のラジオ放送シーンの録画を見ると、若いころ貧乏したので身体が丈夫にできている。家事も好きでやります。という話が出てきます。どんなお惣菜を作ったのでしょう。

茶の間。たくさんの収納場所があり、驚いたのは収納式の神棚がある。広縁に囲まれて、外の庭と一体になれる空間。冬は掘り炬燵にもなる。こういう部屋、理想です。

インド更紗を貼ってある押し入れ。こてこてに凝った民芸調とかではなく、ところどころにこんなこだわりが見える。和室にこの紅色が鮮やか、ドキッとするものがありました。

家と庭全体を眺められるところにベンチがあって、いつまでも居たくなる。夫・緑敏さんのアトリエは今、展示室として公開され芙美子の遺品が展示されています。「花のいのちはみじかくて 苦しきことのみ多かりき」の言葉は有名です。色紙に書かれて飾られていました。もう一つ、軸には「梅は匂いよ木立はいらぬ 人は心よ姿はいらぬ」。

インタビューに残る言葉が印象的です。「泣くだけ泣かなきゃいい人間になれませんよ 私はそう思っていますね だから泣いたことのない人間は いやらしいし こわいし つまらない人間だなと思いますね」

従軍作家にもなり、さまざまな批判も受けた林芙美子さん、丈夫なはずが突然の心臓発作で他界します。もし今、存命ならば、どんな作品を書いたのでしょう、今の世の中にどんなメッセージを放つのでしょうか。

換気ばかり気を付けるコロナ禍、彼女の家に暮らすのであれば、まずは安心のようです。