田舎体験ハウス玉岡
奈良県十津川村谷瀬集落で、むらおこしや移住促進にむけて、村外の人が農作業や、むらの暮らし体験をしたりする拠点です。
といえばかっこいいですが、空き家を少し片づけてそのままの利用なので、都会人にはあまり快適ではありません。
「でもそれが田舎の現実で、それが嫌ならここには住めないから特別に改修しない」というのが集落の人たちの考えです。
潔い、と私は思いました。
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私のNPOがむらおこしをお手伝いしている谷瀬の集落です。日本一の吊り橋があり、柚子で作った珍味「ゆうべし」が特産品。
もう何度もこのブログでご紹介していますね。通って4年になろうとしています。
ここのむらおこしは、ただの生活道に「ゆっくり散歩道」と名前を付けて、観光客に歩いてもらおうということから始まりました。
外の人に谷瀬を見てもらい、気に入ってもらえば移住に繋がるのでは、というわけです。
かわいい道標を立てて案内すると、吊り橋まで来た人が集落を歩き出しました。
この看板などは、私の後からこのむらおこしに参加した、大学生が描いています。
つい最近、厳寒の1月21日にも、神戸から来たという若者がブラブラと、歩いていました。
こういう何でもない田舎の風景が魅力的なのでしょう。
春、秋はもちろん、真夏もかなりの人が歩くようになっています。
谷瀬のむらおこしの動きに欠かせないのが、この家。「田舎体験ハウス玉岡」です。
玉岡とは屋号、だから普通は「玉岡」とだけ呼びます。
正面が母屋、左手前が新宅と呼ばれる離れ。いずれも古民家などではない、普通の古い家。母屋は昭和のもの?新宅は平成になってから?と思える造りです。
バスを降りて、吊り橋を渡り、「ゆっくり散歩道」の途中から坂道をぐんぐん上ったところ。バス停から30分くらい歩いた高台です。
お店はありませんから、ここに来るためには食料も背負ってくる。車を使わない私には、けっこうハードルの高い場所です。
「玉岡」に入る前に、山の中を歩いてちょっとご案内。
この道を、懐中電灯を頼りに、夜歩くのは結構スリルがあります。
足の下には沢の音がする・・・。
そして毎回行くのが公会堂。ここで、ほぼ月に一回「寄合」と呼ばれる会合をしているのです。
私は、寄合のコーディネーターですから、要は引き回し役。年間のむらおこし活動が上手く前に進むように、合意形成していく係です。
ここで、昨年末に「田舎体験ハウス玉岡」のことが話されました。
移住者を目的に巨額の改修費をつぎ込んで、空き家をゲストハウスなどにするケースが多い昨今です。話し合って、谷瀬はそういうことはしないでいこう、という結論でした。
もちろんお金がないから、は、大きな理由ですが、冒頭にあるように「綺麗でおしゃれで、都会的な家に改修しても、村の暮らしの現実は違うのだから、最初から谷瀬の今が分かる、そんな体験ハウスであった方がいい」という理由でした。
つまり、それが分かっていて、それでもよくて、またはそれがよくて、ここに移住してくる人でないと、住んだところで続かないだろうというわけです。
なるほどなあ、と思いました。
さあ、「玉岡」です。昔の家ですね。
集落がこの家の管理をするようになったとき、家にあったものものをそうとう捨てたそうです。
そして、その後、この家には新しい役割が芽吹いていきました。
ズラリと並んでいるのは、名札までついた学生さんたちの作業着です。
集落を学びのフィールドとする大学生が、宿泊滞在することが多いのです。
先回来た学生さんたちが、帰りしなに洗濯して干していったのでしょう。
名札を見て、ああ、あのこも来たんだ、居たんだ、なんて考えます。
通ってきているのは、奈良女子大と奈良県立大のふたつのゼミ、その先生と学生さん達。
先生はお二人とも女性、学生さんもほとんど女子というのが特色でしょうか。
一部屋は荷物置き場にしています。
「玉岡」にはノートがあり、いつ誰がどんな作業で入ったかが分かります。
蕎麦を刈り取り粉に引く。畑を耕す。稲刈りをする。お茶摘みをする。花を植える。看板を書き換える。
こうした集落の農作業やむらおこし作業を学生さんが手伝い、または体験したいと集落にリクエストし、「玉岡」に合宿して活動する。
盆踊りにも参加する、餅まきにも裏方をする、空き家を休憩所にするための大掃除をする、寄合にもでる。谷瀬の半住民のように、暮らすように学んでいるわけです。
いつも思うのですが、あんまりきれいなハウスなら、都会と同じで学生さんにとっては変化がない、つまらないところでしょう。
というより、もともと都会の物差しを田舎に持ち込んでもしょうがないのです。
水は簡易水道ですから、「玉岡」に入ったら、まず蛇口をひねる。しばらくは茶色い水、時には砂が混じっていることもある。
田舎の水とは、そういうもの。その代り、塩素臭くない、飛び切り美味しいお水だと知るわけです。
お風呂も普通のお風呂です。この家族風呂で、学生さんが10人くらいとなると、いつまで経っても全員は入れない。
そこで、毎日シャンプーしなくてもいいや、とか、お湯がぬるくてもいいや、とか、シャワーに勢いがなくともいいや、など快適でなくとも暮らせるのだということを身に着つける。
私などは、湯船にすっかりふやけて浮いているムカデを引き上げて、しみじみしたこともあります。
虫と暮らすことが、田舎の暮らしなんですよね。密室でない「玉岡」には、いろんな虫がわんさかやってきます。
ただ、あまりに不便なことは何とかしなくては、ということになる。
学生さんたちはDIYも学びの一環として、ぶわぶわだったトイレの床を張り替え、ボロボロ落ちていた壁も塗り直してしまいました。
集落の大工さんの指導を仰いでの作業。これが、もともと綺麗にリニューアルされていたら、学生さんは技術を身につけられなかったでしょう。
少し前の田舎の人たちは、多少の家の修繕は皆自分でしていたわけですから。
そして、こんなトイレの札までも。
これは、私が泊まった時に、トイレのカギが壊れ、トイレが使えなくなった大事件に発します。
今回、私一人で「玉岡」に泊まってみて、あらためていろいろ考えました。
炬燵に入ってブルブル震えるのも、布団がいつまでも凍ったように冷たいのも、田舎では当たり前。
不便を工夫して乗り越えて、皆が暮らしてきている。快適でないから、不便だから、と困るのは、自分にそれを乗り越える知恵と技がないからなのでしょう。
そう思うと玉岡は田舎体験施設としては上級品、ということになります。
一人で寂しいなら、外の花を活ければいい。
大きな田舎家に一人泊まる寒々しさが、急に華やぎました。
時計の音も友達です。
かつて、採れたという大きな松茸の絵?写真?も、いろんな想像をかき立ててくれます。
そうやって過ごした翌日、きれいな朝がやってきました。
不便で大変で快適でない、そんなところだからこそ見られる美しい朝、そして味わえる空気です。
そう、やっぱり「玉岡」は今のままの方がいい。あまり、きちんと整備しすぎると、育つ感性も育たないし、訪れた人が強くなれない。
そんなふうに思ったわけでした。
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