新巻鮭

ちょっとしたこと

お正月に、岩手県山田町から新巻鮭をいただきました。「寒風干し」ともいうそうです。スーパーで塩を振っただけの鮭に慣れた舌には、驚きの美味しさでした。

子どものある家庭に持ち込んで、家族大騒ぎでケーキカットならぬ鮭カット。切り身しか見たことのない鮭に、実は目も口も背骨やヒレもある。塩と風は、保存だけでなく旨みも作る。

いろいろ教えてくれた、生涯学習鮭でした。
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山田町の海辺でズラリと鮭が干されている光景を見たのは、去年の12月始めのことでした。

ブラリブラリと風に揺れる、存在感ある鮭の群れ。

近くにいた漁師さんは「北海道が主で、新巻鮭っていうから、うちでは寒風干しと呼ぶ」とおっしゃいます。

とはいえ、山田でも新巻鮭と呼ぶ人も多いので、ここでは新巻きと呼ばせてください。

昔は、暮れになると東京でも魚屋さんに並ぶことが多いものでした。お正月魚として、また保存食として、大事なものだったのでしょう。

それが、冷蔵庫も輸送も普及進化した現代。何もわざわざ魚を保存しなくとも、1日からお店もやっているし、子どもは肉が好きだし、などなどで、新巻鮭は肩身が狭くなっていったはずです。

しかし、鮭の採れる土地では、採れたからには新巻きに、やはり正月には新巻きが、お歳暮なら新巻きを、鮭を食べるなら新巻きだろう、と食文化が強く残っているわけです。

そこで、そもそも新巻きとは?とひもどくと。簡単に言えば鮭を塩にして、さらに干したもの。昔の保存法です。

私たちがよく「鮭」と言って買っている物を思い出すと、サーモンや生鮭は別として、「ふり塩」とか「塩鮭甘口」とか「辛口」とかになります。

これは、塩を振っただけのもの。または塩をまぶし保存したものでしょう。(だと思います)

新巻きは、というと・・・。鮭の全身に塩をすりこみ、重しをして5日間ぐらい置く。こうすると、身の水分が抜けて、つまりは鮭の塩漬けができる。

これを今度は塩を洗い流し、塩抜きし、そして寒風に1週間くらいさらす。この塩抜きと風によって乾燥させることで、初めて新巻鮭になっていく。

乾燥肉の旨味ができあがるわけで、ただの塩鮭ではないわけです。だから、そう思って、干されている鮭の身体を見ると、皮はバリッと乾いて銀色のバックや靴になりそう。身は一見ビーフジャーキーのような感じ、照りが出ています。

これを昔は、そして今でも、軒先に吊るして2~3月頃まで食べたいる。保存のためにそうするというより、今やそうすれば美味しいからでしょう。

こんな風にあっけらかんと干して、カラスやトンビは持って行かないか?ネコはかぶりつかないか?と心配になりますが、近くに人が居るから大丈夫とのこと。

それに、海辺には、もっと生の食べやすいお魚があちこちに転がっていますから、この分厚い鮭の皮にかぶりつかなくともいいのです。

一本の値段は、鮭の大きさによりますが、4000円ぐらいから7000円位。出来あがった新巻鮭はなかなかの高級品です。

山田にいるときに、地元の方が家から焼いて持ってきてくださいました。

「輪切り?!」にビックリ。しかも厚い。ワイルドです。これを骨をしゃぶりながら手でいただく。

確かに、保存食でもあるのですから、塩気がないわけでない。減塩ライフの方には塩辛いかもしれませんが、それ以上に旨い。

塩辛かろうと、何だろうと、これは美味しい。とつい自分の血圧など忘れてしまう美味しさでした。

塩漬け、塩抜き、寒風干し、と手間のかかったスローフード。今までのふり塩鮭などとは全く別物です。

山田は鮭の土地。だから鮭まつりなどもあり、贅沢にも鮭のつかみ取りなんてイベントも。

震災後はできなかった催しが、だんだん復活し、昨年にはこんなお祭りができるまでになりました。

さて、その新巻鮭を年末にいただけるという朗報が入りました。暮れは紀の川市滞在だったので、そちらへと届けてもらいました。

岩手県から和歌山県まで、新巻君はやってきてくれたのです。


わが夫婦だけではもったいないので、お世話になっているあるお宅に持ち込みました。

箱を空けると、鮭の顔が、目がギョロリ、歯がギラリ!どや顔です。

子どもたちは大騒ぎで、ぶら下がっている縄を首にかけて、鮭ネックレスにしたり、鮭の顔の前で口を同じように開けたり。


そしてついに、お父さんが最初に切り始めました。

武器はパン切り包丁。ゴリゴリゴリゴリ。わりあい楽に刃が入っていきます。

「あれ、ダメやん?固いわ~」背骨に当たりました、でもゴリゴリゴリ、なんとか行けます。

鮭が逃げないように?みんなで抑えるので、全員の手が鮭の匂い。子ども3人と、お父さん、お母さんとで鮭と格闘ですね。


ゴロン。「切れた~~~」「わーい」

あとは、順番に、お母さんが切り、3人の子が次々と切ります。ちょうどヒレのところに当たった子は、「どうしよう、どうしよう」「ヒレだけハサミで切ろうか」云々。

すっかり乾いているかと思えば、切り口は意外にジューシー。なんとなく生ハムのような雰囲気もあります。


みんなが切っている間に、お母さんは早速グリルで焼きました。

お正月、新巻鮭が切れまして、焼けまして、おめでとうございます!です。

鮭全身を初めて見て、初めて自分で切った鮭です。皮の感触も、骨のゴリゴリも知って、そして初めて食べるこの味。

「白いご飯もほしい~~~」と言いながら、パクパク。あらあらご飯が来る前に、無くなっちゃうよ。

美味しいものは、子どもにもわかるんですね。この子は、新巻鮭の味を、この経験をいつまで覚えているだろうか?

そんなことを考えながら、このお宅のお父さんと一杯が進んだのでした。