気持ちいい宿

ちょっとしたこと

いい宿というと、昔は、豪華な建物、仲居さんがずらりと並んでお出迎え、食べきれないほどの料理が並ぶ、そんなところでした。

でも今は、宿の主ご夫婦がとても仲良くいい笑顔だったり、女将さんが手作りデザートを丁寧に説明してくれたり、裏の畑で採れた夏みかんが部屋に飾られたり。

そんな、人間味や心に触れたときに「いい宿だなあ」と思います。要は“気持ち”なんですね。
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あちこち泊まることの多い私ですが、この数カ月で印象深かったところを紹介しましょう。

岡山県瀬戸内市の「ペンションくろしお丸」。その昔、朝鮮通信使が通った歴史を持つ港、牛窓という港町の高台にあります。瀬戸内市で「牛窓フォトウオーク」というイベントがあり、そのファシリテーターとして私が伺った時の宿でした。

くろしお丸というのは、オーナーの確かお父様の船の名前。そのままペンションについています。オーナーも笑顔が素敵なマリンスポーツマン。

宿はあちこちに船の小道具や写真などが飾られ、テラスからはおっきな瀬戸内海のながめ。ハンモックもあります。

ここのオーナーご夫婦が良かった。さわやかに仲がいい、友達・恋人みたいな雰囲気です。お二人とも自然系です。バイクでボートで、ここに泊まりにくる人があるのがわかります。

朝、奥様担当のヤギ、アヒル、ミツバチを見せてもらいました。この動物たちに会いに、家族連れも多いそうです。ヤギが山の斜面を見事に食い尽くし、綺麗な原っぱになっています。

朝ごはんに出た、ここの蜂蜜、ご夫婦と同じようにさっぱりとした甘さで、美味しかったーーーー。

もう一つの宿は、秋田県鹿角市、大湯という名の温泉場。「花海館」という温泉宿です。ここには、新しく交流施設ができるという計画があって、そのプランを考える会議のワークショップをやりに通いました。

その時この宿に泊まったわけです。このお宿には「湯ツボ」というものがありました。源泉が二本、それぞれの大きな甕のような壺のようなもののなかから湧き、館内に引かれています。

温度の違う源泉は豊富なのでお風呂だけでなく、雪を溶かすのにも使うとか。温泉で融雪なんて贅沢です。

ここのおかみさんの気さくなこと。食事の時に、それぞれの料理をしっかり優しく説明してくれます。

デザートが可愛くて美味しくて。「これはマルメロを煮たの。これは桃の青い摘果した実を甘く煮たの」ご自身の手作りなので、造り方を質問すれば詳しく答えてくれます。

朝のちょっとした野菜炒めがまたおいしい。「私、いつもベチャベチャになるんです」と相談すると、「調味料は炒める前に野菜に混ぜておくの、それをファっとフライパンで温めるくらいのつもりでいると、シャキシャキにできるの」とのこと。ここに通えばお料理がしっかり身につくなあ、と感心です。

このお宿は銘木の宿でもあって、ロビーから2階まで突き抜けるトチノキはボコボコのコブが圧巻です。巨木をくりぬいた椅子などもあり、木のパワーを吸収できました。

帰りがけにおかみさんが「口に入れて行けば?」と、アンズの梅干しを。アンズでできた梅干し?を赤シソと甘く煮たのもの。鹿角の名物、子供になたような気持ち、ほんわかしました。

おかみさんにとっては当たり前のようですが、ここの料理と掛け流しの温泉、ちょうど良いサイズのお風呂、本当にいいです。

最後にご紹介が三重県鳥羽市菅島の民宿「黒潮」。旅館組合と漁協が取り組む名物づくりのアドバイスに伺った時の宿です。

ご主人が漁師さん、奥さんが海女さんなので、海の幸を求めてのリピーターさんが多いそうです。

部屋のテーブルには、ハッサクが花を活けるように置かれていました。綺麗な黄色に心が明るくなります。葉っぱのついたそのすがた、顔を寄せるといい香り。

「食べますか。ナイフ持って来ましょうか。うちの畑でなったの、無農薬ですよ。私、この懐かしい味が好きでね 」私もハッサク大好き、もったいないので葉つきのままお土産にしました。

夜の食事はもちろん海のものですが、そこについている野菜が美味しい。聞けば海女さんである奥さんは畑もやっていて、島で豊富な海藻を肥料にして育てた野菜をたっぷり付け合わせにしてくれているのでした。

だからお魚も美味しいけれど、パセリもレタスもキャベツも野菜のお刺身が美味しいのでした。宿では野菜不足の料理が多いものですが、ここは違いました。

「すぐそこでとれるもんで」と、おかみさんは繰り返しますが、まあ、何種類の魚類・野菜・海藻を口に入れたことか。名も知らない貝もおいしかったこと。

大きなものをどーんと出せば簡単ですが、少しずつ色々は大変です。でも、とにかく「そこでとれるもんで」で、おかみさんは食卓にのせてくれるのでした。

ご紹介した三つの宿は、巨大なロビーなどなし、ずらりと並ぶ仲居さんもいません。どちらかというと、ここの家族の暮らしに混ぜていただく感じです。

でも、巨大な愛情と、素朴な小さな気遣いで包んでくれます。
何より、それぞれの土地の豊かさとお宿の暮らしの楽しさを、お客側におすそ分けしてくれる。

意識したオモテナシより、無意識のオスソワケが気持ちいいのでありました。"