コミュニティ活動って?

ちょっとしたこと

茨城県日立市の、コミュニティ活動推進協議会の研修にうかがってきました。

災害時、普段からのコミュニティ活動やその組織が重要な役割を果たすため、全国的に活動強化の動きがあります。日立市はそのお手本のようなところで、視察も多いとか。

それでも課題は山ほど。「コミュニティ?それ何?」という人が増える中で、皆さんと一緒に今後を考えました。

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日立市のパンフレットには、主なコミュニティ活動として「市報等の梱包・配布、再生資源回収、自主防災訓練、広報紙の発行、環境美化、防犯パトロール、青少年育成、花いっぱい運動、子育て支援、体育祭、地域一斉清掃、見守り事業、地域レクリエーション、健康づくり事業、各種募金活動」などが上がっています。

これらは、どれもが大切なことだ、と眺めれば思うのですが、「きっと、どかかで誰かがやってくれるよ」と思って、済ましてしまいそうなことでもあります。

誰もが、問えば「それは大事」と答えるのに自分が具体的の取り組まないのは「スローライフ運動」と似ています。なるほど、コミュニティ活動は、その具体をさらに詳しく伺っていくと、まさしくスローライフ活動なのでした。

日立市といえば、かつては鉱山が栄え、今も、“日立”に勤める、または日立の関連会社に勤める人の多い企業城下町です。鉱山時代は、鉱害などで山の緑が枯れ、問題となりました。しかしその後、企業と住民とで、たくさんの樹木、特に桜を植えたことは知られています。今はその桜が、市の名物にもなっています。

鉱山時代には、他所からたくさんの人たちが流入してきました。旧住民と新住民が以前から一緒に暮らしてきた、これが日立市の住民パワー“日立力”という、などのお話を伺いました。

そんな歴史のなか、昭和49年茨城国体開催の際に、住民が主体になって地域をきれいにしよう、自分たちの地域は自分たちで、ということでコミュニティ活動が始まったのだそうです。

今はおおむね、小学校区単位で整備された23の交流センターを拠点に、活動が行われているとのこと。その2か所に伺いました。

会瀬交流センターに伺うと、玄関の上にツバメの巣が。こういうのがなんだかうれしいですね。立派な施設でうらやましいくらいの環境です。ここならツバメも喜んで通ってくるでしょう。

ここでは、中年の女性がパソコンを使って、活動を説明してくれました。パワーポイントなど不得意な私から見たら頼もしい限りです。なおかつ、彼女から日立出身・ 柴田方庵いわれの「ビスコイト」(昔のビスケット)をいただきました。

昔のレシピで作られたいるので固いですが、こういう地域資源があると、活動に特色を出せます。子供たちにも教えているそうです。

続いて伺ったのが、久慈交流センター。この辺りは、東日本大震災の時に、津波被害を受けたところ。周囲に津波が押し寄せた際の記録を見せていただきました。この時はコミュニティが活躍し、炊き出しなどに動いたそうです。

震災後、こうした人のつながりが大事と、活動に加わる人が増えたとのことでした。

近くには「おさかなセンター」があり、久慈浜であがる地魚を買うことができます。最寄りの駅からバスも走るようになり、今後、外からの買い物観光などが今後期待できるところです。

交流センターの壁に、まだ津波の跡が残っていますが、リニュアルされ、人も施設も前向きな明るい雰囲気になっていました。

で、ここ日立市でどんな話をしようかと思ったわけですが、施設はどんなに立派で新しくとも、皆さんの悩みの共通は「新しい人が加わらない」ということでした。

高齢化が進み、企業の動きとともに人口流出が激しい日立市、コミュニティの歴史としっかりした組織があっても、それでも維持が難しくなっているわけです。

人が、地域と繋がらず、企業と繋がっているのは、日立市だけではありません。相変わらず男性は仕事一色、女性も男性も、子供を大学に入れ家を建てる、その目標にまっしぐらの日本です。
「自治会・町内会?それに入って何のメリットがあるの?」というところでしょう。

また、地べたやエリアの繋がりより、ある目的で繋がったネットワーク組織を重視する今日です。サイクリングのグループやチョコレートスイーツ教室なら人は繋がりますが。

正しい、必要、だけでは人の心は動かない。今、活動をしている人でさえ、信念だけでは続かなくなります。

入り口はあくまでも楽しく、目標は高く。新しいライフスタイルを受け入れながら、発想やセンスを磨いて。というような話をしました。

作業に音楽取り入れよう。ユニフォームはファッショナブルに。男性を引っ張り出すために、楽しい飲み会を。花壇の世話だけでなく、地元のお花屋さんからガーデニング講座を。できる人が先生になるフェイスブック講座とか。

コミュニティごとの特色を際立たせよう。お互いのコミュニティをもっと知って、連携したり覗いたりしよう。一生同じことが続くのかとなると、しんどいだけなので毎年のテーマを決めて、プロジェクト化していく。活動資金をつくりだす実践をそれがコミュニティビジネスにもつながる。などなど。

とはいうものの、今の活動を支えている高齢の方々に、そこまでの企画力・組織運営力を求めるのは酷な気がしました。毎日ある、様々な細かいコミュニティの仕事を消化するだけで精いっぱいでしょう。「センスだ楽しさだ、なんて言ってられない、もうくたくただ」というのが現実です。

そうなると、いままでの組織ではなく、ネットワーク型でやれるのかということになりますが、いきなりは無理でしょう。形として見えにくい、人の繋がり方をどうプロデュ―スしていけるのか。

ここの仕組みも“電通”さんなどにお願いしなくてはならないのでしょうか?本当の“市民”としての動きや合意形成のを歴史が少ない日本です、とりあえず続けてきた今のやり方から、今が変化の時期なのでは。

でも、なんとなく新しい動きの希望はあります。若い家族で、地域志向の人が増えてきていること。女性たちがパソコンなどを駆使し、まちおこし、自分起こしに動き出していること。

企業だけが自分の場では、定年後がさみしいと男性がしっかり気づきだしていること。ユーモアと笑顔に富んだいい感じのおじいちゃんたちが、地域活動に増えていること。

東京だけを見つめていた時代が、明らかに変化していること。善意だけでなく、コミュニティ活動をビジネスにして起業する人が増えていること。

こんなことをうまく組み立てていけば、新コミュニティ時代をつくれるはずです。日立市のみなさん、さらなる先進をつくっていきましょう。

と、私は「おさかなセンター」で、アナゴを買い、帰ってきたのでした。ご案内いただき、私では届かない高さから背伸びして海の写真を撮ってくださった、市の職員の方々ありがとう。