フォーラム裏仕事③

スローライフ運動

昨年の奈良・川上村フォーラムで、スタッフが泊まった宿「朝日館」。ここのことを書いて、フォーラム裏仕事の話題を閉じましょう。

建物は古く廊下はきしみ、隙間風もあります。でも、ハードではなくハートだと教えてくれる宿でした。

「都会のおもてなしには裏がある」とは、神野直彦先生の言葉。ここの裏のない正直な仕事に、私たちは癒され、川上村の品格は支えられています。

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以前、この宿のことは書きました。川上村に来るたびに、もう何度も泊まっている宿です。なのに、毎回感心するその仕事ぶりに、またこうして書きたくなったしまう、学ぶこと多い宿なのです。

土地の評判は、たった一泊したその宿の印象で大きく変わります。自分の寝食を預ける一番長い時間を過ごす、その土地とのかかわりの時間。それをどうしつらえるかで、宿だけでなく
その村・町の評価も決まってくるというものです。

大事なお客様は朝日館にご案内すれば安心、朝日館を好きになってくれるような人が今後、川上村のファンになってほしい。と、私は思います。

伊豆や箱根にあるような温泉ホテルと同じようなところに、奈良県南部川上村まで来て泊まりたいでしょうか?

エレベーターがほしい、部屋ごとにシャワートイレがほしい、ふかふかソファのロビーがほしい、露天風呂がほしい、豪華料理が食べきれないほど並んでほしい、そういうことが評価基準の人たちはそういうことを売りにしている過去の観光地に行けばいいでしょう。

車が着いたとたんに、「ようこそ、お疲れ様です」と、白い割烹着姿で転がるように走って出てくるここの女将さんの姿は、それ自体がもう本当のおもてなしです。

吠えずに、なつかしそうな顔で迎えてくれる「哲」という名のワンちゃん。思わず頭をなでてしまいます。

玄関にはいつも素敵な迎え花。素敵というのはお金がかかっているということではなく、「ああ、今はこんな季節なんだ」と気づかせてくれる素敵な花が大きくどさっと活けてあります。
あるときはウツギ、あるときはガマ、椿だったり、野菊だったり。

部屋ごとの床の間にも、きちんと、花が。季節のない町に暮らしていると、はっとします。こうやって、地方では、山里では、きちんと季節をやっているんだ。

コンクリートの箱であるマンジョンに住んでいると、体験しないことばかりです。何しろ100年は経っている「吉野建て」の旅館。

まずはふすまがサッシのようにぴしりとは閉まらないので、隙間風がひゅ~~~。そして、ゆらりと曲線美のある昔のガラスがはまった硝子戸が風に揺れてカタカタ。

歩くと私の体重を受け止めて軽く揺れキシキシという廊下。体験型の木造の古い家ミュージアムにいるようです。

トイレはぽっとんトイレ。なつかしい!ふにゃふにゃのおとし紙もたまりません。もちろん、シャワートイレは別棟にあるのですが、ここはひとつこのトイレに身をゆだねるべきです。

お湯の出ない洗面所。カネの洗面器に冷たい水を汲み、顔を洗う気持ちよさ。

古いことは不便なのですが、住まい方や文明のあり方などを深く考えるにはとても便利です。東京暮らしで腑抜けになっている私に、まだ、こんな力や可能性があったのか、と気づかせてくれます。

「ぽっとんトイレも平気だ」「凍る水での洗顔もできる」「鍵のかからない部屋でも不安はない」「そんな都会と同じことを求めるより、ここの古さと田舎と自然を楽しむべきだ」と心が強くなってきます。

朝日館の名物は女将さんの次に、柚子羊羹でしょう。しかもこれまた名物のかまどで煮ています。「このかまどにつきっきりでこうして焦げないように混ぜるんですよ」と女将さんの話を聞いていると、今度作るときに手伝いに来たくなります。

かまどは毎日ご飯炊きに活躍します。ということは、ここでは今時貴重なかまど炊きのご飯が食べられるわけです。炊きたての白い湯気を立てるかまど炊きのご飯で、私たちはどれだけ癒されたことか。

ここのおかずはおいしいのですが、まずはこのご飯が“おいしい”の基本なわけです。今回泊まったフォーラムスッタッフは、このご飯を夕飯に4杯たいらげました。このご飯で作ってもらった、お結びは宝石のようです。

女将さんの卵焼き、女将さんの山菜料理、女将さんの粽、いろんなものを食べてきた朝日館です。ここが人を自然にしてくれる、力強くしてくれる、そして心から癒してくれる。だから、ハードなフォーラム裏仕事もみんなバテずにこなせたのでしょう。

川上村はこの宿があって得をしています。この宿がなくて、伊豆・箱根にあるような、温泉ホテルしかなかったら。そこにしか泊まらなかったら、この村の印象はガラリと変わるでしょう。

めったにホテルなどに泊まることのない豪華絢爛がもてなしだと思っている人たちは、自然の中の山里にも、そういうハード整備をし、そんなおもてなしをしがちです。

でも、どんな人たちにこれから村に来てほしいのか、村はどんなもてなしを大事にしていきたいのか、村人は考えるべきでしょう。

今回のフォーラム参加者で朝日館に泊まらなかった人からも、この宿を視察だけした人からも、「川上村で一番印象深かった場所は朝日館」と、今でも声が上がります。

この宿を女将さんの踏ん張りだけで支えるのはだんだん限界になっていくはずです、さあ、どうするのか?一緒に考えていきましょう。