ゆうべし

スローライフ運動

「柚餅子」とか「ゆべし」と呼ぶ、クルミなどの入ったモチモチした甘いお菓子は各地にありますが、柚子の中身をくり抜いて、そこに様々な物を調合した味噌を詰めて作る、塩辛いお酒の肴になる柚餅子は珍しいものです。

しかも、ここ吊り橋で知られる奈良県十津川村谷瀬では呼び方も昔から「ゆうべし」と呼びます。蒸した後、2カ月干してようやく出来上がる伝統の味。その作業にお邪魔しました。

調べてみると、お菓子のゆべしは柚子のとれない地方に多く、塩辛い酒の肴・珍味タイプのゆべしは柚子がとれる地方の山間部で数か所作られているようです。

江戸時代の本にその製法が残り、はるか昔の源平の時代からあったものとされます。修験道の行者が携帯した保存食ともいわれます。

和歌山県田辺市龍神村、愛媛県松山市、長野県天龍村、岐阜県恵那市そして奈良県十津川村で作られ、十津川村の中でも数カ所の集落で作られて、それぞれ味が違います。


村内のゆべしの中では、谷瀬集落の物が一番お酒向きのように私は思うのですが・・・。谷瀬では、柚子のことを「ゆう」とも呼びます。そのため、ゆべしではなく、「ゆうべし」と呼ぶのではないでしょうか?なんだかとってもやさしい響きです。

今、暮らすお年寄りが子供の頃から家で作ってきたそうですが、昭和40年頃からここの未亡人会の方々が“お小遣い稼ぎ”に始めたのが、今の谷瀬名物「ゆうべし」の起こりとなります。さあ、作業の様子を追いかけましょう!


山里に香る、柚子。年に一回、柚子が実った時期に、谷瀬集落の人たちは3日間、柚子の香に包まれて作業をします。先日の作業は11月25・26・27日でした。朝の8時から夕方まで、お弁当持参で10数人が集まります。作業によっては残業?までして。手作業のなかなか根気のいる仕事です。

まずは大きさや出来具合で、柚子を選別する。それから一斉に、柚子上側、ヘタの周りを直径5センチくらい丸く切れ目を入れ、それを蓋のようにはずし、中の身をすっかりくり抜きだします。

かんきつ類といえば、中の身を食べて皮は捨てるのですが、ここでは反対。ゆずの皮がそっくり器に、いわゆる柚子釜ができます。ここに味噌を詰め、最終的には柚子の皮も味噌も一体化して、もっちりした珍味となるわけです。

味噌には、そば粉、米粉、シイタケ粉、鰹節子、胡麻、落花生、一味唐辛子、酒と秘伝?のレシピによりさまざまのものが調合されます。昔はすり鉢で混ぜていたのでしょう。今はここだけ簡単な機械が活躍です。

柚子の器にこの味噌を詰めます。皮との間に隙間ができないように、スプーンで力を入れて丁寧に。あとは8分目くらいまで詰めて蓋をします。この時詰めすぎないのがコツ。


そば粉などが膨れて、蓋を押し上げておばちゃんたち曰く「ろくろっ首になちまう」のだとか。また、皮に傷がついたり、柔らかい柚子だと破裂して「切腹になっちまう」のだそうです。

蓋も大事。切り取ったその柚子の蓋でないと、ピタリとは合いません。「こうして私は蓋を手に持ちながら、味噌を詰めるの。なくさないようにね」なるほど!

味噌が詰まると、次々と蒸していきます。15分くらいでいいのかと思っていたら、なんと3時間も、高温で蒸し上げていきます。中まで火が通らないとカビがくるそうです。


これを冷まします。3時間も蒸された柚子はクタクタですが、冷めるとだんだん固くなっていきます。この時形を整えます。「切腹があったよ~、外科医さん手術して~」おばちゃんたちの会話はとことん楽しい。


それをネットに入れて、集落の上の方。気温が低く、風の通る干場に吊るします。約2カ月間。時間と風が味を育み、お酒の進む、忘れられない旨みが出来上がるわけです。

「ゆうべし」作業は美味しいものを作る作業ではありますが、実はみんなのつながりをつくる時間のように思えました。

手を動かしながら、絶え間なく続くおしゃべり、冗談、笑い。都会にはない、仲間の輪があったかです。

一人暮らしのおばあちゃん曰く。「うちにいるよりここに来た方がいい。楽しいからね。疲れるけど、うちに戻ってから思い出し笑いまでする」

沢山の笑い声に包まれて、谷瀬の美しい風景をながめながら出来上がる「ゆうべし」は美味しいはずです。

※おばちゃんたちは写真嫌い、あえて手元の写真だけにします。手ぬぐいをかぶり、笑っているおばちゃんは私、野口です。

※写真のお皿は去年の「ゆうべし」、チーズとあわせてもおいしいです。